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それはありふれた、けれども命懸けの追いかけっこ

by:メリーさんのアモル 

 

 
 

目覚めた少年は生きるために走る

 

生まれつき「魔法」と呼ばれる特殊な能力を使うことが出来る存在が「魔女」として排除の対象とされる近未来世界で、魔女に目覚めた少年・南沢みなみさわ 雄也ゆうやは逃げるために走る。

 


 

 走る。
 走る。
 角を曲がる。
 走る。
 角を曲がる。
 走る。
「魔女め!」
 二股に分かれた槍を持った瞼を閉じた意匠をつけたフードの男達が追ってくる。
 どれだけ走って曲がっても、常に目の前に現れる。
「なんで……こんなことに……」

 

 時は2030年。世界中のあらゆる困難、差別、紛争が科学によって解決し、科学統一政府と呼ばれる統一政府機構が世界を覆っている。
 今走っている14歳の少年、南沢みなみさわ 雄也ゆうやもそんな科学によって全てが解決された快適な社会を生きていたはずだった。
 ところが、つい一時間前、その平和で安全な世界は崩壊を告げた。

 

 学校帰りのことだ。
 雄也は道端に咲いていた花をなんとなく手に取って弄びながら大通りを歩いていた。
 しかし、花に夢中になっていたせいだろう、石に躓いてしまった。
「あっ」
 すんでのところでもう片足を突っ張って耐えることが出来たが、花は取り落としてしまった。
 咄嗟に、花に手を伸ばすが、手が届かない。なんとか手元に引き戻せないか、とそう念じた瞬間。
《ボーフォート》
 手元に風が吹いて、花が手元に戻ってきた。同時に、何か、声が聞こえたような。
「なんだ、今の……」
 不思議な感覚だった。
 まるで自分自身が風になったような、風を自分が操ったような……。
 だが、その数分後のこと。路地裏の前を通り過ぎたと思った直後、いきなり瞼を閉じた意匠をつけたフードの男に路地裏に引き込まれた。
「通報のあった魔女を確保」
「うわああああ!!」
 突然のことに驚いた雄也が叫ぶと、突風が吹いてフードの男が派手に吹き飛んだ。
 よく分からないが、これ幸いと大通りに戻ろうとすると、ちょうど同じ格好の男が大通りから路地裏に入ってくるところで、やむなく雄也は路地裏の奥へと踵を返す。

 

 それから一時間。結果は知っての通りで、雄也はずっとフードの男達に追いかけ回されていた。
「なんでどこまで逃げても追ってくるんだ……!」
 フードの男達は雄也を「魔女」と呼び、槍の石槌で地面を叩いてこちらを威圧しながらひたすらに追ってくる。
 ランダムに角を曲がって曲がって走り続けているのに、フードの男達はまるで先回りするように追ってくる。
 彼らの目的が何かも知らないし、自分が魔女だという認識もないが、あの槍で突き刺されれば最悪死ぬだろう。
(何が魔女だ、俺は男だぞ)
 雄也は別に華奢な少年でもない。こうして走り続けられる程度には体力もあるがっしりとした体つきをしており、なぜ魔女と呼ばれているのか本当に心当たりがなかった。
「いたっ」
 そして、角を曲がった直後のこと、ついに雄也は角のそばで待ち構えていたフードの男と正面からぶつかってしまう。
 弾き飛ばされた雄也はそのまま尻餅をつく。
 そんな雄也の首筋に二股の槍が突きつけられる。
「!」
「抵抗はやめろ、魔女め」
「何が魔女だ! だったらてめーらは魔女狩りか? こんな日中に派手に音を立てて、今頃警察がこっちに来てるはずだぞ!」
 気丈に雄也は反論する。
「魔女の戯言にいちいち付き合うのも馬鹿らしいが、警察だと?」
 フードの男が槍を雄也に突きつけたまま、ポケットに手を伸ばす。
「これを見ても、同じことが言えるか、魔女よ」
 取り出されたそれは警察手帳であった。
「なっ、あんた、警察官かよ! なんでそんな格好で俺を追い回すんだ」
「何が無実だ。お前は魔女だろう。魔女法に則り、魔女は死罪だ」
「なっ」
 死罪、今、この男は死罪と言ったのか? 雄也は聞こえた言葉が信じられなかった。
「もういいか? なら、拘束しろ」
 背後から迫ってきていたもう一人のフードの男が雄也に迫る。
「うおおおおお」
 雄也は思い切って立ち上がり、目の前のフードの男にタックルをかます。追い風が吹いて、雄也をさらに加速させる。
 そのまま駆け出す。
「無駄だ」
 だが、逃げようとした先にもフードの男がおり、雄也に槍を突きつけてくる。
「くっ」
「驚かされたが、無駄な足掻きだったな」
「いいえ、よく耐えましたね」
 そんな大人しそうな少女の声が聞こえたと思った直後、突然目の前のフードの男の頭が何かに噛み砕かれるように消失した。
「へ……ヒェッ」
 思わず、後退る。
 すると、背後に立っていたフードの男にぶつかる。思わず振り返ると、こちらもいつの間にか顔面を失い、ぶつかられた衝撃で背後に倒れていった。
「な、なん……」
「おや、誰かと思えば、雄也ではないですか」
 そこに一人の少女が立っていた。
「な、お前……結祈ゆきか?」
 そこに立っていたのは、行方不明になっていたはずの幼馴染の結祈であった。
 真っ赤な血飛沫が周囲のフードの男達を染める中、結祈はその名前の通り真っ白な服を一切汚さずにそこに立っていた。
「お前が、やったのか?」
「えぇ、まぁ。曲がりなりにも同胞が捕まるのをみるのは忍びなかったので」
 突然首から上がなくなる、なんて怪現象を引き起こすなんて。
「その同胞ってのは、あんたが魔女だ、ってことか?」
「えぇ。私は魔女ですよ」
 思えば、結祈は昔から不気味な幼馴染だった。ある日突然行方不明になる直前も、何やら怪しいことをペラペラと喋っていた気がする。
 そして、今のこの血まみれの中で平然として雄也に微笑みかけるこの様子。
 なるほど、まさしく魔女だ。
「つまり俺は、お前と間違えられてこいつらに追われていたのか?」
 どうやったらこんな華奢な少女と俺を間違えるんだ? と首を傾げながら雄也が問いかける。
「それは違います。あなたも魔女です」
 だが、雄也の言葉に結祈は静かに首を横に振った。
「はぁ、俺は男だぞ」
「まぁ、魔女というのは科学統一政府が便宜上つけた名称なので、仕方ありません。魔女とは魔法を扱えるもののことです。ちなみに、みんな2016年生まれなんですよ」
 そう結祈は静かに説明する。
「魔法……?」
「あなたも魔法を使えるはず。何か心当たりはないですか?」
「そんな心当たり……、いや、そういえば……」
 考えてふと思いつく。
「困った時にはいつも風が吹いていたような……」
 最初の花を取り落とした時、フードの男から逃げようとした時、そして先ほどタックルしようとした時、どれも不自然に風が発生していた気がする。
「ならおそらくそれですね。属性は『風』、と言ったところですか」
「属性?」
「魔女は魔法、即ち現実改変能力が使えます。ですが、何でもかんでも改変できるわけではありません。属性と言って、その魔女が得意とする分野が決まっているのです」
「へぇ、じゃあお前の属性は?」
 そう言って結祈に視線を投げる雄也に、結祈は順応が早いですね、と頷きながら、話し始める。
「私の属性は『生物』です」
「生物? さっきの首から上を吹っ飛ばした魔法が?」
「えぇ。透明な生物を生み出して噛み殺されただけです。『生物』の範囲内でしょう?」
 そう言って、微笑む結祈。右手を腰のあたりに伸ばすと、そのそばに口の大きい犬のような生物が生まれたと思った直後、すぅ、と消えていく。
「そんなのもアリなのか……」
「科学統一政府に属する魔女狩り達は言います。魔女の魔法は科学では解明できず制御もできない危険なもの。それ故に、排除するしかないのだ、と」
「魔女狩り、そして魔女、か」
 さっきのフードの男達は本当に魔女狩りと呼ばれる存在だったのか、と雄也は頷く。
 同時に思う。確かに、魔法とは危険なものである、と。
 なんとなく、手元を見る。念じてみると、手のひらの上で風が渦巻くのが分かった。
 この力は危険だ。結祈がさっきやったことを見れば分かる。見た目では一切分からないのに、犯罪を、例えば殺人を犯す事が出来る。
 雄也の風の魔法だって、触れることなく人を突風で突き飛ばして、一見すれば事故としか思えない事象を引き起こすことができるだろう。
「でも、黙って殺されるわけにはいかないでしょう?」
 まるで心を読んだかのように、結祈が尋ねる。結祈が生物の魔女なので、まさか心まで読めるとは思えないので、幼馴染由来の以心伝心だろう。
「……そうだな」
 そう生まれたと言うだけで、死罪だなどと、冗談ではない。少なくとも雄也はそう思った。
 絶対生き残ってやる。そう拳を握った直後、あの槍の石槌の音が響いてくる。
「逃げましょう」
 二人で駆け出す。
「そういえば、魔女名を聞いていませんでしたね」
「魔女名?」
 走りながら結祈がそんなことを聞いてくる。
「魔女が魔法を始めて使った時、脳に響いてくる名前です。私の場合はグレゴールですよ」
「あぁ、それなら、ボーフォート……だったかな」
「なら、これからはあなたをボーフォート、と呼びますね」
「本名を秘匿するわけか。なら、俺もお前のことはグレゴールと呼ぶよ」

 

 だが、どれだけ走っても、石槌の音が離れていかない。どころか、常に前の方から聞こえてくる。
「くそ、どうなってんだ。奴らも魔法が使えるのか?」
「そんなはずはないと思いますが、確かに今回の彼らはしつこいですね」
 ボーフォートの呟きにグレゴールが首を傾げる。
「各所に配置した私の子達によると、連中は本当にこちらを先読みするように動いているようです。どこかでこちらの動きがバレていますね」
「どう言うことだ……。この辺りももう監視カメラは廃止されているはずだろ」
 科学統一政府の治世下になって、治安は圧倒的に良化した。それを受けて、科学統一政府は監視社会化を防ぐため、と言う名目で監視カメラを段階的に廃止しているところであり、この辺りも監視カメラはもう残っていないはずだ。
「監視カメラ……まさか!」
 はと、気付いたようにグレゴールがボーフォートの顎を掴む。
「こちらもむきなさい」
「なんだよ、そんな場合じゃ……」
 ボーフォートがグレゴールの正面を捉える。
「!」
 直後。
 グレゴールが大きく右腕を振る。
 その腕がボーフォートの耳を殴打し、耳につけていたイヤーフックが飛んでいく。
 イヤーフックが地面に落ちると同時、グレゴールが腕を大きく振り下ろすポーズを取ると、グレゴールの生み出した透明な生物がイヤーフックを踏み潰した。
「あ、俺のオーグギア!」
「オーグギアをつけたままだったとは、迂闊でした」
 イヤーフック型のARウェアラブル量子通信デバイス「オーグギア」はスマートフォンからとって代わった最新の通信デバイスだ。常に視界に各種情報を表示でき、装着感もなく、ほぼゼロタイムラグの通信を実現したそれは、世界中で誰もが使っている。当然、ボーフォートも例外ではない。
「お前がオーグギア嫌いなのは知ってたけど、他人のものまで壊すことないだろ!」
「何も知らないのですね。オーグギアの視界は常に科学統一政府のセキュリティ解析部門に自動転送されているのですよ」
「なっ」
 驚くべき事実にボーフォートが目を丸くする。
「まさか、それって、監視カメラの廃止はオーグギアが完全に普及したから、ってこと、なのか?」
「おや、そこは頭の回転が早いのですね。そう言うことです。オーグギアをつけている限り、人はこっそり悪いことができないのです」
 だから、治安は良化しているのですよ、とグレゴールは笑った。
「なら、これ以上は走っても先読みされないわけだな。なら、走ろう」
 そう言ってボーフォートが走り出す。
「えぇ、ですが、問題は……」
 グレゴールがそれに続きながら呟く。
「私がいる、と言うことが科学統一政府に……そして、神秘根絶委員会に伝わったであろうことですね」
 そう呟いた直後、上空を推力偏向ノズルを備えた音速垂直離着陸機ティルトジェット機が飛び越えていき、そして二人の前でホバリングする。
 そして、長い黒髪の女性が飛び降りてくる。
「ようやく見つけましたよ、魔女グレゴール」
「まさか、あなたが直々に来るとは、大袈裟ですね、アンジェ・キサラギ」
 バイザーで目線を隠したそのスーツの女性は、魔女狩りと同じように二股で分かれた槍を構えている。
「おい、なんだよあいつは」
「私、実は凶悪犯なもので。魔女狩りの幹部が直々にやってきたようです」
「えぇ。インビジブル・モンスターをばら撒くその所業、到底見過ごせません」
 そう言ったかと思うと、アンジェの姿が消える。
 直後、アンジェはグレゴールのすぐそばにいて、槍を突き出していた。
「可愛い我が子達よ」
 グレゴールは右腕に亀を実体化させ、その槍を防ぐ。
「トゥクルの槍、その程度で防げるとでも?」
「思いません。ので避けます」
 直後、亀が体液を撒き散らして砕け散る。その僅かに稼いだ時間でグレゴールは大きな鷹を出現させて、自分を掴ませて飛び上がる。
「逃しません!」
 アンジェが飛び上がり、追撃をかけるが、周囲に出現した巨大鷹がアンジェに襲い掛かる。
 アンジェはその巨大鷹をトゥクルの槍の一薙ぎで薙ぎ払い、さらに槍を投げて、グレゴールの肩を掴む鷹を撃墜する。
「流石は神秘根絶委員会最強。簡単には逃がしてくれませんか」
 地面に激突する直前に大きなクラゲを出現させて衝撃を逃して着地するグレゴール。
「覚悟」
 空中から落下する勢いで槍をグレゴールに突き出すアンジェ。
「危ない!!」
 咄嗟にボーフォートが叫ぶと突風がアンジェを吹き飛ばした。
「くっ」
「こ、これが……俺の魔法……」
 はじめて意識的に魔法を使ったことで両手を見るボーフォート。
「上出来ですよ、ボーフォート」
 そう言って、巨大な鷹二匹がグレゴールとボーフォートを掴んで飛び上がる。
「逃さないと、言ったはずです!」
 先ほどの焼き直しのように、さらに出現した二匹の巨大鷹をアンジェが撃破する。
 やはり、槍が投擲される。
「すみませんね、ボーフォート」
 直後、ボーフォートを運ぶ巨大鷹が、グレゴールに向けて飛ぶ槍の軌道上に割り込んだ」
「おい、お前、まさか自分だけ!」
 落下していくボーフォート。風の魔法で軟着陸する。
「……追うこともできますが、まずはあなたから話を聞くのも悪くありませんね」
 着地したアンジェの視線がボーフォートの方へ向く。
「誰が!」
 ボーフォートは風を足元から噴出させて一気に飛び上がり、ビルの上に飛び移った。
「おぉ、俺にも出来た!」
「逃しませんよ」
 だが、同じく跳躍してきたアンジェが続く。
「嘘だろ!? 化け物かよ」
「えぇ、まぁ」
 トゥクルの槍が閃く。
 もはや回避不能。思わず、ボーフォートは目を閉じた。
「我が血の名において命ずる。出でよ、大蛇おろち!」
 猛烈な怒涛の水の音がして、思わずボーフォートが目を開くと、もう一人の女性が左腕から大きな蛇を出現させ、アンジェに襲い掛からせていた。
「アケメネス・ホラか!」
 アンジェがトゥクルの槍でこれを防ぐ。
「今のうちにこっちへ」
 蛇を出現させた女性がボーフォートを非常階段へ導く。
「あんたも魔女?」
「いいえ、私は小鳥遊たかなし 真弓まゆみ。なんというか……科学統一政府に反抗するレジスタンス、かな?」
 レジスタンス。なるほど、科学統一政府が裏で監視社会を築いているなら、それに反抗する人間がいるのはまた不思議ではない、と言うことか。
「逃しませんよ、アケメネス・ホラのメンバーなら、魔女ともども逮捕します」
 蛇を屠ったらしいアンジェが階段を下ってくる。
「神秘根絶委員会最強のアンジェに勝つのは無理。急いで逃げよう」
 ボーフォートと真弓は階段を下り終えて、路地裏を駆け抜け始めていた。
 アンジェも痕跡を辿って追い始める。
 まだまだ、追いかけっこは始まったばかりだ。

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