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三人の魔女 第2章

 2032年。この世界のこの時代には「魔女狩り」がいる。断っておくと、この世界は”私達”から見て、異世界でもなく、また何らかの時代背景によって歴史の進歩が遅れているわけでもない。むしろ科学は大いに発展し、統一国家構想が進行している。科学は多くの事を解き明かし、かつて霊害と呼ばれていた怪異は全て科学の元に解消され、いつか人類を陥れるかもしれなかった地球外の機械生命体は侵攻前にそれを阻止され、かつて犯罪者同然の扱いを受ける事すらあった特殊な能力者達は普及した代用技術によって通常の人間と変わりなく生活できるようになり、そうして科学統一政府は全てを大っぴらにし、隠し事と差別のない、平和な生活を約束し、そして実現した。
 しかし、隠し事と差別がなくなった、というのは表向きの話でしかなかった。今ここに、「魔女狩り」に追われる少女たちがいる。魔女狩りに追われるからには彼女たちは「魔女」であるのだろう。

 

「これから、どうするんですか?」
 二本の三つ編みの少女、ジャンヌが問いかける。
「んー、とりあえず、私の家に行こうかな。最低限のフィルムケースしか持ってきてないし」
 ボブカットの少女、エレナが少し考えてから答える。
「こっちよ、ついてきて」
 エレナが先導して道を進んでいく。
「止まって」
 エレナがいきなり止まる。
「さっきの連中よ。ちょっと待ってね」
 エレナがコートの裏ポケットからフィルムケースを取り出し、ふたを開けて、
vidu malamiko見ろ 敵を
 上空に放り投げる。落下が始まる直前で、フィルムケースからレーザー光線のように光が放たれる。
「今のは?」
中性子星パルサーのエネルギーを蓄えたフィルムケースよ。可視光線、電波、X線の三つを放って、周囲の状況を把握してくれるの」
 そして、本当はこんな事のためのエネルギーじゃないのに、と小さくつぶやいた。
「よっと」
 そして、落ちてきたフィルムケースをキャッチし、左目を閉じて右目でケースの中を覗き込む。
「そういえば、そもそもそのフィルムケースって、なんなんですか?」
 と、ジャンヌ。え、と思わず覗き込んでいた目をジャンヌに向ける。
「えーっと、カメラのフィルムを入れるためのケースなんだけど……」
「カメラのフィルム?」
 ……自分の趣味がいつも若干馬鹿にしていた友人のレトロ趣味と同じく、レトロである事を自覚し、ショックを受けるエレナ。
「えーっと、アナログカメラっていうのが昔あってね。それはフィルムっていうものに写真を記録していたのよ」
「そうなんですね」
 感心したように頷くジャンヌ。もうデジタルカメラの事を単に「カメラ」と呼ぶようになって久しい時代だ。そもそも単体のカメラ自体今ではあまり使われない。
 気を取り直して、フィルムケースを覗き込むと。
「なんてこと、あいつら。私の家を調べたのね。家の周りを張ってるわ」
「どうしましょう?」
「隙が無い包囲で、忍び込むのは難しそうね」
「私の壁を使っても無理でしょうか?」
 二人がうーんと首をひねっていると。
「光ったのはこのあたりだ!」
「あの魔女どもに違いない、探せ!」
 魔女狩りたちが寄ってきた。
「やば」
「ひぃっ」
「あ、ばか」
 そして、ジャンヌは恐怖し、自分と魔女狩りの間に壁を展開した。
「壁だ! あの女だ! この向こう側にいる、周り込め!」
 魔女狩りたちが叫ぶ。
「あぁ、もう、走るわよ」
 エレナはジャンヌの腕をつかんで走る。ジャンヌは腕をつかまれてはっと正気を取り戻してエレナに続く。
「こっちだ!」
「見つかった!」
「さっきの雲は?」
「木星の雲? 二個も三個も持ち歩いてないよ。あれ、本当は低密度で展開する事で、パルサーの光を……」
 走りながらしゃべったせいか、息切れしてしまうエレナ。
「っはぁ。っ、国道に出ましょう。あいつらは人目に付くところには出たがらないはず」
「はい」
 ほとんどの人間は魔女狩りを知らない。それは彼らが表立って現れる事はない、という事のはずだ。

 

 が、想定が甘かった。
「止まって」
「……三人も」
「大通りに通じる道は全部封じてるってわけね」
「どうしますか?」
 小声で相談を始める二人。
「あなたの壁って作れる距離とか条件とかってどんな感じなの? あの男たちの足元から壁を競り上げさせて、吹き飛ばしたりできない?」
「やった事ないけど……やってみます」
「せーの、で行くわよ」
「はい」
 二人が角ぎりぎりで息をひそめて準備する。
「せーのっ」
 三人の魔女狩りの足元から突然壁がせりあがり、空中に体が投げ出される。
 それを確認するより早く、二人は駆け出す。
「くっ、こちら、デルタ。包囲網を突破された。国道に出られる」
 後ろから聞こえる叫び声。おそらく何らかの通信手段で連絡を取っているのだろう。
 三人は多くの車が行き交う国道に出て、
「どうします?」
「……どうしよう」
 追ってはこないようだったが、エレナの案は国道に出るところで終わりだった。エレナはふと、スマホを取り出すと、天体観測の前に届いていたメールがいまだ「新着メール」として存在をアピールしていた。
「アリスから?」
 メールを確認する。そこには一言、【今晩は絶対に外出しない事。何があっても、絶対】。
「あー。遅かったね、アリス」
「誰ですか?」
「アリス。私の魔女仲間、かな。なんでか分からないけど、時々、こんなメールを送ってくれてた。理由は今日分かったけど」
 まさか魔女狩り、なんて時代錯誤な存在がいるなんて、びっくり。と独り言をつぶやくエレナ。
「アリスさんは、魔女狩りの事を知っていて、その動向もなんとなく知っているって事、ですか?」
「そう思えるよね。とりあえず、メール返信しとこ」
 メールを入力する。【ごめん、手遅れ。今二人で国道まで逃げてきたところ】。送信。
「これで、あとは返信待ちかなー」
「そういえば、エレナさんはスマートフォンなんですね」
 ふと気が付いた、とジャンヌが聞く。
「ん? あー、まぁね。……というか、実はアリスからオーグギアは使わないようにって言われててさ」
「そうなんですね」
 オーグギアは、「オーギュメントヘッドギア」の略で小型化によってヘッドギアという名称がふさわしくなくなったため、略称がそのまま名前として定着している。AR(Augmented Reality。拡張現実)を利用したウェアラブル端末で、過去に存在した携帯電話と同じくらい普及している製品だ。そんなオーグギアが普及したこの時代においては、スマートフォンなど、スマートフォンが普及していた時代における所謂「ガラパゴス携帯」のようなものだ。もちろん、スマートフォンが必ずしもガラパゴス携帯の上位互換というわけではなかったように、スマートフォンにはスマートフォンなりの利点があるため、スマートフォンを使う人がいない、というわけではない。事情があるとはいえ、エレナはその一人、というわけだ。
「そういうジャンヌは? オーグギアを付けてるってわけじゃないみたいだけど」
「あはは、部屋に忘れてきちゃって……」
「って事は私のこれが唯一の通信機器か。なくさないようにしないとね」
 
 何か、自分を呼ぶ音がする。と、少女は微睡から回復しつつ、音の出所を考える。私を呼ぶ最も主な音は、無粋な固定電話の呼び出し音だ。中身は内線だったり外線だったりするが、どのみち同じだ。クラシックな父親の趣味。これはそうじゃない。とってもかわいい音楽、そう、これは。
「エレナからのメール!」
 彼女にとって最も大切な存在からの連絡を示す音だと認識し、一気に覚醒した。
 天蓋のベッド、その布団を半ば吹き飛ばすように水色のキャミソールの少女が体を起こし、スマートフォンを手に取る。
「なん、ですって……」
 しかし、そのメールは決して明るいものではなかった。という次元の問題ではない。その少女にとっては、それはとてもひどい連絡だったといってもいい。
 少女はすぐに着替えに入る。水色のお気に入りのドレスに着替え、そして、きっと自分を心配するであろう父親に、書置きを残す。
「ごめんなさい、お父様。私は、行きます。これまで、ありがとうございました」
 それは決別の言葉。見栄っ張りで、対面を気にする。しかし、何より自分の事を大切にしてくれて、自分を守ってくれた愛すべき父親に対する、決別の言葉。
「今行くわ、エレナ」

「気のせいですかね。車の、交通量が……」
 ジャンヌの言葉にエレナは黙って頷いた。さっきから明らかに道を通る車の量が減っている。これでは眠らない街失格、とか言っている場合ではない。人気が減っているという事は、つまり。
 ガシャンガシャン、と、槍を地面に突き立てる音が響く。
「音はあっちからしました。逆方向、あちらに逃げましょう」
「はい」
 二人は立ち上がる。休憩は十分ではなかったが、このまま休憩する事はできない。
 やがて、国道、4車線のその道は全く車がない状態になった。何とも言えない不気味さ。これだけ大きな街、大きな道に全く人がいないという奇妙さ。ビルの光がぼうっと光っているのが、かろうじて人が生きている証拠だった。
「なんとか隠れる場所が欲しい……」
 とつぶやくジャンヌ。
「最初の時みたいに壁際に逃げる手はなくはないと思うけど、多分よく調べたらバレちゃう」
 とエレナ。あの時にあの方法で逃げる事ができたのは、逃げたはずという先入観のおかげだ。
「でも、向こうはまだこっちの位置を知らないんですから、気づかないかも」
 確かに、向こうの探す範囲は広大なはずだ。それを一つ一つ細かく見る事は難しいだろう。
「そう、ですね。そうしましょう、か」
 思わずそれに同意してしまったのは、やはりエレナも休憩を必要としていたからだろうか。
 二人は袋小路に自ら入り、壁を展開して閉じこもった。

 

 そして、三時間後、二人はゆっくりと休憩する事はできた、が。ガン、ガン、と嫌な音が壁の向こうから響いてくるようになった。
「これって……」
 小声で声をかけるジャンヌ。
「えぇ、あの槍の音ね」
 どうやら見つかったらしい。
「もう、無理だ……」
 大きく気落ちする、ジャンヌ、それに呼応して、壁がちょっとずつ下がっていく。
「ちょ、ジャンヌ。だめ、あきらめないで」
 この壁はジャンヌが作り出したもの。ジャンヌがそれを無意味だと感じてしまえば、それは消滅する。
「ジャンヌ、だめ。死ぬ気なの!?」
 頑丈だったはずの壁が魔女狩りたちの槍によって砕かれる。
「見つけたぞ、魔女め」
「魔女め!」「魔女め!」「魔女め!」………………
 何人もの魔女狩りが、ガシャンガシャンと槍を鳴らす。
「くっ……」
 ここまでなのか。と唇をかむエレナ。と、足に何か当たった。これは、フィルムケース? 思わず、拾う。落としたのかと思ったけど、違う。これは木星のエネルギー。エレナが持っているはずのないものだ。一つだけ持ってきていたそれは使ってしまったのだから。そして、付箋が付いていた。そこには見覚えのある文字で、【時間を稼いで、合図したら、それを使って】、そしてハートのマーク。
「異端審問官は? ピエール・コーションは、いますか?」
 声を張って、魔女狩りに問いかける。
「魔女め、穢れた口で偉大な審問官の名を呼ぶなど」
「魔女め!」「魔女め!」魔女め!」………………
 ガシャンガシャン。話にならない、とほかのアプローチを考えかけたとき、魔女狩りがさっと左右に道を開け、ピエールが表れる。
「私に御用ですかな、成瀬なるせ……いえ、魔女の」
「エレナよ」
「魔女のエレナ殿」
 ピエールはニコニコと笑顔だ。もう余裕、というわけか。確かに、どうあってももうここから逃れる事は困難なように思える。同じ手は使えないし、こうも魔女狩りが多くては、木星の雲で視界を奪っても通してはもらえないだろう。
「私は分からない。私も、そしてジャンヌも、別にこの力で誰かに迷惑をかけたわけじゃない。自分の生きたいように生きて、自分のやりたい事をやる、それの何がいけない? 私はずっと隠れて生きてきた。誰にも迷惑をかけてなんてない。どうしてわざわざそれを暴かれて、否定されなければならないの!」
 それが逃げながらずっと考えていた、エレナの想いだった。
「それが法であるからですよ、エレナ殿。法を破るというのは秩序を乱す行為です。そして法が魔女は存在してはいけない、と定義している。つまり、あなたがた魔女が存在するという事自体が、迷惑である、という事です」
 ただおだやかに、ピエールは告げる。お前たちは生きてはいけないのだ、と。
「法? 自由に生きるための法で、どうして束縛されなければならないの?」
 法は、人々が自由に生きて、そしてその中でどうしてもしてはいけない事を縛るルールのはずだ。どうして、それそのものを理由に自由を否定されなければならないのか。
「もうよろしいですかな」
 ピエールは答えなかった。
「うん。もう、十分だよ。よく分かった」
 だって、後ろから合図が光ったのが見えたから。そして、話し合いで解決する事は無理だと分かったから。
rabiu vidkapablo奪え 視界を
 フィルムを投げる。猛烈に雲が発生し、視界を奪う。
「同じ手を二度食うとでも? 行け」
 ガシャンガシャンと魔女狩りが槍を地面に突き立てながら前進する。
Wee Willie Winkieウィー ウィリー ウィンキー runs through the town街を駆け回る,
 Up stairs and down stair階段を上り下り in his night-gown寝間着を着て,
 Tapping at the window窓を叩いて, crying at the lock鍵穴から叫ぶ,
"Are the children in their bed子供たちはベッドに入ったかい, for it's now ten o'clock十時だよ?"」
 そして、歌声が響く。
「オッケー、もういいわ、エレナ」
 そして、声が響いて、エレナはフィルムケースに雲を回収する。雲が晴れたそこには、眠りこける魔女狩りたちが。そして……。
「アリス!」
 金色の長い髪に水色のドレス。先ほどのメールの相手である。エレナの魔女仲間、アリスであった。
「実際に会うのは久しぶりね、エレナ」
 再開の喜びをハグで伝え合う。
「さ、ここは危ないわ。行きましょう、エレナ」
 アリスがエレナの手を握り、引っ張る。
「うん。あ、ジャンヌも連れて行かなきゃ」
 エレナはそれを振り払い、未だにうずくまり塞ぎ込んでいるジャンヌに近づく。
「…………そうね、とにかくこの場に留まるのは危ないわ。行きましょう」

 

 To be continued…

 

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