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第八章
『”食らうもの”イブリース』

――人生は祭りだ。一緒に楽しもう(映画監督・”映像の魔術師"フェデリコ・フェリーニ)――

 

 また、夢に見る。
「アンジェ、今日はお前の誕生日だろう」
 いつもどこかにいって家に帰ってこないお父様がその日には家にいた。私の6つの誕生日。しかもお父様の方からその話を振ってきた。私はとても嬉しかったのを覚えている。
「お前に誕生日プレゼントだ。如月の家に代々伝わる……」
 そうして差し出されたのは、刀だった。今お父様の使っている、如月一ツの太刀だ。しかし、まだ6歳になったばかりの私にとって、それは嬉しいプレゼントではなかった。むしろ、こんなものいらない、とまで私は言い放ったのだ。お父上は家宝をこんなものといったことを咎め、そして、私は家を飛び出した。それが私とお父上の最後の会話になった。
 しかし今となっては疑問が尽きない。なぜお父上はあのタイミングで私に家宝を預けようとしたのだろう。お父上はまだまだ現役。私も鍛錬の必要はあるとはいえ、それに家宝を渡す必要もないだろう。
 あぁ、お父上、一体あなたはあの時、何を思って私に家宝を託そうとしたのですか。
 尋ねるために、飛び出した道を引き返す。しかし、そのときには、次に私が見た如月邸の様子、即ち激しく炎上する如月邸の光景が広がるのみであった。

 

 最近、あの頃の夢ばかり見る。あの悪路王という上級悪魔と邂逅してからだ。前回は逃したけれど、次こそは逃さない。
「アンジェ、今日は早いのですね」
 アオイさんが道場に入って来る。
「えぇ。少しでも長く鍛錬したいので」
「あまり無理をしてはいけませんよ。あなたは私と違って、日常の世界に多くの友を持っているのです。彼らを心配させてはなりませんよ」
 なるほど、確かにその通りだ。日常の世界で異常に疲れていたりしたら、疑われてしまう。
「分かりました、気をつけます」
「分かっていただけたなら何よりです。明日の文化祭のための準備があるので、今日は先に行きます。本当に、友達は大切にしてくださいね」
 アオイさんが先に行くのならその分より力を入れて鍛錬しないと。
「…………聞いていませんね。はぁ、放課後にでも話せばいいでしょう」

 

「アンジェ、友達が迎えに来ているぞ」
「友達? 誰です?」
 守宮殿が道場まで呼びに来たので首を傾げる。迎えに来る友達、とは。
「名前は知らないが、白い髪の……」
「ヒナタか」
 よく家の近くで会うとは思っていたが、ついに家にまで来たか。いや、むしろ、家に向かってる途中に登校中の私と合流していたのか? ともかく、そういう事なら急がないと。全く時計を見ていなかった、迂闊だ。
 そうして、道場から中庭に出た直後突如、上から何かが降って来る。
「剛腕蜘蛛悪魔!?」
 飛び下がって避ける。いつもの剛腕蜘蛛と少し違う。胴体の裏にヒルのような口が付いてきた。更に三匹が屋根から降りて来る。なんで道場の屋根からこんな奴が。いや、そんなことより。
「刀がない……」
 刀は学校に置きっ放しだ。まさか向こうもこの事情を知った上で!? 下級悪魔からは知性のかけらも感じられないが、この前の悪路王のように上級悪魔は人間とほとんど変わらない。なんとか回避するが、四匹の連携の前に追い詰められる。いよいよ私にその剛腕が迫る、という時、悪路王と英国の魔女が姿を現わし、その蜘蛛を屠る。そして、お互いに顔を見合わせる。
「何、あなた」
「君こそ、なんだい」
 英国の魔女と悪路王が睨み合う。
「それより……」
「高みで見物してる君は退場してもらおうか」
 英国の魔女と悪路王が同時になんらかのエネルギー弾を発射し、屋根が吹き飛ぶ。
「これは驚いた。姿は完全に消していたはずなんですがね……」
 前にも見たフードの男が地面に降り立ち、二人に向き直る。
「人間の姿を模したのが失敗。私のルーン索敵は光学情報の欺瞞程度では防げない」
「魔力を発したのが失敗だね。私のナイトゴーントは魔力がある限りそれを捉えられる」
 二人が同時に自身の看破能力を誇る。二人とも違うものを誇るということはかなり見破る隙はある、という事か。
「いやいや、こんなところで姿を晒す気は無かったのだけどね。私はイブリース。やがてこの地を支配することになる上級悪魔だ」
「へぇ、私の前でよく言ったね」
「うん、私もそのセリフは看過できないよ」
 英国の魔女が杖で地面を叩くと、地面にYにさらに縦に一本線が引かれたような文字が出現し、そして3人が消える。
「……え」
 なんだこれ、置いてけぼりにもほどがある。刀がないと、私はこうも無力なのか。そしてなにより、またあいつに助けられるなんて…………。思わず近くの壁を蹴る。それで何か起きるわけではない。ただ少し足の先が痛むだけだ。私は部屋に戻って荷造りをして屋敷を出る。流石に待たせすぎたのか、ヒナタはいなくなっていた。

 

 私は油断していた。よく分からないがあの二人があのイブリースとやらを引き受けた以上、ひとまずは安心だと思っていたのだ。
 しかし、校門に着くなり認識阻害の札の貼られた私の刀を見て、認識を改めた。私が学校に入るなりこの刀が必要な事態が起きている。刀を手にとって、鞘を腰につける。効くか分からないが、念のため認識阻害の札を体に貼り付ける。
「まずは……屋上か、いや、生徒会準備室?」
 この学校における霊害事件のほとんどはあの剛腕蜘蛛……つまりあのイブリースなる男の手勢による。そしてあいつらはいつも屋上から湧いてくる。だから緊急事態が起きてるとしたら屋上かと考えた。しかし、イブリースは今、あの二人と戦闘中のはず。となると、それ以外の可能性が高い。となるともうどこが戦場なのか分からない。周囲を警戒しつつ、まずはいつもの生徒会準備室に向かうべきだろう。
 そう判断し、校舎に駆け込む。
 一階、階段までの間に教室の中を覗く。普通の授業が行われている。
 二階、生徒会準備室は三階だ。そのまま階段を登ってもいいが、生徒会準備室に近い階段は別にある。どうせなら二階を通って教室の様子を見る。やはり問題はない。
 3階、やはり問題はない。生徒会準備室に到着。
「どういう事?」
 入る。しかし、誰もいない。アオイさんのロッカーを開けると刀がない。つまり、アオイさんがどこかで戦っているのは間違いない。しかし、その場所が分からない。
「とりあえず……屋上」
 と部屋を出た直後、そこには剛腕蜘蛛がいた。相手が腕を上げると同時、居合の要領で一気に踏み込んで切る。居合については最近本で読んで練習を始めたばかりだが、なんとか相手を切断することに成功する。隙だらけだったから、もし他に敵がいたらそこで負けていただろう。まだまだ鍛錬が必要だ。そもそも居合を使う機会が今後あるか分からないけれど。
 と抜かれた刀の先端に何か文字が刻まれていることに気付いた。その直後、周囲の風景が一変する。壁紙は剥がれ、何枚かのガラスは割れている。何匹か剛腕蜘蛛が暴れている。
「なっ」
 先端にインクで刻まれたらしいその文字はルーンではなくアオイさんが母親から学んだという符のそれに近い。ということはアオイさんが何かをしたのだろう。察するに学校全体に対する強力な認識阻害のようなものか。私にも有効だったのを刀を抜けば解除された、と言ったところだろう。
「だとしたら、発生源は屋上!」
 剛腕蜘蛛はいつも屋上から現れる。立ち塞がる五匹の剛腕蜘蛛と向き合う。刀を下段に構える。アオイさんのように無形の位で戦える域には達していない。が、アオイさんが先生な都合上、私の得意なのは自ら攻めるより受ける事だった。
 剛腕蜘蛛が飛びかかってくるのを全て一刀の元に切り伏せる。
 慣れてくれば剛腕蜘蛛の行動は分かりやすい。近くであれば腕を振り上げて攻撃。遠くであれば飛びかかってくる。どちらであれ、軌道は直線。しっかりと見ていれば対応できる。ついでに例の口が飛びかかって来る時にだけ開くものだと分かった。だが、今朝見たものは飛びかかって来る時以外も口が付いていた。何か違うのか?
「急がないと」
 走る。角から現れた二匹の剛腕蜘蛛を両断する。
「アンジェ、来ましたか!」
 階段の下でアオイさんが剛腕蜘蛛を斬りはらいながら声をかけてくる。すごい、私に意識を払いながら、同時に襲ってくる複数の剛腕蜘蛛を確実に処理していってる。
 ただ、アオイさんは基本的に受け身の戦い方、どうやら奥に進みたいらしい剛腕蜘蛛を全て倒しきるのは難しいらしく、先ほどのように何体かが漏れているようだ。あるいは割れているガラスなどを考慮するともう少し沢山いて、今ここまで押し返したところで先ほどまでのてきは取りこぼしという事もありそうだけど、どちらにせよ、アオイさん一人では手が足りないのは間違いなさそうだ。
「今行きます!」
 アオイさんが取りこぼした敵を蹴りで足止めしつつ、切る。この前読んだタイ捨流というらしい剣術で見た動きだ。刀だけではなく体術を取り入れた技を学びたくて読んだのだが、あまり向いている気はしない。
「これは驚きました。動きに無駄が多いようですが、悪くない技です。もし私との鍛錬の中で出されたら、初見では見抜けなかったかもしれません」
 アオイさんが驚きながら笑う。やった。とはいえ、初見では、ということは、二度目はない程度には無駄が多い、ということか。そりゃそうだ、読んだ知識をその場でいきなり使ってまともなものになるはずがない。しかし、向いてないと思っていたが、アオイさんの不意をつけそうなのなら、もう少し勉強してみてもいいかもしれない。
「くっ、多すぎる」
 アオイさん一人で少し漏れがある程度なのだから、私が加われば押していけるかと思ったのだが、奇妙な事に、むしろ押されている。数が増えているのだ。
「おやおや、まだ抵抗していたのですか」
 そして、先ほど追い出された階段の踊り場にあのフードの悪魔、イブリースが現れる。
「所詮あれは陽動で、こちらが本命のつもりでしたが、あの魔女のせいで随分時間を使う羽目になってしまいました。ま、逆にあの忌まわしき悪路王の足止めをしてくれてるのですから、感謝するべきでしょうね」
「あいつは?」
「イブリース、と名乗っていました。あの剛腕蜘蛛の、親玉です」
「如何にも。私はイブリース、この地の霊脈はこの蜘蛛達が覆い、枯れるまで利用させてもらいましょう」
「枯れるまで!? 龍脈結集地を、枯れるまで、使うと? そのような国を揺るがす大ごと、許すわけがないでしょう!」
 アオイさんが、一歩前に踏み出す。
「許す? 人ごときの許可など不要。何よりこの前線は停滞している。そこに私が加わって、勝ち目などどこにある? تفجير吹き飛べ
 私とアオイさんの足元からオレンジ色の炎が溢れ、爆発し、私とアオイさんの体を階下に吹き飛ばす。
「いやはや、結界エオルフのルーンを使われた時はどうしようかと思いましたが、おかげで彼女のパスは食べることが出来た。こんなにあちこちにルーンを張っているなんて、なかなか周到な魔術師ですが、仇になりましたね」
 身体中に激痛が走る中、起き上がろうとする横を数え切れないくらいの剛腕蜘蛛が通り過ぎていく。
「く……そ」
 アオイさんが悔しそうに呻く。
「おっと、そういえば、そちらの君は私の不都合なところを見たのだったね。分解して、食事とさせてもらおうか。قطع切断せよ
「危ない!」
 イブリースの腕の先から何か風の流れを感じた、と思った時には、私の体に切り傷が刻まれていた。アオイさんが私を引っ張っていなければ、私の腕は切断されていただろう。
「そんなに逃げることはないじゃないか。考えてみたまえ、我が手勢はまもなくこの白き学舎を覆う、君達の守るものはもはや終わりだ」
 痛みに耐えて起き上がりながら、廊下に視線を向けると、そこには大量の剛腕蜘蛛で埋め尽くされている光景が広がっている。明日の文化祭で使うはずのもののうち廊下に置かれていたものが粉々に壊れている。
「よそ見してる暇があるのかい?」
 風が来る。とっさに避けようとするが、体に大きく切り傷が刻まれる。
「このままでは……いけない」
 でも、どうすればいい。私はこのままでは本当にあの風の刃にバラバラにされてしまう。剛腕蜘蛛はもはや校舎のあらゆる場所に展開している。今二人で立ち上がったところでそれらを掃討する事など不可能に近い。まして、あのイブリースという上級悪魔はあまりに強すぎる。なんとか、あの全ての剛腕蜘蛛を無力化し、あの上級悪魔を退けられれば。
 ……退ける? なんだ、それなら知っている。いや、知らない。知らないけれど知っている・・・・・。そう、全てを退ければいい。知らないけれど、私はその方法を知っている。知らないけれど、出来る。血がそれを語っている。ほら、流れ出て溢れる血の色が変わっていく。身体中の傷口から白い光が溢れてくる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 英国の魔女による拘束を抜け出した悪路王はようやく学校にたどり着く。悪魔の気配を辿り、三階の廊下へ。そして見る、アンジェから溢れる白い光を、明らかに彼女の意に答えて蠢く、その力を。
「ダメだ、その力を十分な制御なしで使ってはいけない!」
 悪路王が叫ぶ。しかし、その言葉はアンジェには届かない。
 アンジェから溢れ出す白い光は一度アンジェを覆うように球体の形を取り、そして、爆発するように一気に周囲に広がっていく。
「ダメだ!」
「ご主人様、撤退しなければこちらが危険です、こちらへ」
 黒い穴より現れた露出の多い女性が悪路王の腕を引っ張る。
「くっ」
 二人が黒い穴の中に消える。白い光がその場を覆い、黒い穴が分解されるように消滅する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ふん、あの魔女の加護か? パスが繋がっている以上、もう無駄さ」
 アンジェを覆うように球体の形を取った白い光を、イブリースは恐れもせずに、風の刃を放つ。
 同時、アンジェを覆う白い光が爆発するように周囲に広がっていく。風の刃が白い光に衝突し霧散する。
「馬鹿な、我が手勢が」
 しかしイブリースの注意はもはや風の刃にはない。彼の手勢である剛腕蜘蛛達が白い光に飲み込まれると同時に消滅していくのだ。
 白い光はイブリースにまで到達する。
「馬鹿な、我が体が……、くっ、覚えていろ!」
 転移魔術を起動する。しかし、その魔術は起動すると同時に白い光によって分解される。
「馬鹿な! 馬鹿な!」
 しかし、イブリースは幸運であった。位置関係によりほんの僅かな間のみ転移が起動したのだ。その間に、彼は自身の分身、言うなればコピーを転送することに成功する。
「この、私がぁぁぁぁぁぁ!」
 とはいえ、あくまでその程度の幸運、彼という個体はここで消滅する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「うそ、うそ。なにこれなにこれ!」
 左腕に大きな傷を負った英国の魔女がようやく黄門をくぐり、そして、校舎が白い光で覆われていくのを見た。
「私のルーンが片っ端から解体されていく。まずい、抑えてたものが出てきちゃう。学校が壊れちゃう。止めなきゃ。手加減はしていられない」
 英国の魔女は奇妙な行動に出る。ルーンを刻むのに必須のはずの杖を放り捨て、空手となった右手を校舎に向け、一見デタラメとしか見えないほどはやく人差し指を突き出した右腕を動かす。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 アオイはアンジェがその力を使うのを黙って見ていた。否、他に何も出来なかった。これが如月家の血の力なのは明らかだ。しかし、この力はなんだ。見たこともないその力に、アオイはどう対処していいか、まるで分からなかった。
 やがて、各所で爆発の音が聞こえる。
 ――魔女が抑えていたものが溢れている……。
 アオイは知っている。安曇が校内に残した様々な置き土産を英国の魔女が一つ一つ丁寧にルーンで封印を施したのを。悔しいがその封印は確実で、アオイが不用意に触るより英国の魔女に任せる他ないと判断し、放置するしかなかった。この光が風の刃を分解した以上、ルーンも分解されているのだろう。校内に良くないものが溢れかえる事をアオイは恐怖した。
 しかし、次の瞬間、アオイは英国の魔女の魔力を感じ驚愕する。封印が解除された先から次々に更新されている。解けたものも、可能な限り早期に再封印されている。白い光はそれを拒むが、それでもなお次の瞬間には封印する。それは、いちいち刻むという手間が必要なルーン魔術において、ありえない事。
 けれども、アオイは何もすることはなく。許されるのは、ただ悔しく歯噛みすることのみ。

 

 やがて白い光が収まり、アンジェが意識を失って倒れこむ。いや、光がアンジェを覆っていた間、彼女に意識があったのかは誰にも分からないが。ともかく、倒れるアンジェを支える。どうやら意識を失っているらしい。
 アオイは携帯電話を取り出し、電話をかける。アンジェの保護のため、そしてなにより、自身の不祥事について、宮内庁に、彼女の母に報告するために。

 

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宮内庁霊害対策課
  課長 中島 美琴 様

 

宮内庁霊害対策課 
現場エージェント 中島 碧

 

 

特殊龍脈結集地第6号の損壊について

 

 

 特殊龍脈結集地第6号は、同地を狙う上級悪魔「イブリース」との交戦の結果、下記の通りの損壊が発生しました。
 また、本交戦についての詳細は霊害対策課交79号をご参照下さい。

 

 

 

北棟実習室等5部屋 爆発により損壊
南棟教室等6部屋 爆発により損壊
北棟授業実施生徒18人 爆発及び剛腕蜘蛛悪魔により死傷(うち死者4人)
記憶処置実施済み
南棟授業実施生徒52人 爆発及び剛腕蜘蛛悪魔により負傷
記憶封印実施済み

 

以上  

 


 

続く

第8章へ


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