弓と銃と塹壕と戦車と無反動砲と、そして次に来るもの
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※これはミー少尉の手記をベースとして、各種録音資料や当時の関係者の証言などからから再現した映像である。
※一部において誤った記述も存在するが、これはミー少尉の認識を優先してそのままとしている。
私は今、戦車の車内でこれを書いている。少尉である事を理由に戦車小隊の小隊長を任せられた。
戦線が膠着し、消耗戦のテイを成していることは知っている。
が、私は戦車で戦うために軍人になったわけではない。私は技術少尉。新型戦車の技術試験のために戦車を操る技術はあるが、それはあくまで試験のためであって、戦争のためではない。
戦争。それは組織と組織、主に国と国の争いを意味する。
人間は争う生き物だ。個人間の喧嘩は言うに及ばず、あらゆる組織は常に争っている。今、この世界を席巻する資本主義とて、人々を争いに駆り立てる仕組みに他ならない。
そうして争いを重ねて人は成長してきた、と果たして言っていいものか。
そして、戦争は新たな発明により何度となくその姿を変えてきた。
棍棒での殴り合いが投石合戦になり、そして弓と矢が生み出された。
飛んでくる矢を防ぐために盾や金属の鎧が。
弓はやがて銃に変わり、銃の強烈な攻撃を防ぐために塹壕が生まれる。
塹壕への対処のために毒ガスなどの新兵器、特に戦車が生まれ、
次には戦車を破壊する
まぁ歴史の進歩としては外せない金属器の話とか、騎馬隊と重装歩兵とか、その辺も外したかなり簡易的な話だが。
もし、次なる変化が戦争に訪れるとしたら、それは果たしてどのようなものなのだろうか。
「おい、いつまで書いてるんだよ」
ジョルジー二准尉が茶々を入れてくる。そこで話が大きく脱線していたことに気づいた。
「すまない。手記を書くのが趣味なもので」
「気にしないでください、ミー少尉。ジョルジー二准尉のインテリアレルギーです。こら、上官に失礼だろ」
謝罪する私に声をかけてきたのは、サヴィーノ准尉だ。
「いいさいいさ。同じ車内のクルーだ。家族みたいなものさ」
本気でそう思っている。戦車は一人では動かせない。車長である私が指示を飛ばし、操縦手クリューガー准尉が戦車を操り、砲手ジョルジーニ准尉が射撃し、装填手サヴィーノ准尉が装填する。誰が一人かけても、戦車は動かすことが出来ない。
だから、私は小隊長としてより、この戦車の車長として、クルーとは忌憚なく言葉を交わせる関係でありたい。まして私は技術少尉。あくまで階級だけ偉いだけで、最初から戦車兵として教育を受けた准尉達の方がよっぽど偉い。
「まもなく旧トルコを抜けます」
先頭を走る戦車の車長から報告が入り、空気がピリッと変化する。
トルコ共和国。かつてからアジアとヨーロッパの境目にある国と言われてきた国。
それは現在でも変わらず、我らの所属するグレートブリテンおよびアイルランド、ヨーロッパによる連合王国と、戦争相手であるインド民主共和国の国境が、まさにこの旧トルコ共和国である。厳密にこの国がどちらの領土なのかは未確定だが、人格者として有名なインド民主共和国の長、イシャン・ラーヒズヤ・ラジュメルワセナの「未確定な領土を戦争の火で焼くことは許されない」との宣言により、インド民主共和国は旧トルコ領内では仕掛けてこない。
「人格者、ね」
ではなぜその人格者は我が国と戦争しているのだろうか。我が国の国民、兵士が死ぬことは人格者としては憂慮すべき自体ではないというのか。
それとも、国際社会的な世論とは反対に、インド民主共和国こそが正しく、我が国こそが悪なのか。
「前方! 敵戦車!」
先行する戦車から報告が飛ぶ。
「敵はまだこちらに気付いていない。攻撃用意!」
中隊長からの指示が飛ぶ。実戦は初めてなのだが、これでもこちらは小隊長、射撃の指揮を取らねばならない。
「目標捉えました!」
砲手が素早く答える。あれ、こういうときは車長が狙いの指示を出さねばならないのではないのか。まぁいい。
「撃てーっ!」
ズドン、と戦車が振動する。
「敵戦車沈黙!」
「よし、前線基地へ急ぐぞ。そして、フェンリル・スリー小隊はよくぞ素早く反応した」
褒めの言葉を頂く。残念ながら優秀なのは私ではなくジョルジーニ准尉だ。
何故こんな前線から離れた位置に戦車が? という疑問は、ジョルジーニ准尉が教えてくれたことで判明した。
新人小隊長がいるときは、いつもこんな風に架空の敵と戦闘をさせるらしい。しかし、よく知っていたな? と尋ねると。
「こいつ、顔が広いんですよ、だから、やたらどこからか情報を得てきて……」
なるほど。大したものだ。
さて、ここからまたしばらく移動時間だ。手記の記述を再開するとしよう。まずはここまでの記録をこうして記し、そして、改めて戦争の経緯にでも触れておこう。
1972年。エンジェルダスト事件において活躍した決戦兵器「DEM」の封印決議を拒否し続けるインド共和国に対し、
領土は他二国に張り合うほどと言えども、その防衛に戦力が追いつかないインドは緒戦において連合国軍に敗退。旧来のインド領程度にまで大きく前線を交代することとなった。
数ヶ月後、インド民主共和国の実権を握るラーヒズヤが何者かにより暗殺され、ラーヒズヤの息子であり、エンジェルダスト事件の英雄であるイシャンがこれを引き継いだ。
イシャンは戦後には速やかにインドを完全に民主化する旨を宣言し、その上で今は国難である連合国軍の撃退を優先することを宣言した。
そして、イシャンの優れた軍事的采配が状況を一変させる。
あえて前線をインダス川まで下げたインド軍はコトリブリッジを除く全ての橋を破壊。連合国軍の渡河を大きく限定した。
戦線は膠着し、連合国軍はコトリブリッジから西南西へ4キロほどの位置にあるコトリの街に前線基地を設けた。コトリはカラチー運河を隔てた向こう側であり、この運河の渡川手段である橋はコトリにほど近く、我が軍はここを支配している。つまり、我が軍とインド軍はお互いに川で自陣を守り、唯一の移動ルートである橋を守っている。
お互いの軍はしばらくは何度か攻撃を仕掛けたが、いよいよ、戦線は完全に膠着。両軍ともお互いに戦力を基地に集め始めていた。
現在、ヨーロッパから移動中の我が小隊を含むフェンリル中隊もその一部隊、というわけだ。
「戦艦で砲撃するわけにはいかないのか?」
移動中の暇な時間、ジョルジー二准尉が私の手帳を覗き込みながらたずねる。
確かに。インドは海に面している。イギリスから海軍を送り込むのは理にかなっているように思える。実際、
「戦艦ならインド洋で睨みを効かせてるさ」
回答する。
「ならなぜ砲撃しない?」
「インドを必要以上に刺激することになるからだ。インドは決戦兵器DEMを保有している。これが使われれば、我々では勝ち目がない。ゆえに、使わねば勝てない、と判断されてはまずいのだ」
DEM。エンジェルダスト事件を解決した決戦兵器。神性防御と呼ばれる不可思議な力によって通常のあらゆる攻撃をはじき返す文字通り最強の兵器だ。インドはあろうことかそれを自国の兵器として運用すると断固として主張している。この戦争はインドの愚かな指導者から身に過ぎた
それにしたって、性急な気もする。我が国やアメリカもDEMを封印したとは言え保有している身だ。我々のような一兵卒には知らない何かを知っているのかもしれない。
「けどそれじゃ、追い詰めたらどっち道アウトなんじゃないのか?」
「あぁ。だが、我が国の工作により、奴らが保有するDEMのうち使用可能なDEMは一つのみとなっている。つまり、陸と海、二正面で攻めれば、どちらか一つしか対処できない」
「つまり、俺たちがインダス川を突破出来ないと、海軍の投入は無理ってことか」
意外にもジョルジー二准尉が話をまとめる。
その通りだ。そして、川の突破は困難。
ラーヒズヤの暗殺はほぼ間違いなくその方が手っ取り早いと考えた連合国軍の特殊部隊あたりの仕業だろうが、結果的により厄介な敵を呼び覚ましてしまった、というところか。皮肉な話だ。
「報告、前線基地防衛部隊の一部より通信途絶!」
「そうはいってもインダス川を超えない限り本格的な戦闘は始まらない」。つまり、前線基地までの移動はほば単なる配置転換に過ぎない。そんな気の緩みが一瞬で消える。
「ジャマーですか?」
中隊長に通信で問いかける。
「それが、前線基地からの報告だと火が上がっている、と」
つまりそれは爆発、そして炎上していることを意味する。敵によって撃破されたのだ。
「フェンリル・リーダーよりフェンリル中隊各車、フェンリル中隊は直ちに前線基地防衛部隊の支援に加わる! 全車、警戒移動に切り替え!」
中隊長からの命令だ。低速で周囲を警戒しながらの進行に切り替える。
「フェンリル・リーダーより、フェンリル・スリー、最後尾らしく前線基地との連絡役を担え、情報を集めろ」
フェンリル中隊とは我々フェンリル・スリー小隊の所属する中隊で。戦車中隊は通常3小隊からなる。つまり、小隊名の通り、番号順に並ぶと、我々が最後尾となるのだった。
「ユグドラシル・ゼロ、こちら、フェンリル・スリー・ワン。フェンリル中隊は現在、前線基地防衛部隊の支援に移動中。被害状況について詳細は分からないか? インダス川対岸からの砲撃ではないか?」
「こちら、ユグドラシル・ゼロ。対岸からの砲撃のフラッシュは確認出来ていない。敵砲兵陣地は沈黙中。新たな砲兵陣地の設営は確認されていない」
「こ、こちら……」
ガリガリガリというノイズと共に誰か味方の通信が混入してくる。
「DEMだ。(ガリガリガリガリ)きはDEM」
「こちらユグドラシル・ゼロ。通信状態が悪く部隊名が聞こえない、繰り返せ」
やはり、ジャマー……。いや違うな、攻撃を受け破損した通信機を使っているから、時折強い電波が混ざっている。そんなノイズの出方だ。
「こちら、ヨルムンガンド・(ガリガリガリガリ)リー。敵はDEMだ! かて(ガリガリガリガリ)を退げろ! 基地を(ガリガリガリガリ)しかない!」
「こちらユグドラシル・ゼロ。DEMと言ったか? なぜDEMと断定できる?」
「(ガリガリガリガリ)んだ!人型の(ガリガリガリ)っちの主砲が効きやしない」
戦車の主砲が通じない、確かにそう聞こえた。事実なら、それはほぼ確実に神性防御だ。
「前方に機影! うっうわ!」
先行している車両からの報告、そして爆発。
「こちら、フェンリル・リーダー、フェンリル・ツー、何があった?」
応答がない。
「ちっ、直接見る!」
「白銀色の人型……、あれがDEMか? さ、下がれ」
操縦手を蹴り、指示を飛ばす。
白銀に輝く装甲を持つ人型。……全高10mといったところだろうか?
顔に当たる部分にまるで目のようについた二つのカメラが輝く。
右手に装備された銃の銃口がフェンリル・ワン小隊の方に向く。
赤い熱線が飛び、戦車が一撃で爆発四散する。
「い、一撃だと……」
「フェンリル・リーダーより各車、撃て!」
フェンリル・ワンの各車から主砲が放たれる。命中。しかし、装甲には僅かの損傷もない。命中する直前で停止、落下しているようだ。これが神性防御。単に硬い装甲とは訳が違う。
「ユグドラシル・ゼロ。こちら、フェンリル・スリー・リーダー、敵は人型、熱線兵器を装備、主砲を防ぐ! DEMだ! 海軍に連絡を入れろ」
慌てて無線機に叫ぶ。
「こちらユグドラシル・ゼロ。了解した。まさかこちらに投入してくるとは考え難いが……。海軍に通達する」
「小隊、全速後退!」
「こちら、フェンリル・リーダー! 撤退は許可しない。攻撃を続行せよ!」
「こちらユグドラシル・ゼロ。そのまま敵を釘付けにせよ、間も無く航空支援が来る」
「航空支援!? 無茶だ、いい的だぞ!」
今回ばかりはジョルジーニ准尉に同意だ。どう考えたって、この状況での判断は、私たちを見捨ててでも、みんなで逃げる、だ。いや、それも勘弁してほしいが。
続け様に3発の熱線が放たれる。全て直撃。爆発。これでフェンリル・ワンは全滅したことになる。おそらくリーダーも死亡しただろう。
戦車一個小隊を一瞬で全滅させる? 冗談じゃない。そんな馬鹿げた兵器があってたまるか。
そして、銃口はこちらに向けられる。そこで、気付いた。
——あの銃、少し損傷してる? まさか武器には神性防御がない?
「フェンリル・スリー小隊各車! 銃口を同軸機銃で狙え! 銃口をそらすんだ!」
四両が一斉に機銃を発射する。機銃は主砲より見劣りする装備だが、L7 MG 7.62mm機関銃は個人携行のマシンガンと同等のものであり、1分間に1000発も放つ恐ろしい兵器だ。しかも、戦車に搭載されている分、圧倒的に装填数が多い。さらに二つもついている。いや、一つはこの通り、私が自分で撃たなければならないのだが。
そして、機銃により銃口が逸らされ、熱線は明後日の方向に飛んでいく。
「まだだ、撃ち続けろ!」
そしてついに、ライフルが爆発する。
やっぱり、武器には神性防御はない!
「敵武器、破損!」
報告と同時にフェンリル・スリー小隊の間で歓声が上がる。
見た所、武器はもはや存在しない。これで敵も撤退する。……という考えは正直明らかに愚かな判断だったと思う。
私は見た。装甲の輝きが右腕に収束していくのを。
「まだなにかする気だ! 同軸機銃斉射!」
とっさに、攻撃を再開させる。だが、全ての弾丸はその装甲に弾き返される。
「フェンリル・スリー・スリー! そっちに向かったぞ! 全速交代!」
しかし、間に合わない。我らフェンリル・スリー小隊三番車は無残にもそのパンチに寄って撃破されてしまった。
たかだかパンチで主力戦車の装甲を貫通したっていうのか!?
驚愕する。しかし、考えてみれば巨大な物体の衝突という意味では戦車の徹甲弾を大きく上回る質量なのは確かだ。
「ぜ、全速後退! このままでは全滅する!」
向こうの神性防御はこちらの攻撃を全て止める。もはや武器のような着目点もない。即ち、こちらはもうやつに手出しできない。にも関わらず向こうはこちらを一撃で破壊できる。もはや回避しつつ撤退する以外に方法はない。
「小回りはこっちのほうが効くはずだ! 相手を可能な限り撹乱するように動け。以降は各車の車長の判断に任せる」
各車といっても、もう二番車しかいないけどな。
やつが再び拳に輝きを収束させる。うまく引きつけて直前で旋回、……やれるか……?
動きからこちらがリーダー機と見抜いたか、こちらに向けて走り出す。
直後、唐突に推進機を前に向けて大きくパックステップを踏む。そのまま一気に後退していく。そのまま姿が溶けるように消えていく。……理論上は存在する、光学迷彩、というやつか……?
双発エンジンの音を響かせて航空機が上空を通過したのはその直後のことだった。もし奴が下がっていなければ、この辺は航空攻撃に晒されていただろう。
――航空支援を恐れて撤退した? なぜ?
相手の動きは確かにそう解釈できた。たしかにやつは射撃兵装を失っている。つまり、対空攻撃は困難なはずだ。
最後に使用した脚部の可動式推進機を使えば多少のジャンプは可能だろうが、航空機に追従できるほどではあるまい。というより、あれを接近に使われなくてよかったな。推進剤は有限で、サイズ的にあまり多くは積めないのかも知れない。だとしたらやはり対空戦闘は困難と見える。
いやいずれにせよ、撤退した理由がわからない。神性防御なら、
「フェンリル・スリー小隊各車。今のうちに前線基地に戻るぞ」
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