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暴れる大蛇をその身に宿し

by:メリーさんのアモル 

 

 
 

暴れる大蛇をその身に宿した少女は魔を討つため夜を駆ける。
時々誘惑に負けながら

 

密かに幽霊や魔術師といったオカルトによる被害「霊害」が実在する現代社会。
討魔組のトップである如月きさらぎ アンジェに師事した少女・小鳥遊たかなし 真弓まゆみはある日、友の誘惑に負け、約束より友達との遊びを優先してしまう。

 


 

 2020年日本、関東地方のとある街、そのとある公立高校。
「ねぇ、真弓まゆみ、クレープ食べに行かない?」
「あー、ごめん、今日はこの後予定あって……」
 そんな会話が昇降口で行われていた。
「えー、真弓、最近付き合い悪くない?」
「そ、それは……ごめん」
 友人の言葉にたじろぐ真弓。左手に巻かれた包帯が特徴的だ。
 厳密なことを言うと、予定があると言ってもそれは夜のことなので、クレープを食べにいく時間くらいはある。
 しかし、この友人と出かけるとあれよあれよという間に予定が深まってしまい、気がつけば予定に遅れてしまう可能性があった。
「どうしてもダメ?」
「う……」
 それでも、真弓は友人のそんな目線に耐えられるほど、まだメンタルが成熟しきっていなかった。
 小鳥遊たかなし 真弓、高校一年生のことである。

 

(いつものクレープ屋なら、予定の場所とも近いし、大丈夫……だよね?)
 そんな油断が大失敗。
 目一杯にウィンドウショッピングを楽しんだ帰り道、すでに時間は約束の刻限を過ぎていた。
 もはや空に太陽はなく、ただ街頭と僅かな月の光が辺りを照らす夜である。
 そうして、人気のない裏通りのそばを通り過ぎた時、それは真弓とその友人の前に姿を現す。
 紫色の霧状の何か。
 それが素早く収束し、人型の形をとる。腐った肉のような見た目のそれを、知るものは黄泉還りと呼ぶ。
「っ! 瘴気! もうこんな時間か!」
 慌てたように真弓が腰に手を伸ばす。
「え、なに??」
 理解が及ばないのは友人の方。目の前に突然、ゾンビ映画さながらの怪物が現れれば、困惑するのも無理はない。
 そして、黄泉還りは素早く友人にその腕を伸ばす。
「させないっ!」
 だがそれより早く、何かが破り捨てられる音と共に、真弓がどこからか抜刀した太刀で黄泉還りの腕を切り落とす。
「え、なに、刀? それどこから抜いたの? え。いつのまにか鞘なんてつけてるじゃん」
「説明は後!」
 困惑する友人を他所に、真弓が太刀を振るい、黄泉還りを両断する。
 対して空中に残留していた紫色の霧はさらにその量を増し、裏通りに何体かの黄泉還りとして実体化する。
(どうする……)
 真弓は逡巡する。このまま突入し、黄泉還りを殲滅するか、それとも友人を連れてこの場を離脱するか。
「あれ……なんか……」
 僅かな逡巡。その間に、友人はその目を紫色に変え、明後日の方向に歩き出す。
「しまった!」
 実は、実体化した黄泉還りは瘴気の防衛反応に過ぎない。瘴気の本質は「そこにいた人間の精神を犯し、破滅的行動を起こさせること」である。真弓が逡巡したその間に、友人はその瘴気に犯されてしまった。
「しっかりして!」
 納刀し、慌てて友人に駆け寄り揺さぶる真弓。しかし、その程度で瘴気による精神汚染は止まらない。
 そうしている間に、黄泉還りが真弓に接近してくる。その手には鈍器。
 咄嗟に真弓は太刀でその鈍器を受け止めるが、敵は数人。こちらは一人、その全てを受け止めることは叶わない。
 咄嗟に左腕で胴を打つ鈍器を受け止める。
「痛いっ!?」
 思わず悲鳴を上げる。左腕がだらりと下がり、上がらない。折れたか。
(このままじゃ二人とも殺される)
 真弓は考える。全ては自分が友人との遊びに呆けていた代償ではあるが、それでも死ぬわけにはいかない。故に。
「まだ許可されてないけど……」
 折れてだらりと垂れた左腕に右手を添える。左手に巻かれた包帯を外すと、そこには見事な蛇の刺青が描かれている。
「我が血の名において命ずる。出でよ、大蛇おろち!」
 堂々たる宣言。刺青の蛇から巨大な蛇が浮き出てくる。
 血の力。日本の討魔組とうまぐみと呼ばれる家系の人々が持つかつて怪異と交わったことで生じた異能の力の総称である。
 小鳥遊氏は元々清和せいわ天皇の子孫でげん姓を賜った清和源氏げんじの名族を源流とする。
 そして、源氏はかつて陰陽師と通じ、人魔一体となる術を求めた。その末に日本中に広がった力こそが「血の力」の源流である。
 小鳥遊家もその例に漏れず、魔を従える血の力を持つ。真弓がその左腕に秘めるはかの八岐大蛇やまたのおろちを源流とする大蛇と呼ばれる怪異である。
 八岐大蛇は記紀で語られる神性生物である。神秘の世界において、神性という言葉には強い意味がある。その中でも強力なのが神性は神性と強力な魔性意外によっては傷つけられない、という特性だ。
 黄泉還りは神性を持たない。故に、大蛇を出せば、負ける道理はない。
 解き放たれた大蛇は怒涛の如く瘴気を食い荒らして行った。
「ん……。あれ?」
「正気に戻った!」
 友人が正気に戻ったのを見て、真弓が一安心する。
「な、何が起こってるの、さっきのゾンビみたいなのは、何?」
「あれは霊害れいがいだよ」
 混乱する友人を落ち着かせるように、真弓はゆっくりと説明する。本来は秘匿すべきことであるが、どうせこの後、記憶処置するので、問題はない。
「実はこの世界には亡霊、動く死体ムービングコープス、悪魔、瘴気、ロア、そして魔術師と言った神秘が実在しているの。そして、そのうち人に仇なすものを私達討魔師とうましは霊害、と呼んでいる」
「じゃあ、これまでも用事があるって言ってた日は」
「うん、こうやって夜に霊害と戦ってるの」
 友人の言葉に真弓が頷く。
「って、蛇が!」
 と、そこで友人が悲鳴をあげる。
「え?」
 真弓が振り向くと、そこでは瘴気を食い荒らし終えた大蛇がこちらに向いて、襲い掛からんとしていた。
「!」
 慌てて友人を突き飛ばし、真弓は太刀を右手だけで構えて大蛇の噛みつきを防ぐ。
 先ほど、神性の強さを語った。ではなぜ、真弓はこれを最初から使わなかったのか。その答えがこれだ。
 真弓は、呼び出した大蛇を完全に御しきれない。そう言うものだからではない。ひとえに、真弓が未熟ゆえだ。
 だから、本当は呼び出した大蛇に対処できる人員がいる場合にのみ使用が許される。
 大蛇は真弓を食らうことを諦めず、何度となく噛みつきを仕掛けてくる。
 太刀は片手で振るうには重く、真弓はどんどんと押されていく。
 やがて、太刀が弾き飛ばされる。
「!」
 絶体絶命。もはや死あるのみ。ただ恐怖によって、真弓は目を閉じる。
「全く。瘴気が消えるのが遅いかと思ってきてみれば」
 だが、いつまで経っても訪れるはずの死はやってこなかった。
 恐る恐る目を開けると、そこにはスーツ姿の長い黒髪の女性が立っていた。大蛇は白い粒子に纏わりつかれ、消滅を始めている。
「アンジェ様……!」
 静かに太刀を納刀するまだ二十代ほどに見えるその女性に、慌てて真弓はひざまづく。
 憧れのアンジェ様に自分の失態を完全に見られてしまった。視線を上げることができない。真弓は恥ずかしくて死にそうだった。
「死ぬよりは良いとはいえ、大蛇を呼び出す羽目になるとは。……理由はそちらのご友人ですか?」
 白い粒子を周囲に漂わせながらアンジェが尋ねる。
「……はい」
 アンジェが真弓に近づき、包帯を巻いてくれる。包帯には見慣れない異国の文字が刻まれており、その文字が真弓に癒しの力を与える。真弓は知っている。この文字は北欧刻印ルーン。アンジェと共に活動している魔術師が用いるものである、と。
 先ほど突然刀が現れたように見えたのも、刀に認識阻害と呼ばれる人の認識から外れる効果を持ったルーンを刻んだ紙が貼られていたのを破ったためであった。
「綺麗に折れているので、ちゃんと巻いておけばすぐに治るでしょう。事情は事務所で聞きます。車を呼んであるので、ご友人と共に事務所へ。記憶処置も事務所で行います」
 表通りに黒塗りの車が止まる。
「こ、これ、本当に乗って大丈夫なの?」
 友人が不安そうに尻込みする。
「大丈夫。こっちの方は私の師匠だから」
「そ、そっか。真弓が言うなら……」

 

 千葉県の某所に存在するそこは如月きさらぎ事務所と呼ばれている。
 表向きは探偵事務所だが、神秘についての知識があるものが見れば、もう一つの入り口が見え、そちらから入れば討魔事務所に入れる。
 まだ出来立てで綺麗なこここそが今年、討魔組のトップに正式に就任した如月 アンジェのための事務所であり、即ち、討魔組の中枢である。
「おや、真弓、いらっしゃい」
 達谷たつやと呼ばれているイケメンの男性がコーヒーを淹れてくれる。一見人間のように見える彼は、その実、アンジェと契約している上級悪魔であることを真弓は知っている。
 真弓はこの事務所に頻繁に出入りしていた。それは彼女が「アンジェ・チルドレン」と通称されるアンジェの弟子達の一人であるためだ。
 2016年まで、討魔組は極めて閉じた組織だった。だが、アンジェが討魔組のトップに仮就任すると同時、アンジェは討魔組を開いた組織へと改革した。
 そのうち一つが、後身の積極的な育成だ。神秘を知る人間にだけ見える広告を利用して、新たに討魔師を増やそうとしたのだ。真弓はそんな広告を見て、討魔組に入った一人である。
 真弓の家は血の力を失った一家であったが、アンジェとその仲間達により血の力をサイド活性化、新たに大蛇と契約を結び、討魔師に復帰することに成功したのだった。
「さて、ご友人は達谷に任せて、こちらは事情を伺いましょうか」
「はい」
 おずおずと、真弓が事情を説明する。
「なるほど、友人の誘いを断りきれなかった挙句、気づけば友人と共に瘴気の発生エリアに迷い込んでいた、と」
 アンジェがまとめ、頷く。
「正直、全てを捨てて、討魔師をやれ、と言うつもりはありません。私達は表には出られない存在ですが、その一方で表の生活も持っている。私も高校時代、高校生活を楽しんだ記憶があります」
 まだ四年程前のことですが、もう懐かしい、とアンジェが窓の外に一瞬視線をやる。
「ですが、一般人を巻き込んであわや死ぬところだった、と言うのはマイナスですね。神秘不拡散の原則を舐めていますか?」
 神秘は一目に触れてはならない。それが神秘の世界を生きる人々の常識であった。
「そして、大蛇を呼び出す思い切りの良さは悪くないですが、これの制御を忘れて友人にかまけたのもマイナス」
 まだまだ鍛える必要がありそうですね、とアンジェは厳しい視線を真弓に向ける。
 よかった。まだ見捨てられていない、と真弓はホッとする。まだ自分はアンジェの弟子でいられる。
「はい……」
「ところで、そんなあなたに丁度良い仕事があるのですが、やる気はありますか?」
 しょんぼりする真弓にアンジェは切り替えるように問いかける。
「え?」
「今朝方、宮内庁から上がってきた仕事です」
 そう言って、アンジェが一枚の書類を真弓に差し出す。
 宮内庁、と神秘の世界で言った場合、それは宮内庁霊害対策課という秘密組織のことを意味する。日本における対霊害組織の元締めであり、天皇の神性を借り受けて戦うとても強い戦闘員を擁する組織でもある。ただし、少数精鋭なので、今回のように討魔組に仕事が回ってくることもある。
「これは……複雑な経路で回ってきた仕事のようですね」
 渡された書類を見れば、それが一目で分かった。
 元々宮内庁ではなく警視庁対霊害捜査班という警察の霊害事件捜査を行う組織から回ってきた仕事だったらしい。霊害が単なる事件や事故に見せかけて犯行を行うことは珍しくないため、これ自体はそう特別なことではない。
「けど、さらにその前にリチャード騎士団からのお話?」
 リチャード騎士団はイギリスの対霊害組織だ。銀の剣と対霊体特化の剣の二本を携行し、さらに2016年以降は妖精銃と呼ばれる妖精の力を放つ銃を用いるようになった。
「えぇ。そして、さらにそのリチャード騎士団にはテンプル騎士団から話がきたようです」
 テンプル騎士団は、主にヨーロッパの一神教圏内を守護する対霊害組織だ。唯一神の力を借りて戦うという宮内庁と似た性質を持つ組織だが、少数精鋭の宮内庁に対し、ヨーロッパ全土を守るほどの規模を持つ。
「ええと、ここに書いてある話をまとめると、複数の体霊害組織合同で上級悪魔狩りをする、と読めるのですが」
 真弓が混乱したようにアンジェに問いかける。上級悪魔は神秘の一種で下級悪魔と呼ばれる手駒を率いて陣取り合戦をする迷惑な存在だ。アンジェと達谷のように、ごく稀に人間と契約して御することに成功したものもいるが、極めて例外的なケースといえ、基本的には皆霊害だ。
「そうです。そこに、あなたに行って欲しい」
「それって、日本の代表ということですよね? 私はまだ正式な討魔師になったばかりなのですが!?」
「討魔組からは御三家も参加しますし、あなたたはその一人というだけです、気負う必要はありません」
 アンジェは困惑する真弓に落ち着いて返答する。
「周りは手練ればかりですから、大蛇が多少暴走しても平気です。胸を借りるつもりで参加するといいでしょう」
 それに、とアンジェは続ける。
「今回の上級悪魔は魔性持ち。あなたの大蛇が役に立つはずです」
 魔性は神性の真反対の力である。先ほど説明した通り、神性や魔性によってしか傷つけられない。
「……分かりました」
「良い返事です。学校には宮内庁を通して働きかけ、特別短期留学とカバーしておきます。一週間後に出発ですから、しっかり準備するように。大丈夫、あなたなら大丈夫」
 そう言って、アンジェは静かに微笑んだ。
「はい、全力で臨みます」
 期待に答えねば、そう心に刻んで、真弓は気をつけの姿勢を取って宣言した。

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