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塵は塵に還るべし
~Dust thou art, and unto dust shalt thou return. ~

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1章「その名はヴァーミリオン」

 

《某日 どこかの雪原にて》

 

「ヴァーミリオン、具現化! こちらに向かってきます!」
「くそ、奇襲前に嗅ぎ付けられたか!」
 雪原を銀朱色の装甲を持つ鋼鉄の巨人が駆ける。全高30mもの巨体が雪原を走るその姿は威圧的の一言であった。
 そして、その様子をモニター越しに見つめる者たちが言葉を飛ばし合う。
「第一、第二砲兵部隊、砲撃はじめ! イーヴォ隊の準備が整うまで時間を稼げ!」
 離れた山に布陣していた自走砲の部隊が一斉にその砲から砲弾を放つ。
 オレンジの炎が銀朱の巨人の周囲で炸裂する。
「第一、第二砲兵部隊、砲撃を開始。ヴァーミリオン、減速なし。ダメージ、入っていません」
「神性防御の性質をよく理解している、か。流石に素人相手ではないな」
「ヴァーミリオンの背部グングニル曲射ビーム砲から高熱源発生を確認!」
「まずい!」
 銀朱の巨人が背中に背負った直方体から白い光を真上に放つ。それは速やかにいくつもの枝分かれし、砲兵部隊に降り注ぐ。
 自走砲はこれに抗う暇もなく、全滅する。
「イーヴォ隊到着まで、あと30秒!」
「このままでは突破される! 進軍中の第三砲撃機甲部隊はその場で停止、砲撃支援を開始!」
 森林を進軍していた足にキャタピラを装備した4m程度の人型ロボット達がその場で停止し、肩に装備した152mmガンランチャーを空に向けて連射する。
 先程の焼き直しの如く銀朱の巨人の周囲にオレンジの炎を咲かせる。
「第三砲撃機甲部隊、攻撃を開始。ヴァーミリオン、足を止め、第三砲撃部隊の方に旋回します」
「流石に神性防御を突破してくるマキナギアは無視できないか」
 銀朱の巨人が砲撃の飛んでくる方向に向き直る。
 直後、鋭い射撃が銀朱の巨人に突き刺さる。
「イーヴォ隊、現着。120mmライフル砲で攻撃を開始」
 見れば全高8m程度でカーキ色の人型ロボット達が大きな黒い砲を構えて発射している。
「間に合ったか」
 流石に無視出来ないダメージが入ったか、銀朱の巨人が先程までの緩慢な旋回ではなく、急激にカーキ色のロボットの方へ向きを変え、一気に駆け出す。
 その手には赤い剣。
「ヴァーミリオン、レーヴァテインを抜刀!」
「お前達は砲撃を続けろ!」
 ドクロのデカールのついた先頭のロボットが120mmライフル砲をその場に放棄し、腰にマウントされていたカットラス型の剣を構え、前進する。
「キャプテン・イーヴォ、94式カットラスを抜刀」
 振り下ろされた銀朱の巨人の赤い剣をカーキ色のロボットが受け止める。
 しかし、その全高差7m。銀朱の巨人の方が2倍近く大きく、その質量差はカーキ色のロボットではとても抑えきれない。カーキ色のロボットの腕が軋みをあげる。
「りゃぁぁぁ!」
 しかし、カーキ色のロボットも無策ではなかった。反対の手でもう一本のカットラスを抜刀し、銀朱の巨人、その胸の下あたりに突き刺す。
「ヴァーミリオン、メギンギョルズ結晶防御翼を展開」
 銀朱の巨人が結晶状の翼を展開し飛び上がる。
「キャプテン・イーヴォ、コアに突き刺したんじゃないのか?」
「アクチュエーターへの負荷が思ったより、高かったらしい、突き刺しはしたが、届かなかった」
「ええい、対空マキナギア部隊、撃ち落とせ!」
 山の裏に伏せられていた濃緑の人型ロボットが、肩、腕、脚にそれぞれ装備されたミサイルを一斉に発射する。
「ヴァーミリオン、再びグングニル曲射ビーム砲に高熱源を発生!」
「まずいぞ、全員、神性エネルギーを防御に回せ! 装甲じゃなく、シールドだ!」
 再びミサイル諸共全てのロボットに光が降り注ぐ。
 光が晴れた時、残存しているロボットは僅かしかいなかった。
「第三砲撃機甲部隊、第四対空部隊、共に応答ありません」
「畜生! 撃って撃って撃ちまくれ! ノルン隊の到着まで、逃してなるものかよ!!」
 生き残ったカーキ色のロボット二機がライフル砲で対空攻撃を始める。
 銀朱の巨人はそれを見て、光の粒子の如き雷を放つ槌を天高く掲げる。
「ヴァーミリオン、ミョルニム破城破砕槌、エネルギー充填開始!」
「まだかぁぁぁぁぁ、ノルン!!!!」
 叫び。その直後、18発のミサイルが銀朱の巨人のバランスを崩した。
 ミサイルの出所を見れば、頭から昆虫の触覚のような青い紐状のパーツが伸びるほっそりとしたロボットが二機の飛行機を両手で掴んでぶら下がっていた。
「とうっ!」
 バランスを崩した銀朱の巨人に対し、新たなロボットは鉄棒競技の要領で前転しながら飛び、ガツン、と。先程カーキ色のロボットが突き刺したカットラスをさらに奥へと押し込んだ。
「ヴァーミリオン、急速に神性エネルギーを喪失。スパイラルコア、機能停止を確認。ヴァーミリオン、具象崩壊します」
 モニターの向こうで銀朱の巨人が崩れていく。
「デミデウス・ヴァーミリオン・フタロイ、撃破しました」
 オペレーターの声に一行がほぼ同時に息を吐いた。

 

◆ ◆ ◆

 

「汝、力を欲するか?」
 何もない暗闇で何かの声が響く。
「なんだ、誰だ?」
「我は汝と契約する者。汝、力を欲するか?」
 隻眼の大きな目が、顔が、こちらを見つめていることに気づいた。
「力を欲するならば契約せよ。我が名を呼ぶが良い」

 

《2009年4月6日 イギリス-ニホンカントリー-ホンシュウ-セカンド・トーキョー》

 

「夢……か?」
 そして少年は目を覚ました。
「力を欲するならば、か」
 特に力を欲した記憶はない。
 ――正直俺は平和裏に過ごせればそれで良い。
 そう独白した直後、一瞬、自分の部屋が炎に覆われたような幻覚を見る。
 ――またか
 これは幻覚。在りし日のフラッシュバック。逸る心音を落ち着けて、ここは安全な我が家だと言い聞かせる。
 用意されている朝食を済ませ、母親にいってきますの挨拶をして、家を出る。
 自転車に跨り漕ぎ出す。

 

 少年はセカンド・トーキョー駅前で、人々の集団が何かを叫んでいるのに気付いた。
「ここはかつて、日本の長野県という場所でした! この駅も長野駅と呼ばれていました!」
 集団は独立派の人達だったらしいと分かり、少年は聞き耳を立てたことに後悔する。
「エンジェルダストの日以降、政府を失っていた日本はイギリス・ヨーロッパ連合の傘下、それもイギリスの直轄地扱いとなりました。イギリス5つ目のカントリーです!」
 しかし、一度耳を向けてしまうと耳ってのは不思議なもので雑音の中でもそれを聞き分けてしまう。
「そして、当時政府機能を失い崩壊していた東京を放棄し、ここ長野県をセカンド・トーキョーとし、首都機能は松代に移されました! あくまで、東京の復興が終わるまでと言う約束の元で、です!」
 あぁ、いよいよ、五月蝿くなるぞ。と、少年は立ち漕ぎに切り替え、移動速度を早める。
「東京を返せ! 日本を返せ! 約束を違えるイギリス政府はいらない!」
 キーーーンと、拡声器が音を立てる。
 プラカードには「不要英国政府」「日本ヲ奪還セヨ」などと、昔この国で使われていたらしい文字で書かれている。
 ――今更公用語を日本語に戻してどうするんだか。自分達も日本語じゃ国民にすら届かないと知ってるから英語で叫んでるんだろうに。
 広がる心のざわつきを具体的な批判思考を行うことで収める。
 イギリスが日本を自国領としたのは1969年。もう今から、40年も前だ。
 今の若者の殆どは当たり前のように生まれた時から英語に囲まれて育ち、英語を喋って生きていた。日本語などと言うのは、かつてこの国で使われていた古語の一種に過ぎない。
 ――力、か
 やはり力なんて必要とは思えない。
 ――その力とやらが、あの雑音を消してくれると言うのなら、考えなくもないが。
《造作もない。力で押しつぶせば良い》
 それじゃ、あの時と同じだ。と首を横に振る。
《なぜだ? 貴様は彼らに恨みを持っている。ただ雑音なだけではない以上の、違うか?》
 周囲からメラメラと炎の音が聞こえてくる。
 ――夢のことをずっと考えてたせいか、幻聴まで聞こえてきた。これはまずい。
 自分に喝を入れる意味も込めて、立ち漕ぎに体勢を切り替えて一気に加速する。

 旧国道19号線を横切ったあたりで

 

息切れして思わず自転車を降りて停止する。
 直後、ズドン! と大きな音が鳴る。
 音のした方は高い防音壁に覆われる何かの施設、おそらくは軍事基地だろう。
「今のは55口径120mmライフル砲だろうな。戦車の主砲をそのままライフルに流用したものだが、イギリス・ヨーロッパ連合内では広く使われている汎用的なマキナギアのライフルだ」
 突然の声に驚いて振り向くと、自転車にまたがる迷彩柄のネクタイをつけた男が一人。校章のついてない制服を見るに今日の入学式に参加する同志か、と理解する。
「すまん、驚かせちまったか。俺は下地しもち 和馬かずま。お前と同じく、今日西高に入学する同志さ」
 和馬と名乗った男は人懐っこい笑顔で握手を求めた。
「あ、あぁ。俺は木内きうち 呂木ろき。よろしく」
「おう、よろしく」
 呂木は握手に応じ、二人はがっしりと握手した。一馬は意外にも力が強く、呂木は手の痛みに思わず顔を顰めた。
「で、その。和馬はあれか、所謂ミリタリーマニア、という奴か?」
「まぁそんなもんだな! ってかマキナギアを嫌いな奴はいないだろ。男なら誰だってマキナギアのパイロットに憧れるもんだろ」
「まぁ……憧れなかったというと嘘になるな」
 マキナギア。それはインド民主共和国が1972年に開発した4m〜8m程の人型ロボットである。
 小学校の頃、人型ロボット・マキナギアのおもちゃで遊んだことは一度や二度と言った話ではない。和馬の言う通り、マキナギアを好きでなかった男というのは少し想像が難しい側面はありそうだ。
「そかそか、ほれ、これ」
 和馬がPDAを取り出す。
「え、これ、スマートフォンじゃないか」
「まぁな。一面画面だから、写真が見やすいだろ?」
 こいつ、ガジェットマニアも兼ねてるのか、と思いながら画面を覗き込むと、その画面に映っていたのは、カーキ色の装甲を持つ人型二足歩行ロボットが映っていた。その手前の壁と道からこの基地の中を撮影したものだとわかる。
「これ、どうやって」
「それはまぁ企業秘密って事で。で、こいつがチャレンジャー2。イギリス・ヨーロッパ連合の主力マキナギアだ」
 そして、スワイプすると今度は濃いグリーンの人型ロボットが映る。
「で、こいつがストーマー。スターストリークミサイルを多数搭載した対空マキナギアなんだとさ。なんでも、インド・パンアジア共栄圏の最新マキナギアはガルダウィングとかって言って飛行が出来るらしくて、慌てて各地に対空能力を持ったマキナギアが急速に配備されてるらしい」
「へぇー」
 全く知らなかった。流石オタクと言うのは自分の専門分野には詳しい。
「この基地もその一環らしくてな、3月の間に急ピッチで工事が進められて、で、4月。俺たちが新入生になるように、新兵の訓練が始まっている、と。ちゃんと的に当たればあんな風に音が漏れることはないんだが、よっぽど見当外れの方向に当てちまったんだろうな」
「どこも4月は新入りで大忙しって事か」
「だな」
 和馬が呂木に見せていたスマホを取り下げ自分で覗き込む。
「とっ、やべ、時間ギリギリだな。呂木、この辺初めてっぽいよな? 近道を教えてやる、こっちだ」
 和馬が自転車に飛び乗り、一気に加速する。
 呂木は一瞬呆気に取られながらも、すぐに思い直し、それに追従した。

 

 かつて人類は、文明崩壊の危機に陥った。
 大国という大国は滅び、多くの小国は滅ぶより前に霧散した。
 それでも人類はそれを乗り越えた。それが1969年7月20日、通称「エンジェルダストの日」の事。
 人々はそこから、文明崩壊と最前線で戦い、生き延びた三国、即ち、アメリカ、イギリス、インドを中心に復興を始めた。
 それが対立する勢力となるのに時間はかからず、やがてそれは三つの勢力の睨み合いへと発展する。
 南北アメリカ大陸をそのまま手中に復興したアメリカ合衆国。
 ヨーロッパの復興に協力しそのまま傘下に引き入れたイギリス・ヨーロッパ連合。
 その支配領域をロシア、そしてアジアに広げたインド・パンアジア共栄圏。
 3カ国とそれぞれの勢力は飽きる事なく今日まで第二次冷戦と呼ばれる睨み合いを続けていた。

 

「そんな中でもこのニホンは旧トルコと並ぶインド・パンアジア共栄圏との境界線上の場所。まして、セカンド・トーキョーはその政府機能の中枢。そこで生活するみなさんは……」
 校長先生の長話が続いていた。
 要はこの国の未来とか国防がどうとか、そういう話だが。呂木含め多くの学生はそんな話には微塵も興味はなく。
 呂木も思わずあくびなど一つ。
 水面下で世界情勢にあろうと、市民はただ、慣れ切った平和を謳歌していた。
 明日も同じ平和が続くと、特に根拠は中でも、疑いなく、信じていた。

 

 帰り道。
「え、じゃあ、お前、本当はもっと北の方に家があるのに、わざわざ基地を見に?」
「あぁ、そういう事。最近は今朝みたいに砲撃音が漏れ出すことが多いから、出来るだけここにいたいんだ」
「へぇ」
 それは変わってるな。と口に出しそうになってやめる。特別好きなものがあるわけではない自分に、他人の趣味に否定的な見解を示す権利はないだろう。と思ったのだ。
 いや、特別好きなものがあっても権利はないだろうが。
 突如、ズガン、と大質量が地面にぶつかるような音がする。
「なんだ!?」
「マキナギアが転倒したのかな? でも方向は……」
 音が聞こえてきたのは基地の方向ではなく駅の方だった。
「行ってみよう」
「うん、輸送中のマキナギアを見れたりするかも!」


 駅に行くまでもなく、道半ばでそれは見えてきた。
 黄色系の色をした30mはある巨人。
「ま、まさか……デミデウス!?」
 目を輝かせ、和馬が走り出す。
「あ、おい」
 呂木は直感的にあれを危険だと感じていた。
 視界に炎が映り込む。
 だって、
 炎が周りの壁を燃やしていく。
 だってあれは、
 炎が和馬にまとわりついていく。
 どう考えても今朝の夢と同質のものだ。
 炎が和馬を焼き尽くす。
「ええい、くそ」
 とはいえ、そこに無邪気に進む和馬を放ってはおけない。
 不穏な幻覚を頭から追い出し、駆け出した。


 一方その頃、あるビルの屋上から、銀髪を短くまとめた少女がその様子を見つめていた。
「こちらノルン。デミデウスの発現を確認。タイプ・ラファエルです。日本独立派のデモ隊と口論しています。介入しますか?」
「こちらクリメント。スパイラルコアの発現とデミデウスの具現化はこちらでも確認しているが、詳細な状況はまだ把握できていない。口論というのは?」
「毎朝うるさい、イギリスには住む場所も食うものも着る物すら困ったところを助けてもらった恩があるはずだろ、とにかくうるさい、迷惑だ、などと当たり散らしています」
「うーん、デモ隊はそれに言い返してるわけかい? なんとも勇猛だなぁ。そうなるといつ攻撃に移ってもおかしくないな。対処したいところだが、イギリス軍の基地が近すぎる、彼らに目撃されるわけにはいかない。軍が対処するかもしれないから、もう少し様子を見てくれるかい?」
「……了解」

 

 駅前。
「すごい、見てよ呂木! 噂のデミデウスだよ。マキナギアよりずっとでかい。何で出来てるんだろ」
 和馬は何の躊躇もなくデミデウスの足元に近づいていく。
「お、おい!」
 一方、デミデウスと呼ばれてる側はそれには気付かず、交渉決裂の時を迎えていた。
「話しても分らねぇようだから、力で教えてやるよ」
 デミデウスの表面を走るエネルギーラインの光が振り上げられた右腕に集中する。
 和馬は無邪気にペタペタと足を触っている。
 このままだと和馬は死ぬ。それどころか、デモ隊も死ぬ。
 和馬やデモ隊の周囲を炎が取り巻く。
《どうせ潰したいと言っておった雑音だろうに》
「違う!」
 思わず幻聴に返事する。
「どんな理由であれ、理不尽に命を奪われるようなことがあってはいけないんだ」
 脳裏で炎に巻かれる建物の光景がフラッシュバックする。これまでのうっすら見える幻覚とは違う。正真正銘の特大のやつ。
《ではどうする? お前一人ではあの拳は止められまい》
 うっかり気絶しそうになるところを、幻聴が呼び起こす。
 俺一人では止められない? なら、誰かとなら、止められる?
「なら、力を貸せ。そういう話だっただろ」
 他に手はないと思った。自分には生き延びた責任があるのだから、当たり前だと思った。
《なら叫べ、我の名を》
「来い! ヴァァァァァァァァァァミリオォォォォォォォン!!!」
 口をついて、その叫びが出た。

 

 ビル屋上。
「デミデウスが攻撃行動に出た。干渉する」
 銀髪の少女が立ち上がる。
「待ってください、これは……スパイラルコアの反応?」
 しかし、通信機から聞こえてくるオペレーターの声がそれを止めた。
「スパイラルコアの反応増大! 空間神性エネルギー、指向化、デミデウス、具現化します!」
「バカな、この狭い範囲に二体のデミデウス呼応者だと!?」
 銀朱の巨人が出現し、黄色の巨人の拳を弾き返した。
「ヴァーミリオンタイプ……!」
 銀髪の少女が新たに出現した巨人を恨みがましく睨みつける。

 

「こ、コックピット?」
《うむ》
 幻聴じゃなかったのか……。
 正面、右、左と三つのモニターが呂木を囲うように配置されている。
 正面のモニターに色々な文字列が流れる。
 呂木はそれをとりあえずいろんなシステムが起動していっているという表示と理解する。
「で、どうやって動かす?」
《まず左右のレバーで……》
「てめぇ、何様だ!」
 モニターの向こうで黄色の巨人が輝く剣を抜刀する。
 銀髪の少女の耳に「ラファエル、エクスカリバーを抜刀!」と聞こえてくるが、当然呂木には聞こえていない。
《まずい、こちらも武器を抜け》
「どうやって?」
《武器を持ちたい方の腕のレバーの人差し指ボタンを二回連続で押すと、対応するモニターの下の方に武器のリストが表示され、カーソルが移動する。二回連続で押すたびにカーソルが一つ移動して、長押しすれば対応する腕が対応する武器に持ち替える》
 ――ってことは、右腕で持ちたいなら、右のレバーの人差し指ボタンを二回押して、と
 すると右のモニター下に武器の一覧が出現する。
「固有名詞ばっかりで何が何だか分かんないぞ」
《アイコンでわかるじゃろが、とりあえず今回はレーヴァテインを選べ》
「分かった」
 今はグレイプニルが選択されているのでまた二回押しする、グラム、違う。二回押し、ミョルニム、違う。二回押し、グングニル、違う。
 敵の巨人が剣で銀朱の巨人を攻撃する。
「うわぁっ」
 防御すらおぼつかない銀朱の巨人はその攻撃を受けて、バランスを崩す。
《まずい、姿勢を維持しろ》
「どうやって!」
《左右のレバーをニュートラルにした上で二つのペダルを踏み込み続けるんじゃ、スタビライザが自動で水平に戻してくれる》
 こうか!
 銀朱の巨人が海老反りのような動きで姿勢を水平に戻す。
《まずい!》
 しかし、あまりに素直に起き上がりすぎた。
 胴体に対しパンチが食い込む。
 パンチは原始的な攻撃であるがデミデウスの持つ質量を直接相手への攻撃に転嫁する恐ろしい攻撃でもある。
「ひいっ」
 モニターの後ろに拳の形の跡が付いた。
《応戦しろ》
「そんなこと言われても」
 カチカチ。違う。カチカチ。違う。
《ええい、リストになっておるんじゃから先に何回押せば目当ての武器が出るか考えてから操作せい。もうなんでもよいわい、次の武器にしろ》
「分かった」
 言われるがまま、人差し指ボタンを二回連続で押した後、長押しする。
【[equip] Lævateinn rod imitation】
 と右側のモニターの隅に表示され、右腕が赤い杖を構えた。
「次は!」
《正面モニターにレディクルが出たじゃろ、それを右レバーの操作で動かせる。レバーの奥にあるトリガーを人差し指で押せば、レディクルの位置に現在選んでいる攻撃が出せる。今は突きモードじゃから突きじゃ。踏み込んで攻撃したい時は踏み込みたい足のペダルを踏んですぐその後にトリガーじゃ》
「こうか!」
 ――こっちも同じ場所に!
 胸元に狙いを定め、ペダルを踏みながらトリガーを引く。
 再び剣を振るう黄色の巨人に対し、銀朱の巨人が一歩踏み込む。
 剣の射程は1ではあるが0ではない。腕の長さより内側に入られるとそこは射程外となる。
 意図してのことではないが、奇跡的に攻撃を回避した銀朱の巨人はそのまま赤い杖で黄色の巨人の胸元に向けて突きを放つ。
 さらに杖の先端から青い炎が吹き出し、胸のさらに奥へ浸透する。
 そのままバランスを崩した黄色の巨人は起き上がることなく、消滅した。
「勝て、た……のか」
 だが、先の炎、目の前の拳の跡、その意味は……。
 コックピットの中が青い炎で溢れかえる。
 大丈夫、これはいつもの幻覚。だが、さっき杖から吹き出して、機体の中に消えていった炎は、紛れもなく本物だった。
「俺は……また……?」
 頭痛がする。いつもなら消える炎の幻覚がいつまでたってもコックピットを燃やし続けている。


 ビルの上にて。
「デミデウス・ラファエル・セカンド、具象崩壊しました」
「いやはや、素人同士の殴り合い、という感じだったね。追加効果のある武器がたまたまコックピットにラッキーヒットして撃破、とは。まぁもしあれが意図的にあの武器を選んでコックピットを選んだのだとしたら、或いはノルン君以上に恐ろしく冷酷かつ確実なパイロットなのかもしれないが」
「ふざけている場合ではありません、どう対処しますか?」
「それは彼次第だね。個人的には……もしこのままデミデウスを引き上げてくれるのであれば、どうだろう、DDDDフォー・ディーに勧誘するというのは」
「本気ですか?」
「本気だとも。正しい志を持つデミデウス呼応者がいるなら、それを仲間にするのは自然な流れだ。その方が犠牲者も少なく済む。そうだろう?」
「それは……その通りです」
 銀髪の少女の脳裏にはこれまでの作戦のために死んでいった多くの命、その死に際、断末魔が過ぎる。
「……しかし、その前に問題発生です」

 

「そこの違法……マキナギア、停止しなさい!」
「軍か?」
 呂木がモニターから外を見ると、そこにいたのは、肩に回転灯をつけた警察車両だった。
トーキョー警視庁サクラダモンか」
「違法マキナギアに告ぐ、ただちに降機しなさい」
「ヴァーミリオン、どうやったやら降りられる?」
《正面モニターの上にトグルスイッチがいくつかあるじゃろ、その一番右の赤いトグルスイッチがハッチのスイッチじゃ》
「分かった、ありがとう」

 

「まずい、降りようとしてる」
「抵抗せず大人しく降りる辺り、我々の望む人材の予感がするが、相手がサクラダモンというのは不味いね」
 イギリスは警察組織を地方自治体に任せて運用する地方自治体制を採用しており、ニホンにおいても各地に地方警察が組織されている。
 中でもセカンド・トーキョーの地方警察であるトーキョー警視庁は、イギリス首都の地方警察であるロンドン警視庁が最初の所在地からスコットランドヤードと呼ばれるのに倣い、サクラダモンと呼ばれている。
 彼らはある程度一つの組織として繋がっている軍相手であればこっそり根回しができるが、ここにバラバラの組織である地方警察相手にはあまり政治力を有していなかった。
「仕方ない、私が憎まれ役をやろう」
 銀髪の少女が飛び降りる。
 そして、そこから直上に戦闘機が飛び上がった。
 戦闘機の側面と翼についた所属を示すエンブレムはDが二文字ずつ二行描かれていた。そして、次の瞬間、黒塗りに変化する。

「ヴァーミリオンのパイロット、デミデウスについて警察に捕まってもらっては困る。警察は私が足止めするから、逃げて」
 コックピットに誰かからか通信が入る。
 直後、空中からミサイルが飛来し、警察用マキナギアの前で炸裂する。
「くそ、チャフか! あれは、アメリカの航空マキナギア! なぜここに!」
 ミサイルの炸裂した後には無数の銀紙のようなものが散らばっていた。
《実際、警察に事情は説明出来まい、ここは逃げるのが得策じゃろう。お前がここから降りれば、この機体も消える。心配するな》
「……わかった」
 呂木が頷き、降機装置に向けて歩いていく。

 

 一方、呂木の目前。
「ごめんね、おとなしくしてて」
 戦闘機はその底面から四肢と顔を露にし、人型に変形した。頭から虫の触覚のような青く光る紐状のパーツが現れる。
「止まれ! 公務執行妨害の現行犯で逮捕する!」
 警察マキナギア二体が警棒を引き抜く。
「遅い!」
 銀髪の少女のマキナギアは目にも止まらぬ動きで警棒二本を両断し、そのままいつの間にか両手に装備していたハンドガンで二体のマキナギアの頭部を吹き飛ばした。
「デミデウス・ヴァーミリオン・トリーチア、スパイラルコアの反応が完全に消失。ノルンさん、もう大丈夫です」
「了解」
 視界を失い、警察マキナギアがコックピットを開けての有視界戦闘に移ろうとする中、銀髪の少女のマキナギアはバック宙の動きで後ろに飛び、最も高い位置に来たタイミングで戦闘機形態に変形し飛び去った。

 

 ちなみにそれを下から見上げていた和馬は、
「スゲー、ファルコンの変形をリアルで見ちまったよ」
 緊張感なく興奮していた。

 

 呂木は和馬さえ避けて駅を後にし、家に帰宅する。
「母さんはまだか」
 2階に登り、鞄を下ろして制服を脱ぐ。
「はぁ」
 そして下着姿の状態でベッドに身を投げた。
 ――入学式だけでいっぱいいっぱいなのに、色々起きすぎだよ……
 特にヴァーミリオンとか言うあのロボット。
 ――そう言えば、和馬がデミデウスとか言ってたな。明日聞いてみるか。
 ……しかし、一つだけ呂木は思い違いをしていた。

 

 ピンポーン、とインターホンの音が鳴る。

 

 ……それは、今日呂木に見舞う〝色々〟はまだ終わっていないと言うことだ。

 慌てて適当な私服を身に纏い階段を駆け降りて、扉を開ける。
「はい」
 扉を開けると、眼帯を右目につけ、銀髪をショートヘアにまとめた少女が立っていた。
「動かないで」
 拳銃が頭に突きつけられる。
 それがMP-443という名であることは知らなかったが、しかし、その見た目と黒い光、そして金属の冷たさが、それが一撃で自身の命を奪うということを理解した。
「これはあなたがデミデウスを呼ばない為の保険。あなたがデミデウスを呼ばないと約束するのなら、この拳銃は取り下げる」
「よ、呼ばない」
 情けない、声がうわずった。
「……驚いた、むしろ自分の身を守るために呼んでもおかしくないのに」
 銀髪の少女が目を丸くする。もちろん拳銃は腰のホルスターに戻った。
「まぁ、話が早くて助かる。私と共に来て欲しい。安心して、移動手段はある」
 その発言の直後、家の前の通りに先程の可変マキナギアが人型の姿で跪いていた。
「あ、さっきの」
「そ。あなたの持つその〝力〟について、そして私達について、話をさせて欲しい。安心して、抵抗しないなら、夜には帰れる。親には早速出来た友達とちょっと盛り上がって遊んでた、とでも言えばいい」
「もし抵抗したら?」
「あなたを失神させて運ぶことになる。目覚めるまでどれくらいかかるかによるが、今日中に返せるとは約束できなくなる」
 ――逆に失神はさせるけどここに返すつもりはある、ということか。
「分かった。大人しく従うよ。えーと、ディー、ディー、ディー、ディー、さん?」
「ん? あぁ、違うよ。これはエンブレム……。ま、ついでだから、今名乗っておこうか。私はノルン。ノルン・ノルニル。そして私達はDDDDフォー・ディーDefence from Damege of Demi-Deusデミデウスの被害から守る者だよ」

 

 To be continue...

 


 

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