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第七章
『”若き悪路王”タッコク・キング・ジュニア』

 ――恋愛は、チャンスではないと思う。私はそれを意志だと思う。(小説家・太宰治)――

 

 赤い世界。未だ消火作業が続く屋敷。認識阻害の護符を身に纏い人型の黒い怪物と戦う人々。
「お父様ぁ! お父様ぁ!」
 担架に載せられたお父様が救急車に運び込まれていく。”守宮”殿が付き添いとして救急車に乗り込む。扉が閉まり、サイレンを鳴らし走り出す。なんだか、妙なサイレン音だ。ジリリリリリ? まるで目覚まし時計。
 そして、まさにその目覚まし時計の音が私を現実に引き戻した。
「…………夢」
 あのあと、次に再会したお父様は墓石の中だった。
 しかし、そうか。”守宮”殿もあそこにいたのか。お父様と”守宮”殿は懇意だと当主様が言っていた。月夜家に私が引き取られたのもそれが理由だと。だから、あそこに”守宮”殿がいることには特に不思議はない。それよりむしろあの黒い怪物だ。見覚えがない。アオイさんに相談した方が良いか。

 

「本庄正宗、英国の魔女は確かにそう言ったんですか?」
 朝、鍛錬の後、早速夢の話をしようとしたが、先に休み中のことを振られてしまい、先にそちらの気になっていたことを聞くことにする。
「えぇ。知っているんですか?」
「はい。それは、赤羽刀あかばねとうで、今は行方不明になっている刀の一つです」
「あかばねとう?」
 聞いたことのない言葉だ。口ぶりからすると刀の一種?
「第二次世界大戦の後、日本は連合国軍最高司令官総司令部GHQの占領下に入りました。その時、GHQは日本独自の対霊害用兵装であった玉鋼ブレード、つまり日本刀を接収する指令を出したのです。その時、接収された刀を、保管されていた地名から、赤羽刀と呼びます。少しずつ日本に返還されたりもしていますが、未だに行方不明だったり、破棄されてしまったものもあります。本庄正宗もそんな行方知れずの刀の一本です。本物だとすれば、本歌ほんかの刀ということになりますね。あなたの感じた不思議な感覚の由来もそれでしょう」
 そんなことがあったのか。神秘の世界の歴史は私たちが普通に学ぶ歴史の裏に色々と潜んでいるらしい。
「本歌、というのは写しではないオリジナル、ということですか? それとあの不思議な感覚に関係が?」
「ええ。本歌の刀は、神秘プライオリティの他に、これまで使われた事により蓄積がある。例えば、人を切る。そうすればその人の魂の一部がその刀に残留する。使い続ければ使用者の魂もその刀に残留していく。本歌の多くは実際の戦場で使われた刀ですから、そう言ったものによって神秘の強度が上がっているのです。もちろん、まったく戦いに使われなかった本歌であれば、写しの方が強い、ということもあり得ますけどね」
 神秘プライオリティ以外に神秘の強度と言うものもあるのか。
「刀の通りがいつもより悪い気がしたのは神秘プライオリティがいつもより低いから、切断力自体はいつもより高い気がしたのは神秘の強度が高いから?」
「おそらく、そういうことでしょう。本庄正宗は戦国時代の刀ですから、あなたのいつもの刀の本歌はそれよりは古い刀のようですね」
 とアオイさんがスマートフォンを触りながら言う。いつの刀か調べたのだろう。なるほど、神秘プライオリティは貫通力、神秘強度は攻撃力、みたいな感じだろうか。
「それから、剛腕蜘蛛悪魔を呼び出した男については、上級悪魔と見て間違いないでしょう。おそらくフードでツノか何かを隠していたのだと思います」
 そのためのフードか、納得だ。
「それにしても英国の魔女にまたも助けられるとは…………」
 悔しそうにアオイさんが呟く。
「どうしてそんなに彼女を嫌うんです? 今のところ私たちを助けてくれています」
「ではあなたは、警察組織を助ける非合法の武装集団がいれば応援するのですか? そんなものの存在が許されるのはフィクションの世界だけです。日頃の行いが良いことが銃刀を持ち歩いて良い理由にはなりません。それと同じことです。どれだけ日頃の行いが良かろうと、彼女は宮内庁に未届けの魔術師です。その不法が許される理由にはなりません」
 もっともな意見だ。私だって討魔師になるためにいくつかの調査や検査、試験を受けてようやく認可を得た。それは刀という人を容易に傷つけうる武器を持ち歩く許可でもある。私は持っていないが猟銃や自動車なんかも同じだ。法で禁じられていることを限定的に許可をもらって使用できる。そうでなければ危険だからだ。なるほど、彼女の魔術もそれと同じだろう。
「ところで、魔術師というのはみんなそんな届け出ているものなのですか?」
「まさか。そんなことをする魔術師など普通いません。魔術師とは己の利益や興味を追求するもの。法的な規制など普通は拒否します。ですが、そう言った規制を嫌うからこそ、普通は届け出は出さなくても、法を無理に犯すことはしません。だから我々も見逃します。ですが英国の魔女は我々の前に堂々と姿をさらし魔術を使います。であれば、それを取り締まらないわけには行きません」
 なるほど。魔術師は届け出をあえて出すことはないが、しかし、力を持っていることを隠し、そしてまた、使わないことで、見逃してもらっている。ところが、英国の魔女は魔術を堂々と使っている。ならばそれを見逃すことは出来ない、ということか。
 乱暴な例えだが、銃を持っている人が街中にいることは分かっているが、その人がそれを決して外には見せず使わないのであれば、それを無理に探りはしない。しかし、発砲したり、チラリとでも見えるようにするようであれば、それは当然取り締まる。と言った感じだろうか。
「だとすると、英国の魔女はなぜ姿を晒すのでしょうか」
「分かりません。私達に姿を晒すことに何らかのメリットがあるのでしょう」
 それがなんなのかはしっかり考えた方が良さそうだ。次に夢の話を
「少し話し込みすぎました。まだ話があるようですが、それは昼休みにでも」
 アオイさんが時計を見て、ハッとして、立ち上がる。
「まだいつもの時間よりはやいですけど」
「生徒会の用事で。今週末には文化祭ですから」
 そう言えばそうだった。私もクラスの準備を手伝わないと。
 
「ねぇー、やっぱりメイド喫茶にしないー?」
 ヒナタが無茶を言う。今私たちが作ってるのは看板だ。つまり文化祭に使う催しのための看板である。単に「喫茶店」とかかれている。
「ヒナタちゃん、今日はやたらメイド喫茶を主張するね?」
「昨日メイド喫茶に行ったので、その影響ではないでしょうか」
「なるほどねぇ、ヒナタちゃんのメイド姿見てみたいねー。美人だし似合うよ」
 確かにヒナタなら似合いそうだ。
「いやいや、アンジェの方がきっと似合うよー。私は裏方でいいからさー。ね、私達だけでもメイドの格好しようよ、ね」
「あえて答える必要もないと思いますが、答えはノーです」
「えー、そんなー、ひど……」
 屋上からなんらかのエネルギーを感じる。そっと、アキラに視線を向けると、アキラは一瞬首を傾げてから頷く。察しが良い。
「ねぇ、アンジェちゃん、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、何でしょう」
「えー、なに、なんの話ー?」
「ヒナタちゃんは黙ってて。アンジェちゃんがちょっとヒナタちゃんの相手に疲れてるみたいだから、別のお仕事を頼むね」
「えー、そんなー」
 アキラと廊下に出る。
「刀を抜く必要があるんだよね? 上手くいっておくから、言ってきて」
「ありがとうございます、アキラ」
 頼りになる親友だ。
「気をつけてね」
 アキラが教室に戻る。私は生徒会準備室へ急ぐ。

 

 刀を取って屋上に向かおうとすると、階段でアオイさんが既に戦っていた。
「待たせました!」
「授業中でしょうし、仕方ないでしょう。それより数が多い、気をつけて」
「剛腕蜘蛛悪魔ですか」
 しかし、もはや彼らの動きは見切っている。アオイさんのおかげだ。相手の攻撃してくるその剛腕をしっかり視認して、そして対応することが出来る。
「くうっ!」
 しかし、本当に、多い。複数体が同時に飛びかかってくると、まだ対応するのが難しい。前方から突撃してきた剛腕蜘蛛を切り払った直後、左右から飛び出してきた剛腕蜘蛛に腕を掴まれる。
「捨て石!?」
「アンジェ! くっ、邪魔を」
 剛腕蜘蛛たちがアオイさんと私の間に立ちふさがる。活人剣に特化しているアオイさんは自分から攻めるのは得意では無い。間に立ち塞がる剛腕蜘蛛は私たちを妨げる物理的な壁になっていた。
 剛腕蜘蛛の剛腕が私に迫る。ここまで……。
「あれ?」
 死を覚悟して目を瞑ったけれど、なかなかその時が訪れず、目を開く。
 剛腕蜘蛛が三本の爪で引き裂かれていた。
「夢の……」
 それは、まさに、今朝見た、真っ黒い人型の怪物だった。
「新手の下級悪魔!? 剛腕蜘蛛悪魔を使う上級悪魔の遊戯ゲーム相手の手勢か!?」
 アオイさんが横で叫ぶ。そういえば上級悪魔達はこの世界で陣取りゲームをしていて、そのために下級悪魔を使役してるんだったか。となれば当然、この剛腕蜘蛛悪魔達の主人に敵がいることは想像に難く無い。しかし……、なんで、夢に見たこいつが。
 屋上に続く階段から更に同じ姿の悪魔達が現れ、私を拘束しているものを含めたたくさんの剛腕蜘蛛を倒していく。
「この、悪魔、強い?」
「これだけの数を揃えるためにこれまで力を蓄えていた、ということでしょうか。人型の真っ黒な怪物……」
「おっと待った、ナンセンスなネーミングはやめてもらおうか」
 アオイさんが何か思案し始めると同時、階段の上からそんな声が聞こえる。
「なっ、この、圧、上級悪魔!?」
「いかにも。私は君たちが言うところの上級悪魔。タッコク・キング・ジュニアと言う名前があるが、長いだろう? 是非、「悪路王あくじおう」と呼んでくれたまえ」
 若いイケメン風の男だ。ホストとかにいる……にしては若いか。私達とそんなに歳が離れているようには見えない。それにしても、悪事王、とは、なんて悪そうな名前。
「君、勘違いしているね。悪路のじは、みちの方だ。ことじゃないよ」
「思考を読んだ!?」
「そんな大層なものじゃないさ。君は分かりやすい、というだけだよ、如月の娘」
 私のことを知っている?
「と、いかんいかん。話が逸れてしまった。彼らは……そうだな、ナイトゴーントとでも呼んでやってくれ。あ、ちょっと前までここでうろついてた邪本使いマギウスの使役するものとは違うよ。単に呼び名が同じだけだ、勘違いしないでくれたまえ。そもそも僕の仲間である彼らの方が何倍も強いしね」
 そうなんだ。
「マギウス、安曇のことですか。というかそんな訂正をするならそんな名前をつけなければ良いものを」
「そうはいかないよ、弥水の担い手。僕の方が強いんだ。なぜ僕が譲ってやる必要がある」
「どうでもいい」
「? アンジェ?」
 つい言葉が口をついて出た。
「こいつらを夢で見た。あなたが主人なのね?」
「夢で僕らを見てくれるとは、光栄だね、如月の娘、僕は……」
「なら、あなたこそが、父上の仇!」
 地面を蹴り、階段を駆け上り、悪路王に斬りかかる。
「おっと」
 こちらに指を向ける。次の瞬間、私の体が痺れたように動かなくなり、バランスを崩し階段から落ちそうになる。悪路王がそれを支える。
「おっと、危ない。気をつけて」
 こいつ、何のつもりで……。
「弥水の担い手よ。我らは人と争うつもりはない。故にこれまで姿を晒さなかった」
「なら、なぜ今姿を現したのです。ずっと晒さないということも出来たはずです」
「それは確かだ。だけど、僕が姿を晒さないことで、君たちが必要以上に傷付くのは見たくなかったからね」
 白々しい、父上の仇の癖に。
「ではまた会おう。如月の娘。その時には落ち着いて話ができるといいな」
 ふっ、と、姿が消える。気がつくと、そこはは私とアオイさんだけになっていた。

 

「なるほど、そんな夢を見ていましたか。これまでは単なる黒い影としか見えていなかったものが、あの怪物の姿をしていた、と」
「はい」
 そのあと私たちは準備室に戻り、アオイさんから事情を聞かれた。
「恐らく、これまでは認識阻害の影響下にあったのでしょう」
「認識阻害というと、あの学校の中で刀を振り回しても誰も違和感を覚えないアレですか?」
「はい。恐らく当時のあなたは黒い影どころか、認識阻害の護符を装備した討魔師も見えていなかったはず。しかし今は討魔師を知っているから、認識阻害の範囲から消え、討魔師が見えるようになり、敵の姿は黒い影として見えるようになった。問題はなぜ今それが解除されたか、です。今晩からそうなるならわかる。しかし、なぜ今朝?」
 確かにそうだ。あいつらを目撃し、今晩になって姿が明らかになるなら理屈は通る。しかさ、実際には順番が逆。
「今は考えても仕方ありません。とにかく彼らは大怪異と何か関係がある、ということですね」
「大怪異?」
「失礼、守宮殿から聞いているかと。あなたの父上がなくなった時に起きていた事件ですよ。悪魔や瘴気、幽霊、多くの霊害があの日、突如大量に発生したのです。今持って原因は不明。あなたの話を聞く限りでは、少なくともあの上級悪魔はその中に加わっていた。人間と争う気がない、という言葉は早速怪しくなってきますね」
 大怪異。確かにあの赤い空は尋常ではないと思っていたけれど、あの日は私以外にとっても、大きな出来事のある日だったのか。
 どちらにせよ、あの時屋敷にいて討魔師と戦っていた以上、あの悪魔が父上を殺したことに疑いはない。あの悪魔だけは絶対に私が斬る。
「しかし、この学校を自分の領域と言っていたのに、私達がやられそうになってもきませんでしたね、あの魔女。イマイチ行動が読めません。何か動かない理由があったのか、何か動けない理由があったのか」
 アオイさんが英国の魔女の話を始めるが、私の思考は、あの悪路王に囚われていた。

 

 

 

続く

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