一騎当千、未だ至らず

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 真っ暗闇の中。手にしっかりと握った十字槍の感触だけが彼女の全てだ。
 他の感触を逃さぬよう、感覚を研ぎ澄ませる。
 目の前で、風がわずかに動くのを感じる。
 十字槍を横に振る。何かに引っかかるのを感じる。
 ――取った!
 その引っかかった"何か"を一気に地面に叩きつける。"何か"は感触からして棒のような何か。おそらくは薙刀だが、以前は斧槍ハルバードだったこともあったし、刀だったこともあった。つまり油断は出来ない。
 少なくとも棒状である以上、棒が上に向いている方に所有者がいる。
 どちらにせよ動いて位置を晒した以上、迷う暇はない。彼女は所有者の方に向けて一歩を踏み出し、槍のではない側、石突で一気に攻撃にかかろうとした、その時、風を感じた、と思った時には遅かった。首筋に何か金属が触れる感触。
「決まりだな。そこまで」
 彼女の父の声がして、彼女は自身の目隠しを取り外す。
「残念でしたね、朱槍あかり。今回の私は二本武器を持っていました」
 目の前で練習相手、中島なかじま美琴みことが微笑む。手には薙刀と刀。そして、目隠しのための布。
 ――恐ろしい人だ
 彼女、朱槍は思う。美琴は武芸百般の強者という言葉を体現したような女性だ。札術と式神、陰陽の術を自らの本来の戦闘スタイルとしながら、刀、薙刀、ハルバード、弓、その他ありとあらゆる武器に精通している。
「もう今日だけで5回目の敗北だ。負癖がついてもまずい。美琴殿、すまないが最後に目隠しなしでやらせてもらって構わないか?」
「えぇ、構いませんよ」
 朱槍の父が提案する。
 彼の言葉はいかに武芸百般の強者たる美琴であっても、目隠しが無ければ、僅か18歳の朱槍には勝てない、そんな意味を内包しているのだが、美琴は嫌な顔一つせず受け入れる。
「さぁ、始めましょう」
 美琴が薙刀を構える。
 その構えを見た途端、朱槍の視界に美琴の攻撃の軌跡が浮かび上がる。
 前に踏み込む。美琴が薙刀を僅かに上げる。朱色の視界に浮かぶ軌跡が僅かに変化する。
 ――さすが、対応が早い
 しかし、朱槍の踏み込みの方が早い。軌跡の通りに向かってくる刃を十字槍で受け止める。
 美琴の動きの軌跡が朱槍の視界に浮かび上がる。
 ――刀!
 朱槍の視界に浮かび上がった軌跡は袖の内に隠し持っている刀が飛び出すことを示唆していた。しかし、既に見えているなら、それを避けることは難しくない。十字槍の棒の部分、銅金と呼ばれる位置で刀を受け止める。
 奇襲重視で無茶に突っ込んできた美琴の体は今や死に体だ。
 そのまま流れるように十字槍を動かし、石突で体をつき、バランスを崩したところを、首筋に穂を突きつける。
「そこまで、朱槍の勝ちだな」
「流石、宝蔵院ほうぞういんの血の力。勝つのは容易ではないですね」
 血の力とはその家系に代々伝わる不思議な力のことだ。朱槍の家、宝蔵院家に伝わるそれは、一度でも見たことのある技に限り、絶対に見切る事のできる、という条件付きの超短期未来予知と呼ばれる能力だ。
 先程、朱槍と美琴がわざわざ目隠しをして鍛錬をしていたのはそのためだった、
 基本的な体作りと技を身につけた朱槍にとって、それほどの条件でなければまともな打ち合いすら敵わないのだ。
 とはいえ、その鍛錬の過程で五連敗した事から伺えるように、視界に頼らない戦いはまだまだ朱槍には難しいようだが。

 

「今日はこの辺にしておきましょうか。私も帰らなければ」
「はい。お疲れ様でした」
 二人がお辞儀をして、美琴が道場を去ってゆく。
「美琴さまがもう少しいてくれれば、もっと早く強くなれるのに……」
 美琴は美琴で、目隠しをしても問題なく普段通りの能力を発揮出来る貴重な練習相手だ。そのような存在はそうそういない。
「そういうな。子供を幼稚園に預けている間に来てくださるだけでもありがたいと思うべきだ」
 父が嗜める。美琴には幼稚園に通う子供がいた。それは当然中島家の跡取りになる子供という意味でもある。中島家は物心ついた時からすぐに後継としての勉強と鍛錬が始まると言われている。幼稚園から帰宅した子供には中島家の後継者たるための勉強が待っているのだろう。つまり、宝蔵院家の鍛錬のために長く留まって貰えば貰うほど、中島家の後継育成の時間は失われていく事になる。宝蔵院家の勝手な都合で、中島家の後継育成を邪魔する訳にはいかないのだ。
「来年度になれば小学生に上がるわけですし、少しは長く時間を確保していただけるでしょうか」
「たわけ、その頃には一人前になってる程度の事は言えんのか。何より、鍛えるべき事は他にいくらでもあるわ」
 気の長い朱槍の言葉を叱り付ける父。
 ――何を鍛えよというのです。もう目隠しさえなければ負けなしだと言うのに
「それはそれとして、そんなお前に、月夜つきや家が明日明後日を使って対処してほしい霊害がいるとの事だぞ」
「土日を使って、ですか」
 朱槍が父から紙を受け取る。月夜家は討魔組の統括を行なっている家系で、本業である討魔師の活動の他に、宮内庁霊害対策課から発布される情報に対して、討魔師を割り振ったり、発布されるより前に情報を掴んで討魔師に通達したり、といった活動を行なっている。
 が、複数日に渡る仕事と言うのは朱槍は初めて聞く。
「詳細は月夜家当主から直々に聞く事。集合時間厳守、ですか。何故そんなに隠すのでしょう」
「それは分からん。確かなのは、厄介な相手だって事くらいだな」
 普通、一つの怪異に対しては一人の討魔師が当たるのが基本だ。龍脈結集地のように防衛が必要な場合は、防衛と遊撃の二人体制で当たることもあるが、そうでないのに複数の討魔師が当たるというのは、よほど強力な霊害が現れたと考える他ない。
「ふむ。厄介な相手ですか」
 ところが、きょうび、強い霊害というのは滅多に現れない。考えられるとしたら上級悪魔だが、多くの場合、討魔師は下級悪魔とのモグラ叩きで精一杯で上級悪魔と交戦するケースは極めて稀だ。
 それ以外の鬼だとか妖狐だとか、そういうのはほとんどとっくの昔に討滅され尽くされている。西洋の事情は詳しくないが少なくとも日本においては、数少ない生き残りも月夜家が討魔組を仕切り、組織的に討魔師が動くようになって殲滅された。
「どこかの地区で上級悪魔を引き出せるくらいに遊戯ゲームを停滞させたんでしょうか?」
 上級悪魔はこの世界をゲーム盤のように扱っていて、下級悪魔を使役して他の上級悪魔と陣取りゲームをしている。そのゲームのことを遊戯と呼ぶ。そして、上級悪魔が出張ってくるのは、その遊戯がよほど膠着することになった時に限られている。もちろん、腰の軽い上級悪魔もいないわけではないが、例外中の例外と言って良い。
「複数人で事にあたるからには、最も現実的な可能性はそれだろうな。とはいえそれならそう書けば良いだけの話だ。何か裏があるのかもしれん」
「裏、ですか? 月夜家に何か良からぬ動きが?」
「いや、そう大したことではないかもしれん。例えば相手がロアの類で、知名度が高まると危険だ、とかな」
「それなら一人でさっさと倒した方が安全そうですが」
「まぁ、それはそうだな。だが、我々に想像できる事情といえばそれくらいだ。ほとんど考えにくい判断だと言ってもいい。月夜家によからぬ動きがあるとは考え難いが、ともかく気をつけよ、朱槍」


 月夜家の指定した場所は駅前だった。1月の早朝、日も出ていない寒い時間。人気も少ないので、車のそばでコートを着て待っている当主がすぐに見えた。
「やぁ、まっていたよ」
 月夜家当主が朱槍を迎える。
「では、早速現場に向かおう。武器はトランクに詰めると良い。竜一りゅういち、トランクを開けてくれ」
 当主が運転手に声をかけ、トランクが開く。見れば、当主の刀は既にトランクに入れられていた。竹俣兼光たけのまたかねみつの写し、与えられた銘は雷夜らいや。日本の多くの討魔師が規模の大きい戦いにおいて、この刀を持つ男の指示の下で戦ってきた。とはいえ、妙齢となった当主自らが刀を持つ機会は朱槍が討魔師になって、以来初めてのことだった。
「その、当主、失礼ですが、大丈夫なのですか? お体が優れないというお話も聞きますし、何より――」
「次期当主の事なら心配はない。そんな事より今は与えられる任務に集中せよ」
 心配になって尋ねた朱槍の質問に半ば叱責するように回答し、助手席に入る。
「それでは、私も失礼します」
 朱槍が後部座席に座ると、もう一人の討魔師も入ってくる。
「お初にお目にかかります。柳生やぎゅう 彰俊あきとしと申します」
「おぉ、柳生家の。宝蔵院の朱槍です。噂は父から聞いている。数少ない同年代同士だ、仲良くしよう」
「こちらこそ」
 二人がシートベルトを締めると同時、車が発進する。
「失礼ですが、運転席の方は? 帯刀を許されているのは襲撃に備えてと納得出来ますが、なぜ彼が?」
 運転席の男は見た目だと朱槍や彰俊とそう変わらない若者に見えた。
「彼が私より年上だからだよ。名を竜一と言う。普段はアメリカか、日本にいてもだいたい沖縄にいるから、初対面なのも当然だ」
「年上? それではその、中島家と同じように」
「えぇ。私は千隼ちはやと同時期を生きた人間ですよ、朱槍さん」
 ――やはり、永遠エターニム因子か。
 と朱槍は思う。
 中島家の人間は異常に長命だ。それは第二次大戦下を生きた美琴の父、千隼が未だに若者と見分けがつかないことからも伺える。
 これは、エターニムと呼ばれる因子を持っているからだと言う。永遠因子を持つ存在は極めて長命になる。中島家は代々この因子を受け継いでいるため、美琴の父である千隼もその同年代の彼も未だに若者の姿を維持しているし、そして彼、竜一も妙齢である月夜家当主より年上だ、ということなのだろう。
 ――中島家が天皇家の分家だから特別なのかと思っていたが、そうでも無いのか、それとも竜一様も廃嫡されただけで元は……
「まぁ私の事は、今回の作戦のために昔馴染みを助けに来た助っ人程度に思ってください」
 朱槍の詮索に先手を打つように竜一が言う。
「助っ人……、当主様、今回の作戦はこれだけのメンバーで行うのですか? その……」
 あまりに心許ない。当主とそれより年上らしい竜一の腕に問題はないだろうが。朱槍と彰俊はまだ新人だ。
「まだ、一人現地で合流する」
「それで全員、ですか?」
「あぁ」
 ――最後の一人がどれほどの熟練かは分からないが、僅か5名。しかもうち2名は新人。決して少ないわけではないが、いくらなんでも数を絞りすぎではないのか。月夜家当主の声がけとなれば、もっと数を集めることも可能そうなものだが……。
 数が多ければいいものではないとはいえ、基本的に大勢でかかった方が有利だ。何より、上級悪魔は手勢が多い事もあり、味方が多いに越したことはない。集団戦において状況を分けるのは数の差なのである。
 どれだけ優れた敵も複数を相手することは難しい。いいとこ二人が限界だろう。だから集団対集団が戦闘になった時、1対1の組み合わせが数が少ない方に合わせて生まれ、数が多い方の余った分がどこかの組み合わせに加わる。
 そして数的有利を得ている組み合わせはその有利によって勝利すると、その分の余剰がまた他の組み合わせに加わる。数的有利というのは埋まりにくいのだ。
 もちろん、実力差が顕著であれば話は別だが、上級悪魔の直接の手勢と討魔師だと、相手の方が上なことはあっても、こちらがよほど上というのは滅多にない。あるいは、千隼様と同等と言われている竜一という彼は別かもしれないが。
 ――とすれば、私たち二人が連れてこられたのは、なんらかの勉強のつもりなのか?
 朱槍は考えた。もし、竜一と当主――あるいはこの後合流するらしいもう一人も含めて――だけで充分だと踏んで臨んでいるとしたら。
 新米である朱槍と彰俊になんらかの経験を積ませたいのかもしれない。正直自身の血の力をとうに使いこなしている朱槍としては、やや複雑な気持ちではあったが、そういうことであるなら、遠慮なく経験させてもらおう。
 そう考えて、先に何があるかを考えるのをひとまずやめることにした。何が待っているにせよ、宝蔵院の討魔師である以上、ただ見て、そして倒せば良いだけのことだ。
 添えつけられたテレビのニュースが自衛隊イラク派遣について報じていた。陸上自衛隊の先遣隊がついにイラク国内に入ったらしい。

 

 かなり長い時間走ったように思う。というより、到着した頃には日がすっかり頂点を通り過ぎていた。
「ここは? どこか洞窟のようですが?」
「岩手だ」
「お待ちしておりました、当主様」
 岩手のどこだ、と尋ねるより早く、二本の刀を帯刀する男が当主に駆け寄り、膝付く。
「先に来ておったか」
「はっ。宮本みやもと 貞次さだつぐ、ここに」
「宮本家の。宮本家は確か九州の討魔師のはずでは?」
「うむ。小倉のよ。だが、此度は私の信用出来るものとして呼び寄せる事とした」
「なるほど、よろしくお願いします、貞次殿。私は宝蔵院 朱槍と申します」
「柳生 彰俊です。よろしくお願いいたします」
「うむ。二人とも、よろしくな」
 挨拶を終え当主を探してみると、当主と竜一は洞窟に近づいていた。
「厄介な結界だ。竜一、頼めるかな」
「あぁ、もちろんだ」
 竜一が何かの印を結ぶ。
 ――いや、むしろあれは十字を切った、のか? とすると一神教系の術か。アメリカや沖縄にいたというのなら不思議はないか。
 あまり一般的ではないとはいえ、一神教は戦国の時代に日本に流入し、ずっと存在してきた。故に一神教系の討魔師という存在を不自然とまでは言えない。ただ、珍しいな、と思うくらいだ。
 そして、竜一による神性の発現が終わった直後、膨大な魔性が内部から溢れ出てくる。
「なっ、こ、これは……」
 魔性、端的に言えば強すぎる妖が持つ神性に似た力だ。学者としての性質を強く持つ魔術師や錬金術師はもう少し細かく知っているようだが、討滅する側としては、ともかく強い妖の発する強い力だと認識しておけば良い。
「こ、これは強大すぎませんか? たったの……」
「動ずるな。そんなことより、急ぐぞ。結界が破壊されたことはすぐに"向こう"も気がつく」
 当主が駆けていく。竜一と貞次が続き、朱槍と彰俊が顔を見合わせてから、それに続く。
 洞窟に入った直後、黒い人型の下級悪魔が立ち塞がった。
 ――下級悪魔! ということは、敵は上級悪魔か
 三本の爪を持った腕が朱槍に振り下ろされる、よりも先に十字槍がそれを突き刺す。抜いて、続いて振り回すように切断する。
 見れば、彰俊は攻撃してくるより早く一刀両断していた。
 ――柳生は柳生でも殺人刀の方か。いつか手合わせしたいところだ
 その向こうの三人はより恐ろしい成果を上げていた。
 先程の数的有利の言及は撤回しよう。彼我の実力差は顕著だった。こちらを大幅に上回る敵相手にまさに一騎当千の戦果を上げていた。
 貞次は二本の刀で同時に二体、むしろ四体を同時に相手している。
 ――竜一は一神教の術だけではなく、魔術も使うのか……
 竜一の使う剣術は刀を使うそれとは思えなかった。刀の振り方からして何かしらの流派を収めてはいるのだろうが、そういう問題ではなかった。ファンタジーRPGに出てくる魔法剣のように刀に炎や雷を纏わせ、それを飛ばして敵を粉砕する。そして敵からの攻撃は障壁で防ぐ。ある意味で刀を使っている意味が分からないほどだ。
 そして当主は全ての攻撃をまるで見えているかのように回避し、全てを切断した。
 その背中が語っているように見えた。
 お前の力は使いこなせればこれほどの一騎当千の将になれる。なぜそうしないのか。
 と。
「誰かここで殿しんがりを務めよ」
「殿、ですか?」
「あぁ。これから下級悪魔を殲滅しつつ進む。だが、結界が解除されたのを良いことに、下級悪魔が外に出て行こうとするかも知れん。それは阻止せねばな」
 朱槍は、ここだ、と思った。
「では私がその役割を担いましょう」
「ふむ。確かに。このメンバーの中で唯一の活人剣の使い手であるお前なら、殿に不足はなかろう。対人戦の経験もある。よし、任せたぞ」
「はっ」
 なぜ対人戦に言及したのか、という小さな疑問が残ったが、まぁあの下級悪魔は人型だったしな、と納得し、ともかく大切な役割を頂けたことに感謝して、槍を構える。

 


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