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She needs A hedge. 第2章

「ここは?」
 ヴォンダが頭を押さえながら、起き上がる。
「アルカディアの地下管理区ね。なんてこと」
 流石に少し真剣な声を出すエレナ。
「あら、流石に思うところはある?」
「当たり前でしょう。ここは私達の理想郷。そこが傷付けられて怒らない道理はないわ」
 エレナが割れてしまったジャック・オー・ランタンの仮面を惜しんでから、体を起こす。
「ソーリア? ソーリアはどこ?」
「ここだよ……」
 返事が聞こえた直後、瓦礫の山が熱で赤く変色し、そして、弾け飛ぶ。
「ぷはー、暗かったー」
 そこから現れたのはソーリア。今見た通り、「炎」の魔女である。
「ここは?」
「アルカディアの地下管理区よ。まいったわね。こんなところまで攻撃されちゃたまらないわ。磁力石にダメージが入ったりしたら、アルカディアは崩壊するわよ。魔女団は何をしてるのよ」
 アルカディアは地上層と地下層の二重構造になっている。
 と言っても、地下に街が広がってるわけでは無く、一般的な町の地下に下水管やガス管などが通ってるように様々なインフラのラインと、そのメンテナンスを行うための通路群である。
「ってか磁力石や魔法石の稼働にはサーキュレータリィリソースライのが80%以上稼働が前提よ。シャルウルを地面に喰らうなんて論外よ」
 エレナが壁に駆け寄り、モニターを操作すると、サーキュレタリィリソースラインの稼働率を確認する。数値は90%。これまでほぼ100を保ってきたことを考えると無視出来ない低下率だ。
「ねぇ、ちゃんと説明して。シャルウルって何?」
「アヌンナキの遺産……まぁ私達の祖先にあたる神様が使ってた武器の一つよ。シャルウルはその中でも神秘破壊に特化した飛び道具ね。それにしても随分景気良く撃ってきてるみたいだけど。まさか、バビロニアの宝物庫の封印が解かれた?」
「バビロニアの宝物庫? ヘロドトスの『歴史』に記されてるレオニダス王が到達したとされる空っぽの宝物庫の事?」
「あら、学があるのね、ヴォンダ。さすがだわ…….」
「どうしたの?」
 なぜか少しだけ悲しげに目を伏せたエレナにヴォンダが思わず尋ねる。
「いえ、ごめんなさい。三人で旅してた時、よくアリスとこんな話をしてたなぁ、と思ってね」
「はぁ、何かと思えばくっだらない。さっさと地上に戻って他の二人と合流したらいいじゃない。私もユーリを探さないといかないし」
「……そうね。ユーリはあなたの事探してるわね」
 ユーリはヴォンダの恋人だ。いつも騎士のようにヴォンダの側に控えている。今も、大慌てでヴォンダを探してる可能性が高い。エレナは自分のためでは無く、ヴォンダとユーリのため、と思う事で、少し落ち込みつつある自身のやる気を取り戻した。
「よーし、笑顔を忘れずにいきましょう」
 気を取り直したエレナが二人に先導して歩き始める。
「方向、わかるの?」
「えぇ。ここのラインを設計して一年は私が直接メンテしてたからね。基本的な構造は頭に入ってるわ」
 それからは後任に任せてるから、拡張されたり変更されたりした部分は分からないけど、と続けるエレナ。
「ふぅん。そういえばアンタの関わった事業って大体数年でアンタは抜けてるわよね、こだわりでもあるの?」
「よくも悪くもみんな、私の事を特別視するからね。最悪、崖から子供を突き落とすつもりででも私が離れないと属人化しちゃうから」
 実際の獅子は子供を崖から突き落としたりしないらしいけどね、とエレナ。
「ちゃんと考えてるのね、本当は責任を負いたくないからかと思ってたわ」
「あら、それもあるわよ。私は別にみんなのリーダーをやるために頑張ってきたわけじゃないもの。自分を含めた誰もが自分らしくあれるように頑張ってきたの。アルカディアの民には私に頼らず生きていけるようになってもらって、私は私で自由に生きたい。それも確かよ。いちいち事あるごとにアルカディアの一大事に駆り出されてたら、そうはいかないもの」
「それは確かにそうね」
 エレナの目的は指導者になることではない。かつては指導者ではあったが、それは手段であって決して目的ではないのだ。だから、目的が果たされた後は、後任を探して引退する。
 それは自然な事だろう。
 とはいえ希望と本人の能力が噛み合わないのも一つであって、エレナのやる魔法サーカスは正直言って鳴かず飛ばず。エレナの本当の素質は指導者にこそある、と多くのアルカディア市民が思っているのも、また確かな事実でもあった。
「それじゃあ後の二人は? 政治と軍事の中核をやってるみたいだけど」
「あれは二人がしたいからしてるんだから、それでいいんじゃない。事あるごとに私を巻き込みに来るのはちょっとやめてほしいけど」
 エレナの答えにヴォンダはそうかしら? と思った。あの二人はこのアルカディアをエレナの作ったものだから維持しようとしてるんじゃないのかしら。
 エレナは一度、二人とちゃんと向き合うべきなんじゃないかしら、と思った。
 英語で「A hedge between keeps friendship green.間に垣根があると友情は生き生きと保たれる」ということわざがある。日本人であるエレナに分かるように言い直せば「親しき仲にも礼儀あり」というところだろうか。
 要は気のおけない友達だと思っていても、その間にはちゃんとした垣根が必要で、ある程度お互いの想いをぶつけ合う必要があるんじゃないだろうか。
 つまり、彼女には垣根が必要She needs A hedgeなんじゃないか。
 と、ヴォンダはそこまで考えて。
「くだらないわね」
 わざわざ口出ししてやる義理もない事実に気付いた。
「あら、これは困ったわね」
 エレナの声にヴォンダが顔を上げる。
 そこは瓦礫により道が封鎖されてしまっていた。
「任せて! ボクが壊してやる! ソーリア……ファイアー!」
「あっ、ちょっ」
 ソーリアの両手から炎が飛び出し、瓦礫を破壊し、さらに上から瓦礫が落下してくる。
「まずい、下がって!」
 エレナが慌ててソーリアをひっぱる。ヴォンダは自主的に下がる。
 瓦礫の落下に合わせて一部の天井がさらに崩れ始める。

 

 果たして、そこに出来たのは、より大きな瓦礫の山だった。
「うぅ、ごめんよ、エレナ……」
「いいのよ。他にも通路はいくらでもあるわ、迂回して進みましょう」
 再びエレナが歩き出す。
 落ち込むソーリアのせい、と断定も出来ないが、なんとなく空気が落ち込んでいる。エレナの笑顔の魔法もどこかから回っている。
 ヴォンダは悩んだ末、会話を生もうと質問する。
「ちなみに、去年のハロウィン、無言で二人の約束を破ったって聞いたけど、なんでなの?」
 それはユーリから又聞きした話だった。それが事実であることは、読者諸兄は1章でのアリスの発言からご存知だろう。
「あれは、本当に事故だったのよ。そんな気はなかったの」
 去年のハロウィン、エレナはその時の不思議な体験をまだ覚えている。

 

 誰かの助けを求める声を聞いたエレナは、その声の出所を探してアルカディアの丘の上にまで行き、そこで黒い穴に飲み込まれたのだ。
 飲み込まれた先では笑顔を忘れて怖い顔したアリスが青い瞳の少女を襲おうとしていて、エレナは思わずそこに飛び込んだ。
「ふっふん、よく私を呼んでくれたわね! スターダスト!!!」
 その時たまたま手に持っていた星屑のフィルムケースでアリスを牽制し、青い瞳の少女との間に割り込む。
「エ……エレナ、先生……?」
「せ、せんせい?」
「こほん。星の魔女?」
 青い瞳の少女はエレナ相手に不思議な呼び方をした後、怪訝な顔押したエレナに、改めて呼びなおす。
「そう、私は星の魔女エレナ、よく知ってるわね。で、あっちは私達の合言葉である笑顔の魔法を忘れた不届き者のアリス」
 事情は分からないけれど、アリスはエレナを見ても表情を和らげる事はなく、トランプ兵と黒いローブの手勢を差し向けてきた。自分のことを知ってるなら、当然、アリスとの関係も知られてるはず、と、状況を理解してないなりに言い訳する。
 さらにジャンヌもアリスを助けるために駆けつけてくる。
「敵に回ってるじゃない。3人の魔女同盟はどうしたの」
「正直、なんで私だけが洗脳を免れてるのかもよく分からないのよね……」
 洗脳。そう説明するしかない。二人が自分達の友情を忘れて敵に回るなんて他に考えつかない。アビゲイルの不信の魔法すら乗り越えた三人なのに。
 エレナの頭はそんなことでごちゃごちゃだった。
「自分で言っちゃうのね……」
「洗脳した人の「邪魔してほしい」って意志の現れなんじゃないかと思ってるんだけど、どうかしら」
 とにかく明るく振る舞って誤魔化す。作り笑顔もいつか本当の笑顔に変わる。というのは、他ならぬエレナの信条だから。
 命からがら倒した二人は消滅し、成人男性の左腕、肩から肘までと、肘から手首までがそこに残った。
 エレナはもちろん意味がわからなかったし、その場にいた誰も、その意味が分からなかった。
 やがて、状況も判明した。自分の世界から弾き出された悲しい男が自分の世界に戻るためにたまたま流れ着いた世界を犠牲にしようとしているらしい、
 その男、ウミは一人ぼっちだったが、文字通り身を削って自身の仲間を使役していた。先程のアリスやジャンヌもその一人。かつてはエレナもいて、それは肺の片方を使っていたらしい。
「ジューンの血と肉を削って生まれた彼女達、ジューンクラフト、そういうことですか」
「……黒魔術みてぇだな。気味悪い。悪趣味だ」
「それだけ命を懸けてるんでしょ」
 エレナは、ウミを阻止したいと集まった六人に協力し、ウミが作り上げた巨大な怪物を倒した。
 その後の事は知らない。ただ、6人はウミを捌くのでは無く助けたいと言った。だから、きっと、その後は幸せな結末ハッピーエンドを迎えてるだろう。

 

「まぁ、その後こっちに戻ってきた私は、ハロウィンが完全に終わってて最悪な結末バッドエンドだったけど」
 ボソリと呟く。
 そういえばあの青い瞳の少女はどこと無くヴォンダと似ていたな、とふと思い出すエレナ。
「ねぇ、あなたに日本人の親戚とかいない?」
「……? いや、いないけど……?」
 唐突すぎる質問にたじろぐヴォンダ。
「……そうよね。ごめんなさい」
 もうあの奇妙な6人のうちほとんどとは会うことがないのが明らかだ。あの事は一夜の不思議な経験だと思っておくべきなのだろう。
「ま、なんか色々あったのね」
 しばしの沈黙の後、ヴォンダはそれで納得する事にした。
 直後、爆発したように大地が揺れる。
「くっ、また攻撃?」
 エレナが慌てて近くのモニターに駆け寄ると、サーキュレタリィリソースラインの稼働率が大幅に低下している。
「これはまずい。みんな、作戦変更するわ。中央区画に向かう。そこでエネルギーを直接制御して、強引にでもアルカディアを維持する」
 言うが早いか、エレナは説明もそこそこに走り出し、ヴォンダとソーリアは慌ててこれを追いかける事となった。

 

 その頃地上では、さらに追加で現れた戦闘機部隊に翻弄されていた。
 シャルウルによる地表攻撃が思ったより有効である事を理解した統一政府の戦略によるものだ。
 一方、アルカディア運営も魔女団もまだ戦力の維持を優先しており、このアルカディアの危機的状況には気付いていない。
 あらゆるリソースの管理に長けたゴッドフリートでさえ、敵戦力と味方戦力の観測にその能力を使っており、磁力石も魔法石も世界結界も、完全に意識の外側だ。

 

「ちょっと、簡単にでいいから事情を説明して」
 ヴォンダが走りながらエレナに文句を言う。
「このアルカディアはサーキュレタリィリソース……まぁ簡単に言うと魔力ね、それを空気中から取り込んで、人工的に作ったラインを循環させて、常に新鮮なそれを魔法石に取り込んでるの」
「魔法石ってこのアルカディアの磁力石や世界結界なんかを維持するための宝石群よね?」
「そう! 魔法石が魔力を浴びて稼働するから、磁力石が動き、世界結界が展開される! 逆にそれが途切れると、アルカディアは落下を始めるし、外界と内界を隔てる結界も消える。つまり、アルカディアがなくなっちゃうってこと!」
「それは一大事ね!」
 なら、私も一肌脱ぐしかないわね。とヴォンダは覚悟を決める。


 その頃、ようやくサバトサミットの場にアリスとジャンヌが到着する。
「地上への対神秘攻撃を許してどうするんですか! 魔女航空隊は防御主体の編成に切り替えて、地上への攻撃を全て防御を最優先させてください!」
 第一にジャンヌの強い叱責が飛ぶ。
「今ので気付いたわね、ゴッドフリート、今すぐにサーキュレタリィリソースラインの稼働率を確認しなさい!」
 アリスの指示が続く。

 

「待たせたわね、二人とも」
 アビゲイルと無表情の少女が対空先頭を務める二人の魔女の元を訪れる。
「待ち兼ねたでござるよ」
「そっちの子は?」
 シャリっと、リンゴをかじる音がする。
「エンキドゥよ。私の戦闘能力向上のため、アリスが貸してくれたわ。エンキドゥ、武器化」
「はい、アビゲイル様」
「ほう、それはすごい」
 シャリ。
「じゃあ、私達3人のコンビネーションを、久しぶりの統一政府の皆さんにお披露目しちゃいましょうか」
「うむ」
「だな」

 

「なっ、リソースラインの稼働率70%……。アルカディア、落下を始めています」
 ゴッドフリートの言葉にざわめきが広がる。
「動じるな!」
 ジャンヌが強い言葉で場を制する。対策があるわけではない。ただ、こう言う状況では指揮官が毅然としていなければ、部下は混乱するだけなのだ。だから、率先して、指揮官が毅然とした態度を取る必要がある。ジャンヌはそれをよく理解していた。

 

「どんどん揺れが強くなってるよ!」
「魔法石が力を失いつつあるんだわ。落下してしまったら、再浮上の間、統一政府の攻撃を防ぐなんてまず無理」
「だったら、ほら、私に体を預けなさい!」
 ヴォンダがなんらかの液体を飲み込み、それをトリガーに自身の魔法を発動して、自身の筋力を増強させる。
 そして、ひょいと、ソーリアとエレナを持ち上げて走る。走る速度も、これまでと段違いだ。
「凄いわ、ヴォンダ。よし、ならもう今の段階から、ラインの整流と調整を始めるわ。気休めだけどやるよりはマシなはず!」
 ローブから複数のフィルムケースを取り出し、開放する。
「えっと、じゃあボクは落ちてくる瓦礫を除去して、可能な限り真っ直ぐ走れるようにする! 落ちてくる途中の瓦礫なら、壊したって平気だよね」

 

「あっ、稼働率が一瞬80%まで上がった。安定してない……75%……85%……70%……」
 ゴッドフリートが稼働率の変化を実況する。
「エレナだわ! エレナが動いてくれてる!」
 アリスが自身の手を強く握る。
「エレナが動いていてくれるなら……」
「えぇ、私たちはそれを信じましょう」
 ジャンヌとアリスが頷き、新たな指示を送る。
 その指示はほとんどの魔女は首を傾げるようなものだったが、アビゲイルなど、一部の魔女は意味を理解し、大きく士気を向上させた。
 そしてそれは、大きくその周囲一帯の士気を上げることに貢献し、益々士気は高まっていく。

 

「ここね!」
 アルカディアの中心、円筒状に開かれた空間に出る。
 そこには大きく捩れた銀の板が回転しており、その周囲の壁には色とりどりの石がはめ込まれていた。
「どうするの?」
「私たち三人の魔力で、強引に稼働率を引き上げる。終わる頃にはヘトヘトでしょうけど」
「やるしかないよね!」
「えぇ。自己犠牲はくだらないけど、ここは守るべき故郷だもの」
 三人がそれぞれ別の石に触れ、魔力を流し込む。
 直後、一瞬、エレナに異なる魔力が流れ込む。それは、随分前に決めた三人の合図。
「ふふっ。やりますか」


「稼働率100%に復帰!」
「今だ、全部隊、アヌンナキの遺産を叩け!」
 外で展開していた全ての魔女戦力達が各々の手近な敵のアヌンナキの遺産を攻撃する。
 直後、世界結界が強く煌めく。
 内と外を隔て、アルカディアの平穏を守る世界結界が、より強い意識を持って拍動する。
 世界結界はアヌンナキの遺産を奪われた敵戦力に対し「魔力を持たない異物」と判定に即座に攻撃を実行
 直ちに全ての統一政府戦力を破壊した。
「なんだ、まだまだいけるじゃない。さすが、三人の魔女、ね」
 それを見て、アビゲイルが微笑む。
 実はエレナ達の方法で今の排除を実行するのは、本当に一瞬、強い魔力で世界結界が拍動したその瞬間にのみ可能だった。
 もしアリスやジャンヌが早ければ、統一政府は遺産の稼働を回復させ、世界結界の排除に抵抗しただろう。
 もしアリスやジャンヌが遅ければ、やはり、世界結界の排除に遺産の力で対抗されただろう。
 あるいはもちろん、エレナが何も知らず、ただ維持のみを選んだ場合も、世界結界は拍動しなかったことになる。
 アリス達による一瞬の非言語コミュニケーションを受け取り、意図を理解し適切に行動したエレナ。
 エレナ達の行動を信じ、また、エレナ達の行動に合わせて適切なタイミングで指示を送ったアリスとジャンヌ。
 三人のコンビネーションがあって初めて成立したのが今の秘儀であった。
 それを見ていた二人が、それぞれ同時に似たような事を言った。

 

「アリス。エレナにただ怒るんじゃなくて、ただエレナの話も聞いてあげたら。自分の思いを押し付けるんじゃなくて、ね。今日はハロウィンだもの、お菓子でも持っていってあげなさいな」
「エレナ。あなたがアリスにうんざりする気持ちはわかるけど、アリスにはアリスの思いがあるのよ。せっかくのハロウィンじゃない、お菓子でも食べながら、二人でちゃんと話でもしたら?」
 後者は最後に「はぁ、人のお世話してる余裕なんてないのに。全くくだらない」などと付け加えたりはしていたが。

 

 こうして、あるハロウィンの日に起きた事件は終わりを告げる。

 ほんの少しだけ、その後の話も語ろう。

「アリス」
 お互い黙りこくるばかりのお茶会。最初に口を開いたのは、エレナだった。
「あなたやジャンヌがこのアルカディアを守るために責任をもって頑張ってるのは知ってる。おかげであなたの所属するアルカディア運営と、ジャンヌの所属する魔女団はそれぞれ他の……私がかつて所属して指導した組織も含めたどの組織よりも優れた成果を発揮している。それは素晴らしいと思うわ、けどね、アリス。私の目的はアルカディアを維持することじゃないの。アルカディアは手段なの。私の目的は、魔法でエンターテイメントをやる事なの。だから、あなたやジャンヌのお手伝いは、できない」
 アリスが何度か口を挟もうとしたのを手で制して、最後まで告げる。
「エレナ……。私はあなたの作ったこの国を、あなたのために守りたいと思ってた。けど、それは私の勝手な思いだったのね……」
 アリスはその言葉で初めてこれまでの認識を改める。
「アリス。そんな義務感でやってくれていたの。ごめんなさい、私もそうとは思っていなかったわ」
 エレナもまた、認識を改める。
 だが、アリスは続けた。
「けど、エレナ。はっきり言うけどあなたのエンターテイメントは……その、面白いとも、繁栄してるとも言い難いわ。だから……」
「なっ」
 アリスが口を開く。エレナが反論しようとするのを、先にエレナがやったように手で制する。
 さっき聴かせたエレナだから、今度は黙るしかない。
「だから、あなたは自分の向いてるアルカディアの維持にこそ関わるべきだわ。今回の一件でも改めてそう思った。義務とかそういう問題じゃない。あなたはアルカディアの維持に係るべきよ。その方がもっと輝けるわ! その職についてくれるなら、今の5倍は給料を出せる環境にできる。私がすぐにでも取り払えるわ!」
 その言葉は、アルカディア運営としての言葉であり、エレナの親友としての言葉でもあった。
 そして同時に、エレナが求めていない言葉でもある。
「いやよ! 私は夢を追うの!」
「いつまでそんなこというつもり、ちょっとは現実を見て、稼げる仕事をするべきよ。伝説の魔女とさえ言われるエレナがあんなボロ家に住んでるなんて、笑えないわよ!」
「いーや!」

 

 このように、結局のところ、エレナとアリスは、エレナの在り方という点についてやはり合意に至る事はなかった。
 それでも前提となる事実はいくらか変わったし、喧嘩はしつつも二人が親友なのもおそらく変わらないだろう。
 なんにせよ、あとは犬も食わない喧嘩でしかない。ここは省略して終わることとしよう。

 

 っと、そうそう、アリスは知らなかった、もう一つの事実だけ、添えておくとしようか。

 

「じゃあ、ハロウィンの用事を断ったのはソーリアって言う先約があるからだったの?」
「先約っていうか、義務かな。私がやりたいから、ソーリアもそれに付き合ってくれてるだけ」
「それが……その」
「そう。私が連れ回して、そして死んでしまった、私が救えなかった魔女の弔い。ハロウィンは日本で言うところの旧正月の節分であり、お盆。死者が蘇る日だから」
 ソーリアが毎回付き添うのは、〝彼女〟のためか、とアリスは思った。
「そう、分かった。じゃあエレナがハロウィンを楽しむのは、あなたの責任において必要なことなのね。分かった。なら少なくとも、ハロウィンには仕事を誘うことはやめるわ」
 死んだ人間の事をいつまでも引きずっていても仕方ない、というのが正論なのかもしれない。だが、同じく彼らの先頭に立って歩いてきた身として、エレナの責任感は痛いほど分かった。
 あるいは、自分が運営に関わったのも、エレナのため、と言いつつ、やはりそういった後ろから続く責任感の念によるものだったかもしれないから。
「そう……、エレナもエレナなりに、責任と向き合ってたのね……」
 ほんの少しだけ、アリスがハロウィンに感じた不満が解消された気がした。
 もちろん、それで二人の主張の対立がおわるわけではないのだけれど。

 

the end

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