世界樹の妖精 -Nymph of GWT- 第2章「幽霊の噂」
「ねぇ、マーヴィン。最近話題になってる幽霊の噂、知ってる?」
学校への登校中、エスターが不意にそんなことを呟く。
「幽霊? どうせ、どこかの悪戯付きなクラッカーが見せたオーグギア上のARじゃないのか?」
「現実なら、そうね。けど、その幽霊が見えたのが、『ニヴルング』の中だとしたら?」
「『ニヴルング』?
「ニヴルング」とは、二本目の「世界樹」たる
現在、マーヴィン達の住む
マーヴィンやエスターにとってもそれは例外ではなく、「休日に出かける」と言う時、実際に外に出るよりは専ら「ニヴルング」へ出かけることを指す。
「そ。『ニヴルング』にね、出るんですって、幽霊」
「それこそ誰かしらクラッカーの悪戯じゃないのか?」
「普通はそう思うわよね? でもね、出るのは『ニヴルング』の中でも表通りだって言う噂なのよ」
「お前、情報を小出しにするのやめろよ。でも、表通り? ハイセキュリティエリアに?」
幽霊が出る、と聞いたからにはてっきりそんな中でもセキュリティの薄い部分に現れたのだろう、と思ったのだが、多くのユーザーが使う表通りとなると話は変わってくる。
「もう少し詳しく知ってるか?」
「勿論」
マーヴィンがようやく興味を示したことに気を良くしたエスターが強く頷く。
エスターの話を簡単にまとめると、噂は以下のような内容だった。
とある表通りで、「ニヴルング」の
いよいよ不審に思った
慌てて周囲を見渡す
「その
「そ。光てんかん発作だったそうよ」
「光てんかん発作……。典型的な光学フラッシュ系
ふむ、とマーヴィンは考え込む。
「疑問点。まず、その噂はどうやって広まったんだ? まさか、
「確かにそれは不思議よね。じゃあデマ?」
「シンプルに考えると、そう考えるのが妥当だ」
「なるほどねぇ」
マーヴィンの考察をエスターは面白がって聞いている様子だ。
「けど。今朝もギリギリで起きたマーヴィンは知らなかったでしょうけど、今朝、『ニヴルング』から公的にこんなお知らせが出てるのよ」
そこで、さらにエスターが情報を追加する。
「お前、本当に情報を小出しにするの好きだよな。なになに? 『ニヴルング』内におけるキモダメシの禁止?」
「そ」
「キモダメシってあれだよな、『キャメロット』のマーリンとかガウェインの故郷で行われてるっていう怖いところに自分から言って度胸試しするって言う」
「そうそう。『ニヴルング』で幽霊の噂が広まって以来、『ニヴルング』でやる人が増えてるみたい」
で、なになに、とマーヴィンが詳細を読み始める。
「こ、これ」
「えぇ」
それは要約すると以下のような内容になった。
【「ニヴルング」内で幽霊探しをするのはやめてください。最悪の場合、ユーザーの生命を保証できない場合があります。本件は運営及び監視官が解決いたしますので、見かけても決して関わらないようにして下さい。】
それはつまり、『ニヴルング』の運営、
「よし、決めたぜ、エスター」
「お」
マーヴィンが声を上げると、待ってました、とエスターが声を返す。
「スポーツハッキング部総力を上げて、突き止めようぜ、『ニヴルング』に現れるって言う幽霊の秘密!」
「そう言うと思ってたわ、それでこそマーヴィンね」
それをエスターが讃える。
「と言うわけで、GWT杯本戦までの暇な時間に、『ニヴルング』に現れるって言う幽霊の調査に行こうぜ!」
「お断りします」
放課後。部室で堂々とマーヴィンが宣言すると、ジェイソンが誰よりも早く否定の言葉をあげる。
「えー、なんでだよ、ジェイソン」
「部長こそなぜですか、本戦が待っていると言うのに、自分から生命の危機に飛び込むなんて、ありえません」
「なんだよ、折れることなきデュランダルの使い手が随分弱気じゃねぇか」
「逆です、部長。部長が死んだら、誰が本戦に出るんです。第二候補はどう考えても私でしょう」
「それは確かにそうだな。なら、ジェイソンは待機でよし。他は?」
マーヴィンが周囲を見渡すと、エスター以外はみんな目を逸らす。
「はいはーい、ボクいきまーす!」
そこで一人手を上げて賑やかに騒ぐ少年が一人。
「お、クリストファー、来てくれるか!」
「そりゃー、楽しそうだもーん。ね、ね、いいでしょ、ジェイソン?」
「えぇ、部長はマーヴィンですし、私に止める権利はありませんよ。それに、あなたの
「やった! じゃあ、頑張ろうね、部長、副部長!」
かくして、「ニヴルング」に現れる幽霊探しは、マーヴィン、エスター、クリストファーの三人で行われることとなった。
「ではお気をつけて。私の作った
「おう、気をつけるよ」
念の為、三人は他の部員のいる部室から「ニヴルング」へログインすることにした。
本当に生命の危機に陥った場合、すぐに対処できる仲間がいた方が、生存可能性が上がるからだ。
「よし、念の為確認だが、ここからはスクリーンネームで呼び合うぞ、オリヴィエ、アストルフォ」
そう言って、老齢の騎士の姿をしたアバターを纏ったマーヴィンことシャルルマーニュが振り返る。
「えぇ、分かってるわ、シャルルマーニュ」
そう言って、二本の剣を腰に下げ、槍を背中に固定した長い顎鬚の騎士が応じる。彼がオリヴィエ。エスターだ。女性だが男性アバターを使っている。
「勿論だよ、マー……シャルルマーニュ」
そう言って、一見すると露出の多い軽装の少年騎士が応じる。彼がアストルフォ。クリストファーだ。
「おいおい、大丈夫か、アストルフォ……。まぁ、じゃあ行くぞ」
本名を呼びそうになったアストルフォに不安を覚えつつ、シャルルマーニュは「ニヴルング」を進む。
「はーい」
「えぇ」
それに二人が続く。
簡易移動装置を乗り継いで幽霊の目撃証言が上がったと言う大通りを目指す。
「目撃証言は複数の大通りであるみたいだけど、この大通りが一番多いみたいだな」
それが偶然なのか、必然なのかは分からないが、とりあえず三人は最も目撃証言が多いと言う大通りを訪れた。
「そういえば幽霊の見た目って?」
「なんか緑色の髪を短く切り揃えた少女らしいわよ」
「なんか幽霊っぽくないな。やっぱり何かしらの悪戯か?」
シャルルマーニュとオリヴィエがそう言って言葉を交わしていると。
「おい」
豪奢な赤い甲冑の男に声をかけられる。
「ん、なんですか……? って、ルキウス!?」
そこに立っていたのはルキウス。GWT杯予選を二位で通過した『エンペラーズ』のエースにしてリーダー。
「……今、幽霊の話をしていただろう?」
「えっと……」
「していたのがなんですか?」
シャルルマーニュが答えに窮すると、変わってオリヴィエが応じる。
「していたのを認めるんだな?」
「……はい」
ルキウスの尋ねる言葉に、オリヴィエが頷く。
「そして、この場所に来た。と言うことは、幽霊探しに来たな?」
「えぇ、そうですよ」
このままオリヴィエに任せっぱなしもよくないと思ったシャルルマーニュが応じる。
「公式からの告知で、幽霊探しは禁じられているのを知っているはずだ。今すぐにこのエリアから退去しろ」
「うっ……」
後ろめたさにシャルルマーニュが再び言葉に窮する。
「あ、あなたはどうなんです? どうしてここにいて、なんの権利があってそんなことを言うんです」
「権利か。最もな質問だな。これを見ろ」
オリヴィエの指摘に、ルキウスが指を振ってこちらにデータを送ってくる。
それは、イルミンスールが発行している
「ルキウスがイルミンスールの
「けどこれ、仮IDって書いてあるよ?」
「あぁ、スカウトを受けたが、GWT杯が終わるまで待ってもらってる状態で、手伝いだけしている感じだ」
アストルフォの疑問にルキウスが頷く。
「ともかく、これで権利があるのは分かってもらえたか?」
「……はい」
流石に公式の権利を振り翳されると、オリヴィエも応じざるを得ない。誰だって
すごすごと三人は簡易移動装置まで戻る。
「気付いて……」
途中で、その声は聞こえてきた。
「え?」
思わずシャルルマーニュが振り返る。
するとそこに、緑髪を短く切り揃えた少女が立っていた。
「気付いて……」
緑髪の少女はそのまま、裏路地へと滑るように移動していく。
「待っ――!」
一瞬、気付いていないらしい二人に呼びかけるか悩んだ、その瞬間に少女は消えてしまいそうで。
シャルルマーニュは一人で走り出した。
裏路地に入る。
するとそこは緑のラインが無数に入ったサイバー空間だった。
「これ……別のサーバと繋がってるのか!?」
「気付いて……」
直後、
「別のハッカーに捉えられた!?」
と思った直後、周囲に突如として四体の攻性
「しまっ!?」
「
そこへ、騎馬に乗ったアストルフォが駆けつけ、馬上槍型の
「今だよ、部長!」
「あぁ。
シャルルマーニュの手にある
「待ってくれ」
見れば、緑髪の少女は遠く離れようとしている。シャルルマーニュは慌てて追いかける。
「その子使って!」
アストルフォが指を空中に走らせ、鷲の頭部と翼を持つ馬を出現させる。
「助かる。借りるぜ、お前の
飛んできた鷲の頭部と翼を持つ馬型の
「待ってくれ! 一体君はなんなんだ!」
一気に少女に近付き声をかけたシャルルマーニュに、少女はついに振り向いた。
アバターとはいえ、息を呑むほどの美人だった。
「私は……ニンフ」
「ニンフ?」
それがギリシャ神話で語られる妖精の名前だとは、シャルルマーニュは知らなかった。
「まずいわよ、シャルルマーニュ! そこ、GWTの中よ!」
そこへ、あえて裏路地に入らず分析していたらしいオリヴィエが叫ぶ。
「なんだって!?」
先ほど、
「引き返すか。君も行こう」
「私は行けない」
けれど、ニンフは首を横に振った。
「今抜け出せば、すぐに奴らに気付かれる」
「奴らって……」
「こっちだ! いたぞ」
「まずっ」
慌てて
「必ず、また会いにいくから!」
そう宣言し、シャルルマーニュは引き返す。
今ここに、一人の騎士と妖精は出会ったのだった。
To Be Continued…
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「世界樹の妖精 -Nymph of GWT- 第1章」の大したことのないあとがきを
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