叡智を追わぬ神秘の学徒達
第一部 魔術学校とハジマリの書
第一章
「
突き出された人差し指につけられた指輪の赤い宝石が月の光を浴びて輝く。
「
再び突き出された人差し指につけられた指輪の赤い宝石が月の光を浴びて輝く。
「
三度突き出された人差し指につけられた指輪の赤い宝石が月の光を浴びて輝く。
が、僕の座っている位置から少し先に積み上げられた薪と木の枝に火がつく気配は一向にない。
「くぅ、うまくいかない」
腹立たしげにラマーが地面を蹴る。
土が薪の中に紛れる。
「おいおい、薪に当たるなよ、地面若干濡れてるんだから、薪が湿ったら使えなくなるぞ」
僕は流石に慌ててラマーの行動を咎める。
「あぁ? だったらお前がやれよ、ハドソン」
「そんないい加減な……」
ラマーの言葉に思わずため息を吐きながら、右手人差し指を薪に向ける。
意識を右手人差し指の赤い宝石のついた指輪に意識を集中させる。
赤い宝石が赤く輝き始め、魔法陣が出現する。
さらに意識を集中させると魔法陣が回転する。
魔法陣が閉じ、赤い宝石で発生した熱が、少しずつ喉元へ移動してくる。
喉元に移動してくるのを待ち、喉元に絡みつく熱を感じながら、その熱を絡めるように、発声する。
「
直後、人差し指の先から炎が飛び出し、薪に火をつける。
「ちょっと、何やってるのよ! 今日こそラマーの担当なのよ、ハドソンがやったら意味がないじゃない」
タイミングが悪く夜の狩りから帰ってきたハンナの高い声が響く。
「いや……その、ごめん。やってみろよって言われたからつい」
反論するのもおっかないし。
「まぁまぁ、ラマー殿は少々いい加減であるし、少しチャラついてもおる。気弱なハドソンを一人置いていくのは判断を誤ったかも知れぬ。拙者が残るべきであった。ここは拙者に免じて許してくれぬか」
ナオユキが仲裁に入る。
「いや、ナオユキは力持ちだし、身体強化の魔術をすでに使いこなしてる。能力が使いこなせる側なのは当たり前でしょ」
ハンナがナオユキの仲裁を止める。
「なんだと、俺が使いこなせない側だってのか。俺はエリートの」
「あんたがエリートのホワイト家の出身であろうがなかろうが、あんたが現に魔術を使いこなせてないのは確かでしょうが」
「なんだと」
ラマーがハンナに突っかかり、ハンナが反論し、ラマーが人差し指をハンナに向ける。
「あら、やる気? いいわよ、撃ってみなさいよ。それとももう指差し魔術でも使った?」
「……畜生!」
「と、流石にそれは見過ごせぬ」
ラマーが物理的な攻撃に打って出て、ナオユキがそれを止める。
こんな調子で大丈夫なんだろうか。僕は不安げに空を見上げながら、こうなった経緯を思い出していた。
◆ ◆ ◆
1991年の春。
僕はアメリカ北東部のワシントン州のシアトルを訪れていた。
その一角にある小さな旅行代理店が僕の目的だった。
「いらっしゃい。おや、若い坊やだね、まだ1人で旅行をできる身分じゃないだろうに、なんのようだい?」
入ってすぐのカウンターで年寄りのお婆さんが出迎える。
「叡智を追いに」
僕は親から聞いた通りの言葉を返す。
「訳わかんないこと言う坊やだね。ちゃんと学校には通ってるのかい? ほれ、この辺の学校の案内でもやるよ、ちゃんと学校で学んできな」
ぺたりと、頭にチラシを貼り付けられた。
僕はそれを剥がして受け取ると、旅行代理店を出た。
「なるほど、ザ・ノースウェスト・スクールか」
シアトル唯一の共学校だと聞いた事がある。
僕は早速ダウンタウンに向かい、ザ・ノースウェスト・スクールにたどり着いた。
そして先ほどされたようにチラシを頭に貼り付けて、学校の敷地内に入った。
直後、空間が灰色に歪み、別位相に入ったことが分かった。
「ようこそ、アメリカ魔術学校の入学審査受付へ。この受付へ名前を書いたが最後、あなたは神秘の世界へ足を踏み入れる事になります。その覚悟があるのなら、さぁ、この用紙に名前を」
驚くべき事に、用紙を噛んでいるバインダーが喋っている。
神秘の世界へはとっくに足を踏み入れてるのではないかしら、と疑問には思うが、何はともなく、僕の目的は神秘の世界へ足を踏み入れる事だ。なんの疑問もない。覚悟も出来ている。
【ハドソン・ペレス】
書類に名前を書き込む。
「契約成立、ですね」
バインダーが笑い、僕は猛烈な立ちくらみに襲われた。
「おやすみなさい、次の目覚めは入学審査です」
アメリカ独立以降、アメリカの最大の泣きどころはアメリカという国の持つ神秘性の薄さであった。
例えばイギリスには英国王室があり、王室と密かに繋がる森の魔女たる英国の魔女が存在し、さらには組織化されたリチャード騎士団と呼ばれる組織すらある。
例えばヨーロッパのほとんどは一神教を信奉しており、その信仰の力で戦うテンプル騎士団が日夜ヨーロッパの神秘的秩序を守ってきた。
例えば捕鯨の拠点にと開国を迫った東洋の島国でさえ神の子孫を中心に添え刀と呼ばれる神秘の武器を振るっていた。
それゆえ、アメリカの神秘治安の維持はひとえに有志魔術師達の貢献によるものであり、それ故にアメリカは他国と比べて格段に魔術師に対して甘いスタンスを守ってきた。
西海岸のマサーチューセッツ工科大学に密かに魔術部門が創設され、魔導書図書館を設立されたことさえ、アメリカ政府は黙認していた。
しかし、第二次世界大戦という神秘までもが戦争に惜しみなく投入された大きな戦いの中で、アメリカは自国に自前の神秘組織を保有していない事に大きな危機感を抱く事となる。
こうして、アメリカは多額の予算を密かに投入し、魔術の才能さえあれば扱いが容易な魔道具を発注。
さらに魔道具を扱う者達を養成するため、西海岸のマサーチューセッツ工科大学内の魔術部門、通称ミスカトニック大学に対抗し、東海岸に「アメリカ国立魔術学校」を設立した。
夢の世界で、トルーマン大統領の像が演説している。確かミズーリ裁判所の入り口に置かれていた像だったように思う。
トルーマン大統領の像は説明を続ける。
これから皆さんに挑んでもらうのは、入学審査です。
内容は簡単。魔術を使い、ベーカー山の麓付近の森で一週間、生活してもらいます。
みなさん不安に思っていますね。そうでしょう、なにせみなさんのほとんどはまだ魔術なんて使えませんからね。
そこで皆さんに一足先に我が学校の標準魔道具である指輪をプレゼントします。
この魔道具は単体では動きません。動力であり記憶媒体でもある宝石をセットする必要があるのです。
みなさんの指輪にはまず最低限の能力を持ったこの赤い宝石をセットします。これはみなさんが一年生であることも意味します。
皆さんが学年を進級するごとに、この宝石の色が変わっていく、と思ってください。
さて指輪の使い方ですが、まず指輪を励起させる必要があります。
指輪に魔力を通すと、指輪が励起し、魔法陣が現れます。この魔法陣の外周の円の中には白いシルエットが表示されています。これがその指輪に登録されている魔法のリストです。
今の指輪には学生証を表示する魔術と発声による簡易魔術の二つが設定されています。
体を通す魔術の向きを変える事でこの魔法陣を回転させる事ができます。
使いたい魔術のアイコンが人差し指の方になっていれば選択できています。
選択ができたら、より強い魔力を指輪に通して下さい。魔術が発動し、喉に力を感じると思います。後は、発声する事でそれに応じた簡単な魔術が発動します。
火をつけるなら「
疑問に思ったでしょう。魔力を通す、向きを変える、より強い魔力を通す。その方法はどうするのか、と。
この入学審査の肝はそこです。その三つは魔術師として基本中の基本。一週間のうちにそれを体得出来るかどうか、それすら出来ないような魔術師はこの学校では学べません。
それでは、幸運を。
目が覚めると、そこは山の中だった。
失神する前との他の違いは、右手の人差し指に赤い宝石のついた指輪が嵌められていた事と、周りに三人、知らない人がいた事くらい。
やがて全員が目覚めると、金のリングをチャラチャラさせた以下にも軟派な男が口を開いた。
「まずはお互い自己紹介と行こうじゃないか。俺の名前は、ラマー・ホワイト。由緒正しき東海岸の名門魔術師の後継となるものだ」
ホワイト家、確かに聞いた事がある。先の演説にあった有志の魔術師頼りの時代に活躍した魔術師の家のはずだ。
「けどそういった家のほとんどは
あ、つい口に出してしまっていたらしい。ラマーの目線が完全にこちらに向いている。
「流石、魔術学校に通おうという学友だ、よく勉強している。もし入学審査が筆記試験なら通っていたかもな。だがその歴史も書き換えられる事になる。ホワイト家は私の代から、AGHFの中核となるようになるのさ」
ふふん、とラマーが語る。
隠遁している魔術師、というのは聞こえは良いが、体制側に逆らっている以上、霊害……つまり害をもたらす神秘と見做される。アメリカがいかに魔術師に甘い国と言ってもその評価は変わらない。
そうではなく、AGHFに貢献する、と言うのであれば、偉そうな奴だが、志は立派なのかもしれない。
「それで、その筆記試験は得意なような、君は?」
「僕はハドソン・ペレス。ホワイト家のことはたまたま知ってただけで、そこまで知識はないよ」
嘘だ。神秘に憧れていた僕は、親の目を盗んでずっと神秘の知識を蓄えてきた。知識だけなら、それなりの自信がある。悪くいえば頭でっかちな自覚はあるから、それをひけらかす気はないけど。
「なるほど。まぁ、ホワイト家はAGHF成立以前にはこの学校の設立後にも貢献していたほどの偉大な名家だからな。それも不思議じゃない」
「話が盛り上がってるところ悪いけど、私達も仲間に入れてちょうだい。私はハンナ・グリーン。ホワイト家がかつての名門だとしたら、グリーン家は今の名門ね今なおAGHFに有能な人材を送り続けているわ、私の二人の姉みたいにね」
ハンナと名乗るふわふわウェーブの女性が、ふわふわウェーブに似つかわしくない強気な姿勢で名乗った。
「はっ、つまり
「あら、そうかしら?」
ハンナがラマーの目前にまで白く細い手を伸ばし、薬指からラマーの髪に雷が飛んだ。
「うわぁっ!?」
ラマーが驚愕で尻餅を作る。
指輪は全く輝いてなかった。あれは魔道具による魔術じゃない。
「私はこの学校に入学する前から、ずっと家で魔術を習ってきたわ。あなたこそ、名門の出というには魔術的防御のかけらも見当たらないんだけど、これは私の探索魔術が甘いからかしら?」
「………くそっ、新参魔術師が、一端の
ハンナとラマーが睨み合いが続く。というか、余裕ぶってるハンナに対しラマーが必死に食い下がってるようにも見えるが。
「まぁまぁ、その前に拙者の自己紹介をさせてくれ。拙者はナオユキ・マガラ。
ナオユキが地面に角張った文字を書く。
「なんだお前、やけに小柄だと思ってたけど、東洋人か」
「うむ。本当なら日本で真柄の家を継ぎ、討魔組の討魔師となるところだったのだがな。より強さを求めるものとして、日本にいては先達を超えるほどには強くなれぬと思い、こうして出奔し、今は武者修行の旅を続ける身」
ガハハ、と小柄な体に似合わぬ豪快な笑いを見せるナオユキ。
「その武者修行者がなんで魔術学校に?
「うむ、確かに、その説明は必要か。日本の討魔組に属する討魔師は皆、血の力と呼ばれるその家計に代々伝わる特殊能力を持っている。そして、拙者ら真柄の家に伝わる地の力が、これである。……ぬんっ」
深呼吸と一瞬の力み、その直後、ナオユキの体の体積がおおよそ2倍ほどに膨らんだ。
全身の筋肉は恐ろしいほど剥き出しになり、中には筋肉の赤い色が皮膚の向こうに見えそうで、確か日本に伝わるという赤い鬼のようだった。
「お、おう、すげーな、それ」
流石のラマーも見下していた相手に見下ろされる結果となり、思わずたじろぐ。
「なるほど、呼吸と気の力で自身を強化する
一方のハンナは筋骨隆々に変化したナオユキの体を興味深く分析していた。
「うむ。拙者らはこの力をなんの気無しに使っている。だが、実はこれは魔術の一種らしいと知ってな。魔術に精通することでよりこの力を使いこなせるのではないかと思ったのだ」
ナオユキが変化を解除する。
いかんせん間々に思い出すのも馬鹿らしいラマーとハンナの小競り合いがあったため、ここまでの自己紹介が終わる頃には日が暮れようとしていた。
「大変。流石に食料調達と火の確保は必要ね。役割を分担しましょう。さっきの話の感じだとこのメンバーで魔術を使うのに不安があるのはハドソンだけ?」
ハンナがこちらに問いかける。
「あぁ、魔術を使ったことは一度もないよ」
「じゃあ、あなたは木の枝を集めて。ナオユキは当然、戦闘には自信があるのよね? 狩りを頼める?」
「うむ、拙者に任されよ」
「ただ、一人は危険だから私も手伝うわ。それで、ラマーは」
「あー、言いにくいのであるが、女性と二人というのは慣れんので、拙者と同行するのはラマー殿の方にしてくださらぬか?」
「じゃ、そうしましょう。この中で戦闘力が一番高いのはあなたでしょうし、あなたのやりやすいようにやって頂戴。ラマーもそれでいいわよね?」
「なんでお前が仕切ってんのかわかんねぇけど……。まぁそれで構わねぇ。いくぞ、ハラキリ」
「そんなせかせかと、夜の森は危険であるよ」
ラマーが先行して歩き始め、ナオユキが慌ててそれを追う。
「さて、私達は木の枝を集めましょう。いくら魔術で火を熾せるにしても、火をつけられる場所がないと意味がないわ」
しばらくして石で囲って木の枝で作った焚き木が完成した。
「ハドソンはまだ指輪と接続出来てないんだよね?」
「あぁ。まだ試してないな」
「風に聞いてみた感じ、まだ二人はこっちに近づいてきてさえないし、よかったら少し練習してみる?」
「ありがとう、助かるよ」
他三人が優秀すぎて指輪の起動もできないまま合格になったらどうしようかとは思っていた。
「じゃ、まずは指輪のついた人差し指を焚き木に向けてみて」
言われるがまま、右手の人差し指を焚き木に突き付ける。
「じゃ、指輪に魔力を通す。難しく考えなくていいよ。既に指輪は自分の神経とリンクしてるから、指輪に意識を集中させれば、そこから逆に辿って魔力をレシーブしてくれる」
言われるがまま、指輪の宝石を見つめる。
直後、足元から心臓へ何か熱いものが体内を回っていくのを感じた。
「うわぁっ!?」
驚いて、足をジタバタさせると、その感覚は途端に霧散した。
「反応したのは足……? 驚いた。なんの陣も無しに地脈から魔力を得られるのね」
「魔力? さっきの、熱いのが?」
「ハドソンには熱いものと認識されたのね。魔力をどう認識するかは個人の資質によって大きくちがうの。私にとって魔力はとても冷たく鋭い異物だった。だから今でも氷の刃を作るのが一番得意。あんたは火とか熱に強いのかもね。今の状況からするとベストかも。さっきの感覚を忘れないように、もう一度やってみて」
「分かった」
もう一度人差し指を突き出し、意識を集中させる。
熱い何かが地面から心臓へと汲み上がってくる。
そしてそれは身体中を循環し、指輪に届く。
そして、指輪から赤い魔法陣が出現した。
熱い感覚はずっと心臓と指の先を循環している。
「第一段階は突破ね。外周に並んだ円の中を見て。まず人差し指の上にある本の形をしたアイコンが学生証を表示するための汎用幻術の機動アイコン。そして右上、クロックポジションで言うところの1時の方向にもアイコンがあるでしょ。唇みたいなアイコンのやつ」
確かにある。ということは……。
「つまりこの魔法陣を30°左に回転させなきゃならないってことか」
「そういう事。まだ循環してる感覚は残ってる? その循環の方向を逆にしようとしてみて」
む、難しいことを言うな。
感覚に集中する。本当に暑い。夜の山の中とは思えない程だ。
「難しかったら。……エネルギーが経由してる場所があるよね。脳とか、心臓とか、肺とか、人によって違うんだけど」
僕の場合は心臓か。
「分かる。それをどうしたらいい?」
「一度そのエネルギーをそこに全部止めちゃって、で、逆に出す、みたいなイメージ」
流れてる熱いエネルギーの流れを、心臓で止める。
心臓で流れが断ち切られ、流れに乗ってエネルギーが心臓に集まってくる。
「ぐっ」
心臓が、熱い。
思わず心臓に手を当てる。
これじゃダメだ。もうエネルギーは心臓に集中してるんだから。
「逆、回転……」
頭の中でだけ考えたつもりが苦しみのあまり、声が漏れ出したらしい。我ながら必死に絞り出すように声だ。
だが、その甲斐あって流れは先程と逆になった。
魔法陣も右に回転し、人差し指の場所に空白の円が重なる。
「大丈夫? もうこればっかりは慣れるしかないから。……それで、言いにくいんだけど」
「もう一回逆回転、でしょ。やるよ」
意外なことに次はさっきほどは苦しくなかった。
恐らくさっきより手際良く制御出来たからだろう。
「ふー。で、もう少し回転させたい時はどうすれば?」
左胸のあたりを手で撫でながら、尋ねる。
「さっきの感じだと、あんたの魔力経由地……まぁ分かっちゃったから言うけど、その心臓に一瞬魔力を溜めて強く押し出すイメージだといけるんじゃないかな」
「やってみる」
魔法陣を睨む。これを左に回転させる。
熱いエネルギーを心臓で一瞬止める。熱い。そしてダマになったエネルギーを後ろからの流れに乗せる。
ダマになって一際熱いエネルギーが指輪まで到達し、魔法陣が回転する。
「次は確定させる必要があるんだっけ」
「そう。それは簡単でより強い魔力を流せばいい。最初に魔力を流した感覚を思い出して」
「分かった」
また足元から魔力が這い上がってきて、心臓に至り、そして循環するエネルギーのラインが太くなる。
直後、魔法陣が閉じて、全ての熱い絡みつくような何かが指の先から喉へと集まってくる。
「魔力が完全に喉に絡みつくまでは喋っちゃダメ。絡み付いたと思ったら、唱えてみて」
「
直後、指の先から膨大な魔力が溢れ、炎の塊となって焚き木を燃やした。
「出来た!」
「お疲れ様。後はコールする呪文次第で色々使えるけど、まぁそれは授業中にで教わるから……」
会話が途切れる。
どうしたんだろう、と僕も視線の先を見ると。
ラマーが斜面を駆け降りてきた。
「熊だーーーー!」
その言葉の通り、ラマーの後ろを走ってくるのは、グリズリーだった。
ナオユキが張り付いて石斧で殴っていて、グリズリーもかなり血だらけだが、まだ充分じゃない。
「援護するわ!」
ハンナが左手の人差し指につけられた指輪に魔法陣を出現させ、回転選択し、唱える。
「
ハンナが右手人差し指を左手の指輪の宝石に添える。
右手人差し指をそのまま手前に引くと、それに合わせて宝石と右手人差し指の間に氷の矢が形成されていく。
右手人差し指を離すと、氷の矢が射出される。
氷の矢はグリズリーの足に突き刺さり、その足を止める。
「ハドソン、雷で!」
ハンナの指示を聞き、慌てて右手人差し指をグリズリーに向ける。
足から熱いエネルギーがあふれ、心臓を経由して右手の指先に至る。
ダマになったエネルギーを生成し、魔法陣を回転、それが指輪に行き着くのを信じて、さらに足元から熱いエネルギーを集める。
魔法陣が閉じて、喉元に熱い粘っこいものが絡みつく。
「
指先から雷があふれ、グリズリーの動きを封じる。
「
ハンナが指輪から氷の剣を取り出す。正直槍や矢と見分けのつかないただの氷の棒にしか見えないが。
「ナオユキ! これを!
氷の剣が突風に撃ち出され、ナオユキの手に渡る。
そしてナオユキのにより、その剣がグリズリーの脳天に突き刺さり、グリズリーはとうとう動きを止めた。
これが、魔術師。
僕はこれまでも魔術師というものを知識では知っていた。
けれど、本当の魔術というものを、そしてそれによる戦闘というものをその日、初めてみた。
「ラマー、なんで魔術でナオユキを援護しなかったの」
「え、っと、そ、それは、だな。その、ナオユキが武士だっていうから、よ。その実力を見たかったんだ。い、いきなり名家が手を出したら、成長できないだろう」
「け、なんて尊大なやつ。家ばっかり立派で大変よろしいわね」
これが今から二日前のこと。
翌日以降はキャンプ班を僕とラマー、狩猟班をハンナとナオユキという風に決まった。
そして、やはり一度もラマーは魔術を使わなかった。
まぁラマーの事情なんてどうでもいいのだけど。
それにしても、ホワイト家のラマー、グリーン家のハンナ、少し違うがマガラ家のナオユキ。家庭に事情を持つ四人ばかり集まったものだ。
しかしその三人を見るとわかりやすい。うち二人はAGHFへの加入。もう一人は自身の強さ。
元々魔術が持っていた「叡智を求める」という学問的側面などもはや誰も覚えていないかのようだ。
合言葉だった「叡智を追いに」という言葉も泣くというものだ。
しかしこちらに関しては僕は違う。
僕はこの学校で、かつての人々が諦めた叡智へ到達してみせる。そのために、ここに来たんだから。
第二章「