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アント・ウォー 第1章

 
 

 砲弾の飛び交う甲高い音が鳴る。
 銃撃の音があちこちで響く。
 古今東西変わらない人類の営み、戦争。
 銃を持った男は部隊長の指示に従い、周囲を警戒しながら仲間と進軍していた。
 前方は戦車が守っているから正面から流れ弾の心配はあまりないが、側面から敵が突然現れたり、側面を抜けていく敵を見つけたり、と言った可能性があるので、気は抜けない。
 まぁ横を見る限り、基本的には頼りになる仲間ばかりだ。
 このまま戦車を盾に前に進んでいけば、敵の塹壕を制圧してしまえる。
 男も含め、周りの兵士達もやや楽観思想に染まりつつあった。
 直後、それが間違いだったと理解させられる。
 前の方の兵士たちが足を止めた。
 おいおい、戦車に遅れると撃たれるぞ、と男が前方を見ると、戦車が止まっていた。
「なんだ、あれ?」
 戦車には槍が突き刺さっているように見えた。だが、戦車の装甲を槍が貫通するはずがない。
 なんだ、なんだ、の声が広がる中、戦車が持ち上げられた。
 持ち上げているのは巨大なアゴを持つ、黒い怪物だった。
 赤い目をした黒い怪物は戦車を放り投げると速やかに目の前の〝食料〟で食事を始めた。
 〝食料〟とはつまりタンパク質で出来た肉の塊のことで、兵士たちの事だ。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
 一斉に兵士達が前線に背中を向けて走り出す。
 銃に撃たれるのだろうと想像はしていた。
 銃剣に突き刺され死ぬのかもしれないと想像はしていた。
 スコップで頭を殴られ殺されるのだろうとさえ、想像していた。
 その上で覚悟して、自分たちの国と故郷のために戦ってきたつもりだった。
 だが、それでも、
 食べられて死ぬのだけは、嫌だ。
 人間と人間の殺し合いにはまだ矜持がある。死体は回収され、弔われ、運が良ければ死体としてでも愛する者の元へ戻れる見込みすらある。
 けれど、けれど、これは違う。
 食い殺されれば何も残らない。
 こんなものは人間同士の殺し合いではない。
 なんなんだこの乱入者は。
 様々な悲鳴が頭の中を駆け巡りつつ。
 この怪物の捕食行動は人間と人間の殺し合いの一部なのだという残酷な真実をこの男が知る事はなかった。
 アゴを鳴らす音が聞こえ、男の首は切断されて、もうそこで意識を失ったのだから。
 もう2度と、その意識は戻る事はないのだから。

 

 新西暦N.A.D.310年。
 文明大崩壊と呼ばれる世紀の大災害を乗り越えて300年もの時が経っていた。
 一度は崩壊以前の人類のように互いに争う事はやめようと、武器を捨て、必死に復興しようと生きようと、そう希望に満ちた選択肢を選んだはずだった。
 しかし、文明大崩壊の渦中に失われた人類の資源は計り知れず、復興度合いの差や復興地の資源量の差などに起因し、復興地同士の外交問題に発展。
 結局人類は戦争の道を歩んでいた。


 戦争をするにも資源は貴重だ。可能であれば浪費はしたくない。しかしその一方で、資源を多く使い多くの戦力を投入した方が戦争に勝つのは自明。
 そこで人類はついに、文明大崩壊時の技術にさえ手をかけた。
「戦線が押されている! 部隊を再召喚せよ!」
「し、しかし、もうかなりの数を召喚してます。制御システムに異常でも発生すれば……」
「どうせ負ければ同じ事だ! 召喚承認!」
「召喚の承認を確認しました。太平洋樹への干渉開始、召喚陣を戦線に展開」

 

 戦場に巨大な魔法陣が出現する。
 そして、空が〝裂け〟て、その亀裂から沢山の人間サイズの蟻が落下してくる。
 ただ大きい蟻ではない。二足で立ち、手には槍を構えている。
 直後、後方から飛んできたミサイルが首の後ろ辺りに突き刺さる。
 すると、蟻達は一瞬動きを止め、黒い目玉を赤く輝かせ、再び動き始める。

「ドヴェルグの制御、掌握成功」
「よし、全部隊、進め!」


 かの巨大アリの名はドヴェルグ。かつて文明大崩壊の原因を作った恐ろしき怪物である。
 しかし今や、人類はそれさえも自らの手駒へと、恐ろしき戦争の道具にしてしまっていた。

 

◆ ◆ ◆

 

 北アメリカ大陸南東部。
 アールヴの森と呼ばれる肥沃な森を持ち、比較的自給自足の行きついていた復興地。
 その森が燃えていた。
 火矢。
 火を付けた矢を放つ事で、遠距離から敵の建築物に火をつけるための武器。
 古くは日本書紀にも記述がある古くから伝わる投射武器である。
 その矢が無数に飛んできていた。
「ニュー・アメリカの奴らだ!」
 森から逃げてきた猟師が叫ぶ。
 火矢の弾着位置は少しずつ奥へ奥へと進み、ついに森の奥に存在する里にまで及ぶ。
 人々の悲鳴が里の中に響き渡る。
「ニコラス、こっちよ」
 ニコラスと呼ばれた少年が母親に手を引かれ、屋根が燃え始めている建物から出てきた。
「ニュー・アメリカの連中は北西の方から来てる。南東の方に逃れよう。森は広い。森の中に隠れれば安全なはずだ」
 父親が母親に語りかけ、三人で駆け出す。
 安全。ニコラスの父親は幼いニコラスと妻を安心させる為にそうは言ったが、実際のところその言葉は適切ではない。
 より適切な言葉は「危険な目に遭う確率を低く出来る」だ。
 そしてそれは低くとも危険というカードを引いてしまう事はあり得る、という事でもある。
 このように。
「ド、ドヴェルグ!?」
 森を走る三人をその先で迎えたのは、槍を構えた巨大な蟻の兵隊であった。
 グシャリ、父親の胸をその槍が貫く。
 ベチャリ、とその血がニコラスの顔を赤く染める。
「ニコラス! 走って! 私もすぐに行くから!」
 母親がニコラスを蟻から庇うように、あるいは蟻の進路を塞ぐように移動しつつ、ニコラスを促す。
 ニコラスは母の言葉を信じ、頷いて走り出す。
 走る。走る。走る。
 自分より早いはずの母親が追いついてこない。
 ニコラスは不思議に思って、振り向く。

 

 そして、振り向いた先で見えたのは、槍を引き抜かれ、ぐったりと倒れた母親の姿。
 目が良くないのか、とうにニコラスを見失っていたドヴェルグはどこか別の人間を追って駆け出す。
「母さん! 父さん!」
 ニコラスは踵を返し、物言わぬ死体となった母親と父親に駆け寄る。
 必死に呼びかけるニコラス。しかし物言わぬ死体は答えない。
 応えたのはその音を聞きつけたドヴェルグのみ。
 ドヴェルグはアゴをギチギチと鳴らしながら槍を構える。
 ニコラスは涙を流し、白眼を赤く充血させた目でドヴェルグを睨む。
 そして、ドヴェルグの槍が突き出される。

 

「起きろ! ニコラス!」
 耳元で発生した大声にニコラスは夢の世界から現実へと引っ張り出される。
「耳元で叫びますか、普通……」
 思わず反射的に口答えしそうになる途中で、起こした男……ギルバート隊長の硬い表情に言葉を閉じる。
「出撃ですか」
 そして、頭の中で意識を切り替えて、低い声で尋ね直す。
「あぁ。ニュー・アメリカのやつ、アメリカの鉱脈は是が非でも全てを抑えようって腹らしい。サッターズミルに攻めてくるようだ」
「アイヴァンの読み通り、ですか」
「あぁ。わざわざニュー・アメリカの勢力圏の間を縫って大陸を横断した甲斐があった。そうだろう?」
「はい。奴らに……思い知らせてやりましょう」
「よし。10分後に格納庫で待つ。急いで身支度しろ」
「了解!」
 ギルバート隊長は言うだけ言って部屋を去っていった。


 夢の中、というよりはニコラスの回想の中でニコラスの故郷を襲撃し、今、かつてカリフォルニア州と呼ばれた地に存在する鉱脈、サッターズミルを狙う彼らこそ「ニュー・アメリカ」。
 新西暦に偉大なるアメリカを復興しようと北アメリカ大陸を全て手中に収めようと邁進する北アメリカ大陸最大の組織……あるいは国家であり、ドヴェルグ兵技術を最初に発見し、今なお最大規模で運用している強大な組織でもある。
 ニコラスがいるのは、そのニュー・アメリカに対抗するべく複数の復興地が手を組んだ対ニュー・アメリカ連合とでも言うべき組織であり、ニコラスの目的である両親と故郷の敵討ちを果たす事のできる北アメリカ大陸唯一の組織である。

 

「3分の遅刻だぞ、ニコラス!」
「すみません!」
 格納庫と呼ばれるそこには四体のドヴェルグ兵が待機していた。
 そしているのはドヴェルグ兵と制御システムを見ている整備士を除くと、ニコラスを入れても三人だけ。
「えっと、パトリックは?」
「知らん」
「じゃ、三人だけで出撃するんですか?」
「敵が迫ってる以上、やむを得ないだろう。というか、もし俺たちが待機を選んでも、お前は一人でも出撃するだろ」
 それはそうだ、とニコラスは思った。
 ずっと訓練して来たのは奴らを倒すためだ。ここで出撃しなくてどうするのか。
 ニコラスの拳が強く握られる。
「はは、だんまりか。よし、出撃準備。パトリックの分はそのまま繋いどけ」
「了解しました」
 ドヴェルグ兵を拘束していた拘束装置が外れ、入れ替わりに杭のような機械がドヴェルグの後ろ、頭の下あたりに差し込まれる。
 ぐったりしていたドヴェルグ兵は目を赤く光らせ、起き上がる。
「搭乗!」
 ギルバート隊長が叫びドヴェルグに後ろからまたがるように乗り込み、杭から伸びる手綱のような輪っかになった紐を握る。
 ニコラスとアイヴァンもそれに続く。

 

 ニュー・アメリカの戦力は高い。召喚により無限に等しいドヴェルグ兵を呼ぶ事が可能な彼らと、領土さえ限られた対ニュー・アメリカ連合(以下「対NA連合」)では兵力の差が激しすぎる。
 ユーラシア大陸から北アメリカ大陸へ逃れてきた人達の話によると、ヨーロッパとアジアは二大勢力の衝突によるドヴェルグ兵同士のぶつかり合いと化しているらしいが、ドヴェルグ兵の運用技術も制御装置を十全にする資源もない対NA連合にはそれは望めない。
 この差を埋めるべく考えられたのが、戦力として強力だが単純な命令しか出来ないドヴェルグ兵と、戦力としてはドヴェルグ兵に劣るが応用力にたける人間の兵士を組み合わせる事である。
 即ち騎兵。ただし騎兵と違うのは騎馬にも武器を運用しての戦闘力がある事だ。
 ドヴェルグ騎兵は、単純に前進し単純に敵を見つけて殺すだけのドヴェルグ兵に対し、より効率的に進軍し敵を殺すことが出来る。そして、敵の攻撃を避ける事が出来る。
 これはドヴェルグ騎兵一対が、ドヴェルグ兵何体分もの戦力になるだけでなく、貴重なドヴェルグ兵を長く使えるという意味でも、対NA連合に最適の戦術だった。

 

「せやっ!」
 三人がそれぞれに拍車をかけ、自身のまたがるドヴェルグを走らせる。
「山頂の観測部隊から連絡です。敵は前線を担うドヴェルグ兵のみの前衛部隊を鶴翼の陣形に形成しこちらに接近中。後衛は簡易的な機甲部隊と多連装ロケットシステムMLRSとの事です」
 通信が敵の陣容を報告してくれる。
「塹壕の準備もなしとは、こちらに十分な火器が無いことも知られているようですね」
「それでもMLRSだけは連れてくる辺りは、油断がねぇな」
 ニュー・アメリカの戦闘基本原則ドクトリンたるドヴェルグ兵の多様。それを実現しているのが、多連装ロケットシステムことMLRSである。
 ニュー・アメリカは貴重な資源をこのMLRSのメンテナンスに集中して充てている。
 これは新たにドヴェルグ兵を召喚することを見越してのものだ。
 ドヴェルグ兵を制御するには制御用の機械を埋め込む必要がある。
 対NA連合はこれを拘束しておいて差し込む、と言う方法を使っているが、当然、この方法に使うにはドヴェルグ兵の召喚は後方の所定の場所でしか行えない。
 一方ニュー・アメリカは戦線の投入したい場所に直接召喚し、MLRSからミサイルの形で制御装置を発射、これを支配下に置く。
 ニュー・アメリカが圧倒的な勝利を収め続けているのはこの移動ミサイル発射プラットフォームの存在故でもあった。
「出来れば真っ先に破壊したいところですが……」
「流石にドヴェルグの機動力でも機甲部隊の護衛を抜くのは難しいだろうな。敵の前衛を全滅させるほうが早そうだ。どうせ二回も三回も再召喚する想定はしてないだろう。片っ端から倒してやればいい」
「であれば、包囲網が完成しないように両翼から撃破していくべきでしょうね」
「あぁ。アイヴァンは不利な方を狙撃で支援しろ。俺は左翼、ニコラスは右翼をそれぞれ攻撃する。いくぞ!」
 言うが早いかギルバート隊長は左前方に転身していく。
「了解」
 そしてニコラスもまた、その背中に返答しつつ、右前方に転身していく。


 敵の配置の説明にあった鶴翼の陣とは、敵に対して左右に開くような陣のことを言う。左右に翼を広げたように見えるからその名がついた。敵に向けてVの開いた方を向けている、と言えばイメージしやすいだろうか。実際にはVほど鋭角ではなく三日月のよう、と形容されることが多いようだ。
 敵を中央部に誘引、左右から包囲する、といったコンセプトの陣形である。
 数で勝るニュー・アメリカらしい戦法であると言えるだろう。
 対する対NA連合の選択した戦法は鶴翼の陣の左右の翼に対し、ドヴェルグ騎兵の機動力を活かして側面から奇襲、陣営を崩壊させると言うものだった。

 

 敵陣の右側から一気に接近するニコラスが駆るドヴェルグ騎兵。
 ニコラスは左手で手綱を持ったままウィンチェスターライフルを構える。
 発砲する。
 背中の制御装置を狙ったはずだが、狙いは大きく逸れて胴体に命中した。銃弾はあえなくドヴェルグ兵の甲殻に阻まれ、その甲殻に僅かな傷をつけるにとどまった。
 ドヴェルグ兵達がこちらに向く。
「いくぞっ!」
 ニコラスは拍車をかけ、ドヴェルグを前進させる。
 ドヴェルグはニコラスの拍車に応え高速で前進しつつ、その槍を交差するドヴェルグ兵に突き刺す。
「やぁっ!」
 周囲のドヴェルグ兵がこちらに突撃を敢行してきたドヴェルグ騎兵に対し、槍を向けるが、ニコラスは巧みにドヴェルグを蛇行させ、これを回避する。
 距離を取ったところで、ニコラスは再びウィンチェスターライフルを構える。

 

 ドヴェルグ兵は手持ちの槍による近接攻撃を得意とする。このため、ドヴェルグ騎兵は当然自前で近接攻撃能力を持つことになる。
 ゆえに、騎乗している兵士は逆に遠隔武器を持つことで、ドヴェルグ兵に不向きな遠距離戦を担当する。
 近接戦ならドヴェルグが、遠距離戦なら兵士が、それぞれ攻撃が出来る隙のない構図だ。
 ところが、問題はその遠隔武器である。
 文明大崩壊により石油採掘設備は軒並み崩壊、製鉄すら充分にままならない状態から、300年後の今。
 ニュー・アメリカのような大勢力でさえ兵器の新規製造はほぼ行われておらず、文明大崩壊後に残存した兵器をなんとか集中整備して使っている状態だ。
 それより小さい対NA連合がまともな銃火器など持っているはずもない。
 戦車やミサイルが存在している状況下にあって、ニコラスの用いる武器が旧式のレバーアクションライフルなのはこう言った理由による。
 ニコラスが持っているのはニュー・アメリカ領内のとある兵器博物館に侵入した時に入手したもの。
 ほとんどがニュー・アメリカに略奪されていたが、この旧式のレバーアクションライフルは手付かずで残っていた、という次第である。

 

 レバーアクションライフルとは、自動で次の弾丸が発射可能になるセミオートライフルは勿論、手動でボルトを操作するボルトアクションライフルより、さらに以前に用いられていた、西部開拓時代のライフル銃である。
 トリガー下のレバーを引いて戻すことで薬莢の排出と次弾の装填を行う。
 この方式の欠点はボルトアクションよりも動きが大きく損耗が激しい事は勿論として、最大の欠点は下部分に稼働部があるため、塹壕戦に不向きという点だった。
 現在の大きな戦場は塹壕戦となる事が多いため、ニュー・アメリカはこれを回収しなかったのだろう。
 だが、このレバーアクションには、騎兵が用いる場合、ボルトアクションより僅かに優れた点が存在する。
 ボルトアクションはライフル上部のボルトをもう片方の手で後ろに下げて戻すと言う動作をする必要があり、騎乗しながら片手で行うのは困難を極める。
 一方、レバーを引いて戻せば良いレバーアクションであるば……。

 

 ニコラスはレバーの先端についているリング部分に右手の指をかけた状態で、ライフルを後ろに倒し、リング部分を起点にライフルを一回転させる。

 

 実はこれだけで弾丸の再装填が完了している。
 スピンコックと呼ばれる再装填のテクニックだ。
 もう少し詳細に説明しよう。興味がなければこのパラグラフは読み飛ばしても良い。次の空白行まで進め。
 さて、レバーアクションのレバーは、レバーと言うが単なる棒ではない。
 引きやすくするためにレバーの先端には円形のリング部分が存在する。
 キーホルダーのキーリングに指を入れて空中で回転させたことはないだろうか?
 重さの違いがあるだけで理屈は同じである。
 キーリングがレバー先端のリング、キーホルダーやキーがライフル、と言う関係だ。
 さて、ライフルがリングを起点に一回転する時、ライフルがリングより下に来るタイミングについて考えてみると、ライフルがリングに吊られている状態である事がわかると思う。キーホルダーで言えば、キーリングに指をかけてキーホルダーやキーはそのまま重力に負けている状態だ。
 この時、リングとライフルをレバーが繋いでいることを思い出すと、レバーが動いて、最大まで伸びる状態になることが分かると思う。
 その後ライフルが一回転し元の位置に戻る。当然このタイミングでレバーも元の位置に戻るわけだ。

 

 このようにして、片手でライフルを回転させるだけで弾丸の再装填が可能である事が、レバーアクションが唯一騎乗時に発揮できる優位性であった。
 もっともそう簡単ではないため、ニコラスもここまで安定して出来るようになるのにかなりの時間を要したのだが。


 ともかく、遠距離戦、近距離戦を両方こなし、ヒットアンドアウェイで攻めつつ、敵の攻撃を華麗に避けるドヴェルグ騎兵により、敵戦線両翼は崩壊しつつあり、中央のドヴェルグ兵は左右へ支援を開始したため、いよいよ鶴翼の陣は陣としての効果を崩壊させつつあった。
 直後、左翼の方面から赤い信号弾が上がる。
 ギルバート隊長が放った「作戦完了」後退せよの合図だ。
 ニコラスはライフルを鞍の武器ポーチにライフルを仕舞い、腰にかけていた青の信号弾を打ち上げる。
「せやぁ!」
 信号弾を腰に戻し、ライフルを再度取り出して、ドヴェルグに拍車をかけ、離脱を始める。
 かくして、単純命令をこなすばかりのドヴェルグ兵は左右に逃げゆく騎兵を追いかけ始め、敵本陣が露わになる。
 しかし、敵は無限の兵士を操るとさえ言われるニュー・アメリカ。
 先程までドヴェルグ兵がいた場所、その上空に空間が裂けたような異常な空が浮かび上がる。
 そして、落ちてくる。黒く巨大な蟻、槍を手に持って直立する。即ち、ドヴェルグ。
 MLRSが即座にクラスター弾のミサイルを発射し、ばら撒かれた制御装置がドヴェルグに突き刺さる。

 

 それでも最初にいた鶴翼陣を形成する数よりは少ない。
 ドヴェルグ騎兵ならぬ対NA連合の兵士達が銃火器やあるいはスリングを用いた投石で塹壕と木製の拒馬にて防衛戦を展開する。


 ニコラスに視点を戻す。
 右翼のドヴェルグ兵を誘引したニコラスはかつてサウスフォークアメリカン川と呼ばれていた川付近の窪地へ達していた。
 そして、そこへ迫るドヴェルグ兵に向けて、左右の木々の間から、兵士たち姿を表し、スリングで投石を開始する。
 投石をたかが石と侮ることは許されない。スリングにより加速され、効率的に投擲された石は恐るべし速度と殺傷力を持つ。
 古くは聖書のダビデが巨人ゴリアテを倒したように、あるいは考える葦とされたホモ・サピエンスが最初に狩猟に用いたのもアウトレンジからの投石であるとされている。
 かつてアインシュタインは第三次世界大戦で人類の文明が崩壊するだろうことを警告し「第四次世界大戦では人間は石と棍棒で戦争するだろう」と語ったが、まさにその通り。文明大崩壊という滅びの末、対NA連合の殆どの兵士は投石により戦闘を行うのだった。
 ニコラスはその様子を見ながら弾切れしたウィンチェスターライフルの先端に銃剣を装着する。
 スピンコックの失敗時、銃剣をつけていると危険なので、弾切れするまでは腰に吊るしてあったのだった。
「いくぞ、せやぁっ!」
 ドヴェルグが槍を、ニコラスが槍と化した銃剣をそれぞれ構えて、ドヴェルグ騎兵もまた突貫する。
 憎きドヴェルグ兵の殲滅に加わるのかと思えば、違う。
 邪魔ドヴェルグ兵を薙ぎ倒しながら進んだものの、その後引き返すことはせず、主戦場に戻っていく。


 そしてニコラスが姿を表したのは、ニュー・アメリカの機甲部隊が守る本陣。
 ニュー・アメリカの戦車が姿を晒したニコラスの方へ主砲を向ける。
「やぁっ!」
 ニコラスはタイミングよく手綱と拍車を操り、サイドステップで三連続の砲撃を回避する。
「落ち着け、攻撃はまだだ」
 戦車へ反撃しようと反応するドヴェルグを撫でて宥めつつ、本陣に進む。
 左手で手綱を握りつつ、密かに右手で握りしめるのは、これまた密かにどこかからか持ち出した手榴弾。
 いかに装甲に包まれた戦車やMLRSと言えど、底面に転がされればダメージは不可避の対戦車グレネードである。
 戦車との距離が縮み、戦車が機関銃で攻撃してくる。
「やぁっ!」
 ドヴェルグ騎兵はランダムに蛇行し、機関銃を回避する。
「ちっ、流石にきついな。ドヴェルグ、あいつを頼む」
 ドヴェルグは指示を受けて槍を戦車の方に向けて構える。
 直後、ぼうっと、風が吹き、槍が飛んでいく。
 ドヴェルグ達の用いる魔法と呼ばれる謎の技術。かつて文明大崩壊で数多の兵器を破壊した攻撃であった。
 それが今敵の戦車に突き刺さり、戦車を破壊する。
 これで敵の戦車は残り二体となった。
「やぁっやあっ!」
 拍車をかけて、二台の戦車の間を抜ける。戦車の砲塔は旋回速度がドヴェルグ騎兵のスピードに追いつけず、攻撃が出来ない。
 MLRSの一台に接近する。
「喰らえっ!」
 対戦車グレネードを投擲する。
「せやぁっ、いそげ」
 MLRSから距離を取る。
 MLRSが爆発する。
「やった!」
 先に説明した通りMLRSはニュー・アメリカの戦法の中核であり、そして、再生産は困難。
 その破壊は、ニュー・アメリカの継戦能力を大きく削ぐ結果になるだろう。
 ニコラスの願うニュー・アメリカの復讐。それは小さい勝利ではなく、文字通りの国家の崩壊であった。
 が、たかが一つの破壊で調子に乗りすぎた。
 速やかに次の動きに移っていたら、こうはなっていなかったかもしれないのに。
 戦車の砲塔がニコラスに向いていた。
 気付いたのがあまりに遅すぎる。
 世界がスローモーションに見える。
 戦車の砲塔からオレンジ色の炎が見える。砲弾が飛ぶのが見える。
 ――ここまで、なのか
 爆発が彼の身を包んだ。彼の体が爆風で吹き飛ばされる。

 

 そのしばらく後。戦闘は終結していた。
 決め手はやはりニコラスによるMLRS一両の破壊。
 また護衛戦車一両の破壊も大きかっただろう。
 もし同じ手段をもう一人が取った場合、ニコラスの時以上の損傷を受けることは必至であり、それを恐れたのだ。
 なんにせよ、ニュー・アメリカは撤退を決め、速やかに転進していった。
 奇跡的に死人もほとんどでなかった。
 唯一行方不明のニコラスを除いて。
 ただそのニコラスの死体は見つからなかった。
 状況的にドヴェルグに食われている可能性は限りなく低く、ともすれば生きているのでは無いか、と、少なくともギルバート隊長率いる騎兵部隊の面々はそう信じていた。

 

 そして、それから数日後。
 ニコラスは暗い鉄格子の中で目覚める事になる。
 小さな窓からほのかに月の光が差し込んでいる。
「ここは?」
「ニュー・アメリカが簡易的に作り上げた牢屋だ」
 答えた声の主人を探すと、鉄格子の外で片目に眼帯をつけた男がその単眼で見つめていた。
「なにせMLRSを破壊した勇士で、初めて捕虜となったドヴェルグ騎兵の騎士と来てる。ニュー・アメリカもなんだかんだ対NA連合の情報が欲しいらしくてな」
「ニュー・アメリカ……!」
「おっと、落ち着け、俺はニュー・アメリカの人間じゃ無い」
 そう言うと、如何なる方法か、鉄格子を通り抜けてニコラスのそばに近づいて来る。
 月の光が男のマゼンタ色の髪と前髪の端で揺れる三つ編みを照らす。
「俺はウミ。訳あってニュー・アメリカの内部を探っている。もし俺に協力してくれるなら、あんたを対NA連合に返してやってもいい」
「そんな言葉、見ず知らずの人間を信じられると?」
「もちろん、それは君の勝手だ。だが、決めるならこの夜のうちにするのが賢明だろうな。明日にはニュー・アメリカの連中から拷問されるぞ?」
「ぐっ……」
 それは確かにニコラスの意思に反することだった。
 ウミを名乗る男が窓の下の壁に触れると、黒い深淵がその手の先から発生し、やがて男より大きな黒い穴へと変化した。
「夜とはいえ俺もあんまりここに長居したくは無い。協力する気があるなら、ここを通って追ってこい。日が昇れば閉じる。あと日が登るまではあと3時間ほどか、悩むにしてもそれを超えないようにな。経験上からアドライスしておくと、自分で諦めた答えと、時間切れで選ばざるを得ない答えは、自分の中の納得度が違うぞ。じゃあな」
 男は言いたいことだけ言って穴の中へと消えていった。

 

「俺は……」

 

 ニコラスは自問の末、結論を出した。
 自分の目的はニュー・アメリカへの復讐だ。
 少なくともそれは、彼の提案を蹴ったところで果たせるようにはならない。
 なら、彼の提案に賭けてみる方が良い、と。


 ニコラスが壁の穴の中に姿を消す。
 その直後に、朝日が窓から部屋に差込んで、壁の穴が消えていった。

 

 To be continue...

 


 

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