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未来へのトリックオアトリート

第二章 #A.D.1961

 銀朱色の巨人、ヴァーミリオンのエンジェルであるフレイはその内部で、メイヴからの指示を受けていた。
「フレイ、周辺のアンノウンに警戒しつつ、手早く終わらせて」
 確かに、フレイは〝自身〟の背後に見た事のない構造物が存在する事を確認する。
「了解、行くよ、ヴァーミリオン」
《うむ。この程度の敵、今更敵ではない》
「災厄の枝、《レーヴァテイン》」
 銀朱色の巨人の右手に赤い剣が出現する。ヴァーミリオンの言う通り、苦戦する要素はない。雑魚ルシフェルと呼ばれる最も低級のルシフェル――つまり目の前にいる白い巨人の事だが――であるこのルシフェルの皮膚だか装甲だかは、ヴァーミリオンのレーヴァテインでたやすく切断出来る。そして、コアの位置は何度もの戦いですっかり覚えていた。
 だから、コアを巻き込む形で綺麗に袈裟斬りを決める。コアを破壊されたルシフェルは、即座に灰のような細かい粒子となって、崩壊する。
「空中構造物に告ぐ。敵対する意思がないなら、即座に着陸し、外に来なさい」
 メイヴがヴァーミリオンのスピーカーを通して、英語で話しかける。

 

 一方、チハヤの艦内は混乱していた。
「あの魔法陣は? チパランドのものか?」
「違います、あれは僕たちの魔術に使う魔法陣とは別種の魔法陣です」
 トブのアルからの返答で、どうやらあの銀朱色の巨人が突然出現したのがチパランドの魔術によるものではないらしい事が明らかになった。
「赤の人型巨大構造物、白の人型構造物を撃破。赤の人型構造物、こちらに向き直りました」
『空中構造物に告ぐ。敵対する意思がないなら、即座に着陸し、外に来なさい』
 それは明確な勧告であった。
「どうしましょう?」
 アルがオラルドに問いかける。
「従おう。状況が分からないんだ。ここで敵対する理由はない」
「了解しました。着陸態勢に入ります」

 

 そして、その様子を見て反応したのはエレナだった。
「あの宇宙船、〝裂け目〟から現れた。私達の目的と無関係とは思えない。私達も話を聞きに行きましょう」
 と、自分たちの集団、魔女連合に声をかける。
「了解した。念のため警戒はさせてもらうよ」
 と杖を握りながらカラスヘッド。
「オッケー、ボクもちょっと警戒しておくね」
 と、ソーリアが腕を周囲に向けながら返答する。
「それじゃあ、直接的な戦闘手段がない私達はこの二人に守られて行きましょう」
 と、プラトがアリスとジャンヌに言いながらエレナに続く。アリスとジャンヌもそれに続く。
「私達も行きましょう」
「そうですね。行きましょう」
 その会話を聞いていた、アンジェがアオイに声をかけ、アオイが他のメンバーに声をかける。
「よーっし、行こうー」
 とノリノリのウェリィ。
「わかった」
「了解 しかし来た当初からもう訳わかんねぇなコレ……」
 とユキとリュウイチ。
「ふーん……。あの裂け目の元座標は……、面白い事になってきた」
 そんな中、一人だけ、何やら楽しそうに笑っている女性、カラ。

 

「おいおい、降りてこいって言われたから、降りてきたのに、あの巨人はだんまりか?」
 と人神契約語で愚痴る槍を持った男、ジル。
「降りるわ。ヴァーミリオン、開けて」
 と、それを聞き、フレイがヴァーミリオンを降りて、一行と向き合う。
「責任者が来る。それまで待って」
 そして、待つように伝える。問題は、魔女連合と宮内庁のメンバーで、彼らは日本語話者なので、理解出来たのは、フェアとエレナだけであった。
「責任者が来るまで待てって言ってるわ」
 と、エレナが魔女連合のメンバーと、そして敵か味方か分からない者の、どうやらこちらと同じく周囲の状況を知りたがっているらしいもう一方の一団に、日本語に翻訳する。
 そして、それを聞いたアルが反応する。
「今の、神聖語?」
「そう聞こえましたね。神聖語の文章なんて初めて聞きましたけど」
 と、頷くフードの少年、ミラ。
「オラルドさん、確か、神聖語も翻訳装置にありましたよね?」
「あぁ。ちょっと待ちたまえ」
 と、オラルドが士官に指示を出す。

 

 そして、その頃、フレイ達の所属する組織、クラン・カラティンの本部では。
「彼らの話を聞きに行くわ。美琴、それから、メドラウド。後は……イシャン、あなたも軍人だったわね、来てくれるかしら?」
 と、メイヴが戦闘出来るメンバーに声をかけていた。
「了解、レディ。お供させてもらうぜ」
 イシャンがそれに応じ、既に移動を始めているメドラウドと美琴に続く。

 

 再び視点が戻って、ヴァーミリオンやチハヤの足元。
「初めまして。私達はGUFアドボラだ。私はオラルド。君達は?」
 オラルドが翻訳装置を日本語にも対応するように設定し、声をかけていた。
「GUF……? 私は、中島 アオイ。日本の宮内庁の者です」
 最初に首を傾げなら応じたのはアオイだ。
「初めまして。僕はカラスヘッド。無論本名ではないが、そこは秘密だ」
 そして、カラスヘッドがそれに続く。アリスが「ちょっと、迂闊よ」と注意するが。
「私は、エレナ。カラスヘッドと同じく、本名ではないけど」
 と、エレナが返答する事で、「エレナがいいなら」とアリスが黙る、
「宮内庁? 美琴さんのいる?」
 そして、聞き覚えのある言葉に反応するフレイ。
「? ミコトは私の母上ですが」
 このような状況で母の名前が出た事に驚きながら返答するアオイ。
 ――美琴さん、娘さんがいたんだ……。
 そして少なくない衝撃を受けるフレイ。
 そこにようやく、一台の車が近づいてくる。
「見ろ、アル、車だ。変な煙を出してる。新型かな?」
「いや……どうだろう?」
 ジルが興味深げにその車を見つめる。チパランドの車は排気ガスを出さないのでマフラーのある車が新鮮に写るらしい。
「待たせたわね。私はメイヴ。クラン・カラティンのリーダーよ。あなた達は?」
 そして車からポニーテールの女性が降りてくる。
「おいおい、なんだこりゃ? 仮装行列か? ハロウィンにはちぃっとばっかし早えぇだろ?」
 その後ろで密かに顔をしかめる、イシャン。
「はじめまして、私はオラルド。GUFアドボラ所属の作戦指揮官です」
「私達は宮内庁の者です。盗まれた妖精銃を追ってここまで来ました」
 オラルドとアンジェがそれに応じる。
「あら、あなた達も盗まれたのね」
 アリスがそれを聞いて、驚く。
「おい、あの神聖語を話してる奴らも、何か盗まれてここまで来たみたいだぜ?」
「そう、みたいだね」
 と、ジルとアル。
「どうやら、みんなここに来た事情は同じみたいね」
 と小声で話すアリスとエレナ。
「宮内庁? 宮内庁の霊害対策課にはもう人員はいないって話じゃなかった、美琴?」
 メイヴが振り返り、美琴に確認する。
「はい。もう宮内庁には戦闘が出来る人員はいません。どこかに逃れたものはいるでしょうが、宮内庁として再度団結する事は無いでしょう」
 そして、答える美琴。
「…………お母さま?」
 それを見て驚くのはアオイだ。今朝にもあいさつを交わした母親、そのそっくり同じ顔の人間が、目の前で話している。
「? 私に娘はいませんが……、結婚もしていませんし」
 アオイに怪訝な顔を向ける美琴。しかし、
「ですが……その刀は確かに、弥水……ですね」
「お母さまの腰にも……弥水……」
 困惑する中島親子。
「分かった。とりあえず、あなた達は三種類の集団なのね。そっちの宮内庁を名乗ってるメンバー、GUFを名乗ってるメンバー、そして、本名を名乗れないメンバー。分かった。じゃあ一グループずつ事情を聞かせて、一度、それ以外のメンバーはしゃべらないように」
 メイヴが声を上げて、その場を支配する。

 

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 さて、メイヴが状況をまとめてくれている間に、ここでこの物語のフォーカス対象を紹介しておきたい。この物語には多くの人物が登場する。そこで、今回の物語のメインの視点を担う人物を決めておこう、というわけだ。少し特殊な四人、あるいは二人と一組。

 

 まず一人は、A.D.2016年世界出身の少女、アオイの義理の妹である、海結莉 雪。彼女は、孤児院からとある霊害組織に引き取られ、そこで、未知の才能を発揮、自身にしか使えない廃材によって出来た弓を操れるようになった。組織は後に崩壊、宮内庁に引き取られ、中島 美琴が、養子として預かった。
 そんなユキのバディを務めるのが、蛇崩 龍一。プライドが高いが、それ相応に技量も高く、責任感もある、刀を使う宮内庁霊害対策課の職員。
 そして、次はA.D.2032年世界出身の男、「恐怖」の属性を持つ魔女、カラスヘッドだ。「相手のその時感じている恐怖を具現化(現実改変を伴う)する」という強力な魔法を持つ。そのままでは不便なので、恐怖に指向性を与えるための演出装置である、機械仕掛けの杖を持つ。
 最後は、A.D.1961年世界出身の男。デウスエクスマキナ「パパラチア」のエンジェル、イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナ。インドのマハーラージャ王族、ラュメルワセナ家の四男である。かつてはインド空軍に所属していた。

 

 さて、初期設定が以上だ。ちょうど、メイヴの整理も終わったようなので、話を戻すとしよう。

 

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「えーっと、つまり、こういう事? そっちの宮内庁の人たちは、西暦2016年。そっちの魔女連合の人たちは、西暦2032年。で、そっちのGUFの人たちは、新宇宙歴246年、それからチパランドっていう異世界。からそれぞれ、来た、と」
 メイヴが情報をまとめる。
「つまり未来人って事か? SFじゃあるまいし」
 と、イシャン。
「はい。ですが、私達の世界では、ルシフェルなんて言うあのような存在の事は全く歴史にありません」
「そうですね、ご祖父上様もまだ存命ですし」
 と、一番A.D.1961年に近いA.D.2016年の二人が、自身の知る歴史との差異を指摘する。
「我々の時代も地球に科学信仰による統一政府、などというものはできた事がありませんな」
 と、A.D.2032年の歴史に疑問を呈するN.U.A.246年のオラルド。
「なるほど……。単純な未来でもない、と」
「おおい…どういうこだよ? レディ」
 納得した様子のメイヴと、まだ疑問でいっぱいという様子のイシャン。
「分かったわ。とりあえず、あなた達三グループは同じ存在、カボチャ頭の盗人を追ってきた、そしてそいつらは最終的にここに逃げてきた、という事ね」
 イシャンの疑問に答える事なく、話を進めるメイヴ。
「であるなら、私達も無視出来ないわ。とりあえず、私達の本部に案内するわ」
「フレイ、ヴァーミリオンに戻って、安曇に、車を必要台だけ、こっちに転送させるように言って、あいつもあなたになら文句を言えないと思うから」
 と、メイヴが指示を出して、話を進める。
「わかりました」
「待てよ、レディ。こいつらの言う事、信用するのか?」
 頷くフレイ、そして、不信感を隠さないイシャン。
「こんな嘘をでっちあげる理由は、そう思いつかないわ。それに、少なくとも美琴しか持ってないはずの中島家の家宝を持っている事は、無視出来ない事実だしね」
「そりゃそうかも知れないが……」
 メイヴの言葉に、不承不承といった様子で頷くイシャン。
 直後、歪な五芒星とともに、兵員輸送車のような車が転送されてくる。
「さ、乗って」
 と、メイヴが促し、みんなが乗り込んでいく。
「私の死があなた方の迷惑になってしまうとは。大変申し訳ありません」
「いえ……別に」
 唐突にメドラウドがフェアに謝罪する。虚を突かれたフェアは、しどろもどろながら、返答する。「あなたの所為じゃないし……」と続く言葉が出るより前に、荒っぽい運転、あるいは荒れた道路によるガタガタという振動が彼女の口を塞ぐ。

 

 そして、クラン・カラティンの本部に入る。
「おかえりなさい、メイヴさん」
 いつものように安曇が出迎えるが。
「安曇!」
 アンジェとアオイが刀に手を伸ばし、
「待ちな、どういうつもりだ?」
 刀が抜かれるより先にイシャンが懐から拳銃を取り出し二人に向ける。
「まぁ、大体察しはつきます。今のように合法的に力の使い道があるわけではない状態の安曇が、どのように力を使うか」
 と美琴が言う。そう、アンジェとアオイにとって、安曇は現在逃走中の犯罪者である。
「とりあえず、剣から手を放してもらおうか?」
 とイシャン。それを遮るように、メイヴが声を上げる。
「なるほど、美琴。そういう事ね。この安曇は私達の世界、1961年の安曇よ。あなた達の追っている安曇とは別人」
 そう。あくまで二人が追っているのはA.D.2016年の安曇。この安曇とは無関係なのだった。
「なるほど。そういう事でしたら。私はセラドンの中に戻りましょう」
 なんとなく事情を察した安曇は、この場を去る事を選び、二人はそれを見て刀から手を放し、そしてイシャンも銃をしまう。
「じゃあ奥に行きましょう。こっちの会議室でなら、みんな座って話が出来るわ。地図もあるし」
 と、メイヴが全員を促す。会議室の椅子は安っぽいパイプ椅子で、座り心地はあまりよくない。
「さて、いきなり本題なのだけれど、うちのイシャンのように、あまり状況を呑み込めていない人もいるようだから、簡単に私の見解を話すわ」
 と、メイヴはあえてそこで切って全員を見渡してから。
「あなた達は、いわゆるパラレルワールドから来たのだと思う。2016年の人は分かりやすいわね。きっと、ルシフェルが1957年に襲来しなかった世界」
 と、続ける。パラレルワールド、可能性の世界。例えば、1957年にルシフェルが襲来すれば、今のA.D.1961年世界になり、しなければ、A.D.2016年世界のような世界になる。そこから、科学統一政府が出来ればA.D.2032年へ、あるいは別の進歩を遂げればN.U.A.246年に。
「ルシフェルが現れなかった世界…ね。そっちじゃ兄貴も生きてんのかね?」
 と、イシャンが呟く。
「話を聞く限り、私達の世界もこの事案と無関係ではない。この世界に本拠地があるなら、私達が見て見ぬふりをする理由はないし、この世界で何かを盗んだり、何かをやらかすつもりなら、なおのこと見過ごせない」
 それに気付いているのかいないのか、メイヴは話を続ける。
「それにあなた方はこの世界の事はよく分からないでしょう? けれど、私達もあなた達の世界の事はよく分からない。だから、四人一組のグループになって、調査をする事を進言するわ」
「いいと思うわ。私達は魔法の事以外、よく分からないし。1900年代の事はルシフェルの事がなくても詳しくないしね」
「私達としても、この世界に詳しい案内人がいてくれれば助かりますし、他の世界の何かについても、教えてもらえるなら助かります。話を聞く限り、私達と相対したカボチャ頭は、チパランドの魔術を使っていたようですし」
「うん、いいんじゃないかな。チパランドの人たちは、そもそも地球の事に詳しくないし、私達の方にもこの頃の情報は全然ないし、案内や情報は助かるよ」
「そうですね。それに、神聖語を話す皆さんの事はとても気になります」
 メイヴの提案に、みんなが同意する。

 

 そうして、探索が始まる。イシャン達のチームは、まずは聞き込み、という方針を選び、旧サンフランシスコ市内を探索する事を選ぶ。
 まずは、イシャンが単独で、行きつけの情報屋に話を聞きに行く事になった。情報屋のいる薬屋に入るイシャン。
「いらっしゃい。何か刺激をお探しかい?」
 と、店主が言うと、
「おう。なるべく派手に飛べる奴を頼む。……と言いたい所だが、今日は〝特別な注文がしたい〟」
 イシャンは、暗号の最初の言葉を継げる。
「ほう」
 と店主は声を潜め、
「具体的には何をお探しで?」
 と尋ねる。
「そうだな…。〝天使の粉末が欲しい〟。良いかい?」
 そしてイシャンは正しく暗号を答える。
「なるほど」
 と店主は頷き、指で店内の警備に合図して、入口の鍵を閉めさせる。そして、店主が、棚の突き出たくぎをグイっと押すと、引き戸のように棚が開く。
「さ、どうぞごゆっくり」
「おう。ありがとさん」
 イシャンは奥に進む。
「誰かと思えば、クラン・カラティンのイシャンか。今日はどうした?」
 と尋ねてくる情報屋に、イシャンはすかさず、
「久しぶりだな。ちょいと聞きたい事があってな。ちと気の早いハロウィン野郎が現れたらしくてな……」
 と言いながら、探したい相手、カボチャ頭の情報を伝える。
「ハロウィン? おいおい、ケルトの文化なら、俺よりお前たちの大将の方が詳しいだろ」
 と、茶化しながら話を聞いた後、二つの目撃情報を教えてくれた。どちらも、剣やライフルを背負った人間の目撃情報。一つは市内の居住区で、人を雇っていった、という話。もう一つは、ここから南に行った所にあるシリコンバレーに仕事を持ち掛けたらしい、という話。
「あんたのところの大将に義理立てて教えてやれるのはそこまでだな。それ以上は自分たちの足で探すか、俺と取引出来るくらいの情報を持ってくるかだ。クラン・カラティンの内情とか、インドの内情とかなら、大歓迎だぜ」
 そして、情報屋はそういって、話はここまでだ、と封じる。
「前者はともかく、後者は内容次第じゃ考えないでもない。うちのクソ親父関連の情報でよけりゃな」
「どこかの国が、その情報を盾にインドを強請れるくらいの情報だったら、いいんだがな」
 イシャンは少し悩んでから、それをブラフだと判断し、
「ま、気が向いたら教えてやるよ。こっちの手が詰まったらな」
 と返して、その場を去る。
 そして、あとの三人、ユキ、リュウイチ、カラスヘッドとその情報を共有し、居住地区に移動する。

 

 その頃、タホ湖の辺り。
「情報通り、濁っていますね」
 と美琴。
 彼らがタホ湖に来たのは、透き通った湖だったはずのここが、ここ数日でいきなり濁った、という情報を耳にしたからだ。
「そんなに透き通っていたのですか?」
 とアオイ。
「えぇ、世界第三位の透明度、と言われていたと聞きますよ」
 と美琴。
「私達のいた時代では富栄養化が進んで、どんどん透明度が低下していたわ。でも、こんなに一気には進まないわよね、普通」
 と、エレナ。
「とりあえず、サンプルを回収して、チハヤの施設で分析してみましょう」
 と、スミスが、水をすくって、容器にしまう。
「私達はもう少しこの辺を調べます。スミスさんは、そのスーツを使って、先に解析を依頼してきてもらっても?」
「了解です」
 美琴の提案に、スミスは頷いて、翼を展開する。〝粒子〟ドライブを点火して一気に上昇し、そのまま翼を使って滑空し、チハヤに向かって飛行する。
「さぁ、できるだけ、何かを見つけましょう。情報が少なすぎます」
 と、美琴が言うと。エレナもアオイも強く頷く。

 

 そして、時間が来て、全員が本部に戻ってくる。
 この近くで身を隠せるなら、この場所だろうというメイヴの提案を受けてヨセミテ国立公園、ミューアウッズ国定公園を探索していたチームは何の成果もなかったらしく、落胆している。
 タホ湖を探索していたチームは、水のサンプルを回収した以上の成果を得られなかった。水は確実に濁っていて、水底が全く見えなかった、と。
「それから、解析班によると、拡散具合などから、ずいぶん前からこれだけ濁っていた、としか思えない、と」
「そんなはずないわ。あそこは、市内から日帰りで行ける憩いのスポットよ。数日前までしっかりと透き通っていたのを間違いなく私自身が確認してる!」
 スミスの報告に、メイヴが強気に言うが、
「しかし、事実として、タホ湖は濁っていました。この件に関係があるかは分かりませんが」
 と、美琴が遮る。
 そして、居住区を探索していたイシャン達が報告する。「剣やライフルを背負っていた人間」は何より、機械の首輪をしていたらしい、と。
「あ、それ見た見たー。変な首輪だよねー」
 とウェリィ。
「え、いつの間に?」
「フェアが聞いてくれなかったんじゃん……」
「それで、他にどんな情報が分かりましたか?」
 妖精と妖精使いを置いて、アンジェが続きを促す。
 情報はまとめるとこのような具合だった。

 

・何人もの人間が雇われた
・雇われた人間はなんだかぼんやりしていた
・リュウイチは確かに魔術の痕跡を感じた
・仕事内容は「荒れてしまったミューアウッズ国定公園の木々を間伐するお仕事」、という事だったらしい
・そして、雇われた人間は帰ってきていない

 

「魔術の痕跡、気になりますね」
 とアオイ。
「聞いた話じゃ、カボチャヘッズの使う空間移動は魔力がないらしいし、その魔術の痕跡ってのは、空間移動の事ではないんだろうが。そうなると、居住区の連中を洗脳するのに使ったのか」
「そうだねー、あれは魔術じゃないよー」
「ならやっぱり洗脳の方が怪しいな。連れてかれた連中はぼーっとしてたらしいしな」
「こっちの世界の魔術は洗脳なんて出来るんですね……」
 イシャンとカラの会話に驚くミラ。
「連れてった連中がカボチャヘッズだとしたら、ねらいは妖精銃って奴の製造ってところか? 場所もシリコンバレー。探しゃ無事な施設の一つもありそうだしな」
 イシャンは持論を展開する。彼は、シリコンバレーに持ち掛けた仕事のために、人を雇ったのではないか、と考えているようだ。特に誰からも反論がないので、ひとまずこの方針で調査する事になる。
「どうだろう……。何の知識もない人たちだけで妖精銃を作れるとは思えないけど……」
 ただ、用途についてはフェアから反論が出た。
「1丁は盗まれてるんだろ? そいつを元にコピーすりゃ、ある程度の基礎知識だけでも作れないか?」
「いえ、魔術的な加工が必要で、それはイギリス本国にある機械にしか出来ない、と」
「その機械ごと盗んできたって可能性は? いや、でかすぎるか」
 イシャンは食い下がるが、
「それなら、ここにリチャード騎士団からの追手がいてもおかしくないでしょう」
 と、メドラウドが、反論する。
「パラレル……超えられる……?」
「あー…… リチャード騎士団の方で機材が盗まれたとして向こうさんが対処出来るか?って事か?」
 ユキが言葉少なげに疑問を呈したのをリュウイチが解釈する。
「なるほど、それは確かに」
 とアオイが頷くが、
「だが、アンタらはやってこれたんだろ?」
 今度はイシャンが、リチャード騎士団が追ってきたはず、という主張の側に与する。
「そうね。特別平行世界の知識のない私達でも、彼らを追っていくうちに、ここまで来る事が出来た。リチャード騎士団は私達の世界の魔女狩りに劣らない優秀な集団だと聞いてる。それが出来ないとは思えない」
 と、エレナ。
「あるいは、俺達が選んで連れてこられたんじゃない限りは、だけどな」
 と、タクミがコーヒーをすすりながら、呟く。
「要するに、どっちかは確定出来ないって事ね。なら、もしあってもいいようにするべきよ。シリコンバレーに調査に行くメンバーには、その機械が魔術的な何かかどうかを見極める力を持っている人間が含まれているべきね」
 と、メイヴが鶴の一声で解決を試みる。「どちらか分からないなら、どちらでも対応出来るようにするべき」という主張は最もなように思えたので、皆がそれに頷いた。
「こんな時だけは、彼女が恋しくなりますね」
「あの英国の魔女になど頼らなくても、十分に解決出来ます」
 アンジェがしみじみと呟くが、アオイが否定する。
「彼女?」
「えぇ。私の仲間の一人です。《高速記述者》と呼ばれている優秀な魔術師なのですが、今回は同行してくれていません」
「なるほど。そいつは惜しいな。あんたのとこには魔女はいないのかい? メドラウドの旦那」
 ふとひらめいてイシャンがメドラウドに問う。
「残念ながら、リチャード騎士団は、そういった力ではなく、剣と鎧でそれを粉砕する事を基本とした集団でして」
 と、肩をすくめるメドラウド。
「ちなみに、私達、魔女が使うのは、魔術ではなくて魔法。魔術についてはさっぱり分からないわ」
 と、視線を感じたアリスが先んじて答える。
「魔術と魔法ってのは別物なのか?」
「そうね。現象としては同じだけれど、過程が全く異なる。と考えてくれたらいいと思うわ。魔法は直接この世界に作用して現象を起こす。魔術は直接作用させる事は出来ないから特定の手順を踏む事で間接的に世界に作用して現象を起こす」
 と、待ってましたとばかりに先生の顔になって解説するエレナ。
「へぇー、妖精の魔法と同じかー」
 と感心するウェリィ。
「直接作用して現象を起こす…か。まるで神の奇跡だな」
「そうね。そして、だからこそ、魔女狩りに狙われる、とも言える」
 感心するイシャンに、プラトが静かに呟く。
「それだけとんでもない力って事か。で、魔術と魔法ってのは、残す痕跡に差はあるのかい?」
「あるわ。魔法は、魔術と違って、ほとんど歪みを生まない。だから、魔法が使われたとしても、それを痕跡から推定する事は難しい」
 イシャンの疑問に、少しうれしそうにエレナが答える。
「プロセスの違いが痕跡に現れるって事か。ちなみに、カラスの旦那の力は魔法って事で良いのか?」
「その認識で問題ない」
 とカラスヘッド。
「なら、旦那以外に誰か来てもらわないとだめだな。どうするよ……? それと、他の誰かには、念のため居住区を張ってもらいたい。もしかしたら、連中がまた人員募集にくるかもしれないからな」
 シリコンバレーには自分たちが行こうと決めたらしいイシャンが、同行する人間について考える。
「なら、イシャンのチームに一人、人員を足して、その人員が抜けたチームが、居住エリアを張るのがいいかしらね」
 とメイヴが宣言し、その後、相談の末、ウェリィとフェアがイシャン達と同行する事に決まった。

 

 イシャン達一行は、クラン・カラティンのジープを借りて、移動を始める。本当は、自慢の愛車であるモーガンを使いたかったイシャンだったが、五人乗りである必要があったので、諦めた。

 

 そして、イシャン達が聞き込みを始めている頃、ミューアウッズ国定公園。前回、ヨセミテ国立公園を探索していたメンバーが、念のため探索に訪れていた。
「ありゃー、これはカラちゃんじゃないと気付けなかったのも無理ないねー」
 と、突然、カラが上機嫌に語りだした。
「どうしたのー?」
 と、ミア。
「うん。ここに〝裂け目”の痕跡がある。向こうからこっちに開いた”裂け目”だなぁ。それに古い。数日くらい前だ。多分、これまで見た”裂け目”の中で一番古い。あのカボチャ頭、この”裂け目〟でここにやってきて、そのあと、カラちゃんたちの世界に来たみたいだなー」
「という事は、ここから、どこかに移動して拠点を作ったのか。この公園内ではないみたいだけど」
 カラの説明を聞いて、周囲を見渡すプラト。
「広いですから、見落としの危険もあります。もう少し探ってみましょう」
「あー、それ意味ないよー。だって、こっち側から開いた〝裂け目〟の気配全然ないもん。きっと拠点はここ以外の別の場所だよ」
 メドラウドの提案に、カラが却下する。

 

 さらに同じミューアウッズ国定公園の、別の場所で、アンジェとアオイが探索していた。少し離れた所で、オラルドとフレイが探索をしている。
「こっちですね」
「えぇ」
 二人は、少し奇妙な〝気〟の動きを感じて、その廃屋までたどり着いた。
「止まれ」
 扉を開けた瞬間、そんな声が響いて、白く細長い狐が、飛び出してくる。
「あなたは……空見 キョウヤ」
「……よかった。お前たちか」
 キョウヤと呼ばれた青年は安心したように座りなおす。
「管狐」
 竹の筒を振ると、狐がその中に戻っていく。
「私達の知っているキョウヤ、なのですか?」
 アオイがいぶかしみながら、声をかける。
「あぁ。そうだよ。だが、待ってくれ。君達も、何か目的があってこの世界に来たんだろう?俺もそうだ。アマテラス様に命じられて、この世界に飛んできたんだ」
「あなたの目的と私の目的は同じだと? 私達は、盗まれた妖精銃を取り返しに来たのですが」
「妖精銃? ……なるほど、そういう事か。目的は少し違うかもしれないが、おそらく敵は同じだ。その妖精銃を盗んだのは、カボチャ頭の連中じゃないのか?」
「! そうです、知っているんですか?」
「アンジェ、彼は……」
 アオイはアンジェがキョウヤから情報を聞き出す事を不安視しているようだが、アンジェはそれを手で制して、続きを促す。
「あぁ。俺の相手もそいつらだ。そうか。どうやって〝穿つ〟のかと思っていたがそういう事か……。俺達の敵は同じだ、手を組めないか?」
「何を馬鹿な……」
 アオイの言葉を再びアンジェは手で制して、
「構いません。しかしなぜ? いつものあなたなら一人でやるでしょうに」
「あぁ……それはそうなんだが、どうやら〝アイツ〟が、向こう側についてるらしくてな。流石に俺一人では厳しい」
 キョウヤは質問に素直に答えた。
「アイツ……ってまさか……。いえ、しかし、そういう事なら、一緒に本部に向かいましょう」
「いや、それは待ってくれ。アイツが敵に回ってるんだ。少なくともあの連中の目的は絶対的な悪じゃない。お前たちの仲間のどれくらいが信用出来るか分からない以上、俺の存在は、隠しておいてほしい」
「確かに、ほとんど初対面の人が多いですが」
「それだけじゃない、俺達と同じ出身の奴も怪しい。あの、カラなんか、一番そうだ。あの女は条件さえそろえば、自分の気に入った方に付く。少なくとも絶対にあの女には知られてはいけない」
「確かに、あなたとカラならあなたの方が信用出来ますね」
 キョウヤの言葉に、ちょっと頷くアオイ。
「分かりました。では、また後程」
「あぁ。ありがとう。彦火火出見ひこほほでみの信徒達よ」

 

 そして、再び視点は、シリコンバレーに戻る。分担して情報収集していた、五人が集合していた。
「廃校となったカリフォルニア大学バークレー校に、機械の首輪をつけた女がいたらしい」
 とイシャン。
「西の工場が、ライフルを背負った男から仕事を持ち掛けられたらしいぞ」
 とカラスヘッド。
「かぼちゃ畑……」
「それは明らかに関係ないからな? 一応近くに不審者が通らないか見張っておけ
 ……わりぃ こっちは情報無しだ」
 と、ユキとリュウイチ。
 相談の末、西の工場に向かう一行。

 

「普通の工場だね。変な魔力とかは感じない」
「カボチャ頭は見当たらなかったよ。機械の首輪をしてる人もなんか武器を持ってる人もいなかった―」
 姿を消せる事を利用してウェリィが偵察に出て戻ってくる。
「ま、ある程度の所は知れたな。とりあえず、カボチャ頭はいない。機械の首輪に剣やライフルの連中もいない。つまり、差し当たって危険はなさそうだ」
 イシャンがそう判断し、突入を決意する。
「いやぁ、すまない。クラン・カラティンのエンジェルでイシャンって者なんだが、この辺りに、怪しい連中が出入りしてるっていう噂を聞いてな」
 扉を開けて、近くに人間に声をかける。イシャンはクラン・カラティンのエンジェル。サンフランシスコ・ベイエリア内では、一種の警察権力として認められている。
「あぁ、いつもありがとうございます。怪しい人ですか? それはどのような?」
「大きな声じゃ言えないがな……。武器の密造を行ってるって話だ。このシリコンバレーじゃ、デウスエクスマキナの重要な部品も作ってる。そこで妙な動きをされると困る。それで、まあ、あんたんところがそんな変な事をしてるとは思わねぇが、一応あらためさせてくれないかな?」
「そうでしたか。……ピッケルやドリルは武器にあたりますでしょうか?」
「いや、さすがにそいつは工具だな」
「ならよかった。では、どうぞ」
「ありがとうよ。ご協力感謝するぜ」
 入った一行だが、そこで作られていたのはピッケルや削岩機であった。
「その人たちは?」
 白い長い髪の赤い瞳の女性が、案内していた従業員に声をあっける。
「あぁ。オーナー。なんでも武器の密造があるという話を聞いて、工場を回ってるそうです」
「クラン・カラティンのエンジェル、イシャンだ。すまないな、レディ。そういう事情で、ちょっとあらためさせてもらってる。別にあんたの所を疑ってるわけじゃないが、念のため……な」
 イシャンが直接説明に入る。
「作業に支障がないのなら、あるじも許してくださるでしょう。構いません」
「主? あんたがオーナーじゃないのかい?」
 そして、そのまま聞き取りが始まる。
「えぇ。私は主の奴……使用人のようなものです。ここの監視とか、そういったものを任されています」
「そうか。なら、この辺りの事はくまなく見てるわけだな? 機械の首輪をした、剣やライフルを背負った連中を見なかったかい?」
「機械の首輪、ですか。この辺りでは見かけていませんね。剣やライフルを背負った連中については……、私の主と私の他の使用人がそれかもしれません」
「あんたの主や、あんた以外の使用人ってのは機械の首輪をしているのかい?」
「いいえ、主には首輪をつける趣味は無いようです」
「そうか。いや、その機械の首輪をつけて剣やらライフルやらを背負った連中が、どうにも武器密造の元締めじゃないかと睨んでてな……。その連中がこの工場に話を持ち掛けたって聞いてたんだが」
「この工場に話を持ち掛けたのは、我が主です。ライフルを背負っているのは事実ですから。その情報だけで、その機械の首輪をつけた集団と勘違いしたのでは?」
 という女性の言葉を聞いて、「そういえば、武器を背負った人間の目撃例はあったが、首輪している人間の目撃証言は無かったな」と、お互いの証言を突き合わせる一行。武器を背負っているという情報だけで、間違った所に来てしまったのか、と思ったが、しかし、武器を背負っているのは珍しいには違いない。
「そうか……。念のため、あんたの主に目通りさせてもらえないかね?」
「主はシエラネバダ山脈の方におられます。今の完成品を納品するため、ヨセミテ国立公園の辺りで受け渡しをする予定があるので、その時でよければ」
「分かった。それはいつなんだい?」
「そうですね、もう少しで荷台に積めるくらいが集まるので、それからですね」
 思ったよりすぐな事を理解したイシャンは、そのまま交渉に入る。
「分かった。それじゃあ、アポを取りたいんで、あんたの主にご連絡願えないかな?」
「そうは言いましても、どういうわけか、携帯も通じないようでして……。直接会っていただくしかないと思います。主も同じ状況ですから、アポなしを責めたりはしないでしょう」
 その言葉を聞いて、フェアと、リュウイチは少し首を傾げた。携帯電話? この時代にそのようなものが普及していただろうか。
「ところで、あんた達は最近になってここの経営を始めたのかい? 俺の聞いた話じゃ、「剣やライフルを背負った連中がここの工場に話を持って行った」と聞いてる。情報の通りなら、剣やライフルを背負った人間はクライアントでオーナーじゃない」
「まぁ、私はそもそもオーナーではないのに、彼らにオーナーと呼ばれていますし。あまり名前は重要ではない気もしますが。そうですね、ここに話を持ち掛けたのはつい最近です。二日前ですから……22日、土曜日でしたか」
「そうだったのか。てっきり、ずっとこの工場を持ってたもんだと思ってたぜ」
 と、イシャンは流したが、リュウイチはそれを聞き逃さなかった。22日土曜日、それは正しい。ただしそれは、リュウイチの中で、だ。つまり、A.D.2016年の10月22日は、土曜日だ。しかし、1961年の22日は、日曜日のはずだ。
「ちょっと確認してえ事が出来た イシャンさんよ ちょっと俺が質問かけていいか……?」
「分かった。頼む」
 リュウイチが小声でイシャンに確認を取り、会話に加わる。
「横からわりぃが一つだけ質問させてくれ 確か……今年って2005年だったか?」
「……? はい? 今年は、2016年ですが……。どうかしましたか?」
 答えは驚くほどあっさりと出た。この女性は、時代を超えてきた事に気付いていない。もしかしたら、その主というのも。
「あれー? 何言ってるの、この人ー」
「何か私が変な事を言いましたか?」
 ウェリィの声にムッとしたのか、女性が若干トゲのある聞き返し方をする。
「詳しく話してもいいが まず周りの奴らに今年が何年か聞いてみてくれないか? 自分で確かめた方がいいに決まってる」
「……なるほど。いいでしょう」
 女性が、従業員に声をかけに行く。
「俺達と同じ……いや 無自覚に迷い込んできた分厄介かもなぁ」
「なるほどな。しかし、よく気付いたもんだ。ウェリィ、ここの機械やさっきの女から魔力は感じたか?」
「いやぁ、別に。でも強いて言えば、なんか、私から意図的に目を背けてるような? 絶対にこっちは見ない、みたいな感じがした」
「自意識過剰じゃないの?」
「そうかも」
 フェアの厳しい突っ込みにすぐ折れるウェリィ。
「ウェリィ、確か魔術とか魔法とか使える奴は、お前さんが姿を消しても見えるんだったよな?」
「んー、それはちょっと違うかも。あ、魔術を使える人に必ず見えるとは限らない。後はそう、魔法を使える存在、神族辺りは見える。あとはまぁ、魔術で生み出された種族とかも、か。人工妖精とかもそうだね」
「なら、もう一つ。お前さんが姿を消しててもそれを見える連中は、お前さんが姿を消そうとしているかしていないかを見分けられるのか?」
「分かんないかな。でも、妖精が普通に姿を出してるのなんて、普通はめったにないから。妖精を見える人が妖精を見たら、まぁ大抵は自分には見えてる、と思うと思うよ」
「分かった。じゃあ、ウェリィ、しばらくの間、俺の左肩にでも止まっててくれないか? そしてそのまま姿を消して、それから俺が合図したら姿を現してくれ。「合言葉は〝ラムネが食いたい〟だ」」
「…………なんてこと、いつの間に時間を超えていたなんて。申し訳ありませんが……」
 といって、イシャンの方を見て一瞬固まる女性。
「ありゃ?」
 また目が合ったかな? と思うウェリィ。しかし、女性はすぐに調子を戻して、
「早急に主に報告しなければならないので、急ぎ積荷の準備をさせていただきます。もし主に会いたいようでしたら、しばらく後に向こうの街を通る予定なので、そこで合流してください」
 と言って、背を向けて歩き出す。
「ああ、ちょっと失礼」
「はい?」
 イシャンがもう一度呼び止める。
「いや、こちらもようやくと貴女の事情を呑み込めましてね。実は、俺の連れも別の時代からきた連中なんですよ。そっちの男もそれだから「2005年ですか?」なんて簡単に言えた」
「まぁ この時代の年を言うのも 迷い込む前の年を言うのもなんか詰まらねぇってので2005 なんて言ったが、俺も同郷……つまりは2016年って事だな」
 とリュウイチが捕捉する。
「それは、そうだろうなと思います。話は以上ですか?」
「その事情じゃ、あんたも色々大変でしょう。状況解決のために、俺もできるだけ協力しますよ。俺はこの時代の人間なので、情報支援もしやすい。どうです?」
「私はあくまで使用人。あなた方にどのような事情があろうと、それにどう付き合えるかの判断は主にしか出来ません。私に言っても無意味です」
「それに、我が主が、この程度で困った、等とは言わないと思います。それでは失礼します」
 異なる時代に迷い込んで、その程度で困らない? 少なくとも一般人では間違いなくないな、と確信するイシャン達。
 そして、カラスヘッドは、自身が魔法を使うという方法を思いつく。何もせずにただ魔法を使えば、彼女の恐怖が具現化されるはず、それで、彼女のことが少しは分かるはずだ。
 カラスヘッドは、杖を持ち上げ、発動の準備をし……。はっとした表情をして、発動を中止する。
 カラスヘッド自身でもなぜ中断したのかよく分からない。だが、もし発動してしまえば取り返しのつかない事になってしまうような気がしたのだ。
「ふう…。結局、あの女に妖精が見えてるのか確かめる事が出来なかったな。まあ、まず間違いなく一般人じゃないが」
「…………そうだな。確かにあれは一般人ではないだろう」
 イシャンの発言に、自身の奇妙な感覚に疑問を覚えながらカラスヘッドが返答する。
「知らぬ間にタイムトラベルをしてたってのに行動が冷静過ぎる。彼女の主がその状況に動じないと確信出来るってのも、まず一般人じゃない証拠だ。とはいえ、白か黒かは分からねぇな。そして、手がかりはゼロだ……」
「まぁ 主さんとやらに会ってみないと どうこうしようもなさそうななぁ」
 とリュウイチ。
 誰かがとりあえず、本部に戻って報告を聞こう、と言い出して、車に戻って帰路に就く。

 

 そして、しばらく走行していた途中、ふいにカラスヘッドがそれに気付いた。道のど真ん中に、魔法陣が。カラスヘッドはそれがなんなのかは分からなかったが、とりあえず危険な事は分かった。
「魔法陣!」
 運転手、イシャンは気付いていない。咄嗟に、ハンドルを横から握って、カーブさせる。直後、魔法陣が爆発する。カラスヘッドの警告の甲斐あって、なんとか無傷で済んだが、しかし、先ほどの女性によく似た白い髪、赤い瞳の女性が五人、明らかにこちらを見ていた。
「目標を捉えました。排除を試みます」
 それを見て、イシャンは表向きデウスエクスマキナの起動キーである事になっている、ヘッドにトリスケリオンの紋章の入ったカギを示す。自身がエンジェルである事を示す身分証明のアイテムである。
「旧サンフランシスコの街を預かるクラン・カラティンのエンジェル、イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナだ。お前たち、何者だ? 所属と目的を言え。回答が無く、さらに攻勢を続ける場合、こちらも武力を以って応じるぜ?」
 と、イシャンは警告する。しかし、
Zerstörung破壊せよ
 ハルバードを持った前衛が三人、空手の後衛が二人いるうち、後衛の片方が、右手を突き出し、何やら呪文を呟くと、右腕の先に黒い球体が出現する。
「穏便な話し合い……はどうやっても難しそうだな」
 とリュウイチ。リュウイチはそれが魔術である、と感じたのだ。
「ったく、難儀な連中だな……!! もう一度言う。所属と目的を答えろ! さもなくば武力で応じる!」
beenden完了
 黒い球体が発射される。その球体は炎上している車両にぶつかり、そしてその車両を跡形もなく消し去った。
「ちっ、問答無用ってかよ!」
「……交渉決裂か。皆武器を取れ、命が最優先だ」
 悔しそうに言うイシャンに対し、カラスヘッドはドライに戦闘の開始を宣言する。
「戦闘用シールドを展開する。verteidigen守れ beenden完了
 五人の女性は球体のバリアを展開し、それぞれハルバードと、腕とを構える。
「安曇! ちょいと厄介事だ。パパラチアを出してくれ。場所はシリコンバレー、座標……」
「了解。転送しますよ」
「ありがとよ。恩に着るぜ」
 歪な五芒星が出現し、デウスエクスマキナ・パパラチアが出現する。そして、即座に乗り込むイシャン。
「みんな、聞いてくれや。できるだけ殺さず、捕まえたい。退路を塞ぎつつ、威力を抑えて攻撃し、抵抗力を奪う。頼めるか?」
「了解した。出来る限りやってみよう」
「もちろんだ 俺の仕事は殺しじゃねぇ!」
「手加減……? 頑張る……」
「もっちろん。ね、フェア」
「うん」
 イシャンの提案に、全員が頷く。
「舞え、パドマ…!」
 パパラチアの背中に蓮の花のように存在していた花弁が空中に浮かび上がる。パパラチアの固定武装、パドマだ。そして、イシャンはパドマを女性たちの退路を塞ぐように展開する。
 次の瞬間、ユキの弓から無数の矢が発射され、五人の女性の上に、雨のように降り注ぐ。
「くっ……」「がぁっ」
 それは後衛の二人の意識を確実に奪い、前衛三人のバリアも完全に破壊する。
「やりすぎ……た?」
「戦闘用シールドの損壊を確認。第二行動パターンへ移行」
 首を傾げるユキを置いて、ハルバードを持った女性二人が、呪文を紡ぐ。
Verknallt砕け
 半透明なハルバードがハルバードに重なり合うように出現する。
beenden完了
 ハルバードを突くと、二本の半透明なハルバードがまっすぐ、ユキに向かって飛んでいく。
「おっと」
 それをイシャンのパララチアが防ぐ。本来ならあらゆる装甲を貫通するその魔術で作られたハルバードは、しかし、神性防御と呼ばれる、ルシフェルとデウスエクスマキナだけが持つ未知の防御技術によって、防がれる。
 そして、その間から、ユキはさらにハルバード使いに矢を射かける。
「くっ。撤収する」
 その傷を抑えながら、二人のハルバード使いは戦域から離脱する。残った一人がそれに続いて離脱しようという時、カラスヘッドの杖から霧があふれ、その一人を覆う。
「汝は花だ。この花畑の中でただ一凛だけ純白の花弁を持ち、王の如く絢爛に輝く花。誰もが見惚れ、誰もが敬い、誰もが親しむ美しき花。されど、いやだからこそ、妬みが、憎悪が、災禍が、あらゆる悪意が汝を覆う。あぁ、よく体をご覧。汝にの足元にいるのは共に生まれた花々ではなく汝を喰らわんとする害虫、汝から富を奪わんとする醜悪な草花。草花は根を絡め千切り、虫共はその花弁を土足で踏み抜きかじり砕く。汝の栄光ここに潰える。さぁ、虫よ、花よ、今こそ虚像より出でて、女王を無様に食い尽くせ」
 人間を貪り食う巨大な虫が霧の中に投影される。目の前の投影された人間が貪り食われ、次は女性の番。
「くっ」
 女性は、多くの傷を負いつつも、具現化した虫を撃破する。
 パドマの小片が集まり、宙を浮くサーフボードのような形状を取る。パララチアはそれに乗って、一気に女性まで接近する。そこから上昇し、急降下攻撃。うまくパドマを調整して、衝撃波で吹き飛ばすだけにとどめる。ハルバードを持っていた女性は吹き飛び、そして失神した。
「ふぅ」
 イシャンが息を吐くと、
「戦闘終わりましたか? 戻しても大丈夫ですか?」
 と安曇が尋ねてくる。
「ああ。頼む。ついでに何人か逮捕出来た」
「皆さん全員で、それに乗ってもらって、まとめて、本部に帰還させても構いませんが、どうします?」
「ああ、そうしてもらえるか? なんせ車を壊されちまってな」
「それでは、全員に乗ってもらってください。終わったら転送を始めます」
「修理は経費で落ちるよな? 始末書は勘弁だぜ?」
「私にはわかりかねますが、おそらく、何らかの書類は書かされるかと」
「やれやれだな…お手柔らかに頼みたいね」
 イシャンは胸のハッチを開き、パドマをうまく使って、三人の女性を回収する。そして、
「みんなも、相棒に乗ってくれや。特別だぜ?」
「わーい」
 と喜んでウェリィが一番乗り。フェアがそれに続く。
「分かった……」
「まさかここでガムダムに乗る事になるとは……」
 静かに頷くユキと、A.D.2016年世界で有名なロボットアニメの名前を言いながら乗り込むリュウイチ。
「全員入るか少し不安だな……ファーが汚れなければいいが」
 と言いながら、カラスヘッドが乗り込み。
「それでは転送します」
 安曇によって転送される。
「レディ。重要参考人だ、とりあえず逃げられない所へ頼む。丁重にお願いするぜ?」
 本部に戻ってすぐ、イシャンはメイヴに三人の女性を任せる。
「重要参考人って……。分かった。とりあえず、他の人たちも集まってるから、お互い報告を。あと、この子たちの拘束は手錠でいいかしら?」
「ああ。そいつで頼む。武器も回収しておいてくれ。事情はあとで詳しく話すが、イキナリ襲ってきやがった、こいつら。あるいは、誰かに追われてるのかもな」
「わかったわ」
 頷くメイヴ。
「系譜が違うからよく分からんが 魔術を使っていたから厳重注意ぐらいはした方がいいかもな…… 発動阻害の仕方はちょっと知らん」
「それもそうか。安曇か、美琴さん、あるいは魔術に詳しい誰かで監視しとくべきか?」
「分かった。美琴に見ていてもらいましょう」
 リュウイチの助言に、イシャンが頷き、メイヴが手配する。
 
 そして、会議室で報告が始まる。
「かぼちゃ畑……」
「だからそれは関係ないって…… さてはお前かぼちゃ怪人見てからかぼちゃ料理の事しか考えてないな?」
 相変わらずのユキと、その保護者リュウイチ。
 白髪の女性の事を報告した一行は、そのまま、
「連中、何かに追われてるのかもしれねぇな。魔術師を追うような連中に心当たりないか?」
 と話を続ける。なぜそう思ったのかはよく分からないが。「追われていた」ような気がしたのだ。
「少なくとも私達の時代にはいないでしょうね。そんな暇はありませんから」
 と、メドラウド。
「こちらも同じくだ。私達の時代には、そもそも魔術師が確認されていないからな」
 と、オラルド。
「あー、連中は2016年から来たらしい。そっちでは?」
「魔術師を追っているとなると、テンプル騎士団が怪しい筆頭でしょうか」
 イシャンの捕捉に、アオイが答えた。テンプル騎士団についての解説をアオイがする。テンプル騎士団は「神の奇跡によらない神秘」を認めない組織で、魔術師狩りを行っている、と。
「テンプル騎士団か……。確かこっちじゃ、ここ数年姿を見た奴がいないって話だったよな?」
 テンプル騎士団についてかつて聞いた事があったらしいイシャンがそう確認する。
「そうね。宮内庁やリチャード騎士団と同じ、霊害と戦う組織だから、何らかの力になるかと思ったのだけれど、構成員を一人も捕まえる事はかなわなかったわ」
「彼らの事ですし、宮内庁より先に彼らに攻撃を仕掛けて壊滅したのかもしれませんね」
 とメイヴとメドラウド。
「2032年だと、どうなんだ? つっても、そっちじゃ大体魔法も魔術もご法度だったか」
「私の父が、関係者だったからよく知ってるわ。魔女狩りに大人しく下ったものは、魔女狩りに加わってるし、そうじゃない者は狩られた、らしいわよ」
 と、アリスが思わぬ回答。
 そして、他の班も各々報告する。もちろん、キョウヤの事は伏せられたまま。
「とりあえず、事情は分かった。尋問は私達に任せてくれてもいいわよ」
「そうしてもらえると助かる。そっちは専門じゃないもんでな」
 今後の方針の話になり、メイヴの提案に頷くイシャン。
「ヨセミテ国立公園、と指定していたのが気になります。罠かもしれませんが、行ってみる価値はあるかもしれませんね」
 とエレナ。
「そんな事より、私達の目的はカボチャ頭です。カボチャ頭と同じ首輪の人間がいたというなら、カリフォルニア大学バークレー校も気になりますね」
 とアンジェ。
「カラちゃんとしては目を引くお宝ちゃんがないから、飽きてきちゃったなー」
 とカラ。
 まだまだ、真相に至るには情報が足りない。調査を続けなくては。

 

 To be continued to 3章 #P.G.W.50

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