She needs A hedge.  第1章

 

 アルカディア。
 かつて存在すると言われた理想郷の名であり、今は魔女達の理想郷として確かにそこに存在する。
 そしてアルカディアの最も高い塔の頂上——それはおおよそ地球で最も高い位置に頂上とも換言出来る——に存在するのが、アルカディア運用本部会議室、通称「サバトサミット」である。

 

「以上のように、磁力石は正常に作動中。また世界結界もほぼ綻びがなく展開されているとのことです」
 あらゆる情報を扱う専門家の魔女ゴットフリートにより、月に一度の報告が行われている。メンテナンス自体は毎日行われ、日報の形で届けられているが、余程の大事ではない限り、アルカディアの運営者たちがアルカディアの維持状況を知るのはこのタイミングになる。
「それから……、今週末にはハロウィンなので、一部の浮かれた魔女たちは既に街中でチンドン騒ぎを始めてるという事です」
「まぁうちのエレナが『ワルプルギスの夜とハロウィンは大騒ぎする日よ!』なんて宣言して以来の年に二度のお祭りだものねぇ」
 サバトサミットのトップ、即ちアルカディア運用組織のトップを務める魔女アリスが面白そうに微笑む、
「はい。ただ、ハロウィンとなるとカボチャの被り物をする魔女が増えまして、不審な侵入者に気付けない恐れがあります。こちらも警備を増やすことで対応していますが」
「去年は統一政府の刺客が入り込んでる、なんて噂が流れて大騒ぎだったものね。とはいえ、その可能性を恐れて騒がないよりは、騒げてる方がいいんじゃない? エレナもきっとそっちの方が好きだわ」
「はぁ。そりゃ、エレナ様はそうでしょうけど……」
 去年のハロウィンに起きた大騒ぎの結果生じた損失は計り知れない。
 特にこの"聖地"アルカディアを構成し、内と外を隔てる磁力石と世界結界に損傷が生じれば、魔女達の平穏は守れなくなる。
「そうは言ってもこれまで世界結界が綻んだことなど一度もないのでしょう? 統一政府の連中が入り込んでくることなどあり得るの?」
 議会の一人が呟く。要するに杞憂ではないか、と、そう言うことだ。
「いえ、その油断は統一政府の思う壺だわ。ゴットフリート、ハロウィン当日までに世界結界のここ一月の細かい動きをまとめ直しておいて。常に揺らいでるものだから、ある程度の揺らぎは許容範囲としているところを、平均的な揺らぎより大きいか小さい反応になってるものは全て時間と場所を記録して」
 しかしその発言が逆にアリスに危機感を思い起こさせた。
「一月ですか! ハロウィンまでとなると……い、一週間しかないんですけど……」
 が、流石に無茶な指示にゴットフリートも驚愕する。
「たまにはその魔法を全力で一週間ブンまわしてみなさい」
 笑顔でブラックな発言をするアリス。これが真っ当な社会であればパワハラで捕まっていただろう。
「わ、分かりました」
 とはいえ、"聖地"アルカディアの防衛は何よりも優先されて然るべき重要事項。ゴットフリートも頷き、これに応じる。
「ありがとう。当日は私とエレナとジャンヌで当該箇所を見て回るわ」
 おぉ、と会議室内で声が上がる。
 アリス、エレナ、ジャンヌの三人はアルカディア成立を実現させた「最初の三人」であり、その三人が対応すると言うのは、大きな意味を持つのだ。

 

《ハロウィン当日》

 

「と、言うわけだから、今日は見回りよ、エレナ。今すぐその仮装道具をしまいなさい」
 エレナの部屋でアリスがエレナを睨む。
「嫌よ! せっかくのハロウィンなのよ、仮装して大騒ぎしてトリックオアトリートよ! だいたいなんでそんな前から決まってたのにこんな直前に言うのよ!」
「一昨年、事前に言ったら、私が迎えに行くより前に部屋を脱走して、ハロウィンが終わるまで私達の前に姿を表さなかったのはどこの誰かしらね!」
「アリスの言う通りですよ。魔女のみんなが安心して暮らして、大騒ぎできるようにするためにも、私たちが頑張らないと」
 アリスと共にエレナを迎えに来ているジャンヌがアリスに同調する。
「そういうのは、ジャンヌたち魔女団の仕事でしょ、ちゃんと仕事しなさいよ、ちゃんと」
 エレナがビシッとジャンヌを指差す。
「ジャンヌに八つ当たりしないの! だいたい、導く者には最後まで付いてきたものを導く責任があるって私達に言ったのはエレナでしょ!」
「もう導いたじゃない……。魔女が魔女として自由に生きる社会はここにある。後はアリス達議会や、ジャンヌ達魔女団の仕事でしょう。いつまでも私に頼らないでよ。私にだってやりたい事があるんだから」
「なんですって!」
 エレナの言葉に遂に耐えかねて激昂したアリスが一歩前に踏み出して拳を振り上げる。
「アリス」
 それをジャンヌが手で制して首を横に振る。
「……」
 二人はしばらく沈黙し。
「もう分かったわ。私たちは二人で見回りに行く。行きましょ、ジャンヌ」
「はい。エレナ、また」
 2人が扉を開け、エレナの部屋から去っていく。
 エレナはそれを居心地悪そうに見送ったのち、手に持った仮装道具を使う気にもなれず布団に体を投げ出す。
 ボーッと見慣れた天井を見つめる。
 しばらく、というには長すぎる時間を待って、エレナは再び口を開く。
「エンキドゥ、遮蔽モードであの二人の事を見守っててあげて」
「はい、エレナ様」
 ずっとエレナの前に控えていた無表情な少女がこくりと頷き、そして姿を消す。

 

「エレナってば、どうしてあぁなのかしら」
 部屋を出て街中を歩きながらも、アリスはぼやき続けていた。
 アリスはある種盲信に近い形でエレナが好きだった。そのエレナがこの聖地を守ることに熱意的でない事が我慢ならないのだろう。と、ジャンヌは分析する。
 街中はすっかりハロウィン仕様でいろんな仮装をした人々で溢れかえっている。
 ある意味、街は二色に塗り分けられていた。オレンジや紫といった色とりどりの仮装魔女と、漆黒のローブに黒いとんがり帽子を見に纏う魔女団の構成員。
「あ、アビゲイルさんがいますよ。結界の事は」
「そうね。アビー、ちょっとこっちに付き合ってもらえる?」
 魔女団の一団を眺めていたジャンヌがそのうち一人を指摘し、アリスが声をかける。
「あら、最初の三人様の二人じゃない、エレナは?」
 声をかけられた魔女団の魔女がとんがり帽子を外して顔を晒す。美しい金髪と碧眼の魔女、アビゲイルだ。
「知らないわ、あいつのことなんか」
「あらら、私が気安く触れていい話題じゃなかったみたいね。ごめんなさい」
 アビゲイルとしては三人セットと認識されてる事を少し揶揄っただけのつもりだったが、アリスのむすっとした表情をみて、謝罪する。
「あはは……。えっと、私たち、世界結界をチェックしないといけなくて……」
「あぁ、なるほど。エレナは行けないから、私ってことね」
 アビゲイルは背後の魔女団二人に振り返る。
「お気になさらず、でござる」
「あぁ、こっちは二人でやっておくよ」
「ありがとう。二人も気をつけてね」
 魔女団二人が走り去って行く。ハロウィンはトラブルが多発する日だから、魔女団としては時間がいくらあっても足りないのだ。
「さて、行きましょう。というか、船のあてはあるの? 世界結界のメンテってことは」
「えぇ。果ての大瀑布よ。船なら用意できるから、行きましょう」
 人の流れに逆らって海辺に向かう。

 

「で、どこに船が?」
 見渡す限りの大海原にアビゲイルが首を傾げると、アリスが一歩前に踏み出す。
Row, row, row your boat漕いで漕いで、あなたのお船
 Gently down the stream.そっと流れに沿って下れ
 Merrily, merrily, merrily, merrily,陽気に楽しく
 Life is but a dream.人生は夢のよう
 ザッパーンと、音を立ててクルーザーが姿を表す。
「相変わらずあんたの魔法って無茶苦茶……」
 5秒の沈黙ののち、アビゲイルはそう漏らした。

 

「結局はあなたのイメージなのは分かるけど、Row, row, row your boat漕げ漕げお舟でクルーザーを呼ぶとは恐れ入ったわ。まったく漕ぐ要素ないじゃない」
 船の上で結局アビゲイルはそれを口にした。
「まぁ、正直どんな船が出るかは賭けだったんだけどね」
「賭けに負けてたらどんな船が出てたの!?」
「あはは、ひどい時はカヌーレベルでしたよね」
 旅していた頃を思い出してジャンヌが乾いた笑いを発する。
「えぇ……」
「まぁ、The Big Ship Sailsなら確実にでっかい帆船を呼べるんだけどね」
「あの歌、最後には沈むじゃない……」
「そう、だからちょっと縁起悪いでしょ?」
「ううん。なにか納得の行くマザーグースないかしらね……」
 アビゲイルは子供の頃マザーグースを聞いて育った本当の外国人で、マザーグースには一家言あるらしい。
 そんなわけで、アリスとアビゲイルによるマザーグース談義を続けながら、船はただ進んでいった。
「で、何があったのよ、ジャンヌ」
 世界結界が近づき、航路の調整をするためにアリスが甲板を離れたタイミングで、アビゲイルがジャンヌに近づき尋ねる。
「あぁ、実は……」
 ジャンヌが説明する。
「なるほどね。まぁ、エレナはそうするでしょうね」
「アビゲイルさんには分かるんですか?」
「そうね……、人の考えなんて結局本人にしか分からないけど。この件に関しては、多分」
 だって、私も似たようなものだもの。と小さく呟くアビゲイル。
「やっぱり形は違えど理想郷を目指したリーダー同士、通じるものがあるんでしょうか」
「多分ね。もし立場が逆だったら、私もエレナと同じだったかも」
 それに……、と言いかけたところでアリスが戻ってくる。
「もうすぐ世界結界に到達するわ。念のため、警戒を……」
 アリスの言葉が遮られる。なぜ、とは誰も問わない。それは明白であったから。
「このローター音、AV-25ね」
 それは遠くから聞こえてきたローターが風を切る音。
 アビゲイルの見立てが確かなら、それはアルカディアと利害の対立する国「科学統一政府」の攻撃ティルトローター機、AV-25らしい。
 そして、間も無くそれは視界に映る。
「ジャンヌ!」
「はい!」
 アリスの声に合わせ、ジャンヌが前方に巨大な壁を生成する。
 思い描いた場所に任意の壁を生成する。それが「壁」の魔女たるジャンヌの魔法である。
 高速で走行しているAV-25は突如眼前に現れた壁に対処できず衝突する、かに思われたが。
「なっ!」
 壁を突き破ってAV-25が姿を表す。
「ガトリングガンを装備しているはずの場所を見て!」
「アルルドゥの剣!?」
 本来ガトリングガンと呼ばれる回転銃が装備されているAV-25の先端に装備されていたもの。それは火炎を発する剣であった。そして、それこそがジャンヌの壁を破壊したものの正体だった。
 魔女三人が驚愕しているのをいいことに、AV-25は翼からアンカーを射出する。それは有線で繋がったロボットアームであり、そして、驚愕し動きを止めていたアリスの体をがっしりと掴んだ。
「きゃっ!」
「アリス!」
 アリスはこのメンバーの中で唯一攻撃能力を持った魔女だ。それが捕縛されたとなると、後はアリスを見捨ててでも逃げ延びる以外の選択肢はない。
「遮蔽モード解除」
 しかし、AV-25のパイロットは見過ごしていた。
 もう一人、そこに戦闘能力を持った魔女がいたことを。
 突如、甲板上に姿を現したゴシック風ドレスの少女は無表情のまま高く跳躍する。
 少女が右手を構えると、右腕が光へと変化し、さらに光が剣へと変化する。
 そしてその剣となった右腕をふるい、ロボットアームとAV-25を繋ぐワイヤーを破壊する。
「アリス!」
 ジャンヌが落下するアリスが地面と接触してしまうより早く駆けつけてアリスを受け止める。
「アビゲイルさん!」
「もうやってるわよ!」
 アビゲイルの魔法、偽の光景を見せて自身を見ている風景を信じられなくしてしまう「不信」の魔法がAV-25のパイロットを襲う。
「エンキドゥ、武器化を」
「はい、ジャンヌ様」
 エンキドゥと呼ばれた少女が、今度は全身が光へと変化し、剣が収納された状態の鞘としての機能を持つ盾に姿を変える。
 ジャンヌは左手で剣を抜き、壁を階段状に生成してAV-25に近づく。
 アビゲイルの対応が若干遅れたため、AV-25はこれに気付き回頭。両翼からさらに二発のアンカーを発射する。
「っ」
 ジャンヌはこれを臆することなく左手の剣で両断。
 その隙をつくつもりだったか、突進してくるAV-25。その先端にはジャンヌの壁を破った炎を纏いしアルルドゥの剣。
 しかし、これにもジャンヌは臆さず、盾を構えて受け止める。
 そのまま盾を斜めにして、突進を逸らす。盾の方向に合わせ、左方向に逸れていくAV-25。
 ジャンヌの眼前に右翼と右ローター。ジャンヌは速やかに左手の剣でそれを両断した。
「撃墜、です」
 ジャンヌが剣を盾に戻し、甲板に着地する。
 剣と盾が光に変化し、人の姿、エンキドゥの姿となって、ジャンヌの横に現れる。
「きゅう」
 エンキドゥはそのまま倒れそうになり、アビゲイルが慌てて受け止める。
「エネルギー切れみたいね」
「そりゃずっと遮蔽モードからの限定武器化による自己戦闘に、完全武器化でアルルドゥの剣を受け止めることまでしたんだもの。酷使しすぎよ」
 エレナのやつ、わざわざエンキドゥを送りつけるなら、自分で来ればいいのに。とアリスは相変わらずぶつぶつと呟いている。
「そんなことより、嫌な予感がするわね」
「そうね。世界結界を抜けたのはおそらくあのアルルドゥの剣の力。そして、奴らの性格から考えて、あれ一本じゃないわ」
 アリスが我に返って呟くと、アビゲイルが同意する。
「おそらく複数見つけてるわね、いえ、あるいは……宝物庫を発見されたかしら……」
「どちらにせよ、さっきのAV-25とはたまたま出会っただけの可能性が高いわ」
「えぇ。急いでアルカディア本島に戻りましょう。ジャンヌ、魔女団に連絡を」


 少し後、アルカディアの町。
 統一政府の音速爆撃機が爆弾を投下し、町の上空を通過する。
 町を守る半透明の幕、物理結界がそれを守る。
 ジャンヌの通報を受けて魔女ニルスが展開したのである。
「大丈夫でござるか?」
「かなり、キツいっす。ただ、あいつら、相変わらず魔女は捕まえるって方針なんスね。家を壊したりもやしたりして町を壊すのが目的で、人を殺すのが目的じゃない。なら、やりようはあるっス」
「かたじけない。なら、しばらくは頼むでござる。お主が耐えられる間にリベンジの用意を整えるでござる」
 金髪の武士がニルスの側を離れる。
「敵の狙いは皆さんの確保です。拉致用のティルトローター機が来たとき、皆さんが外にいるのが奴らの狙いです。シェルター認定を受けている家屋へ避難を」
 素早く方針を打ち立てたゴッドフリートが指示を飛ばす。
 こうすることでニルスも一部のシェルター家屋のみを守るようにすることができ、より長く時間を稼げる。
 そんな中、逃げる一団に加わっている二人のかぼちゃ頭。
「エレナ……、アルカディア、大丈夫かな……」
「大丈夫よ、魔女団はこの程度の敵に敗れたりしないわ。急ぎましょう、ソーリア」
 魔女エレナと、彼女達最初の三人のかなり初期の仲間の一人、魔女ソーリアであった。
「あなた、エレナなの? ねぇ、本当に大丈夫なの?」
 二人の会話を聞き、側によってきた魔女コスチュームの女性が一人。
「あら、ヴォンダ、ハッピーハロウィン、トリックオアトリート」
「くっだらない。この状況でまだハロウィンをやるつもり?」
 青い瞳の美しい彼女はヴォンダ。というのは本名で魔女としての名前はこちらもエレナ。ややこしいので基本的にヴォンダの方で通っている。
「あら、こんな時だからこそ、笑顔も催し物も大切よ。シェルターでお菓子配りもするつもり。あなたもどう、エレナ?」
「それはこの町ではあなたの名前よ、エレナ。あなたにはこの理想郷を作り上げた責任があるんじゃないの? そんなヘラヘラして、無責任じゃない?」
「ふ、二人とも、喧嘩は……」
 ソーリアが止めに入ろうとして、言葉が止まる。
「危ない!」
 三人の元に飛翔物が飛んできて炸裂する。

「きゃあっ!」

 

「魔女航空団の参戦に対応し、敵も戦闘機部隊が投入されました。ミサイルの代わりにシャルウルを搭載しているとの情報あり」
 サバトサミットに新しい情報が入る。
「くそ、敵がこんなにアヌンナキの遺産を投入してくるとは……」
「さらに魔女航空団が回避したシャルウルが複数地上で炸裂、何人かの魔女が瓦礫の生き埋めに!」
「救援部隊を回してる暇はない。せめてアリス様とジャンヌ様が戻ってくるまでは町を守らなければ」
 実は現在のアルカディア運営と魔女団はそれぞれ中核たるアリスとジャンヌを欠いており、非常に混乱した状態にあった。
 これは結局のところ、その二人が圧倒的なカリスマを持って組織を回していたからが故に生じた問題である。
 ともかくそのような混乱した状態にあって、一部被害を被る市民こそあれ、ある程度町を防衛出来ていることは、むしろ評価に値すると言えるかもしれない。
 しかし、少しずつその綻びは見え始めている。
 負傷者や町に無視できない被害が発生した時、アリスやジャンヌが指揮していれば、これを無視は決してしなかっただろう。そしてそれは平時であれば指揮が無くても自明のことと誰もが理解していたはずだ。
 しかし、アリスやジャンヌに頼り切った結果として、アルカディア運営と魔女団司令部は、「どのようなリソースを費やしてでも二人が帰還するまでの耐久」という判断を下した。
 これは無視出来ない歪みである。
 そして、その歪みにより後回しにされた町の被害による死傷者の中に、他ならぬエレナ達が含まれているのである。
 
 to be continued...

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