夜桜の約束 第1章

by:有朱   

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「……起きたか、君が最後だ」

直前まで夢を見ていたのだろうか、部屋の端に据え付けられたベッドの上で身じろぎし、ゆるりと起こした身体を脱力させている少女は、左から聞こえてきた声で漸く、人がいることに気が付いた。
 軽く擦った目でまず見たのは、病室にあるかのような白い掛布団。
 先ほどの声の意味とここがどこかを考えた少女は、首を左に逸らして見えた軍服に、意識の覚醒と答えを同時に叩きつけられた。

「目は覚めたようだな、おはよう、妖精イオ」

 イオ、それは少女の名前であった。

 

 廊下から直接ベッドが見えるような大きな窓のある部屋、まるで実験体の動物を観察するケースのような部屋から連れ出されたイオは、自身が生きているという事実に心の底から安堵した。
 十数メートルほど歩いて階段を降りてすぐ、エントランスらしきところはその広さに反し人がおらず静かであった。
 ガラスで出来た少し重そうな扉は、軍服の男性により軽々と開けられ、イオは久しぶりに日の光というものを浴びた。
 たまたま正面にあった太陽が眩しく感じたのだろう、立ち止まり目前に手をかざしたイオに、先に車に着きドアの鍵を開けた男性が「早く来い」と声をかける。
 細めていた眼がまだ慣れないのか、俯きながら、しかし駆け足でイオは補助席に向かった。
 シートベルトを留め、走り出した車の運転席側の窓から見えた建物は、イオが想像していた以上に大きく無骨なものであった。

 

『妖精プロジェクト』
 簡単に表すのであれば、戦時中の自国において研究が間に合わなかった自動兵器補助管理用プログラミングシステム、通称AIの代理品として、適性のある人間を改造、『妖精』と名付けられた兵器とする計画である。
 元は侵略用に極秘開発されていたAIだが、国の野心が見透かされたのか、北に位置する大国から宣戦布告されたのが一年半ほど前の事。
 頼みのAIは明らかに間に合わず、だからと言って現存戦力で勝機のある相手でもないことは、軍部の者どころか、市井の人々でさえ分かり切っていたことだった。
 しかし、国の上層部は当然の如く降伏、況してや戦後訪れるであろう属国として支配される未来など、到底許容できるものではなかった。
 故に、彼らは一切の躊躇なく禁忌に手を出した。
 それは、黙認していた違法研究者たちが、宣戦布告される直前に戦争の噂と共に上層部に提出したレポートに『実現可能』と連名で記していたこともあるのだろう。
 国を護るためと大義を掲げ、犯罪者での人体実験を許可、そしてそれが成功との報を受けた時、敵国は首都へ至る用地を抑える程に進行してきていた。
 快勝ムードで街を一つ抑えるごとに降伏の使者を送ってくる敵国に募る苛立ちを抑えつつ、大急ぎで妖精となる適性を持つ人間を調査、そして強制的に『妖精プロジェクト』の被検体とし、妖精の増産を急いだ。
 降伏の使者を何度も濁す言葉で送り返されたことに、時間と資金の無駄にしかならないといい加減判断したのか、敵国は首都を落とすべく迫るが、それは余りにも遅かった。
 妖精が管理する兵器は、明らかに異常と言えた。
 投入直後はまだ対処が可能だった。
 しかし、一戦、二戦と夜が明け当たる度に、敵兵器の弾は当たらず、逆に撃った弾は百発百中。
 絨毯爆撃などの面制圧も、大きく被害が出たのは一度切りで、あとは対空兵器等の餌食となった。
 そんな中、当然妖精となったイオも最前線で指揮を執っていた。

 

 終戦。
 自国民、敵国、その他諸国もその事実が信じられなかった。
 国は妖精の力により、奇跡としか表現のしようがない逆転を果たし、条約締結で圧倒的な利益を得た。
 戦後、妖精たちはメンテナンスに出され、希望した者は幾つかの規約と共に帰郷を許された。
 妖精の元の大半が民間人であること、そしてなにより、妖精となった者は脳のリミッターを無視した酷使により、短命となることが決定打となったのだろう。
 愛する者と暮らしたい、死ぬならば故郷の地で死にたい、様々な願いの元、彼ら彼女らは故郷へと送られた。
 戦後、15歳の誕生日から少し経ってからイオも故郷である、西の国境線に接する町へと帰ることが出来た。
 軍人の男性に送られて帰ってきたイオが最初に目にしたのは、町の少し手前にある、10mにも届こうかという様な巨大な桜、そしてその根元で待つ自身の幼馴染であった。

「おかえり、イオ」

 未だ少年とも呼べる男の子の懐かしい声を聴いたイオは、今まで抑えつけていた感情が爆発したのだろう、幼馴染へと駆け、胸へと飛び込んで泣きだした。
 少年はイオの背中を右手で摩り、左手で髪を梳く。
 恋人であろう二人を見てここまでで十分だと判断したのか、軍人の男性は固く強張っていた顔を初めて和らげ、来た道を引き返していった。

「っ……、ぐすっ、ぁあ」

泣いて、泣いて、イオが落ち着いた頃には、空の色が朱に染まり始めていた。
 日が落ち出して少し肌寒くなってきたからだろうか、服に浸みた涙の冷たさが、互いの想いを体温に乗せ伝え合っているかのようで、心音がすする音に負けないくらい鳴り響く。
 自身の、そして僅かながら幼馴染の涙に濡れたイオは、落ち着いて恥ずかしくなったのか、泣き腫らした顔が見えないよう首に手を回して抱きしめ直し、告げる。

「……ただいま、シン。わたし、生きて帰って来たよ!」
「あぁ、よかった、本当に……よかった」

 紅く輝く大樹に充てられてか、二人は互いを求めあうかのように強く抱きしめ、そして見つめ合う。

「この町で、一緒に生きよう。ずっとずっと、一緒に……」
「……うん、わたしはあまり長く生きることはできないかもしれないけれど、一緒に、シンとこの町で……」
『あなたが好きです』

 夕日を背景に聳え立つ大樹は、口付ける二人をまるで見守るかのように、ゆらゆらと葉を揺らしていた。

 

 イオとシンの生まれ育った町は、一言で表すなら田舎であった。
 しかし、数年前の戦争が起こる前までは、と注釈が付いてしまうことを町の人々は皆残念に思っている。
 大陸の西南、端にある小国へ行くのには必ず通る必要のある町ではあるが、先の戦後から決して良好とは言えない友好関係である小国への備えの為、着々と町の要塞化が進められていた。
 その結果、以前まで長閑と一言で表せた町の雰囲気も、今となっては大工や軍人がやんやと騒ぎ、喧嘩も起き、夜すら最近開店した酒場で日を跨ぐまで飲み騒ぎ、喧噪が絶えず荒々しいものとなっていた。
 そんな中、古くから住む者たちの心の拠り所となっていたのが、町から首都へと向いた方角にある巨大な桜、そしてその桜を軸とした二本の分かれ道の一方を突き進めば辿り着くなだらかな丘の上にあるカフェと図書館である。
 この図書館は、この町を作り上げたイオやシンの御先祖様、彼らの努力を称えて時の国主が記念に建設したものであり、町の人々は長い時が経ってもなお、修理に補強にと元の形を壊すことなく守り続けてきた誇りと言えるものであった。
 カフェは休憩のためにと後から併設されたものではあるが、それもここ数年などではなく、少なくとも二人が産まれた時には既に何度目かの補強が行われていたくらいには歴史がある。
 大工にしろ、軍人にしろ、騒ぐ外様は寂びれた図書館になど興味はなく、また町から少し離れた位置にあることもあって、今では静かに過ごしたい地元の老人などにとっては、少し歩いてでも通いたくなるような憩いの場となっていた。
 そうなると、田舎らしく若者は出稼ぎに出ているものが多いせいで、図書館もカフェも人手が足りなくなるのは必然と言える。

 

 奇跡の大戦から帰郷して少し、シンは軍人となることを決め、そのための勉学や訓練に長く身を置くようになった。
 共にこの町で、そう誓ったもののイオには立場がある。
 しかし、シンはイオを一人で血と責が重く圧し掛かる戦場などに行かせるのはどうにも嫌であった。
 故に、自らも共に戦い、愛しき人を護れるようにと、軍人への道を選ぶのは男ならば仕方がなかった。
 故に、イオがこれに理解しつつも暇を持て余し出したのことも同じく、仕方のないことであった。
 そんな時であった。
 早朝、たまたま早くに目が覚めてしまったイオが手持無沙汰に桜の木へと歩いていると、丘の方から一台の荷車を引きながら、六十程であろうか、腰が少し曲がりかけているように見えなくもない初老の女性が町の方へと歩いていくのとすれ違った。
 買い出しか何かだろう、中央から送られるときに乗せてもらった車が使えれば楽だろうに、残念なことに車は軍と一部の富豪にしか所持することが許されていなかった。
 行きはよいよい、帰りはこわい。
 日が高くなるにつれて上がるであろう気温に今から嫌気が差しつつも、桜の下であれば少しは涼しかろうと、イオは大分早い昼寝をすることにした。

 

 がらん、ごろん……がらん、ごろん
 目を開くまでもなく強いと分かる日差しが時の経過を教えてくれる。
 開いて直ぐ、世界が白く見えるのも数秒でそれが過ぎた頃には案の定、今朝見かけた荷車に沢山の食材を乗せながら、心なしか朝方より曲がって見える腰をひいひい言わせながら、初老の女性が町の方からこちらへと歩いてくるのが見える。
 二時間ほどか、そう休んでいた時間を思案しながらイオは少しばかり凝り固まった身体をゆっくりと伸ばし、ふとこれから先は上りであることを思い出して、女性が心配になった。
 紛いなりにもイオは軍人である。
 最低限の訓練は受けさせられたので、まだ少女と呼ばれる年だとは言え、流石に腰が曲がりかけのおばあさんよりは力がある自信があった。

「おはようございます、おばあさん。買い出しですか?」

行きに特に会話もなくすれ違ったことを覚えていたのだろう、かけられた声に少し驚いた風に、しかしそれを気にすることもなく直ぐに戻った柔らかな笑顔でおばあさんも挨拶を返した。
 聞くに、やはりというかカフェの買い出しらしい。
 これで一日分、つまりは毎日この往復を行わねばならないと言うのだから驚きだ。
 イオは丘の上まで自分が引こうと言うが、見るからに柔らかく細い手である。
 おばあさんは大丈夫だと荷車を引いて、坂を少しずつ少しずつ上っていった。
 おばあさんが確りと辿り着くのを見守った後、イオは閃いた。
 そうである。
 折角の空いた時間、元々本も料理も嫌いな方ではなく、むしろ趣味の一つ一つと言えるくらいであった。
 善は急げと、イオは一先ず家に帰り、思いついたことを家族に話してみた。
 家族も暇をしているよりかは余ほどいいだろうと、むしろ何故もっと早くそうしなかったのかと言わんばかりであった。

 

ころん
 入店、正しくは入館者を告げるベルの音色が軽く図書館内を通り抜けた。
 まだ早朝と言える時間帯、町の老人達は、朝は日課だ家事だと忙しく、このような早くに来館することはまずない。
 見るに、身長は170cmと少しといったところだろうか、朝の日差しを浴びて照っている黒髪は、長く腰元までありそうなものを一つの紫の簪で纏めている。
 軍服をきっちりと、しかし苦しくない程度に着崩しながら、ゆるりゆるりとマイペースに歩を進めている。

「……イオ?」

 カフェや図書館の手伝いを始めると決めてから、早数年。
 仕事も流石に早く、正確にできるようになってきていたが、先日の本の大量寄贈は凄まじかった。
 到底一日では終わらず、今日も夜明け頃からしていた本の整理を漸く終えていたイオは、どうせ町の身内だと来客にも気づかぬ振りをして受付でうつらうつらとしていた。
 しかし、名前を呼ばれては流石に意識を向けざるを得なかった。
 イオは眠たそうに欠伸をしつつ目を擦りながら、しかし来客が自分を呼んでいるのであれば仮とはいえ司書として対応せねばなるまいと閉じようとするまぶたの誘惑に必死に抗った。
 一目見て、イオには目の前にいる男性が誰だか分かったが、頭では分かっていても理解が追い付かなかった。
 自分の名前を呼んだ声色は、前回会ったときに比べて少し重くなり、自分と同じくらいだった背丈も今は目線を上げてやっと目が合う始末。
 だが、それでも、間違いはなかった。間違えるはずがなかった。

「……シン?」

 とある春の日、午前八時頃の事。
 成長したシンとイオは、久しく実に三年振りに声を聴き、見つめ合うのであった。

 

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