アサシン・チャイルド 第1章
序
銃声。
それは
――敵襲か!?!?
在人は素早く引き出しを開け、中に入っていた
この施設を預かるデスクオフィサーのような存在となっていた在人、実際に撃ち合ったりするような前線から退いて久しかったが、その音を聞いた瞬間、まるでスイッチが切り替わるように、頭は自然と冷えていた。
部屋に誰かが駆け込んでくる様子はない。ということは、戦いは表面化していない。
ならば、敵は少数のはず。
つまり、今も部下はそうと知らず命を脅かされている状況にある。在人としては見過ごすわけにはいかない。
在人は急いで自身の部屋の扉に駆け寄り、外の音を伺う。
異常に静かだ。
在人は素早く
――データリンクに応答がない!?!?
脳にナノマシンを注入することで脳自体をコンピュータにしてしまう技術、GNS。
それは今、在人がしているように、人間同士で通話やローカルネットワークで繋いだり、果てはグローバルネットワークへの接続をも可能にする素晴らしい技術だ。
とはいえ、今やこの世界に住む人間の九割が当然のものとして使っている既存技術に過ぎない。妨害する手段はいくらでもある。
とはいえ、
敵がすでに外の廊下を制圧下に置いているならば迂闊に外に出るのは危険だ。
この施設において価値のあるものはそう多くない。あるとすれば在人自身か、在人のオフィスにある金庫の中身、あるいは情報だ。
つまり、侵入者は必ずこの部屋を訪れる。そう考えればむしろ、この部屋で待ち構えれば確実にこちらが
だが、まだ最悪の可能性には至っておらず、味方が生き残っていて、今も殺されそうになっているとしたら?
我が身可愛さでそれを見過ごしてよいのか?
在人は静かに右腕を見る。生身ではない人間の体を代替する機械の腕。GNSに並ぶサイバネティック技術の結晶の一つ、義体。それは単に欠損した部位を補うばかりか、より優秀な機能を与えてくれる。
攻撃的な用途にも、防御的な用途にも、自分の身体を便利に作り変える。それが義体のメリットであり、世の中には義体のほうが便利だから、と自ら体を切り落とし義体を身に着ける狂気の人間もいるという。
ちなみに、在人は違う。かつて抗争で利き手を失い、その代わりとしてつけられたのがこの義体の腕だ。
――この腕なら、やれるよな……?
在人は頷き、右上でロフマカ MPを握りしめる。義体の右腕とロフマカ MPがデータリンクし、在人の視界右下に「ロフマカ MP : 8発」の表示が出現する。
扉を開けて、外に飛び出した。
「なっ」
そこは死屍累々、という言葉がふさわしい有様だった。
自分の部下が一人残らず、倒れていた。
――間に合わなかったのか! だ、だが、侵入者はどこだ!?!?
侵入者の目的は今自分の背後にある扉の先のはず。つまり、侵入者はいまこのすぐそばにいるはずなのだ。
「そこか!」
在人は直後に聞こえた足音を聞き逃さなかった。
素早く音が聞こえた方向にロフマカ MPを向け、発砲する。
そこには誰もいないはず、とかそんな余計なことは考えない。味方が戦闘を発生させずに殲滅させられている以上そのような余分な思考が許される相手ではなさそうだからだ。
その僅か後、地面を蹴る音がしたと思うと、発表した地点に、黒いマントを纏った小柄な人影が現れる。
銃弾は肩に装備している装置に命中したらしく火花を散らしているのが見える。
「まさか!?!?」
人影は驚愕の表情を作ったのち、直ぐに在人にサプレッサーのついた拳銃を向ける。その動きには淀みがなく、相手が油断ならない相手だと在人に理解させる。
――個人携行の光学迷彩クロークだって……!?!?
一方の在人も驚愕していた。
光学迷彩は既存技術だ。周囲に周囲の風景をホログラフィックとして投影し、風景に溶け込み姿を隠す技術である。
だが、それを個人携行するなどという装備はまだ一部のお金持ちの
――こいつ、一体何者?
だが、思考を巡らせている余裕はない。
侵入者の放った弾丸が在人に迫る。
「っ!」
在人は拳銃を向けられると同時にすべての思考を放棄して左に跳ぶ。
侵入者の放った銃弾が脇腹をかすめて跳んでいく。GNSが視界の情報から解析し、敵の持っている拳銃がK&H mark.32だと特定される。
――特殊部隊用の拳銃、やはりただの鉄砲玉ではなさそうだ。
着地すると同時、在人もまた侵入者に向けてロフマカ MPを向け、発砲する。
自動的にGNSが侵入者をロックオンし、義体の腕が侵入者へ向けて手ブレを補正する。
寸分たがわず放たれたロフマカ MPから放たれた9x18mm ロフマカ弾を、侵入者もまた、斜め前に跳んで回避、そのまま一気に距離を詰めてくる。
「接近戦をやる気か!?!?」
在人は後方に下がりながらさらにロフマカ MPを三発発砲する。
といっても適当ではない。GNSは視界から受け取った情報を元に義体の腕を自動で動かし、侵入者に追従しており、その全てが敵がその進路を維持していれば必中の命中率を誇るはずだ。
だが、その射撃の全てを侵入者はその全てを斜め前に跳躍することで回避する。
「ちっ」
右下で「ロフマカ MP : 3発」と表示されているのを見て、自らの無駄撃ちに思わず舌打ちする。
とはいえ、在人の行動を無能とは咎められまい。最後の一発など、常人では回避できないはずの距離の射撃であった。恐るべしは侵入者の反応速度の方なのである。
至近距離まで迫った侵入者の左腕が、侵入者に向けられようとしていた在人の右腕を押しとどめる。
――義体の出力と同等……こいつも義体腕か!?!?
K&H mark32の銃口が在人の目の前に迫る。
咄嗟に在人は後方に大きく跳び、右腕を真正面に向ける。
直後、mark32から
在人の右腕の機械が展開する。
そして、.45ACP弾が在人の頭に突き刺さる、事はなかった。
その直前に在人の前面に整列した六角形のタイルで出来た光の壁にぶつかるように、.45ACP弾が静止したのだ。
「
侵入者が驚愕する。
それは飛翔物に対して反作用のエネルギーウェーブをぶつけることで対象の運動エネルギーを刈り取る事で飛翔物から身を守る疑似的な障壁であった。ホログラフィックで影響範囲に壁のように投影して見せることから、ホログラフィックバリアの愛称で知られる。
在人が義体を装着することになったとき、彼が選んだのがこの装備。
今回に限っては手遅れになってしまったが、味方を守りたい、という彼の想いに由来する装備である。
だが、これには弱点がある。ホログラフィックバリアの展開中、右腕を正面に向けていなければいけない。つまり、今この瞬間、在人は拳銃を侵入者に向けられていない。
敵の驚愕は一瞬。すぐさまmark32を構え直し、発砲しながら真っ直ぐ前進してくる。
「くっ……」
在人は止むなく後方に下がりながら距離を取って弾丸を受け止め続ける。
――こっちは残り三発。対して向こうはまだ弾に余裕があるはずだ。このままだと不利だぞ……。
ロフマカ MPは装弾数八発しかない。対してK&H mark32は十二発まで装填出来る。事前に薬室に弾を送り込んでいれば、十三発になる。弾数の面で、在人は圧倒的に不利な状況にあった。
――このまま守り続けても負ける!
在人は姿勢を低くし、後退をやめて一気に全身を始める。
直後、驚くべきことが起きた。
侵入者が大きく跳躍し、天井に張り付いたかと思った直後、さらに在人の背後に降りたったのだ。
「まずい」
咄嗟にホログラフィックバリアを解除し、背後に向き直ろうとする。
展開した右腕が閉じ、ホログラフィックの障壁が消える。
お互いが右手に持った銃口を向け合う形となるが、僅かに侵入者の方が早い。
――この小ささ……まだ子供か? この国で少年兵だと?
だが、在人はふと違和感を覚えた。ここまで接近して気付いたことだが、相手が小さいのだ。まだ小学生くらいのように見える。
彼の住む国、
その違和感が一瞬、在人の思考を奪い、それが隙となって、気がつくと、侵入者は在人の頭に銃口を向けていた。
引き金を引く細い指に力が入るのが見える。
だが、そう簡単に諦める在人ではない。
「でりゃあ!」
「!?!?」
足に力を溜め、一気にタックルをぶつける。
そのまま侵入者に体重をかけ、押し倒す。
「うちの敷居を無断で跨いで、生きて帰れると思うなよ!!!!」
脳内でアドレナリンが分泌され、怒りもまた増幅され、そんな言葉が出る。
それゆえに、目の前で起きた奇妙な現象を受け入れられなかった。
左腕がいつの間にか剣の形に変化していて、斬撃が飛んできたのだ。
咄嗟に回避するが、鼻先をかすめ、鼻から血が流れ始めるのを感じる。
「な、なんだ!?!? 義体……? いや、でも……」
腕から剣を生やすような義体は存在する。だが、あれはそんなものではなかった。確かに在人は見た。先ほどまで腕だったものが剣の形に変化したのだ。
侵入者が銃口を在人に向け、発砲する。
「ちっ」
止むを得ず、在人は立ち上がり、侵入者から距離を取る。
そして、侵入者はまたも奇妙な行動に出る。
寝そべった体勢のまま飛び上がり、空中に張り付いたかと思えばそのまま天井を張って、突き進んできたのだ。
「なっ、なんだ!?!?」
理解出来ない侵入者の動きに、思わず在人は発砲し、直後、「ロフマカ MP : 2発」の表示に思わず舌打ちする。
侵入者はその弾丸を自由落下で回避し、再び両手で銃を構えて在人に向ける。
在人も銃を構え直し、後ろにジリジリと下がりながら銃口を侵入者に向ける。
侵入者は恐ろしい反応速度の敏捷性で銃弾を避けられる。
在人はホログラフィックバリアを持ち、銃弾を防ぐ事が可能。そしてこの距離ならギリギリになるが後出しで起動出来る。
つまり、お互いが銃弾を防ぐ手段を持っており、撃った方がその分隙を晒す結果となる。
故に二人は睨み合いになっていた。
――だが、睨み合いはこちらに有利だ。うちと連絡が取れなければ他の場所から味方がやってくるはず。
ましてこの場所からの連絡途絶、自分で言うのもなんだが多くの人間が血相を変えて殺到するのは目に見えている。
だから、焦れて撃ったのは侵入者の方だった。
腕の機械が展開し、ホログラフィックバリアが展開され、.45ACP弾が空中で光の壁にぶつかって停止し、落下する。
mark32が自動でブローバックして弾丸を装填するほんの僅かな隙、それを在人は見逃さず、在人は敵のK&H mark32を狙って発砲する。
同時に駆け出す。
直後、弾丸が侵入者の手に被弾し、侵入者の手からK&H mark32がこぼれ落ちる。
「もらった!!!」
残弾は一発。しかし、この侵入者を殺すには充分だ。
――いや、殺していいのか?
だが、一瞬在人の中で迷いが生じる。子供だから哀れに思った……わけではない。
この侵入者が何者なのか、まだ分かっていない。
ならば、生け取りにするべきか?
迷いにより、狙いが頭から足にブレる。
「ブラッディ・ミラージュ」
侵入者の声がした。それは驚くべきことに女の子の声であった。
直後、在人の方に向けられた細い両腕が細い糸へと変化し、在人へと伸びてきた。
そのまま、それは在人の四肢に巻きつき、空中に絡め取った。
「な、なんだ!?!?」
「やっぱりパパやお姉ちゃんみたいには行かないか……」
空中で絡め取られた在人を前に、侵入者の少女がため息を吐く。
「あーあ、手こずっちゃった。また
侵入者の少女が銃口を在人に向ける。
「ま、待て。せめて冥土の土産に名前を教えてくれ……」
「……私の名前は
「
直後、銃声。
第一章
《
Bloody Geneを名乗り、BGと呼ばれた少女の脳にGNS越しにRainの声が聞こえてくる。
《だが……》
(分かってるよ。もっとスマートに勝てって言うんでしょ)
Rainの声に、フードを外し、美しく長い黒髪と真紅の瞳を晒したBGは唇を尖らせながら頭の中で返事をする。
《分かってるならいい。早く離脱しろ。若頭からの通信が途絶えたんだ、いつ増援が来てもおかしくないぞ》
(待って、まだなんの痕跡も探せていない)
BGは急いで在人の出てきた部屋に侵入し、在人の電子書類棚と自身のGNSを
《おい、電子機器に接続するのは俺のセキュリティを通してから……》
Rainが文句を言っているが、時間がないと言ったのはそっちだ、とBGは気にも留めない。
BGが先程在人に語った話は一つも嘘ではない。BGは父親の仇を討つために暗殺者をやっている。
しかし、まだ誰が父親を殺した犯人なのかは分かっていない。だから、BGはそれを解き明かすために、いろんな暗殺依頼を受けて父親を殺した犯人を探している。
今回の依頼対象となった桜花マフィア「ヤクザ」の一つである山手組は、かつて父親が暗殺者をしていた頃によく依頼を引き受けていた組織だ。
何かしらの理由で行き違いがあり、父親達を襲撃した可能性は否めない。そうBGは考えていた。
《おい、正面に車が止まった。増援が来る、窓から離脱しろ、急げ》
(まだ待って、全部コピーしきれてない)
BGの視界のインジケーターは80%と表示されている。まだ終わっていない。
《確かにそれは捨てがたいが、お前が暗殺したと言う痕跡を残すと不味い。ここは諦めて離脱しろ》
(なんでそんなに非協力的なの? パパの友達だったんでしょ?)
《……別に非協力的なわけじゃない。ただ、このまま残って山手組と本格的に交戦するようになれば、仇探しも続けられなくなるぞ、とそう言ってるんだ》
(むぅ……)
BGとてRainの言う理屈は分かる。
だが、もし残った20%の中に必要な情報があった場合、BGは悔やんでも悔やみきれないだろう。
「急げ、BG! もう階段を登って来ているぞ」
Rainの声に焦りが混ざっている。BGもそんな事は分かっている。急がないとまずい。
けれど、どうしても、諦めきれない。
《BG! もう扉の前まで来ている! 窓の外に出ろ!》
「……」
まだインジケーターは85%。
(私は……)
扉が開く。
ヤクザ達が拳銃を持って一斉に部屋の中に飛び込んでくる。
中には窓に飛びついて、窓の下を見下ろす者もいる。
「チッ、もう撤収済みか……。すんません、若……」
ヤクザ達はそう言って、申し訳なさそうに首を垂れる。
そう、部屋には誰もいなかった。勿論、窓の下にも。
(な、なんとか気付かれてない……)
BGは視界の中で増加していくデータコピーの進捗インジケータを見ながらほっと安堵の溜め息を吐く。
彼女は今、窓の上にいた。
両手がヤモリの手のように変化し、壁に張り付いていたのだ。
トランス。自身の肉体を自在に変化させるBGの持つ特殊能力である。
《なんとか、気付かれずに済んだか。全く、無茶をする……》
BGの脳内にRainの声が聞こえてくる。
◆ ◆ ◆
教室。
「
自分の名前を呼ぶ教師の声がする。
そんなことより眠い、と雪啼と呼ばれた少女はこくりこくりと船を漕ぐ。
「天辻 雪啼さん!」
雪啼と呼ばれた少女を呼ぶ声は続く。
雪啼と呼ばれた少女はこっくりと船を漕ぎ続ける。
「雪啼ちゃん、呼ばれてるよ」
隣の席の女の子が肘で雪啼と呼ばれた少女をこづく。
「天辻 雪啼さん! 欠席ですか?」
「雪啼ちゃん!!!!」
「ふがっ!?!?」
雪啼と呼ばれた少女が目を覚ます。
「天辻さんは欠席……」
「あ、います! 雪啼、います!」
慌てて長い黒髪をワンサイドアップにした真紅の瞳をした少女が立ち上がる。
突然の立ち上がりに周囲の注目が集まる。
本当は返事をするだけでいいのに、散々教師を待たせた上に突然立ち上がるものだから、周囲からは失笑を買う。
「はい、もっと早く返事してくださいね。座って構いません」
教師の言葉に雪啼はその色白の顔を赤くしながら、座る。
「天辻の奴、まただぜ」
「とことん名門・
「コネで入学した子だもの。仕方ないわよ」
俄かに私語が盛んになり、雪啼が話題に上がる。
御神楽記念学園。それがこの学校の名前だった。
桜花国どころか、この惑星アカシア全体を見ても最大規模の言えるほどの
御神楽財閥は慈善事業として安い学費と入学試験なしの義務教育校も展開しているが、それらとは違い、御神楽記念学園は高い学費と難関の入試試験の突破を求める名門校であった。
「大丈夫、雪啼ちゃん?」
隣の席の少女、ピギーテールの少女、シンディー・サイバが声をかけてくる。
「ううん、教えてくれてありがとうね、シンディーちゃん」
「別にいいよ、私と雪啼ちゃんの仲じゃない。でもどうしたの? またゲームか何かで夜更かししてた?」
「うん、まぁ、そんなところ……」
夜更かしは正解だ。ただしゲームではない。
正解は、暗殺だ。
そう、先ほどまで見かけたBGと呼ばれた少女こそ、御神楽記念学園初等部六年の天辻 雪啼なのであった。
(はーあ、学園生活って面倒)
雪啼は思わずため息をつく。
まだ父親が生きていた頃。父親の期待に応えて入学したのがこの御神楽記念学園だった。
けれど六年前、入学式の直前に、父親は死んだ。その時点でやる気を無くした雪啼の入学後の成績はいつも下の下。
それが、あまりのやる気のなさからコネ入学を疑われる原因だった。
そう、全ては六年前に始まったのだ。
それはあまりに唐突の出来事だった。
暗殺者を引退し、ささやかな惣菜屋を始めた雪啼の両親とRain、三人の店に、突如として武装集団が押し入ったのである。
買い出しに出掛けていたRainとRainについて行っていた雪啼だけが無事だった。
桜花における警察任務を委託されている御神楽財閥傘下のPMC「カグラ・コントラクター」は必死に犯人の痕跡を追跡したが、結局発見できず。今も事件は迷宮の中である。
「そうだ。今日はノインお姉ちゃんから捜査の進捗を聞く日だった」
お昼休み、何も考えず教室で食事を取ろうとしていた雪啼は、ふと用事があったことを思い出し、購買でパンを買って中庭に急ぐ。
「ごめん、ノインお姉ちゃん、待った?」
「ううん、今来たところだよ、雪啼」
中庭の庭園、屋根の下のベンチで本を読んで待っていたのは、高等部の制服を身に纏った特徴的な白い髪に雪啼と同じ真紅の瞳を持つ少女、ノイン・ナガエであった。
「ごめん、昨日仕事で寝ぼけてて忘れかけてた」
「それは困るなー、待ちぼうけするところだったよ」
ノインは17歳でありながら、御神楽記念学園に通いつつカグラ・コントラクターに勤めている。それもエリート部隊に当たる独立特殊部隊の一つ、特殊第四部隊、通称「トクヨン」の所属であった。
ノインは立場上、非合法の暗殺者である雪啼を取り締まらねばならない立場ではあるのだが、それを知った上で黙認していた。それどころか。
「はい、今月の捜査進捗」
ノインが差し出すのは、今月カグラ・コントラクターが捜査した「日時計襲撃事件」と通称されている事件の記録だ。
「GNSでの記録はしないで、全部頭に入れてね。それが終わったら、いつも通り私の前で燃やしてね」
「分かってる」
それどころか、こうして捜査資料の横流しまでしている。
ノインはかつて雪啼の両親の下に厄介になっていた時期があり、雪啼の両親に思い入れがあるのだ。
「もういい。結局今月も目ぼしい情報はないみたい」
「うん、私もそう思う。じゃ、これはもういいよね」
そう言うと、ノインは自身の指先をライターにトランスさせ、紙が瞬時に燃え上がり、閃光と共に紙が消え去る。最初からこうして証拠を消すために、フラッシュペーパーに印刷していたのだ。
「じゃ、私行くね」
その様子を見送ると、もう用事は済んだとばかりに、雪啼が立ち上がる。
「あ、待ってよ、雪啼! せっかく月一の会合なんだから、もっとゆっくり……」
「そんなのパパの仇を取るのに必要ない」
「雪啼……」
振り返って決意に満ちた視線を返した雪啼に対し、ノインは何も言えなかった。
「そんな生き方、あのパパは望んでないと思うけどな」
早々と去っていく雪啼の背中に、ノインは静かにそう呟くのみだった。
「ただいまー。ジュースジュース!」
授業が終わり、雪啼が家に帰宅すると、少しだけ珍しく年相応の顔が見える。
冷蔵庫から透明な液体の入ったボトルを取り出し、コップに注いでグビグビと飲み始める。
「くあー、この舌がピリピリする感じ、堪らないなー」
「この世でテトロドトキシンをそんな風に飲む人間はお前くらいだろうな」
建物の奥から一人の男が出て来てツッコミを入れる。彼こそがRain。本名を
「どうせ人間じゃないもーん」
「そうだったな、お前は人間と
LEB。Local Erasure Bioweponの略。つまるところは遺伝子工学により生み出された生物兵器であり、雪啼の持つトランス能力や、テトロドトキシンを戯れに飲めるほどの耐毒性はそれゆえに生み出されたものだ。
LEBであった父はやがて一人の男と出会い、結婚。
男同士ながら子を欲した彼はLEBの能力を用いて、二人の遺伝子情報を受け継ぐ子供を生成した。
それが雪啼である。
「雪啼、お前が昨日の夜に集めたデータを解析して、目ぼしいデータだけをピックアップしてみた」
そう言うと、鏡介は雪啼のGNSにデータを転送する。
「
資料を見て、顔を上げる。
「あぁ、お前の両親の名だ。それも、暗殺者だった頃のコードネームも添えてある。あくまで山手組と俺達は
「じゃあ、やっぱり?」
「あぁ、あの事件が山手組の報復攻撃である可能性は依然残る」
山手組は雪啼の両親と鏡介が暗殺者をしていた頃によく仕事をしていたお得意様だ。
そして、三人が御神楽財閥の支援を受けて暗殺者を卒業してからは、雪啼の両親から提供された情報を元に、カグラ・コントラクターが
山手組がそれを不快に思って報復に出た可能性は否定出来ない。
「じゃあ、山手組を潰せばいいってことだよね?」
「いや、断定するのはまだ早い。そもそも、山手組の報復というのは
血気盛んな雪啼に対して、鏡介は冷静だ。
「じゃあ、何もしないって言うの?」
「そうは言ってない。山手組の情報をもっと集めよう。お前も確実に仇だと分かる相手に復讐した方が、気分がいいだろう?」
「うん!」
鏡介の言葉に、満面の笑みで雪啼は強く頷いた。
(すまない、辰弥、日翔。お前達がこんなことを望まないのは分かっている。だが、せめてお前達の形見であるこいつが死なないようにするには、こうやって本人の目的に沿う形で手伝うしかないんだ……)
鏡介は内心で雪啼の両親に詫びながら、雪啼と今後のプランについて練り始める。
二人の復讐のための戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
To Be Continued…
第2章へ!a>
「アサシン・チャイルド 第1章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
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蒼井 刹那によるサイバーパンク・サスペンス。
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