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第四章『”居眠り優等生”ヒナタ 下』

――負けると思えば負ける、勝つと思えば勝つ。逆になろうと、人には勝つと言い聞かすべし。(従一位・関白・豊臣秀吉とよとみひでよし)――

 

 燃える館。黒い影。
 私はその光景を覚えている。
 誕生日の日、私は父から刀をプレゼントされて、そんなのありえない、と私は拒絶して、家を飛び出して……。
 反省して家に帰ってきた私を待っていたのが、この光景だったんだ。そして、私は迷わず燃える館の中に飛び込んで……。

 

「アンジェ? アンジェ? 目を覚ましてください」
 心配そうにアオイさんがこちらを見つめている。あ、そうだった、私は今日も鍛錬に望んでいて……。
「ごめんなさい、少し強く頭を打ちすぎましたね」
 そうだそうだ。アオイさんと稽古している間に、アオイさんの木刀が頭に直撃したのだった。またジンジンする。
「少し早いですが今日はこれまでとしましょう。守宮殿に診てもらった方がいい。呼んできます」
 そういって、アオイさんが去って行く。
「昨日の戦いは見事でした」と褒められて一週間、あれ以来、アオイさんは私を相手するレベルを一つ上げたらしく、あのテケリ・リスライムと戦った朝、彼女の太刀筋を捉えられたのが嘘のように、まだ彼女の動きについていけていない自分がいる。
「守宮殿を連れてきましたよ。ここから先は少し座学と行きましょうか」
 アオイさんと守宮殿がやってくる。

 

「さて、それでは今日は霊害と刀について簡単にお話ししましょう」
 アオイさんが守宮殿に教えてもらって倉庫からホワイトボードを取り出してくる。倉庫の中は埃っぽいからか、咳込みながら持ってきた。
「まず、霊害。これは人類に仇成す怪異の総称です。魔術や幽霊、妖精といったものによって発生する人的被害ということもできますね。魑魅魍魎と討魔組の皆さんが呼ぶものは、これら霊害とほぼ同一とも言えますし、違うとも言えます。わかりますか、アンジェ?」
「えーっと、仇成さない魑魅魍魎は霊害じゃないってことですか?」
 アオイさんの話をもとに自分なりに考えてみる。例えば妖精は人間に加護を与えたりもするはずで、魑魅魍魎という言葉にはそぐわない気がする。
「そうです。主に魑魅魍魎と呼ばれるものは瘴気、幽霊、悪魔、ロア、妖怪、黄泉還りといった存在です。この中で、例えば妖怪の中には霊害とは言えない者も存在します。ちなみに黄泉還りは世界的にはブードゥーの禁忌、動く死体ムービングコープスの二種類に分かれたりするのですが、まぁ日本ではほとんど後者なのであんまり区別されないようですね。あとは日本にはいませんが妖精……」
「あの、霊害については分かりましたけど、霊害と刀、というのはどういうことなんでしょう?」
 アオイさんの悪い癖として、話始めると脱線し始めるところがあるように思える。私はあわてて、軌道修正を試みる。
「おっと、そうでしたね」
 アオイさんはコホンと咳払いして説明を再開する。
「刀は世界中の対霊害用の武器の中でも極めて優秀な武器です。詳しい理由は分かっていないのですが、日本の独自の製鉄技術であった玉鋼にその所以があると言われています。玉鋼は空気中の霊力をくみ上げ、霊害に対して有効な”神秘”になるのです」
「神秘?」
「はい。魔術も魑魅魍魎も神秘によって構成されています。神秘は確かに私たちのいるこの世界に影響を与えますが、厳密には私たちとは少しずれた場所にいるのです。この場所をレイヤーといって、魔術や魑魅魍魎などが存在している場所を神秘レイヤーと呼びます。」
 なるほど、複数に重なり合った階層があったとき、それぞれ違う階層にいる、みたいなみのか。
「つまり、玉鋼で出来た武器は霊力を吸って、神秘レイヤーに影響を与えられるようになる、ということですか?」
「そうです、もっとも、事はそう簡単ではなく、神秘というのは歴史の古いものが強い、という性質があるらしいのです、これを神秘プライオリティというようなのですが、玉鋼を使って、写しを作ると、その写しも写した元の刀と同じ神秘プライオリティを持つようなのです。それが、刀が優秀な武器である理由です。例えば、私の刀である『弥水』は、小烏丸という刀の写しなのですが、小烏丸は奈良時代末期の刀。なのでこの弥水もそれと同等の神秘プライオリティを持っている、というわけです。まぁ、そうはいってもオリジナルよりは若干劣るそうなんですけどね。」
「なるほど……」
 しかし、奈良時代末期とはすごい。この辺に出てくる黄泉還りはほとんどが戦国時代のものといわれているらしいから、神秘プライオリティ的にはとても有利ということになる。
「とはいえ、有名な刀もほとんどは鎌倉時代以降。私の弥水ほどの神秘プライオリティを持った刀は珍しいです。小烏丸の写し自体は他にもなくはないようですが」
 それはそうだろうな、と思う。私の刀、「如月一ツの太刀きさらぎひとつのたち」と呼ばれているこの太刀も何かの写しなのだろうか……?
「あともう一つは、伝承効果、これも玉鋼で写しを作るとそれが引き継がれるようです」
「伝承効果とは? 例えば、鬼を切ったというような曰くつきの刀は鬼に強くなる、みたいなことですか?」
 現代を舞台にしたファンタジー物などで時折見かける設定だ。
「そうです。有名なのはニッカリ青江という刀ですね。南北朝時代の刀でそこまで古くもないのですが、伝承効果で幽霊に対して強い力を発揮できるそうです。現在は丸亀市立資料館し展示されていますが、その前は銀座の刀剣店だったり、様々な場所を転々としていたようなので、その間にいくつかの家で写しがとられたようです。脇差を使う討魔師のほとんどがニッカリ青江の写しを使ってると言われていますね。青江に限らず、多くの討魔師が何らかの伝承効果のついた刀の写しを使っています。おそらく、アンジェのその刀もそうなのではないでしょうか。太刀ですから、ニッカリ青江ではないようですが」
 思ったよりすごい話だ。歴史の深い刀はなかなか手に入らないから、伝承効果で補っているということか、なら私の刀も何らかの伝承効果を持っている、ということになる、それは何だろう……。
「さて、今回の座学はここまでにしましょう。それでは、お先に失礼しますね」

 

 アオイさんからやや遅れて家を出る。
「アンジェー」
 そしてお約束のごときヒナタの不意打ちを先読みし、回避する。
「おっとぉ」
 テケリ・リスライムと戦った次の日なんか、思いっきり背中をつつーっとされて思わず悲鳴を上げてしまった。もうあんな失態を犯すことはできない。
「ありゃ。アンジェ、階段で転んだりした? コブできてる」
 頭の特定の部分をくるくると指で触れる。
「うーん、でももう平気そうだねー」
 そういえば不思議と、痛くなくなってきたような。さっきヒナタに話しかけられたときはまだ痛かったような……。
「あ、アキラだ。おーい、なんかアンジェが頭にコブ作ってるよー」
「あ、こら、待ちなさい」
 アキラが私たちに気づいて、おはよーと手を振ってくれる。
「ねぇねぇアキラ、あの隣のクラスだと思う女の子たちが段ボールを持っているのはどういう理由?」
 と、ヒナタ。言われてみれば、微妙に見たことある人達が段ボールを持っている。ところで、普通に男の子も持ってるのに、なぜ女の子にだけ限定したのだろうか。
「隣のクラス、お化け屋敷やるんだって。それでその仕切りに使うらしいよ。あぁいう準備、今日から持ち込み解禁なんだって」
「なるほどねぇ。よーっし、アンジェー当日は一緒にお化け屋敷いこー」
 いきなりヒナタの会話のボールが私めがけて飛んできた。
「唐突ですね、ほかに予定がなければ、構いませんけど。もちろん、アキラも一緒ですよね」
「うん、もちろん」
 断るのも変なので、アキラを巻き込むことにする。アキラは笑顔でオッケーしてくれた。

 

 

「それにしてもアンジェちゃん眠そうだね?」
 もうすぐ校門というところで、アキラが心配そうにこちらに声をかけてくる。流石にあくびをしすぎたか。
「あー、ちょっと夜更かししてて……」
「ほほー、夜通しゲームでもしてた?」
 ヒナタじゃあるまいし。ちなみに実際には剣術の本を読んでいた。アオイさんはとても強いのだが、実戦派なせいで見て覚えるしかなく(アオイさんもそうやって学んだらしいけれど)、その割に活人剣の使い手のため、こちらから攻める方法はあまり参考にならないので、その辺をなんとか書物で、と父の持っていた書物や、月夜家の蔵書などを少しずつ読ませてもらっている。が、まぁそんなことは言えないので。
「まぁちょっと、読んでいた小説が面白くてつい……」
 と、嘘でない範囲でごまかしておく。
「ほどほどにね、また授業中に寝たら大変だよ」
「そうですね、気を付けます」
 アキラが優しく心配してくれる。確かに、あんまり授業で寝るのは良くない、成績が下がるのは避けねばならない
「ヒナタちゃんも、あんまり授業中寝すぎるのはイメージ悪いよ?」
「そうですよ。いったいどうやってテスト一位を保ってるのか知りませんけど、先生からほとんど諦められてますよ、ヒナタ」
 と同調してみる、が。ヒナタはなんかボーっとしている。というか、いつの間にかずいぶん後ろに。
「ヒナタちゃん?」
「ん? あぁ、どうしたの?」
 アキラが校門入ったところで棒立ちしているヒナタに声をかける。ヒナタハけろっと普通の顔で応じる。
「いや、ヒナタちゃんがなにかぼーっとしてたから」
「あー、ごめん、今日も寝る時間が始まったなーって」
「ヒナタちゃん……」
 もうヒナタの中では授業中というのは寝る時間なのか……。
 そういえば少し前にも校門前でヒナタが立ち止まったときがあったような?あの時もそんなこと考えていたのだろうか。
「文化祭に使う荷物はそれぞれ指定の空き教室においておけー」
 昇降口で先生がそんな声をかけて回っている。なるほど、段ボール等の荷物が教室にあると授業の妨げになるということだろう。見れば、段ボール以外にもいろんなものを持ってきているようだ。水晶とか骸骨の置物とかもある。そういう措置がなければ置き場に困るのも納得だ。
「私たちはそういうのないし、早く教室にいこー、私早く寝たーい」
「ヒナタちゃん……」
 相変わらずのヒナタを先頭に私たちは教室に向かった。

 

 そして昼休み、アオイさんとすれ違ったところでこっそりと「準備室に来い」と言われ、準備室に向かっていた。
「来ましたね、アンジェ」
 アオイさんは私が部屋に入るなり、早速話し出した。
「一週間ほどまでに排除した儀式場が、また張りなおされています。それも、一晩のうちに、前回よりも強くです」
 思わぬ情報に一瞬思考が止まり、そういえば、前にヒナタが校門前で立ち止まったのもあの日だったなぁ。などと関係ないことを頭が考える。
「前回は儀式場が完成する途中だったのでしょう、今は完成しています。学校全体が何らかの力の網に覆われていて、前回のように発信源を特定することすら困難です」
「そんな、それじゃあどうしたら?」
「幸いなことに、悪魔は黄昏時までは動き出しません。今のうちに対処するのが良いでしょう。問題は、対処するべき対象がどこにいるのか、です」
 バサッとアオイさんが学校の地図を広げる。
「いったいどうやって、昨日は悪魔の襲撃もなかったのに……。昨日の夜から今日の朝にかけての間に、誰にも気づかれずに儀式場を展開する方法なんて……」
 アオイさんが地図をにらみながらつぶやく。
「儀式場ってどうやって作るんですか?」
「そりゃ普通は魔力を編んで……いや、この悪魔は不思議なことにチョークなどで魔法陣を描いていましたね、なら、何らかの物質的な何かを使っているかもしれません、チョークとか、何かオカルトな道具とか」
「なるほど、道具なら一瞬で用意できるのも納得」
「しかし、そんな怪しい道具、学校に持ち込むことなど不可能です」
 それもそうか……。そのまま二人でうなること少し、ふと、朝の会話を思い出した。
 ――あぁいう準備、今日から持ち込み解禁なんだって
 ――文化祭に使う荷物はそれぞれ指定の空き教室においておけー
 あ。
「文化祭の準備!」
「え?」
「文化祭の準備に使う荷物ですよ、その中に紛れ込ませれば、学校内に本来あるはずのない荷物を置くことができる!」
「!」
 私たちは即座に立ちあがり、竹刀用のケースに刀を入れて、移動する。

 

 そして、いきなり最初の部屋で私たちは出会った。
「テケリ・リ、テケリ・リ」
 まさに一週間前に見た。あのスライムだった。
「そんな……悪魔は日が出てるうちには大きく動かないはずなのに」
 私は刀を抜く。その反応を見て即時、スライムは針のような触手を飛ばす。
「今回は、私がお手本を見せましょう」
 アオイさんが刀を抜く。あえて構えない無形の位というらしい自然体の状態から、相手の迫る三本の触手を確実に切断、前に大きく踏み込む。
「テケリ・リ、テケリ・リ」
 自分に近づいた対象、それはつまり的が大きくなったということである。スライムはそんなアオイさんに一気にたくさんの触手を放つ。
 アオイさんはそれを見て、姿勢を低くしながら、半身でそれを回避し、一気にスライムの表面を切断する。この技を私は受けたことがある。半身で回避し、小手を狙う、という活人剣の技であるらしい。
 切断された表面の傷から黄色い球体が見える。召喚体の核であるらしい、この前の戦いの後、アオイさんに教わった。召喚された大型の霊害は核を破壊することで構造を破壊できるのだ、と。
 しかし相手は流動性の生物。即座にその傷はふさがる。しかし、既に核の場所が分かった以上、アオイさんにとってはそんなことは何の問題でもなかった。返す刀で触手を切って払いつつ、核のあった位置を一気に突いた。
 次の瞬間、流動性の体が凝結し、そして一気に砕けた。
「ふぅ、まぁこんな感じですね」
 と、アオイさんが納刀しながらつぶやく。
「おぉ……」
 しかし、
「だめですね、いまだに儀式場は健在。どこかに儀式場のメインの場所がある。そこを探して叩かなくては」
「それに、まだ完全にお昼なのに、行動を始めたのも気になります」
「えぇ、つまり、こういうことなのでしょう。この件は悪魔によるものではない」
 アオイさんが、少し悔し気に視線を落とす。
「最初に悪魔によるものだと判断した私が早計でした。これは何者かがこの地の龍脈を利用しようとしている。少し待っていてください」
 と、アオイさんが携帯電話を取り出して、どこかに連絡を取り始める。この学校、携帯は持ち込み禁止だったような。これも生徒会パワーという奴だろうか。

 

 それからしばらくして、アオイさんが電話を終えて、こちらに向き直る。
「わかりました。この事件の犯人は、古術使いメイガス邪本使いマギウスのどちらか、要するに、魔術師です」
「えーっと、魔術師というのが、フィクションで見るようなものしか分からないんですけど」
「まぁ、概ねイメージ通りです。邪本使いは魔導書を使って魔術を使う奴ら、古術使いが呪文や刻印で魔術を使う奴らです。刀で刻印を刻んで力を起こすという血の力を持った月夜家等も、古術使いの一種ということになりますね」
「なるほど。それで、どうするんですか?」
 どうやら、魔術師がどのような存在かはあまり重要ではなさそうだ。
「あのスライムはショゴスという名前だそうです。あれは儀式のための支柱を護衛する役割で召喚されたものと思われるそう。それで、えーっと」
 アオイさんが、メモ帳を取り出し、白紙の一ページを破って、携帯の写真を開いて、写真の内容を真似するように破った一枚に何らかの文字を書いていく。
 正直全然解読できない。これこそ何らかの刻印なのでは。
「これは、符術です。お察しの通り、古術使いの使う技術の一つですね。月夜家の血の力がそうであるように、あまり魔術師の使う何かという感じではないですが」
 完成したらしいその符を教室の中央に置き、グイっとさらに押す。すると、符がふわりと浮かび上がり、鶴の見た目に自分から折りたたまれた。
「よし、これでこの儀式場の中心に案内してくれるはずです」
 鶴が頷く。そして、教室を出て、こちらをいざなうように飛ぶ。
「あ、教室を出る前にこれを」
 アオイさんが、何か札を私に渡してくる。メモ帳の切れ端ではなく、綺麗な長方形の札だ。
「これは?」
「認識阻害の術を備えた札です。これを使っていれば私たちが帯刀したまま歩いていても誰もそれに違和感を覚えません。一刻を争いますから、これを使って、帯刀したまま直行します」
 なるほど、それは便利だ。さっそくポケットに札を入れて鶴を追いかけるために教室を飛び出す。
「アオイさんって剣術と逮捕術以外に符術も使えたんですね」
 鶴を追いかけながらアオイさんに声をかける。
「いえ、これはお母さまの技術を今教えてもらっただけです。お母さまは刀を使わなかった代わりに符術を得意としていて」
 なるほど。討魔師だから刀を使わなければならない、というわけではない。刀を使いたくないならほかのアプローチもある、ということか。
「それにしてももう授業が始まってしまいましたね。後で体調不良で休んでいたことにしてもらいましょう」
「生徒会ってそんなことまでできるんですか?」
「いえ、それもお母さまに頼んで符術でなんとか」
 なるほど、魔術というのも結構便利なものらしい。とはいっても、今更剣術を捨てて勉強する気はさすがにないけれど。

 

 そして、たどり着く。
「ここですね」
「えぇ。文化祭の準備を逆手に取るとは考えましたが、ここまでですね」
 私が扉を開け、アオイさんが先に入る、そして私も続く。
「おや、やはり思ったより早い。ずいぶん優秀ですね、この学校に潜む宮内庁の……と、なるほど、そういうことですか」
 見たことない大きな本を持つ青年がこちらへ振り替える。
「誰かと思えば中島家のご息女だ。いやいや、相変わらず優秀ですね、あの家系の方々は」
「中島家を知ってる?」
「えぇ、よくご存知ですよ、確か……アオイさん。符術を使うあなたの母君、ミコトさんのことも、ナンパ好きの父君のこともね」
 青年がアオイさんをみてにやりと笑う。
「そして、それがあなたから見てご祖父上に当たるチハヤさんから賜った弥水、というわけですか」
「そうです。そこまで知っているなら、弥水の元も当然ご存知でしょう、並みの手札では私の刀には敵いません。おとなしく投降しなさい」
「えぇ、よく知っていますよ。奈良時代末期の、子烏丸の写し、大した歴史の刀だ。玉鋼のおかげでオリジナル同等のプライオリティを持っている。ですが、あいにく私の”力”は、それよりもっと古い」
 青年が左手の本を開く。右手を前に突き出す。
「Ygnaiih...」
「させない!」
 怪しい術を使う前に、片を付けるしかない、私の太刀なら、一気に踏み込んで振るえば!
「おっと、せっかちですねぇ、Ph'nglui mglw'nafh Cthugha」
 右手の先から炎が飛び出す。しまった。
「アンジェ!」
 しかし次の瞬間、背中から光があふれて、その炎を打ち消す。
「Ph'nglui mglw'nafh Ithaqua」
 しかし、次の瞬間、暴風が吹いて、私をアオイさんの元まで一気に吹き飛ばす。
「はぁ、まったく。もうよろしいですかね。Ygnaiih... ygnaiih... thflthkh’ngha」
 右手の先から何かの雫があふれ、それが地面に落下する。私は――そしてきっとアオイさんも――直感的にそれが良くない”種子”だと直感するが、もはやどうすることもできない。さっき私を吹き飛ばした暴風はいまだに壁のように青年の周りをまとっている。
 雫が地面に落ち、致命的な何かが……起こらなかった。
「なんと!?」
 地面に何かの文字が刻まれているように光を放ち、その光が雫を破壊したのだ。
「これは……北欧刻印ルーン!? 馬鹿な、床全体にルーンを刻んだというのか!? 私がここに儀式場の主柱を置くとわかって!?」
「そりゃあ、先週の時点で、クトゥルフ体系の術式を使うっていうのは分かってたしね。そして、正しき星辰が揃う日までに何とか間に合わせようと思ったら、この方法しかない。そうなったら主柱はここだってすぐにわかるよ」
 私達の後ろから教室に入ってくる女性が一人。
「やっぱり君かぁ、安曇あずみ
 学校の制服ですらなく、よくファンタジーで見るようなローブをまとった仮面の赤い髪の女性。髪の長さは……髪が白ければまさにヒナタくらいの長さ、髪型か。
「お前はまさか、英国の魔女か!」
「うーん、正直本国は苦手だからあんまりその名前好きじゃないんだけどなぁ。あ、討魔師の二人はちょっとそこで待っててよね」
 指を軽く振ると、私たちの周囲に炎の壁が出現する。
「さて、安曇。私は君を許せない。ここで焼かれるか、おとなしく逃げるかを選ぶといい、もちろん、逃げるなら、追いかけるけど」
 仮面の女性は人差し指を安曇と呼ばれた青年に向ける。さっきのような一振りで、すぐにでも燃やす、ということなのだろう。
「まさか。高速記述者がこんなところに……。くそっ」
「この龍脈の地は私が治める。支配者は二人はいらない」
 先ほどよりはやや複雑に指を振る。
「くっ、Ph'nglui mglw'nafh Hastur」
 炎が青年の足元から一気に噴き出す直前、青年は暴風をまとって空を飛び、窓ガラスを突き破って、逃走を図った。
「あ、まずい」
 指を軽く振ると、赤かった髪が白く変化し、今度は黄色く染まる。
「事後処理は頼んだよ、生徒会長殿」
 といいつつ、こちらをみてウインクを一つ、私と目が合った気がするのは気のせいだろうか。
 そして、英国の魔女と呼ばれた仮面の女性は同じように窓から飛び出した。おそらく、あの青年を追ったのだろう。
 私がぽかーんとしている中、炎の壁が消えると同時、アオイさんは口を開いた。
「ガラスが割れたので騒ぎになります。急いで、逃げますよ」
 アオイさんが私の手をつかんで走り出す。
「英国の魔女……その情報から、必ず尻尾をつかんで見せます。この学校は、あなたの支配下でも、ありませんから」
 走りながら、アオイさんがそんなことを言ったのを確かに私は聞いた。

 

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