1917 ~青い霧と花冠~ 第2章「直掩隊、初陣」
〝ブルフォグ〟と戦うため、そして、ある時に会った少女との、花冠の少女達のように強くなったら腹一杯の天ぷらをご馳走するという約束を果たす為、大江はアフリカ、エル・アラメインで戦う。
その戦いの中で、大江は機転を利かして活躍し、日本軍の窮地を救う。
その活躍を見ていた者によって、大江は花冠の少女達を支援する直掩隊へと抜擢される事となった。
マルタ島、バレッタ。海間近に城壁が広がり、その上に多くの建物が立つその姿はまさに城塞都市と呼ばれる通りの歴史を感じられる街である。
多くの歴史を積み重ね人々が行きかう街であったが、今は行き交う人はまばらだ。しかも、その人は民間人では無く、軍服に身を包んだ軍人だけであった。
アフリカとヨーロッパの中間点であり、イギリス地中海艦隊の拠点として港湾が整備されたマルタ島は、アフリカの〝ブルフォグ〟を海上から攻撃する艦隊の拠点として十分な能力を持っていた。
〝ブルフォグ〟への砲撃の為、様々な艦艇が出入港を繰り返し、補給・整備を受ける。人が集まり、〝ブルフォグ〟の情報が共有される。そして、イギリスが〝ブルフォグ〟対応の中心になった事も関係して各国が合同で〝ブルフォグ〟対応に当たる為の司令部がバレッタに置かれたのだ。
それでバレッタに住む人々が追い出された訳ではないが、各国軍人が駐在する事で、最前線であるという緊張感が高まり、空を飛び〝ブルフォグ〟を拡散させるバーネストの存在が明らかになると、アフリカに近いこの地を離れる人々が増え、現在の状況になっている。
そんな軍人と軍艦の街になったバレッタの市街を一台の自動車が走り抜けていた。その運転席には大江が座ってハンドルを握り、その隣には少女が座っていた。
「うちのフューリアスの隣にいるのが日本の船?」
必死で目を開いてハンドルから手を離さないように力を込めている大江に対して、隣に座る少女は何事も無いかの様に普通に雑談をふる。
「ああ、装甲巡
「へぇ、立派な船ね」
息が切れ切れで受け答えがやっとの大江に対して、少女は質問を続ける。大江は見る余裕が無いが、少女はとてもニコニコといじわるそうな笑みをしている。
「イギリス、マクラウドさんの国が作った船じゃなかったか?」
一見、雑談をしながら自動車の訓練をしているのどかな光景にも見えるが、その実、これは訓練であった。
「そうなの? 艦艇に興味を持ったのは最近だから知らなかったわ。あと、年齢もそう違わないんだし、エレでいいのよ」
実は、大江の隣に座る少女、エレ・マクラウドは花冠の少女達の一人であり、大江がバレッタ市街を車で走り抜けているのは花冠の少女達を援護する直掩隊としての初任務、初訓練であった。
「なんというか、男所帯にいたので、女性との距離感が中々掴めず」
「そう、慣れないと苦労するわよ。ところで、ユリアがいなくなってるのは気づいてる?」
いなくなる、というのは、大江が運転する自動車の上空を、船の話が始まるまで二人の少女、当然花冠の少女達が飛んでいた。それが今は一人になっている。
「ああ、この角を右か?」
大江はブレーキを踏み、急減速しながら角を曲がる。そのような激しい機動にも関わらず、自動車は建物のそばギリギリを駆け抜ける。
そして、曲がった先には隣に座る少女と同じ恰好をした少女がぽやんと立っていた。自動車はその少女の前に止まる。
「あら、運転は荒いけど、フォーグ嬢の贔屓ではなく、本当に才能があるのね。英国の生まれなら騎士に引き立てるのに」
「おおー、今回も直ぐに見つけてくれましたねぇ」
いつの間にか降下していた少女、ユリア・サリーブィチがニコニコと元気よく手を振りながら止まった車に近づいて来る。
そう、これは花冠の少女達の直掩隊としての訓練であり、他に集中力を欠く状況があっても少女達が墜落したのを見つけたら、その場に即座に駆けつけて救助するという実戦を想定した訓練であった。市街地で行っている理由は、多数の建物によって制限される視野が、実戦において〝ブルフォグ〟によって遮られる視野に少しでも近づける為だ。
「いやいや、まだ二回しか見つけてませんよ。次はフォーレンさんが降りる役をやってくれるのかな?」
そう言いながら、大江は空を飛んでいる花冠の少女に目を向ける。事前に二回毎に降りる人を変えると聞いていた。そうなると、次はまだ降りていない少女、リルン・フォーレンが次は降りるのかと大江は考えたのだ。
「リルンはまだ飛び始めた所だから、まだ街中に降りるなって隊長が言ってたわ。あの子シャイだし。なんにしても、次は私。この調子ならガイドが無くても行けるでしょ」
エレはそう言うと、車から降りて彼女を花冠の少女たらしめる飛行装備を装着して点検を始める。腰の背中側にあるサーヴェナの鱗の入ったメインバックとそこに電気を流す為のバッテリーの入ったサブバック。車に収められるほどの大きさと重量、それでいて運用され始めたばかりの航空機のように自由に空を飛ぶことが出来る。大きな翼もエンジンも必要ない、これが〝ブルフォグ〟対策の切り札であった。
「流石に不安ですよ……」
「まあ、習うより慣れよというでしょ。心配ならユリアは隣に残すけど」
エレとユリアは同じ花冠の少女であったが、戦場で行う事が違う。
エレは花冠の少女達で構成される小隊の通信手であり、後方へ砲撃の要請や戦場の情報を提供している。その為に、地図等の情報はかなり素早く掴まねばならず、情報収集は得意であった。今回バレッタ市街のガイドを務めていたのはそのあたりが背景にある。戦場でも、落ちた少女の情報は通信手から入る事が多い、その為、実戦的でもあった。
一方、ユリアは攻撃手であり、〝サーヴェナ〟の光線を再現した光線銃を用いて、〝ブルフォグ〟を払い、〝フォガー〟を倒すのが役割だ。多少行き来した分のバレッタ市街の知識はあるが、当然エレ程では無い。大江の隣に乗っていても、道案内が出来るかどうかは微妙な所であった。
「ありがたいですが、一人でやってみますよ。実戦だと一人ですし」
「了解しましたー。あ、壊れた時は呼んでくださいねー。実家で触っていたのでエンジンは得意なんです」
大江が軽くお辞儀をして、それにユリアが返事をする。ユリアの実家は農家であり、早くからトラクターを導入しており、そこで育ったユリアはエンジンという比較的新しい物に慣れ親しんでいた。大江は街中で自動車を走っているのを見たことはあったが、それを運転、整備するなんて事は考えた事も無かった。
エレが飛び立とうとしたその時、動きを止めて、海上を指さす。
「あら? 隊長じゃない?」
エレが指さす方向にあるのはフューリアスという軍艦だ。艦橋から前、艦体の前部には平らな甲板が広がり、後方には大きな単装砲が一門装備されている。
前部の甲板が平らである為、花冠の少女達が一斉に飛び立ちやすく、後部の主砲は大口径の砲弾によって効率よく〝ブルフォグ〟を掃う事が出来る。本来の設計目的は違うが、花冠の少女達が〝ブルフォグ〟と戦う上でかなり便利なこの艦は、花冠の少女達の支援艦かつ前線司令部として運用されていた。
「さすがに目がいいな」
大江がそう感心しながら、彼自身もフューリアスの前部甲板から人、といっても距離がある為豆粒くらいにしか見えない物が飛び立っている事に気付く。
「何か急用ですかねー」
「そうね、今日は忙しいから訓練に参加できないと言っていたけど……」
なぜ近づいて来るのかと少女達が雑談している間に、隊長と呼ばれた豆粒はどんどんと大きくなり、人として認識できるようになる。
「丁度休憩中だったかしら?」
直線飛行からそのまま着陸姿勢を取り、ふわっと衝撃を感じさせないような見事な着地をした直後に隊長は直ぐに口を開いた。
「はい、アルノー隊長。二回目の捜索・救出訓練が終わった所です」
エレが隊長、ルージュ・アルノーに敬礼をしながら報告する。ルージュはそれに対して返礼を返しながら、大江の方を向く。
「どう、大江一等兵。直掩隊としての任務はこなせそう?」
「はい、このまま訓練を行えば直ぐにでもお役に立てるかと」
大江がそう報告すると、ルージュは目を細めて大江をまっすぐ見つめる。
「そうよね、まだ始まったばかり」
ルージュは頷きながら、まだ空を飛んでいるリルンに対して、着陸しろという意味のジェスチャーを送る。
「全員に聞いてほしい。リルンも降りてきて」
ジェスチャーと声を聞いてリルンが降下してくる。
しかし、リルンの降下は早すぎた。垂直だけでなく、少し後ろ方向にベクトルが掛かった状態で着地した結果、足の接地では動きを止められず、着地後にそのまま歩くように数歩下がってから後ろに倒れそうになる。
それを予想していたのか、エレがその近くに回っていたが、それよりも偶々近くにいた大江がリルンを支える。
「大丈夫かい?」
「は、はい」
大江に支えられ、態勢を立て直したリルンは、お礼をいうや否や、そそくさとユリアの後ろに隠れてしまう。その様子を見て、ルージュはすこし溜息を付いてから口を開く。
「リルンの着陸も鍛えたい所なのだけど、残念ながら出撃が決定したわ。〝バーネスト〟の出現以来、前線が安定していないのね」
その発言に、大江は開いた口が塞がらなかった。顔を合わせたのは数日前、そこから自動車の操縦訓練が始まって、なんとか乗れるようになった結果が今日の捜索・救出訓練だ。
大江が遣英隊に志願した時の訓練も、通常の兵役と比べたら訓練が削られ、短い物であったが、それでも数か月の訓練であった。軍隊として統率の取れた動きをするにはある程度の時間が必要なのだ。
「まあ、訓練不足なのは間違いない。けど、大江、リルンも、実戦で問題なく動けていたと聞いているわ。部隊行動が出来る様に私達でフォローする」
ルージュの発言で、大江は評価されているのは分かったが、だからと言って不安が無いわけではない。大江が怯えさせない様にちらっと横目でみたリルンも不安そうな顔をしていて、少し体がこわばっている。
「大丈夫よ、慎重にいくから。ね、隊長」
エレがリルンの肩に手を置いて励ましながら、ルージュの方に顔を向ける。その後ろでユリアはリルンの頭を撫でていた。
「そうね、無理はしない。それに、大江が働きやすいようにはしたわ」
ルージュはそう言うと、片手をまっすぐ空に伸ばし、拳を握りしめる。
「よし、第二小隊! 出撃準備!」
そう言うと、少女達は一斉に飛び立って、フューリアスの方へ向かって飛行を開始する。途中でエレが何かに気が付いて大江の方へ戻ってくる。
「ああ、車を戻すところ教えないとね」
大江は自分も飛べたら便利なのにな、と強く感じた。
= = = = =
アフリカ、エル・アラメイン。日本軍の塹壕線。その一角で大江は塹壕から顔を出し、青い霧に覆われた大地を見つめていた。その青い霧に向かって、次々と砲弾が飛び、炸裂した砲弾によって一瞬地面が見えては、再び青い霧に覆われる。意味が無いように見えて、少しずつ青い霧は後退している。
「おい、大江。早速クビになったのか?」
その隣には、同期であり、先の戦いで共に活躍した加島がいて、笑いながら大江に話しかけていた。
「私もここに戻ってくるとは思ってなかったよ」
溜息をつきながら、大江が答える。
「そのセリフだと、本当にクビになったみたいだねぇ」
牧原連隊長が見つめていた双眼鏡を下ろしながらそう呟く。そう、大江は別に花冠の少女達の直掩隊をクビになってここにいるわけではない。直掩隊の任務としてここにいるのだ。
「特に変化はないね。司令部に連絡、予定通り作戦を決行する。大江君も第二小隊によろしく伝えてね」
ここにおける大江の任務とは、突撃を行う日本軍第301連隊の状況を把握し、上空支援に当たる第二小隊が効率よく動ける様に情報を供給する事と上空から分かる危険を連隊に通達する事。敵の抵抗によって遅滞している所がある、〝ブルフォグ〟の濃い所がある、等の情報をやり取りする事によって、第二小隊が何処を攻撃すれば連隊が前進できるか、連隊はどうすれば前進できるかを判断出来るようにするのが大江の仕事であった。
「了解です」
大江は敬礼をしながら返事をすると、手元のモールス信号用の電鍵を操作して塹壕から話して置いてある自動車に搭載された無線機で信号を発信する。
「しかし、一人で車を扱うなんてすごいな。俺も乗ってみたいぜ」
「機関銃を撃てるなら全然いいぞ。銃手が確保できなくて困ってたんだ」
大江がそうあっさり返事をした為、加島は慌てる事となった。冗談で言ったつもりだったのだ。
「いや、いろいろと不味くないか? ねぇ連隊長」
加島は日本陸軍の兵士、対して自動車は各国連合の花冠の少女達が所有している自動車。友軍ではあるが、指揮系統が違う人と物が一緒になるというのは問題が予想できた。
「ん? 構わないよ。大江君を手伝ってもらおうと君をここに呼んだからね。大江君が必要というのなら何の問題もない」
だが、連隊長の返事もあっさりした物だった。加島は困惑しながらも自動車に目を向ける。
「触った事ある機関銃だなぁ。乗らなきゃ駄目か」
加島はそう呟くと塹壕から這い出て、自動車に近付いて機関銃の操作を確認し始める。
自動車に搭載されている機関銃はルイス軽機関銃。英国製で、遣英隊でも多数が使われいる。そう難しい操作でもない為、加島でも十分扱えるものであった。
「乗りたくなかったのかな」
少しもっさりした動きで確認作業をしている加島は、乗ってみたいと口に出した人物の動きとは思えなかった。
「ああ、そうだ。アリアナ・フォーグ殿とは話したかい? 初めて花冠の少女達の小隊運用を提案した女性」
連想ゲームでなにかを思い出したらしく、牧野連隊長はとてもニコニコして大江に顔を向ける。
「いえ、第一小隊はあまりマルタまでは帰ってこないそうで」
花冠の少女達の小隊運用、それは、一人一人が自分の判断で各個に戦う戦い方では、地上部隊との連携が取りにくい事から生まれた発想だ。
どれだけ少女達が〝ブルフォグ〟を掃おうとも、最終的には地上部隊が空白地帯に進んで塹壕や防御陣地を築かなくては再び〝ブルフォグ〟に覆われてしまう。
しかし、一人の人間が地上部隊の動きを意識して〝ブルフォグ〟に攻撃するなんて容易な事ではない。飛んで、撃って、それだけで十分に集中力が必要なことだ。そんな中、空から地上部隊の動きを見て適切な攻撃ポイントを見つけ出すというのは限られた人間しか出来ない芸当となる。
そこで、判断をする者・隊長、情報を集める者・通信手、それに基づき攻撃を実施する者・攻撃手。役割分担を行う事で適切な所に力を注げるようにする。それが花冠の少女達の小隊運用であった。
それを確立させたのが。アリアナ・フォーグ。イギリス出身の花冠の少女であり、現在も第一小隊の隊長として前線で活躍している。
小隊による運用は効率的であった為に、これまでの戦い方をしている花冠の少女達では代替が聞かない。その為、なかなか前線を離れられないのだ。
「そのフォーグさんがどうしました?」
大江は、連隊長が会ってみたい、というようなミーハーな人間には思えなかった為、なぜ今フォーグの名前が出てきたのか理解できなかった。
「いや、彼女は一時期日本にいたと聞いたからね。君の約束の人である可能性もあるかなと思ったんだ」
大江は合点がいった。しかし、新聞に載るアリアナの姿を思い浮かべてみても、あの時の少女の顔、印象とはまったく一致しない。
「写真で見た限りですが、印象が違うかと」
「そうかい? 実際に会ってみると印象が違う事はあるし、君がフォーグさんと合うのが楽しみだね」
連隊長は鼻歌が聞こえるんじゃないかと思うほどウキウキしている様子だった。
「君の方では何か新しい気付きは無かったかい?」
大江は暫く考えて、頭を捻ってから質問に答える。
「訓練で忙しく、あまり周りが見えていませんでした。しかし、天ぷらは練習を続けました」
そう言い、大江は
受け取った連隊長が包みを剥ぐとその中身は天ぷら、様々な何かが衣によってひとつにまとまった所謂かき揚げと呼ばれる天ぷらであった。
「ほほう、こないだは食べ損ねたからね。頂いてもいいのかい?」
「勿論です、冷めていますが……」
大江が冷めているという事を言い切る前に、連隊長はかき揚げを口に運んでいた。
「うん、出来立てだったらもっと美味しかったんだろうね。これ、材料は何処で?」
天ぷらが美味しいのか不味いのか微妙な反応ではあったが、大江は褒められたと思う事にした。冷えて、
「フューリアスの厨房で出た端材をいただきまして」
「向こうでも材料調達の目途を立てられているようで何より。さて、そろそろ攻勢の時間だね」
うんうん、と頷いてから、連隊長は帽子を被り直し、真剣な目で〝ブルフォグ〟を見つめる。
「では、自動車で待機します」
大江は連隊長に敬礼をし、自動車の元へ向かう。機関銃を構えて練習をする加島に目を向けながらも、運転席に体を滑らせ、いくつかの操作をして、エンジンを始動させる。
「車って意外と静かなんだな」
「特別静からしい、静かだから市販品は幽霊って言われてるらしい」
大江が最初にこの車に乗った時、運転指導に当たった兵士は車に付いても説明していたが、大江はエンジンの始動手順を覚えるのに必死で殆ど覚えていなかった。この車がゴーストと呼ばれているらしいというエピソードだけははっきりと覚えていた。
そんな会話の直後、ずっと響いていた砲撃の音が止んだ。静寂が訪れたかとおもったら、けたたましい笛の音が塹壕のあちこちから満ち溢れる。
「突撃!」「突撃だ!」「いけ!」
そして、多数の日本兵が塹壕を飛び出して青い霧が下がり、活動できるようになった大地に向かって一気に走り出す。
その上空を四人の花冠の少女達、第二小隊が通り過ぎ、青い霧が下がった大地に残っているネストに対して光線を発射、次々と破砕していく。
「進むぞ。加島、落ちるなよ」
大江はそう声を掛けてから、自動車のアクセルを踏む。突撃する歩兵たちの後ろをついていくようにゆっくりとした速度で自動車は進み始める。
自動車はゆっくりであったが、大江は素早く行動しなければならなかった。自分の目で歩兵たちが進む先の情報を集めながら、エレが上空から送信する敵情について整理しなくてはならないのだ。
『A2地形悪い 速度低下 要支援』
予定されている作戦エリアをグリット分けした地図に基づき情報をやり取りする。この場合はAの二番目の地点の地形が悪く、歩兵の前進速度が落ちている。〝ブルフォグ〟が再拡散する可能性があるので支援が必要という情報だ。
『C3 E多い 停止求む』
これはエレからの情報。Cの三番目でE(
この情報は連隊の司令部に伝えなくてはならない。大江は、第二小隊へ情報を伝える電鍵から手を放し、もう一つの電鍵に手を伸ばす。
この電鍵は司令部に繋がっている有線回線による電信だ。車の一番後ろにコードリールが装備されていて、そこから繰り出される通信ケーブルによって司令部の通信装置と繋がっている。そんなものを引っ張っていては、自動車の機動力が弱ってしまうが、無線はまだまだ珍しい技術であり、こういう有線による回線作成に頼らざるを得ない。
それからも、大江は戦場を見ながら、そして情報を受け取りながら次々と電信を作成して状況を有利に進めていく。
『B5 ECいる 要支援』
EC、つまり〝フォガー〟の
『了解』
エレからの返事が返ってくると、空ではB5に向けてリルンとユリアが飛んでいくのが見えた。
「これでもう終わりかね」
加島が呟くように言う。今回進撃を予定しているのは各ブロック、五までの地点であり、殆どのブロックで五まで進撃している。作戦で確保したいエリアの殆どを日本軍は押さえようとしていた。
「いや、塹壕を掘ってある程度の防御陣地が出来るまでだ」
そう、〝ブルフォグ〟を押し返し、土地を確保しても、守りを固めなくてはまた青い霧に覆われてしまう。ある程度の防御陣地が出来るまで第二小隊は支援する事となっていた。
「A、Cは作業に取り掛かっているだろ。もう大丈夫じゃないか?」
加藤がそう油断した時、戦場を監視する大江の目には恐ろしい光景が飛び込んできていた。
「くそっ、
敵を排除し、ようやく陣地構築を始めようとしたDブロックの兵士たちの先に、亀ほどの大きさで地面を這うように進む〝フォガー〟の群れがいた。
人間が走るのと同じくらいの速度で突き進むその数は数百は超えている。小銃弾が届くならどの距離でも倒せるほど脆い敵ではあるが、脅威なのはその数と小ささだ。ある程度の人数で射撃しても、射撃が当たらず接近を許してしまう事は多い。
花冠の少女達の光線なら容易に多数のB型を倒す事が出来るのだが。
「隊長はAブロックで対応中、直ぐに向かえる戦力はいない」
大江はそう早口で言うと、同じ内容を二つの電鍵に入力すると、司令部へつながる通信ケーブルを外し、リールを地面に転がす。
「おい、どうするんだ?」
加島の質問に、大江はまず、アクセルを踏み抜く事で答えた。
急加速に振り落とされない様に必死になる加島に向かって、大江は大声で叫ぶ。
「見えたら撃ちまくれ!」
加島は頷きだけで答えると、機関銃にしがみつくようにしながら機関銃の向きを変える。大江の目にDブロックの作り始めた陣地に押し寄せようとする青い濁流が再び飛び込んでくると同時に、機関銃の発砲が始まった。
毎分五百発という発射速度の機関銃だが、マガジンに収められた弾は五十発程。五秒程度で撃ちきってはマガジンを交換しなくてはならない。機関銃の攻撃は確実に敵を減らしていたが、数百という勢いを止めるには至らない。通信を受けてか、後方から砲弾も飛んでくるが敵の群れより奥に命中する。修正すれば命中するが、その前にDブロックの陣地に殺到するのは明らかだった。
大江は陣地と敵の群れの間に車を滑り込ませ、自動車を停止させる。必死で機関銃を撃ち続ける加島に奥にしまわれたマガジンを用意してから予備のガソリンが入った缶を手に取って、ハンマー投げのように持ち手をもってぶん回してから敵に向かって投げつける。
「缶を撃て!」
大江が叫ぶと、加島は撃ち続けながら大江が投げた缶を狙う。空中で撃ち落とす事はなかったが、地面に落ちて一部のガソリンを撒き散らした缶に命中し、爆発させる。爆発に多くのB型が巻き込まれ、撒き散らされたガソリンに付いた火によって、敵の前進は阻害される。
それに腹を立てたのか、たまたま近くにいたからか、B型の残った群れは向きを変えて大江の方へ向かう。
大江はアクセルを踏み抜く勢いで踏み、自動車を発進させる。群れは猛烈な勢いで大江を追いかけたが、大江との距離は詰まらない。諦めたのか、静止して陣地に向おうと向きを変えたB型の群れに光線が降り注ぎ、その大部分を仕留めていく。生き残ったB型も体制を立て直したDブロックの兵士たちによって次々と撃破されていく。
「よかった、間に合った」
その声に、大江が顔を上げると、リルンが光線銃を構えていた。他の少女達はまだ到着していない。
その大江の視線に気が付いたのか、リルンが大江の方を見る。大江は片手をまっすぐ上げて拳を握る、ルージュが良くやっている動きをして、感謝を示した。
リルンはへにゃっと笑って、それから恥ずかしくなったのか別の目標を見つけたのか逃げる様に飛び去って行った。
「大江、嫌われてるんじゃないよな?」
「必死に戦った後の第一声がそれか?」
男二人の笑い声が響く。それから大江達は通信ケーブルのリールを回収したと同時に、信号弾とエレからの無線によって、作戦の成功を知った。
こうして、花冠の少女達の直掩隊としての初陣は無事、成功裏に終わった。
この勝利によって、大きな作戦が動き出している事は、この場の誰も知らない事であった。
To be continued…
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