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Return-Soul Isomer 第1章

 マシュマロで感想を送る

 ディスプレイに流れる文字を目で追い、起動シーケンスを実行する。
 いくつかのチェック項目がOKとなり、最終チェックに入る。
 そのチェックが終わると、見慣れたAAロゴフィグレットが表示され、エンターキーの押下を促すアイコンが表示される。
 ガラス越しに見える「彼女」に、彼は、
「もう起きる時間だよ」
 そう声をかけ、エンターキーを押した。

 

 ゆっくりと「彼女」が目を開ける。
 『おはよう』
 どこからか声が響き、「彼女」はぎこちない動作で周りを見回した。
 真っ白な室内。
 天井には手術室のような照明、天井の一角には監視カメラとスピーカー、そして体には様々なチューブやケーブルが這っている。
 壁の一部はガラス張りになっており、そこから向こう側の風景が見える。
 様々な機械が並んだ、この部屋とは対照的に黒い、と表現できるほど暗い部屋だった。
 『気分はどうだい?』
 再び、どこからか――いや、スピーカーから声が響く。
 それに対して、「彼女」はぼんやりとしたまま。
 無理もない、「彼女」は永い眠りから醒めたばかりなのである。それも、本来なら二度と目を醒ますことのない眠りについていた。それが、こうやって目を醒ましたのは。
 ガラスの向こうの部屋で人影が動き、暫くして扉が開く。
 入ってきたのは白衣を着た男性だった。だが、白衣を着ているものの医者という雰囲気ではない。
 男性は、「彼女」を見るとため息を吐いた。
「今回も駄目か……」
 悲しそうにそう呟き、それから、改まったように口を開く。
「立て」
 男性がそう言った次の瞬間、「彼女」の目に光が宿った。
「はい、マスター」
 先ほどまでのぼんやりとした様子はどこへ行ったのか、少しぎこちなさはあるもののきびきびとした動作でベッドから降り、立ち上がる。
「マスター、指示を」
 直立不動の姿勢で、「彼女」が指示を仰ぐ。
 やはり、駄目なのか。
 自分が望んでいるのはこんな命令に従うだけのロボットではない。
 自分が望んでいるのは、もっと柔軟に、そう、あの時のような――

 

  Return-Soul Isomer
    Chapter 1  逃走者not lly

 

 少年がボロい荷台付きの車を走らせていた。。

 

 知性間戦争先の大戦から80年。
 大地は依然荒廃し、ナノマシンの汚染は収まることはなく。
 それでも地球は人間を乗せて廻っていた。

 

 かつてフランスと呼ばれたこの地を荷台付きの車で走る少年もまた、この荒廃した世界を必死で生きる人間の一人だ。
 車に刻まれた「ディシディ」という刻印がそのまま少年の名前だった。
「もう少しで次の街だな」
 助手席の地図をチラリと見て、位置を確認する。
 いま少年の走っているブルターニュ半島は丘がちな地域である。
 先の大戦で使われ今なお大地に残り人を傷つける恐るべきナノマシンはその性質上、低いところに溜まる性質があるため、よほどひどい汚染エリア以外は高い場所を選んで進めば比較的安全に移動することが出来た。
 まもなく目的地であるブレストに到着しようと言う時、少年はあるものに気づいて停車した。
 それは、ゴミの山だった。恐らく一部の市民がこの辺に適当に捨てたのが定着してゴミ捨て場となったのだろう。
 少年の生業である拾得者ウェストピッカーはゴミ捨て場にあればゴミを漁り、街にあれば人の雑用を聞き、とにかくあらゆる場所で人のやりたがらない仕事を行う何でも屋家業だ。あらゆる場所でゴミを漁るが如く底辺の仕事を続ける様から、スカベンジャーと揶揄される事もある。
 仕事に底辺も頂点もないものだが、とはいえ、拾得者と呼ばれるその仕事が仕事を選べない貧しく学の無い者達の仕事となっているのも事実だった。

 

「ま、学がないのは事実だしなー」
 それが本音だった。
 少年は生まれた時から拾得者だった。
 このため、所謂学校のようなところすら通ったことがない。
 この世界をこんなにボロボロにしたサキノタイセンとやらがなんなのかすら知らない。
 少年が知っているのは、よく売れるものの見極め方と、バザーでの値切り方と、売り込む的に可能な限り印象良く見せる術と、そしてこの荷台付きの車の運転方法と修理の方法。そして、いざ動かなくなった時のための、車の盗み方。それくらいだった。
「お、金属みっけ」
 ゴミ漁りの一番の基本は金属類、あるいは金属を含む物を探すことだ。
 金属は少年の使う車をはじめとしてこの文明の中にあって普遍的に使われる資源であり、かつ、鋳溶かすことで再利用ができる。そんなわけで金属を含むゴミは確実に適切な場所に持ち込めばお金に代えてくれる一番確実なゴミなのである。
「これは、違う、と」
 といえそこは学の無い少年。金属の見分けかたは基本的に磁石をぶつける事であり、今彼が放り投げた缶は正真正銘アルミニウムという磁石に反応しない金属だったりするのだが。まぁ要するにその辺が少年の限界である。
「お、でっかい機械!」
 少年がゴミの山を飛び降りて大きな機械に近づく。機械の中にはたくさんの金属が眠っている。少年はそう知っていた。
 そして、その機械は少年の接近に対し、自ら扉を開くという行動を起こした。
「なっ」
 その機械の中には一人の美しい少女が入っていた。
「うぇっ? ええっ?」
 困惑していると、少女がゆっくりと瞼を開けた。
「……こ、ここは!?」
 少女は視線をあちこちに彷徨わせ、そして、少年と目が合う。
「あなた! ここはどこですか?」
「え、えっと、ブレスト近くのゴミ捨て場だけど」
「まだそんなに離れてない……」
 少女が慌てて体を起こし、そして裸足の足をゴミに引っ掛け転倒する。
「危ない!」
 少年が慌てて少女を受け止める。
 ――つ、冷たい
 その素肌はとても冷たかった。見ると首には機械仕掛けの首輪。
「り、再起動者リブーター!」
「くっ、お、お願いします、匿ってください。ここにいるわけにはいかないんです。可能な限りのお手伝いなら致します」
「じょ、冗談じゃねぇ再起動者リブーターなんて……」
 先の大戦で大きく失った労働人口と資源を補うために開発された技術が死体を労働力として利用する再起動者リブーター技術であり、一時期は人間を多く上回るほどの数が出回っていた。
 しかし、30年ほど前に始まった再起動者解放運動リブーター・リベレイションにより、20年前には再起動者リブーターはすっかり規制の対象となっていた。
 まだ15の少年から見れば生まれた時から規制されているものだ。規制の理由を知らないのもあって、もはや危険物のような認識である。
「お、お願いします。ここにいたら……」
 しかし、少女は怯えていた。
 まるで人間のように、恐怖の感情を表現するその姿に、少年はそれ以上突っぱねる事ができなかった。
 なにせ見た目が美しい少女である。それが目の前で恐怖に震えているのだ。これを助けないという選択肢はもはや少年の頭にはなかった。
「分かった。そっちに車を止めてある。来て、えっと……リリィ?」
 少年は少女の服に印字された文字を名前と思い呼びかけるが、少女はこれまで以上の、嫌悪すら感じられる恐怖に表情を曇らせる。
「そ、その名前で、呼ばないでください。私は、リリィじゃない……」
「え、っと、そうだったのか。じゃあなんて呼んだらいい?」
 スカベンジャーである少年にとって他人の名前が刻まれた服を使う事は不自然なことではなかったから、それ以上追求することは無かった。
「名前はありません。必要なら、あなたがつけてください。リリィとだけは、呼ばないで」
「え? えっと、えっと、えっと、じゃあ、ノット・リリィ、ノリィってので……」
「分かりました、それで構いませんので、ノリィとお呼び下さい」
 その目線にはリリィと呼ばれるくらいなら他のどんな名前だろうが構わないと言うほどの必死さが感じ取れた。
 脇に抱えていた物資を後ろの荷台に放り込み、二人で車に乗り込む。
 直後、前方から青い回転灯を光らせた装甲車が走ってくるのが見えた。
「まずい、リブーター監視局だ! なんでこんな時に……。ノリィ、伏せてくれ」
「はい」
 少年はエンジンをかけようとして手こずっているような演技をする。
 装甲車が横を通り過ぎて行く。

 

「おい、今の車、なんか怪しくないか?」
「そうだったか? スカベンジャーがボロい車をまたエンストさせただけだろ?」
 少年の車を通り過ぎた装甲車の中でそんな会話が始まっていた。
「あぁ、だがなんか演技くさいというか……。なぁ、念のため、Uターンして後ろについてみないか? 後ろめたいところがあれば、演技をやめて急発進するかもしれん」
「ま、試してみるとしよう」

 

 安心して気が緩みそうになった直後、装甲車がUターンしてくるのをみて、少年は慌てる。
「まずい、気付かれた!」
 少年は慌ててエンジンをかけてアクセルを踏む。
 急発進するスカベンジャーの車を見て、装甲車内の男は、見ろよ、思った通りだ、と、テンションを上げる。
「街には逃げられないか。森の中に入って撒くしかないな」
 十字路で進路を右に取り、北に進む。
「逃げるあてはあるのですか?」
「残念ながら全くない」
 なにせ少年はその日暮らしのスカベンジャー、隠れ家もなければ頼れる伝手もない。
「武器は?」
「へ?」
「武器はありませんか?」
「あ、あぁ。グローブボックスに以前馴染みの廃品組立師ジャンククラフターからもらった拳銃がある。鉄パイプを切り出して作られたジップガンだし、一度も使った事ないけど」
「お借りしても?」
「構わないけど、やりあう気か?」
「他に手はありません。私には軍用レベルの上級火器管制アルゴリズムがインストールされています。目はあります」
 少女はそういうと、グローブボックスの拳銃を取り出し助手席の扉を開ける。
「そういえば、名前を聞いていませんでした、あなたの名前は?」
「俺か? ディシディって名乗ってる。そう呼んでくれ」
「分かりました。ではまた後で、ディシディ」
 少女はドア枠に手をかけ、くるりと、荷台に飛び移った。
 ――ディシディ、ですか。ここでもし終わってしまうのだとしても、以外の名前を覚えて終われるなら、脱走した価値もあるというものです
 少女は独白しながら拳銃を構える。
 ――残弾はたったの六発。そして相手は装輪装甲車。どう戦うか……。
 最初に思いつくのはタイヤを破壊しパンクさせる事だが、普通軍用のタイヤというのはランフラット性を持っており、パンクしてもある程度走れるようになっている。
 最近は補給の都合で普通のタイヤをやむなく使っている装甲車もあるという情報は少女の頭にインストールされた知識に含まれているが、それを試すためだけに、僅か六発しかないうちの貴重な一発を使う気にはなれない。
「しかし、他に手はないか」
 荷台の上でしゃがみ、狙いをつける。狙いは敵装甲車、その右側のタイヤ。
 引き金を引く。
 ある程度まで引いたタイミングでツメによるロックが解放された感覚を感じ、少女はそこで手を離す。
 ロックが解放されたことで圧縮されていたバネが戻り、ファイアリング・ピンの役割を果たす釘が鉄パイプ奥の弾丸の雷管を叩く。
 雷管はその衝撃を受けて即座に発火し、ガンパウダーに着火、速やかに爆発的な衝撃を発生させ、弾丸をパイプの外へと押し出す。
 放たれた弾丸は、しかし風の影響と精度の良いとはいえない銃の影響で狙った位置とはいささか、ズレて弾着した。
「おい、あの再起動者リブーター撃ってきたぞ!」
「所詮効きはしない。加速して体当たりしてやれ」
 敵装甲車も攻撃に応対し、車に対して体当たりを敢行する。
「きゃあっ」
 その衝撃で少女は思わず吹き飛び、運転席との間を隔てる壁に激突する。
「こんの……」
 少女は壁にもたれかかったまま本来撃鉄がある位置に存在する撃鉄を模したレバーを下げる。
 これにより、再びバネが圧縮された状態で固定される。
 銃口を下に向けて排莢ボタンを押し薬莢を銃口から排出させてから、マガジン……というよりマガジンを模した内臓弾丸ケースの下から弾丸を一つ取り出し、銃口から奥に差し込む。
 見れば装甲車は敢えて減速し距離を取っている。また急加速してこちらに体当たりを仕掛けてくるつもりか。
 停車させたいなら、ピット・マニューバのような方法の方が確実なはずで、それをしてこないと言うことは、おそらくこちらがより激しい抵抗をすることを警戒し、増援を呼んでその到着を待っているのだろう。と少女は考察する。
 実際、停車して彼らが外に出てくるようであれば、少女は速やかにその二名を射殺可能なのでその判断は間違っていない。
 要は体当たり自体はただのポーズだ。こちらを威圧して降伏してくれればそれでよし、と言った考えなのだろう。
 であるならば、そこにこそ付け入る隙がある。と、少女は考察を続ける。
 再び装甲車が加速してくる。しかし、接近してくるその隙こそ窓が大きくなる最大のチャンス。
 ――そこっ!
 引き金を引く。
 放たれた弾丸は今度こそタイヤへと着弾する。
 ――なるほど、ブレはするけれど、完全に制御不能にブレるわけではない。……これは良い銃のようです
 さて、一方装甲車は、一瞬タイヤの表面が破壊された影響で側面にそれたが、再び普通に走行を始めている。
 見たところ、タイヤの表面は確実に凹んでいるが側面部分だけが残って走っているようだ。
 サイドウォール型、と呼ばれるタイプのコンバットタイヤで、空気が抜けても側面のゴムの剛性により形が維持されるためそのまま走行が可能、と言う代物だ。
 2019年の時点で国際標準化機構ISO規格では、80km/hで約80km連続して走行することが認定の条件と言うほどのもので、先の大戦で多くのものが失われたこの世界であっても、それに大きく劣ることはないだろう。あの装甲車がこのパンクが原因でトラブルを起こすまでに、最低でも一時間は逃げ続けなければならない事になる。
 少女も同様の見解に至ったようで、たまらず拳を振り上げ、どこにもぶつけられずに冷静になって拳を下ろす。
 形を維持している側面のゴムは剛性が強いとはいえ所詮はゴム。継続して命中させ続ければ破損する可能性はあるが、手元にある残りの弾丸はたったの四発。撃ち切ってダメでした、では困る。
「何か手は……」
 拳銃の装填を行いながら考える。
 先に考察した敵の動き、それはここで装甲車を無力化出来れば、追跡はそこで終わるということだ。
 ピンチだが、乗り切れば勝てる。
 再び装甲車が体当たりを仕掛けてくる。
「きゃっ」
 再び少女の体が飛び、運転席と荷台を隔てる壁に激突する。
「つつ……! ああっ」
 そこにジャンクの山が少女に向けてなだれ込む。
「いたたた……」
 体のあちこちに傷が入っている、と少女は苦痛に表情を歪めながら、四肢を確認する。
 ――まだ動く
 再起動者リブーターは基本的に痛みを感じないはずだが、この少女はその限りではないらしい。
「と、これは……」
 それは先の大戦、知性間戦争時代に使われた爆弾、その不発弾だった。
「これなら!」
 少女は速やかに運転席の扉に顔を出す。
「ディシディさん、あなたのこれ、使っても良いですか?」
「あ? あぁ、それ、貴重な金属の塊なんだが……、けど死ぬよりは良いか」
「感謝します」
 少女は荷台に立ち上がり、装甲車を睨む。
「このっ!」
 少女は不発弾をオーバースローで装甲車に向けて投擲し……
「きゃあっ!」
 ようとして、転倒した。車が大きく跳ねたのである。
 如何せん現在走っている道は不整地。ボコボコした地面を走る以上、車が揺れないということはほぼありえないと言っていい。
「くっ、どうしましょう」
 ふと、車が揺れていないことに気付いた。
「へ?」
 立ち上がる。
 ――これなら、投げられる。
 不発弾を投擲し、装甲車目前に迫ったタイミングで、拳銃で射撃する。
 弾丸を受けた不発弾は少しの凹みを残して落下を始める。
「流石に威力が弱い!」
 少女はマガジン型弾丸ケースから弾丸を引き抜きつつ銃口を下に向けて排莢する、と同時に撃鉄を落とし、トリガーガードに指を引っ掛けて銃を回転させてその中に弾丸を入れ、構え直す。
 この間、わずか0.5秒。プリセットした動きを非意識的に、あるいは全自動的に実行できる再起動者リブーターならではの高速装填である。
 加えて動きのプリセットそのものも今この瞬間に行われたというのだから、ノリィという名を与えられたこの再起動者リブーターの高性能さがわかる。
 そして弾丸は放たれ、これまた驚くべき命中精度というべきだろう。先程と全く同じ場所に弾着。今度こそ不発弾を起爆させるに至り、装甲車は煙の中に消えた。
「やった!」
 と喜ぶ少女を爆風が吹き飛ばし、三度壁へと激突する。
「やりました! さっきの揺れを無くすのはどうやったんです?」
「別に大した事はねぇよ。壊物運ぶ時とかよ、出来るだけ揺れねぇようにって運転してきて、慣れてんだ、そうあうの」
「慣れてるって……」
 それだけでこんな凸凹の道から四つのタイヤが常に平坦な場所を通れるように出来るものなのか。
 学習により様々な技能を会得できる再起動者リブーターならいざ知らず、人間が。
 少女はただ驚愕するしかなかった。

 

 そして、煙の中から装甲車が飛び出す。
「まだやられてなかったのか!」
「そのようです」
 装甲車に乗る運転を担当していない方の男が車上に顔を出し車上に固定された機関銃に手をかける。
「させない!」
 リロードして射撃する。
 再起動者リブーターとしての倫理規定が直接人を傷つけることを禁じているので、すぐそばを掠らせるにとどめたが、男はそれで驚いたらしく、車内の戻っていった。
「あてはあるのか?」
「残念ながら……」
「そうか……。いや、待てよ……。さっきお前が使ってた古い水筒だけどよ」
「は、水筒? ……不発弾のことですか?」
 まさか水筒だと思っていたとは。思わず少女は吹き出しかけるが、なんとか喉の奥に押し留めることに成功した。
「不発弾って言うのか? まぁそれなんだが、もう一つあった気がするんだよな」
「だからなんだと言うんです。さっき試して意味がなかったでしょう」
 少女にプリインストールされた知識の中にある。今から30年前、再起動者リブーターが数多いた時には、テロリストによって屍体爆弾コープスボムと呼ばれる再起動者リブーターを自爆兵器として使われてきた、と。
 あの装甲車は過去にリブーター管理局が闇リブーターダーター狩りに利用していたものをリブーター監視局が引き継いだものなので、屍体爆弾コープスボム対策に即席起爆装置IED対策を万全としているのは何も不自然な事ではない。
 ――最初から勝ち目などなかったのに。こんなことなら、彼を逃して私だけ殺されればよかった
 いや、今からでも間に合う。ここを飛び出して二手に別れれば、再起動者リブーターの象徴たる機械仕掛けの首輪ハーネスを持つこちらを追ってくるだろう。
「いや、そうと決めつけるのははえーだろ」
「え?」
「みろよ、さっきまで散々体当たりしてたくせに、もうしてこない」
「あ、こっちの爆発物を警戒してる?」
 それはつまり、爆発物は脅威であると認識している証左になる。
「それに、なんか前より横揺れが激しくないか? 少なくとも、さっきの攻撃は無駄なんかじゃねぇよ。そんな否定すんな」
「そうか! 車輪!」
 実は少年は落ち込む少女を慰めたくてそれらしい理由を探しただけだったが、それは結果的に少女に答えを与えた。
 見れば答えは明らかだった。
 先程表面を破壊したタイヤの側面ゴムがボロボロになっている。
「確かに、ダメージはあった。やらないよりやる意味はあった」
 ――そうだ。無駄じゃない。この逃走もきっと無駄じゃない
 少女は薬莢を排出し、弾を装填し直す。
 しばらくガラクタの山と格闘し、不発弾も見つけた。
 ――あとはこれで攻撃するだけ、けど、装甲車はさっきみたいに前には進んでくれてない
 ……なら。
 その上で確実に当てる方法なんて、一つしかない。

 

「はっ!」
 少女は不発弾と拳銃を持ったまま荷台から飛び降りた。
「おいっ!」
 少年が驚愕する向こうで、少女は不発弾を損傷したタイヤの方に向けながら転がし、側面方向に一直線に駆け出した。
 裸足の足を石が傷つける。
「これでっ!!」
 不発弾がタイヤと接触した瞬間、少女は作り手もびっくりの高速再装填二連射で、不発弾を起爆する。
「くそっ、間に合え!!」
 爆風はある程度離れた少女をも吹き飛ばすが……。
 驚くべきことに、少女が落下したのは荷台の上だった。
 少年の見事な運転技術が少女を受け止めたのである。

 

 そのまま二人を乗せた車はやってくるだろう増援を警戒して、二つ山を越えた辺りまでひたすら走り、そこにテントを張って休むことになった。
「驚きました。まさかあんな風に受け止められるなんて」
「これまでの人生、運転とゴミ漁りばっかりだったからな」
「そうですか」
 特化すればこうもなる……? 本当にそうだろうか。本人の特性と仕事が合致したと言うところだろうか。世が世ならレーサーとかなれていたかもしないと考えると、世の中というのは残酷だ。
 とはいえ世間とはそんなものでもある。たまたま役に立つ仕事に使える技能を持ったものが優秀とされ、そうでないものは優秀ではないとされてしまう。
 たまたま、ディシディの生まれた世界はその才能をメジャーな世界で発揮できないものなだけ。
「っつ」
 突然少女が腕を押さえる。
「どうした」
 少年が見ると、少女の各部、特に腕などはガラクタの下敷きになった時や、爆風で吹き飛ばされた時、無理な装填の繰り返しなどによりダメージが蓄積し、ボロボロになっていた。
調整技師アジャスターの元へ……」
「あ、調整技師アジャスターなんて、知り合いいないぜ」
 再起動者リブーターはとっくに違法な技術となっている。少なくとも表向き、再起動者リブーターの整備を行う調整技師アジャスターがその看板を掲げているわけはない。
「あ、あんたをこれまでメンテナンスしてきたところはどうだ?」
「…………確かに彼は自身の調整工場アトリエを持つ優れた調整技師アジャスターであり、また再起動技師リクラフターでもありますが……」
 少女は目を伏せる。
 少年は直感した。少女はそのから逃げてきたのだ、と。
「分かった。他を探そう。けどアテがなぁ……」
「この銃を作った廃品加工者ジャンククラフターはどうでしょう? この銃もかなりのものです。流石に再起動者リブーターのメンテナンスは無理でしょうけど、優れた腕の持ち主は他の優れた腕の持ち主と繋がる、と言うこともあるかと」
「確かに。じゃあアイツのところ、言ってみるか。……と、その前に」
 少年が立ち上がり、荷台に向かう。
 少女は不思議そうに、しゃがんだままそれを見上げる。
 少年が何か手に持ち戻ってくる。
「ちょっと立ってくれるか?」
「? はい」
 立ち上がった少女の喉に少年が何かを巻きつける。
 少年が差し出した鏡のかけらに映る少女は、赤いネックウォーマーのようなものが巻かれていた。
「これは……?」
首輪ハーネスを隠すのにいるだろ。布とボタンが使えそうだから取っといたシャツを切ったもんだけど」
「売るための商品を今加工してくださったんですか? ありがとうございます、ディシディさん」
 むくに笑顔を向ける少女に少年は照れる。
「い、いや、どうせ売れるかわかんねーものだし。切った後もガタガタだし……、街に着いたら、もっといいものと」
「いえ、このままで構いません。これはディシディさんから貰った大切なものです」
 ――そしてから貰ったもの以外を初めてつけたと言う大切な思い出。との決別の記念です
「っつ……。あ、あと、俺の名前にさんは要らないから。呼び捨てにしてくれ、恥ずかしい」
 少年は少女の裏の気持ちなんて知ることもなく、ただ少女の言葉に照れる。
「はい。よろしくお願いします、ディシディ。私のこともノリィ、と。気軽にお呼び下さい」
 ――呼び捨ても結局恥ずかしい
 少年はどのみち名前を呼ばれると言う経験になれる必要がありそうだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 二人の去った廃棄場にて、三人のフードを被った女性が、ノリィの入っていた機械を見ていた。
「適格者が逃走に使ったと思われる機械を発見しました」
「機械は空です。適格者は既に廃棄場を逃走した模様」
「廃棄場から離脱し、その後監視局に追われていたスカベンジャーの車輌が目撃されています」
 三人が順番に喋る。
「任務了解」
「追跡任務を」
「開始します」
 風が吹き、フードがめくれる。
 めくれたフードが隠していた三人の顔は、いずれもノリィと同じ顔をしていた。

 

 Chapter 2  追跡者Incapaciterに続く

 


 

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