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未来へのトリックオアトリート

第三章 #P.G.W.50

 再度情報を整理する。その上で、イシャンはいくつか思いついた事があったらしく、挙手して発言する。
「オラルド司令、一つお願いしたい事があるんですがね。よろしいでしょうか?」
「あぁ。もちろん構わないよ。私達は協力関係にあるのだからね」
 イシャンの提案の相手はオラルドだった。オラルドは当然、と頷き、続きを促す。
「たしか、チハヤには重力変動を計測する機器が着いてるって話でしたね? カボチャヘッズがつかう〝裂け目〟をはじめとして、ワープや空間移動には重力変動がつきものだって話だ。まあ、俺のはSFでの知識ですが」
「あぁ。その通りだ。現にトブの転移も感知出来たし、ここに転移してくる直前の〝裂け目〟にも確認されている。重力波パッシブ受動レーダー検知器で〝裂け目〟は感知出来ると考えていいだろう」
 その返事を聞いて、頷きながらイシャンは続ける。
「それで、チハヤの機器のログに、チハヤがこの世界に来てから今までで、重力変動は確認されてたか教えていただきたくてね」
「いや、そういった、不自然な反応があった時は真っ先に私に報告が来るはずだが、今の所、そういった報告は来ていないね」
「分かりました。では、今後もし重力変動を確認しましたら、クラン・カラティンにもご連絡願えませんか? そうすれば直ぐに奴らに対処出来る」
「もちろん、そのつもりだよ。私達に出来る事なら協力は惜しまない。何でも言ってくれ」
 そして、新しい約束を設ける。これで、〝裂け目〟が発生すればそれはすぐにこの面々に伝わる事になる。
「あぁ、そうだ。これを持っていくといい。チハヤと接続する通信機だ」
「お力添え感謝いたします」
 といって、オラルドは全員に耳に入れるタイプの通信機を渡す。
「これは助かるわね。うちの通信はまだまだ不安定だし。これがあればチハヤを介して連絡が出来るわ」
 とメイヴ。
「そういえば、あの変な魔法陣での転移は何か反応とかなかったの?」
 と思い立って発言するのはソーリアだ。
「恐らくあれは、あれは世界中に張り巡らされたとある神の感覚器官を使って移動しているのでしょう。本当はずっとそこにあったものが可視化されて出現しているようなものですから、特に何らかの反応は無いのだと思います」
 それに答えるのは別世界の安曇を知るアンジェ。
「アオイちゃん、確認したいんだが、確かカボチャヘッズはアンジェが追い詰めた瞬間に活動を停止して、キミがマスクを取って確認した時には死んでいた。しかも、既に身体の腐敗が始まっていたって話だよな?」
 そして、イシャンは、そのソーリアとアンジェの会話を聞きながら、今度はアオイに確認する。
「はい。その通りです」
 アオイの返事に頷きながら、質問を続ける。
「それで気になっててな。もしかして、所謂死霊術ネクロマンシーってのも、魔術師や魔法の中に存在するのか? 死体を操って手駒に出来る魔術や魔法ってのは実在するものなのか?」
「はい。最も代表的な名を取って、『ブードゥーの禁忌』と呼ばれています。ですが、魔術で作られた動く死体からは魔力の痕跡が残ります。彼らは違いますよ」
「それもそうか……。良い線行ってると思ったんだがな……。だが、死にたての死体が既に腐敗してるってのはおかしな話だ……」
 再び考え込むイシャン。
「魔法だったらどうなんだ?」
 そして、今度はエレナ達、魔女に対して問う。
「魔法にはあらゆる可能性がある。もし『死』みたいな属性の魔女がいれば、そういった魔法もあり得なくはないわね」
「〝あらゆる可能性がある〟だと逆に絞れねぇな……」
 少し考えてからエレナが答える。そしてイシャンはその答えを聞いて唸る。
「けれど、それなら活動を止めた理由が説明出来ないわね。魔法であれば、追い詰められた程度で行動を止める理由がないわ」
「確かに。証拠隠滅のためにって考え方もあるが、それにしてもそこで解除する意味はないな」
「えぇ。魔法で死体を動かしているのなら、そのまま首が切れるのも構わず逃走してもいいはずだもの。だって、死体を残す事が気にならないなら、顔だけ残すのも別に関係ないし」
「それは早計じゃない?「人型の物を操る」という能力なのかもしれないわ」
 そこに横から話しかけてくるのはプラトだ。
「頭を切り落とされたら〝人型のもの〟じゃなくなるって事か?」
「そう。あるいは、あくまで、「思考能力は頭によって生じる」という固定概念に縛られているのかもしれないけど。他には……」
「その辺まで考え出すと、例えば、「本人が嫌だと思ったら能力が解除される」とかも想定出来ちゃうわ。首を切られる事を恐れて魔法を解除させられた、とかね。つまり、魔法である事を検討し始めると、いくらでも可能性があるって事ね」
 膨らみ始めるプラトの「かもしれない」論に、再びエレナが口を挟み終わらせる。
「となると、結局は手がかりなし…か……」
 と言いながら、イシャンは無意識でチパランドの魔術使い達に視線を向ける。
「ちなみに、ボクらの世界の魔術では、人を蘇らせたり、死体を操ったりは出来ませんよ」
 それにすぐに反応し、魔術に最も詳しいミラが回答する。
「なるほど、そういうもんなのか?」
「私達の世界の魔術で出来るのは、物体の最小単位であるアトムを、魔力で操る事だけですから。魂には、アトムがありませんから」
 と、詳細を求めるイシャンに、ミラが答える。
「とりあえず、カボチャヘッズは動く死体かもしれないが、そいつは魔術じゃない。そして、チパランドには死体を操る魔術は存在しない…か」
「いずれにせよ、カボチャ頭達が既に死んでいて、その上で動いている、という可能性は頭の隅に置いておいた方がよさそうですね」
 そして、アンジェがこのやり取りから見いだせる結論の一つを見出す。イシャンがそれに頷いて、この話題は終わる。
「魔術とか魔法とか、色々あってややこしいなぁー」
 とミア。
「色々と言っても4つよ。ちょっとまとめてみましょうか」
「お、さすがエレナ先生」
「やめてよ」
 アリスの茶々に少し照れながらホワイトボードの一角を借りるエレナ。
「とりあえず、チパランドの世界は物語で言えばハイファンタジー、こっちの世界は物語で言えばローファンタジー、という事で、ハイ〇〇、ロー〇〇、って呼ぶわね」
 と宣言して、書き始める。

 

 ロー魔術:方法と技術さえあれば、ある程度何でも出来る。痕跡が残る
 ロー魔法:その人に出来る事であれば何でも出来る。痕跡は残らない
 ハイ魔術:アトム(原子)を操って現象を引き起こす。痕跡が残る
 ハイ魔法:チパランドにおけるハイ魔術ではないものの総称。ロー魔術もロー魔法もハイ魔法。なのでこの言葉はこの世界にいる間は使われない

 

「こんな感じかしらね」
「こうしてみると、分かりやすいです」
 エレナの説明に、ジャンヌが頷く。
「で、例えばロー魔術には、メイガスとかマギウスとか細かい種類があって、ハイ魔術には、詠唱とか魔法陣とか歌唱、といった細かい種類がある。けど、これはあくまで方法の違いであって、調査にはあまり関係ないわ。とりあえず、大まかにこれだけ理解しておけば大丈夫よ。その上で対策を練りたい時は細かい所を考えないといけないけど、それはその時になってからでいいわ」
 と、エレナは締める。

 

 その間にイシャンは、クラン・カラティンのメンバーを集めて捉えた白い髪の女性たちの処遇について話す。美琴は彼女達の監視をしていて、フレイはユキとリュウイチと何かを話しているようなので、ここにはいない。
「レディ。例の白髪女たちへの尋問についてなんだが、二三頼みたい事がある」
「えぇ。彼女達についてはあなた達の方が詳しいでしょうし。なんなら、あなた達が尋問を担当してもいいわよ?」
 イシャンが話を切り出し、メイヴが応じる。
「そうしたい所だが、他にも調べなきゃならない事が山積みでな。まったく。休暇の一つも欲しい所だ」
「それで? 頼みたい事って?」
 イシャンの軽口を流しつつ続きを促す。
「ああ、それなんだが。尋問に当たってくれぐれも拷問なんぞにかけないよう頼む。黙秘権も認め、極めて人道的に、人権を尊重して…な……。理由はいくつかあるが、彼女達は口を割らない、あるいは、何も知らないと俺は睨んでる」
 根拠は言わない。なぜか頭にそのような意識が浮かんでくる、等とは言えないのだ。
「なるほど。でもそれなら、尋問する意味がない気もするけど?」
 メイヴはそこを追求せず、話を続ける。
「ああ、だから尋問自体は型通りのもので良い。大切なのは〝俺達が、旧サンフランシスコ市街の治安を預かる者として、必要な役割を果たした”という体裁だ。俺が考える本命は彼女達じゃない。彼女達の”主”とやらだ。恐らく、その”主”は彼女達を助けにくる。だから、彼女達は容疑者でも重要参考人でもない。人質だ。”主”とやらが彼女達を助けに来た時に、彼女達を交渉材料にして、”主〟に事情聴取に応じさせる」
「失礼、一つよろしいですか? ご存じの通り、このクラン・カラティンの本部はあまり防御には明るくありませんし、非戦闘員も多いです。わざわざここに敵を連れてくる、という手段には賛同しかねます」
 それまで黙っていた、安曇が、メイヴが口を開くより早く割り込む。
「確かに、その点に関しては不安もある。とはいえ、連中を放置もできなかったしな。俺の見立てじゃ、やつらはカボチャヘッズと繋がりはない。でも、連中があそこで何かを企んでいた事は確かだ。それは暴かないといけない」
「〝主"が本命であるというのであれば、彼女達に"主〟に出頭するように命じる手紙でも持たせて解放した方が良いでしょうし、それで出頭してくるか不安なのであれば彼女達の後をつける方が早いでしょう」
「なるほどな…。なら、念のため彼女達の服に発信機や盗聴器でもつけつつ解放しちまうか?」
 安曇の提案をもっともだと思ったイシャンは、それを検討し始める。
「発信機なら用意出来るわよ。なんなら、オラルドさんたちから最新のものを借りてもいいし。けど、チハヤの人たちは魔術を知らない。未知の魔術で撒かれてしまう可能性もあるわよ」
「あー、それは確かにあり得ますね」
「それもそうか……何か手はないか? 安曇」
「流石に、体系すら分からない魔術師への対策は難しいですね」
「分かった……。なら、小細工はなしだ。発信機も盗聴器もなしで彼女達を解放する」
 イシャンは頷いて、手紙の用意に入る。

 

 そして、フレイを呼び止めたリュウイチは。
「悪いな。急に呼び出したりして。イシャンと同じあの巨人の乗り手っていうので話を聞いてみたくなったんだが……」
「別に、問題ない。メイヴさんから情報共有にはできる限り応じるようにと言われてるし」
 正直、人と話す事はあまり好きではないフレイだったが、メイヴさんからの指示だし仕方ない、と会話に応じる。
「そう言ってもらえると助かる。まず最初に確認として、あの巨人ってのは使える物が限られてるんだよな?」
「そう、みたい。エンジェルオーラっていうのを持っている人といない人がいて、持っている人にしか使えない。持っていても、量が少なかったらほとんど動かせない」
「やっぱりそうだよなぁ……。いや疑ってた訳じゃないんだ。制約が無いならそれこそ量産して戦力を整えられるはずだしな……いやアレ自体は作れるもんじゃないんだっけか?」
「うん。ずっと昔の遺跡から掘り出された物だって。中身については分かってない部分も多い、ってグラーニアさんが言ってた」
「って事は一度でも大破させちまったら替えが利かないって事だよなぁ。俺がそんな状況になったら余計な事考えて胃に穴開けそうだぜ……」
「そういうこともある、のかな。考えた事もなかった。結構深く傷ついても、勝手に直るから、よっぽど壊れない限りは、何とかなると思うけど」
「その余程って事が起こらない確証が無いって思っちまうとなぁ。まぁ少なくとも俺には耐えられなさそうだってのが分かったわ……。そう考えると、任務の難易度に影響を及ぼす副武装とかを作ってる奴や、それを支える街の人達に感謝しないとな」
 何が聞きたいのだろうか、とフレイが強く疑問に思う。この程度の質問であれば、私なんかより適任のエンジェルがいくらでもいるはずだ。……と思ったが見れば、メイヴ達は何か相談をしている。なるほど、手の空いているエンジェルは自分だけという事か、と会話を続ける。
「うん。レーダーや通信機がないと、連携も出来ないし。そのためにも、はやくピッツバーグまでを解放しないと……」
 と、話を合わせる。本当のことを言えば、正直あまり関心は無い。副武装は自分にはあまり縁は無いし、正直自分が生きていけるならそれでいいのだ。
「そうだな。それこそが使命なんだもんなぁ……。なぁ、フレイは副武装を作ってくれてる人に会った事あるか? 得物は与えられた物を扱い慣れるのももちろん間違っていないが 数の限られた貴重な戦力なんだ。自分が使いやすいように現場に意見を通すってのも重要な事だと思うぞ?」
 本当に何が聞きたいのかがさっぱり分からない。もしかしたら副武装について聞きたいのかもしれない。だとしたら私は不適切だ。それを伝えよう。
「うーん。実は、私は他の人と操作方法が違うせいで、補助武装は使わないし、レーダーや通信機については何にも分かんないから、特に不便はないかな」
「あー……それなら猶更、だな。現状自分に合った武装が無い。無理に使おうとするぐらいなら無くて良い。そう思うのは分かるが……。逆なんだよ。自分の操作法に合った装備を作ってもらうんだ。最初は相手さんも注文の大幅変更に戸惑うかもしれねぇが。それだって適度に通って仕様の言い合いでも出来るようになれば。それだけ良い物が生まれるようになる。そうして完成した物が万が一お前さんの操縦に会わなかったとしても、その装備と技術は他に生かせる。それに……民衆ってのは英雄が視察に来てくれれば指揮が上がるもんだ」
 フレイはそれを聞き終えてから、しばらく悩む。もしかして、年下の人間に説教する事が好きなタイプの人間なのだろうか。外野から好きな事を言うのが好きな人間というのはどこの世界にもいる。旧モスクワでもそうだった。そうなら、やはり適当に流していくのがよさそうだ。が、もし何らかの意図があったなら失礼なので、とりあえず最低限は説明しよう。
「でも、メイヴさんがエンジェルオーラで、武器を作れる私には副武装はいらない、っていうし」
 フレイは莫大なエンジェルオーラを持つ。それは、エンジェルオーラ保有量が多い一人であるメイヴでさえ、継戦には副武装が必要、という局面になってなお、様々な武器を使い分けて戦えるほどの量だ。常にカツカツの資源をやりくりしているクラン・カラティンにおいて、そのような存在のためにわざわざ副武装を作る理由は無いのである。
「自前で作れる……か。それも際限無くだったら確かに一人でなんとかなっちまうなぁ……そういえばお前さんはこの基地の下、旧サンフランシスコの住人達と仲良くやれてるか?」
 下? 上だよね、と、比喩的な表現が分からず、首を傾げるフレイ。面倒だから人と仲良くするつもりはないのだけれど、そう言ったらまた何か言われそうだし……。
「まだ英語も上手くしゃべれないし。わざわざ話す事もないから。この……翻訳機? がずっと使えたら便利なのにね。元の世界に戻る時には回収するって」
 と、翻訳機を引き合いに出して、出来ない、という方向に話を持っていく事にする。
「確かにこの技術は便利だなぁ。言語の壁ってのは越えるのがとっても大変なのに、それを無くしちまう……。ただまぁ、最初から上手く話そうとなんてしなくていいんだよ。会話の機会を増やせればそれだけ上達にも繋がる。街の人たちは英雄を身近に感じる事が出来て安心出来るし、言語の壁を超えようとするその想いだって評価してくれるだろ。お前さんが周りの人と話すのに抵抗があるって訳でもなければ誰にとってもプラスになる事なんだが……」
「まぁ……分かった」
 別に、身近に感じてもらいたいとはちっとも思わないし、評価してもらいたい、なんていう欲求もないのだけれど、やはり、自分から人を守るような仕事に志願する人とは意識が合わないのだろう、と思い、話をややこしくしないように相槌を打つ。
「人との関わり、絆ってのは、そうそう悪い風に動くもんじゃねぇ。一人で抱え込んでたら視野が狭まって大切な場面で選択を間違っちまう事もあるからなぁ……。あー信用されてるってのは分かるがそれでもバディという名の世話係紛いな仕事何とかなんねぇのかなぁ……」
「そう。……まぁ、それは、私には、ちょっと……」
 突然愚痴が始まった。もしかして、あのユキという子もこんなふうに突然説教臭い事を言われたりしているのだろうか、だとしたら少し気の毒だな、と思うフレイ。
「……いや後半のは普通に無視してくれても構わないぞ?ただの愚痴だったし……。まぁ お前さん……いやフレイ、もう少し周りに頼ったり思ったことは堂々と口に出すようになった方がいいと思うぞ? そんな生き方だと息が詰まる」
 後半からは真剣な表情でフレイを見据えつつ。
「別に、困った時は、もちろんいうけど、今は別に困ってないし」
 しかし、リュウイチを既に、説教臭い人としか捉えていないフレイは、その視線を適当に受け流しながら、返答する。「強いて言えば今、現在進行形で困ってます」という言葉を飲み込みながら。
「そっか、ならいい。脅威へと唯一対抗出来る戦力を持つ英雄が息抜き出来ずに溜め込んだのが原因で戦況に影響が出る、なんてのはよくないが、フレイが現状に満足してるなら問題は無いな。この本部の下にある街の住人達が英雄を迎える笑顔ってのはあったかいんだけどな……」
「うん」
 そりゃ、そこに喜びを感じて仕事をしているならそうなんだろうね、と適当に相槌を返すフレイ。
「さて そろそろ向こうの話も終わってる頃だろ 戻るか?」
 と、リュウイチに促されて、再び席に戻る。暇さえあれば、体力向上や身体能力向上に時間を当てたかったフレイとしては、その時間を奪われた形になるので、少し無念な気持ちが残る。

 

 そして、イシャンは手紙を書き終える。

 

 ——私はクラン・カラティンのエンジェル、イシャンという者だ。我々は、ある物を盗み出した犯人を追っている。
 その犯人は、ハロウィンのカボチャの怪物のマスクを被り、首には機械の首輪を着け、剣やライフルを背負っているという。
 その捜査の過程で、剣やライフルを背負った人間がシリコンバレーの工場に話を持ち掛けたと聞いて取り調べを行っていた所、こちらの女性達から攻撃を受けた。
 我々は自衛のために応戦し、また、こちらの女性達が我々の追っている事件に関与している可能性も排除しきれないため、この街の治安を預かる立場に則り彼女達を逮捕した。
 しかし、取り調べの結果、彼女達から、少なくともカボチャ頭との関連を示唆する情報は得られなかった。
 そこで、こちらの女性達を解放する事とした。

 

 しかし、貴殿がシリコンバレーのあの工場で作っていたものに関しては、それが旧サンフランシスコの街や我々にとって危険なものでないという確証を得られていない。

 

 そこで、可能であれば、当基地まで出頭して、詳しく事情をお聞かせいただけないだろうか?

 

 無論これは強制ではなく、また、この時代の法では貴殿を拘束し得ないという事も2016年から来た貴殿にはご理解いただけるであろう。
 故にこれは命令でも要請でもなく嘆願である。

 

 よろしければ、我々の捜査に協力し、また貴殿がこの世界にとって危険な存在でない事を証明していただきたい。

 

 貴殿の正義と誠意に掛けて願う。

 

 イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナ

 

 そして、今度こそ準備完了。次の探索を始める事にする。イシャン、リュウイチ、ユキ、カラスヘッドは、転移を使って効率よく探索する事を期待し、カラを連れて探索に赴く。他のメンバーは念のため、クラン・カラティン本部の警備だ。

 

 そして、彼らはかつてカリフォルニア大学バークレー校であった廃墟にたどり着いた。ここに首輪の女性が住んでいる、という噂があったからだ。周囲と簡単に見渡した所、雨風がしのげそうな建物は一つしかなさそうだった。先に周囲を調べるか、建物の中を調べるか相談し、全員一致で建物の中を調べる事に決まる。

 

 そして、建物に入り、廊下を歩き始めてすぐ、教室から首輪の女性が現れた。
「!」
 首輪の女性は突然現れた面々に驚き、そして、懐の銃を探る。いざという時、すぐに抜けるためだ。
 そして、それ見て警戒したイシャンは、
「おおっと、動くなよ?」
 銃を取り出して、女性に向ける。
「クラン・カラティンのエンジェル、イシャン・ラー……」
 女性は、銃を向けられた場合の対象無力化アルゴリズムを起動し、対象の発言が終わるより前に、銃を抜き発砲する。
「ぐっ!!」
 その銃弾は的確にイシャンの銃を持つ腕を貫通し、イシャンはたまらず銃を落とす。そして即座に女性がイシャンに距離を詰めるべく走る。
「大丈夫か、イシャン」
 カラスヘッドがイシャンに駆け寄ろうとする。
「海結莉、お前は逃さないように警戒! 生身での戦いならイシャンより俺のが慣れてるってもんだ!」
 リュウイチが間に割り込む。
 ――割り込んだ対象。先にこちらを無力化する
 女性は、そのリュウイチにつかみかかり、投げようとするが、リュウイチはそれに抵抗し、そのまま女性を組み伏せる。
「くっ……」
 ポロリと、腕から手錠が落ちる。
「あんまり手荒な真似はしたくないんだ。出来れば大人しくしてくれ……。イシャン、どうする?」
 リュウイチがイシャンに判断を仰ぐ。
「とりあえず話を聞かないとな。まずは武装の解除だ」
「手錠? イシャン、念のため君に」
 イシャンの指示に従い、リュウイチが拳銃を押収する。カラスヘッドが手錠を回収してイシャンに渡す。
「さて、まずは事情を聞かせてもらおうか。あんた、ここで何をしてた?」
 イシャンが聴取を始める。
「テロリストに話す事など何もありません……」
 ――今は時間を稼いで、チャンスを逃さないようにしなければ
「テロリスト? 馬鹿を言ってもらっちゃ困る。俺はこの西海岸のあたりの治安を預かる、クラン・カラティンのエンジェル、イシャンだ」
 といいつつ、イシャンは、前回の白い髪の女性同様、条件が同じだけの誤った存在を追ってしまったか、と警戒する。しかし、首輪の見た目はウェリィから見せてもらったそれと全く同じに見える。
「治安を預かる? 管理局の目を盗んで、組織を作っていると思ったら……」
 ――今だ
 わずかに力の緩んだ瞬間を見逃さず、女性はリュウイチに抵抗する。
 ――そのパターンは既に記憶済みです
 リュウイチは再び組み伏せようとするが、上手くそれを受け流し、逆にリュウイチを組み伏せる。そして、押収された拳銃を奪い返しリュウイチの頭に突きつける。
「管理局に投降しなさい。私達は実力の行使も認められています。投降しないなら、彼の命の保証は出来ません」
 ――機械仕掛けの首輪ハーネスがない、という事は彼らは再起動者リブーターではない。なら人質は有効なはずです
「っつぅ……二回目か。一つ確認させてくれ……、今日は何年だ?」
大戦後歴P.G.W.50年です。革命の暁には新しい年号でも興す気ですか?」
 リュウイチが絞り出すように問いかけてくる。それを何らかの符丁か? と疑いながら、返答する。
「大戦後歴だぁ? いまは1961年。二次大戦からだって16年だぜ?」
「第二次世界大戦? 何を馬鹿な……。近くの湖を見ました。あの濁った水源は明らかに、知性間戦争の過程でナノマシンによって汚染されている。第二次大戦から16年であれば、そのような事は起こりえないでしょう」
「間違っちゃいねぇよ……だが俺は2016年の人間だ。今ちょっと別の軸の人間が紛れ込む異常事態が発生中らしい……。なんなら俺の身分証でも抜き取って確認してみな……。イシャン、少しだけ手を出さないでくれ」
「下手な動きをすれば撃ちますよ」
 警告しつつ女性が、リュウイチの身分証を確認する。その裏でカラスヘッドが腰の裏の濃霧発生装置から霧を展開させ始める。
 ――霧? あの杖からですか……。上部に他にも何らかの仕掛けがあるようですね……。ひとまず今は見逃しましょう
「英語ではないので読めませんが……。確かにこれが本物であれば、あなたは西暦の時代の人間という事になりますね。ですが、それは皆さんを拘束してから、改め
 て検証すればいい事です」
「咄嗟にこんなもん用意できっかよ……。それに偽物の身分証一つだけで本物を持っていないって言ったら何も出来ねぇのが世の常だ」
「敵でないというのなら、大人しく投降するべきです」
 ――取り調べは拘束してからいくらでも出来ます。今は戦闘能力を持った彼らの武装解除が先決
「敵でないって分かったんなら、せめてその銃口だけでも下ろしてくれんもんかね? とりあえず、俺達はある物を盗み出した犯人を追ってる。ハロウィンのカボチャのマスクで顔を隠したふざけた連中だ。ここへもその捜査出来た」
「ならば、あなた方が大人しく拘束されるべきです。そうすれば、後はノエルが判断するでしょう」
「分かった。なら、俺から縛ってくれ」
「いいでしょう」
 イシャンは対話のためにはこちらが折れるしかないと判断し、投降を選ぶ。
「海結莉、弓と矢筒をとりあえず地面に置いてくれ……」
「分かった……」
 リュウイチの呼びかけに応じ、ユキが武装解除する。
 そして女性は、イシャンを手錠にかけ、リュウイチに向き直る。すると、杖を未だに手放していないカラスヘッドが視界に入る。
「その錫杖から手を放しなさい」
 女性は迷わず拳銃を向ける。
「カラスの旦那、ここは大人しく頼む。頭を吹っ飛ばされるのは勘弁だしな?」
「……やれやれ」
 と、杖を手放す、直前に映写機のスイッチを入れる。霧に反射し、果てのない迷路の映像が周囲に展開される。
 ――やはり、来ましたか。頭を撃ち抜く……のはノエルの指示に反しますね。武器を破壊します
 展開された映像により、杖の位置は分からないが、先ほどの杖の位置から落下計算アリゴリズムで、杖の現在位置を把握し、拳銃で、映写機を破壊する。
 当然、辺りはちょっと霧が深いだけの状態に戻った。
「器物損害とは……」
「頭を撃ち抜かなかった事に感謝してもらいたいですね。ノエルの指示が無ければ今頃あなたは死んでいます」
「これ、君の所に行けば直してくれるのかい?」
 と軽口を叩くカラスヘッドを無視し、カラスヘッドを投げようとする。
「全く」
 カラスヘッドは観念し、自分から腕を差し出す。
 そして、リュウイチとユキも拘束し。
「では、そこのメイド従者も、腕を出しなさい」
「うーん? んー、それってカラちゃん的には面白くないなぁ……」
 といって、ニヤッと笑います。
「……何をする気だ」
 とカラスヘッド、しかしそれには答えずに
「大体、こんな簡単に投降するなんて……エヴァンジェリンの恥だよね」
「エヴァンジェリン? では、あなた方はやはり……」
 カラは加州清光を抜刀。空間を切り裂いて〝裂け目〟を作り出し、もう一本の刀、水神切兼光をそこから取り出す。
「重力変動を二つ確認。一つは皆さんのすぐそば、もう一つは、皆さんの直上。巨大です」
 イシャン達の耳にチハヤのオペレータの声が届く。
「なんだって!?」
「あっ、それがあったんだぁ。つまんないなぁ」 
 思わず叫んだイシャンに、カラはその理由を察して、ため息をつく。
 ――ちぇー、私達丸ごと敵対勢力と誤認させて、そのまま投降したメンバーごと殺害、って筋書きにしてやろうと思ったのにな。そしたらクラン・カラティンって名前がそのまま敵の名前になるのに
「上にもう一つバカデカイ〝裂け目〟が生じたらしい。あんたの仕業か?」
「なんのことです?」
 イシャンの問いかけに女性は首を傾げる。
「よそ見してる暇はないよっ!」
「くっ……」
 カラがそのまま二本の刀で女性に襲い掛かる。女性も電磁警棒を抜いて抵抗するが、分が悪い。
「電磁迷彩により詳細は不明。〝粒子〟エネルギー反応が拡大中。砲撃が来ます。逃げてください」
「まずい! カラ、攻撃が来る、逃げるぞ! “裂け目”を作れるか?」
「カラちゃんが? 嫌だね」
 カラを味方と信じるイシャンがカラに撤退とその手段の提供を求めるが拒否。
「〝粒子〟エネルギー反応、収束開始。後10秒後に発射されます。エネルギー量から、攻撃範囲はそう広くありません。走って逃げてください」
「走るぞ!」
「了解した」
 イシャンの叫びにカラスヘッドが応じる。
「おい。上からビームが来る。あんたも逃げろ!」
 リュウイチが女性に叫ぶ。
「ビーム?」
「上に敵だ! 撃たれるぞ? 早く!」
 イシャンがそれに続いて警告する。
「危ない……行く……」
「ちょっ海結莉、それ首が締まっ……」
 ユキがリュウイチの服の襟首掴んで引っ張って行く。
「くっ、分かりました」
 カラの左手を右の腕で止め、左腕で拳銃を抜いて発砲。カラはそれを右手で上手く割り込ませて受け止める。そして、その隙をついて右の電磁警棒を胴体にぶつける。
「くっ」
 一瞬、動きを止めるカラ、その隙を逃さず、驚異的なジャンプ力で一気に後ろに飛び下がる。
「ちぇ、失敗か」
 カラのいる少し前を、緑色のビームが突き抜けていく。
「じゃあ、バイバイ。キミたちと一緒するのは、カラちゃんつまらなかった」
 カラは右の刀、加州清光で空間を裂いて〝裂け目〟を作り出し、その向こうへと消えていく。
「なんです、あのビームは……」
「知らん……知ってたら苦労しねぇ……。それに空の行動原理も理解出来ねぇというかしたくねぇ……」
「こっちが聞きたい……が、まあ、敵だな。俺達と、恐らくあんたにとってもな。多分俺がさっき言ったカボチャ頭の連中だ」
「想像以上に面倒ごとになったな……」
 女性の疑問にリュウイチ、イシャン、カラスヘッドが思い思いのコメントをする。
「……とりあえず、当初の予定通り、ノエルと合流させます。こっちです」
 女性は案内を始める。
「それよりすまねぇ。映写機壊しちまったな……」
「いや、あれは僕の動きが下手だったよ。当分、戦闘は難しいな」
 イシャンとカラスヘッドがそんなやり取りをしたくらいで、道中会話はほとんど無かった。
「この部屋です。どうぞ」
 と、女性が部屋へ案内する。
「はじめまして。僕はノエル・ハートフィールド。管理局の潜入捜査官エージェントだ」
 そしてその中にいたのは赤いくせっ毛の白衣の男であった。
「クラン・カラティンのエンジェル、イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナだ」
「カラスヘッドだ」
「蛇崩龍一、そこのぼけっとしてるやつの保護者だ」海結莉を指しつつ
「海結莉 雪……」
「よろしく。まず前提として、君達は、エヴァンジェリンとは関係が無い、という事でいいのかな?」
「そもそも〝エヴァンジェリン〟ってやつをはじめて聞いたな。なんなんだ? そいつは」
 自己紹介もそこそこにノエルは本題に入り、イシャンがそれに答える。
「関係ない。その言葉自体初めて聞いた」
「残念ながら、その単語はさっき逃げた同行者がポロッと言った以外に聞き覚えは無いな」
 ノエルはその上で、他の二人にも視線を向けたので、リュウイチとカラスヘッドも答える。
「そうか。分かった。リリィ。彼らの拘束を解いてくれ。これ以上の情報交換に、こっちが手錠をつけたままにさせてるのは不利だ」
「分かりました」
 首輪の女性、リリィはノエルの指示に従い、手錠を外す。
「どうも。拘束を解いてくれていたみ入るぜ」
「まずは僕らの事情を話す。リリィに言っていた事が本当なら、分からない言葉が出てくるかもしれないが、質問は後にしてほしい。まずは、こちらが君達の追っている存在とは別だというのを明らかにしたいからね」

 

《P.G.W.50 10/22》

 

「ノエル、管理局からです」
 リリィが通信機をノエルに渡す。
「仕事の時間だ」
 スクリーンの向こう側で、長官が言う。
機械仕掛けの首輪ハーネスを違法に改造し、耐久年数の過ぎた再起動者リブーターを使い続けている、工場がある、との密告を受けた。場所は、第三区、エヴァンジェリン工場。君が一番近い。摘発してくれ。とりあえず、潜入し証拠をつかんでくれればいい」
「了解しました」
 長官の指示に頷くノエル。

 

 そして、エヴァンジェリン工場までたどり着く、が。
「おかしい、静かすぎる。全く稼働していないぞ」
「逃げられたのでしょうか?」
「あるいは、密告者は潜入調査官を罠にはめるつもりなのかもしれない。警戒しつつ侵入しよう」
「はい、ノエル」
 エヴァンジェリン工場は稼働していなかった。情報通りであるなら、違法改造された首輪ハーネスを装備している多くの再起動者リブーターが働いているはずなのだが。
「……誰もいない」
 内部に侵入するもやはり、機械は動いておらず、当然そこには誰もいなかった。
「事務所と管理室をあたりましょう」
「あぁ」
 どうやら、この工場は事務所と管理室を兼ねていたらしい。そしてそこは……。
「なんだ、これは……」
「データと一致しています。彼らは、エヴァンジェリン工場の管理人たち、本来ここにいた生きていた人間はこれで全員です」
 そこにあったのは、血と死体だった。全員、本来生きていたはずの人々。
「妙だ、なら再起動者リブーター達はどこに行ったんだ……」
「ノエル、あれを」
 その奥にあったのは、〝裂け目〟であった。この空間が砕けて出来たような、不自然な。後ろから覗くと、後ろからは普通の空間に見える。しかし、入口の方向から見ると、そこに奇妙な紫色の空間が口を開けているのだ。
「アドベンター、でしょうか?」
 知性間戦争で争ったもう一人の地球圏の知性、アドベンター。このような不可思議な現象は、彼らによるものとしか思えない。
「長官に報告した所、侵入してみろ、とのことです」
「無茶を言う」
 ――それとも、長官は何か知っているのか?
 疑問に思いつつ、オオトリテエには逆らえないな、と侵入を決意する。

 

「ここは?」
「湖だな。白く濁っている。ナノマシン汚染か?」
「はい、そのようです。……! ノエル」
 裂け目が閉じる。
「とりあえず、どこか拠点になる場所を探そう。今のままじゃ、リリィの整備も出来ない」
「はい」

 

《A.D.1961 10/25》

 

「というわけなんだ。君達の追っている敵とは違う、という事が分かってもらえたかな?」
「なるほどな。あんたらも困ってたってわけだ。ああ。それどころか、どっちかっていうと、あんたらが追ってる相手が、俺達の追ってる相手かもしれない」
 イシャンは、自らのこれまでの経緯を説明、そしてノエルは。
「なるほど、なら、そのカボチャヘッズ達こそ、ボクたちの追ってるエヴァンジェリンの一党に違いない」
「それから、もう一つ気になる事がある。どうも、カボチャヘッズどもは動く死体っぽいんだが、あんた何か知らないか?」
 頷くノエルに、イシャンは質問する。
「あぁ。それを今から説明する」
 と、ノエルは自分の腕に巻いている機械を見せる。
「これを見てくれ。腕時計型のバイタルチェッカーだ。脈拍などを計る事が出来る」
 機械は脈拍、体温等、5つの項目の状況を表示してくれている。
「リリィ、これをつけてくれ」
「はい、ノエル」
 そして、リリィがつけると。脈拍、体温等の項目が赤く染まる。検知出来ない、危険域である、という表示だ。
「さっきの体温といい、屍人って事か……」
 組み合った時、驚くほど冷たかった事を思い出し、呟くリュウイチ。
「この通り、このリリィも実は元は死体なんだ。僕たちの世界ではこの死体を操る、再起動者リブーターという存在が当たり前に存在している」
「なら、機械の首輪がその制御装置って事か?」
「そう。リブーターをリブーターとして維持しているのが、この機械仕掛けの首輪ハーネスだ。君達の見た首輪がこれと同じものだったのなら、そのカボチャヘッズは間違いなくリブーターだと考えていいだろう」
「なら、あんたらが追ってた違法工場で使われてたってことか」
「そういうことになるね」
 イシャンに呟きにノエルが頷く。
「そのリブーターってのは、命令するものが無しでも動くものなのか?」
 そして、イシャンはさらに質問する。
「いいや、普通は命令が無いと無理だ。もちろん、事前に設定しておけば、それに対応する反応はしてくれるよ。「銃口を向けてきた相手を無力化する」とかね」
「ただ、これは僕の仮説なんだけど。あ、まず、リブーターの耐久年数は、本当の耐久年数よりかなり余裕をもって設定されてるんだ」
「実際には耐久年数を過ぎても動くって事か」
「そう。そして、リブーターは経験学習をする能力もある。設定上の耐久年数ぎりぎりにもなればかなり、柔軟な受け答えが可能になる。そして、設定上の耐久年数を過ぎたリブーターは、感情のようなものを発露するんだ。だから、設定上の耐久年数を超えて、学習を続けたリブーターは自我を持つんじゃないか。って、あくまで僕のただの仮説なんだけど」
「ほう……。なら、そこのリリィさんもそのくちって事か?」
 と、説明の途中にイシャンが口を挟む。
「そう。リリィはその実験のために僕が連れている、設定上の耐久年数を過ぎたリブーターだ」
「なるほどな。それであんたから離れて動けたってわけだ。もっとも、俺は逆の違和感を感じたが。妙に強情だったからなぁ。それに、主君への忠誠も篤い。人間にしちゃ行き過ぎなくらいにな」
「さっきの戦闘については、元々の命令と、彼女が経験学習の末に獲得した戦闘センスなだけで、多分あんまり関係ないよ。君達が強情なように感じたのも、恐らく、敵対した存在は拘束しろ、という命令が働いてるからなわけだし」
 と、一息ついて。
「それで、話を戻すけど、エヴァンジェリン工場では、設定上の耐久年数を超えたリブーターが何体もいた。そのうち一人くらい、自我に目覚めてても不思議じゃないんじゃないかな。だから、エヴァンジェリンの一党が、リブーターだけで組織されているなら、きっと、そういう自我に目覚めたリーダーを務めている個体がいるんだと思うよ」
「自我に目覚めたリブーターが、それほどじゃないにしろ感情をもちつつある他のリブーターを率いているって事か」
「うん。まぁ。すべてのリブーターが感情に目覚めるかは分かんないから、あくまで命令に従うだけのリブーターもいると思うけど」
 イシャンはなるほど、と頷いて。
「提案なんだが、互いに協力しないか? 俺達が解決すべき問題は同じだ。わるくねぇと思うがな?」
 ついに本題を切り出す。
「それはもちろん。むしろ僕の方からお願いしようと思っていた所だ」
「分かった。じゃあ、本部と連絡を取っておこう」
「よろしくお願いします。私は認識コードRB-07-0527-003F。通称はリリィです。呼ぶなら、リリィ、と」
 と、最後にリリィが自己紹介し、全員が、本部への移動を開始する。

 

 イシャン達が本部に戻ってくると。
「すごい。この電子レンジ、マグネトロンで動いてる。初めて見た……」
「えぇ、すごいわね。貴重よ」
 と、レトロ趣味のエレナとアリスが電子レンジを見て何やら呟いている所に遭遇する。
「戻ったわね。それじゃあ、報告を聞かせてもらおうかしら」
 メイヴがすぐにそこにやってきて、当然エレナやアリスを含めて、全員を会議室に移動させる。

 

「はえー、科学技術ってのもすごいもんだねー」
「ああ、まさか死体を動かせるとはな」
 リブーターの話を聞き驚くウェリィとそれに同調するイシャン。
「それよりも、カラが逃げやがった。とんだ食わせ物だぜ、あの女!」
「それから、カリフォルニア大学バークレー校上空に現れた空中戦闘艦なんだがね。困った事に、というべきかな、あの艦艇のジェネレータの波長と、チハヤの交戦記録の中に一致するものがあった」
 そこに、オラルドが報告を挟む。
「オラルド司令たちが宇宙で戦ったっていうカボチャ艦って事ですかね?」
「違う。セントラルアースの第一艦隊旗艦〝アース〟だ」
「セントラルアース?」
 多くの人間が首を傾げる。
「すっごい悪い奴らだよー」
「ええっと。僕たちの世界にいる勢力の一つで、GUFを除けば、宇宙政府の影響下の中では最も強大な組織です。宇宙統一政府を否定し、地球中心主義を唱える、地球人の集まりです」
 ミアの大雑把な説明に、苦笑いしながら、スミスが補足説明する。
「地球中心主義…ね。それがなぜ地球に攻撃を? それに〝旗艦〟ってことは艦隊単位で動いてるってことですかね?」
「いや、確認された重力波から考えると、来たのはあの一隻だけだろう。だが、アース級複合艦アースは、複数の大型発艦用カタパルト、数10門に渡る大型〝粒子〟砲。そして多くの対空レーザー機銃に、各種電子戦装備。ともかく、単艦でも厄介な艦艇だ。まさか、大気圏内を航行する能力まであるとは思わなかったが」
「それにしたって何故俺達を撃った? それにタイミングも気になる。司令、あの時の〝裂け目”の出現タイミングは分かりますかね? 一つはカラが作った”裂け目〟。もう一つがアースだと思うが……」
「まぁ、確かな事は、セントラルアースはそのエヴァンジェリン? 側に付いた、って事だよねー」
 イシャンが情報を確認していこう、という中、ミアが一言口を挟む。そして、誰もそれに異論を挟みはしなかった。なんであれ、セントラルアースという勢力はこちらの敵にあたるのだ、と。
「ほぼ同時に観測されているようだね。チハヤがその機能をほぼレーダーアレイにのみ集中していなければ、一つの反応に見えていたかもしれない」
「なら、カラの創った〝裂け目〟を察知して追ってきたってのは考えにくいか? とはいえ、偶然ってのも考え難いが」
「単純に状況だけで、考えるなら、皆さんの前で、分かりやすく、水神切を取り出しつつ、それを隠れ蓑に、同時にそのアースも呼び出した。と考えるのが、自然でしょうか」
 と、カラの事を最もよく知るアンジェが見解を口にする。
「艦が通れるならかなりのサイズだが、そこまで出来るのか? あの女!」
「彼女の能力に上限がある、とは考えない方が良いですよ」
 イシャンの驚愕にアンジェが答える。
「だとしたら、チハヤに〝裂け目〟の探知に集中するように指示してあったのは正解だったわね。それが無ければ、まんまと、カラの策略に引っかかっていたかもしれないわ」
 と、エレナがまとめる。
「念のためだが、そっちの世界にエヴァンジェリンってのはあるのか?」
 2016年、2032年のメンバーに尋ねる。
「話を聞く限りヨーロッパの工場のようですが、私はヨーロッパに赴いた事はありませんので……」
「私、ヨーロッパはイギリスしか知らなーい」
 とアンジェとウェリィ。
「私達の方も分からないわね。アビゲイルがいたら、聞けたかもしれないけど……」
「ちょっと、本気で言ってるの?」
「知り合いの中で、詳しそうなのは、事実でしょ? あり得るかはともかく」
 エレナの回答に驚くアリス。
「アビゲイル?」
「私達の世界の魔女の一人よ。ヨーロッパとかアメリカの辺りをひたすらさまよい続けてたらしいから、私達の知っている人の中で知っている可能性があるとしたら彼女くらいね、って事」
 誰? といった魔女連合以外のメンバーの疑問に答えるアリス。
「なるほどな。そいつは残念だ。今は少しでも情報が欲しい所だからなぁ」
「ヨーロッパについて詳しそうなのは、今の所、ずっとヨーロッパにいたという、アンリさんくらいですか。なんとかコンタクトを取れるといいですが」
 と、聞き取りの結果、白い髪の女性たちの主がアンリという名前である事は聞き出せた美琴が、呟く。
「確かにな。その後連中から連絡は?」
「なかなかちょうどいいタイミングで来たみたいですね、私」
 イシャンが問いかけた瞬間、会議室の入り口から白い髪、赤い瞳の女性が現れる。服装から、工場にいた女性だと分かる。
「えーっと、改めてクラン・カラティンのイシャンだ。なんて呼べばいいかな? 名前くらい教えてもらえりゃありがたいが。アンリの従者さんよ?」
「私はイレ。我が主、アンリからの命令で、言付けを頼まれてまいりました」
 イシャンに対しお辞儀をするイレ。
「イレ……か。それで、主人からの言伝ってのは?」
「大切な仲間を、ほぼ何もせずに解放してくれた事には感謝する。しかし、まだ私は君達を信じていいのか、決めかねている。そのため、君達のホームへ直接訪れるのは避けさせてもらった。しかし、仲間を解放してもらった礼をしないわけにもいかない。ついてはしばらくヨセミテ国立公園にて待つ。そちらが私に用件があるのであれば、5人以下でヨセミテ国立公園に来られたし。もし5人を上回るメンバーであれば、私は姿を隠し、二度と君達の前に現れる事は無い」
 と、そこまで言って、一度言葉を切って、
「以上です。主の一方的な押し付けて申し訳ありません。我が主は基本的に引きこもりで、あまり人と関わる事を望まない方ですので、これでも譲歩しているのだと理解していただけると助かります」
「分かった。じゃあ、あんたの主の所まで案内してもらって良いかい? イレさんよ。ヨセミテも広いからな」
「いいえ。ヨセミテに皆さんが来れば、自ずと我が主にも伝わり、皆さんの前に顔を出すでしょう。臆病風に吹かれなければ」
 と、イレはイシャンの要求を拒否する。その言葉に意外と辛らつだな、と感じるイシャン。
「それでは。心配性の主から要件を伝えたらすぐに戻るように言われていますので」
 と、結晶を地面に叩きつけ、〝裂け目〟を、生成、そのまま消えていく。
「さて、情報は色々増えたが、肝心のカボチャヘッズの居所の手がかりは無し……か……」
「とりあえず、新しくいらっしゃったノエルさんたちに大戦後歴の世界について話を伺うべきでしょうね」
 落胆するイシャンに声をかけるミラ。
「一つ質問だ。そのリブーターってのは主の命令を聞かなかったりした場合のセーフティー……要するに接触せずとも使える停止措置みたいなのは無いのか?」
 その言葉を受けてまず、最初に質問したのはリュウイチだった。
「もちろんあるよ。この首輪、ハーネスはネットワークに接続されていて、遠隔でその機能を強制停止させる事が出来る」
「なら、それさえ使えば、カボチャヘッズを抑えられるって事か?」
 落胆から一転、顔を上げるイシャン。
「理屈の上ではそうだけど、エヴァンジェリン工場はハーネスを改造して、スタンドアローン状態にする事で耐久年数切れ通告を免れていたからね。そうでなくても、闇リブーターダーターっていう、違法なリブーターは数多くいるし、正直、通用しない事の方が多いよ」
「簡単にやらせてはくれないってわけか。ま、楽はできないわな」
 そもそもハーネスの遠隔停止システムは命令不備や何らかのハーネスのエラーによりリブーターが暴走した場合に使われる安全装置である。要するにリュウイチが最初に質問したように使用者の命令を効かなかった場合に使う機能であり、使用者が意図的に反社会的な事をさせたい場合、解除するのが普通だ。
「一応、ハーネスは動作のために常に電波を発していて完全なスタンドアローン状態にはならないから、その電波を拾ってそこから干渉出来れば操作は出来るけど、そうすると今度はこっちがハーネスのセキュリティに阻まれる事になるし」
「セキュリティを突破するプロが必要って事か。鍵開け道具でカチャリと行けるかね?」
 ノエルは提示出来る選択肢自体は提示しておこう、とハーネスの電波についても説明する。イシャンはそれを解除出来るか尋ねるが、ノエルは首を横に振る。
「殴って昏倒させた方が早いです」
 そして、リリィは最も早い解決法を提示する。
「何とも過激な……。いや次元を超える術を持つから近付いて殴るのが困難なんだけどな」
 と、それについてリュウイチがぼやくと、
「それはどうでしょう。次元を超える手段を容易に使えるなら、あのような戦い方にはならない気がします」
 とアンジェが緩く否定する。
「まぁ、それはそうよね。もし、そんな簡単に使えるなら、今頃銃弾が次元を超えて四方八方から飛んできて詰むわ」
 そこにエレナが同調する。
「はい。〝裂け目〟を自在に開ける相手と戦うというのはそういう事です。しかし、彼らは違いました」
「あぁ、アンジェは本気のカラとも戦った事があるんだものね」
 アンジェがエレナの言葉に頷くと、アオイが納得したように頷く。
「そういや、アンジェや他の世界のみんなも、カボチャヘッズと戦ってるんだったな。その時は、〝裂け目〟を攻撃の回避には使わなかったのか?」
 と、実際に交戦した事のないイシャンが問いかける。
「はい。私達の戦ったカボチャ頭は、そちらのアルが持っているのと似た形状の剣を使っていましたが、あくまで、その剣と魔術だけで、〝裂け目〟は離脱用のみでした」
「なるほど、〝裂け目〟を自在には開けない、って事か」
 アオイの返答に、ジルがなるほどな、と頷く。
「もっともだね。第一、自在に〝裂け目〟を開けるなら、我々を迎え撃つ利点もないしね。とっととこの世界にきていれば、私達をこの世界に呼び寄せてしまう事もなかったはずだし」
 と、オラルドも〝裂け目〟を自在には開けないだろう、という意見に賛成する。
「となると、その理由は時間がかかる、とかかしら? でも、だとすると、不利と見た時にすぐに離脱を始めたのが気になるのよね……。もしかしたら突入してきた時点で、準備をしてて、時間を稼いでただけなのかもしれないけど」
「戦況が不利になってから使える程度には発動時間も短いと見るべきってことか?」
 アリスの指摘に、イシャンが問いかける。
「私はそう思ったわ」
 アリスが頷く。
「突入を事前に予測出来てたなら、そうされる前に逃げるなり、逆に万全の体制で迎え撃つなりするもんな」
「例えば、こういう仮説はどうでしょう。彼らの〝裂け目〟はカラのそれとは違って、「事前に移動先を決めていないと使えない」とか」
 イシャンが唸っている所に、アンジェが自分なりの見解を提示する。
「なるほど、それなら、僕らの世界に来た…えと、カボチャ? 頭が一度、246年の世界を経由しないとならなかったのも一応、説明出来るね」
 アルが頷く。
「しかし、それだとカボチャヘッズ達は、必要な物を盗み出したら、この世界へ戻る予定だったって事になるな」
「まぁそれはそうよね。3つの集団はいずれもこの世界に逃げてきたんだし、カラの話だと、ノエルさんたちの世界から、この世界にきて、そこからそれぞれの世界に飛んだわけだし。つまり、この私達の世界である理由がどこかにあるのよ」
「とはいえ、そこが分からねぇな。連中が集めたアイテムで何をするにせよ、なんでこの世界でなくちゃならん? 奴らがルシフェルを滅ぼしてくれるってなら、話は楽なんだが……」
 イシャンとメイヴが二人して自分たちの世界に何があるのかを考え始める。
「うーん……。あぁ、時代的には今の所この世界が一番古いのは間違いないわね」
「それは、関係あるのでしょうか。一番古いと言っても、今判明しているいずれの世界も、ルシフェルの襲来を経験してはいませんし」
 エレナが思い付きを口にするが、アンジェはそれに疑問を抱く。
「そういや、ノエル。お前さんの時代は、西暦にすると何年なんだ?」
 イシャンは、そういえばこれを聞いておくべきか、と問いかける。
「西暦かー、えーっと……。確か、あの年に知性間戦争が始まって……。だから、」
「私達よりは未来だけど、N.U.A.246年よりは過去なのね」
 ノエルの回答を聞いて時間軸を整理するプラト。
「念のために聞くが、知性間戦争ってのは、ルシフェルとの戦いってわけじゃないよな?」
 とにかくルシフェルの事が気になって仕方ないイシャンは、知性間戦争が異なる種族との戦闘である、と聞いた時から気になっていた事を思い切って尋ねる。
「あぁ。アドベンターっていう月に住む種族との戦争だよ。人類が誕生するより以前に、地球に生まれ落ちた知性で、何か事情があって、月に逃れたんだって。そして、地球を取り返すために、十分な準備を整えて、襲ってきたんだよ」
「そう、月に……」
 ノエルの返答に、頷くメイヴ。
「アドベンター? どんな姿の連中なんだ? 天使のような羽根を持つとか?」
「あぁ、羽根はあるよ。それからどこからともなく手元に武器を出せたり、特殊な能力を使うらしい」
「もしかするとあの〝裂け目〟もアドベンターが作り出したものかも、と考えているのも特殊な能力が彼らにあるからです」
 イシャンの更なる質問に回答する。
「月に住んでるっていうと、やっぱりかぐや姫だよね?」
 ソーリアが口を挟む。
「そうね、もしかしたら、かぐや姫、竹取物語は、なぜか地球に来てしまったアドベンターの子どもの話なのかもしれない。私達の世界の月にもいるかもしれないものね」
 とエレナが考え込むように言う。
 その間に、イシャンはノエルとリリィの二人にルシフェルの写真を見せるが、「大きい」「アドベンターは普通に人間くらいのサイズだよ」という返事を受ける。
「ルシフェルとアドベンター、何か関係があるのか? それとも偶然の一致か? くそ、そのアドベンターって連中の化石也標本なりでもありゃあ良いんだがな」
「分からないけど、確かさっきの話だと、ルシフェルっていうのは、デウスエクスマキナ以外ではほとんど傷つけられないんだよね?」
「ああ。神性防御ってやつでな。従来の兵器じゃほとんど傷を与えられねぇんだ」
「だとすれば、そこは決定的に違うね。アドベンターにはそんな特性はなかったよ。普通に火器で殺せた、と教科書にも書いてあるよ」
 なるほど、アドベンターには神性防御はないのか……、と呟くイシャン。
「ちなみに、標本は難しいですね。逆にアドベンターから、「誰か一人標本になれ」と言われれば拒否するのが普通でしょうし」
「死体とかも回収されなかったのか? ルシフェルどもは、倒すと塵に還っちまうわけだが」
「もちろん、そういう場合もあるけど、向こうも知的生命体だからね、基本的には丁寧に埋葬してたみたいだよ。地球の主要都市には、「アドベンター墓地」があって、アドベンターも終戦以降は、時々そこにお墓参りに来るって聞いてる」
「じゃあ、そっちじゃいまはアドベンターと交流もあるわけか?」
「うん。少しずつ、地球に移り住む準備とかもしてるよ。ただ、地球には、対アドベンター防衛用に展開されたナノマシン兵器が今も残留しているので、今はそれを除去出来てから、という事になっていて、あまり進んではいないんだけど」
「私達リブーターは、戦争で失われた労働者人口を補うため、というのはもちろん、そのナノマシン兵器に汚染された地域の除染のためでもあるのです」
「和解の余地があるって所は、ルシフェルと大分違うな」
 なるほど、と頷くイシャン。
「あれー? 地球圏に地球人以外の種族っていたっけー?」
「いや……、ボクたちの世界では、地球圏にいる種族は地球人だけですね。月面……」
 ミアが疑問を口にする。そして、スミスが答える。
「あー、そうだね……。多分、アドベンターはこちらの世界では、イレギュラーに滅ぼされたんだろう。彼らは知性を持たない生命体であるはずだが、月面にある居住地に住んで潜んでいたと聞く」
「イレギュラー?」
 オラルドが答える。
「地球圏を襲った宇宙生物だよ。アドベンターや他の異星人と違って、本能だけで生きている」
「であれば、少なくとも、新宇宙歴の世界には、アドベンターは存在したのね。私達の世界だと……」
「対異星人防護ネットで侵入不可能、ね。もしかしたら政府が発表した、地球外の機械生命体、というのがアドベンターだったのかも」
 そして、その答えを聞いて、自分たちの世界についても考えるエレナとアリス。
「本能で生きるイレギュラーか。そっち新宇宙歴世界にはそんな連中がいたのか?」
「えぇ。宇宙歴に入る少し前にね。イレギュラーの襲撃により、当時地球を支配してた管理帝国が崩壊し、その後、イレギュラーと戦ううちに、宇宙進出が出来るようになった。イレギュラーの持つリソース等も使ってね」
「ちなみに、イレギュラーはルシフェルのようでは……?」
「違う。イメージとしては、『宇宙戦争』の火星人に近い」
「そうか……なら違うな。さすがにタコクラゲじゃない」
 やはりルシフェルはこの世界西暦1961年世界にしかいないのか……。と考える、イシャン。

 

「……ナガセ・タクミ、少し話す時間をもらえうか?」
 話が途切れたのをいい機会と、カラスヘッドが切り出す。
「あぁ、魔女連合の。どうした?」
 タクミが応じる。
「カボチャ頭がつけているあの首輪。話を聞く限りではあれで制御しているらしいが、君はARハッカーだろう? その力でハッキングとかは出来ないだろうか?」
「あぁ! 確かに、オーグギアなら周波数さえ分かれば電波を拾えるし、タクミなら、それをクラッキング出来るかも!」
 電子の妖精が、「なるほど!」と頷く。
「なるほど。確かに試してみる価値はあるな。もしカボチャ頭と接触したら、試してみよう」
「頼む。それと、これは事態にあまり関係ないがもう一つよいだろうか」
「その杖の修復なら、私達より、メイヴさんに頼んだ方が早いよ、私達、必要な材料もってないし」
 切り出すより早く、妖精が先読みして答える。
「そうか。ならそちらを訪ねるか」
 そして、カラスヘッドは、杖の修理をしてもらえる約束をメイヴとする。ただし、レンズの精度は落ちる。そしてはやくても一日はかかる、と言われる。

 

「基本的な事を確認していなかった。ちなみにノエル、やっぱり機械の首輪を破壊したら、リブーターってのは動かなくなるのか?」
「もちろん。リブーターを動かしているのはハーネスだからね。ハーネスが失われれば、それでおしまい」
「なら、そいつを狙って壊しちまえば良い訳か。いや、それじゃ普通に人間の急所を狙うのと難度は変わらないな。首は誰でも急所だ」
 イシャンはふと閃いて尋ねる。答えは想定通りだったが、自分でその意味は無いと気付く。
「それに、話を聞く限り、カボチャの被り物はその首輪を覆っているようですしね」
「だなぁ。そこん所を隠したり、守ったりするためのものだったのかもな」
 と、リリィの言葉に頷くイシャン。

 

「確認はこんなものかしらね」
 メイヴがそれらをまとめて。
「イシャン達はヨセミテ国立公園へ。それから他の何人かはノエルとリリィに同行し、バークレー校に置きっぱなしの機材などを回収。それ以外は自由行動ね」
 
 そして、イシャン達は車に乗って、移動を始める。同行者は、テンプル騎士団に詳しそうなアオイかメドラウドかで、悩み。下手に刺激するのを恐れて、戦闘要員としてフレイ、という事になった。
 移動中、突如上空に巨大な構造物が出現する。
「皆さんの位置の前方上空の巨大構造物、遮熱光学迷彩の解除を確認。皆さんの見えているそれがアースです」
「アースだと!? コイツが……!!」
 チハヤのオペレータによってその正体が直ちに判明する。アースはそのまま、車より早く前進し、ヨセミテ国立公園の方に向かっていく。
「なんだ? アンリの所に向かってる……とも思えねぇが?」
「それでもいい予感はしないな……」
「同感だな。急ごう」
 それからしばらく走行していると、
「よくない報告になります。アースはヨセミテ国立公園の上空で滞空状態に入りました」
「連中の目的地がヨセミテだってのは間違いないって事か。戦力は降下させてるのか?」
「受動索敵ではそこまでは……。能動索敵に切り替えると、気付かれる可能性がありますので」
 現在チハヤはレーダー波や熱源などを受け取ってそれを解析する、受動索敵を行っている。これは自分から赤外線やレーダー波を発してその反射を見る能動索敵ほど確実ではないが、気付かれない、というメリットがある。本来チハヤは戦闘を想定した艦艇ではない。アースに発見され砲撃にさらされれば、撃沈されるのは確実だ。
「分かった。そこまで無理を頼むつもりはない。むしろ俺達が偵察した方が早そうだ」
「お気をつけて」

 

 ヨセミテ国立公園に到着し、対応を相談する。
「さて、どう読む? カラスの旦那、龍一。連中がヨセミテを抑えた以上、その目的は現状考えられる限り、アンリを抑えるか、俺達を待ち構えるかだと思うが」
「無難な策を取るならば隠れて様子を見るだが……そう上手くはいかないだろう。かなりの力を持っているのは間違いないだろうから」
「連中の目的がアンリなら、急がないとまずいしな。いずれにせよ、急いだ方が良さそうだ。最低限警戒しつつな」
 そして、アンリ達はすぐに見つかった。緑色のカラーをメインにするロボットに囲まれている白い髪の少女たちと金髪の男。恐らく金髪の男がアンリなのだろう。
「まずいな…白髪女ども、追い詰められてるぞ! 龍一、カラスの旦那、雪、先行して奇襲を頼む! フレイと俺は攻撃をまって安曇にデウスエクスマキナを送ってもらう」
 全員が頷き、行動開始する、が。
「安曇……通信がつながらねぇだと?」
 返ってくるのはサンドノイズのみ。
「ここであの神もどきを呼ばれては困るのでね」
 と、風が吹いて、そこに長身の帽子の男が現れる。空からカラスが激しく鳴き声を上げる。
「誰だ」
 カラスヘッドが問う。
「私か? 私は……。そうだな、エルフ、白妖精の一人だ。とでも名乗っておこうかな」
「神もどき、ねぇ……。お前さんはアレがどんなものか知ってるのか」
 リュウイチが問う。
「当然、なにせ……」

 と、その言葉が言い終わるより前に、旧サンフランシスコの方から、虹の橋が伸びてくる。それはフレイのすぐ真横まで伸びてきて、そして、そこに銀朱色の巨人が出現する。
「ちぃ、流石に見逃してはもらえないか……」
「ヴァーミリオン? なんでここに?」
《この男は危険だ。我らで当たるぞ》
「分かった。私は、この男の相手をする。みんなは、アンリさんの所に」
 ヴァーミリオンがフレイに語り掛け、フレイが頷く。
「分かった。任せたぜフレイ。気を抜くなよ」
 イシャンがそれに応じる。
「イシャンさん? 聞こえますか?」
「安曇! 通信が回復したのか?」
 イシャンの耳に突然安曇の声が聞こえてくる。
「災厄の枝、《レーヴァテイン》!」
 ヴァーミリオンが赤い剣を装備し、戦闘に備える。
「はい。ヴァーミリオンを中継して魔力を飛ばして何とか。状況的にパパラチアが必要と判断して構いませんか? ヴァーミリオンをマーカーにして転移させる事は可能です」
 実は通信が出来ないのは、アースによるジャミングの所為である。しかし、新宇宙歴の人々は魔術を知らない。故に魔術による通信は成立したのである。
「ああ、助かるぜ。送ってくれ」
 そしてパパラチアが出現し、
「さて、頼むぜ相棒!」
 乗り込む。
 デウスエクスマキナが迫り、反応しない緑のロボットたちではない。即座に振り替える。しかし、その大きさの差は歴然。デウスエクルマキナ、およそ30m。対する緑のロボット、5m。
「食らえ!」 
 5mのロボットが右腕から大型のテーザー、有線の槍を発射する。しかし、神性防御を持つデウスエクスマキナはそれを当然のように弾き返す。
 なにより、彼らの敗因はアンリ達から銃口による制圧を解いてしまった事だ。
Verknallt砕け beenden完了
 女性たちがその魔術で、槍で、脚部を攻撃する。
「なにっ?!」
 ロボットたちは一斉にバランスを崩す。
「電磁防御を最大展開。艦砲射撃で制圧する」
 ロボットたちは表面に電磁場を展開、対ビーム対策である。そして、アースがその圧倒的な数の〝粒子〟ビームを放つ。……しかし。そのすべてをパパラチアの浮遊する武器、 パドマが受け止める。
「馬鹿な!」
「これ以上の戦闘は不可能だ。撤収する」
 アースは光学迷彩を展開し、姿を消しながら前進を開始する。
「退いたか……案外デキる指揮官がいたみたいだな」
 そして、次の瞬間、6機のロボットの下に空間を切断するように〝裂け目〟が発生し、落下する。
「今の〝裂け目〟はカラか? あの女……本格的に俺達の敵に回りやがったか」
「あ、繋がった!」
 イシャン達の耳に声が聞こえる。
「チハヤか? こちらイシャン。アースと交戦。逃げられちまったぜ」
「アースと交戦して生き残るなんて……。あ、そんなことより、先ほど多数の重力変動反応。数は5以上。流石にとらえきれませんでした」
 あぁ、ちょうど6つ裂け目が目の前に出来ていたな、と思うイシャン。
「こっちにゃ、機械の神がついてるんでな」
 
 一方、もう一柱の機械の神は。
「さっきの虹の橋は、ビヴロストっていうのか」
 まずは距離を詰めないと。フレイは大きく足を踏み出す。
「ふっ」
 エルフの男が指をパチンと鳴らすと、周囲に炎が発生し、それがフレイに、つまりヴァーミリオンに対して飛んでくる。
「うそ、痛い。神性防御を抜いた!」
《あぁ。あやつも半分、神性を持っておるからの》
 そんなの聞いてない。あんな小さいのに、あれのルシフェルの同類って事?
「でも、もうこっちの間合い。せやぁ!」
 人間サイズのエルフの男に、レーヴァテインが一気に振り下ろされる。
「おっと。武器を選ぶセンスは良い。しかし、その武器レーヴァテインは……元々私のものだ。返してもらおう」
 そう言って、エルフの男が腕を大きく振ると、振り下ろしたはずのレーヴァテインはいつの間にか消滅し、エルフの男が握っていた。
「うそっ」
《くっ、そうなるか》
「これを剣として使おうという工夫はいい。だが違う」
 剣の形状をしていたレーヴァテインが一本の真っ赤なスタッフのように姿を変える。
「これはこう使うのだ」
 そして、その棒から青い炎があふれだす。
「《偉大なる翼》、メギンギョルズ!」
 ヴァーミリオンの背中から銀朱色をした結晶の翼が出現する。そして、翼をはためかせ、空高く飛び上がる。
「空中戦か。お相手しよう。来い、我が息子」
 八本足の馬がどこからともなく現れ、エルフの男がそれにまたがる。
「《拘束の魔銃》、グレイプニル!」
 ヴァーミリオンの左右の手に二丁の拳銃が出現する。エルフの男と八本足の馬は空を駆け、追ってくる。
「くっ、はやい」
 フレイはエルフの男の素早さに翻弄され、グレイプニルを命中させる事が出来ない。そして、ついに青い炎がヴァーミリオンに命中し、大きな損傷を与える。
「くっ……」
 思わず開いたフレイの左目に、コックピットブロックに表示される警告文が写る。
【警告! 右脚部損傷 歩行不能】
【警告! 左腕部損傷 武器保持不能】
【警告! 左脚部武器損失】
 フレイはヴァーミリオンと同化するため、再び目を閉じる。見れば、左の指は握力を失っており、グレイプニルを落としてしまっていた。合わせて右腕の銃も消滅する。
「《権力の象徴》、グラム!」
 右手に剣が出現する。しかし、小型の素早い目標にそれを命中させるのは難しい。

「そこ!」
「くっ」
 ついにフレイがエルフの男をその剣で捉える。エルフの男は棒と化したレーヴァテインで受け止める。
「レギンの剣か。格は劣るはずだが、まさかこれ以上押せない……? 父上との神性の差か」
《グングニルを使え。距離を離して、確実に仕留めるのだ》
「え?」
 ヴァーミリオンが戦い方に口を出してきたのは初めてのような気がする。フレイが最初に感じたのは驚きだった。
「分かった」
 一気に、メギンギョルズをはばたかせ、距離を取る。
「《神の一筋》、グングニル!」
 背中に巨大な直方体が出現する。フレイの意思に従って持ち上がり、肩にかかる。エンジェルオーラのチャージが始まる。これが完了する時、この直方体はビーム砲として機能する。
「あぁ、それは良き手だ。しかし、グレイプニルを手放したのは、失敗でしたね。来い、我が息子」
 ヴァーミリオンとエルフの男の間に巨大なオオカミが飛びあがってくる。
《なにっ!?》
 そのオオカミはヴァーミリオンにそのままのしかかる。その質量に負け、ヴァーミリオンはメギンギョルズを折られ落下する。
「うそ……」
「父上の魂とともに、再び眠るがいい」
 その落下していく最後を見届ける事なく、エルフの男は帽子を押さえ、そして消える。

 

「君達が手紙の主か? 助かった。今の装備では流石に勝てない所だったよ」
 アンリと思われる金髪の男が話しかけてくる。
「今の装備では。万全だったらアレでもなんとかなるって事か……」
 リュウイチが呟く。
「…………流石に最後の緑の雨は苦しいかな」
「まあ、パパラチアの装甲に焦げ目がつくくらいだったしな」
 とアンリとイシャンが笑う。
「さて、では、お初にお目にかかる。私は錬金術師、アンリ。日頃の稼業は盗掘に当たるので、本来なら国家機関の前に顔を出すなど、あり得ないのだが。君達は彼女達を解放してくれた。その礼はせねばならないと、参上した。また助けられてしまったが」
「改めて、クラン・カラティンのエンジェル、イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナだ」
「少なくともここは時代が、世界が違うんだ。それでどうこうしたりはしねぇよ。っと……、あんたらと同じ2016年から来たの宮内庁霊害対策課の蛇崩龍一だ。こっちは海結莉雪」
「魔女カラスヘッドだ。よろしく」
 全員の自己紹介が終わった後。
「改めまして、イレと申します。普段外に出ない主に代わり、外での活動を主にしております」
 改めてイレが挨拶する。
「はじめまして~、私は、サーテ。逆にアンリ様のおそばでお手伝いをさせてもらってまーす」
 ドレス姿ツインテールの白い髪の女性が合わせて挨拶してくる。
「ちなみに彼女達はみなホムンクルス、私の娘たちだ。ここにいるサーテとイレ。そして今はいないトゥエだけが明確に自我を持った上級ホムンクルスにあたる。それ以外は命令に従うだけの汎用ホムンクルスだ」
 とアンリが捕捉する。
「なるほどな、それでアンリ、あの艦の狙いはお前さん達のようだったが、連中に狙われる覚えは?」
「いや、申し訳ないが、あんなSFな空中戦艦にそもそも覚えがない」
「まあ、そうだよなぁ。どうみてもあんたらとは別世界の連中だ。とはいえ、そうなるとますます謎だな」
 そのまま、質問はアンリの素性についてに移る。アンリは、鉱山の地下を掘って工房を作る錬金術師で、掘って工房を拡大しながらその過程で得られた様々な鉱物を使って実験などをしているらしい。そしてテンプル騎士団に発見されればそこは放棄、また別の鉱山の地下に工房を作る。その目的は「真理の探究」、俗っぽく言えば「自身の知的好奇心を満たすため」だった。シリコンバレーで作っていたのは、ここに新たに地下工房を作るめのピッケルや掘削機だったらしい。
「ところで、君達の事情についても教えてくれ、もしかしたら、そこで狙われた理由が分かるかもしれない」
 説明を終えた後、アンリはそう促し、イシャンがそれに従い、事情を説明する。
「なるほど……。話を聞く限り、魔術に詳しいメンバーが少ない、という印象を受けるな。………この件には何か魔術が絡んでいるのかもしれない。そして、魔術について理解が深い私のような人間が合流すると都合が悪かった、という可能性はないだろうか?」
「連中は、あんたとの合流を防ぐために、あんたを消そうとしてたって事か? だとすりゃ、随分俺達の事情に通じてるな」
「あぁ。あの〝裂け目〟もそのカラ、という女性が作ったのだろう? あの空中戦艦に指示を出しているのがそもそもカラという女性かもしれん」
 結論はカラが怪しい、という事だった。
「それにしても、話を聞いてもテンプル騎士団に追われてたって理由がわからねぇな」
 とイシャン。
「テンプル騎士団に追われている事に理由はありませんよ。ただ強力な魔術師がいて、それがどちらかというと反社会的であれば、それだけで彼らにとっては狩る理由になるのです」
 とイレ。
「話の通じなさそうな連中だな……。少なくとも、俺にはアンタらが悪党には見えんがな」
「こっちが盗掘者なのは事実だしねー」
 イシャンの言葉に笑うサーテ。
「アンリ、無責任な意見かもしれんが、いっそのことこっちの世界に住んじまったらどうだ? こっちの世界じゃ、テンプル騎士団の連中は数年間姿を見せてない。ルシフェルと戦って全滅した可能性すらある。鉱山の採掘にしたって、こっちじゃそこの管理に手が回る人間もいないだろうからな。採っちまっても構わないだろう」
「あぁ、私にとっては真理の探究さえ出来れば場所はあまり関係ないからな。ここがテンプル騎士団の追手から解放された世界だというなら、むしろこれからはここで活動していきたいくらいだ」
 イシャンの提案に頷くアンリ。
「その代わりと言っちゃなんだが、錬金術で有用なものが出来たらクラン・カラティンに回してくれないか? 後、研究に支障のない範囲で、こっちが欲しいものを作ってくれたら助かる」
「それくらいならお安い御用だ。なんなら今からでも提供出来る。と言っても今出来るのはとても小規模な物の修理くらいだが」
 それを聞いて、誰もがカラスヘッドの杖の事を考えた。しかし、カラスヘッドは、一度は疑っていた事、イレに魔法を使おうとした事等から、それを言い出せなかった。それを提案するのは図々しい事のように思ったのだ。
「クラン・カラティン、デウスエクスマキナ……あの神性を持った巨人か……。恐ろしい世界だな、ここも」
「ほお、観ただけでパパラチアの防御の性質が分かったのかい?」
「あぁ、私は魔術師としてはスペシャリストだからな。インド系の神性だろう。そこまでくらいは分かる。あれが何なのかまでは分からないがな」
「さて、本部に移動しようか」
 と、イシャンが提案しようとした次の瞬間。ホムンクルスの一人が空を指さし驚愕している。
「なんだ? また空中戦艦か?」
 アンリと、そしてそこにいた全員が空を見上げた。

 

 一方、少し時間軸は遡り、アオイとアンジェらはキョウヤに現状を説明しに来ていた。
「なるほど、また別の世界があって、そのカボチャの連中はそこ出身、と。そしてカラが裏切った、か。やはり奴は危険だ」
 キョウヤは頷く。
「しかし、気になります。彼女には彼女也の正義があります。たとえどれだけのお宝が提示されようと、彼女が悪だと感じた側には付きません」
 アンジェがカラを弁護し、疑問を呈する。
「それは難しい話ではない。アイツも向こうに加担してるんだ。向こうには向こうの掲げる理想があるのだろう。アイツやカラがそれを応援しようというくらいのものが、な」
 それが何かは分からないが、と言いながらキョウヤはそう告げる。
「そうでしたね。これからどうしますか?」
「そうだな……。……! なんだと」
「どうしました?」
「神性の発現を感じた。北欧系だ。まずいな、もう一つの疑似神性の神力アースメギンが減少しているのを感じる」
「それって」
「恐らく、デウスエクスマキナだ。お前たちの話を聞く限り、ヴァーミリオンと呼ばれていたやつだな。仕方ない。助けに行こう。管狐!」
 竹の筒から、白く胴が細長い狐が出現する。
「掴まれ」
 アオイ、アンジェ、キョウヤが管狐に掴まり、管狐はこーん! と少し辛そうな声をあげながら一気に加速する。
 そして、視界に入る。銀朱色の巨人がオオカミにのしかかられ、噛みつかれながら、落下している。
「巨人と半神半巨人の間に生まれた狼か。俺は、このままアイツにぶつかる。アンジェとアオイは直前で離れろ。アンジェの左モモのルーンである程度滞空出来るはずだ」
「分かりました」
「くぅ、あの魔女の世話に……」
 アンジェとアオイは手をつなぎ、そして、同時に管狐から手を離す。アンジェが自らの左ももに指で触れると。ルーンが起動し、落下速度がまるでパラシュートでもつけているかのような遅さにまで減少する。
「管狐!」
 こーん! という鳴き声とともに、オオカミと衝突する。オオカミがよろけ、ヴァーミリオンから引きはがされる。
 そのまま、ヴァーミリオンとオオカミが地面と衝突する。
「いくぞ!」
 管狐につかまったキョウヤが二人を再び掴み、オオカミの元へ飛ぶ。
 オオカミが、グルルルルルルと、唸り声を上げる。
「結構な神秘だが、問題ない。アオイの小鴉丸の写しなら問題なく斬れる。そして何より……」
 キョウヤの言葉が言い終わるより早く、アンジェの刀の刀身が白い光を放ち始め、そして、次の瞬間、彼女必殺の三段突きが放たれる。白い光は即座に、付いたその傷からオオカミに浸透し、オオカミを分解していく。
「召喚された存在は、アンジェの力には勝てない」
 アンジェが納刀すると同時、白い光が爆発的に広がり、オオカミは消滅した。
「大丈夫ですか、フレイさん」
 アオイが慌ててヴァーミリオンに駆け寄る。コックピットブロックが開き、フレイが姿を現わす。
「なん、とか……。……なに、あれ」
 そして、仰向けのヴァーミリオンから顔を出したフレイは、誰よりも最初にその空の異変に気付いて声を上げる。

 

 一方、バークレー校。
 作業を手伝っていたメドラウド、美琴、タクミらの前に、二人の人間が現れる。
「やぁ、中島の符術使いではないですか。そちらはリチャード騎士団の団長殿? 話に来ていた通りお若い。あー、まだ団長ではないんでしたか」
「安曇……?」
 メドラウドと美琴はその姿に首を傾げる。安曇は常に本部にいるはずだ。何より。
「なんです? その物言いは……まさか」
 メドラウドは気付く。安曇の言う自身の未来は、2016年の世界から来た人々の言動と一致する、と。
「その通り。さぁ、いきなさい」
「テケリ・リ、テケリ・リ」「テケリ・リ、テケリ・リ」
 安曇の左右から、ぎょろりとした無数の目を持つ漆黒の玉虫色に光る粘液状の生物が姿を現わす。
「そんな……」
 電子の妖精が信じられない、という声を上げる。
「なんで、ここにいる……。佐倉博士。あんたは、投獄されてるはずだ!」
 そしてタクミも同じく。あるいはそれは怒りなのかもしれない。
「決まっている。利害が一致した。故に彼らに協力する事で出してもらったのさ」
 佐倉博士のオーグギアが妖しい光を帯びる。現象化パッチを完全に展開したのだ。陣を刻む魔術師のように指を動かし、そこに光の槍が出現する。指を振るとそれがさらに3つに分裂する。
「それ、見た事があるな。グングニルか。混血のアーシスとも手を組んだのか?」
「さぁ。答える義理は無い。妖精のデータを渡してもらおう」
「お断りだ」
「ならば直接頂く」
 三本の槍がバラバラに、しかし確実にタクミを狙って飛翔する。
【KEEP OUT】
 しかし、「立ち入り禁止」と書かれた物理防壁がそれを阻む、
侵攻型実体ウイルスグングニルへの対策くらいしてあるんだよ」
「違う、タクミ。これまだ動いてる。浸食してる」
「ちっ」
「スターダスト!」
 そこに、突然、砂塵のようなものが周囲に散らばり、白い槍を破壊する。
「大丈夫かしら? 私達期待のハッカー?」
「エレナさんに、アリスさんか」
「馬鹿な、魔女だと。どういうつもりだ。魔女と人間は手を取り合えない」
「そんなことは無いわ。私はそうじゃない世界を作る」
 エレナがローブからさらに二本のフィルムケースを取り出す。
「グングニルしかネタが無いなら、あんたの負けだ、佐倉博士」
「くぅ……」
 そして、美琴とメドラウドによって二体の生物が切り伏せられる。
「流石にショゴス程度では時間稼ぎにすらなりませんか……。それに、魔女、なるほど、興味深い」
 と次の瞬間、佐倉博士と安曇の足元に空間を切断したように〝裂け目〟が出現する。
「なるほど、ここまでですか」
「次は妖精を返してもらう」
「ベーだ。あんたのじゃないもん」
 そして二人が〝裂け目〟の向こうに消える。
「改めて実感しました。虹野カラ、といいましたか、厄介な存在が敵に回りましたね」
 と美琴が呟く。
 そして、そこにノエルとリリィが現れる。
「よし、これで最後の機材……」
 二人が空のある場所を一点に見つめて停止する。
「あれ……って」

 

 そこに浮かんでいるのは、月だった。しかし、月と言えば連想されるような、ウサギやカニといった模様がない。それはA.D.1961年の月ではない。
「私達の世界の、月?」
 リリィが呆然と呟く。

 

 そして、某所。
「はい。予定通り、計画は最終フェイズに。はい、準備は万全です」
「なにしてるのかにゃー?」
 構成員の一人がカボチャを外して、何か通信をしているのを、カラが見とがめる。
「なっ」
「んー? その首輪、偽物だよね。……エヴァンジェリンの一党じゃない。でもカラちゃんが呼んだゲストでも、ない。だって、スキンヘッドのお兄さんなんて知らないもん。……ねぇ、君は誰?」
「くっ……txif起動
「おおっと」
 足元から突然白く光る輪が出現するも、カラは背後に〝裂け目〟を生成し、そこから逃れる。
「驚いた。刀を振らなくても〝裂け目〟を作れるんですか」
「そうだよー? カラちゃんに本気を使わせるなんて、しかもこんな手でね。面白くない。その力、ジェネラリティリソース? ではないよにゃあ、そんな見た目じゃない。……まぁいいや」
 カラの背後に50を超える数の小さな〝裂け目〟が出現する。
「死んじゃえば同じだ。せっかくだから、本気、見てってよ。これね、オーバー・ザ・レインボーって、カラちゃんの必殺技。アンジェちゃんすら知らないんだよ? だから、外野は大人しく、退場してね。第三勢力なんていたら、話がややこしくてたまらないんだから」
 そして、それが放たれる。
「ふぅん。こいつ一人じゃないな。まぁ、匂いで分かるか。さっさと全員仕留めよう。アンジェちゃんたちとエヴァンジェリン達が戦って勝てるかは五分って所だろうけど、そこにアイツらが乱入してきたらたまらない。それはたまらなく、面白くない」

  

 To be continued to 4章 #X.X.xxxx

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