イシャン伝 その1
シュルアート・キー・スミーティ ~始まりの記憶~

  

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《1981年 某月某日 インド民主共和国 首都:スヴァスラジュ直轄地 ラジュメルワセナ邸》

 

 すっかり日が沈み、月が高く登った深夜。
「ただいま。遅くなった」
 その邸宅の家主にあたる男、イシャンは流石に皆もう寝てるだろうと小声で挨拶して家に映える。
「お帰りなさいませ、父上」
 しかしイシャンの予想は裏切られ、息子であるアニクが出迎える。
「お前、まだ起きてたのか」
 アニクはまだ日本で言うところの小学3年生にあたる。こんな深夜に起きていていい子ではない。
「どうした、特に俺を待つような理由はなかっただろ」
 部屋に上がりながら考える。
 誰に似たのかアニクは頑固なところがあり、約束などは履行されるまで頑なに次の行程に進まないような事があった。
 だが、今日はその類とも思えない。
 ――今日の主な議題はアスベスト規制についてだったしなぁ
 最近の出来事でアニクが自分に反応を求めそうなものはなんだろうか、と考える。
「もしかしてコーラを拾ったりでもしたか?」
 四年前にニホンのオールド・トーキョーをはじめとしたニホン各地で起きたコーラに毒物が混入した事件、同様の手口と見られるものが数週間前にこのインドでも発生した。
 アニクは自分の功績を褒めて欲しいと要求する傾向があるため、イシャンはそれらしいコーラ瓶でも拾ったのかと考えた。
「いえ、そう言うわけでは」
 ところがアニクの返事はやけに歯切れが悪い。
 ――これは後ろめたい事があるって動きだな
 イシャンはすぐにピンと来た。
「なるほど、単に夜更かしか」
 ギクっ、と、アニクが若干後退る。
「なるほどな、まぁ俺もお前くらいの時はヤンチャしたもんだ」
 もうこいつもそんな時期か、とイシャンは自分の子供時代を、目の前の息子と同じ名前の親友の存在と同時に思い出す。
 ――アイツどうしてるかな……
 その頃の親友であったアニクがヴァルナ平等化政策に伴いレイという姓を得たところまではイシャンも確認していたが、その親友とは喧嘩別れしたような経緯であったので、直接訪ねるのは憚られ、今なお疎遠……というか縁がない状態だ。
「父上?」
「あ、いやすまん。昔のことを思い出してな。で、そんな夜更かしして何をしてたんだ?」
「いえ、別に夜更かしをしようと思っていたわけではないのですが……」
 とアニクはおずおずと寝室の枕元から本を持ってきた。
「なんだ? 『インド民主共和国建国物語』? 《偉大なる王マハーラージャ・ラーヒズヤとその四男坊にして偉大なる英雄デーヴァ・イシャンについて丸わかり》……?」
 前者が書籍の名前、後者が帯の煽り文句だった。
「はい。エンジェルダストの日以降。お祖父上とお父上がいかにしてこの国を立て直して今の素晴らしい国を作り上げたかが詳しく書かれています」
 そこからアニクによる建国物語とやらの素晴らしいエピソードを紹介し始めたが、いささか美化されたその内容にイシャンは思わず苦笑いする。
「本当にお父上はすごいです。僕ぐらいの時からずっとこのインドで当たり前と思われていたヴァルナに疑問を持ち、ずっと準備を続けて、ついにヴァルナの平等を実現してしまうなんて」
「いや、そこまで来ると美化ってか嘘だな。確かにお前と同じくらいにヴァルナに疑問を持ったのは確かだが、その後はそこまで準備なんてしてなかったよ。ただただ人権って概念が発達してるらしいイギリスに憧れ、身分が劣る人達に俺は気にしない、なんて傲慢を押し付けてただけだ。今にして思うと、シャイヴァやスジャータ達も良い迷惑だっただろうな」
「そう……、でしょうか。でもお父上は現にその子供の頃からの努力が報われてこうして今も大統領に……」
「いや、だからそれが美化だって。むしろお前の方が勉強してる方だぞ、俺が8つの時なんか本なんて読まなかったしな。ずっと庭や外で遊び倒してたくらいだ。10の時にアイツに会ってヴァルナに疑問を持つようになったのは事実だが、それ以降も特に勉強していたとは到底言えないぞ。むしろ勉強を迫る父親ラーヒズヤ侍従長ラオに対し反抗期を謳歌してボイコットに励んだ記憶しかない程だ」
 ふと、今こうやって自分を慕ってくれているこいつもあと3.4年もしたら自分に反抗するようになるのだろうか、とそんな想像が頭をよぎった。
「……よし。じゃあ若い頃の俺がどれだけダメな奴だったか、どんな失敗をしてきたか、寝物語に聞かせてやろう。だから、ベッドに戻ろうな」
 今のうちに家族らしいことをしっかりして、あと、反動で嫌いになりすぎないように、尊敬ポイントを少し落としておくか。そんなことを考えてイシャンは提案する。
 幸い、アニクは目を輝かせて寝室に向かった。
 イシャンはスーツを脱いで壁にかけ、シャツとズボンを適当に脱いでソファの上に放ってラフな格好になってから、一度自分の寝室に寄ってクルタパジャマを回収してアニクを追う。
 ちなみにラジュメルワセナ邸は広さのわりにイシャンと妻とアニクしか住んでおらず、使用人はいない。なので、今放り投げたシャツとズボンはアニクが寝付いてからイシャンが自分で片付ける必要がある。

 

「なるほどな、少し前にライトスタンドを欲しがったのは読書灯に使うためだったのか」
 寝室の枕元に置かれたライトスタンドになるほど、と頷きつつ、アニクが布団に入ったのを確認して、イシャンが語り始める。

 


 

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