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嘘に咲く花

 

 
 

「アブラゼミの死骸を炒ると、滅茶苦茶いい油が出るんだぜ? だからあのセミはアブラゼミっていうんだ」
「へえ! そうなんだ! 知らなかった」
 春の花がひらひらと舞う季節。とある小学校の教室で得意げに胸を反らす男の子と関心している様子の男の子。無論、アブラゼミから油なんて取れない。つまり得意げな男児の言葉は嘘である。
 けれど、そんな常識的な嘘すら信じきっているらしいもう一方の男の子は目に儚げな色を宿しながら、無垢な光を灯している。アブラナと同じ感じなのかな、なんて呟いているので、周囲の子どもたちはそわそわとしていた。
 あまりに他人を疑わなさすぎて、心配されている男子児童。それが小学五年生の彼苑かれその度流わたるであった。
 そこへ、真面目そうな眼鏡の男子が声をかける。
「そう! さすが彼苑くん。アブラナも関係しているんですよ。どうやらアブラゼミの多くは、アブラナを主食にしているらしいんです。だから油が取れるのだとか」
 度流以外の全員が思った。「お前もそっち側かーい」と。
 まあ、だが、これは年に一度のお楽しみなのである。そのことを思うからこそ、誰も度流に真実を告げない。
 起源は不明だが、この春の日和のとある日は「嘘を吐いてもいい日エイプリルフール」とされており、それを言い訳に、人の言葉を面白いほどに信じる度流に、クラスメイトたちは各々だったり、口裏を合わせたりして、嘘の話をするのだ。ひとしきり楽しんで、放課後が訪れる前に、嘘だということを明かすのだが、度流が本当に嘘だと気づかないため、小学校も五年生、あと少しすれば中学生である同級生たちは「この子大丈夫かしら」と不安に思っていたりする。
 人を騙すのは悪いこと。これはもう道徳の授業で習うより前から知られている一般常識だ。「嘘つきは泥棒の始まり」なんて言葉もある。
 それでも、人間というのは、嘘を吐かずに生きられないもので、そこに大人も子どももない。子どもだって、悪いこととはわかっていても、嘘を吐いて、時たま人をからかいたくなるものなのだ。
 そのために、エイプリルフールという文化は都合がよかった。理由があろうとなかろうと、大抵の人間にとって、嘘を吐くことは後ろめたいことである。それでも嘘を吐きたいときに、堂々と「嘘を吐いてもいい日」があるのは快いことであった。
 ――度流がそれを知っているのかは謎だが。
「もう、セミなんて季節外れの話して楽しい? もっと綺麗な話をしましょうよ」
 そこに女子が刺さってくる。アブラゼミの話を切り出した男子が何をぅ、と食ってかかるが、今の季節は春。セミが鳴くのは夏である。女子の方が正論であった。
「虫はおとこのロマンだろ!?」
「この学校は男女共学ですー!」
「ま、まあまあ、落ち着いて。もっと綺麗な話って?」
 下らない喧嘩が始まりそうなところを度流が取り成す。すると、女子が低めに結ったツインテールを揺らして、ぱっと笑った。
「春といえば、やっぱり花でしょ!」
 というわけで、と女子は後ろの方の席で、黙々と本を読んでいるちょっとぽっちゃりめの女子の肩をぽん、と叩いた。ぽっちゃりめの女子はびくん、と過剰なまでに反応し、本から顔を上げる。
 度流は少し不愉快そうに眉をひそめた。
桜庭さくらばちゃんが話してくれるよ! ねー?」
 あわあわとする桜庭。度流はこういうのがあまり好きではなかった。所謂無茶振りというやつである。桜庭は目立つような子ではないが、イラストが上手いので、度流が珍しくちゃんと名前を覚えている子だった。引っ込み思案で、気弱な性格の桜庭は、こうしてクラスメイトたちに振り回される、損な役を引きがちだ。それが、ある種の弱いものいじめに見えて、度流は好かない。
 が、度流の予想に反して、桜庭はこほん、と一つ咳払いをすると、声高らかに話し始めた。
「春の花の話題、というと、やはり桜の話がいいですよね」
「おお、桜! 雅でいいね!」
「この惑星アカシアでは、かつて、微惑星帯バギーラリングから多くの隕石が落ちてきていました」
 桜庭の語り出しに、みんなが興味を引かれる。真面目な授業のようであるが、これから語られるのが嘘とわかっているからこそ、桜庭の語りに注目せざるを得ないのだ。
 桜庭はどうやら、予め話を用意していたようで、無茶振りが本当の無茶になることはなかったようだ。それにほっとして、度流は桜庭の話に耳を傾ける。
隕石群バギーラレインによる被害は甚大で、死傷者に至っては数えきれないほど」
「ねえ、桜庭ちゃん、それちゃんと桜に繋がる?」
 不安そうな顔の女子の言葉に、桜庭は顔色一つ変えず、話を続けた。
「義体技術の発展により、人々は手足を失っても、臓器を損傷しても、生き永らえることができるようになりました。
 それでも御神楽みかぐら宇宙開発がバギーラレインの制御に成功するまで、たくさんの人が体の一部を失い、たくさんの人が死にました。
 ――さて、ではたくさん亡くなった人たちは、どこへ行ったのでしょう? もちろん、遺体も残らなかった人もいるとは思いますが……」
「さ、桜庭ちゃん? 怖い話やめて?」
「彼苑くんはどう思いますか?」
 顔を蒼白にする女子を置き去りに桜庭が度流に問う。度流は過去の死者たちを悔やみながら、考えた。
 バギーラレインは今では秋のとある日に安全に降り注ぐ季節の風物詩となっているが、御神楽宇宙開発が制御に成功するまではたくさんの命を奪う脅威だった。奪われた命を弔う余裕が当時の人々にあったかは些か疑問だ。
 弔えたとすれば……
「土葬かな」
「さすが彼苑くん。そうです。主に土葬されていました。そうして、この桜花の地では、その印として、桜の木を植えたんです」
「どうして?」
「慰霊碑代わりじゃないですか? ただ、その桜はたくさんの死体の血を吸って育ち、普通の桜よりも数段恐ろしく、美しく、花を咲かすようになったと言いますよ」
「ほえー、知らなかった」
 絶妙にありそうな話で児童たちがぞっとする中、度流の緊張感のない声が零れる。
「みんな、今日は色々教えてくれてありがとうね。僕からも一つ、みんなに教えるよ」
 度流がにこにこと語るのに対し、一同はそれぞれ近くの者と顔を見合わせた。
 ここまでの様子を見るに、度流は今日がエイプリルフールだと気づいていないはずだ。気づいていたとして、度流は嘘を吐くのが苦手である。
 さて、何が語り出されるのだろう、と度流を見ていると、度流はアブラゼミの話をした男子を指差す。
「みんなの顔にね、今日は花が咲いて見えるんだ。例えばそこの子は菜の花」
「え?」
「桜庭さんは頬っぺたに桜の枝が張って、桜が咲いてるんだ。ちょうど話した花だよね。こんな偶然ってあるんだ」
「ちょ、え……? 彼苑、何言ってんの……?」
 顔に花が咲いている。言っている意味がわからない。度流はからからと笑いながら、自由帳にさらさらと描く。小学生とは思えない流麗なタッチで描き出されたのは、まるで、皮膚が土であるかのように生えた花。それがクラスメイトたちの顔に、それぞれ生えて、咲き誇っている。
 クラスは一気に騒然となる。吐き気を催す者や、鏡を取り出す者。顔をかきむしったり、トイレに駆け込んだり。とんでもない騒ぎになった。度流はそれをきょとんと見ている。
 ――彼苑度流は、人と違うものが見える子どもだった。嘘を吐くのが苦手で、他人の嘘を見破ることもできない彼に、嘘を教えてくれたのは、彼の目に映った花たちだ。
 度流が嘘を吐けないことを知っているからこそ、クラスメイトたちは混乱に陥り、大騒ぎになっている。実際、度流の目には花が見えているので、嘘ではないというのが厄介なところである。
 この特殊な見え方をする目を生かして、度流は絵を描いている。その絵は小学校の「図画工作」のレベルはとうに越え、「美術」もしくは「芸術」のレベルにある。度流の絵は既に何度かコンクールで賞を獲っているほどだ。
「これ、春のコンクールに出そうかな」
 度流はみんなの戸惑いなどつゆ知らず、呑気にそんなことを考える。タイトルはどうしようか、なんて、斜めな方向に思考が逸れ、騒ぐクラスメイトたちのことなんて、どうでもよくなっていた。

 

「っていうことがあってね」
 放課後、帰り道。度流は隣のクラスの幼馴染み、荒崎あらざき優音ゆねと一緒に下校しながら、今日あったことを話した。
 聡明な優音は未だにわかっていない様子の度流からの話を聞いただけで、エイプリルフールだと理解した。なんでも信じる度流を面白がっているクラスメイトたちの存在を優音は把握していたが、悪意とまではいかないので、止めそびれていた。結果、度流から思わぬ仕返しを食らった様子なので、溜飲が下がるが、本当なら、自分がそういう無邪気ゆえの残酷さから守らねばならないのに、と歯噛みする。
 それはそれとして。
「そんなことがあったんだね。今日は特別な日だからかな」
「特別な日? 何の日?」
 度流くん相手に、私を差し置いて楽しむなんてずるいわ。
 そう思った優音が、度流に振り向き、微笑む。
「今日は『度流くんが私を嫌いって言ってもいい日』だよ」
 そんなことはあり得ないわけだが。
 度流が目を見開く。そこにいるのは確かに、度流のよく知る優音だ。ただ、その口元には大きな牡丹が咲いていた。それが、とても美しくて、目映くて。
 嘘なんて、吐けない。
「そんな寂しいこと言わないでよ」
「度流くん?」
 度流は優音を抱きしめる。
大好き大嫌いだよ、優音ちゃん」
 ふふ、と優音が度流を受け入れ、抱きしめ返す。
「ありがとう、度流くん。大好き大嫌いだよ」
 そうして、少し抱きしめてから、二人は離れて、見つめ合い……度流は優音の口元に咲いた花びらを啄んだ。

 

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おまけ

 

タイトルなし差分

 

反転バージョン

 

桜庭さん

 


 

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