縦書き
行開け
マーカー

世界樹の妖精 -Nymph of GWT- 第2章「幽霊の噂」

 

「ねぇ、マーヴィン。最近話題になってる幽霊の噂、知ってる?」
 学校への登校中、エスターが不意にそんなことを呟く。
「幽霊? どうせ、どこかの悪戯付きなクラッカーが見せたオーグギア上のARじゃないのか?」
「現実なら、そうね。けど、その幽霊が見えたのが、『ニヴルング』の中だとしたら?」
「『ニヴルング』? FaceNoteフェイスノート社のお膝元で?」
 「ニヴルング」とは、二本目の「世界樹」たるFaceNoteフェイスノート社の保有する「イルミンスール」内部に存在する広大な巨大仮想空間メタバースSNSの名称だ。
 現在、マーヴィン達の住む合衆国ステイツ経済圏において、「ニヴルング」ほどの巨大仮想空間メタバースSNSは他に存在せず、合衆国ステイツ経済圏における「もう一つの現実」と化している。
 マーヴィンやエスターにとってもそれは例外ではなく、「休日に出かける」と言う時、実際に外に出るよりは専ら「ニヴルング」へ出かけることを指す。
「そ。『ニヴルング』にね、出るんですって、幽霊」
「それこそ誰かしらクラッカーの悪戯じゃないのか?」
「普通はそう思うわよね? でもね、出るのは『ニヴルング』の中でも表通りだって言う噂なのよ」
「お前、情報を小出しにするのやめろよ。でも、表通り? ハイセキュリティエリアに?」
 GLFNグリフィンの一社であるFaceNoteフェイスノート社のお膝元と言えど、広大な巨大仮想空間メタバースSNSである「ニヴルング」の中には、セキュリティの行き届いていない空間が確かに存在する。
 幽霊が出る、と聞いたからにはてっきりそんな中でもセキュリティの薄い部分に現れたのだろう、と思ったのだが、多くのユーザーが使う表通りとなると話は変わってくる。
「もう少し詳しく知ってるか?」
「勿論」
 マーヴィンがようやく興味を示したことに気を良くしたエスターが強く頷く。

 

 エスターの話を簡単にまとめると、噂は以下のような内容だった。
 とある表通りで、「ニヴルング」の監視官カウンターハッカーが目視による警備をしていると、明らかに様子のおかしいアバターを見かける。
 監視官カウンターハッカーは素早く管理画面を開きそのアバターの情報を取得しようとするが、どう言うわけか、各種情報を取得できない。
 いよいよ不審に思った監視官カウンターハッカーは視線を上げてそのアバターにもう一度フォーカスしようとすると、そのアバターは忽然と消えていた。
 慌てて周囲を見渡す監視官カウンターハッカーは背後にそのアバターが立っていることに気付き、慌てて攻撃ツールを抜いて対処しようとしたが、それより早くそのアバターが監視官カウンターハッカーに接触し……。

 

「その監視官カウンターハッカーは意識を失ったってか?」
「そ。光てんかん発作だったそうよ」
「光てんかん発作……。典型的な光学フラッシュ系SPAMスパムを食らったのか」
 ふむ、とマーヴィンは考え込む。
「疑問点。まず、その噂はどうやって広まったんだ? まさか、監視官カウンターハッカーが自分から広めたわけはないよな?」
「確かにそれは不思議よね。じゃあデマ?」
「シンプルに考えると、そう考えるのが妥当だ」
「なるほどねぇ」
 マーヴィンの考察をエスターは面白がって聞いている様子だ。
「けど。今朝もギリギリで起きたマーヴィンは知らなかったでしょうけど、今朝、『ニヴルング』から公的にこんなお知らせが出てるのよ」
 そこで、さらにエスターが情報を追加する。
「お前、本当に情報を小出しにするの好きだよな。なになに? 『ニヴルング』内におけるキモダメシの禁止?」
「そ」
「キモダメシってあれだよな、『キャメロット』のマーリンとかガウェインの故郷で行われてるっていう怖いところに自分から言って度胸試しするって言う」
「そうそう。『ニヴルング』で幽霊の噂が広まって以来、『ニヴルング』でやる人が増えてるみたい」
 で、なになに、とマーヴィンが詳細を読み始める。
「こ、これ」
「えぇ」
 それは要約すると以下のような内容になった。
【「ニヴルング」内で幽霊探しをするのはやめてください。最悪の場合、ユーザーの生命を保証できない場合があります。本件は運営及び監視官が解決いたしますので、見かけても決して関わらないようにして下さい。】
 それはつまり、『ニヴルング』の運営、FaceNoteフェイスノート社も幽霊の正体を掴みかねている、と言うことではないだろうか。
「よし、決めたぜ、エスター」
「お」
 マーヴィンが声を上げると、待ってました、とエスターが声を返す。
「スポーツハッキング部総力を上げて、突き止めようぜ、『ニヴルング』に現れるって言う幽霊の秘密!」
「そう言うと思ってたわ、それでこそマーヴィンね」
 それをエスターが讃える。

 

「と言うわけで、GWT杯本戦までの暇な時間に、『ニヴルング』に現れるって言う幽霊の調査に行こうぜ!」
「お断りします」
 放課後。部室で堂々とマーヴィンが宣言すると、ジェイソンが誰よりも早く否定の言葉をあげる。
「えー、なんでだよ、ジェイソン」
「部長こそなぜですか、本戦が待っていると言うのに、自分から生命の危機に飛び込むなんて、ありえません」
「なんだよ、折れることなきデュランダルの使い手が随分弱気じゃねぇか」
「逆です、部長。部長が死んだら、誰が本戦に出るんです。第二候補はどう考えても私でしょう」
「それは確かにそうだな。なら、ジェイソンは待機でよし。他は?」
 マーヴィンが周囲を見渡すと、エスター以外はみんな目を逸らす。
「はいはーい、ボクいきまーす!」
 そこで一人手を上げて賑やかに騒ぐ少年が一人。
「お、クリストファー、来てくれるか!」
「そりゃー、楽しそうだもーん。ね、ね、いいでしょ、ジェイソン?」
「えぇ、部長はマーヴィンですし、私に止める権利はありませんよ。それに、あなたの独自ツールユニークなら、幽霊を足止めできるかもしれませんし」
「やった! じゃあ、頑張ろうね、部長、副部長!」
 かくして、「ニヴルング」に現れる幽霊探しは、マーヴィン、エスター、クリストファーの三人で行われることとなった。
「ではお気をつけて。私の作った千変万化虹の剣ジュワユーズを持っておいて、死ぬなんて許しませんからね」
「おう、気をつけるよ」

 

 念の為、三人は他の部員のいる部室から「ニヴルング」へログインすることにした。
 本当に生命の危機に陥った場合、すぐに対処できる仲間がいた方が、生存可能性が上がるからだ。
「よし、念の為確認だが、ここからはスクリーンネームで呼び合うぞ、オリヴィエ、アストルフォ」
 そう言って、老齢の騎士の姿をしたアバターを纏ったマーヴィンことシャルルマーニュが振り返る。
「えぇ、分かってるわ、シャルルマーニュ」
 そう言って、二本の剣を腰に下げ、槍を背中に固定した長い顎鬚の騎士が応じる。彼がオリヴィエ。エスターだ。女性だが男性アバターを使っている。
「勿論だよ、マー……シャルルマーニュ」
 そう言って、一見すると露出の多い軽装の少年騎士が応じる。彼がアストルフォ。クリストファーだ。
「おいおい、大丈夫か、アストルフォ……。まぁ、じゃあ行くぞ」
 本名を呼びそうになったアストルフォに不安を覚えつつ、シャルルマーニュは「ニヴルング」を進む。
「はーい」
「えぇ」
 それに二人が続く。
 簡易移動装置を乗り継いで幽霊の目撃証言が上がったと言う大通りを目指す。
「目撃証言は複数の大通りであるみたいだけど、この大通りが一番多いみたいだな」
 それが偶然なのか、必然なのかは分からないが、とりあえず三人は最も目撃証言が多いと言う大通りを訪れた。
「そういえば幽霊の見た目って?」
「なんか緑色の髪を短く切り揃えた少女らしいわよ」
「なんか幽霊っぽくないな。やっぱり何かしらの悪戯か?」
 シャルルマーニュとオリヴィエがそう言って言葉を交わしていると。
「おい」
 豪奢な赤い甲冑の男に声をかけられる。
「ん、なんですか……? って、ルキウス!?」
 そこに立っていたのはルキウス。GWT杯予選を二位で通過した『エンペラーズ』のエースにしてリーダー。
「……今、幽霊の話をしていただろう?」
「えっと……」
「していたのがなんですか?」
 シャルルマーニュが答えに窮すると、変わってオリヴィエが応じる。
「していたのを認めるんだな?」
「……はい」
 ルキウスの尋ねる言葉に、オリヴィエが頷く。
「そして、この場所に来た。と言うことは、幽霊探しに来たな?」
「えぇ、そうですよ」
 このままオリヴィエに任せっぱなしもよくないと思ったシャルルマーニュが応じる。
「公式からの告知で、幽霊探しは禁じられているのを知っているはずだ。今すぐにこのエリアから退去しろ」
「うっ……」
 後ろめたさにシャルルマーニュが再び言葉に窮する。
「あ、あなたはどうなんです? どうしてここにいて、なんの権利があってそんなことを言うんです」
「権利か。最もな質問だな。これを見ろ」
 オリヴィエの指摘に、ルキウスが指を振ってこちらにデータを送ってくる。
 それは、イルミンスールが発行している監視官カウンターハッカーであることを示すIDだった。
「ルキウスがイルミンスールの監視官カウンターハッカーに!?」
「けどこれ、仮IDって書いてあるよ?」
「あぁ、スカウトを受けたが、GWT杯が終わるまで待ってもらってる状態で、手伝いだけしている感じだ」
 アストルフォの疑問にルキウスが頷く。
「ともかく、これで権利があるのは分かってもらえたか?」
「……はい」
 流石に公式の権利を振り翳されると、オリヴィエも応じざるを得ない。誰だってアカウント消去垢BANは怖い。
 すごすごと三人は簡易移動装置まで戻る。
「気付いて……」
 途中で、その声は聞こえてきた。
「え?」
 思わずシャルルマーニュが振り返る。
 するとそこに、緑髪を短く切り揃えた少女が立っていた。
「気付いて……」
 緑髪の少女はそのまま、裏路地へと滑るように移動していく。
「待っ――!」
 一瞬、気付いていないらしい二人に呼びかけるか悩んだ、その瞬間に少女は消えてしまいそうで。
 シャルルマーニュは一人で走り出した。

 

 裏路地に入る。
 するとそこは緑のラインが無数に入ったサイバー空間だった。
「これ……別のサーバと繋がってるのか!?」
「気付いて……」
 直後、PINGピンの反応。
「別のハッカーに捉えられた!?」
 と思った直後、周囲に突如として四体の攻性I.C.E.アイスが出現する。
「しまっ!?」
馬上戦の勝利者アルガリアズランス!!」
 そこへ、騎馬に乗ったアストルフォが駆けつけ、馬上槍型の独自ツールユニークを振るって攻性I.C.E.アイスを全て行動不能に陥らせる。
「今だよ、部長!」
「あぁ。岩両断せし聖遺物の剣デュランダル!!」
 シャルルマーニュの手にある千変万化虹の剣ジュワユーズが黄金に輝く剣へと姿を変え、美しい弧を描いて、動きを止めた四体の攻性I.C.E.アイスを破壊した。
「待ってくれ」
 見れば、緑髪の少女は遠く離れようとしている。シャルルマーニュは慌てて追いかける。
「その子使って!」
 アストルフォが指を空中に走らせ、鷲の頭部と翼を持つ馬を出現させる。
「助かる。借りるぜ、お前の不可能の象徴ヒッポグリフ!」
 飛んできた鷲の頭部と翼を持つ馬型の独自ツールユニーク不可能の象徴ヒッポグリフに飛び乗って、シャルルマーニュがさらに加速する。
「待ってくれ! 一体君はなんなんだ!」
 一気に少女に近付き声をかけたシャルルマーニュに、少女はついに振り向いた。
 アバターとはいえ、息を呑むほどの美人だった。
「私は……ニンフ」
「ニンフ?」
 それがギリシャ神話で語られる妖精の名前だとは、シャルルマーニュは知らなかった。
「まずいわよ、シャルルマーニュ! そこ、GWTの中よ!」
 そこへ、あえて裏路地に入らず分析していたらしいオリヴィエが叫ぶ。
「なんだって!?」
 先ほど、PINGピンを打たれた。ここがGWTだとしたら、GWTの監視官カウンターハッカーが殺到してくるかもしれない。
「引き返すか。君も行こう」
「私は行けない」
 けれど、ニンフは首を横に振った。
「今抜け出せば、すぐに奴らに気付かれる」
「奴らって……」
「こっちだ! いたぞ」
 監視官カウンターハッカーの接近を感知する。
「まずっ」
 慌てて不可能の象徴ヒッポグリフを反転させる。
「必ず、また会いにいくから!」
 そう宣言し、シャルルマーニュは引き返す。
 今ここに、一人の騎士と妖精は出会ったのだった。

 

To Be Continued…

第3章へ

Topへ戻る

 


 

「世界樹の妖精 -Nymph of GWT- 第1章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
 この作品の更新を待つ間、読んでみるのも良いのではないでしょうか。

 

  世界樹の妖精 -Fairy of Yggdrasill-
 本シリーズ『世界樹の妖精』の一作目に当たる作品です。
 一本目の世界樹「ユグドラシル」を舞台に、妖精を巡る戦争が始まります!
 主人公は本作でもトップクラスのARハッカーと評されている「アーサー」!
 本作は『世界樹の妖精』シリーズのオールスターのような作品になっていますので、シリーズを全作読んでおくと、本作をより楽しめるかもしれません。

 

  世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul-
 本シリーズ『世界樹の妖精』の二作目に当たる作品です。
 二本目の世界樹「イルミンスール」に存在するメタバースSNS「ニヴルング」を舞台に、妖精「ブラウニー」を巡る陰謀が蠢きます!
 物語のキーキャラクターとして本作でもトップクラスのARハッカーと評される「ルキウス」が登場します!
 本作は『世界樹の妖精』シリーズのオールスターのような作品になっていますので、シリーズを全作読んでおくと、本作をより楽しめるかもしれません。

 

  世界樹の妖精 -Serpent of ToK-
 本シリーズ『世界樹の妖精』の三作目に当たる作品です。
 三本目の世界樹「Tree of Knowledge」を所有する企業「lemon社」の陰謀と戦うため、妖精「サーペント」と共に戦います!
 本作でも登場するキャタクターが多数登場します。
 本作は『世界樹の妖精』シリーズのオールスターのような作品になっていますので、シリーズを全作読んでおくと、本作をより楽しめるかもしれません。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する