縦書き
行開け

その叫びは誰を引きずり下ろすか

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 私はこの国が嫌いだ。島国だから狭いし、本当は他の民族もいるのに、さも単体の民族で構成されている国であるかのように語られるし、民主主義国なのに未だに王朝時代の一家が存命でメディアにも露出しているし、先の大戦であんなに爆撃されたのに、今では何もなかったかのように復興しているし。いや、まぁ所詮こじつけにすぎないが。

 

 私はこの国にかつてより仕えてきた魔術師の一家、その跡継ぎだ。しかし、民主主義国となったこの国にはそのような存在は必要ない。今は全く別のこの国の組織が私の家の代わりを努めている。正しいことだ。私もその判断に不満はない。むしろ、民主主義国となってなお、国と私の一家が関わり続けるようであれば、その方が不健全だ。だから、一部の者が言うように、国が私たちを見捨てた、とは決して思わない。この国が嫌いな理由は別にある。
「何をそんなにぶすっとしている?」
 私の右に座り、ハンドルを握っている男が、こちらを一瞥もせずに話しかける。
「こっちを見てもいないでしょ」
「雰囲気で分かる。あの方の命令なのが気に食わないのか?」
「そりゃあね。あ、そこ左」
 車がそこで左折する。右折するときと違って対向車を待たなくていいので助かる。私が車両の走行ルートを決めるとき、私はいつも可能な限り右折を避けるルートを選ぶ。
 それにしても、まさかこの運転手に見抜かれるとは。そう、今の私はわざわざこの国が嫌いな理由について頭の中を巡らせるくらいには不機嫌だった。理由も推測通り。”あの方”、それはすなわち、この国に未だ存在するかつての王朝の一家、その筆頭である人物だった。ちなみにこの運転手は、先ほど説明した私の一家から仕事を引き継いだ組織のメンバーだ。魔術は使えないが、それに代わる装備を持つ。けれど、私が呼ばれたというからには、その装備ではどうしようもなかったのだろう。
「この先には詳しくないんだが、こっちであってるのか?」
「うん。東の方には詳しくないの? やっぱり上流階級は違うんだ」
 この街の東はかつて王朝が健在だった時代から主に下流階級の人間が地域だ。当時、極めて凄惨な殺人事件が起きたことでも知られる。国の秘密組織に所属する人間なのだからさぞかし良いご身分なのだろう、と言ってやったのだが。
「よしてくれ。これでも出は商人でね。ただ、こっちに配属されてから東の方に行ったことはないだけだ」
 彼もよくて中流という程度の階級だったらしい。
 そう、私がこの国を最も嫌うのは、ここだった。この国は民主主義の元に平等の国だ。しかし、所詮そんなものは表向きの話。資本主義がはやくから導入されたこの国は、かつて王朝が存在したころから、今に至るまで、結局生まれによって、生活が固定されている。「国会議員にはなれても上流階級にはなれない」。なんて、この国の状況を揶揄した言葉があるくらいだ。
 ここから西にアメリカ、という国がある。かの国は「自由の国」などと言われ、「アメリカンドリーム」などという言葉さえある。身分の低いものでも高い身分に至れる、そんな意味の言葉だ。もちろん、本当にアメリカがそんな良い国だとは思っていない。ほとんどの民が夢に破れ、低い身分のまま終わるのだろう。福祉制度で見ればこの国の方が充実しているし。だが、少なくともあの国には夢がある。それがわずかなものだとしても、かつての栄光だとしてもだ。間違ってもこの国を指して「ドリーム」とは言われない。この国には夢がない。
 外の人はこの国の国民性を評価したような呼び方をする時もある。しかし、多くの場合、それは上流階級のものたちの事にすぎない。
 こんな逸話がある。
 あるアメリカ人がやってきて、バスに乗る。バスの運転手は業務をこなすが、アメリカ人はその運転手の態度に疑問を覚える。「あなたの態度は紳士ではない。常に紳士でいなさい」と、アメリカ人は言う。運転手は言う。「私は紳士などではない。ただの運転手だ」、と。
 このエピソードは主にこう解説される。「アメリカ人はどんな身分でも心に紳士を持っている。一方、私たちの国の民は自身の階級を意識し、そこに誇りを持っている」。どちらが良いという話でもなく、それぞれの国民性なのだ、という。
 けれど、そんなものは欺瞞だ。ならば、大人しく、我が国は未だに階級制から脱却できない役割分担の国だ、と言えばいい。何が「紳士の国」か、それなら、どんな身分でも心に紳士を持っている、ということになっているアメリカの方がよっぽど紳士の国じゃないか。
「ほら、ついたぞ」
 車が止まり、私は降りる。この地区の名前には白という色が使われている。白という色は好きだ。私は一家の中でも「白」の所属だし、私の髪の色は白色で美しい。
 だが、この地区は決して美しい地区ではない。私に指示を出したあの王朝が支配するより前から、この街は貧民たちの街だった。第二次世界大戦においてファシストの空爆で大きな被害を受けてから、その悪評は消え去った、というが、それが十分とは言えまい。福祉が行き届かなかったかつてと比べれば何十倍もマシではあるだろうが。
「それで、現場は?」
 案内の男に問う。
「こちらです」
 私はまだ詳しく自分の仕事を聞いてはいない。どうも殺人事件らしい、とは聞いたが。なぜ私が呼ばれたのか。私たちの一家とかつて王朝には未だつながりがあり、今回のように対処に困った際には呼ばれることもある。だが、決して妄りに呼びつけてはならない。それが「民主主義国家となったからには当然守るべき線引き」だからだ。だから、この一件も、どうしても私の一家の、あるいは私の、力が必要だった、という事のはずだ。
 この地と、殺人事件。となれば必然的に、この地で王朝が健在だった時に起きた歴史的な連続猟奇殺人事件を思い出さずにはいられない。表向き、21世紀に至って未だ未解決とされるその怪事件は、裏の世界では私たちの先祖により解決、隠蔽されている。もちろん、今回の一件とは無関係だろう。事件は2世紀も前に解決し、犯人も死亡しているのだから。
「こちらが現場です」
 と、言う私の楽観的……というわけでもなかったはずの考えはその現場を一目見て砕かれた。
「同じ?」
「はい。1880年代にあなたの先祖が解決したというあの事件と、同一です」
 物理的にはその死体は全く猟奇的な殺人と無縁であった。だから「同一」とは、表向きの話ではない。「裏」の意味で、その死体はかつてのそれと同じだった。その死体は一切の魂が引き抜かれていたのだ。
「間違いなく、霊害」
 私が言うと、案内役の男が頷き、連絡を取る。この死体の状況が偶然起こりうるのか、意図的でなければ起こらないのか、その判断に悩んでいた、といったところか。
 霊害。それは幽霊による被害、というシンプルな意味合いではなく、妖精や魔術師と言ったオカルト全般による被害を総称した言葉である。
 この事件の解決に私の力が必要だというのが再認識されたところで、改めて事件の説明がされる。
「もう三人も? それで、なお判断に困っていた、と?」
 男は答えにくそうに、曖昧に濁す。いや、分かる。三人目はこの地区にたまたま訪れていた中流階級の人間。それ以外の二人はこの地区に住む下流階級の人間だ。おそらく、そこまでまともにオカルト的な意味での捜査が行われなかったのだろう。いかにも、この国らしい。この国の表は流石にそういった差別はされないが、裏の世界では未だに変わっていないのだ。
 ここは二人目の被害者の殺害現場のようだ。とりあえず判断のために一番近い場所に連れてこられたらしい。そして事件の頻度からして、死体はとっくに埋葬されてるはず……。
「ねぇ、これって」
「はい。再現し、固定した状態です」
 なるほど。簡単に言うと魔術でこの部屋の状態を事件発覚直後まで巻き戻して再現した状態、と言うことか。まぁ質問してても事件は解決しないだろうし、動こう。
「まずは、基本中の基本から……」
 指の先端に魔力を集中させ……。
「こら、キミ、ココに入っちゃいかん!」
 る前にそんな声が聞こえてくる。振り向くと、6歳程度の女の子がこの家をのぞき込んでいた。
「あ、待って、話を聞かせて」
 子どもがこんな何もないところに遠出してくるはずがない。おそらく、この辺りの子どもだろう。子どもの感性は侮れない。話を聞く価値はあるはずだ。それに、女の子は大好きだ。こんな男ばっかりのところでたまたま出会えたオアシスみたいなものなのだから、補給させてもらってしかるべきだろう。
「お嬢ちゃん、話を聞かせてもらえる?」
 しゃがんで、視線を合わせる。女の子は少し警戒しながらもこくりと頷く。
「じゃあお名前は?」
「…………イライザ。イライザ・セアラ」
 イライザ、エリザベスの短縮形か。綴りは分からないが、一般的にはElizaか。とある戯曲のヒロインの綴りが元で、今ではよく見かける綴りだ。……なんで綴りを最初に気にしているんだ、この子に呪いをかけるわけでもないのに。
「イライザちゃんか。このお家に何か用事?」
「分かんない」
「分かんないか。この辺に住んでるの?」
 首を横に振る。用事は分からないが、この辺の子でもない? 少し奇妙な主張だ。用事もなく遠くからここまで来た、とでも言うのは少し普通ではない。いや、私は経験はないが、そういったケースは一つ思い当たった、即ち、
「家出?」
 少し悩んでから、イライザちゃんは首を縦に振った。
 とすると、この一件には無関係か。周りの男たちも、会話に注意を払っていたらしく、なんだ、そんなことか、と警戒を解く。
「行くアテ、ないの?」
 こくりと頷く。だが、男たちは何もしない。自分たちの仕事ではないからか。なるほど、自分の仕事に誇りを持っているわけだ。
 念のため、この家の主、二人目の被害者に娘がいなかったかを確認する。全ての記録は魔術で第二の脳サブ・ブレインに記録してあるから、魔術で呼び出してやればすぐに”思い出せる”。どうやら、子どもは三人いて、そのうち娘は二人。一人はすでに死んでいて、もう一人はフランスで仕事をしているらしい。年齢的にも不一致だ。
「じゃ、お姉ちゃんが隠れる場所を作ってあげる」
 ポケットから木の枝を取り出す。ただの木の枝ではない。ルーン杖として加工してある。木の材質はイチイ。死と再生エイワズの意味を持つ木。ルーン杖とは簡単に言えば、ルーンを記述するのに使う杖で、多くのルーン魔術師は自身の陣地を使えない場合、このルーン杖を使って即席でルーンを刻み、術を発動させる。厳密に言えば、私はイチイの実の汁でルーンを刻んでいて、この枝はその筆としても使う。だから、この枝はルーン杖でもあり、普段使いの筆でもあるのだ。そして、今回の用途は筆の方。
 ケースから取り出したイチイの実――このケースにもルーンが刻まれていて、このケース内のイチイの実が痛まないようにしている――に枝を差し込み、枝を汁で濡らす。そして、家の外側、北側の壁にルーンを刻んでいく。北は一神教の世界においては大天使ウリエルが象徴する方位であり、また、同時に大天使ウリエルは大地を象徴する。すなわち、大地に何か影響を及ぼしたい場合、一神教の力を借りるなら北に刻むのが良い、ということになる。この国の多数派は一神教なので、ウリエルの力を借りるのが一番合理的だ。ルーンを一神教の”基盤”に馴染むように曲解を重ね合わせ、そして、完成する。
「ほいっと」
 それは扉である。そのすぐ向こうは殺害現場のはずだが、しかし、その扉の先に広がっていたのは地下への階段だった。
「さ、好きに使いなさい」
 イライザちゃんに微笑むと、イライザちゃんは笑顔で、その中に降りて行った。
 子どもというのはずいぶん恐れを知らないらしい。
 あとはこの扉がイライザちゃん以外に見つからないように扉にさらにルーンを刻み、認識阻害をかける。認識阻害とはその存在を人が認識するのを阻害することを言う。簡単に言えば認識阻害をかけると、それがその場所にあると知っていない人間からは見えなくなる、という事だ。この扉の存在を知っているのは私とイライザちゃんだけだ。だから、この扉に認識阻害をかけてしまえば、私とイライザちゃん以外はこの扉を認識し、利用することはできない、というわけ。

 

「さて、今度こそ」
 太陽のルーンを空中に刻み、死体に振りかける。
「ふーむ、胸を一突きか。激しい抵抗の後もある。傷口には特に魔力の痕跡はない」
 口に出すことで、その音声を文字化、サブ・ブレインに記憶できる。
 しかし、奇妙だ。魂を食らうために襲ったというなら、この傷こそがそのためのものでなければおかしい。しかし、どうもこの様子はそうではない。というより、死因は魂を食われたことではないな。単なる失血性のショック死だ。っと。
「死因は失血性ショック死。魂を食べたのはその後だと思われる」
 なんのために? 効率が悪いにもほどがある。よほど抵抗が激しい魔術師で、魂を食らう前にその生態活動を止めねばならなかった、というのなら、分かる。だが、この被害者の女性は魔術の適正こそあれ、魔術師ではない。
 念のため、さらに空中にルーンを刻み、調べるが、この部屋で魔術戦が行われた形跡はない。この女性は一切の魔術と関係することなく、ただ胸を刺されて死んでいる。
「あーー? 納得いかない――。あ、今の無し、自動筆記オートマティスム中止キャンセル
 私は呪文スペルの類は基本的に使わないが、言葉を使った方が便利な時は、ルーンに音声認識を仕込むことで対応している。音声によるサブ・ブレインへの記憶中、サブ・ブレインは音声の聞き取りに集中しているので、そのまま音声で指示をした方が都合がいいのだ。
 サブ・ブレインは一度に一つの事しかできないのが欠点だ。そのうち三つ目の脳を作った方がいいかもしれないが、どんどん今の数では不便に思うようになってしまいどんどん増やしていくことになりそうだ。そんなものはキリがないので、何か別の抜本的な解決策を考えたい。

 


 

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