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戦闘機乗りは聖夜に陸を這う

 
 

 12月25日。コロンス合衆国、グリース島ヨルトフィールド海軍基地の宿舎で私、イーグルネストはベットに腰掛けてのんびりとしていた。
 イーグルネストというのは、海軍航空隊の戦闘機ファイターパイロットとして勤務する中、使用しているコールサイン、つまり無線上の呼び方に過ぎないのだが、本名よりこちらの方が呼ばれる為、最近では自称している。
 世間はリ・クリスマスだが、海軍基地内の宿舎で過ごしているとあまりそれを感じない。
 実際は食堂ではリ・クリスマスパーティーが開催されているのだが、この宿舎で過ごしているのは偶然で、本来は自分の乗るF/A-18Eが所属する航空母艦“ユニコーン”の居室で過ごす予定だった。
 自分の乗機であるF/A-18Eがこの基地の周辺でエンジントラブルを起こした為、一時的にお世話になっているに過ぎず、微妙に肩身が狭いのだ。
 この基地は“ユニコーン”の母港であるグリース海軍港に近い地域ではある。
 しかしながら、船から離陸し戦う空母航空隊と、陸から離陸し戦う基地航空隊とでは、文化というか、風土が少し違う感じもあり、場合によっては船と基地、どっちが優秀かと揉める事もある為、パーティーへの参加は辞退しておいた。
 まあ、どちらかというと静かな方が好きだ。それに、自覚は無いが、機体トラブルへの対応で疲れているかもしれない。あてがわれたベットに早めに潜ろうか、と思い寝具類の状態を確認しようと立ち上がったその時だった。
 スマートフォンが振動している。メールかと思い無視していたが、振動が続いている事からどうも電話らしいと手に取る。画面には予想通りジェネラル大佐と表示されている。この時間に掛かってくる電話は大体そうだ。
「大佐。どうしました?」
「よう、ヨルトフィールド基地はどうだ?」
 電話ごしに強い風の音や波を切る音が聞こえる。“ユニコーン”の甲板から掛けているらしい。
「雰囲気が違いますが、同じグリース島ですから、落ち着きますね」
「お、それは良いな。そんなゆっくりしている時に悪いんだが」
 わざわざ状況の確認の為に個人の電話を使う人で無い事は知っている。電話を掛けてきたという事は何か頼み事があるのだろうというのは予想している。
「その近くに美味しいケーキ屋があってな。そこでケーキを受け取って、俺の実家に届けて欲しい。ラファルの奴も納得してるが、何かできるなら、何かしてやりたいからな」
 大佐の実家は何度かお邪魔させてもらっており、場所は知っている。
 ラファルちゃんというのは、大佐の実家で生活している少女で、お邪魔させてもらう機会に言葉を交わす事も多い。大佐との関係は聞いていないが、養子ではないかと予想している。
「そういう事でしたら分りました。しかし車が無いとどうにも」
「ああ、大丈夫だ。ヨルトフィールド基地広報課の車両を手配してある。メインゲートの守衛に言えばいいようにしてある」
 予想されていたらしく、私が言うと同時に回答される。いつも通りの用意の良さだ。
「ケーキ屋の詳細はメールしておいた。すまんが頼んだ」
 そう言うと、返事をする暇も無く電話は切れた。切れると同時にスマートフォンが振動し、メールの着信を知らせる。
 時間はもう1900だ。早く行動しないと今日中に大佐の実家に到着するのは無理だ。案内板を頼りに宿舎から基地のゲートを目指す。
 大体の勤務者がパーティーに出席しているのだろう、すれ違う人はおらず、ゲートの横にある守衛室まで直ぐに到着した。
「あの、すみません」
 鉄製の扉を開けると、テレビから流れるバラエティー番組の音が耳に入る。それを見ている戦闘服を身に着けた何人かの人影が目に入る。
「見慣れん顔、ジェネラルさん所の奴だな。これが車のキーだ。公用車扱いじゃない奴を選んだから事故しない程度に暴れていいぞ。青い車だ」
 その中の一人、少佐の襟章を付けた人物が、振り返ると同時に、こちらにコロンス海軍の意匠が施されたキーホルダー付きのキーをこちらに投げ渡してくる。
 年末は荒い奴も多いから気を付けろ、と少佐は言うと、テレビの方に向き直る。
「ありがとうございます。失礼します」
 敬礼をしてから外に出て、屋根付きのヤードに目を向ける。
 車に乗り込み、そういえばミッションについて聞いていなかったと足元を見るが、ヘダルは二つだけ、AT車のようだ。
 どちらも運転する事が出来るが、特に拘りは無い。
 キーを差し込み、回す。久しぶりのガソリンエンジンの音は、艦上勤務時はジェットエンジンに囲まれている私としては懐かしい。
 ライトは点灯するし、ウィンカーも動く。ステアリングの確認は、タイヤを痛めると悪い、動き出してから行おう。
 ギアをDに入れ、サイドブレーキを解除する。ゆっくりと車が進み始める。
 ステアリングは特に問題なさそうだ。ちゃんとハンドルを動かした通りに動く。
 ゲートを潜る為にゲートの中央にある窓口の横に車を止める。
「少佐が渡し忘れていたと」
 そういえば外出許可書などの書類について失念していたが、大佐が手配し、さっきの少佐が製作してくれたらしい。ありがたい。
「では、お気をつけて」
 警備の兵士の敬礼に対し、返礼をしつつ、車を発進させる。
 美味しいらしいケーキ屋は基地からかなり近い、道も単純だ。
 リ・クリスマスといっても、この基地の周辺は住宅がまばらにある程度だ、明度の明るいイルミネーションは無いし、車通りも少ない。
 まあ、イルミネーションについては、イルミネーションを滑走路の誘導灯と勘違いしかけ、民家付近を低空飛行するというアクシデントがあった影響もあるらしい。
 基地を出発して十数分。指定された店を発見した。
 美味しい店ならこの時期混んでいるのでは、と思ったが田舎にある店の強みなのか、駐車場は十分に広く、それなりに車は止まっていたが、苦労無く停車できそうだ。
 ただ、店は混んでいるだろうな。しばらく待つかもしれない。そんな事を考えながらバックで車を停車させる。
 しかし、公用車じゃないという事は私用車なのだろうか? にしては、その人らしさを感じられる物が無く、ある物と言えば、広報で配ったりするグッズが詰め込まれた段ボールくらいだ。
 広報用の公用車が十分に用意されてないとかそういう話ではないよな? いや、他所の話に首を突っ込むと面倒な事が多い、考えないようにしよう。
 店内は家族連れ等笑顔でケーキを受け取ったり、待っている人、既製品を選んでいる人もいる。
 運のいい事に、カウンターの前に今お客はいない。
 しかし、イーグルネストと、私のコールサインで予約されているらしいが、本当にそうなのか? 恥をかかせる気であるまいな、そう疑いを抱きながら、カウンターの向こうに話しかける。
 「予約していたイーグルネストという者なんですが」
 「イーグルネスト様ですね。はい、出来上がっておりますよ」
 良い笑顔で店員さんはそう言うと、調理場の方へ向かい、箱を持って戻ってくる。
 「お支払は…… クレジットでお済みですね。ここにお受け取りのサインをお願いします」
 そう言って、バインダーに挟まれた表の、イーグルネストと書かれた欄の近くを指差す。
 予約者のリストであるらしく、他の名前を見ると、私以外にもコールサインとおぼしき名前が書かれている。
 基地の近くである為、コールサインで予約される事は多いのだろうか。
 「それでは、こちらがリ・クリスマスチョコレートケーキになります。ありがとうございました!」
 「ありがとうございます」
 イーグルネストという名前が使われた為か、思わず敬礼の形でお辞儀をしながらお礼を言ってしまう。
 恥ずかしいので早足で車の方に戻る。
 コールサインで予約する者がいるのだから、敬礼にも慣れており、別に恥ずかしがる必要は無いのではないかと思ったが、まあいいとキーを回してエンジンを掛ける。
 大佐の実家に行くときは、いつも大佐の指示の下、走っていたからあまり自信がない。
 カーナビは無かったが、スマホのマウントが設置されている。
 スマホのカーナビアプリを立ち上げ、マウントに取り付ける。
 住所を入力して、案内開始のボタンをタップする。
 問題無く動いている。予想時間は1時間半。今が1932だから、2200位には到着する。
 食べるには遅いが、ラファルちゃんも寝ていないだろうし、リ・クリスマス気分を盛り上げる目的としては十分な時間だろう。
 空いている道を法定速度を守りながら走行する。
 高速道路の料金所を通り、高速に入ってからは流石に車が増えてきた。
 やはり、車の運転は戦闘機の操縦とはかなり違い、苦労する。
 戦闘機に乗っている時は、後ろを含めて周囲をよく確認し、レーダーや計器にも目を向ける為、正面を向いている時間というのは車と比べると短い。
 あまり前を見ないで済むのは、飛行中は数十メートル先でトラブルが発生する事が無く、それに対して対応する必要が無いからで、車の運転時は前を見続けなくてはならないというのは意識しているのだが、どうしても横や後方を目視確認したくなる。
 しかし、部下をコ・パイ……もとい助手席に乗せた時、敵機はいませんので前だけ見てください。車を運転してる時に敵機を気にするのは地球上であなただけです。と同意を得ることが出来なかった。
 何かしたくなった左手でラジオのスイッチを入れてみる。
『……トラックの横転によって、ローグフィールド、ノースフォリア間が通行止めとなっています』
 丁度、道路情報を流しているラジオを拾ったが、聞こえてきたのはよくない情報だった。
 ノースフォリアは大佐の実家最寄りのインターチェンジだ。そして、目の前の看板には“ローグフィールド 1.5km”と書かれている。
 普通なら、一般道で行けばいいだけなのだが、目的地であるフォリアという場所は盆地であり、入るには山脈を越えなくてはならない。
 その山脈が険しい山々であり、今走っているグリース環状高速道路が完成するまでは、陸の孤島とまで言われていた地域らしい。
 考えている間にローグフィールドのインターチェンジが迫ってきた。警察車両の回転灯の明かりと通行止めという表示が見える。
 素直に高速道路を降り、目に入ったコンビニの駐車場に車を止める。
 スマホを操作し、一般道の道を探すが、このアプリは時間のみ考慮している為、通りやすい道かどうかが分からない。
 コンビニで眠気覚ましのコーヒーを買うついでに、あれば地図を買ってこよう。
 車から降りて、コンビニに向かう。入ると同時に、掲示物が目に入る。
 “フォリアへ向かうならこのルートがおすすめ!”というタイトルの掲示物で、道路に大型車両、普通車と色分けされた線が塗られている。
 そのうえ、ありがたい事に撮影OK! と書かれている。
 感謝しつつ地図を撮影し、缶コーヒーに加えて、買う予定の無かったほどよい値段のお菓子をいくつか買い感謝を示しておく。
「通行止め、大変ですねぇ」
 店員さんが買ったお菓子をビニール袋に詰めながら、そう言う。掲示物を見ていた事から察したらしい。
「ええ、よくありますか?」
「起こった時によく聞かれるので、オーナーがあの地図を作ったんですよ。凍る時は少ないですが、お気をつけて」
 店員さんがビニール袋に詰められたお菓子と、缶コーヒーをこちらに差し出す。直ぐに飲む為、こうしてくれるのは大変助かる。
「ええ、ありがとうございます」
「ありがとうございましたー。メリークリスマス!」
 店から出ると同時に、缶コーヒーを開ける。うん、眠気覚ましとはいえ、ブラックは無謀だった。
 車に戻ると同時に、ラジオを付ける。
『ローグ・フォリアトンネル内で発生したトラック横転事故は、搭載物が飛散しており通行止め解消の見通しは不明です』
 復旧まで時間がかかるとなると、山越えに挑戦する者も多く、道が混む可能性は高い。
 スマホで撮った地図の写真を見つめ、どういうルートを通ればいいのかを覚えていく。山道の途中で確認する暇は取りづらいだろう。
 よし、ルートは覚えた、と思う。車を発進させ道を進む。
 進んでいると、徐々に家等の明かりが少なくなっていく。先ほどまでは所々でリ・クリスマスらしさを感じていたのだが、まったくそういう気配が無くなってきた。
「野生動物が出てもおかしくないな」
 呟くとフラグになる、という事をすっかり忘れていた。進行方向に何かの影がある事に気づき、ブレーキを踏む。
 茶色の体に立派な牙。イノシシだ。そして、不機嫌な様に見える。
 よし、大丈夫。それなりに距離を取って止まった。ゆっくり下がれば刺激しないはずだ。ギアをRに入れてゆっくりと後退を始める。
「あ、駄目か」
 明らかに二つの目がこっちを向いている。明かりも消した方がよかったか。
 荒い鼻息が寒さと明かりによって白く映し出されている。突進するつもりだろうか。足が地面を蹴っている。駄目かもしれない。
 イノシシがこちらに向かってきたと確信すると同時に、ターン。と射撃訓練で聞く銃声よりも重い銃声が響く。
 巨体が倒れる。
「お兄さん、大丈夫?」
 猟銃らしき銃を持った男性が、窓を軽く叩きながらそう言う。
「いやー、山の中で迷っちゃってさ。良ければフォリアの方まで送ってくれないかい?」
 命が助かったのは彼のおかげだ。夜間は禁猟だった記憶もあるが、地域で差がある。細かい事が気にせずに快諾する。
「このイノシシも載せちゃっていいかい? 肉の一部をあげるよ」
「あー、ちょっと待ってくださいね」
 降車して、トランクを確認すると何も入っていないし、ブルーシートまで引いてある。臭いが気になるが、まあ肉で許してもらえるだろうと許可を出す。
「それじゃ、街まで頼むよ」
 新たな同行者と荷物を載せ、車を再び走らせる。
「結構野生動物は出るんですか?」
「山の中だからね。仕方ない」
 確かに、質問しておいて何だが、この山の中で野生動物が出ないという方が不思議な話だ。
「また、出た…」
「おっと、出るとかそういう事を言うと出るよ。ここは」
 また出たりするかもしれませんね。とうっかり言いかけたが猟師さんに遮られる。自分の中では言うとフラグが立つという事は信じていたが他者から言われたことは無く、新鮮だ。
「ほら、フォリアって女神コロトー様のお住まいだと言われてるだろ? 自由気ままなコロトー様が誰かが口に出した、面白そうな事を実現させてしまうっていう迷信が強いんだ」
 ただ、命を取る事はしないって話だ。と猟師さんが付け加える。確かに、命の危険はあったが、猟師さんが助けてくれた。偶然といえばそれまでだが、神の導きという方がすっきりする。
 山を下り始め、フォリアに入ってくると、木々に混ざって所々に古い柱など遺構が目に入る。この女神が住まう地であると言われている事を思い出すと、神の導きというのは腑に落ちる。コロンス人はあまり信心深く無いと言われ、私もそうであったが、女神コロトーに感謝する。ん? いやイノシシにあったのも女神コロトーが原因なのではないか?

 

= = = =

 

 猟師さんを家まで送り届け、精肉は間に合わないからと別の猪肉を受け取り、そこから運転して大佐の実家に到着したのは2340であった。ぎりぎりリ・クリスマスだ。
 大佐の実家は立派な屋敷なので、車を止める所に困らないのが大変良い。そういえば、近くに神殿らしき建物があるなと今更ながら気が付いた。
「ネストさん。お疲れ様です」
 車の音で気づいたのか、ラファルちゃんが家から出てきて声を掛けてくる。
「いや、遅くなってごめんよ」
 謝罪しながら、リ・クリスマスケーキをラファルちゃんに手渡す。
「いえ、トラックが横転したって聞いたから、今日中は無理かなとも思ってたので。山を越えてきたんですか?」
 ラファルちゃんは笑顔を見せながら、ケーキを受け取る。結構大人びた所があるので、なんというか年相応の顔を見ると良いな、と思う。
「ああ、できればリ・クリスマスに間に合わせたかったからね」
 イノシシに出会い、命の危機があったことは伏せておく。
「ありがとうございます。ココアを作ってあるんですよ。飲みましょう」
 ケーキを抱きかかえるように運びながら、屋敷の方に歩いていく。
「あー、ラファルちゃん。神に感謝する方法って知らないかな?」
 今日が終わる前に、無事に到着したことを感謝した方がいいような気がした。大佐は信心深い人であるため、ラファルちゃんなら何か知っているかもしれない。
「そうですねぇ。ここのコロトー様にしても、ヴァリス様も人々が楽しく過ごしているのを見守るのが好きですから、感謝の気持ちを持って、リ・クリスマスを楽しむのが一番だと思います。そもそもリ・クリスマスは神々への感謝という事で、テセリア様が作ったんですよ」
 儀式とかもありますが難しいのでと付け足しながらラファルちゃんが言う。
「よし、分かった。メリークリスマス!」
「はい、メリークリスマス!」
 そう言ってから、時計を見ると2359で、ぎりぎりリ・クリスマスだ。
 間に合ってよかった。

 

 大佐に間に合った旨をメールで伝えると、感謝の後、こう書かれていた。
 “まあ、そもそもリ・クリスマスが文化として確立した頃は太陽が沈むことが日の境だったんだ。そういう考え方をするとそもそもお前に電話した時点で終わっていた訳だな”
 余計な事を書く辺りが大佐らしい。

 


 

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