CGO Side:スペサーチ 第1章
「精密宙域スキャン。特異な反応はありません」
「ありがとう、ファーリン。スキルのクールタイムが終わったら再度査定してくれるか?」
暗礁宙域を進む宇宙船〝フロンティア〟の艦橋で、ファーリンと呼ばれた女性と、艦長服に身を包んだ男性が会話を交わす。
「砲術用のセンサーにも反応は無い。フーラ艦長、本当にここにいるんだろうな?」
火器管制用コンソールの前に座る男がコンソールの端を指で叩きながら艦長服に身を包んだ男、フーラ・アドミに声をかける。
「今回の目標は、宇宙生物にしてはセンサーに反応しにくいらしいからな。シモ、もう少し粘ってくれないか」
艦長席に備え付けられたコンソールを操作し、情報を再確認し、一度頷いてからフーラが答える。
「今回の宇宙シャチはスクショも取られてない様な貴重な存在の様ですし、情報が間違っていないなら、ゆっくりとやっていきましょう」
ファーリンはそう言うと、メニューを操作し、ストレージからコーヒーカップを取り出し、口をつける。
「まあ、要塞を攻略しに行ってる〝独連艦〟のフレンドとは違って、今日は砲を使う機会は無さそうだからな。俺はゆっくりやるよ」
その様子を見たシモも、ガムを衣服のポケットから取り出して噛み始める。
二人を見習って、フーラもメニューを操作するが、特に食べられる物が無かったらしく、メニューを閉じ、艦橋の窓から暗礁宙域を見つめる。
「あ、〝独連艦〟の要塞攻略、失敗したみたいですよ。さっきの休憩時に落ちたら、メールが入っていました」
ファーリンがシモが呟いた言葉に反応する。
「あいつら駄目だったか。暫くはローグにも警戒しないとな」
〝独連艦〟、正式に言うと〝独立連合艦隊〟はこのゲーム〝CGO〟のグランドクエストを達成する為に結成された有力ギルドの一つで、資金集めの為のPK行為を禁止していない。その為、作戦に失敗した。つまり、資金が必要な状態になったという事は、
「また暫く荒れた
フーラはそう言うと、一つ、ため息をついた。
彼ら、宇宙探査集団〝スぺサーチ〟は、この〝CGO〟に存在する遍く天体、自然現象を観測する為に結成されたギルドであり、その目的を果たす為、様々な宙域の調査を行いながら、前人未到の銀河の中心への航路を切り開く旅を続けている。
今日は、ありふれた宇宙生物の一種、宇宙シャチの変異種が確認されたという情報を基に、この宙域に展開し、情報収集を行っており、捜索を開始してからもうすぐで一時間という所であった。
艦長席に設けられた艦内電話のランプが光り、ピーピーピーとブザー音が響き渡る。
「こちらフーラ。どうしたルーチェ?」
フーラは受話器を取り、発信元から予想した名前を口にする。それは正解で、直ぐにルーチェの声が返ってくる。
「艦長ー。この暗礁宙域でほんとにいいの? 宇宙シャチも肉食でしょ? 餌とかいるものじゃないの。なんも無いよ?」
ルーチェは〝フロンティア〟の両舷に備え付けられている展望室の右舷側で目視による宇宙シャチの捜索を行っており、どうも似たような光景が続き、退屈になってきているらしい。
「ふーむ、ここの運営、生態系を考えている時もあれば、無視する事も多いからな」
このゲームにおける宇宙生物はプレイヤーが存在する際に出現する物で、実際に生活しているわけでは無いが、通常宙域では食物連鎖の下層が多く、上層の生物は少ない、というような自然を感じられる作りになっている。しかし、プレイヤーで集団を組み、倒す事が前提の強力なボスの様な存在の場合、それがギミックに組み込まれているのではない限り、負荷軽減の為か、周辺宙域は生物の少ない環境になっている事が多い。
この宇宙シャチが、そのような特異な存在であれば、周囲に何も無いというのは不自然な話ではない。
「そっか、りょーかい。監視は暇だから、ラチェにも声かけてあげてねー。無線封鎖で話せないんだから」
普段は〝スぺサーチ〟のメンバーはギルド内に限定された通信システムで会話を行っている。複数人が同時に会話する事も可能な通信システムで、一対一に限られる有線の艦内電話よりも便利だが、微弱ながらセンサーなどに補足される反応が出てしまうという欠点がある。
目標の宇宙シャチがそれを嫌い、姿を現さない可能性も考慮して、今日の艦内での会話は肉声と艦内電話のみとする無線封鎖状態であった。
「そうだな、全員と話してみるよ。ありがとう」
今日、〝フロンティア〟で活動している乗員は6人。艦橋で作業をしている3人以外はそれぞれ別々の所で活動しており、この一時間、報告が上がってくる事は無かった為、会話無く過ごしている状態であり、フーラは確かに皆に声をかけた方が良いと感じていた。
ルーチェが返事をし、通信が終わると、フーラはそのまま艦内電話のタッチパネルを指でなぞり、左舷側の展望室を呼び出す。呼び出し音がいくつか鳴る前に、通話は繋がる。
「ラチェ。そちらは今どんな感じだ?」
「艦長。お疲れ様です。こちらは特に変化はありません。何かありましたか?」
受話器から落ち着いたという印象のある声が流れる。
「いや、何も無いからな。ルーチェから暇だから皆と話せとせっつかれた」
フーラは苦笑しながらそう言う。
「ああ、なるほど。すみませんうちの妹が」
電話の向こうで頭を下げているのか、音声に多少ノイズが混ざる。妹というのは、ルーチェの事で、ラチェとルーチェは双子の姉妹であった。それがこのゲームでのロールの話であるのか、実際にそうであるのかというのは、フーラは把握していない事であったが、二人の仲の良さは知っており、その関係性は好ましく思っていた。
「まあ、もう一時間も経ったからな。会話一つ無いというのもどうかと思っていたし、丁度良かったよ。そちらは時間を持て余してないか?」
センサーが発見した新たな障害物の情報が共有され、航路修正の必要があると警報が出た自動航法装置の再設定を行いながらフーラは尋ねる。
「隕石とか、宇宙船の残骸とかを見て、似ている物とかエピソードを考えたりしてると、結構楽しいですよ。そういえば、ここに浮かぶ残骸はビーム砲で撃破された痕跡が多いですね。戦場だったのかもしれません」
実際、先ほど新たに検知された障害物は、ビームによって大きな穴が開いた宇宙船の外壁であり、フーラが検知履歴を確認すると、いくつかの破損した宇宙船の部品があり、それは全てビームによる損傷を受けた物であった。
「そうかもしれないな。所属の分かる残骸があったら教えてくれ。持っていない情報があれば〝ギャラペディア〟も喜ぶだろう」
この宇宙世界は、サービスを開始する前の歴史も当然のように存在しており、ストーリーやクエストで語られる内容、それに加えてフィールドに散りばめられた情報からその歴史を編纂する事を目的にしているギルドもある。
〝スぺサーチ〟の構成員は、そちらに興味を持つ者も多いのだが、観測がメインである以上、歴史調査にあまり時間を掛けられない。その為、歴史編纂系のギルド〝ギャラペディア〟と協定を結び、お互いに、必要な情報は共有する事となっており、この宇宙シャチの情報も〝ギャラペディア〟を介して手に入った情報であった。
「そうですね、気づいた事はいつも通り、まとめてファーリンさんに渡しておけばよいですか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
それで会話は終わり、フーラは受話器を戻す。
「ラチェちゃん。また面白い気付きをしましたか?」
タッチパネルに指を伸ばしかけたフーラにファーリンが笑顔を見せながら言葉をかける。
「ああ、この暗礁宙域にビームで撃破された艦船が多いという事に気付いて、戦場だったのかもしれないと」
それを聞いたシモがコンソールから顔を上げ、フーラの方を向く。
「ビームか? さっきから残骸の武装を見てるが、ビームも、ビームを搭載している艦種らしい残骸は無いぞ」
ふむ、と小さく呟いてから、フーラは右頬に手を当てる。
「それは少し気になるな。精査してくれ。それから、ファーリンも戦闘システムのチェックを頼む」
理由無く、存在するオブジェクトの配置が偏っている事は珍しい。ビームが存在しないのに、ビームに撃破されている艦艇がいる、未知の宙域において、その理由が分からないという状態は出来るだけ避けるべきであった。
シモが頷き、作業を始めたのを確認すると、フーラは受話器のタッチパネルを操作し、今度は第二船倉へと繋ぐ。しばらく時間が経ってから、通話が繋がる。
「モル。そっちの状況はどうだ?」
「フーラか。まったく問題無いな。シミュレーターで射撃スキルが少し上がったぞ。今日は戦闘が無いからあまり意味は無いけどな」
受話器の後ろから、レコイナンス型偵察艇のシステム終了音が聞こえる。
レコイナンス型偵察艇は、〝フロンティア〟に搭載されている宇宙船の一つで、基本は小回りが必要な状況やこっそりと宇宙生物に近づく為に使用される。
「あー、モル。すまん。その、今日はやっぱり戦闘があるかもしれん」
「おいおい、まじかよ。相手はなんだ?」
そんなレコイナンス型のメインパイロットであるモルは、最も近くで天体等を観測したいとパイロットスキルを伸ばしているプレイヤーであり、あまり戦闘は好まない。
「周辺にビームで撃破された残骸が多い。何かがいるか」
その言葉を遮って、モルが呟く。
「宇宙シャチがビームを撃つ? そもそも、食料を大量に運んでいなければ、宇宙シャチは宇宙船を襲わないだろう?」
ココンとヘルメットを叩き、爪を滑らした音が響く、どうも頭を掻こうとしてヘルメットに当たったらしい。
「その可能性もあるからな。マンタの戦闘システムのチェックも頼む」
マンタ、というのはレコイナンス型の見た目から付けられたあだ名で、レコイナンスと呼ぶのはNPCくらいと言われるほど浸透しているあだ名である。
「了解、艦長。いつでも出られるようにしておくよ」
通話が切れ、フーラは受話器を置く。再び障害物を検知した自動航法装置が警告を表示させている。今度の障害物はかなり分厚い戦艦クラスの装甲板で、いくつかのビームで破孔された痕跡が残っている。
「艦長、微弱ながら生物エネルギー反応検知。11時方向。仰角18度。光学センサーで補足します」
ファーリンが声を上げ、フーラは艦内電話のスイッチを操作し、艦内放送モードに切り替えて受話器を手に取る。
「生物反応検知、4時方向、仰角18度。総員警戒」
受話器を置き、フーラは視線をその方向に向ける。
「こっちで先に捕まえた。見ろよフーラ。見たことの無い発光色だ」
シモが火器管制用の光学センサーで捉えた映像を艦橋のメインモニターに出力しながら呟く。
宇宙シャチは、通常のシャチに存在する目のように見える模様が発光しているという特徴を持っている。
通常は緑や青だが、メインモニター上の宇宙シャチは赤から紫への変化を繰り返しており、その特異さを示している。
「こちらのセンサーでは大きさが通常の2倍と出ていますが、シモさんのご意見は?」
「こっちもセンサーだとそう出てるが、俺の勘と目測だと1.5倍程度だな」
ファーリンの質問に対し、シモが指で何かの形を作り、メインモニター上の宇宙シャチに重ねながら答える。
「センサーが誤検知する程のエネルギーがある? 至近距離で確認したい」
フーラは受話器を取り、第二船倉の番号を押す。今回は直ぐに繋がった。
「モル、マンタは出せるか? 〝フロンティア〟で近接する前にもう少し情報を集めたい」
「いま丁度戦闘システムの確認が終わった所だ、スリープにもしてないから直ぐに出せる。敵対エネミーじゃないと良いな」
受話器の後ろでレコイナンス型が響かせている機械音が聞こえる。この状態なら、最終確認の後、船倉のハッチを開放するだけで発進出来る。
「頼む。それから」
「エンジンはステルスドライブで、レーザー通信は1245だろ?」
モルがフーラの声を遮ってそう言うと、フーラが微笑みながら言葉を加える。
「それと、無事にな、戦友」
おう、という短いモルの返事の後、通話が切れる。
「艦長、無線封鎖はどうしますか?」
通話が終わるのを見計らい、ファーリンが尋ねる。
「まだ向こうはこちらに気付いていないかもしれない。向こうが気づくまでは継続する」
メインモニターに映し出される宇宙シャチは、悠々と前進を続けており、動きに特に変化は無い。
「まあ、あれを発見した船が襲われたって話は無いんだろ? シャチなり、周囲にいる何かにせよ、近くで見てる分には襲ってこないんじゃないか?」
提供された情報は、デプリ密度の高い宙域を掘削の為に捜索していたら、見たことの無い宇宙シャチが存在していた。掘削作業をしていると気が付いたら居なくなっていた。という物で、襲われたという情報は無い。
「条件があるのか、シモ。何か周囲の艦艇に共通点はあるか?」
艦長席のコンソールを操作し、フーラはNPCの艦艇リストを呼び出すが、その情報量の多さに情報を閉じる。〝フロンティア〟はヒューマン種族の母星、共和国の技術系統に属する船であり、フーラは共和国以外の船の知識はほとんど無かった。
「んー、周囲の艦艇か、見た所神聖帝国と連邦が中心だが、何があったか」
シモが考えている間に、〝フロンティア〟から発進したレコイナンス型が艦橋の前を通って、宇宙シャチに向けて加速していく。
「あ、イオンエンジンだ。推定出来る艦種は全部イオンエンジンを搭載してる」
そう、モルがどれに言うでもなく告げると、フーラの表情が固まる。自動航法装置のモニターには補助エンジンとして搭載されているイオンエンジンの情報が表示されており、〝フロンティア〟はイオンエンジン搭載艦であった。
「こちらモル! 宇宙シャチが回頭。高エネルギー反応検知!」
「艦のセンサーでも捉えています。戦艦クラスのビームが来ます」
レーザー通信を介して、モルが警告を出し、ファーリンが情報を加える。フーラは自動航法装置を終了させ、左手でジョイスティックを操作し、艦を手動操作しながら右手で受話器を取り、艦内放送を流す。
「宇宙シャチから高エネルギー反応! 無線封鎖解除、総員戦闘配置!」
受話器にそう叫ぶフーラに対して、シモが助言を挟む。
「おい、フーラ。受話器横のアラームも押してくれ、さっきから使ってる
艦内電話、艦内放送用の受話器の横には、様々な非常事態に応じたアラームシステムが装備されており、それぞれの状況に合わせた権限が船員に開放される。〝フロンティア〟の戦闘用のアラームであれば、各武装の権限が下がり、〝スぺサーチ〟のメンバーであれば、即座に操作可能な状態になる。
「すまん」
謝罪しながらフーラはアラームのボタンを押す。照明が赤に切り替わり、ポーポーポーと少し気の抜けるアラーム音が響き渡る。
それと同時に黄色の光の筋が〝フロンティア〟の右舷側を抜ける。
「何事!? 何事艦長!?」
「ルーチェ、落ち着いて」
無線封鎖が解除された為、慌てる右舷側のルーチェを左舷側のラチェが宥める。
「宇宙シャチの変異種はイオンエンジン搭載艦を襲うらしい。宇宙シャチの攻撃だ」
艦長席から確認出来る艦内状況スクリーンを見て、被害が発生していない事を確認してから、フーラはそう説明する。
「ビームの威力はやはり戦艦級ですね。センサーでの大きさ解析が通常種の1.5倍になりました。ビームのエネルギーをため込んでいると大きく誤認してしまうのではないかと」
ファーリンが分析の結果を伝える。シモが一瞬だけ、俺の勘が当たってただろ? と自慢げな表情をしてから、質問する。
「目標、レーザー射程内、撃っていいな?」
少しの静かな時間が流れてから、フーラは答える。
「向こうの速度的に逃げても追いつかれる。戦うしかない。操艦をシモへ」
そうフーラが告げた瞬間、〝フロンティア〟が僅かに回頭し、装備された中型対艦レーザーが次々と放たれ、青色のレーザーの軌跡が暗礁宙域を照らす。
そのレーザーは目標である宇宙シャチに吸収されるように消滅する。
「まずいな、レーザー吸収特性持ちとは」
「目標、僅かに肥大、現在1.7倍」
レーザー吸収特性は、強力な宇宙生物が稀に持っている特性で、レーザー等の規定威力以下の光学系攻撃を吸収し、自らの強化に使うという特性で、これを持っている宇宙生物は大体嫌われている。
「粒子砲の射程内まで引き込めそうか?」
粒子砲は〝フロンティア〟の主砲であり、4門装備されている12.7cm粒子砲のことで、宇宙シャチが放ってくるビームと分類的には同じものだ。最も、戦艦級の主砲は30cm以上の為、口径には圧倒的な差がある。
「んー、相手の動きをどう思う?」
シモが、相手の動きに合わせて操艦しながら質問する。宇宙シャチは頭を〝フロンティア〟には向けずに、悠々と暗礁宙域を動き回っている。
「チャージを待ちつつ、こちらの隙を伺っている様に見えるな。こちらの射程を理解している?」
届く武装はレーザーのみで、それは自分には効かない、それが分かっているかのように、距離を詰めるでもなく、離れるでもない、宇宙シャチにとって適切な距離を保ち続けている。
「目標の大きさ、1.9倍」
「ミサイルランチャーにビーム防護幕ミサイルを装填。敵とこちらの中間に散布」
先ほどは運よく回避出来たが、次があるとは限らない。そう判断したフーラはビームを分散させる空間を作り出すビーム防護幕を展開する事を決め、その指示に従ってシモがコンソールにミサイルの発射諸元を入力する。
「目標の大きさ、2.0倍。こちらを向きます。11時方向。仰角22」
「ビーム防護幕発射」
ファーリンとシモが同時に発言し、〝フロンティア〟の左舷側四連装小型ミサイルランチャーからミサイルが飛び出し、暫く飛翔してから炸裂し、細やかな煌めく粒子を宙域に散布する。
煌めく粒子に満たされた空間に、宇宙シャチから放たれた黄色のビームが飛来し、空間にたどり着くとビームが幾条もの筋に分かれて拡散する。
その拡散したビームが〝フロンティア〟に届く事は無かったが、暗礁宙域のデプリに次々と命中し、大きな噴煙を巻きたてる。
「目標の位置、ロスト」
噴煙に混じった金属片などで、センサーも役に立たず、完全に宇宙シャチを見失う。
「被害は無いな。暫くはこれで凌いで何とか距離を詰める方法を……」
フーラが艦内状況スクリーンを確認してから、そう言うと、唐突にラチェの声が流れる。
「シャチが左舷側から突撃してきてる。噴煙が動いてる」
その声に艦橋の皆が左舷の方向に目を向ける。その時には、噴煙に穴が開き、宇宙シャチは〝フロンティア〟の至近まで肉薄してきていた。
いち早く接近に気が付いたラチェの操作によって、左舷側にあるパルスレーザー砲塔が稼働し、弾幕を展開するが、命中弾は次々と吸収され、宇宙シャチの突撃を止めるには至らない。
宇宙シャチはそのまま左舷側のイオンエンジンに向かって突撃し、イオンエンジンを囲う装甲に口を開きながら、体当たりをする。
艦内は激しい振動に襲われ、艦橋で一部の機器が破損したらしい音、そして、通信越しのルーチェの悲鳴が響き渡る。
揺れが収まってから、フーラは艦内状況スクリーンを確認すると、左舷イオンエンジン、イオンタンクの喪失、周囲の装甲が損壊しているという報告が赤々と示されていた。
「全員無事か?」
「シモ、無事だ」
「ファーリン、行けます」
「ラチェ、HPを一部失いましたが、ファーストエイドを使用。全快まで直ぐです」
次々と報告が行われる中、ルーチェからの反応が無い。フーラが声を出そうと口を開いたその時。
「昏倒判定くらってました。ルーチェ復活!」
と元気いっぱいに回答した為、皆が胸をなでおろした。
「目標は?」
一つ息を漏らしてから、フーラがファーリンに尋ねる。
「当艦の後方にいます。損傷で不鮮明ですが、イオンタンクの隣で何かをしているようです」
先ほどまでと比べると大分荒い画質の映像が艦橋のメインモニターに表示される。
「また色々と修理か……。 うん、あの宇宙シャチはイオン燃料を食べるのか」
〝フロンティア〟のセンサーは探査に使う為、標準よりもグレードの高い物を使用している、当然、破損した際の修理費も高いので現在の危機よりも、修理しなくてはならないという事実に衝撃を受けた後、フーラが呟くように言う。
「明らかに食べてるな。イオンエンジンの搭載艦艇が狙われるわけだ」
シモが言うように、宇宙シャチはイオンタンクの破損した配管を咥えてタンクを振り回す等、イオン燃料を食べているような動きをしている。
「ミサイルなら狙えるが、仕留められると思うか?」
〝フロンティア〟は前方に火力を集中させる設計の宇宙船であり、後方を狙える武装はパルスレーザーと小型ミサイルのみである。
「8発全部命中してやっとって所だろうな。あの頭の良さだから、おそらく仕留めきれない」
ここは余計な物が多い暗礁宙域、デプリ等でミサイルが攪乱されてしまうのは目に見えており、あまり有効な手で無いのは明らかであった。
「こちらモル。こっちの事忘れてないか?」
レコイナンス型で偵察に出たは良いが、戦闘が始まってしまった為、介入の機会をうかがっていたモルから通信が入る。
「いや、忘れてはいないんだが、マンタの火力ではあいつは撃破出来ないし、どうしたものかと思ってな」
レコイナンス型は偵察艇という名が示すように、偵察目的の機体であり、武装は限定されており、宇宙シャチに対して致命打を与えれるような装備は無い。
「艦長、戦闘前、残骸を眺めていた時、まだ密封されているイオンタンクがありました。艦艇の残骸からそれを見つけ出し、レコイナンスで破壊すれば、目標をこちらの正面に引き寄せられるかも」
不意にラチェが提案をする。かなり必死でイオンタンクにがっついている様子を見ると、つられる可能性は十分にあるかもしれない、とフーラは考えていた。
「なるほど、それがボス戦用のギミックかもな、モル。イオンタンクを探してくれるか?」
そうフーラが頼むと、秒も無くモルが回答する。
「マンタのセンサーでスキャンした時にそれらしい反応がいくつかあった。直ぐに見つける。待ってろ」
そう告げた後、レーザー通信は切断され、通信が終了する。
「艦長、宇宙シャチ、行動を再開しました」
宇宙シャチは、剥ぎ取ったイオンタンクの中身をすべて食べてしまったらしく、イオンタンクを投げ捨てる様に吹き飛ばすと、〝フロンティア〟への再接近コースを取る。
「ミサイルで牽制。全門斉射!」
その指示と共に、後方に指針されていた両舷の四連装ランチャーからミサイルが発射され、宇宙シャチに向けて飛翔する。
それを見た宇宙シャチは、回避の為か、軌道を変更し、〝フロンティア〟への接近を中止する。
そして、デプリの隙間を器用に飛び回り、追跡するミサイルの数を次々と減らしていく。
「おい、ラチェ。あいつが飛ぶ進路のデプリをパルスレーザーで狙い撃てないか?」
それを見ていたシモがふと思いついたようにラチェに話しかける。
「可能です。シモさん」
「私には頼まないの!?」
ラチェの回答と同時に、ルーチェが突っ込むかの勢いでそう言うが、シモは軽くそれをあしらう。
「妹の射撃センスには期待してない」
「ひどい!」
むっとした声でルーチェが返事をした直後、パルスレーザーの断続的な光線が暗礁宙域に伸びる。
破壊判定のあるデプリに次々と命中したパルスレーザーは、デプリを少し砕き、デプリの配置を少しづつ変化させてゆく。
そして、ミサイルを回避する為に高速で飛び回っていた宇宙シャチはその僅かな位置の変化に対応しきれず、デプリに体をぶつけ、急減速、追いかけていた最後の一発が命中する。
「よし、ひるんでる。おかげでミサイルの再装填が間に合う」
態勢を立て直し、再び〝フロンティア〟への接近コースを取り始めた宇宙シャチに対して再装填が終わったミサイルが再度飛翔する。
しかし、宇宙シャチはこれを回避せず、口を開き力を攻撃時よりも細い光線を何条か放つ。
それによって一部のミサイルは撃ち落され、残っているミサイルも誘爆や誘導装置の麻痺によって宇宙シャチには命中しない。それに加え、一部の光線は左舷側のパルスレーザー砲塔の一部を破壊する。
「器用な真似も出来るのか。シモ、安全装置を解除した機雷を投下。時限信管5秒後に起爆。直ぐに」
シモは機雷に指示通りの諸元を打ち込み終えてから、マジか、と小さくこぼした。
機雷、宇宙機雷は敵の接近を待つしかない分、強力な威力を持つ為、自爆しない様、投下軌条から一定の距離が離れてしか起爆しないように設定されている。
それを解除し、5秒後に爆破するようにするというのは、〝フロンティア〟も相当な被害を受けるのは明らかな選択であり、本来は避けるべき決断であった。
「耐衝撃姿勢。特にルーチェ!」
その声と同時に艦の後部から機雷が射出され、艦の後部にあるイオンエンジンを狙う為に接近してきた宇宙シャチと交差する。
フーラは操艦システムのスロットルを全力で前に倒し、一度の引っ掛かりを超えて、最後まで押し込む。
〝フロンティア〟の主機である中型スペースドライブが爆発するかの様に急激に輝きを増して、〝フロンティア〟を急加速させる。
スペースドライブの噴射を回避するため宇宙シャチが減速した刹那、時限信管が作動し、機雷が大きく爆発する。
〝フロンティア〟はまた激しく揺れ、また何かの装置が破損する音が響く。今回は悲鳴は響かなった。
フーラが頭を押さえながら艦内情報スクリーンを見ると、艦後部のほとんどに破損やシステムエラーの報告が表示されており、異常の無い箇所は存在しないほどであった。
武装とエンジンに起動不可能なほどの異常が発生していない事を確認すると、コンソールを操作し、レーザー通信を立ち上げる。
「シモ、そろそろ見つかったか?」
「〝フロンティア〟の現在位置からも狙い撃てる場所のタンクを壊せるぞ。いつでも来い」
モルの返事を聞いてから、フーラはファーリンとシモの方を向く。
「目標は弱っている様ですが、まだ動いています」
「主砲で狙える隙は無いだろうな」
それに対して、フーラは頷き、口を開く。
「タンクを壊してくれ」
「了解」
体が傷ついても、食料を求める為、攻撃姿勢を取ろうとした宇宙シャチの姿勢が不意に乱れる。あたりを捜索するように見渡してから、進路を変えて移動を開始する。そして、宇宙シャチは高密度で宙域に漂うイオン燃料を発見した。
傷ついた体を癒す為にも、まず食べなければ、そう思ったのかは不明だが、大きく口を開いて制止する。
「全砲門照準よし」
「撃て」
その言葉によって、トリガーが引かれ、複数の緑色の粒子砲が伸び、最終的には一本の筋となって、宇宙シャチを貫いた。
「あ、艦長」
撃破の瞬間、ファーリンがふと声を上げる。
「どうしたファーリン? 何か見落としがあったか」
フーラが心配そうにファーリンの方を向きながら訪ねる。
「いえ、戦闘中のスクショを記録出来ていなかったので」
それは些細な事であったが、非常に勿体ない事であった。戦闘中の宇宙生物のスクリーンショットというのはそれなりに価値のあり、構図や希少性によって〝スぺサーチ〟の貴重な収入源になりうる物であるからだ。
「まあ、大丈夫だ。戦闘前に外見はしっかり記録したんだろう? 文字で襲撃される条件やパターンを提供すれば、〝ギャラペディア〟に乗せる物として、不足があるわけじゃない」
そうは言うものの、艦長席に深くもたれ掛かり、落ち込みを示すフーラにレーザー通信が接続される。
「艦長、勝ったな。にしては落ち込んでるが、シャチの遺骸に何かがある。大きな体積だし、クワッドフォースを出して回収出来ないか?」
クワッドフォースは、〝フロンティア〟に搭載されているもう一つの宇宙船で、宙空両用の輸送機である。
地上の観測や物資の運搬用に運用している機体で、今回の様に撃破した宇宙生物から素材を回収するのにも使われる。
「そうだな、ラティ。クワッドフォースで回収を頼む。ルーティ、生きてたら補佐として乗り込んでくれるか」
艦長席で姿勢を正しながらフーラが指示を出す。
「了解です。艦長」
「生きてますよ! 殺さないでください! そして、了解しました」
落ち着いて返事をするラティと落ち着きの無いルーティの返事を聞きながら、フーラは艦長席から立ちあがり、声を出す。
「よし、シモと私は、艦橋の設備で応急処置が出来る物があれば修理していこう。それが終われば被害甚大箇所の修復。その間、ファーリンは〝ギャラペディア〟に掲載するデータの作成を」
その指示に対して、ファーリンとシモは了解と返事を返し、作業に入った。
= = = =
「基本的にはレアな生物系の素材だったんだけど、これだけ変なんだよね。なんか見たことの無いメッセージも出たし。ゆーごっとざぷれいすって」
「You got the piece. ね。 航路データの記録デバイスの様ですが、何か心当たりはありますか」
今日のメンバー全員がそろう艦橋で、帰還したラティ、ルーティの報告を聞きながら、フーラは受け取ったケースに入ったディスクの様な記録デバイスを時折裏返しながらじっくりと眺める。確かに、見た目は航路等の航法システムで用いられる記録デバイスであったが、何が入っているか、という事を示す物は何も無かった。
分かっているのは、インベントリで表示されるアイテム名が〝秘密の欠片〟という事だけ。
「宇宙シャチの中にあったデータか。読み込んでも大丈夫だと思うかい」
全員に向けて、フーラがそう尋ねる。皆首を傾げたり、悩ましいという様な反応を見せる。
「読み込むしかないか。補助の航法システムをスタンドアローンにして読み込ませれば危険性は無い」
〝フロンティア〟は新規航路の開拓を目的としている艦である為、航法システムは他の船よりも遥かに充実している。補助のシステムといっても、必要最低限の機能ではなく、メインのシステムと同じ機能が搭載されている為、読み込めないという事はまず無い。
フーラはコンソールを操作し、補助の航法システムと艦のシステムとの接続を完全になくすと、記録デバイスを航法システムに差し込み、読み込むように操作する。
「これは一つでは機能しません。〝秘密の宙域〟に行く為には複数の記録デバイスを収集してください。後6個必要です」
読み込みは直ぐに終わり、フーラは表示された文章を読み上げた。そして、そこに書かれた文章の意味を理解し、大きな声を上げる。
「〝秘密の宙域〟噂の!?」
どうも、このゲームには〝秘密の宙域〟という物が存在するらしい。という噂は存在していた。〝スぺサーチ〟でも希少天体が存在するかもしれないと、情報収集はしていたが、目立った情報は知る事が出来ていなかった。
それが初めて、自分たちの目の前に現れた事は大きな衝撃であった。
そして、これが、〝スぺサーチ〟が〝秘密の宙域〟を巡る激しい策謀の中心に立つ事となる最初の事件であったが、その事はまだ誰も知らない。
To be Continued...
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