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劇場版風アフロディーネロマンスfeat.神秘世界観 クリスマスコンクエスト 上

 腕に装着された機械、アフロディーネデバイスのスイッチを押す。
《Please set orb》
 ピグマリオンオーブを捻る。オーブの底から鍵にも似たデータ端子が飛び出す。
《ムサシ》
「変身!」
 ピグマリオンオーブのデータ端子をアフロディーネデバイスの鍵穴に似た差込口に差し込む。
《属性:切断! 戦いを決断! 外国人でも和の心! ピグマリオン:ムサシ! いざ、一、二、三の太刀!》
 男の姿が変化する。
 髪は金髪のポニーテールに。腰には刀の刺さってない鞘が二本。
 その姿はこの世界で広く知られる超能力モノのアニメーション作品『三人の魔女』に登場する魔女ムサシのよう。
太一たいち、その辺一帯に現れたミニオンはそれで最後よ、うちのお姫様が仮眠中のうちに帰ってくるのよ」
 変身した青年、成瀬なるせ 太一たいちが片耳につけている通信機に通信が入る。
「了解。軽く終わらせる」
 腰にぶら下がる鞘から、緑色の刀を取り出す。『三人の魔女』で魔女ムサシが使うものと同じく、実体のない魔女ムサシの力により生成された刀。
 アフロディーネデバイスとは、二次元の嫁の力が込められたピグマリオンオーブとリンクし、その力を再現する装置である。
 本来、魔女ムサシの使う刀は設定上では無色透明なのだが、太一の好きな魔女ムサシは厳密には実写版のそれで、実写版では視覚的に分かりやすいように緑色に着色されていたため、それに準拠している。
「いくぜ! 一の太刀いちのたち大太刀おおたち那魏那汰なぎなた薙払いなぎはらい!」
 太一の緑の刀が大きく変化し、周辺一帯に存在した、おもちゃの兵隊のような敵「ミニオン」を一つ残らず薙ぎ払った。

 

 12月になったばかりのある朝の事、太一の持つアフロディーネデバイス用の外部端末、クエストデバイスにクエストの通知が入る。
「25日限定クエスト?」
 眠気眼でその文字を見つめていると、電話の着信音が鳴る。
「はい、もしもし」
「太一! 通知、見たか?」
 太一の眠気を完膚なきまで吹き飛ばさんというほどの大声。彼の仲間である朝倉あさくら 豪士ごうしである。彼は現代ファンタジーモノ『退魔師アンジェ』の登場人物、千桜 フブキのピグマリオンオーブを使うアフロディーネデバイス使いガラテアである。
「いや、まだ詳細は読んでないけど」
「高額の報酬が出るらしい!!」
 豪士の大声は止まるという事を知らない。随分テンションが高いようだ。
 まぁ豪士はお金のために戦ってる上、今、太一の味方をしているのも、お金が支払われているからだ。
 そうなると、より高額を積まれて敵になる事が怖くなるが、なんだかんだ長い付き合いということもあって俺たちの損になるような契約はしない、と約束し、事実過去に俺たちの敵から高額を積まれてもなお断ったことがある。
 動機がお金なだけで、信用できる仲間である。
「けどさ、この通知、場所も具体的な時間もターゲットも不明だよな」
「確かになぁ。けどそれは当日明らかになるんじゃないのか?」
「うーん、その可能性もあるが……」
 しかし、こんな前に告知するということは、そのための準備を求めているのでは? と考える太一。
「とりあえず、本部で、合流しよう。大丈夫、うちのお姫様も絶対興味持つから、参加は出来るよ」
「そうか? もし興味なさげだったらフォロー頼むぜ、太一。じゃ、後でな」
 通話が切れる。
 太一が所属するチームには太一を含めて四人のガラテアがいるが、その中でも豪士は一、ニを争う忙しさで、彼らの行動の中核である本部にも平時はたまにしか訪れない。
 というのも豪士はとにかくお金を得ることに必死で、何もない時は片っぱしからお金稼ぎに精を出しているのである。

 

 さて、太一はというと枕元のリモコンを手に取って日課のニュースを見始めていた。
 太一は、アフロディーネデバイスを悪用する者を取り締まる事という使命を自分に課している。
 ニュースでダイレクトにガラテアによる報道がされることはそうそうないが、不可思議な事件が起きたとき、その裏にはガラテアが潜んでいる事がある。
 そんなわけで太一は毎朝ニュースを欠かさず見るのが日課となっていた。
 ところがその日のニュースは違った。
 謎のおもちゃの兵隊、それが町で大暴れしている、と、そんなニュースが報道されていた。
「マーシー、ニュース!」
「えぇ、今電話するところだったわ。輸送機を送ったから急いで乗って!」
 太一が慌てて着替えて外に出ると、頭上に旋回式のジェットエンジンで垂直にホバリングしている輸送機が姿を表す。光学迷彩で太一が現れるまで姿を隠していたのだ。今日のような緊急事態に対処すべく、カグラ・コントラクターと呼ばれる民間軍事会社PMCから太一達がお金を払って貸与を受けている機体である。
 降りてきた縄梯子に捕まり、輸送機に乗り込むと、輸送機はエンジンの向きを後ろに変更し、高速で事件が起きている現場まで向かう。
 こうして先程の戦いの場面へと繋がるのだった。

 

 それから数日後。
 太一達の本部にて。
「最近、このおもちゃの兵隊のような姿をした何か……便宜上〝ミニオン〟と呼んでいるが、そのミニオンが日本中の各所に出没している」
 本部の会議室の一つ。太一が前に立って発言する。手元のラップトップを操作すると、スクリーンに何枚かの写真が投影される。
「少しずつ規模が大きくなっていて、つい数日前にはついにニュースにまでなった」
 太一がラップトップを操作し、スクリーンに幾つかの動画が流れる。どれも、おもちゃの兵隊が暴れる姿がニュースに取り扱われたものだ。
「恐らくなんらかのガラテアによるものだと思われるが、現時点では詳細不明だ」
「せやな、こんなおもちゃの兵隊、44年の伝説の作品にも、54年の再来の作品にも出てこーへんわ」
 仲間の一人、さかい 恵比寿えびすが頷く。彼はスーパーロボットモノ、『Angel Dust』のイシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナのガラテアである。
 「44年の伝説」「54年の再来」とはそれぞれ2044年と、2054年に公開された伝説的な作品群の事だ。ピグマリオンオーブの元ネタはアフロディーネデバイスを配布し悪事を企む胴元集団、アフロディーネゲームの運営が持つ未知のオーブを除いては、これらの作品群に由来することが多い。
 一方でおもちゃの兵隊と言う脅威は明らかにそれらの作品群には由来しない。
 とするなら、彼らは先に示した通り、未知のオーブを使う胴元集団?
「いや、それはどうだろうね」
 そこに否定の言葉を投げかけたのは、『退魔師アンジェ』に登場するヒナタのコスプレをした少女、陽光ひかりだ。その姿の通り、ヒナタのピグマリオンオーブを使うガラテアだ。
「なんや、なんか知っとるんか?」
「いや、ミニオンやミニオンを操る奴の正体についてはなんともいえないけど。少なくとも胴元の連中じゃないと思う。何を企んでるかこそ知らないけど、奴ら、これまでずっと尻尾を探らせないようにしたきた。これまで明確にされた干渉といえば、どう言う理由かはわからないけど、こちらに差し向けられてきた死神くらいのものだよ。それが、こんな訳わかんない行動で姿を晒す?」
 恵比寿の質問に陽光が返事する。
「あ、なら、クリスマスイベントじゃないか?」
「クリスマスイベント?」
 太一はふと閃きを口にする。陽光が首を傾げる。
「端末を見てないのか? クリスマスにイベントが行われるらしいんだよ。それに賞金が、っと、あれ?」
 端末を立ち上げてみると、クリスマスイベントの告知は消え、代わりにお詫びの文章が載っていた。
「こちらでも原因を把握していない不具合として、クリスマスイベントの予告が行われると言う現象が発生しました。我々アフロディーネゲーム運営としましては季節イベントの類を行う予定は一切ありませんので、予めご了承下さい?」
 読み上げる太一。
「じゃあ、クリスマスイベントって線もなしかー」
「いや、まちぃや。むしろ、ヒカリお嬢ちゃんの線を補強しとるんとちゃうんか? つまり、運営の管理すら上回る何者かが、端末を乗っ取り、予告を出し、おもちゃを暴れさせ始めたんやないか?」
「それにしても目的が見えないけどね。豪士はどう思うの?」
「俺は報酬さえもらえればなんでもいいが……。というか、クリスマスイベントは嘘って、高額報酬もないってことだよな。そんなのないぜ……」
「あはは、それどころじゃなかったか」
 イベントが嘘、つまり、報酬が嘘。豪士のショックは大きかった。
「とりあえずクリスマスイベントが奴らの本命だとすると、奴らの真の目的は、25日に何かを成し遂げること、と言うことにならないか?」
 太一が話を引き戻す。そもそも彼らはのんびり会議している場合ではないのだ。
「はい、会議はそこまで、お姫様が間も無く到着するわ、朝倉くんは荷物運びに戻って、恵比寿は車を表に回して、太一はお出迎え、よろしくね」
 しかし、太一の危惧は間に合わず、扉が開いて金髪のスーツ姿の女性、マーシーが現れる。
 そう、何を隠そう、本部と呼ばれているここはマーシー、太一、恵比寿が働き、豪士がバイトをしている芸能プロダクションの事務所である。
 そして先ほどから話に上がっているお姫様こそ、この芸能プロダクション一の売れっ子アイドルみなと 千晶ちあきことあっきー。ドルオタである太一がずっと推していた存在でもある。
 彼らは元々何故か狙われる千晶を守る為に結成された護衛部隊なのである。
 そして千晶という人間は面白そうな事態にはむしろ首を突っ込みたがるタイプであり、千晶を巻き込みたくはないが、世のアフロディーネデバイス悪用を許せない太一は千晶に隠れて会議をしているのだった。

 

「お疲れ様、あっきー」
「えぇ、ありがとう太一」
 事務所に入ってきた千晶を太一が迎え、千晶の荷物を受け取る。
 他愛もない会話を進めながら、事務所を歩いていると。
「ところで、今日は陽光が来てたのね」
 ギクリ。
 先程のマーシーのセリフで陽光にだけ指示がなかったことに気づいただろうか?
 陽光は他の三人と違い、この事務所で働いているわけではない。なので、陽光がここにいたということは、何か相談事があったということを意味する。
「い、いや。豪士が暫く別の仕事してただろ? だから、その、全員が事務所に集まるのは久しぶりだったんだよ。だから、陽光も呼んで、あっきーが来るまでに定例会を、と、そういう訳なんだ……です、よ?」
 慌てて言い訳する太一に千晶はふっと笑う。
「何慌ててるのよ。豪士君のことは分かってるから、そのつもりで陽光が来てるか聞きたかったのよ、ちょっと衣装のことで相談したくてね」
「そ、そうだったのか……」
 無駄に慌ててしまい、墓穴を掘りかけたな、と息を吐く太一。
「……」
 それを黙って見つめる千晶。
「ま、もし何か面白い事態になってたら言いなさいよ」
 千晶はそういうと、ちょうど見えてきたマーシーの元に駆け寄る。
 マーシーは千晶のマネージャーであり、太一達護衛チームの指揮官である。先程登場したティルトジェット式輸送機をカグラコントラクターから借りる契約をしているのも彼女だ。
「太一」
 千晶とマーシーのやりとりを見ながら、二人の元に近づこうとした太一に、陽光が声をかけてくる。
「屋上に輸送機を待たせてあるから、荷物は任せて行って」
 直後、陽光が千晶の荷物に触れ、指でなぞると、荷物がマーシーのすぐ横に転移する。
 ルーン魔術。陽光の持つピグマリオンオーブ:ヒナタが彼女にもたらす能力だ。普段からヒナタそっくりの見た目をしている陽光は一見しただけでは変身状態か否か区別が効かない。
「また、奴らが?」
「うん。行こ」
 屋上に到着すると、陽光の言う通り輸送機が垂直離陸モードで待機している。
「行ってください」
 二人して乗り込むと、同時、陽光がパイロットに指示して、輸送機は飛行モードに切り替えて高速飛行を開始する。


 光学迷彩で姿を隠すことができ、亜音速での飛行が可能で、どこにでも滞空できるこのティルトジェット式輸送機は日本中の危機に対処したい太一と、日本中好きに飛び回られるといざと言うとき千晶のそばにいてもらえなくて困るマーシーのやや歪な利害一致の末に購入が決定された、彼らの移動基地である。
 陽光がリモコンを操作し、正面のモニターを起動する。
「簡単に状況を説明するね。日本の五大拡張首都圏で一斉に例のミニオンが発生したみたい」
「ん、なら、なんで飛び立ったんだ。東京であっきーを守らないと……」
「東京には豪士と恵比寿が残るから大丈夫。あの二人は特に護衛の契約でいるんだしね」
 確かに。攻めの豪士と守りの恵比寿のコンビなら、あっきーは平気か。と思い直す太一。
 しかし心配だなぁ、と視線だけを東京の方に見つめ続ける。
「で、じゃあ俺たちはどこに向かってるんだ?」
「近畿首都圏だよ。他も大量発生には違いないんだけど、ここだけ、情報実体空間が確認されてるの」
「情報実体空間!? それってもしかして」
「うん。ここに召喚者がいる可能性は高い」
 情報実体空間とは、アフロディーネデバイスでのみ生成、侵入可能な現実世界と隣り合わせの空間だ。要はガラテア達のための戦闘フィールドだと思えば良い。
 そしてガラテアが自身の力を現実世界で私欲の力のために振るおうと思ったとき、ここは絶好の退避場所となる。
 その情報実体空間が五方面同時攻撃という状況にあって一箇所にだけ存在する。
 怪しい、と言わざるを得ない。
「前方から飛翔物ミサイル! 熱源式囮フレア展開!」
 パイロットが叫ぶ。
 輸送機が熱を帯びたペレットを複数発射した。熱源を探知して追尾する方式のミサイルを欺瞞するためのフレアと呼ばれる装備だ。
「大丈夫なの?」
「任せて下さいよ。これでも世界最強の軍隊って売り文句で売ってますからね! ただ、コンバットモードに入るんで、シートベルト、お願いします」
 二人は言われるがまま、シートベルトを着用する。
「お客様のシートベルト着用を確認。コンバットモード、起動」
 直後、急激なG変化が太一達を襲った。
 中にいる太一には分からなかったが、下と後部に切り替えができるジェットエンジン、それが今、前方に向いていた。
 言うなれば、急速に空中でブレーキした形である。
 さらに、今度は左右のエンジンがそれぞれ別の方向を向き、恐ろしい旋回速度で螺旋回避軌道バレルロールの動きを取る。
「ここ、富士山首都圏の近辺だから、そこに現れてたミニオン部隊がこちらの思惑に気付いたのかも」
 とんでもないGがかかる中、陽光は平然とした風に太一に声をかけるが、太一はそれどころではなかった。

 

 数分後、機体は近畿首都圏付近へ。
「間も無く目的地です。コンバットモードによるご不快をおかけして大変申し訳ありません。次回以降、反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアオプションの導入をご検討ください。こちらは飛んでくる飛翔物の作用に対し……」
「また、迎撃されるんじゃ?」
「だからギリギリまで接近して、情報実体空間に入る。準備して」
「おう」
 太一がピグマリオンオーブ:ムサシを取り出し、捻る。
《ムサシ》
 その間に陽光が側面のスライドドアを開き……。
飛翔物ミサイル接近!」
「ちっ。太一は先に行って!」
 直後、無数のルーンが空中に刻まれ、ミサイルを防いだ。
 高速記述と呼ばれる英国の魔女、ヒナタだけが使える彼女の、才能タレントだ。
「あぁ、すまん!」
NOTICE通知. I find already converted data entity expansion space形成済みの情報実体空間を確認.》
 変身を終えた太一が開かれた扉から飛び降りる。
「突入する!」
penetration突入
 太一の視界から色彩が失われ白一色へと変化していく。
 元の地形を維持したまま、全てを白一緒枠に塗り替えた空間。それが情報実体空間の姿である。
 その他のあらゆる位置情報は現実世界のまま。つまり今太一は高高度から落下しつつある状態にあった。
「敵は、あっちか」
 アフロディーネゲーム宣言と同時に行われたアップデート以来、情報実体空間にいるガラテアは他のガラテアの位置を探知することが出来るマーカーを表示できるようになった。
 現在この情報実体空間にいるガラテアは自分以外だと一人だけのようだ。なら、あとはそちらに向かうだけ……なのだが……。
「まずい。まずい。このまま落下したら、目的地までどれだけ時間を食うか。そもそも、着地出来るか?」
 陽光がいれば、浮遊のルーンで空から行けたはずだ。
 このまま地面に落下すれば、地形に沿って進むことになり、かなりのロスになる。
 どころか、着地に失敗すれば死ぬ。
「くそ、サブピグマリオンを選んでおくんだった」
 サブピグマリオンは追加で3つまで装備できる補助能力を追加付与してくれるピグマリオンオーブで、既にそれなりの数を集めているため、普段はあの空中基地の中に保管してある。本当なら出撃直前に任務に合わせてオーブを選ぶはずだったのだが、そこにあのミサイルだ。
「ん、ポケットに感触……?」
 ふとポケットに違和感を感じて触れると、そこには一つのピグマリオンオーブが。
 金色の台座を持つメインピグマリオンオーブに対して銀色の台座を持つサブピグマリオンオーブであった。
 おそらく、陽光がこっそりと潜ませてくれていたのだろう。
「よし」
《Subunit is weared》
 サブピグマリオンオーブを装着するためのサブユニットをアフロディーネデバイスに装着する。
《スミス》
 サブピグマリオンオーブを捻り、鍵に似た端子を出現させ、サブユニットに挿入。
 今回はこの一つしかないのでサブユニットを押し込み直して起動させる。
《スミス》
《ブランク》
《ブランク》
《no combo》
「大気圏内飛行パック付フェアリースーツをジェネレート!」
convert the data from data space to data entity expansion space情報実体化します
 太一の体に宇宙服のような装備が出現する。背中には折り畳み式の鋼の翼。
 翼が展開され、〝粒子〟イオンスラスタが妖精の翼のような青色の推進炎を噴き出す。
 54年の再来の作品の一つ『未来を探して』に登場する戦闘服「フェアリースーツ」である。
 大気圏内では飛行パックと呼ばれる一連の装備を装着することで、短時間のエネルギー噴進により大ジャンプし、滑空翼と呼ばれる背中の翼で滑空する、と言う仕組みによる簡易的な飛行を実現する。


「ふぅ。なんとか送り出せたかな。作戦を完了次第、彼を迎えたいので、ギリギリ攻撃を受けない範囲で光学迷彩モードで待機を」
「了解」
 輸送機が旋回し、安全圏へ離脱を開始する。
「もしもし、うん。私だよ。あはは、久しぶり。なになにー、やっぱり私がそばにいないと寂しい?」
 陽光が携帯の着信に気付き、電話に応じる。
 電話の相手と話す陽光はまるで仲の良かった友人と再会した時のように懐かしそうで、楽しそうだったと言う。
「うん。わかってる。こっちでも調べてるから。また追って連絡するよ。今私がいるところで解決出来るかも。もしその算段が立ったら……。うん、ありがとう。あ、じゃあ念のため……。もちろん、この件が片付いたら久しぶりに、ね。うん。じゃあまた連絡するね」
 陽光は携帯電話を仕舞い、再び窓の外に視線を向ける。
「太一、頑張ってね。ここで仕留められれば、それで良し、だし」

 

 太一が飛行中。太一の携帯電話が着信音を鳴らす。
 出るかどうかひとしきり悩んでから、スマホポーチから携帯を取り出す。
 そしてディスプレイの文字を見て即座に通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「あー、もしもし?」
「あ、もしもし、太一? マーシーとの話が終わったら話そうと思ってたんだけど……」
「あぁ、あっきー。ごめん、なんか下見に行く事になっちゃって」
「ふぅん? なんか風を切る音がするのよね。前に太一に抱えてもらって空飛んできてもらった時みたいな……。下見って、空からやるの?」
 ギクリ。
「いや……、そ、それより、どうしたんだ?」
「あぁ。今年の私ってクリスマスイブイベントはあるけど、クリスマスは何もないでしょ?」
「だな。まぁアクシデントのせいで、事務所としては発表当初は謝罪しきりだったけど」
「まぁ事務所の事情は知らないけど。そんなわけでクリスマスは暇なのよ。だから……その、ちょっと付き合いなさい」
「えっ」
 25日と言えば最悪の場合このミニオン達との戦闘の最終決戦の時だ。
 いや、それよりなにより。
「なに? 推しとクリスマスを過ごせるんだから、光栄でしょ?」
 まぁそれはそうだ。それはそうだが、むしろ恐れ多いというべきか……。とうまく言語化できずに言い淀む太一。
「……ま、どうせ予定はないでしょ。拒否権もないんだし、よろしくね」
 通話が切れた。
 自分勝手なところはあっきーの魅力だな、と太一は携帯を仕舞う。
 まぁ大丈夫、今から敵の黒幕を倒せば終わるんだから。


「あ、恵比寿さん」
「ん、豪士か。どないした? 今日はもう上がりやろ?」
 事務所にて、帰り支度を済ませた郷士が、送迎の記録をつけている恵比寿に声をかける。
「いや、役に立つかは分からないんすけど……。これを」
「ん? これは……件のクリスマスイベントの告知か」
「はい。太一が先に告知しておくからには何か意味があるはずだ、って。言ってたから、俺、念のためスクリーンショットを取っておいたんすよ」
「なるほど。わざわざ告知したからには何かメッセージがありそうやな……」
 と見て、恵比寿がすぐに気付いた。
「なぁ、これ妙やないか?」
 あらゆるイベントには何故かIDが設定されている。イベントにはとんでもない数があるらしく、IDがとんでもない桁数なのはいつものことなのだが、この告知のIDは「-25.3482961366005」だった。
「確かに、マイナスなんて見た事ないっすね」
 ただそれ以外に気になる情報はない。
「待ち、マイナスもそうやが、小数点も初めて見た。が、つい最近、どこかでも小数点を見たような……?」
「あ! 告知!」
 二人が声を合わせて端末を操作し、今日見たばかりの訂正告知を確認する。
 IDは「131.0379157419216」だった。
 この二つが情報。しかし、二人が頭を捻ってもこれ以上の情報は出なかった。
 二つの小数点を含む正負の数。それが意味するものとは……。

 

「見つけた!」
 一方ついにガラテアを発見した太一がフェアリースーツの腰にマウントされている〝粒子〟ブラスター「フェアリーガン」を構えて、ガラテアに向ける。
「動くな!」
「貴様がアグハフの手先か」
 相手が応じる。日系人ではない。アフリカ系だろうか。そしてそれより相手の奇妙な発言。
「アグハフ……?」
「問答は無用、行くぞ」
《ドロッセルマイヤー》
 ピグマリオンオーブが捻られる。
 ――オーブの色が白い?
 ――ドロッセルマイヤー、聞いたことのないキャラクターだ
 太一はその二つの疑問に気を取られた。
 だが、よくよく考えると、今オーブを捻ったという事は、直前まで変身していないということではなかったか。変身せずにこの情報実体空間にあり、かつ、こちらのガラテア索敵に引っかかっていたことになるが? しかし、太一はそこに気付き損ねた。
《ピグマリオン:ドロッセルマイヤー》
 そして変身音声もただピグマリオンの名前を読み上げるだけのシンプルなもの。これはバージョンアップされる前の音声だ。やはり、どこか異質な存在。
「抵抗するなら!」
 フェアリーガンの引き金を引く。
 励起した〝粒子〟の塊がビームとして放たれる。
 しかし、その直線的な射撃は大きくジャンプしたドロッセルマイヤーのガラテア――以降は便宜上、単にドロッセルマイヤーと呼ぶことにする――が、そのまま空中からおもちゃの兵隊を放つ。
千風刃せんぷうじん!」
 太一はピグマリオンオーブ:ムサシの能力である風の太刀を無数に放つ技、千風刃を放ち、これを迎撃するが、ドロッセルマイヤーの周囲から現れる量があまりに多い。
「なら」
 目を瞑り、ずっと吊るされていた刀の入ってない鞘に手を向ける。
 その間に多くの人形たちが、噛み付いてきた
「なにっ!?」
 一瞬集中を乱され目を開けてしまう。人形の首に当たる部分が開き、腕や足を挟み込んでいる。万力のように強い力がかかる。
「せ、千風刃!」
 しかし、一体一体は脅威ではない、風の太刀で一体ずつ除去しつつ、接近しつつある敵を千風刃で迎撃する。
「二の太刀・小太刀こだち華魔威汰血かまいたち払いはらい!」
 左手に持つフェアリーガンを強引に二の太刀に置き換え、切断の竜巻を召喚する。この内側でなら、十分な時間が取れる。
 再び目を閉じ、刀の入ってない鞘に手を向ける。
 目を開き、抜刀の構えを取ると、緑色の非実体の刀、真の太刀が姿を表す。
「いくぜ! 一の太刀いちのたち大太刀おおたち那魏那汰なぎなた薙ぎ払いなぎはらい!」
「その技はもう何度も見た」
 発動の直前、不穏な発言と聞き慣れない笛の音が聞こえたが、技の発動は止まらない。大太刀が一気に長くなり、周囲の人形を一掃した。
 その直後、技の発動で硬直した瞬間。
 身体中に激痛が走った。
「があっ!?」
 それは突然太一に殺到したネズミによる咬み傷。
「不意打ちのような真似をして申し訳ない。挨拶のために一度オーブを外しましょう」
 ずっと建物の裏に隠れていたらしい男が姿を表す。
「!」
 太一が抵抗しようとするが動けない。何かの毒か?
 男が宣言通りオーブを外し、そしてオーブを捻る。
《ハーメルンの笛吹男》
「ですが、あなたも迂闊でしたよ。彼はあなたの前で変身した。変身前のガラテアにマーカーはつきません。また、変身せずにこの空間には来れない。そう、マーカーは私に反応してきた。彼をこの空間に連れ込んだのは私。そこに気付いていれば、不意打ちされずに済みましたね。残念でした。ここで、討たれてください、アグハフの尖兵さん」
《ピグマリオン:ハーメルンの笛吹男》
 さらに笛が吹かれる。より大きなネズミが太一に近寄り。
 直後、白い光の吹雪が全てを消し去った。
 文字通り全て、即ち、情報実体空間ごと。
 白い光が貼れると、そこは通常空間だった。
 白い光に覆われ、逆光でシルエットだけが見えた。長髪の刀を持った女性。
「一人黒幕との交戦、ご苦労でした、ヒーロー志望の少年。ですが、神秘を以って人を仇なすなら、それは霊害。これを討滅するのは、私たちの仕事です」
 既に壮年の女性の声、しかし凛としたその声は、その場所にあってよく響いた。
 直後、その言葉を目印にバイクのエンジン音が響き、巨大な刀を持った誰かが突撃してくる。
《ピグマリオン:マサカリ担いだ金太郎》
 しかし、そこに上空から、巨大な斧を持った男が強襲し、その刀使いを押しとどめる。
 なんという怪力か。バイクに後押しされた巨大な大太刀の一撃をその斧と足の力で受け止め、バイクは少しも前進不可能に陥る。
 最初に宣言した女性もまた、白い光をたなびかせながら、その横を走り抜けて、二人のガラテアに迫るが、しかし、最後のガラテアがそれを阻んだ。
《ピグマリオン:千匹皮の姫》
 突如、月と太陽と星の意匠を纏ったベールが現れ、他三人のガラテアを覆う。
「良い演目でした。今度こそみなさんの戦力は分かりました。それでは、本番でお会い致しましょう」
 その声が響き、ベールが失われた時には、既にガラテアたちの姿はなかった。
 残されたのは、ネズミの毒にやられ、気を失う一人の少年のみ。
「やられましたね。おもちゃの兵隊に気を取られ、敵の大将を一人と見誤りました。親友の頼みです、彼を回収し、ここを撤収しましょう」
 60程度と思われる壮年の女性は刀を納め、部下に指示を出し、撤収を始める。

 

 その頃、胴元集団、と呼ばれている者たちのアジトにて。
「あの、成瀬太一と……それから日本の討魔組とうまぐみの活躍により、敵のピグマリオンオーブが判明しました」
 部下が報告する。
「討魔組の事はいい。遅かれ早かれ気付かれる事は覚悟していた。それに……我々の事にまで勘付き、動く、という事はなかろう。それで、連中のピグマリオンオーブは? 我々が生成したピグマリオンオーブの中に所在不明のものがあるとは聞いていないぞ」
「それが……、童話に由来する4つのオーブのようで、それぞれくるみ割り人形のドロッセルマイヤー、ハーメルンの笛吹男、金太郎、千匹皮の姫、と」
「馬鹿な。確かにピグマリオンオーブは物語に登場するキャラクターの力を借り受けるモノという事になっているが、そんなピグマリオンオーブが作れるはずがない」
「死神を派遣し、事態を究明しますか?」
「ダメだ。そんな事をしては、討魔組にこちらの尻尾を晒す事になりかねん。ここは静観するしかない」
 ――我々だけが独占しているはずのアフロディーネデバイス及びピグマリオンオーブの生産を独自に行い、それどころか技術的に我々には不可能なはずのピグマリオンオーブまで精製した。この事態、思ったより深刻かもしれんな

 

〝下〟に続く

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