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Angel Dust 第5章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ルシフェルと呼ばれる白い巨人に滅ぼされつつある地球。
 かつてソビエトと呼ばれていた国家が所有していた旧モスクワに住む少女フレイ・ローゾフィアは、ついに旧モスクワに現れたルシフェルの前に死のうとしていた。
 そこに現れたのは銀朱ヴァーミリオン色の巨人。
 銀朱色の巨人はルシフェルと戦い、そして突然、その機能を停止した。今度こそ死を覚悟したフレイに、銀朱色の巨人「デウスエクスマキナ・ヴァーミリオン」は「死にたくないのか?」と声をかける。
 半ば強引にヴァーミリオンに乗せられたフレイは見事ヴァーミリオンを操り、ルシフェルを撃破せしめたのであった。
 そして、フレイを乗せたヴァーミリオンは突然白い光に包まれる。
 転移した先は『クラン・カラティン』と呼ばれる対ルシフェル用にデウスエクスマキナ、通称DEMデムを運用する組織だった。
 そのリーダーであるメイヴはフレイの生活を保証し、共に戦おうと誘う。
 承諾するフレイだったが、DEMのパイロットエンジェルの一人である安曇あずみは模擬戦で実力を見せるようにと言い出す。
 フレイはその実力を遺憾なく発揮し、安曇に勝利するが、そこにルシフェルが襲来してこようとしていた……。  フレイとメイヴ、そして安曇の三人は協力して旧サンフランシスコに襲撃してくるルシフェルを撃破した。

 

 それからしばらく、フレイは『クラン・カラティン』の一員として実戦経験を積んだ。
 マラカイトのエンジェル・中島なかじま 美琴みこととの挨拶や、資料の閲覧、武術の稽古など、戦いの準備を怠らないフレイ。
 ある日、美琴しか出撃出来ない状況が発生するが、美琴は一人での戦闘には向いていない。フレイはメイヴのデウスエクスマキナ・スカーレットに搭乗する許可を得て、スカーレットを操り、美琴と共にルシフェルを撃破したのだった。

[デウスエクスマキナ]……「機械仕掛けの神」という意味の演出技法。超古代先史文明の遺跡で崇められるように存在していたこと、機械仕掛けであったことからこの呼び名が付けられた。当初は操縦方法すら分からず、放置されていたが、この世界に存在する「ルシフェルに対抗しうる巨人」として再注目され国家の枠組みを超えた技術協力により「コックピットブロック」が完成し、対ルシフェル戦に投入される。戦闘開始時点では徒手空拳だが、各デウスエクスマキナがそれぞれ固有の武器を持ち、「カタログ」と呼ばれるものに記述されている。これは現在の人間には読めないものがほとんどであるため、コックピットブロックの機能により解析され、コックピットブロックに表示される。稼働、及び武器生成には「エンジェルオーラ」と呼ばれるエネルギーを利用し、このエネルギーが枯渇すると、「フォールダウン」という現象を引き起こす。略称としてDEMデムが用いられる。

 

「……二度とない、じゃなかった?」
《まぁまぁ、そう腐ることはないだろう。まぁ、ヴァーミリオンの奴には気の毒だがな》
 私は今、紫色の巨人デウスエクスマキナ、ヴァイオレットのコックピットブロックにいた。
「はぁ、いいよ別に。さっさと終わらせよう。カタログは?」
《さぁ、エリンを守る戦いだ》
 ヴァイオレットはとても張り切っている。エリンというのがどこかは分からないけど、ここのことではないのは分かる。メイヴさんの話によれば、ここはイギリス、アイルランドと呼ばれる場所だ。
「フレイ、ヴァイオレットの調子はどう?」
「あ、はい。大丈夫です」
 そこに聞こえてきたのはメイヴさんの声、右を見ればスカーレットの姿が見える。手に握られているのは、この前の戦いで私が使ったクルージーン・カサド・ヒャンだ。と、周囲の状況を片目だけ閉じて確認しつつ、カタログをめくる。
「じゃあ、これ。大小交わる激情、《モラルタ・ペガルタ》!」
 “私”の手元に二本の剣が出現する。
《素晴らしい。では、コノートの毒婦と影の国の女王に我らがフィオナ騎士団の強さを見せつけるとしよう》
 コノート? 影の国? そして、フィオナ騎士団? あ、いやフィオナ騎士団なら知っている。このヴァイオレットの本来のエンジェルであるグラーニアさんがこのクラン・カラティンのことを勝手にそう呼んでいた。彼女の呼び方を聞いてヴァイオレットもそう勘違いしているのだろうか? そういえば、コノートやら毒婦って話もしていたような。
「GRRRRRRRRRAAAAAAAAAA!」
 無駄な考え事をしている暇はない。“私”の目の前の雑魚ルシフェルがこちらに向かって吠える。
「フレイ、片方は私に任せて。もう一匹はあなたの好きなようにやっちゃいなさい。期待してるわよ」
 メイヴさんの言葉が言い終わるより先に、〝私〟は前進する。
「ええい!」
 振り下ろされる左の爪に合わせて、右手の剣、ペガルタをぶつける。
「こうだ!」
 さらに、左手の剣、モラルタでその腕を切り裂く。
 せっかくの二本の剣、このアドバンテージを逃してはならない、一気にラッシュだ!
 その状態からモラルタの返す刀で胴体を切り裂く。つくづく、雑魚ルシフェルは装甲が弱い。もうコアが露出している。
 そのコアに狙いを定め、一気にペガルタでそのコアに攻撃を仕掛ける。
「はぁぁぁぁ!」
 コアにペガルタが刺さる。ペガルタにはレーヴァテインほどの切れ味は発揮できないようだ。
「だったら!」
 さらに、モラルタを突き刺す! コアにひびが入る。
「こうだぁぁぁぁ!!」
 そのヒビにペガルタとモラルタを食い込ませる。そしてそれをこじ開けるように、砕いた。
「お疲れ様、フレイ。それは……ペガルタとモラルタね? そういえばあいつは槍しか使ってなかったわね。その武器セットなの? 伝説では槍と剣を一つずつ持っていったこともあるようだけど」
「え、えーっと」
 こちらを向いた緋色の巨人メイヴさんが声をかけてくる。が、まとめていくつも質問され、頭が飽和状態だった。
 と、とりあえず、一度、なんでこんなことになったか振り返ろう。

 

◆ ≪数時間前……≫ ◆

 

 私は、メイヴさんに呼び出されていた。
『あ、初めまして。あなたが我らがフィオナ騎士団の新入りのフレイさんですね? 私はグラーニア。フィオナ騎士団の一員にして、ヴァイオレットのエンジェルです』
 そして、メイヴさんの部屋に入るとそこにいたのは長髪の美しい女性だった。泣き黒子がとても印象的だ。
『あ、えと、はじめまして。んと、私の訳がおかしいのかな。私が、Fianaフィオナ騎士団newcomer新入りだって聞こえたんだけど。それって一体? エンジェルってことはクラン・カラティンの一員、なんだよね?』
『えぇ。でも、クラン・カラティンではなく、フィオナ騎士団、です。だいたいあのメイヴの言う通りの名前を名乗る必要なんてないんですよ。わざわざコノートの女王に合わせてあげる理由はどこにもないんです。あなたも、うーんと、そうですね、エインヘリアルとでも名乗ったらどうです?』
einherjarエインヘリアル? ごめん、何を言っているのか』
『その辺にしておきなさい、グラーニア。それと冗談でも、私のことを毒婦なんて言わないでね、さすがに許容範囲を超えるから。あと、いくら何でもエインヘリアルは厳しんじゃない? アース神族とかにしときなさいな』
 そこにやってきたのはメイヴさんだった。そして、Æsirアース神族
「あー、フレイ。考えないでいいわ。とりあえず、グラーニアは自分のルールに沿ってクラン・カラティンのことをフィオナ騎士団って呼んでるとだけ理解しなさい」
『失敬な。そもそもあなただって自分のルールに沿ってカラティンの息子達クラン・カラティンと名付けたのではないですか』
『ちょっと、このクラン・カラティンのリーダーは私よ! 私が立て直さなかったら……』
 メイヴさんとグラーニアさんが口論を始めてしまった。
「はいはい、お二人ともその辺に。フレイさんが困っていますよ。それ以上口論を続けるなら、ミ=ゴに頼んで二人とも缶詰にしちゃいますよ」
 安曇さんが手をパンパンと叩きながら部屋に入ってくる。二人の動きがぴたりと止まる。
『安曇、それは冗談にしては笑えないわ』
『ですね。脳みそだけの円柱にはなりたくありません』
「大丈夫ですよ。ミ=ゴは肉体もちゃんと保管しておいてくれますから。お二人が反省したらちゃんと戻してくれます」
『そういう問題じゃない』『そういう問題じゃありません』
「相変わらず仲良しですね。神話好き同士、そうやって仲良くしていればいいんですよ」
 結局、私不在のまま話が進んでいく。
「あ、ごめんなさい。フレイ、実は頼みがあるの」
「頼み?」
 メイヴさんが頼み? 命令じゃなくて?
「この前スカーレットに乗った時、剣を使ったでしょ?」
「あ、はい。クルージーン・カサド・ヒャンですね」
「そう、それよ。私はゲイ・ボルグしか使えないのに。あなたは当たり前のように新しい武器を使って見せた」
「いや、普通にカタログに」
「カタログは私たちには読めない。コックピットブロックが翻訳してくれたもの以外はね」
 メイヴさんは私の言葉も遮って真剣そのものの目でこちらを見つめている。
「えと、話が見えないんですけど……」
「そうですよ、メイヴさん。フレイさんに細かい前置きは不要です。単刀直入に言ってあげないと。要するにですね、フレイさん。あなたは直接カタログから武器を呼び出せる。それだけなら私たちには無理なんだから仕方ないで済むんですが、なんと、あなたが武器を使うと、それ以降私たちもそのDEMでその武器を使えるようになるようなんですよ!」
 安曇さんが助け舟を出してくれる、が馬鹿にされているような気がするのは私の気のせいか、彼の使う不思議な青いビー玉の翻訳不全か、どちらかだろうか。いや、そんなことより。
「なんでそんなこと?」
「ほら、向こうから聞いてくるでしょ? フレイさんには最初に本題を話してから肉付けしてあげればいいんですよ」
『あんた、そのうち誰かに刺されるわよ』
 とフレイさんが安曇さんに応じながら、
「おそらくだけど、あなたが武器を使った時、その武器を使用した経路なんかをコックピットブロックが記録するのね。だから今後取り出せるようになるんだと思う」
 わざわざロシア語で私に説明してくれる。
『そういうわけで、現状、武器が一種類しか使えない私のヴァイオレットに乗って他に武器がないか見てほしいってことなんですよ』
 と締めくくるのはグラーニアさん。
『私のヴァイオレットにほかの人を乗せるというのはまだ少し不安なのですけど、武器が増えるというのは私としても嬉しいことですし。受けてみようかと』

 

◆ ≪現在≫ ◆

 

 そして、ヴァイオレットに乗ったところでタイミングよくルシフェルが出現したため、これは好都合と実戦に駆り出されることになった。ちなみにグラーニアさんは流石に不安そうだった。
《まぁ、幸い傷一つないのだし、グラーニアもそこまで怒らないだろう》
「……お疲れ様です、フレイさん、メイヴさん」
 安曇さんから通信が入る。
「よくないお知らせです。更なるルシフェルがそちらに降下中。さらに、サンフランシスコにももう一匹。美琴さんを急いで呼び出していますが、まだ到着には時間がかかりそうです」
『ほかのエンジェルは?』
「……残りのメンバーは今、ピッツバーグの偵察中ですよ、メイヴさん。それともエンジェルオーラ回復の休養中のメンバーをたたき起こしますか?」
『そうだった……。フレイを戻して、ヴァイオレットにグラーニアが搭乗、フレイもヴァーミリオンで出撃するのは?』
「ヨグ=ソトスカタパルトも一瞬で移動ができるわけじゃありません。サンフランシスコかアイルランド、どちらかがDEM不在になりますが、それでも? アイルランドを見捨てるか、サンフランシスコで基地の修復に後から……」
『分かった。私をサンフランシスコに送って。最初からそのつもりなんでしょ』
「了解です。フレイさん、慣れないDEMでの戦いです。きっと増援が来ますから、頑張ってください」
「大丈夫、やれるよ」
 スカーレットの足元にエルダー・サインが出現し、スカーレットが細長く歪んで消滅する。

 そして、目の前にルシフェルが出現する。が、これは。

 

■ Third Person Start ■

 

 司令部はシンと静まり返っていた。ヴァイオレットのコックピットブロックから送られてきた映像を見て、皆が黙り込んでいたのだ。
 モニターを覗き込んでみよう、そこに映っているのは、真っ白い、猪だった。
「上級ルシフェル!?」
 驚愕の声を上げるのはヨグ=ソトスカタパルトを使用するためセラドンに搭乗していた安曇だ。
「よりによって猪だなんて……」
 グラーニアは唖然とした顔でつぶやく。
「そうだ、美琴さん、美琴さんはまだですか! いくらなんでも上級ルシフェル相手にフレイさん一人では分が悪すぎる!」
 安曇がはっとしたように司令部のオペレータに叫ぶ。
「マラカイトの準備は完了していますが、美琴さんは今慌ててこちらに戻っている途中です。一応、基地の駐車場には到達したようですが」
「まだ時間はかかるか。フレイさん! そいつは上級ルシフェルです。くれぐれも気を付けて!」

 

◆ Third Person Out ◆

 

「フレイさん! そいつは上級ルシフェルです。くれぐれも気を付けて!」
 安曇さんの声が聞こえた。
 上級ルシフェル。資料で見た。DEMが下級ルシフェル相手に十分な戦果を挙げられるようになってから出現するようになった強力なルシフェル。現実世界の動物とか、伝承上の生物の見た目を取る。
「でも、基本は一緒! コアを壊せば動きは止まる!」
 ペガルタとモラルタを構える。と、猪型の敵が頭を少し下に下げた。
「横に飛んで!」
 聞こえてきた安曇さんの声に反応して右にステップを踏む。と、先ほどまで自分のいた場所を敵が通り抜けていった。
「突進!」
 危なかった。あの敵は二つの牙のようなものが顔から生えている。あれにあの速度でぶつかられていたらさすがにまずかっただろう。
 敵が私にお尻を向けて、私がいるのと反対方向に歩き始めた。距離を取るための移動か? しかし、隙が大きすぎる。
「せいやぁ!!」
 ペガルタとモラルタを以て敵の後方に斬りかかる。
「FUUUUUUUUUUUUUU」
 と、敵が後ろ脚で地面を蹴り、後ろ半分を宙に浮かせ、
「まずい」
 ドンと、後ろ脚で蹴り飛ばされる。なんとか受け身を取り、起き上がる、が、敵の動きは止まらない。すでに敵はこちらを向いており。
「GYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!」
 当然のようにこちらに突進を敢行してくる。とっさに、ペガルタとモラルタをクロスさせて受け止める。圧倒的な突進に打ちのめされかけるが、何とか踏ん張る。
 しかし、再び敵が頭を下げる。
「また突進? でも、助走距離なしでは……」
 違った。
 そのまま一気に頭を上に挙げ、その牙を以てペガルタとモラルタの防御を打ち破った。敵の牙が〝私〟に迫る! と、突如大砲のような大きな音が響き、敵が吹き飛んだ。

 

■ Third Person Start ■

 

 それは海に浮かんでいた。鋼鉄で固められ巨大な砲が複数載り、英国海軍軍艦旗ホワイト・エンサインを掲げられている。それは、戦艦だった。
「こちらは、英国海軍ロイヤルネイビー所属、キング・ジョージ5世級戦艦ハウ。これより、クラン・カラティンの要請を受け、デウスエクスマキナ・ヴァイオレットの支援を開始する」
 イギリスを含む島国の一部はルシフェルがあまり降下してこなかったことにより、ある程度軍隊を維持できていた。しかし、それは神性防御と呼ばれる防御手段を持ったルシフェルを討伐できるほどの十分なものではない。例えばこの戦艦ハウの持つ最大火力、35.6cm45口径MkⅦ四連装砲を以てしてもなお神性防御を持つルシフェルに対しては一瞬ひるませる程度の火力を生み出すのでやっと。今回のようにDEMを支援するくらいしか、活躍の舞台は残されていないのだった。そもそも、この砲は本来ここまで精密に狙えるものでもない。放たれた砲弾を強引にセラドンが補正し、ようやくヴァイオレットに誤射することなく敵のルシフェルの妨害ができる。英国軍は今や、完全にクラン・カラティンの下部組織なのだった。
「なんとか間に合いましたか」
 ふぅ、と安曇がため息を吐く。ロイヤルネイビーRNに協力の要請をしたのは安曇だった。そもそも、雑魚ルシフェルが二匹降下してきた時点でRNはアイルランドに艦を派遣していた。もし、クラン・カラティンが来なかったら故郷を護るのは彼らの仕事なのだから。アメリカやソビエトほど致命的に体制崩壊していないイギリスはその判断をする余裕があった。上級ルシフェルが降下してきた段階で、既にハウは上級ルシフェル及びヴァイオレットを射程に収めており射撃はいつでも可能な状態だった。
 この戦いに勝利した時、もっとも称えられるべきは、直接戦ったフレイや支援要請を行った安曇ではなく、国民を守るため勝てる見込みすらない戦いに自らを投じたRNの戦士達であるかもしれない。
「艦長、装填が完了しました」
「よし、角度調整」
 二基の35.6cm45口径MkⅦ四連装砲と一基の35.6cm45口径MkⅦ連装砲、そして八基あるうち四基の13.3cm50口径MkⅠ連装両用砲が陸上に向けられる。それぞれの砲身の延長線上に小さいエルダー・サインが出現する。
「デウスエクスマキナ・セラドンによる補正の準備が完了」
「撃て!」
 各砲から放たれた砲弾はエルダー・サインを通過し、猪型の上級ルシフェルに集中して降り注ぐ。

 

◆ Third Person Out ◆

 

 吹き飛び怯んだ敵が起き上がろうとしたところにさらに追撃がかかる。
『フレイ! ペガルタとモラルタではだめ! ペガルタの代わりにゲイ・ジャルグを使って』
 と言われたが、この武器はセットになっている。そんな組み合わせ。
《一度それをしまうのだ、フレイよ。カタログに個別に呼び出すコマンドも存在している》
「これか」
 私は右目だけを開いてカタログをめくる。両手の武器を消滅させ、
「大なる激情、《モラルタ》! 赤き槍、《ゲイ・ジャルグ》!」
『それでいけるわ。いい、かつて同じ名前の武器を持っていた彼はモラルタとゲイ・ジャルグを使うべしという警告を無視して、ペガルタとゲイ・ボウを持っていき、猪に敗れたの! だからきっと、その組み合わせなら猪に勝てるはず!』
『え? そんな理由?』
 なんだ、その理由は。前に美琴が話していた縁起のようなものか。従ってよかったのだろうか。
《そんな顔をするな。少なくとも警告を聞かなかったその男が猪相手に瀕死の重傷を負ったのは事実だ。……死んだ理由はそれを助けなかったものがいたからだったとしても、な》
「え?」
《その男は警告を聞かなかったから失敗した。ならばお前はとりあえず警告を聞いておくことだ。男と同じ間違いを繰り返したことで失敗の縁起を連れてくるのも嫌だろう》
 それは事実だ。
「でも、どうするの。搦め手を無力化する槍なんて、こいつ相手に役に立つとは思えない。どうせなら治療できなくなるっていうゲイ・ボウの方が……」
 縁起の問題だとしても、どう考えてももう一方の槍のほうが便利そうだ。もしかしたら、その男とやらも同じ考えだったのかもしれない。
「まぁ、やるしかないか」
 立ち上がりこちらを見据える敵を見て、私は覚悟を決める。
「くっ」
 突進してきた猪を右手のモラルタ一本でなんとか受け止める。
「こんのぉ!」
 左手のゲイ・ジャルグを一気に相手の口のあたりに突き刺す。
「GYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!」
 怯んだ! ならば、もう一発! フリーになった右手のモラルタで牙の片方に切りかかる。
 私から見て右、だから敵の左の牙が失われる。もう片方の牙を使って薙ぐように攻撃してくるが、これは、ゲイ・ジャルグでガード。同じくモラルタで破壊してやる。
「これはどっちの剣と槍でも同じだったかな。突進一辺倒じゃ、これが限界」
 上級ルシフェルといってもこの程度か、と私は少し油断した、次の瞬間。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
 おおよそ猪とは思えない鳴き声を受けて、私は宙を飛んでいた。
「え?」
「獣型上級ルシフェルのバインドボイスです! 気を付けて!」
 質量のある叫び声? なんてデタラメな。
 しかし、変化はそれだけではなかった。白かったはずの敵の身体が黒に染まっていく。
「堕天!?」
 ルシフェルがルシフェルと名付けられた由来の一つ。それがこの性質だった。
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
 DEMの動きすら封じる強力な咆哮があたりに響く。
 伝承によれば、天使であったルシフェルは悪魔に身を落とし、ルシファーとなったという。ルシフェルは条件こそ不明ながらこのように見た目を黒く変え、あらゆる能力が強化される性質を持つ。これを、ルシフェルとルシファーになぞらえて、堕天と呼ぶ。もっとも、私は実際に見るのは初めてだったが。
 見る見るうちに牙が再生していく。
「まずいですよ、メイヴさん。フレイさんが戦ってる上級ルシフェル、堕天しました」
『なんですって? こっちも数が多いわ。とりあえず、美琴が到着したら、フレイの方へ』
「分かりました。代わりにそっちに追加武器を送りました。使ってください」

 

■ Second Person (Maeve) Start ■

 

「まずいですよ、メイヴさん。フレイさんが戦ってる上級ルシフェル、堕天しました」
 安曇からの通信。堕天なんて、ここのところ全く見ていなかったのに。よりによって今。目前の甲種ルシフェルがその剣で切りかかってくるのをクルージーンで受け止める。
「なんですって?」
 私が行く、そう言いたかったが、まだ甲種ルシフェルが三匹はいる。こいつらを全員仕留めるのは骨が折れそうだった。
「こっちも数が多いわ。とりあえず、美琴が到着したら、フレイの方へ」
 そうするほかない。フレイを失うのは得策ではないし、ヴァイオレットを失うのは大問題だ。
「分かりました。代わりにそっちに追加武器を送りました。使ってください」
 そう聞こえるが早いか、上空にエルダー・サインが出現し、そこから太いロケットのようなものが飛び出した。それは地面に刺さると、二股に展開され、内部に仕込まれた武器を露出させる。
 私は目の前のルシフェルを蹴とばし、地面に突き刺さった“カプセル”から武器を抜き取った。
 クルージーンを手ごろな甲種ルシフェルの頭に突き刺し、両手でその武器を構える。
 それは戦斧だった。DEMが生み出した武器ではなく、純粋に人間の手で作られたDEM用の近接武器だ。エンジェルオーラを節約するため、クラン・カラティンではこのような人間製の武器も研究されている。DEMが生み出した武器と違い、神性防御を纏わないため、確実にルシフェルへ有効打を与えられるわけではないが、エンジェルオーラを消費しないで済むし、本人の一番得意な武器を使えたり、状況に応じて使い分けることができたりと利点も多い。
 私がサンフランシスコに本拠を置いたのはそもそも父がここに研究所を持っていたことももちろん理由の一つだが、複数ある研究所の中でここを選んだのは、シリコンバレーがすぐ近くにあり、コックピットブロックなどを作るのに有利だったからだ。そしてそれらの工場のラインは強引にこのような武装の作成にも役立っている。
「フレイみたいに好き放題武器を切り替えながら戦えるなら必要ないんでしょうけど」
 しかし、私達がそんなことをすればすぐに干上がってしまう。エンジェルオーラは休憩すれば本当に少しずつながら回復していくが、戦闘中に複数の武器を切り替えて戦えるほどではない。実際、エレナはそんな無茶を重ねた結果、あんなことになってしまった。
 私はコックピットブロックの操縦系統をゲイ・ボルグ用のモノへと変更する。今、私は甲種ルシフェルとまともにやりあうために剣、クルージーンを使っていた。それは槍、ゲイ・ボルグが一対一の戦いには向かなかったからなのだが、甲種ルシフェルはさらに二体現れた、こうなるとクルージーンでは難しい。そこでゲイ・ボルグの薙ぎ払いを活用しつつ掃討したいがそれも困難だ。その辺を理解して安曇はこれを飛ばしてきたのだろう。なかなか気の利くやつだ。
 私はスカーレットを操り、戦斧を両手で構えた。まずは薙ぎ払いでまとめて相手しつつコアが露出した相手からクルージーンで刈り取る。……まずはクルージーンを頭に刺したあのルシフェルからと行こうか。

 

◆ Second Person (Maeve) Out ◆

 

 先ほどと同じように、突進してきた敵の牙をモラルタで受け止める。ザザと、“私”の足が滑るのを感じる。
「やば」
 と、戦艦の砲撃が飛んできて、敵が少し怯む。その隙をついて大きく後ろに跳ぶ。
 敵の突進はこっちで踏ん張っても押されるレベル。敵の耐久も先ほどは戦艦の砲撃である程度吹っ飛んでいたのに、今は本当に多少怯む程度。
「これは厳しいなぁ」
《ふむ、親指をなめることができれば色々アドバイスもできるかもしれないが、今は無理だな。その辺は片目と命を代償として智慧を得たお前のデウスエウスマキナの方が便利であろうな》
 などと、ヴァイオレットは意味の分からないことを言っている。指をなめたらなんだというのか。あと片目と命を代償? DEM達も昔はいろいろあったのだろうか? 確かにヴァーミリオンは片目しかなかった気がするけど。
 ヴァーミリオンと言えば、そうだ。せめて空を飛べたら、と〝私〟は空を見上げる。青い空がどこまでも広がっている。雲一つない。異物と言えば、カラスが一匹飛んでいるくらいか。
「メギンギョルズがあればなぁ」
《別の神話体系のモノを強請られても困る。せめて、バズヴ・カハあたりにしてくれんか。まぁ、残念ながら私ではなくあのスカ……スカーレットの領分なのだが》
 よくわからないけれど、まぁこのヴァイオレットは空を飛ぶことは難しいらしい。
「だったら、突進を避けて側面から行く!」
 カタログによれば、単体で呼び出したモラルタには「あらゆるものを切り裂く」という性能があるらしい。まぁ、投げれば必中の上にあらゆる敵を砕くと聞いて使おうとしたら持ち上がらなかったなんて言う詐欺武器もあったことにはあったが、さすがに性能そのものはカタログに描かれている通りであると信じて。
 敵が頭を下げる。それを突進の予備動作だと判断した〝私〟は、即座に駆け出す。
 敵が突進してくる。私はその右側面を確実に通り抜けて、モラルタで切りかかる。
「GRUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!」
 しかし、敵は右前足だけを踏ん張らせ、滑るように回転し、叫び声をあげた。叫び声に含まれる謎の作用で、〝私〟はそこで停止してしまう。
「なんて、ね!!」
 ただ一つの例外、左手を除いては。私は迷いなく、あらゆる搦め手を無効化するその槍を、叫び声放つ敵の口の中へと突き刺した。
 “私”の身体が動くようになる。
「これでもう……攻撃もできないでしょう!!」
 モラルタで両牙を無力化する。そして改めて槍をつかみ、さらに奥へと押し込んでやる。
 あらゆるルシフェルに共通する特徴。それは、ほぼ必ずコアは中心近くにあるということだ。この楕円型の見た目を考えれば、この口からまっすぐ延長線上にあると判断して間違いないだろう。
 何かを砕いた手ごたえを感じ、私は槍を引き抜く。
『あら、私は遅かったようですね』
 と、目の前に緑色の無骨の巨人マラカイトが現れる。
『あはは、ごめんなさい。一人で何とかなっちゃいました』
 なんて、美琴さんに返事をした次の瞬間、
《フレイ、後ろだ!》
 ヴァイオレットの言葉を聞き慌てて振り返る。最後の力を振り絞った敵が立ち上がりこちらに突進してきていた。なんと、先ほど切断した牙の片方を口にくわえて。高さはちょうどこのコックピットがある場所。
『大地の源を生む槍、《天沼矛あめのぬぼこ》!!』
 視界の端で、マラカイト美琴さんが大きなビーズのような玉で飾られた槍を出現させた。マラカイトが槍を振ると先端からいくつもの岩が出現し、敵を押しつぶした。
『危なかったですね』
『来てくれて助かりました』
 美琴さんとコックピットブロックのモニター越しに笑いあう。
『それにしてもコアを破壊してなお動くとは、上級ルシフェルや堕天は出現例がまだまだ少ないのですが、このような性質を示したのはこの個体が初めてだと思います。あらゆる点で、下級ルシフェルや通常の個体とは区別して考えるべきでしょうね』
『そ、そうなんだ。コアが偶然あそこにあってよかった……』
私は力を抜いて座席にもたれかかった。

 

 To be continue....

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