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Dead-End Abduction 第4章

 ――ふと、夜空を見上げる。
 白く輝く月は美しく、同時に恐ろしさ蘇らせる。
 先の大戦以前の人々は、月にウサギやカニといったものを見出してきたらしい。
 そのきっかけは月に穿たれたクレーターやその影がそういったものに見えてきた、という夜空の星々をつなげて星座にしたような、ある種の連想だった。
 だが、今の月にウサギやカニは存在しない。
 大戦の末、新たに穿たれた無数のクレーターがウサギやカニを消し去り、今ではそれに代わるものを見出せそうな模様は見当たらない。
 先の大戦。知性間戦争。招かれざる者の帰郷。
 大地は荒廃し、人口は激減し、招かれざる者は月へと還っていった。
 月に逃れた地球の先住民、地球に存在したもう一つの知性、アドベンター。
 どのようにして人類がアドベンターを月に追い返したのかというと、当時の人類の英知の結晶、ナノマシン兵器によって、だった。
 歴史書でも知性間戦争を取り扱うページには「ナノマシン兵器の活躍によってアドベンターとの停戦協定を締結するに至り、戦争は終結を迎えた」と記載されている。
 その後、人類を救ったはずのナノマシン兵器が人類に牙をむいたのだ。
 ナノマシン兵器によって土壌や水源が汚染され、人類が地球上で生きていくには難しい環境となった。
 それでも、人類はくじけなかった。
 ナノマシン兵器を開発した技術力を駆使し、新たな生命体を生み出した。
 それが、リブーターである。
 戦後、労働力人口の激減を補い、汚染地域の除染要員とするために開発されたリブーターは、現在ではでは労働力として当たり前のように生活に浸透している。
 リブーターが存在するから、人類は今を生きていける。
 しかし、もしナノマシン兵器が人類に牙をむいたようにリブーターが反旗を翻したら?
 ああそうだ、と「僕」は理解した。
 それを、恐れているのだ。アドベンターのように人類とは違う知性を持った存在が人類に牙をむくことを。
 リブーターもやがては感情を、自我を、知性を持つ。
 はっきりとした自我を持つ前に、処分してしまいたいのだ。
 そうすれば人類は栄え続けることができる。
 人類が地球で最も優れた知性体であると宣言できる。
 だから、リブーターの耐用年数は12年と決められているのだ――

 

  Dead-End Abduction
    第4章 乖離

 

 訓練用の硬質ゴム製ナイフを握り直し、ノエルはふぅ、と息をついた。
 目の前にはやはり同じナイフを握ったリリィの姿がある。
 互いに隙を狙い、二人はじりじりと円を描くようにすり足で動く。
 タン、と床を軽やかに蹴る音が響き、リリィがノエルに急接近した。
「……っ!」
 首筋を狙って振りぬかれたナイフを半身をひねって回避し、ノエルが身体を落とす。
 身体を落とすと同時に回転し、くるりと足払いを仕掛けるが、リリィはそれを見越していたかのようにジャンプでかわす。
 だが、ジャンプでの回避は同時に次の攻撃に対処しきれない。
「もらった!」
 ノエルが、ジャンプしたリリィの首を狙いナイフを突き出す。
 が。
 次の瞬間、顎に衝撃を受けたのはノエルの方だった。
「ふごっ!」
 顎に直撃を受け、後ろに吹っ飛ばされるノエル。
 床に両手をつき、宙返りの勢いでリリィが体勢を戻す。
 ジャンプだと思ったのが実はサマーソルトだとノエルが理解したのは体を起こす前にリリィにナイフを突きつけられてから。
「勝負ありですね、ノエル」
 リリィがそう宣言し、ノエルがナイフから手を放して両手を上げる。
「いい線いったと思ったんだけどなぁ……」
「甘いですね。私をジャンプに追い込んだのはいい作戦でしたが、サマーソルトに持ち込める間合いでした。あと一歩、踏み込みが足りませんね」
 リリィによって冷静に分析され、ノエルがむー、と口を尖らせた。
「リリィ強すぎ。一太刀浴びせることができたらご褒美くれるって話、絶対無理だ」
「どうでしょうね。ノエルの上達は目覚ましいものですが」
 ノエルに片手を差し出し、立ち上がらせてからリリィは棚に置かれたアイソトニック飲料を手に取り、彼に手渡す。
「ありがとう」
 飲み物を受け取り、一息つくノエル。
 タオルで汗をぬぐってから、彼は少し離れて次の訓練の準備をするリリィを見た。
「それにしても、」
 ふと、ノエルが呟く。
「あの時のテロリスト……」
 ノエルに「君はどちらかというとこちら側の人間に近い」と言ったテロリスト。
 何を根拠に、そう言ったのか。
 ノエルが以前「自我を持ったリブーター」を匿ったということはニュースにならないほどに隠蔽された上に当のノエル本人も管理局の潜入捜査官としてスカウトされている。
 テロリストがあの事件を認識することはできないはずだが。
 あの、「こちら側の人間に近い」という発言は一体何だったのか。
 何がテロリストに近かったのか。
 ――リブーターを匿ったこと?
 ――それとも、他のこと?
 ノエルが考えれば考えるほど、分からなくなる。
 確かに、ノエルが調整技師アジャスターとなったきっかけは両親が死に、屍体はテロリストの手に渡り、違法なリブーターダーターとして再起動されたから。
 テロリストに対して憎しみは湧きこそすれ、同調する余地はない、とノエルは思った。
 それなのに、どうしてテロリストはあんなことをノエルに言ったのか。
「……ノエル?」
 リリィが、ノエルに歩み寄る。
 はっとしたように、ノエルがリリィを見た。
「……リリィ、」
「何を考えていたんですか」
「……両親のこと、かな」
 呟くようにノエルが言い、飲み物を棚に戻す。
「僕の両親は死んでからテロリストに利用された。それなのにこの間のテロリストはテロリストを憎んでいるはずの僕に『こちら側の人間に近い』と言った」
「……そうですね、確かにそれは私も聞きました」
「どうして、そんなことを言ってきたのか、真意が今も分からない」
 一体、ノエルの何が「近い」というのか。
 全く、想像もつかない。
「ノエル、今それを考えるのはよしましょう。分からないということは今は知る必要がないということかもしれません」
「……そうだね」
 リリィの言葉に、ノエルは小さく頷いた。
「さて、続きを始めましょうか。課題はまだ残っています」
 そう言われ、ノエルは再び頷き、タオルを棚に戻した。

 

「今回の任務を説明する」
 スクリーンの前に立ったリブーター管理局対テロリスト鎮圧部隊の隊長が口を開く。
 プロジェクターから投影された作戦要綱がスクリーンに映し出される。
「今回の我々の任務は最大規模のテロリスト集団『人類解放軍HLA』の本拠地を叩くことだ」
 今、ノエルがいるのは対テロ部隊の実行部隊が任務説明を受けるブリーフィングルーム。
 そこで、今回の任務の説明を受けているところだった。
 今回はノエルとリリィの単独行動ではない。対テロ部隊の実行部隊と共に任務に挑むことになる。
 何故、そうなったかというと。
「今回は先行突入として工作員のノエル・ハートフィールドとその所持リブーター、リリィの二人に参加してもらう。二人には先に潜入してもらい、ゲートを開放、その後リブーター部隊が突入、最終的に我々が鎮圧することになる」
 それなんだよなぁ、とノエルは内心で呟いた。
 先鋒としての突入に不満があるわけではない。ただ、一番危険度の高い場所に配置されて不安になっただけである。
 それでも命令を拒否することはノエルにできるわけもなく。
 いや、ノエルも一度は文句を言ったのだ。「一歩間違えれば命がない、リブーターよりも先に投入とは私を殺す気ですか」と。
 だが長官に「君たちしかできない」と言われてしまい、了承せざるを得なくなってしまった。
 隊長の説明を聞きながらノエルは小さくため息をついた。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 元はと言えばノエルが廃棄処分される予定のリブーターを匿ったからだが、それでもこの仕打ちはひどすぎる。
 いっそのこと処刑されてリブーターにされた方がましだったとノエルが思うくらいに。
 だが、済んでしまったことは仕方がなく、ノエルはただ命令に従って活動するほかなかった。
「……ノエル、リリィの調整は大丈夫か?」
 不意に、隊長がノエルに声をかける。
「え、あ、大丈夫です」
 リリィの調整はノエルが自ら行っている。
 つまり、違法に何らかの改造を施すことも可能である。
 とはいえ、現時点では特にその必要性は感じられないためノエルは普通に調整するだけであったが。
「今回の作戦の成否は君にかかっている。リリィの調整は万端に頼む」
「はい」
「それでは、解散。集合は2300フタサンマルマル、遅れるなよ」
 了解、と隊員たちが応え、一斉に席を立った。
「あ、ノエル、ちょっと待ってくれ」
 部屋を出ようとしたノエルに、隊長が声をかける。
「はい」
 ノエルが立ち止まり、振り返る。
「ここだけの話だが、君には一番危険な役回りを押し付けてしまい、申し訳ないと思っている」
「でも私が行かなければ被害を最小限にすることはできないでしょう」
「それだ。こればかりはリブーターだけに任せることはできない」
 いくらリブーターが学習したとしても敵地に単独潜入させることは難しい。
 リリィのような、「自我を持った」リブーターでも独自判断で潜入するのは危険だろう。
 こればかりは、人間が同行して細かく指示を出す必要が出てくる。
 それならリブーターにカメラを持たせて人間が遠隔で指示を出せばいいという話になるかもしれない。だが、それも危険が伴う。
 カメラが破損した場合、リブーターの独自判断に任せることになる。
 そこで、問題が発生するのだ。
 リブーターは基本的に人間の指示に従うよう調整されている。
 つまり、独自判断で行動しろと命じた場合、リブーターが「独自判断」で現地の人間に従う可能性も出てくる。
 勿論。管理者アドミニストレーター権限で命令を上書きすることは可能だが現場の状況が分からない状態では的確な命令を出すことはできない。
 そのため、潜入は人間単独、もしくは人間を同伴させたリブーターが行うことになるのだ。
「大丈夫です、少なくともリリィは私の護衛に特化しているのでちょっとやそっとのことで失敗することは少ないと思います」
「頼もしい回答だな。期待している」
 隊長がノエルの肩をポンと叩き、部屋を出た。

 

 深夜。
 ノエルたちを含めた実行部隊の車がテロリストの拠点近くに停車する。
「ノエル、リリィ、ご武運を」
 先に車から降りたノエルとリリィに隊員の一人が声をかける。
「頑張ります。必ず、ゲートは開けます」
 そう宣言し、ノエルはリリィを連れて移動を開始した。
 なるべく音をたてないように走り、塀の一角に向かう。
「リリィ、頼む」
 塀というよりも高さ3メートルくらいある壁だが、上部に有刺鉄線やガラスの破片などの侵入対策が施されているわけでもなく、リリィの手助けを借りればノエルでも十分よじ登れる。
 このポイントを選んだのも巡回などの目が一番届きにくく、かつ近くに足場の足しになるものも置いてあるためノエルを塀の内部に送り込んだ後リリィも簡単に乗り越えることができるからだった。
 リリィが少し腰をかがめて両手を出す。
 それを踏み台にし、ノエルはジャンプした。
 タイミングよくリリィがノエルを持ち上げ、彼は塀の上端に手をかけることに成功する。
 そこから懸垂の要領で体を持ち上げ、塀を乗り越える。
「リリィ、君も」
 ノエルの指示を聞き、リリィも足場を利用して塀を乗り越える。
「さて、行きますか」
 リリィが隣に着地したのを確認し、ノエルは息をついて銃を手に取った。

 

 深夜の拠点はとても静かだった。
 時折見かける巡回をうまくかわし、ノエルは正面ゲートを開閉させるためのスイッチがあるコントロールセンターに向かう。
 以前管理局が送り込んだスパイの活躍で施設の見取り図とゲート開放の方法は入手済み。
 ただ、そのスパイの連絡が途絶えたため管理局は救出もかねて行動を早めた、ともいえる。
 ノエルの任務は三つ。
 正面ゲートを解放する、スパイの安否を確認し、生存しているなら救出する、そしてテロリストのリーダーを確保する、この三つ。
 廊下を歩きながら、ノエルは思いを巡らせた。
 今回の任務。正面ゲートを開放するのはリブーター部隊が塀を乗り越える際に手間取って発見された場合テロリストに先手を打たれてしまうから。
 正面ゲートを開放してしまえば、一気に突入できるうえにその後の本隊の突入も楽になる。
 だが、ノエルの懸念はそこではなかった。
 今回初投入するというリブーター部隊。
 確かに、リブーターは消耗戦となる戦闘では有力な駒となる。
 ある程度使用したリブーターなら自由戦闘の指示だけでそれなりの戦果を挙げることができる。
 導入当初は敵味方の判断ができずに味方撃ちフレンドリーファイアも多発したが、最近では敵味方識別装置IFFも実装され、そんなことは不運にも流れ弾が当たる以外発生しない。
 しかし、本当にそれでいいのか、とノエルは呟いた。
 リブーターは現時点で条件は不明なものの、自我を持つことがある。
 もし、そんな「自我を持った」リブーターが戦闘に参加すれば。
 もし、戦闘行動に不服を持ったリブーターが管理局に反旗を翻せば。
 そこまで考えてから、ノエルは寒気を覚えた。
 自我を持ったリブーターが管理局、いや、人類に反旗を翻せば。
 ノエルはハイスクール時代の歴史の授業を思い出した。
 先の大戦知性間戦争はアドベンター以外に、もう一つ敵が存在した。
 それは、暴走したナノマシン兵器だ。
 高度に発達した科学社会だった当時の地球はナノマシンによって生活をさらに豊かにしていた。
 当然、月の使者、アドベンターとの戦いでもナノマシンは兵器として活躍することとなった。
 しかし。
 アドベンターを攻撃したナノマシン兵器が次に攻撃したのは人類だった。それにより地球側はナノマシン兵器に住む場所を追われながらアドベンターと戦うことになった。
 最終的に人類とアドベンター間で停戦協定を結ぶ運びとなったが、ナノマシン兵器によって地球は汚染され、人類は激減し、人員不足を補うために開発されたリブーターが活躍する時代となったわけだ。
 それを思い出し、ノエルは懸念した。
 もし、リブーターが知性間戦争の時のナノマシン兵器のように暴走すれば。
 ナノマシン兵器と同じように、「どのようなプロセスで自我を持つか分からない」という、よく分からないことも多いリブーターがナノマシン兵器が暴走したときと同じように人類を襲わないとは言い切れない。
 もし、リブーターが暴走すれば今の人類に勝ち目はあるのかどうか。
 今それを考える時間ではないというのはノエルは理解していた。
 それでも、彼は考えずにはいられなかった。
 慎重に進み、二人はコントロールセンターにたどり着く。
 静かにドアを開け、そして二人は同時に発砲した。
 ハンドガンにサプレッサーを装着していたため、コントロールセンターにいた数人のテロリストが何が起こったのか理解する前にこと切れる。
 ふぅ、とノエルは息をつき、ゲートを開放した。
「……リリィ」
 ノエルが、リリィに声をかける。
「リブーターとしての意見を聞きたい」
「何ですか、ノエル」
 任務中に、突然何を、とリリィが怪訝そうな顔をする。
「知性間戦争がどんなものだったか、歴史の授業で聞いた程度しか知識はないけど。もし、その時のナノマシンの暴走のようにリブーターが暴走したらどうなると思う? というか、そもそもあの戦争でどうしてナノマシンは人類を攻撃したのかな」
 ますます怪訝そうな顔をするリリィ。
「何を言っているのですか、リブーターが暴走するとは。それにナノマシンが人類を攻撃した過去があるからリブーターにはいくつかの安全装置が付けられているのでは」
「確かに、リブーターは人間の命令を聞くように設計されているしそれを無視するようになった場合首輪ハーネスが自爆するようにも作られてるよ?でも、ナノマシンが暴走した理由って分かってないんだよね。解析する動きもあったんだけど人類を襲ったナノマシンのプログラムをどれだけ調べても異常はなかったんだって。知性間戦争でナノマシン兵器が暴走して人類を攻撃したように、リブーターも自我を持って、そして人類は敵だと認識するようになったらそれこそまた戦争が起こることになる」
「それは」
 ノエルの言葉に、リリィが首を横に振る。
「ナノマシンにも分からないことが色々あるのに、リブーターはナノマシンほど開発されてからの時間は経過していない。つまり、分からないことが多いんだ。自我を持つプロセスも、自我を持ってからどうするかということも」
 あり得ない、とリリィが呟く。
「本当にあり得ないと思う? 僕は、あり得る話だと思うんだよね。リブーターが人類を攻撃したら、多分今の人類では太刀打ちできない」
「それは……」
 リリィが口ごもる。
「多分、一部のテロリストはそれを利用したいんじゃないかな。自我を持ったリブーターが叛乱を起こせば、人類は太刀打ちできない。リブーターを支配できる一部の人間がこの地球に台頭することもできるかな、って思うのは考えすぎかな」
 リリィは何も答えない。
「まぁ、考えすぎても仕方ないよね。今は任務に集中するよ」
 ごめん、変なことを聞いて、とノエルが謝り、リリィは頷くことで返事を返した。

 

 ノエルがゲートを開放し、リブーター部隊が突入したことでテロリストの拠点は混乱を極めた。
 その混乱に乗じて拘束されていたスパイを救出、続いてテロリストのリーダー確保に向かう。
 出くわしたテロリストを片端から沈黙させ、リーダーがいるだろう場所に行く。
 寝込みを襲ったのだ、まだ寝室で寝ていますということはあり得ない。脱出を優先するだろうと考え、先回りする。
 ノエルの読み通り、テロリストのリーダーは拠点を放棄し、脱出しようとしていた。
「動くな!」
 銃をリーダーに向け、ノエルが叫ぶ。
「もう終わりです、おとなしく投降してください!」
「ふん、はいそうですかと下るわけにはいかんのだよ」
 リーダーが一度は手をかけたヘリから手を放し、ノエルを見る。
「……貴様か、先日とある連中の拠点を制圧したのは」
 組織のネットワークに流れていた噂と一致する、とリーダーが呟き、ふん、と鼻先で嗤う。
「思っていたよりもガキだったか。エイブラハム辺りが来ると思っていたがこれはとんだ笑い話だな」
「エイブラハムさんを……知っているのですか」
 闇リブーターダーターを狩る狩人ダークハンター、エイブラハムにノエルは何度か助けられていた。
 まぁな、とリーダーが頷き、リリィを見る。
「ま、リブーターを連れた工作員の顔を拝めただけでも収穫だ。あぁ、エイブラハムとは何度か殺りあった仲でな。何回ぶつかっても両方生き残るタフな奴だよ」
 そんな大物だったのか、とノエルがドキリとする。エイブラハムとぶつかって生きているということはこの状況もひっくりかえせるのではないか、と感じたためだ。
「あーあーなんだ、殺されたいのか? まぁここで口を封じてもいいんだが貴様の情報を流した方が面白そうではあるんだよな」
 ずり、とノエルが思わず半歩後ずさる。
「確かに貴様は『こちら側の人間』に近い。テロリストを拘束するより、管理局に刃を向ける方が似合ってるぞ」
「どうして、そう断言できるのですか。僕の何があなた達に近いというのですか」
 思わず、ノエルはそう尋ねていた。
「教えてください。一体何が、あなた達に近いのか」
「管理局に疑問を持っているところだ。理性では正しいと言いつつも、本音はそうではない」
 本当に管理局が正しいと思っているなら、そこまで迷いはないはずだ、とリーダーが宣言する。
「それは……」
「そのリブーターを破壊してこっちにこい。貴様はそうする方が幸せになる」
 リーダーが、ノエルに向かって片手を差し出す。
「ノエル」
 リリィが、ノエルを呼ぶ。
「僕は……」
 確かに、今リリィを破壊すればノエルは管理局の鎖から解き放たれるだろう。
 管理局の「リブーターを使ってより良い世界へ」という主張にわずかながらも疑問を持つノエルならテロリストに与しても違和感はない。
 それでも。
「……それは、できません」
 ノエルは、テロリストを拒絶した。
「僕の両親はテロリストに利用されました。そんなテロリストと手を組むことはできません」
「そうか」
 リーダーが、低く呟く。
「だったら、生かしておく必要はないか」
 ノエルを見据え、リーダーが銃を構える。
「動かないでください!」
 銃を構え直し、ノエルもけん制する。
「確かに、あなた達の主張は分からないこともないです。リブーターに頼り切るのではなく、必要最低限にとどめておくという主張は分かります。管理局のリブーターをうまく管理して人生を楽しく生きるという主張が夢物語だということも認識しています。でも……僕は、リブーターを最低限と言いつつも利用してテロを起こすあなた達に賛同はできない」
「そうか、ならば……」
 次の瞬間、銃声が響いた。
 ノエルが思わず目を閉じる。
 自分は撃たれた、死ぬのだと思いつつも、何秒経ってもノエルの意識は途絶えない。
 永遠とも思いたくなるような数秒を経験してから、彼はゆっくりと目を開けた。
「……っ!」
 そこに斃れていたのは、ノエルではなくテロリストのリーダー。
 額に穿たれた銃創と、ヘリの外壁に飛び散った血と脳漿が全てを物語っている。
「……リリィ!」
 隣に立つリリィを見て、ノエルは叫んだ。
「どうして殺したの!」
 今回のノエル達の任務はテロリストのリーダーの殺害ではなく拘束であったはずだ。
 それなのに、リリィは。
 倒れたリーダーに銃を向けたまま、リリィはノエルを見た。
「対象がノエルを攻撃すると判断し、攻撃しました」
「そうじゃなくて、リリィなら殺さずとも無力化させることができたはずだ、それなのにどうして」
「命令が上書きされました。管理局より、拘束ではなく殺害せよ、と」
「そん、な」
 その次の瞬間、上空から何かが飛来し、リーダーが乗ろうとしていたヘリが爆発する。
《リリィ、よくやった》
 上空のヘリのスピーカーから管理局の長官の声が響く。
《リリィ、任務完了だ。本部へ帰投せよ》
「了解しました」
 リリィの返答に、ノエルは長官の命令が自分の命令を上書きしていることに気が付いた。
「リリィ、」
《ノエル、君は実行部隊と共に管理局へ戻ってくれ。私はリリィに話がある》
 リリィを呼び止めようとしたノエルに、長官がそう声をかける。
「待ってください、リリィは」
《現時点で一旦君との行動を中止する。君は管理局に戻ったら報告書を提出するように》
 リリィはノエルを振り返ることもなくヘリに乗り込む。
 ドアが閉まる直前、一瞬、リリィがこちらを見たような、そんな錯覚をノエルは覚える。
「リリィ……」
 ノエルの監視も兼ねたリリィを、どうして長官は彼から引き離したのか。
 これでノエルはお役御免ということになるのか。
 確かに、このテロ組織は管理局が確認している中でも最大規模を誇る。
 そのリーダーを叩いたから、他の小規模な組織の統率が取れなくなるということなのか。
 分からない、とノエルは呟いた。
 長官の真意が分からない。
 長官は一体何を考えているのか。
 飛び去るヘリを見上げ、ノエルは奥歯を噛み締めた。
「リリィ……」
 自我があるとはいえ、リリィはやはり命令には逆らえないのか。
 失意のままに、ノエルは迎えに来た実行部隊の隊長と合流した。

 

「リリィ、よくやった」
 ヘリの中で、長官がリリィに声をかける。
「君の活躍でテロは沈静化するだろう」
 長官の言葉に、小さく頷くリリィ。
「どうした、ノエルのことが気がかりなのか」
「……はい」
 窓から眼下を見下ろすリリィに、長官は小さく息をついてから口を開いた。
「悪いようにはしない。彼は自分の立場を分かっているからな」
「ですが」
 食い下がるリリィ。
 それを、長官が片手で制す。
「元々この計画に彼が踏み込む余地はない。ここで君たちが別れた方が計画はスムーズに進む」
「……はい」
「全ては人類のためなんだよ。人類がよりよく生存するためにね」
 長官のその言葉に対し、リリィは何も答えなかった。
(……何でしょう、この感覚は)
 胸がざわざわする、とリリィが声に出さず呟く。
(苦しいような、胸が締め付けられるような……セルフチェック……異常なし)
 一体何が自分の中で起こっているのか、リリィには分からなかった。
 リブーターとして再起動され、一度廃棄処分が決定するまでの間様々なことを学習した。
 その一環で感情を手に入れたが、今の彼女は自分の中で渦巻いている感情に答えを出すことができなかった。
(……ノエル)
 助けてください。そう、リリィは呟く。せめて、今自分の中で渦巻く感情を教えてください、と。
 現場から離れるヘリの中で、リリィはただそれだけを祈っていた。

 

To be Continued…

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