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ある年のハロウィン、幼馴染は仮装と共に

 

「匠音、今年どうする?」
 「ニヴルング」のショッピングモールをぶらぶらと歩きながら、メアリーは不意にそう匠音に問いかけた。
「今年? 何が」
 なんのことかさっぱり分からない匠音が首を傾げる。
「何言ってるの、ハロウィンよハロウィン。匠音はなんの仮装するの?」
 そう言われて、匠音はあぁ、と声を上げた。
 そういえばショッピングモールもハロウィン一色。
 様々な仮装グッズがショーウィンドウに並び、通路を歩く客も気の早いハロウィンアバターのものがある。
「そうだなぁ……どうしよう」
 ショーウィンドウの一つに視線を投げながら匠音が呟く。
 去年は蜘蛛男のコスプレしたはいいけどストリングシューターで調子乗って母さんにシメられたなぁ、などと思い返しながら歩いていると。
 ショーウィンドウの一つに目が止まる。
「……おお?」
 目に付いたのはドラキュラ伯爵のコスチューム。
 しかも、見覚えがある、というより見慣れたもの。
(「シルバークルツ」のアバターコス、売ってるんだ!)
 その見た目は彼が自身の魔術師マジシャンとしての一張羅として使っているアバター「シルバークルツ」の物にそっくりだった。流石にトレードマークのシルバーのチェーンはついていないが。
 コスチュームを見た匠音の目がキラキラと輝き、ショーウィンドウに張り付くかのように立ち止まる。
「ん? あら匠音、今年はドラキュラにするの?」
 何も知らないメアリーがふんふんと頷きながらコスチュームを見ている。
「でも、買えるの? 結構な値段するみたいだけど?」
 値札を見たメアリーが心配そうに匠音を覗き込む。
 メアリーに続いて値札を見た匠音が「げっ、」と声を上げた。
「さ、流石に高ぇ……」
 そうは唸ったものの普段お菓子以外にはあまり小遣いを使わない匠音、払えない金額ではない。
「……母さんに相談するか……」
 一応は確認したほうがいいと思った匠音、そう呟き、名残惜しそうにショーウィンドウから離れた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「あら、いいんじゃない?」
 匠音の「ハロウィンの仮装コスチューム買っていい?」というお伺いに和美が二つ返事でOKを出す。
「え、いいの?」
 値段を聞いて「高いからダメ」と言われることを覚悟していた匠音が思わず聞き返す。
「いいわよ、匠音普段はあまり買い物しないもの、たまにはいいんじゃない? あ、お小遣い足りてるの? 足りないなら少し出すわよ?」
 こういうところは案外甘い和美。
 ハッキングもこんなノリでさせてくれればいいのにと思いつつも匠音は「大丈夫」と答えた。
「お金は足りてるから自分で買うよ。お金が必要なときは適当にじいちゃんとか手伝うし心配しないで」
「そう? じゃあハロウィンのお菓子は用意しておくわ」
 もうそんな時期か、と和美がふと遠い目をする。
 それじゃ、俺は宿題してくるからと自室に戻った匠音の背を見送り、和美はふとため息を吐いた。
「……匠海……」
 匠海と仮装したかったな、と呟き、彼女は棚の上の写真に視線を投げた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 ハロウィン当日。
 街は仮装した人間で溢れかえっていた。
 仮想現実メタバースSNS「ニヴルング」でもコスプレアバターが闊歩し、運営が用意したお化けやコウモリのbotが飛び交う賑やかな一日になっているがそれよりもリアルで仮装したいというのが人間なのだろう、大人も子供も思い思いのコスチュームに身をまとい道行く人々に「ハッピーハロウィン!」と声をかけている。
「……よし、」
 マントの留め具を確認し、匠音が小さくガッツポーズをとる。
 気分的には「シルバークルツ」のコスプレなのでシルバーのチェーンなど巻きたかったが和美やメアリーには「吸血鬼をやる」と宣言しているためシルバーなど巻こうものなら設定破綻にもほどがある。
 なんで吸血鬼はシルバーアクセ苦手なんだよー、などとぼやきつつ匠音はリビングに移動した。
「あら匠音、似合ってるじゃない」
 匠音の姿を見た和美が開口一番、そう声をかけてくる。
「なんか照れるなあ……」
「いいじゃない。メアリーちゃんはなんの仮装するのかしら。あの子も毎年凝ってるからね……」
 そんなことを言いながら和美もテーブルに置いていたとんがり帽子をかぶり、気分だけ魔女になるつもりらしい。
「お菓子配りなら任せて! ちゃんと買って来てあるから」
 そう言って、和美は匠音に小さなバスケットを見せてきた。
 中には大量のドミンゴのキャンディチョコレートが。
「……母さん……?」
 じとり、と匠音は和美を見た。
「ん? どうしたの匠音」
 安全のために手作りじゃなくて市販のお菓子にしてるんだから偉いでしょ、と胸を張る和美に匠音がため息を吐く。
「……余ったら自分で食べるつもりだよねそれ」
「あ、バレた」
 てへ☆と和美が可愛く自分の頭を小突いているが匠音から見れば「いい歳した大人が……」である。
 まあいいや、と匠音はテーブルの上のジャック・オ・ランタンを模した小さなバケツを手に取った。
「じゃあ、行ってくる。あ、後でメアリーとの写真撮ってよ」
「勿論。行ってらっしゃい、匠音。気を付けてね」
 まぁ去年みたいにストリングシューターで大暴れすることもないだろうから心配はないわね、という言葉を背に匠音は家を出た。
 隣のドアの前に立ち、一度深呼吸する。
 それから呼び鈴を鳴らすとこれまたとんがり帽子をかぶったメアリーの母親が出てきて匠音に挨拶する。
 母親くらいの年代って魔女やるのが流行りなんだろうか……などと思いながら匠音が待っていると、「お待たせ」という言葉と共にメアリーが玄関に出てくる。
「……あ……」
 メアリーを一目見た瞬間、匠音が息を呑む。
 そこに立っていたのは顔は確かにメアリーだが、コスチュームはどこからどう見てもヒロイックアクション映画のヒロイン、「キャプテン・インフィニティ」のもの。
「どう? お母さんマミーの手作りなんだけど」
「まっ……マジ!?!?
 そういえばメアリーの母親はとんでもないレベルの日本製アニメジャパニメーションオタクナードで毎年夏にロサンゼルスで開催される「アニメ・エキスポ」にはコスプレして参戦するほどだった、と思い出す。
 そのコスプレ衣装も全て自作、しかも本場の日本の関係者も称賛するほどの仕上がりだと考えればメアリーの仮装のコスチュームくらい朝飯前なのだろう。
「……レベル高ぇ……」
 いや俺の衣装も安物じゃないけどと思いつつも匠音は素直にメアリーの仮装を称賛する。
「す、すごいじゃん。ちゃんと身体に合わせて作ってあるから動きやすそうだし」
「でしょ? 匠音も作ってもらえばよかったのに。匠音なら安くしてくれるって」
「いや、流石に俺の小遣いだけで作ってもらうのは悪いよ。それに今年はこれにしたかったし」
 そんな会話をしつつもメアリーは母親からジャック・オ・ランタンのバケツを受け取り、手を振る。
「じゃあ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい。匠音、メアリーを頼んだわよ」
「え? あ、は、はい」
 社交辞令なのに何故かどぎまぎしてしまい、匠音が何度も頷く。
 並んで街を歩いていると時折仮装した友人に出会い、それぞれの仮装についての感想を交わしたりする。
「……じいちゃんとこにも行ってみるか」
 歩きながら、匠音はふとそう呟いた。
「匠音のおじいちゃん? いいわね、見せてあげよ!」
 メアリーも二つ返事でOKを出し、二人は数ブロック離れた匠音の祖父、白狼しろうの家まで向かった。
 ドアの前に立ち、二人が顔を見合わせて頷く。
 匠音が呼び鈴を鳴らし、ほんの少しの沈黙の後ドアが開き――。
「「ぎゃああああああああああああああ!!!!」」
 アパートメントの廊下に、二人の絶叫が響き渡った。
「なんじゃい、人の顔を見て絶叫とは失礼な」
 ドアの隙間から身を乗り出し、頭に斧が刺さったゾンビ――仮装した白狼が腰を抜かした二人に声をかける。
「じ、じいちゃん……」
 メアリーと抱き合ってガタガタと震える匠音が上擦った声を上げる。
「……無駄にリアルな仮装してんじゃねーよ!」
 メアリーの前だ、なるべくヘタっているわけにはいかないと自分を奮い立たせて匠音が抗議する。
「どうだ、すごいだろ? 通販で特殊メイクセットを買って、一部はAR表示でいじっているが腰抜かすほどなら大成功だな」
「じいちゃん、俺が来るの分かってたのかよ」
 匠音がそう訊くと白狼は「勘だ勘」と答える。
「まぁ、お前らが来んでも近所のガキどもが来るからな。ほれ」
 そんなことを言いながら白狼は二人のバケツにキャンディを入れる。
「ハッピーハロウィン。楽しんで来いよ」
「う、うん。ハッピーハロウィン」
 立ち上がり、匠音とメアリーは白狼に向かって手を振った。
 白狼がそれっぽい動きで家の中に戻っていく。
「……じいちゃん、やべえ……」
 白狼の家を後にし、二人が帰路に付く。
「でも、匠音のおじいちゃんの仮装すごかったね」
「……うん」
 まさか腰抜かすとは思わなかった、とメアリーと並んで歩きながら匠音がぼやく。
 自宅のあるアパートメントまで戻り、二人はぐるりと家々を回り。
 ジャック・オ・ランタンのバケツがいっぱいになったところで二人はそれぞれの家の前に戻った。
「匠音、面白かったね!」
 メアリーの声に匠音も頷く。
「それじゃ、明日また『ニヴルング』で! ハッピーハロウィン!」
 そう言ってメアリーが家の中に入っていく。
 匠音も玄関を開け、中に入った。
「おかえり、匠音」
 和美がキャンディチョコレートの包みを開いて口に放り込みながら出迎える。
「ただいま、母さん」
「……で、メアリーちゃんは?」
「……?」
 和美の言葉に匠音が首をかしげる。
「やだー、メアリーちゃんと写真撮ってって言ったの匠音でしょ? 忘れてた?」
「……」
 あっ、と匠音が声を上げる。
「忘れてたあああああああああ!!!! メアリー! 脱ぐの待った! 写真、写真撮って!!!!」
 匠音の絶叫がリビングに響き、そしてバタバタという足音が玄関に消えて行った。

 

End

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