• 1917 ~青い霧と花冠~
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1917 ~青い霧と花冠~ 第1章「エジプト戦線、配属」

 
 

 ある日、空から何かが落ちてきた。アフリカ・サハラ砂漠に落下したそれは、光沢のある青い塊であり、周囲に青い霧を撒き始めた。
 その青い霧を吸い込んだ生物は瞬く間に死に至り、どんどんと広がるそれは周囲の集落や街を飲み込み、多くの人々、そして生活を破壊した。
 この被害に、落下地点周辺を植民地としていたフランスが対応に当たり、青い霧の毒性はガスマスクで防護可能であり、青い霧は爆発や火で燃やす等、強いエネルギーを与える事で消滅させられる事を発見。対抗策を編み出してしまえば簡単であった。広がった青い霧は押し戻され、宇宙から来た物体が人々を苦しめたという小さな珍事として扱われるかと思われた。
 しかし、青い霧の範囲が縮まる中、青い霧の中から青い塊が出現した。この青い塊は最初に落下してきた青い塊とは違い、足の様な構造を持ち、自由に動く事が出来た。
 そして、それは青い霧をばら撒くだけではなく、怪物の様に青い霧の拡散を阻止しようとする機材、人々を攻撃してきた。
 ただ青い霧を消す為の用意しかしていなかったフランスによる対抗は失敗。青い霧は再び拡散を始め、近隣に植民地を持つイギリス、イタリアといった諸国もこの対抗に参加したが、青い霧の拡散とその拡散を妨害するものを攻撃する青い怪物に対して有効な対抗策を打てず、敗北を重ねた。
 結果、アフリカ北部の殆どは青い霧に覆われ、ユーラシア大陸の接合点であるエジプト周辺を残すのみとなり、青い霧は着々と南部に進出していった。
 あまりの速さに警告、避難も間に合わず、多くの人々が霧に飲まれていった。最初に落下してきた青い塊は、広がる青い霧の中で成長しており、気が付けば青い霧から顔を出し、少しずつ大きくなっていく姿を確認できた。そして、それが大きくなるのに比例して、青い霧が広がる速度は早くなっていった。
 幸いな事に青い霧は海を渡れなかったが、エジプトが陥落すればユーラシア、そしてヨーロッパ方向にも拡大してしまう。それを阻止する手立てはいまだ生まれず、人々に絶望が広がり始めていた。
 フランスと共に対抗の中心となったイギリスによって、青い霧を〝ブルフォグ〟青い怪物の事を〝フォガー〟、そして、最初に落ちてきた青い塊を〝グランドタワー〟と呼ぶようになったが、人々の絶望を前にそれはどうでもいい情報であった。
 そんな中、また空から何かが落ちてきた。落ちてきたと言っても、それは地面に突き刺さる事は無く、そびえ立つ青い塊と地面を覆いつくす青い霧を睨むように空中で静止していた。
 伝説上のドラゴンを思わせる姿をして、頭に花冠のような構造を持つそれは、口を開くと光線を放ち、〝グランドタワー〟を攻撃した。
 光線が命中した〝グランドタワー〟は熱したナイフでバターを切り裂くようにあっという間に真っ二つに切り裂かれ、その過程で光線が命中した地面からは〝ブルフォグ〟が消滅していた。
 それから、〝グランドタワー〟や周囲の〝ブルフォグ〟に対して次々と光線を放ち、これまでの抵抗で人類が得てきた成果よりも圧倒的に多い成果を短時間で達成していく。
 しかし、人類の抵抗にも対抗してきた〝ブルフォグ〟が黙っているはずも無かった。棒状の〝フォガー〟が 青い霧の中からドラゴンに向かって高速で飛び出す。ドラゴンも光線を使って撃ち落としたり、構わず攻撃を続けたりしていたが、少しずつ傷つくと徐々に攻撃の勢いも衰えていき、最終的には人類側がまだ維持している地点に落下、そのままドラゴンは飛び立つことは無く、〝ブルフォグ〟はいまだに大地に広がっていた。
 多くの者が落ちてしまったドラゴンに駆け寄り、治療を試みたが、相手は未知の生命体であり、寄り添いの甲斐なくドラゴンはその身を動かすことは無かった。
 だが、ドラゴンによって二つに裂かれたグランドタワーから吐き出される〝ブルフォグ〟の量は減り、人類は霧が晴れた地面を再び〝ブルフォグ〟が埋めるまでの時間が得られた。その間に人類はこれまでの抵抗を整理し効果的な物を選ぶことができたのだ。
 ドラゴンは間違いなく救世主であり、人々は最後にドラゴンの口から溢れた〝サーヴェナ〟という言葉を救世主の名と信じて崇める事となる。
 そして、その〝サーヴェナ〟を崇める傍ら、同時にその力を再現できないかと各国は研究に取り組んだ。
 その結果はすぐに現れ、〝サーヴェナ〟の鱗に電気を通し、適性のある者がそれを身につける事によって、光線、飛行といった〝サーヴェナ〟の動きを再現できる事が分かった。
 少女が選ばれる事が多く、〝サーヴェナ〟の花冠状の構造にあやかって花冠を被った女性達は、いつしか、花冠の少女達と呼ばれるようになった。

 

 そんな花冠の少女達が日本でも聞かれるようになったある日、天ぷら屋の次男、大江早弥おおえそうやは、練習で作った海老のかき揚げを何処かで食べるかと散歩をする中、草むらで泣きじゃくる異国の少女を見かける。
「どうしたんだい。いや、日本語じゃだめか」
 思わず声をかけるが、少女は日本語が分からない、もしくは詳しくないようで、大江が目線を合わせて話しかけてきた内容が分からず、話しかけてきた大江をまっすぐ涙の溜まった目で見つめる。
 その目を見てほっておけないと思った大江は海外かぶれの父の影響で少し知っている英語を駆使してなんとかコミュニケーションを図る。
 大江の拙い英語と少女の泣き声混ざりの英語でのコミュニケーションはかなりの時間がかかったが、それでも大江は少女の泣いている理由を掴んだ。
 少女は、父に付いて日本に来たが、元々は長居をしないはずだった、しかし、〝ブルフォグ〟が原因で自国に帰ることが出来ない、家に帰れない、そして母に会う事が出来ないから泣いていたのであった。
 大江の必死に話を聞こうとする姿を見て少し泣き止んだ少女に大江は考えて考えて、ちょうど手元にいい物がある事に気が付いた。
「この新聞にある、花冠の少女達って知ってるか? これを被れば、君も彼女達のように強くなれる」
 大江は、拙い文法と弱い語彙力だったが何とかそう伝える。揚げ物を包む為に適当に取った新聞紙であったが、花冠の少女達が活躍し、勲章を授与されたという記事が載っていた。日本語の記事ではあったがはっきりと花冠を被った少女の写真が載っている。言語が分からなくとも、伝わるだろうと大江はその写真を見える様に渡し、少女が写真を見ている間に手近な花を採り、花を素早く花冠に加工すると、大江は、それを少女の頭の上に置く。
「強く、頑張って待とう。きっと帰れるよ。あとせっかくだ。うちの天ぷらを食べて」
 大江が練習で作った天ぷら、必死のコミュニケーションの間にだいぶ冷めていたがそれでも大江はそれに自信があった。
 受け取った少女は、天ぷら初めて見るのかじっと見つめてから、少し悩んだ。が、お腹の虫が鳴く音がして、おずおずと一口くわえる。
 暫く咀嚼すると、少女は勢いよく天ぷらを食べ始める。
 大江は身内以外にここまで美味しそうに食べてもらったのは初めてだと思いながら、その様子を見守った。
 食べ終わった少女は大江の方を向き、頭を下げて感謝を伝える。そして、少女は少し口をパクパクさせてから声を出す。目から涙は流れていたが、その様子は大分落ち着いていた。
「あ、ありがとうございます」
 大江は、まさかの日本語でのお礼に驚きつつ、大江は少女の頭を撫でてやる。
「気にしなくていいよ。早く家に帰れるといいな」
 大江がそう言って、撫でる手を止めると、少女は少し残念そうにしてから口を開く。
「もし、私が本当に少女達になれるくらい強くなれば、またこの食べ物、天ぷらを食べさせてくれますか?」
 なんとか少女の英語を理解した大江は、もう一度少女の頭に手を乗せる。
「もちろんだ、その時は腹いっぱいに私の天ぷらを食べてね」
 そう約束を交わしたその時、遠くの方で大きな声を出している外国の女性が大江の目に入った。
「君を探しているようだ」
「約束です。天ぷら、お願いしますね」
 こうして、大江と少女は別れた。その後、〝ブルフォグ〟との戦いは続き、日英同盟に基づいて日本からも対〝ブルフォグ〟の遠征軍を出す事となった。
 もし少女が花冠の少女達となっているなら、こちらも戦場に出向くのが良いと、大江は約束を果たす為、志願兵として遠征軍に参加する。
 そして、訓練を得て、大江は遣英第三次隊の第301連隊として〝ブルフォグ〟との戦いの最前線であるアフリカ・エジプト戦線へと派遣される事となった。
 
 そんなアフリカ、エル・アラメイン、日本陸軍第301連隊の塹壕線。塹壕は、〝フォガー〟との戦いに置いて遮蔽物になるだけでなく、万が一敗走した場合においても塹壕に〝ブルフォグ〟が充満するまで広がらず、撤退、立て直しの時間を作れる効率的な防御陣地として〝ブルフォグ〟と戦う戦線すべてに満遍なく掘られていた。
 大江はそんな塹壕線の一角で火にかけられた鍋を何人かの兵士と囲って談笑をしていた。
「とまあ、こんな感じであの少女に揚げ物を揚げられるようにこうして前線に来たわけだ」
「それは何回か聞いたよ。それが前線で揚げ物をしていい理由になるのか?」
 一人の兵士が呆れたように肩をすくめながらジュワジュワと言い始めた油を覗き込む。
「いや、突撃前だから好きな事させてやろうかって連隊長が呟いてたから突っ込んだら良いってさ」
「直接トップに行くのか…、お前大胆だなぁ。まあ、旨いもん食べれるならなんでもいいか。そろそろいいんじゃないか?」
 呆れつつも、兵士は油の様子をじっと見つめている。
「ああ、ラードで揚げるのは初めてだけど、いい感じだ。よし、では今日揚げるのはこれだ!」
 そういって、布で覆って隠していた用意済みのネタを取り出す。
「……牛缶の牛肉じゃないか? 牛のしぐれ煮って揚げておいしいのか?」
 兵士がそう突っ込む声に同意するように鍋を囲う兵士たちの後ろから声がかかる。
「調理済みの食材を揚げるというのは初めて聞くね。おいしく作れそうかい?」
 その声に聞き覚えのある兵士達は、注目していた鍋から注意を逸らし、その声の方に向き直る。
牧原まきはら連隊長、お疲れ様です!」
 そして、揃った動きでその声の主、牧原連隊長に一斉に敬礼をする。
「ああ、いいよいいよ。楽にして、特に大江君は調理を続けてくれていいよ」
 連隊長は立ち上がって敬礼をしようとした大江を手で静止しながら、大江が持つしぐれ煮を見つめる。
「本当は素材その物が手に入ると良かったんですが、輜重と炊事担当にはまだ手を回せてなくて……」
 大江がいま調理している食材は、自分の食事を残して貯めたり、他の兵士の食事を物々交換等で譲ってもらって用意した物だ。生野菜や軽い味付けの魚等の食事が無いわけでは無かったが、一人の兵士が個人の物を保管しようと思うと雑嚢カバンに突っ込んだり寝床に置いておくくらいしか無い。そうなると牛缶やなぜか缶のまま配給されたラード等頑丈な容器に守られている物くらいしか保管する事が出来ないのだ。
「堂々と不正をしたいと宣言するのは困るなぁ。副官がいい顔をしない」
 実際、少し離れた所にいる副官はちょっと顔をしかめている。ここまでで分かるように牧野連隊長は将校とは思えないくらい柔和な人物である。かといって規律が乱れているかと思えば、こうやって副官と共に神出鬼没に現れては兵士と話す物だから、それが牽制となり緩い雰囲気ながらも軍隊としての規律は損ねていなかった。それは、知らない異国で不安に包まれながら戦闘に備える第301連隊の兵士達からするとありがたい事であった。
「冗談ですよ、では揚げていきますね」
 実際の所、大江は生鮮食品を手に入れる為に輜重、つまり補給を担当する部隊と炊事担当者と縁を作ろうとはしていたが、冗談という事にしておいた方が良いのでそういう事にしていた。そして、そのことを突かれる前に調理を始めていく。油の中で発生している気泡と軽くつけた指から油の温度を確認すると、ネタを次々と油の中に投入していく。
 油の中でどんどん加熱されていくジュワジュワという激しい音に、周りの兵士達は歓声を上げる。
 特に問題無く揚げられている様子を見て、大江は満足と自信を感じていた。これなら、約束を果たす事になっても、なんとかなるかもしれない。後は材料だなと考えたところで、大きな音が塹壕に響き渡る。
 それが〝フォガー〟の襲撃警報を意味する警鐘である事に気付いた時には、牧野分隊長は警戒配置という指示を出しながら塹壕内を駆け出していた。
 指示された通り、大江は塹壕内の小銃掛けに置いた三八式小銃を手に取り、遊底ボルトを操作して弾を装填、そして土が盛られた射撃台に立って塹壕から顔と小銃だけが出ている状態にする。
「確かになんか来てるな」
 目の良い誰かの言葉に、大江も目を凝らすと、確かに青い霧の手前に歩くようにして何かが近づいてきているのが見えた。
A型アップルズか、小銃だけでも戦える相手だ。射撃指示まで待て、有効射程内で一斉射撃する」
 〝フォガー〟にはいくつかの種類がある。各国バラバラに色々な呼び方をしていたが、〝サーヴェナ〟到来以降に主導権を握ったイギリスでの呼ばれ方が主流になりつつなっている。A型は二足歩行で人間ほどの大きさ。手の様に生えた構造で殴ってくるだけで、表面は小銃の通常弾で貫通する事が出来る。
 前進してきているA型の数は多くない。大江はこれなら負けないと、隊長の指示を待ち、引き金に掛けている指をいつでも動かせるように力を入れる。
「全隊! 陣地放棄! 撤退! 陣地放棄! 撤退!」
 まもなく射程圏内というところで、伝令が大声を出しながら駆け抜けていく。
「撤退!? 敵に対して明らかに優勢だぞ」
 隊長が驚いて、伝令を捕まえて情報を聞き出そうとしたその時、空から何かが落下してくる。
「バーネストだ!」
 誰かが叫ぶと同時に、バーネストと呼ばれた物は大江達が布陣する塹壕線の後方に多数落下する。〝ブルフォグ〟を生み出せるのは、〝グランドタワー〟だけではない。〝ブルフォグ〟によって覆われた土地の所々にネストと呼ばれる小さな塔が設けられ、そこからも〝ブルフォグ〟が放出される。最近はそれが撃ちだされるようにして、それが空を飛び、防御陣地の後方に落下、正面からの攻撃を想定していた人類側の防御線は後方からの脅威に対応出来ずに交代を余儀なくされる。最近になって確認された、〝ブルフォグ〟側の塹壕線に対する答えだった。
「総員、面体着用。撤退するぞ」
 隊長の指示通り、大江も含めた周りの兵士が一斉に簡易的な面体ガスマスクを装着していく。そして、塹壕の中を移動して後方へと撤退を始める。
 しかし、それは容易では無かった。後方に落下したバーネストがすでに〝ブルフォグ〟の放出を始めた結果、所々の塹壕に〝ブルフォグ〟が簡易面体では危険を伴う濃度まで高まってしまっており、撤退のルートが限られてしまっていたのだった。
「ああ、こっちも駄目だそうだ。というか、街はこっちだよな?」
 そして、ルートの変更を繰り返すと方向感覚を失い、どこを目指しているのか分からない者も出てきた。部隊とはぐれ、指示を受けられない者はどうして良いか分からず、塹壕をさまよっては通れない塹壕を見て引き返す。そんな時間をかけてしまうと、当然のように〝ブルフォグ〟は拡大してさらに通れる道が減ってしまう。そんな状況に大江は追い込まれていた。
「なあ、加島かしま。ちょっと手伝ってくれないか?」
 大江は、地面に落ちていた英語の書いてある木箱を持ち上げながら共に部隊からはぐれてしまった同期の兵士、加島に声を掛ける。
「手伝うって何を?」
 大江は持ち上げた木箱を地面に叩きつけて、木箱を破壊する。その衝撃で飛び出して来たのは電気式の点火装置と爆薬だった。木箱には英語で起爆装置、爆薬と書かれており、あの少女と合って以来英語を学んできた大江はそれを読むことが出来ていたのだ。
「あそこにある一番大きいバーネスト。あそこに歩兵砲の陣地があったはずだ、突撃に向けて、俺らも手伝って相当な弾薬を貯め込んだだろう?弾薬を爆破させればかなり霧を晴らせる。爆薬を設置する間に〝フォガー〟が出てこないか見てて欲しいんだ」
 〝ブルフォグ〟に対する攻勢には、大量の砲弾が必要だ。砲弾の爆発によって生まれる爆風で〝ブルフォグ〟を吹き飛ばし、まき散らされる弾片で〝フォガー〟にダメージを与える。そして、そこに生まれた空間を歩兵が突き進み、ネストを破壊。〝ブルフォグ〟の面積を縮小させていくというのが攻勢の流れであり、砲弾は大量に必要であった。
 大江は小銃を持って戦う歩兵であったが、あまりにも多い砲弾を砲兵専門の兵士達では対応できず、運び込む手伝いをさせられた。だから、大江はそこに大量の砲弾があり、どう隠されているかを知っていた。
「それはいいが、お前は砲兵陣地に突っ込むんだろ? バーネストの近くだと濃度がすごいぞ。行けるのか?」
 当然の事だが、〝ブルフォグ〟を生み出しているのだから、バーネストの〝ブルフォグ〟周辺濃度は高くなってしまう。簡易面体で突撃するのは無謀と言っていい。
「ここにちゃんとした面体がある。〝フォガー〟が生まれる程の濃度じゃなければ生きれるらしい」
 大江は雑嚢カバンの中から今付けている簡易面体よりも大きなフィルター、顔全体を覆うゴム素材で出来た面体ガスマスクを取り出し、簡易面体を投げ捨てて面体を装着する。
「お前、本当にすごいな」
 加島は再び呆れながら、爆薬を持って走り出した大江を追いかけて塹壕を駆けだした。
 砲兵陣地は濃い〝ブルフォグ〟に覆われていたが、まだ〝フォガー〟を生成できるほどの濃さではない。大江はそう判断したが、その根拠はここまでくる船旅での座学だ。実際に見たわけではないので言葉で感じた濃さと違っている可能性は高い。
 そう考えつつ、運び込んだ弾薬の場所に爆薬を設置して、起爆コードを伸ばしていく。
(説明書、合っててくれよ)
 大江は木箱の中にあった説明書はサッと読んだが、あまり時間が無かった。どうも安全装置を外してハンドルを回せばいいらしいというのは分かったが、やってみないと正しいのか分からない。
 砲兵陣地から少し離れた塹壕まで移動してから、大江は離れたところで〝フォガー〟を警戒している加島に伝わる様に水筒を塹壕壁面に叩きつけて金属音を響かせる。伝わった事を祈りながら、大江は起爆装置のハンドルを回した。
 導火線をイメージしていた大江は、回して直ぐに轟音が響き、体を振動が抜けていく感覚に襲われ、思わずひっくり返ってしまった。そして、耳が落ち着くまで地面に転がった状態を保ち、何かが倒れたような衝撃を感じ、周りの音が聞こえるようになると、立ち上がって塹壕から頭を出す。
 砲兵陣地は跡形も無くなっていた。爆発によって大きくクレーターの様に抉られていたのだ。設置されていた砲も、砲を守るために盛られていた土もすべて分からない状態になっていた。周囲を覆っていた〝ブルフォグ〟も大分晴れていたし、大きなバーネストは近くの地面が抉られた影響で横倒しになって表面は無数のヒビに覆われていた。
 そんな状況だったが、バーネストはまだ〝ブルフォグ〟を放出し続けている。
「まだ生きているなら!」
 大江は、腰に下げた銃剣を小銃に装着すると、一気に走ってヒビだらけのバーネストに突撃する。そして、走った勢いをそのまま載せて、ヒビに銃剣を突き刺す。銃剣はヒビよりも深く突き刺さる。
 そして、大江は突き刺した銃剣を小銃ごと捻る様にして銃剣の向きを変えようとする。すると、ヒビを広げる様に銃剣が動き、ヒビがどんどん大きくなっていく。一旦下がって、再びヒビに突き刺す。そして、ヒビを広げる様に銃剣を動かす。バーネストの表面が少しずつ剥がれていき、少し柔らかい内部構造が露出する。
 その露出した空間に、大江は手榴弾をねじ込んで、地面に倒れ込む。爆発した手榴弾はバーネストの内部に浸透し、内側からの圧力に耐えられなくなったバーネストは粉々になって崩壊する。
 よし、やったと立ち上がった大江は、後ろから聞こえる加島の声がそれを評価する声だと思った、手榴弾の爆発から耳が回復すると、それは違うと知った。
「大江! 後ろ!」
 ようやく理解した内容に大江が振り返ると、そこにはA型が腕の様な何かを振り上げている。とっさに小銃で防ごうとするが、A型の一撃は重い。小銃ごと体を殴られて終わる。
 だが、そうはならなかった。大江の目の前が光に満たされる。何事かを理解する前に大江は襟をつかまれて地面に転がされる。
「無事か大江! 少女達だぞ!」
 加島の声に、大江が視線を巡らせると、空を人が飛んでいた。それは一人では無く、数名で次々と地面に向かって光線を放っている。
「そうか、これが花冠の少女達」
「お前の命の恩人だぞ」
 加島の言葉で大江は状況を理解する。大江を攻撃しようとしたA型は花冠の少女達の光線によって消滅し、大江は助かったのだと。
「助けてくれたのがあの少女だったら物語だな」
「そんな事あるかよ。命が助かっただけで儲けものなんだから贅沢をいうな」
 二人で少し笑ってから、大江と加島は立ち上がり、撤退を再開した。少女達によって、残ったバーネストも次々と破壊され、撤退を妨害するモノは何もなかった。しかし、二人が部隊に合流して、最初に告げられた言葉は予想もしない言葉だった。
「花冠の少女達の支援によって敵の脅威は去った。塹壕を奪回する」
 結局、二人含めた部隊は必死の撤退行を完遂したにも関わらず、即座に元々の塹壕まで再度前進。再び、塹壕から小銃と顔だけ出して警戒をする状態に戻った。そして、しばらく時間が流れた。
「取って取られて、これが塹壕戦か」
「嫌になるな、逃げて、戻ってきた。それだけで何人死んだよ」
 周りの愚痴に大江が周りを見渡すと、先ほど揚げ物作りを囲んでくれていた奴が何人かいない事に気が付く。助けてもらった事を物語みたいだなんて浮かれていたなと、大江は投げ出した揚げ物作りを思い出して、状態を確認する。
 熱せられた油を〝ブルフォグ〟は好まないらしく、なんの変化もない状態で鍋はそこにあった。ラードは白く固まり、その中で放置された牛肉は真っ黒になっていたが、毒々しくはなっていない。
「大江一等兵、ちょっといいかな」
 大江が顔を上げると、そこには牧野連隊長が立っていた。大江は慌てて敬礼をして、連隊長の返礼が終わるのを見て手を下げる。連隊長の顔は珍しく眉間にしわが寄っていた。
「さっきの戦いで、君がバーネストを破壊したのかな?」
「はい」
「その直前に歩兵砲陣地が爆発したのはバーネストを壊す為?」
 そう言われて、大江は砲兵陣地を爆破した責任を取らされるのだと解釈した。だから眉間にしわが寄っているのだと。
「い、いえ。霧を晴らして撤退する為です。バーネストを壊せたのは偶然です」
「それを見ていた者は?」
 連隊長の質問に、加島が手を挙げる。
「わ、私が一緒でした。大江一等兵の言っている事に間違いはありません」
 加島は震えた声で言う。それを聞いて、連隊長から眉間のしわが消えて笑顔が戻ってくる。
「それならよかった、先方にいい返事が出来るね」
 意味が分からず、大江が口を開こうとすると。
「大江一等兵。おそらく、花冠の少女達を支援する直掩隊へ転属してもらう事になります。約束、果たしやすくなりますね」
 先に口を開いた連隊長の言葉に、まず周りが驚いてから、一瞬置いて大江が驚く。
「直掩隊というのは? なんで私が?」
「直掩隊というのは、少女達の最前線での補給や現地部隊との連絡調整、墜落時の救助などを行う部隊だよ。大江君が選ばれたのは状況に合わせて適切な判断が出来るから、空から見てて素晴らしい動きだったと先方から好評だったよ。他に質問がなければ辞令と根回しに行かないといけないから失礼してもいいかな?」
 大江は混乱しながらも連隊長に敬礼をして立ち去るのを見送る。連隊長が立ち去ると、大江に周りの兵士たちが集まっていったいどういう事だと質問攻めが始まる。
 大江は返事を返しつつ、もし本当に少女が花冠の少女達になっているのなら、それを探すのにこれほど良い場所は無い。約束に近づいている事を感じながら、大江はひたすら質問攻めに対応するのだった。

 

 To be continued…

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