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鈴木光輝のクリスマス

 外で煌々ときらめくイルミネーションなどのもうすぐクリスマスという雰囲気とは無縁の対霊害捜査班では、私、鈴木すずき光輝こうきも含めて、パソコンでショッピングサイトを開いていた。
 誰かへのクリスマスプレゼントを選ぶというのだったらよかったのだが、残念ながら仕事だ。
中島なかじまさん。これはどうでしょうか」
 あるアクセサリーの商品画像に違和感がある事に気付き、手を上げて中島さんに確認をお願いする。
 直ぐに私の後ろに中島さんが回ってきて、モニターの商品画像を指でなぞる。
「うん、クロだね。井石いせき警部補にURLを送っていいよ」
 中島さんのお墨付きをもらったため、URLをチャットアプリに貼り、井石警部補に送る。
 何をしているのかというと、ある非合法魔術師組織が、構成員の能力を強化する簡易的な魔導具を用意していた。
 しかし、それらが支給される前に組織は摘発、魔道具は倉庫で眠っていたのだが、何かの拍子に無関係の宝石卸売商に渡ってしまったらしく、市場に流れてしまった。
 それらの魔道具は正しい使用法出ないと効果は出ないため、一般人が入手しても対して影響は無い可能性もあるのだが、偶然力を使えてしまうと神秘の氾濫に繋がってしまう可能性があるという事で回収作業を行っているのだ。
 幸いにも組織の一員であることを示す何種類かの意匠が必ず何処かに刻まれている為、商品画像等からそれらを見つけられれば、魔道具であるという事は直ぐに分かる。
 そして、彼らはそれらの魔道具を密輸していた為、密輸宝石類を販売しているとサイバー犯罪対策課なりに井石警部補から連絡して貰うだけで販売を止められる。
 普段の姿の無い霊害を追いかけたり、狡猾な魔術師と知能戦を繰り広げる仕事と比べると圧倒的に楽で、手順も分かりやすいのだが、買う訳でもない宝石類を必死でじっくり眺めるというのは地味で辛い。
「あー、クリスマスにこんな宝石プレゼントしてもらいたーい」
 夕島ゆうじま巡査が唐突に背もたれに体重を預け、背伸びをしながらそう言う。
 その後ろに中島さんが回り込み、夕島巡査のモニターを指さす。
「こういうアクセサリーはプレゼントすると喜ばれるよね。ちなみにこれはシロだね」
 うんうん、と頷きながら仕事としての補足も加える中島さんを見ながら、中島さんはそういうプレゼントの経験は多そうだなと考えながら、次の商品ページを開き、画像を拡大する。
美琴みことさんへのプレゼントとして、どうですか? お似合いの色じゃないです?」
「そうだね。でも、今年の美琴へのプレゼントは買ってあるからね。また次の機会かな?」
 中島さんとバディを組んで長くなってきたけど、そういえば、中島夫婦がどの様な会話をしているか未だに見たことが無い。美琴さんと話す機会はあったし、中島さんと美琴さんが同席した状態での会話もあったが、主に仕事の場面であった為、夫婦関係というのはあまり伺えなかった。
「おっと、鈴木君。今日は同窓会があるって言ってなかったかな。そろそろ上がらないと間に合わなく無いかい?」
 中島さんにそう言われて、モニターの右下に表示されている時計を確認する。確かに高校の同窓会に間に合うためには、そろそろ出る準備をしないと間に合わない。すこし集中しすぎていたかな。
「そろそろ書類整理が終わりますので、そっちに合流します。後は我々に任せてください」
 少し離れた所で、対霊害捜査班が世に潜む為の仮の姿である筈の資料課としての作業を行っていた小嶋こじまさんが声を掛けてくれる。
「同窓会かー。良いねぇ。クラスのマドンナとか、鈴木くんの想い人とか、来たりするの?」
 小嶋さんと共に書類整理をしている山本やまもとさんが茶化す様に声を掛けてくる。たしかに、同窓会で恋愛の話は定番だが、奥手すぎた当時の恋愛の話はあまり掘り下げられたくない。
「幹事の子が、男子から評判の良かった子はだいたい来るって言ってましたね」
 ここで照れたり、関心のあった感じを出すと、深堀されるのは目に見えている。自分は興味ありませんでしたと、あくまで聞いただけという雰囲気を出す。
「お、誤魔化そうとしたね。好きだった子、来るんだー」
 努力虚しく、深堀されてしまった。どこかの仕草で気づかれているようだが、自分では全く分からず対策ができないのが悔しい。
「あ、鈴木先輩って、同級生に好きな人いたんですね。てっきり妹一筋かと」
 夕島巡査に途轍もない勘違いをされている。シスコンに分類されても仕方ないかなとも思える所はあると自覚しているが、流石に恋愛対象とまでは見ていない。  
「鈴木巡査はいいお兄さんと感じる距離感だと思いますよ。しかし、鈴木巡査の想い人ですか」
 小嶋さんのフォローがありがたい。しかし、恋愛の話を引き伸ばしてきた。雑談でその人が嫌がる話を引っ張る人ではないので、何か気になったのだろうか。
「なんとなくですが、霊害とか、神秘に関わってそうですね」
「ああ、確かに」
 小嶋さんの発言に、中島さんが同意する。
「あー、そういうのに惹かれるのかー」
「納得ですね」
 続いて、山本さん、夕島巡査が同意という反応を見せる。警察学校で中島さんに声を掛けられた時に、霊害に引き付けられやすいから目を付けたとは言われた事を思い出すが、今持っている霊害の知識を元に考えても同級生や友人に神秘、霊害との関係を疑えるような事は無かったと思う。
 最も、神秘も霊害も隠そうとする者なので、それらに関わっていると疑っていない当時の記憶がどこまで頼りになるのかというのは分からないが。
「ちゅ、中国ちゅうこく巡査はどう思います?」
 助けを求めて会話に加わらずパソコンで捜査を続けている中国巡査に声を掛ける。
「そ、そうですね。鈴木さんはやっぱりそういう印象がありますね」
 残念ながら助け舟を出してはくれなかった。味方がいない。
「あ、中国君のそれはクロだね。これまでで一番分からないやつだと思うよ。流石」
 中国巡査のパソコンを覗きながら、中島さんが言う。やはり、中国巡査は優秀だ。これで周りに同調するだけでなくフォローを入れてくれたらもっと良いのだけど。
「まあ、普段関わらない人と合える場だからね、霊害に巻き込まれてないかってのは気にしてもいいと思うよ」
 一般社会から遠いようで近いのが霊害、神秘だ。気が付いたら巻き込まれていて、その特殊性から誰にも相談できないという事は案外ある。友人、同級生達が関わってしまっていないか、というのは気にしなくてはいけない。
「せっかくの休める機会だから、気づいた程度でいいけどね。軽そうだったら報告も明日でいいから、ゆっくり楽しんでおいで」
 積極的に探りを入れると、友好関係にも影響が出るだろうし、するつもりはない。だけど、神秘に関わると、神秘に関わる物同士は惹かれ合うのか、格闘家が相手が格闘家であると見ただけで分かる様にか、いずれにしても案外気づいてしまう。相手が強く隠そうとしてたら恐らく見えないが、巻き込まれた様な状況に置かれていたら気づいてしまう様に思う。
「はい、そうします。では皆さん。すみませんがお先に失礼します」
 鞄を持ち上げ、頭を下げながらそう言うと、口々にお疲れ様、であったり、楽しんできてね、と口にする。休みやがって、というような妬みらしい感情が無いのは霊害捜査班のいい所だと思う。でも休みはもうちょっとあってもいいと思う。

 

= = = =

 

 すこしだけ地下鉄に揺られ、幹事から送られてきた最寄り駅に到着する。集合時間まであと少ししかない。降りた事がある駅で、知っている出口であったので軽く走って集合場所を目指す。知っている顔が無いかと見渡すと、いつも集まって話していたという印象のあるグループを見つけたけど、楽しそうに話しながら歩いている。話していない仲ではないが、グループに割って入るのは申し訳ない。向こうが気づいてくれたら反応しようかと、少し様子を伺っていたが、特にこちらに気づく様子は無い。楽しそうなグループを抜かして集合地点を目指し続ける。
 もしかして、同窓会の前に仲の良い人同士で集まってから行ったりしているのだろうか、仕事が忙しいからと幹事をしてくれてる大田おおたとのやり取りだけで今日ここに来ているが、もしかしていつものメンバーで私抜きで集まったりしてないだろうか。それはちょっとまずい気がする。せめてチャットくらいは飛ばせば良かったかもしれない。高校の同窓会は成人式以来で、大学を卒業して、警察学校に入って、対霊害捜査班に配属されてそれまでの友人と交流した機会なんて殆どない。
 同窓会の中で浮いてしまうというのも気になるが、それ以上にさっきの対霊害捜査班での会話も気になってくる。そんなに合ってなかったら霊害に巻き込まれている同級生がいる可能性は十分にある。浮いて友人との会話を楽しめないとなると、ついつい周りを気にして同級生のそういう事に気づいてしまうかもしれない。
 もちろん、早期発見早期解決が一番なのだが、知り合いが関わっているというのはつらい。神秘に関わる事自体は霊害では無く、不法な物であってもある程度なら、対霊害捜査班が対応すべきもので無かったりする場合もある。だけど、見つけてしまえば対応せざるを得ないので、あまり凝視して捜索するような状態にはなりたくない。
 しかし、引き返せない所まで行ってしまう前に気づいて対応する方が、その同級生の為になるようにも思う。浮いてしまったらこれ幸いと周りをよく見た方が良いか。
 思考をまとめた所で、後ろに誰かが近づいている事に気が付いたが、その時には私の背中は強めに叩かれていた。
「いたた、相変わらずだなぁ。代々田よよだ
 霊害捜査班は恨みを買ってしまう仕事なので、後ろからいきなり叩かれたというのは、良くない状態ではあるのだけど、今回はそうしてくる人物に心当たりがあった。
「おう、やっぱりお前には一番最初にこれをしないとな!」
 代々田、いつも背中を叩くという変わった挨拶をする奴だが、元気がよく、友達思いのいい奴だ。
「高校時代より勢いが無いんじゃない? 記憶より痛くなったよ」
 強めに叩かれたが、痛さというのはそんなにない。ちょっと困るくらいの痛みがあった記憶があるのだが。
「そりゃ、お前は体が資本な仕事だろ? こっちはサラリーマンだぜ、若い時よりは筋肉が落ちちまうよ」
 私達はまだ20代十分に若いよなと思いながら、警官で体力があるからというよりも、霊害やらと戦って痛みに慣れてしまっているのかもしれない。凶器のある現場に赴くのは普通の警官よりも多いとは思う。
「そうかな、全然体格が変わった様には見えないけどな」
 記憶の中の代々田と、今の代々田にあまり大きな違いは感じない。厚着なので、その辺が見えにくいのはあるかもしれないが、経験的にそんなに劣っている様には見えない。
「おっ、そうか? あまりにも体が緩んでたからジムに通いだしたんだよ。成果が出てきたか」
 代々田がボディービルダーのように筋肉を見せつけるようなポーズをしているが、厚着でよくわからない。仕事の目で見ると、動きがキビキビしておらず、格闘技等に精通はしていない。制圧は容易。という感想は出てくるが、そんなことを言えるはずもない。
「最近は色々な所にジムがあるよね。おっと、そろそろ行かないと不味くない?」
 不穏な感想を浮かべたのを誤魔化す為にも、時計を見て話題を変える。実際集合時間までは後4,5分しかない。
「まあ、みんなゆっくり集まるだろうぜ。ゆーらとかあの辺ルーズだろ? みんなそれに引っ張られるよ」
 代々田のいう通り、何人か遅刻しそうなメンツに心当たりがあるが、やはり待たせるというのは性に合わない。
「ま、お前は間に合いたいよなー。行こうぜ」
 その辺は代々田も知ってくれているので、先に歩き始める。その後ろに付けるようにして、歩くのを再開した。

 

= = = =

 

 代々田の読み通り、時間丁度に来たメンバーは少なく、先に集まったメンバーだけでお店に行くことになった。早めに待ってくれていた幹事の大田に代わって、店に行ったことのある同級生が集合場所で待っているので、遅れてきた者は彼が案内してくれる。
 申し訳なかったので、一緒に残る事を提案したが、店の場所を知らない事もあり、寒いから待たずに行ってくれていいと言われて、甘える事にした。
「いやー、残念だなぁ」
 歩きながら、代々田が肩に手を回して私の顔を引き寄せながら耳元で話す。この流れはあの事を言ってくるだろうと備える。
「何のこと?」
 とりあえず、惚ける。
「いや、お前の想い人がまだ来てなかっただろー。楽しみにしてたんじゃないかなって」
 やっぱりそういう話題だった。高校当時も告白しろとか、話す機会だぞ。とよくせっつかれた。
「誰の事?」
 いつも通りにそんなことは無いと否定する方向に持って行ってしまった。否定する程深く突っつかれるという事は知っているのに、やっぱりそっちに持って行ってしまう。
「もちろん、伊那いなさんだよ。伊那香里かおり。基本的にずっと目で追ってたじゃないか、この前の同窓会でも……」
「ああ、もう分かったよ。気になってました。これでいいだろ」
 早めに諦めて認める方向に切り替える。実際、伊那さんの事は今でも気になっている。好みの女性を聞かれると、彼女の姿を想像してしまう。明るいし、周りに気を配れるし、なにより微笑んだ顔がとても素敵なのだ。
「お? 認めるのが早いな」
 これまではずっと否定して、友人達にもっと根拠を並べられてから渋々認めていた。それよりも素直になった方が楽だ。好きな人を認めるのは恥ずかしい事じゃない。いや、恥ずかしいけど。
「素直に認めた方が楽だったなって、最近になって思うよ」
「なるほど、成長だなー」
 そんな話をしていると、幾つかの飲食店が入ってるビルを指さしながら、ここの三階にあるお店が目的地だと告げる声が聞こえたので、エレベーターホールで上るエレベーターが到着するのを待つ。
 待つ間、幹事の大田と共に、他の店を利用するお客さんや、降りてきた人の迷惑にならない様に同級生達の位置を調整していたら、流石現役警官、という評価が飛んできた。
 警察学校で習った記憶はあっても、対霊害捜査班に所属してると使わない技能なので、そう言われるほど上手くできるか心配だったけど、そう評価されるくらいには上手くいって良かった。まあ、からかい半分だとは思うけど。
 私達の努力あってか、エレベーターの定員でもたつく事もなく、スムーズに目的のお店にみんなたどり着く事が出来た。後の人達が来るまでエレベーターホールで待つ事も提案したが、今来てない参加者はそんなに人数がいないし行ける。そこまでしてもらうと申し訳ないとエレベーターに押し込まれかけたのでおとなしく私もお店に入る事にした。
 和風の内装で、いくつかのお座敷が設けられていて、いくつかのグループが宴会を行えそうなお店だ。今回は貸し切りなので、お座敷の間にある襖風のパーテーションが取り払われて一つの大部屋のように繋がっている。
 みんな思い思いの所に座る中、代々田が部屋の端の方に座る。後から来る人の邪魔にならない様に端を埋めたいという私の性格を意識してくれての事と思うのでありがとう。と小さく伝える。
 コートを脱いで掛けたり荷物を壁際に置いたりしていると、幹事の大田が真ん中に立って声を張り上げて発言する。
「はい! クリスマスなのに集まってくれてありがとう! この後恋人と過ごすという人もいるだろうから早めに始めて早めに解散します! それよりも早めに帰る奴はデートの相手を見せてから帰る事!」
 大田の話を聞いている間にビールとウーロン茶のピッチャーが来ていたらしく、代々田がウーロン茶の入ったグラスを私の前に滑らせながら、こっちでいいよな? と顔で聞いている。
 頷いてグラスを手に取る。
「それでは、乾杯!」
 大田の声に合わせて、とりあえず、目の前の代々田のグラスにグラスを当て、そこから近くにいた何人かとグラスを合わせる。
 店員さんが運んでくる料理をつまみながら代々木と他愛もない事を話していると、ビールの入ったグラスを片手に大田がやってきた。
「よ、楽しくやってるか?」
「おかげさまで。店決めから予約、人数調整まで全部やってもらって悪いよ」
 この同窓会のセッティングは殆ど大田一人でやったと聞いている。昔からクラスの中心にいて、成人式の時の同窓会も彼がセッティングしていた。
「気にするなよ。みんなが楽しんでくれたらそれでいいさ」
 そういいながら、私の横に座ってグラスを傾ける。みんな最初のグループとは別の友人と話すために、席を移動している。
「そういや、鈴木は今何をやってるんだ? 警察って言っても色々あるだろ? やっぱりお前だと刑事か!?」
 大田が少し興奮気味に聞いて来る所を見ると、結構お酒が回っているようだ。ちなみに、私がウーロン茶しか飲んでないのはクリスマスの警戒期間なので、鞄に拳銃を収めてあるからだ。宗教的な要素が関わる行事には霊害が付いてきてしまう。その為に常時警戒する事が求められて大変だ。
「今は他の課から回って来る書類とか、資料をまとめたり、計算したりする仕事をしているよ」
 正直に霊害捜査をしています、とは伝えられないので、建前である資料課の仕事を伝える。まあ実際に書類とかの整理は行っている。嘘ではない。
 それを告げると、少し周りの空気が変わった。どちらかというと冷える方向で。
「鈴木、おまえなにしたの? 上司とバトった?」
 ああ、そういう事か。そういえば、資料を整理する仕事というのは警察ドラマでは大体閑職だった。対霊害捜査班みたいに、世を忍ぶ仮の姿というパターンもあるが、普通はそう考えない。何かしらして追いやられたという発想になるのは全然可笑しくない。
「ああ、光輝。正義感の違いでぶつかりそうだよな」
 代々田の感想に周りにいる友人達が同意するようにうんうんと深めに頷く。
「いや、そんなんじゃないよ。普通に配属されただけ。警察官も公務員だからね。書類がないと動かないよ。誰かがやらないとね」
 適当にそれっぽい話をして、誤魔化す。資料課にどういう経緯で入ったか、という偽のストーリーは用意しておいた方が良いかもしれない。一般の方に説明するときに困りそうだ。
「そっか、やっぱりお役所なんだなー」
 とりあえず、信じてくれたのでこの事はまた後で考える事にしよう。
「すみません、遅れちゃって」
 その声が聞こえた瞬間、思わずその声の方向を見てしまう。代々田の反応が早いと茶化す声が聞こえるが口だけで突っ込み、視線はそちらに向いたままだ。
 少し肩で息をしながら彼女、伊那さんは仲の良かった数人の女子と会話をしている。記憶の姿と変わらない。
「変わらないなぁ。どうよ光輝」
 本当に変わらない。同窓会の時というか、高校時代からの変化も少ない気がする。いや、髪型とかは変化しているが、若さというかそれを感じさせるエネルギーが変わらないように思う。
 その事を考えているうちに、伊那さんが女子達を分かれて、こちらに向かっている事に気が付いた。流石にそこまで自惚れてない。これは幹事である大田に用事がある。
「大田君、同窓会の用意ありがとね。大分遅れちゃってごめん、ちょっと仕事が大変で……。あ、これ会費ね」
 伊那さんからお金が入っているらしい封筒を受け取って、大田は思い出したように立ち上がる。
「会費集めてないな!」
 大田がそう叫んで、少し間があってから、みんな一斉に笑い出す。そうだったそうだった、あいつは偶にこういう忘れをやってしまう奴だった。
 みんな一斉に懐なり、鞄なりから会費を出そうと動き出し、丁度になるように両替をしたりしている。私は集金の時に困らないように私も封筒に会費をきっちり収めてある。ただ、鞄から中々出てこない。
「鈴木君も久しぶり。元気だった?」
 伊那さんがこっちを向いている事に気が付かなかった。気の利いた返事をしようと思ったが、とっさに出てくる物じゃない。
「うん、病気も無く元気にやれてるよ」
 怪我は絶えないし、呪い等、霊害によって生じる体調不良は非常に多いが、普通の病気というのは全然していない。それを元気にやれていると言えるのかは微妙だが、それは話せない事なので、元気としか答えられない。
「よかった。また後で色々な話を聞きたいな。それじゃあ、ゆーちゃん達と話してくるから」
 伊那さんが軽く手降ってから先ほどまで会話していた女子のグループに戻っていく。
「脈ありじゃね?」
「うん、わざわざ声掛けたな」
 たっぷり時間を置いてから、代々田と大田が両側から話しかけてくる。
「あーー、大田は会費を持ってきた人が待ってるよ。代々田はグラスが空いてるけど追加のビールいる?」
 二人を払いのけるようにした後、大田に自分の会費の入った封筒を投げ渡して、代々田のグラスに問答無用でビールを注ぐ。
「おう、ありがとな。そういやアキラちゃんは元気か? 今何してんの?」
 大田が会費の回収に戻り、代々田は話を変えたので伊那さんの話は一旦終わった。また後で話しかけてきたらまた再燃するだろうけど、今はとりあえずそれでいい。
 

 

= = = =

 

 代々田や大田は勿論、友人や同級生と喋ったりしていたら、予定通りの時間となり、同窓会としては少し早めの時間に解散になった。予定がある人も多いらしく、目立った二次会は無いようだ。
「俺も予定があるんだよなー。残念だけどまたな!」
 そう言って地下鉄の駅に駆けていく代々田を手を振って見送る。大田も明日に用事があるらしく、忙しそうに帰っていった。そんな中で幹事をやってくれた彼には本当に感謝しないといけない。
 楽しい時間が終わって、余韻に浸ろうかと思って、そういえばある予定というのが霊害関係っていう可能性もあるなと嫌なひらめきをしてしまう。
 まあ、一応気にしていたけど特にそれらしい兆候は無かった。きっとみんな巻き込まれてない。
「鈴木君はもう帰るの?」
 その声に振り返ると、伊那さんが後ろに立っていた。
「ええ、そうですけど。伊那さんはどうします?」
 とっさに中島さんに話すような敬語で返してしまった。それを聞いて伊奈さんが笑う。
「まだとっさに敬語が出るんだね。急に話しかけるといつもそうだった」
 同窓会中に話しかけられたときは何とかなったのだが、やはり彼女と話すときは緊張してしまう。
「あー、いや、仕事の飲み会を思い出して。後輩が一人しかいないから基本敬語を使うんだ」
 勿論緊張で失敗しただけだけど、実際に後輩は少ない。霊害捜査班で後輩にあたるのは夕島巡査だけで、霊害関係では中国巡査に教える立場になっているが、警察官としての経験は彼の方が長い。
「そうなんだ、結構人数の少ない部署なのかな?」
 私の知っている範囲では9人の部署で、部署として少ないという事も無いように思う。冷害という特殊性から入れ替えが全くないというのが大きい。
「んー、どうだろう。あ、そういえば何か用事だった?」
 話がそれてしまっていたが、向こうから話しかけてきた要件を聞いていない。なんだろうか。
「いや、同窓会中に話せなかったからさ。帰り道が一緒だったらどうかなって」
 同窓会中の“脈がある”という代々田の発言が頭をよぎるが、そんなことはきっと思い上がりだ。
「えーっと、申し訳ないけど、歩きだから多分違うかな」
 そう言って、進もうと思っていた道路を手で示す。
「あ、私の家もそっちだよ。歩けるくらい近くなんだ」
 公共交通機関の発達したこの都会でそんな事ある? いや、歩いて帰れる距離にあるのは私も一緒なのでそういうこともあるか。
 場所を確認すると、伊那さんの家に寄ってから私の住む宿舎に行くのが良さそうだったので、彼女の案内でまず伊奈さんの家を目指すことになった。
「アキラちゃんは元気? 今大学生だっけ」
 伊那さんはアキラと会ったことが会ったかな? アキラと会ったのはそれこそ代々田や大田くらいだったと記憶していたけど。 まあ、つい妹の話を学校でしてしまったことは一度二度ではないのでそれで気になっていたのかもしれない。
「うん、確か三年生かな」
 案外自信を持って言えない物だなぁと時間の流れの速さを感じる。昔は自分の学年から引き算をすれば良かったけど、社会人になると何年目かという意識があやふやになっている。
「あー、そろそろ就活の時期だね。アキラちゃんはどういう進路を取るんだろう。警察官だったりする?」
 兄に憧れて警察官を目指してくれるというのは嬉しいが、多分中島さんに捕まって霊害捜査班に配属される事は間違えないのであんまり賛成したくない。
「国家公務員を目指しているとは聞いてる」
「へー、宮内庁とかかな?」
 普通いきなり宮内庁が来る? まあ、今年は皇室関連の行事も多かったし、ふと出てきたのがそうである可能性は十分にあるか。
「やっぱり官僚系なのかな。今度聞いてみるよ」
 実際、どういう進路を取るのかという確認と、それについてのアドバイスは正月が落ち着いた頃に実家で会って話す予定がある。
 もちろん、正月じゃないのは正月は霊害対策強化期間なので離れられないから。世間一般的な休日は文化に基づく物なので、割と休めない。
「鈴木君が言うには、鈴木君よりも優秀なんでしょ? 何も心配いらないね」
 そんなことまで言ってたかなぁ。自分の言った話をまとめるとアキラがとてもすごい人になってないか心配になってきた。
 ふと、誰かに見られているような気がして周囲を見渡す。主要道路から離れて歩いて来たから、周りに人気は無い。でも誰かに見られている。街灯以外にある明かりである自販機の陰に黒いフードの人影が二人。腕をこちらに突き出している。
「危ない!」
 今日捜索していた魔道具の発動体制。そう思い当たると同時に、伊那さんを抱えて地面に転がる。
 伊那さんが地面に接しない様に地面に倒れると、頭上を魔力の塊が飛ぶ。そのあと、何かが破壊された音が聞こえない事を考えると、人に当たるとその人の意識を奪うタイプの魔術を使える物らしい。いくつかある魔道具の中で、破壊をもたらさない物はそれだけだった筈。
 鞄の中の拳銃さえ出せればある程度応戦できるが、伊那さんの前で戦うというのも問題だし、そもそも隠れないと隠してある拳銃を取り出す余裕がない。
「何事? 鈴木君大丈夫?」
 伊奈さんが心配そうに声を出す。彼らの目的は組織が摘発された事に対する復讐だろう。彼女を巻き込むわけにはいかない。
「大丈夫。私が気を引くから、伊那さんは逃げて。ある程度離れたら警察を呼んで!」
 そう言いながら、立ち上がって相手に向かって走る動きを見せる。直ぐに相手が反応してこちらに魔力の塊を飛ばしてくるのでそれを鞄で受け止める。特に体が動きにくくなることは無い、これなら戦える。
 狙いもそんなに上手じゃない、こちらの動きを予想しきれていないし、こちらがわざと狙いやすい動きをしたら丁寧に答えてくれて、鞄でしっかりと受け止められている。
 伊奈さんに狙いを変えられたら厄介だったけど、これだけ耐えればこの場所から離れられている筈だ。このまま魔道具の機能停止まで耐えて、逮捕術で一気に決める事が出来るかもしれない。
 そう油断したのが良くなかったかもしれない。効かない攻撃にしびれをきらしたのか、相手が魔道具を投げてきて、私の足元に落ちて割れる。そして、放たれようとしていた魔術が暴発したのか、私の足の動きが急に動きにくくなる。膝が折れるが、何とか腕をついて勢いを殺す。耐性のない人ならこれで昏倒していたかもしれない、自分の経験の豊富さを褒めたいけど、足が動かなくなって回避が出来ないというのは致命的だ。魔道具を持っていたのは二人、もう一人は自由に行動出来る。動けない私に放たれれば流石に意識を失うだろう。
 衝撃を緩和するのに腕を使ってしまった今、私は無防備だった。腕の動きも悪くなってる。相手の動きは見れるが、鞄を防ぐ位置に運べない。
 魔力の塊が頭に命中した感覚があった。そこから急激に様々な感覚が失われていく。伊那さんは逃げられただろうか、警察を直ぐに呼んだとしてもこの二人が私をどこかに運ぶなり殺してしまうまでに到着するとは思えない。ちょっとこれは不味いな。まあ、思い人を守れたらならまだ良い死に方だろうか。
「私の大事な人を! 許さない!」
 そんな凛とした伊那さんの声が聞こえた気がしたが、意識は完全に失われた。

 

= = = =

 

 目を覚ますと、見知らぬ天井だった。こういう事自体はよくある。霊害対応中に意識を失って気が付いたら病院というのは恥ずかしいが何度となくある。
 目の前の天井はあきらかに民家の天井なのだ。病院のような無機質さというか、整っている感じは無く、温かみを感じる。匂いとかそれ以外の気配も病院で目覚めた時とは異なっている。
 首を動かして周囲を確認したいが、首が少ししか動かない。さっきの攻撃がまだ効いているのかもしれない。まあ、暖かい部屋でやわらかいベットに寝かされている事を考えると、少なくとも敵に捕まった訳ではなさそうだ。問題はあの状況からどう助かったのかというのが見えてこない。
 敵の使った魔道具がどのように意識を奪うかまでは確認してなかったから、どうすれば改善していくのかが分からない。目が覚めたという事は、徐々に抜けてきているという事ではあるので、悪化することはないだろう。
「よかった! 目が覚めたんだ」
 どこからか声が聞こえる。伊奈さんの声だ。となると、誰かが助けてくれて伊奈さんが家に運んでくれたのだろうか。倒れてたとは言え、彼女のベッドと考えるとちょっと恥ずかしい。
「大丈夫? 痛い所は無い?」
 そう言って、伊奈さんが私の顔を覗き込む様に視界に入ってくる。
 ケモミミ、というか狐耳が生えている。カチューシャとかではない。本物の狐耳だ。思わず飛び跳ねかけたが、体の動きはまだ戻ってないのでピクリと動いただけで終わった。
「あ、ごめん。驚かせた? 近くだったから私の家に連れて来たんだ」
 多分伊那さんはいきなり覗き込んだ事を言っているのだと思うが、私は狐耳に驚いている。狐耳に反応してないと思っている所を見ると、恐らく隠せていると思っているみたいだ。
「あ、そうなんだ。かっこつけたけどやられちゃって助けてもらうなんてね……」
 彼女が妖狐であるというのは多分間違いないと思うのだが、問題は彼女が知られている存在かどうかという事だ。人に仇なす神秘を霊害と呼ぶように、神秘的な存在がいる事自体は霊害とされない。特に人間と同等か上回る知性を持つ神秘体であればその行動が害を成さないと判断されれば霊害として処理されず監視という形に落ち着く事が多い。
 知られているというのは宮内庁によって仇なす存在ではないと認定されているかどうか、という事だ。そうならばいいが、そうでないなら霊害捜査班とは敵対関係にあるかもしれない。狐耳が見えていると指摘して、神秘関係者とばらしてしまうのはリスクがあるだろう。
「いいよ、カッコよかったし。おかげで人を呼べたから」
 カッコよいと言われてちょっと胸が高鳴るが、それは置いておく。置いておきたい。置きましょう。自分に言い聞かせてから考える。
 同窓会中は全く見えなかった狐耳が見えているという事は、伊奈さんが妖狐である事を隠す為の認識阻害が弱まった可能性が考えられる。なぜ弱まったかを考えると、人を呼んだのではなくて、妖狐の力を前面に出して襲ってきた二人をボコボコにしたのではないだろうか。誰のか、までは認識できなかったが、意識を失う前に美しい凛とした声が聞こえたし。
「そうなんだ、その人にもお礼を言わないとね」
 試してみると体を少し動かせるようだったので、体を少し起こす。ベットの横に立つ彼女の姿を確認することが出来た。狐耳だけでなく、尻尾もある。妖狐は尻尾の数で格が決まっていると言われるが、彼女は一本だけだ。ふわふわしてる。
「えっ、あーうん、そうだね。連絡先を聞かなかったなぁ」
 助けた人の話を出すと困る所を見ると、やっぱり伊奈さんが倒したらしい。魔道具頼りの素人と霊害の中で高い脅威度を誇る妖狐、まあまず勝ち目はない。かわいそうなくらいだ。
「そういえば、襲ってきた二人はどうなったの?」
「逃げて行ったよ」
 ちょっとヒヤッとする声だった。相手に大分怒っている。圧倒的な力量差があるはずなのに逃がした事を考えると、認可された妖狐なのかもしれない。
「体が動くようになったら私から通報するよ。一応顔も見たし」
 彼らは魔道具を使っていたし、普通の110番よりは直接霊害捜査班に持って行った方が早い。
「うん、でもよかったー。鈴木君が倒れた時はもうダメかと思ったよ」
 それはこっちももう駄目だと思っていた。霊害には慣れてきたけど、流石に単独行動はまだまだ無理の様だ。中島さんからどんどん学ばないと。
「心配かけてごめん」
「いいよ、こうやって無事なんだもん」
 伊奈さんの尻尾が嬉しそうに揺れる。狐って感情が尻尾に出るのだろうか。揺れる中、尻尾が手の届く所を動いている。思わず手を伸ばして触ってしまう。しっかりとした毛で、長毛種の猫を撫でた時を思い出す。
「あれ? 触った?」
 神秘が見えてない事にするのを忘れていた。伊那さんが尻尾を自分の体に密着させて警戒している。
「ごめん、どこか当たったかな。まだ感覚が無くて」
 あくまで試しに体を伸ばしていたら偶々当たりました、というように、体のあちこちを動かして見せる。大分回復してきている。
「いや、何でもないよ。風かな?」
 尻尾が伊奈さんの体から離れて再び揺れ始める。先ほどよりも大きめに動いている。
「……やっぱり目で追ってる。それにさっき魔道具に冷静に対応してたね」
 やってしまった。尻尾を意図的に動かしていたのだろう。その動きと私の視線が一致すれば当然バレる。
「鈴木君は高校で会った時からそういうの引っ付けてたからなぁ。いつかこっちに巻き込まれるんだろうなって思ってたけど」
 伊奈さんが息を深く吐きながら呟く。やっぱり中島さんが言う様に霊害を引き付けていたらしい。
「やっぱり昔から引っ付いてたんだ……」
「うん、一番すごかったのは校外学習の時かな。墓場の近くを通った時に霊が一斉に反応してたよ。数だけだったから、ちょっと力を使って牽制するだけで散っていったけど」
 それは怖い。彼女のいう通り、普通の墓場にいる霊はそこまで強力で無い事が多いが、数が多い。私は一斉に来られると今でも対応できるか怪しい。
「それで、聞かなきゃいけないんだけど、伊奈さん。君は宮内庁に知られているのかな」
 これは確認しなければならない事だった。警察にいて、神秘を知覚出来る。対霊害捜査班にいる可能性は浮かんでいるはずで、隠す理由はない。
「うん、宮内庁の保護下にいるよ。そっか、鈴木君は対霊害捜査班の所属だったんだね」
「そうそう、私の直属の部下だよ」
 いきなり聞こえた中島さんの声に今度こそ飛び跳ねる。体は殆ど完全に動くようになっていて、飛び跳ねた勢いで座る姿勢へと変える。
「香里さんに警察の同級生が巻き込まれたから助けてほしいって言われたけど、鈴木君だったとはね」
 中島さんが腕を組みながらうんうんと頷いている。
「気づいていたのでは?」
 伊奈さんの事を知っているなら、私と関係があることは知っている筈だ。電話があった段階で思い当たらないというのはあまり考えられない。
「まあね、君に目を付けるきっかけに彼女の存在が無いとは言えない」
 妖狐が近くにいたことがある、というのは確かに目立ちそうだ。
「しかし、君の尻尾と耳を見るのは久しぶりだね。君に付けてた強力な認識阻害の術が全部取れちゃってる。美琴が苦労した渾身の術だから、そう簡単には外れないだろうに。押さえられないくらい怒っちゃったか」
 やっぱり、私を襲ってきた敵と戦う為に力を使った結果、認識阻害が崩れてしまったらしい。神秘、霊害を感じる事が得意な中島さんでも容易に見れない程の認識阻害とはどのくらい強力な物なのだろうか。
「年末年始の皇室行事が終わったら美琴が修復してくれるだろうけど、以前から言っている通り、完全な修復は出来ない。今後は悪意に狙われる事は覚悟してね」
 自分を助ける為にそんなリスクまで侵させてしまって非常に申し訳なく思う。強力な魔力を持つ者は、本人の意思に関わりなくその魔力を利用しようとする者の思惑に晒されてしまう。それらの思惑を警察力を用いて調査し、阻止するのは対霊害捜査班の仕事だ。自分が原因でもあるから、伊奈さんが巻き込まれない様にしっかり頑張らないと。
「分かってます。でも後悔はありません。しかし、鈴木君をこっち側に引き込んだのは守さんなんですね。こっち側とは距離を取る生き方もできたかもしれないのに」
 中島さんを少し睨むようにしながら伊奈さんが言う。
「知らずに巻き込まれるよりは巻き込んでしまった方がよいかなって。鈴木君は性格的に触れちゃうだろうからね」
 この前の正殿の儀もそうだが、ここ数年神秘関係の重大な事件は多い。もし普通の警察官として生きていてもそれらに足を突っ込んでしまっていた可能性は十分にある。
「むう、鈴木君は日常の象徴であってほしかったのに」
 日常の象徴であってほしい、その気持ちは分かる。アキラが霊害に自分よりもしっかりと関わっていたと知った時はもう衝撃だった。アキラもそれは友人達の関わりで感じているらしく、神秘じゃない日常の象徴として生きるか、宮内庁に行き、直接的に支えるようにするか悩んでいるらしい。正月が終わったら相談すると言っていた事はそれだ。
「それって結構愛の告白に近いよね。鈴木君は回復したみたいだし、後は若い人達に任せて襲撃犯を追ってる山本班に合流しようかな」
 確かに、象徴に添えるという事は、それがかげがえのない人だという事で、私にとってアキラはとても大切な妹だ。伊奈さんから見て私は家族と同等レベルで大事に思われているという事になる。
 伊奈さんが何かしらの攻撃を中島さんに飛ばすが、中島さんは一瞬今剣を抜くと、攻撃をはたき落として部屋から出ていく。伊奈さんの顔は真っ赤だ。正直、こっちも自分の顔が真っ赤になっているだろうと容易に想像できるくらいには顔が熱い。
 暫く、口を開かぬまま時間が流れる。
「鈴木君」
「はい」
 心が少し落ち着いて来た頃に、伊那さんが口を開く。
「また今度二人で会わない? 色々話そうよ」
 そう言いながら、伊奈さんがスマートフォンを取り出している。
「も、もちろん! 仕事で忙しくないタイミングで声を掛けるよ」
 私もスマートフォンを取り出して、チャットアプリで友達登録を済ませ、電話番号も交換する。
「それじゃあまたね。今日は本当に楽しかった。こっち側に来ちゃってたのは残念だけど、隠し事が無いってのも良いかもね。今度また話そう?」
 神秘の事に関わっていると友人に話せない事というのは増えていく。自信が神秘であれば抱える物は私より遥かに多い筈で、それを話せるというのはとても楽な事なのかもしれない。
「うん、なら、高校時代に付いてた神秘、霊害について教えて。色々考えたいから……」
 知らない間に色々付いてたというのは気になる。気配を感じた記憶はなかったけど、知識のある今なら聞いたらそういえばと思い出せるかもしれない。知るのは怖いが知らないというのも怖い。霊害は縁も関わってきたりする。昔会った霊なので縁があって憑きやすくなっているなんて事もありえないわけではない。
「あ、聞きたい? 覚悟して聞いた方がいいよ?」
 そう言われるとちょっと尻込みしてしまう。いつか直面する問題なので聞くしかないのだけど。
「こうやってるといつまでも話しちゃいそうだね。また今度にしよう」
 さっきの話で意識してしまった感覚は抜けてきたので、もう暫く話せそうだけど私を襲撃した犯人を追っている中島さんと山本班に申し訳ない。
「ああ、犯人を追うの? 体の乱れは消えているから問題ないと思うけど、無理はしないでね」
 体感としては、もう回復したと思っていても、私は体内の魔力等を強く感じれる訳ではないので、妖狐である伊那さんからお墨付きをもらえるのは有難い。
「うん、やっぱりクリスマスだしね。魔道具を悪意を持って持ってる人が野放しっていう状況は捨て置けないかな」
 同窓会に参加していた同級生達の中には、今、大切な人とのひと時を過ごしている者もいるはずだ、そのひと時を壊される訳にはいかない。
「まあ、鈴木君はそう言うよね。一応私の式神を一人付けていい? 何かあったら駆けつけさせて」
 伊奈さんが服のポケットから人型に形取られた紙を取り出す。一般的な式神の姿で、最近は夕島巡査も扱っていたりする。
「ありがとう、心強いよ」
 数年間この仕事を続けてきたけど、それ専門の訓練を積んできた討魔師と比べるとまだまだ弱い。何か、というのはかなり身近な存在だ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。ちゃんと無事に話せる事を祈ってます」
 伊奈さんが優しく手を振る。鞄の中の拳銃を確認して、胸ポケットに潜り込んでいる式神をポケットの上から撫でる。
「はい、行ってきます。それから、君が巻き込まれた時も全力で私が守るから」
 敬礼をして、部屋から出る。敬礼は違ったかもしれない。そう考えながらも、みんなの日常を守りたいという思いが強くなったように思って、敬礼をしたくなったのだ。
 玄関をくぐり、マンションの廊下に出る。こういうマンションだったんだという驚きは置き、中島さんに連絡を取る為にスマートフォンを取り出す。
「鈴木です。回復しましたので今から合流します。今、どちらですか」
 外を見ると、所々でイルミネーションが光り、華やかな夜だ。この光景を悪いものに変えたくはない。決心を新たに一歩踏み出す。
「君の後ろ。君なら直ぐに合流するだろうと思って待ってたよ」
 通り過ぎた非常階段から中島さんの声が聞こえる。
「あ、ちなみに部屋の会話は盗み聞きしてたよ。いいねぇ、初々しい。クリスマスはこういうのがいいんだよ」
 なんて人だ。
「美琴さんに言いつけますよ」
「ああ、それは心配ないよ。初々しいカップルを見守るっていうのは美琴から移った趣味だからね。盗み聞きは怒られるけど、君たちの話には興味深々になると思うよ。特に香里さんは小さい時から面倒を見てたから、特に聞きたいかも」
 美琴さん、常識的な方と思っていたのだが……。まあ、小さい時から見守って来た子が恋愛をしているというのは興味深いのかもしれない。
 謎だった中島夫婦の会話だが、もしかしてこういう事を話しているのだろうか。
「決意を新たにしたみたいだね。さあ行こうか。この聖夜の平和を守ろう」
 その決意の出鼻をくじかれかけたんですが、という文句は飲み込み、先ほどまで感じていた気持ちを再び浮かべる。
「はい、行きましょう」
 非常階段を駆け下りながら、中島さんと襲撃犯についての情報を確認、整理する。
 そして、知っている人がクリスマスを平和に過ごせる事を祈って、足に力を込めて走り出す。
 聖夜はまだ続く。今日はとても自信とやる気に満ち溢れていた。

 

end

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
 この作品の更新を待つ間、読んでみるのも良いのではないでしょうか。

 

   異邦人の妖精使い
 全く同じ世界を舞台にした2016年の日本を扱う物語です。
 アンジェたちと同じように霊害と闘うイギリスの組織「リチャード騎士団」内でのトラブルにより追われる身となった妖精使い・フェアが妖精のウェリィと共に日本に逃げてくるところから始まります。
 舞台がかなり近いため本作の登場人物も分かりやすく登場していますので、とりあえずこの作品がお気に入りなら読んでみて損はないでしょう。

 

   聞き逃して資料課
 違う作者の作品ですが、Twitter連載の形で連載されていた対霊害捜査班の物語です。
 今回の物語ではほとんど台詞がなかった中国巡査が主人公を務めています。

 

   ???
 また、本作は今後公開される予定の作品の序章としての位置付けも持っています。
 まだ先のことになりますが、鈴木巡査と香里さんの今後が描かれる、かもしれません。お楽しみにお待ちください。

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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