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Bio-lent Girls 第1章

 
 

 三人の少女が戦っていた。
「ヴェロニカ、右!」
「あいよ、アンナ!」
 ボブカットの少女が叫ぶと、ベリーショートの少女が応じ、二丁持ちのサブマシンガンで周囲のの頭をまとめて吹き飛ばした。
「アンナさん、後ろです!」
「ありがと、ボグダーナ」
 長髪の少女が叫ぶと、今度はボブカットの少女が応じ、手持ちのショットガンでを吹き飛ばす。
 最後に長髪の少女が残ったの頭をスナイパーライフルで吹き飛ばした。
「こちらАアー。目標地点までのニェジットの掃討完了、後続部隊を……」
 アンナと呼ばれたボブカットの少女が無線機に呼びかける。
「アンナ!」
 しかし、ヴェロニカと呼ばれたベリーショートの少女が警告を飛ばしたことでアンナはそれを中断する。
 確実に頭を撃ち抜かれたはずの敵がむくむくと体を起き上がらせていた。
「ちっ、脳に中枢機能がなく本能だけで動くタイプか」
 その姿はまさに動く死体。そう、少女達がニェジットと呼ぶ敵とは、所謂「ゾンビ」であった。
「こちら、Аアー。後続部隊の投入は中止せよ。それから、火炎放射器の使用許可を」

 

 その様子をドローンのカメラで監視している司令部にて。
「火炎放射器の使用許可を出しますか?」
「彼女達に感染の兆候は?」
「いえ、掻破や咬創などの感染に繋がりそうな創傷は数カ所発生していますが、感染の兆候は一切見られません」
「よし、許可を出せ。ただしアンナだけだ」
「了解しました。キリルよりАアーАアーのみ火炎放射器の使用を許可する。繰り返す、Аアーのみ火炎放射器の使用を許可する。БВヴィは使用不可」
Аアー、了解。パパはやっぱりよくわかってる」
 パパ、と言う呼称に少しだけ司令部の一行の雰囲気が和らぐ。
「懐かれてますね、司令」
「あぁ、そろそろ父親嫌悪が出てくる年頃だから心配してたが、アンナは大丈夫そうだ」
「そう、あれから十五年ですか」
「あぁ、彼女達を見つけたあの夜から、な」
 司令はその言葉を呼び水に十五年前のあの日のことを思い出していた。

 

* * *

 

 夜の暗い森の中、暗視ゴーグルをつけた男達が進んでいた。

 

 西暦2060年。世界は三つの経済圏に分かれ、睨み合いの冷戦を続けていた。
 歩兵に重装甲重武装を施す事を可能としたパワードスーツ「コマンドギア」を有する合衆国ステイツ経済圏、歩兵を完全に代替する二足歩行ロボット「戦闘人形」を有する連合ユニオン経済圏に対し、何ら軍事的アドバンテージを持たない連邦フィディラーツィア経済圏は、これまで禁忌とされてきた生物改造実験に着手した。
 しかし、その急ぎすぎた研究は失敗を生み、経済圏政府直属の設計局の一つOKB3より「死なない兵士」の試作品が逃亡。
 さらにこの「死なない兵士」が一種のレトロウイルスを用いた改造手法の実験体だったことが不幸の始まりだった。
 このレトロウイルスは瞬く間に感染域を広げ、あらゆる生命体を死に損ないアンデットへと変えていった。

 

 それがこの回想からさらに二年前のこと。ロシア連邦は今や、各地に陸の孤島を残し、ニェジットと呼ばれる死なない動く死体の巣窟と化していた。
 この物語の始まりの地、シベリア連邦管区ノヴォシビルスク周辺もその一つである。
 首都モスクワをはじめとする各地と連絡が取れない中、彼らは辛うじて生きていた。


 今森の中を歩いている男達はそんな僅かに残された陸の孤島を守るためのロシア軍人であり、ノヴォシビルスク外縁の街から生存している事を示す「ブザー」が途切れたがため、その確認に向かっているのだった。
「隊長、一瞬見えました、11時の方向、ニェジットです」
 周囲を索敵する部下の言葉に隊長と呼ばれた男が双眼鏡で確認する。
「見えないな、間違い無いか?」
「一瞬でしたから……ただ高い熱源を持っている何かが動いたようで……、自分には、人の頭部のように見えました」
「高い熱源? 生命活動を維持させてそのまま使うタイプか?」
 先に触れた通り、ニェジットとはレトロウイルスにより動く死体となった存在である。
 ロシアでは各地で異なるアプローチで「死なない兵士」を研究していたため、ニェジットにもそれなりのバリエーションがある。
 とはいえ、多くのニェジットは人間ほどには発熱しない、変温動物的な生態である事が殆どで、30℃を越えて発熱する恒温動物的なニェジットは少し珍しい部類に入る。というより、ロシアの資料にはないので、ニェジット同士が混ざり合った結果生まれたものの可能性が高い。
「ニェジットの被害がロシアを脅かさない程度であれば、今頃は貴重な人間に近い特性を維持したままのニェジットとして、捜索及び捕獲の命令でも出ていたところだろうな」
 ニェジットは失敗作である。しかし、失敗は成功の素という言葉にあるように、失敗から学べる事は多い。
 恒温動物的なニェジットは恒温動物的という意味で人間の特性を他のニェジットより多く残している事になるわけで、本来なら分析にかけて次に活かすべきところだっただろう。
 奇しくもロシアという国全体がニェジットの交雑実験場と化しているのが現状であった。
「もしここに〝新種〟がいるとしたら、その元になった冷たいニェジットや……あるいはぬるいニェジットがいるかもしれん。警戒してかかれ」
 隊長は号令の上、ニェジットを目撃したと言う方向を避け、右寄りの方向に向けて進行を再開する。

 

 約一時間後。
 街だった場所で兵士達が一帯を捜索している。
「隊長、確認、終わりました。生存者はいません。ニェジットも生き残りはいなさそうです」
「そうか。結局恒温タイプだけだったな」
「はい。特に目立って再生力が高いわけでもなく、頭が潰れても動くわけでもなく、自我がないのと痛みを感じない以外は普通でしたね」
 隊長は副隊長の言葉に普通のニェジットってなんだよ、と思いつつ、民家を振り返る。
「加えて、感染能力もないようだ。街の人間はほぼ全滅しているが、一人もニェジットになってない」
「……そうすると、少し惜しいことをしましたね。無作為に人を襲う以外は兵器としてかなり完成されています。最悪、この元となるウイルスをばら撒くだけで敵部隊を……」
「馬鹿野郎。そんな非人道的な手段が許されるか。不死の兵士という研究材料にしても、あくまで動物実験から始まるまともな実験だったんだ。ニェジットはそもそも失敗による副産物……あるいは成果物とすら認めてはいけないものだ」
 隊長が迂闊なことを言う副隊長を叱責する。
「なるほど。そういえば始まりは不死の兵士でしたっけ。だとするとむしろ回復力がなさすぎて論外ですね」
「あぁ。だからおそらくどこかで交雑して生まれたんだろうな。とはいえ元となった種を全滅させられるほど強いわけでもない。近くに別の群れがあって逃げてきたのかもしれない。司令部HQに回収部隊を要請してからもう少し範囲を広げて捜索してみよう」
「部隊を分けますか?」
「そうなるな。連絡してくるから、その間に編成を……」
「隊長!」
 話を遮って部下が駆け込んでくる。
「どうした?」
「連中の足跡を発見しました。一群が特定の方向からやって来たようですね」
「……なるほど。部隊を二つに分ける。私の部隊はその足跡を辿ろう。副隊長の部隊はHQと連絡し、これから元来た道を通って森を抜けて、回収部隊を案内しろ。もし回収部隊がこの場所に到達してなお我々がなんの連絡もないまま帰還していない場合、より火力に特化した増援部隊を要請し、これと合流の後追跡を。我々はIRサインで痕跡を残しながら進む」
 速やかに部隊が二つに分けられ、それぞれ違う方向へ進んでいく。

 

 隊長と呼ばれた男の部隊は森の中を周囲を警戒しつつ進む。
 隊長の考えは先の通りで、この先にはおそらく先程の群れの元となる群れが存在するはずだった。
 ところが実際にそこにあったのは、大きな壁。草木に侵食された研究所のようだった。
「なんだこれは。こんなところに試作設計局OKBがあるなんて情報はないぞ」
「つい最近まで予備電源が起動していた模様ですが、今は電力が切れてこの扉も簡単に開きます」
 先行して扉に近寄った斥候が報告する。
「それでこの研究所の中のニェジットが出て来たわけか」
 隊長は副隊長に連絡した後、二名の連絡要員を外に残し、研究所内に突入する。

 

 研究所内は暗かったが、中のニェジットは全員出ていったらしく、内部に危険は見受けられなかった。
 そして、その最奥で隊長は出会った。
 それは大きな円筒状の棺桶のようだった。扉は透明な強化プラスチック製になっていて、他の扉が全て開け放たれていたが、その三つだけは閉じていた。
 そしてその中では三人の赤ん坊の女の子が眠っていた。

 

* * *

 

「燃えろ燃えろ!」
 アンナと呼ばれた赤い髪の少女が火炎放射器で周囲のニェジットを焼いていく。

 

 あれから15年後の今、西暦にして2077年。
 その赤ん坊は今や戦士となっていた。

 

「あの辺でいいだろ、止めろ。物資まで燃えたら敵わん」
「はい。キリルよりАアー、火炎放射器の使用はそこまでで中止し、通常火器での掃討に戻れ。繰り返す……」
「あぁ、分かってる分かってる」
 アンナは空に向かって頷いて、ショットガンの下部に装着していた火炎放射器の発射口とトリガーを取り外し、背中のタンクにかけ直す。

 

 驚くべきことに彼女達はあらゆる感染タイプのニェジットに感染しないという特殊な体質を持っていた。
 あの謎の研究所はそんな彼女達を検体として使用していたのだろう、というのがシベリア管区の結論である。

 

「さぁ、攻撃再開!」 
 ショットガン・サイガ12を使い、確実にニェジットを粉砕していくリーダー格の赤い髪の少女、アンナ。
「あぁ、そうこなくっちゃ!」
 サブマシンガン・SR-3 ヴィーフリを二丁構え、片っ端からニェジットを殲滅していく豪快な黄色い髪の少女、ヴェロニカ。
「落ち着いていきましょう」
 狙撃銃・VSS ヴィントレスで少し遠いところから二人を支援する冷静な青い髪の少女、ボグダーナ。

 

 兵士でさえも感染に怯えるニェジット討伐において、感染しないというのがどれほどのアドバンテージか、などというのは論じるまでもないだろう。
 自身が感染してしてしまう恐怖、自身の戦友が感染しそれを撃ち殺さなければならないかもしれない不安、そういったニェジット特有の一切のストレスを受けないのが彼女達なのである。


「サプライドロップ周辺を制圧」
「了解。回収部隊を送る。引き続き接近するニェジットに警戒せよ」
 そういうわけで、彼女達はこのシベリア管区を守り、やがて彼女達の解析が進めば、シベリア管区の戦力が、そしてシベリア管区の人々皆が、感染の恐怖から救われるかもしれない。

 

 彼女達は誰の目から見てもシベリア管区の希望の星なのだった。

 

 これはそんな三人の実は変わっているけれど一見普通な年頃の女の子達の物語である。

 

 To be continue...

 


 

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