劇場版風アフロディーネロマンスfeat.神秘世界観
 クリスマスコンクエスト 下

 

<キャラクター紹介>

 

[成瀬なるせ 太一たいち]……魔女ムサシのガラテア児童養護施設で育った20歳の青年。ドルオタでありアイドルの「あっきー」を推してる他、何故か物心ついた時からアフロディーネデバイスを持っており、誰かからデバイスの悪用から守るように託されたと認識している。

 

[みなと 千晶ちあき]……アイドルの「あっきー」。なぜかアフロディーネデバイスとピグマリオンオーブを配布している胴元組織から命を狙われている。太一を中心に自らを護衛するためのガラテアを組織している

 

[マーシー・ライト]……アメリカ人女性。かつては映像技術や放送技術を研究していたが、ある日突然思い立ってアイドルディレクターになった。現在は「あっきー」の専属。

 

[さかい 恵比寿えびす]……イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナのガラテア。大手商社「堺商会」の現会長の息子であるが、今はアイドル「あっきー」の専属運転手。趣味でボクシングをしており戦闘スタイルにも現れている。

 

[朝倉あさくら 豪士ごうし]……千桜 布武姫のガラテア。とある理由でお金を欲しており、太一と千晶とはそれが元で銭湯になったこともある。現在は千晶とマーシーによる支払いにより太一らの味方をしている。

 

[陽光ひかり]……ヒナタのガラテア。ヒナタが好きすぎて常にヒナタのコスプレをしており、ほぼ常時変身状態にある。まだ年若い少女に見えるが、古いゲームやアニメに詳しかったり、やけに知り合いの年齢層が広かったり、と年齢不詳な面が強い。誰もアフロディーネデバイスをつけてるところを見たことがないことから、本物のヒナタなのでは? という説が飛び出すほど。

 

<ガラテア解説>

[魔女ムサシ]……『三人の魔女』第二部に登場する主人公達の組織とライバル関係にある組織に所属する侍風の姿をした武闘派魔女。属性は「切断」。非実体の刀を生成したり、風に切断力を与えたり、と近距離戦闘においては正面からの斬り合いもやや絡め手混じりの戦いもこなせる。外国人であり、一貫した侍風の装束や技についても少し間違った日本観に基づいている。

 

[イシャン・ラーヒズヤ=ラジュメルワセナ]……『Angel Dust』第二部最終章から登場するデウスエクスマキナ巨大ロボ・パパラチアのエンジェルパイロット。パドマと呼ばれる結合分離自在の金属片を操り、防御攻撃支援自在の戦いが可能。

 

[千桜 布武姫]……『退魔師アンジェ』第一部から登場する真柄家の討魔師。真柄の血の力である筋力強化で全長303cmもの大太刀「太郎太刀」を操る。元暴走族の経験と技術で改造バイクを操り、現代の騎馬戦のような戦術も取る。

 

[ヒナタ]……『退魔師アンジェ』第一部から登場するアンジェの親友。ヒナタは偽名で本来はイギリス人。英国の魔女と呼ばれる世襲制の魔術師であり、極めて高度なルーン魔術を操り、高速記述と呼ばれる独自のルーン記法を編み出すに至った魔術界の天才の一人。苗字が無いのは日本に戸籍がないからで、誰もそれに違和感を抱かないのは極めて強い認識阻害によるもの。

 

<用語解説>

[アフロディーネデバイス]……二次元の嫁の力を実際に得ることの出来る能力。起動には二次元の嫁のピグマリオンオーブが必要。現実世界で強大な力を振るえるのはもちろんのこと、現実世界と重なり合う情報実体空間と呼ばれる別世界を生成できる。このデバイスを使う者達の事を「ガラテア」と呼ぶ。

 

[ピグマリオンオーブ]……二次元の嫁の力を引き出すためのオーブ。捻ると音声と共に鍵のような端子が出現し、これをデバイスに差し込むことで、アフロディーネデバイスはその機能を発揮する。

 

[サブユニット]……アフロディーネデバイスに追加で差し込むことで使えるようになるサブピグマリオンオーブ挿入口が三つついた拡張ユニット

 

[サブピグマリオンオーブ]……サブユニットにのみ差し込むことが出来るピグマリオンオーブ。サブピグマリオンオーブは台座が金色のピグマリオンオーブと違い、台座が銀もしくは白色となっている。サブユニットにサブピグマリオンを差し込む事で、そのサブピグマリオンの能力が得られる他、特定の組み合わせにする事でコンボが発生し、コンボボーナスと呼ばれる追加能力が使用可能になる。

 

[胴元組織]……アフロディーネデバイスやピグマリオンオーブ、サブユニットにサブピグマリオンオーブを配布する謎の集団。サブユニットとサブピグマリオンオーブ配布後は「アフロディーネゲーム」と言う用語も使い始めた。現時点では目的は不明。

 

[カグラコントラクター]……世界シェア1位のPMC。宇宙技術の研究に力を入れてきた御神楽宇宙開発がその技術を流用して作った新兵器を運用しており、他国の軍隊とは一線を画する強さを持つ。太一らが使う輸送機もカグラコントラクターと契約し貸与を受けている。

 

[輸送機]……ティルトジェットと呼ばれる方式で垂直離着陸を可能とした輸送機。どこでも滞空できる上に亜音速での飛行が可能であり、日本中どこにでも駆けつけたい太一にはぴったりの乗り物。光学迷彩で姿を消すことも出来る。ただし、地面を焼いてしまうため、限られた着陸可能スペース以外には着陸出来ない(アフロディーネデバイスの筋力強化で大ジャンプが出来るガラテア達には問題にならない)

 


 

 太一が目を覚ますと、そこは見慣れぬ壁だった。
「病院?」
 身体中が痛い、と太一は自己認識する。
 そこから記憶をたぐり、そうだ、自分はハーメルンの笛吹男のガラテアに負けたんだった。と思い出す太一。
 敵はドロッセルマイヤーのガラテアだけではなかった。
 ――聞こえてきた音声を信じるなら、ドロッセルマイヤー、ハーメルンの笛吹男、マサカリ担いだ金太郎、千匹皮の姫、だったか。
 最初と最後は太一にはピンとこないが、間二人は太一も知っている童話の登場人物だ。
 童話。ピグマリオンオーブは物語の登場人物の力を借り受ける能力だ。ということは、童話の登場人物でもそれは可能、という事になる。
 これまで見てきたピグマリオンオーブのすべてが44年の伝説、54年の再来の作品に限られていたが故の盲点と言える。
 だがいずれにせよ、既に相手のオーブは判明した。ある程度の応用はあるにせよ基本能力は原典から類推可能だ。
 急いで仲間達に伝えないと、体を起こそうと右腕をベッドに突き立てると、激痛が走った。
「痛ったい!」
 思わず叫ぶと、廊下から看護師が入ってきて、自分が起きているのに驚愕し、再び廊下を出ていく。
「あっ……」
 ――そうだ、スマホは……どこだ?
 動けないにしてもスマホさえあれば連絡が取れるはず……。そう考えてスマホを探すと。見つけた。ベッドの右側に見える机の上だ。
 激痛に耐えながら体を横に転がし、左手を伸ばそうとすると、何かが引っかかる。
 なんだ、と、左手に視線を向けると、左手には点滴が装着されていた。
 それならなんとか身を捩って右腕で、と身を捩ると、今度は下半身に経験したことのない違和感が走る。
 痛いわけではないが、猛烈な不快感。
 太一本人はこのあと説明を受けるまでこの正体を理解できなかったが、尿道にカテーテルが挿入されている。
 ――困ったな。これじゃ何もできない。
 とりあえず痛みや不快感の少ない仰向けの姿勢に戻る。
「あー、あー、聞こえる?」
 と、耳元で声が聞こえた。
「陽光?」
「あ、うん。聞こえてるみたいだね。今、君の耳と喉に仕掛けたルーンで話しかけて、かつ返答を聞いてる。まもなくそっちに千晶ちゃんが行く。で、その前に状況を説明しておかないと、と思って」
 あっきーが来る? それはまずい、こんなみっともないところを見ると失望されてしまうかも、と途端に不安になる太一。
「まず君はあれから一週間寝込んでたんだよ。点滴とかマッサージとかで辛うじて動ける状態だとは思うけど、無理しないで。それから両腕、両足、ほぼ骨折してた。何に殴られたの? まるで万力で締め上げられたみたい。それでも戦えてたんだろうから、アフロディーネデバイスの身体能力向上度合いの恐ろしさが分かるね」
 ――ほぼ骨折。そうだったのか
「ま、流石に一週間経ってるしそろそろ治りかけてる頃じゃないかな。私が治療のルーンを使っても良かったんだけど、病院に入った以上はあんまり急速に治すと流石不自然さを隠しきれないからね」
「なぁ、陽光。あのさ……」
 倒れる間際に助けに来てくれたあの女剣士って……、そしてその親友って……。
 そう訪ねようとする。
「っと、もう千晶ちゃん来ちゃうね。それじゃ、幸運を。屋上で待ってるよ」
 しかし太一の声を遮って陽光が叫ぶ。その直後、扉が開かれた。
「太一!」
「あ、あっきー」
 千晶に視線を向けた後、なんとなく気まずくて視線を逸らす太一。
「大丈夫なの?」
 ただ、駆け寄ってきた千晶が最初に太一にぶつけたのは太一を気遣う言葉だった。
「あ、あぁ……。ちょっと骨折してたらしいけど、もう繋がりかけてるらしいし、退院際には陽光にダメ押しで治療のルーンももらうし」
「そう。命に別状がないなら良かったわ。あなたがこの病院に担ぎ込まれたって聞いたときは、背筋が凍ったわ。血液中には未知の毒が回ってるって言うし、あちこち骨折だらけだって言うし、意識はこのまま戻らないかもなんて言われたし」
 あぁ、心配をかけてしまったのか。と太一は後悔した。推しにこんな顔をさせるようではドルオタ失格である。
「ごめん。油断した。でももう大丈夫。俺のこのデバイスはデバイスを悪用する奴らを止めるために託されたものなんだ。行かなきゃ」
 そう。行かなきゃいけない。千晶の姿を見れば分かる。千晶の姿はステージ衣装だ。つまり今日は24日のはず。
 奴らの本番が25日である以上、今日行くしか無い。
「大丈夫な訳ないでしょ。死ぬところだったのよ。いいえ、もう一度その敵と戦えば今度こそ死んでしまうかもしれない。言っちゃだめよ、太一。ここで私を守っていなさい。それがあなたの出来る精一杯よ。世界まで背負い込むことはないわ」
「心配してくれてありがとう、あっきー。すごく嬉しい。けど、俺は行かなきゃ。そのためにこのデバイスは託されたんだ。デバイスを悪用はさせない」
 そう宣言した太一の左腕にはアフロディーネデバイスが現出を始めていた。
《Please Set Orb》
「このデバイスは人類の希望なんだ。絶望の道具にはさせない」
《ムサシ》
 おそらく陽光が潜ませてくれたのだろう。枕の裏に隠してあったピグマリオンオーブを捻る。
「だめ!」
 千晶がデバイスにオーブを差し込もうとする太一の右手を強く抑える。太一を動きを止める千晶の手によって右腕が激痛を発する。
 思わず悲鳴を上げそうになるのを太一はすんでのところで飲み込んだ。ここで悲鳴なんて上げたらますます千晶を心配させてしまう。
「何が託された、よ。そんな昔誰に言われたかもわからない願いと、今ここであなたを心配している推しの護衛対象と、どっちが大事なの。だいたい、あなたに願いを託した人間はこうやって頑張ってるあなたに何をしたっていうの」
「それ、は……」
 たしかにそうだ。太一に願いを託した人間が誰なのか、太一でさえ知らない。少なくとも千晶が太一にしているように太一に感謝を表現したり報酬のお金を渡したりしていないのは事実だ。

 

 けれど。

 

 赤い回転灯の光が見える。
 赤い回転灯の光を遮る人影が自分の方を見ている。
 人影は言う。
「このデバイスは人類を消費社会から脱却させうるかもしれない魔法の腕輪。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■仲間入りさせるための、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■必要なファクターの一つ。でも同時に今の人類には早すぎるもの」
 ドタドタドタと足音が聞こえる。
「きっとこのあと、このデバイスはなにか悪い用途のために使われる。悪い魔法は良い魔法に比べて驚くほど急速に人間の間で広がる。だから、それ以上に必死で良い魔法を広げないといけない。太一、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■息子にこんな呪いを残して死ぬなんて、■■■■■■■■■■■■■■■■■
 たくさんの男が部屋に入っていくる。黒い何かを持っている。
「これを、お願い」
 急速に人影が遠ざかっていく。蓋が閉じるように、赤い回転灯の光も、人影も、男たちも、見えなくなる。

 

 また、あの光景だ。と、太一は思う。
 なぜヒーローをするのか、そんなことを考えるとあの赤い回転灯の光が自分の視界に映る。
 そうだ、俺は。
「悪い魔法は良い魔法に比べて驚くほど急速に人間の間で広がる。だから、それ以上に必死で良い魔法を広げないといけないんだ」
 激痛に耐えて千晶の腕を振り切る。
《属性: 風! 風の太刀! 外国人でも和の心! ピグマリオン:ムサシ! いざ、一、二、三の太刀!》
「太一、その言葉……」
 千晶が何かに驚いたように目を丸くしている。
 太一が立ち上がる。さすがアフロディーネデバイスの身体強化能力、全く痛くない。
 点滴とカテーテルに触れ、一度情報実体化させることで体から除外する。無理矢理抜くと何が起きるかわからなかったので、念の為だ。
 実際、カテーテルには膀胱から抜けないように空気式の返しがついているので、無理矢理抜かないのは正解だったと言えるだろう。
「待って。それならせめて、これを持っていって」
 千晶が自分の首飾りを外して太一に突きつける。
 初めて会ったときからずっとつけている鍵のような飾りのついたネックレス。

 

「これは?」
「お守りよ。私が何も感知してないところで死なれたら堪らないもの。だからせめて、これを持っていって。そして、いい? これは私のとっても大切なものなの。だから、必ずあなたの手で私に返却しなさい。いいわね?」
「あぁ。分かった。ありがとう」
 部屋を出る。千晶がついてくる。
「で、敵はどんな奴なの? なんて作品の敵?」
「それが、童話由来みたいなんだ、明白なのが、ハーメルンの笛吹男とマサカリ担いだ金太郎」
「なるほど、まぁそういう名前の魔女って可能性もあるけど、魔女にしては名前も変ね。他の二人は?」
「あぁ、一人が街を脅かしてる奴で、こんなおもちゃの兵隊を使ってくる。そいつ、ただ鉄砲撃ってくるだけじゃなくて、噛み付いてくるんだぜ」
 千晶にスマホを見せる。
「……そりゃ、噛み付くでしょ。これ、くるみ割り人形じゃない」
「くるみ割り人形?」
「えぇ。昔クルミを割るのに、こういう、やっとこみたいなてこの原理を使う道具を使ってたらしいんだけど、それと似た機構を備えて、あんたがされたのと同じようにレバーを下げると噛み砕いてクルミを割るっていう機構の人形があったのよ。今でもドイツではお土産として生産されてるはずよ。これを題材にした作品に『くるみ割り人形とねずみの王様』って童話があって、ネズミの軍団とくるみ割り人形の軍団が戦うの。で、くるみ割り人形の軍団のリーダーがドロッセルマイヤーって言って」
「ドロッセルマイヤー!? あいつのピグマリオンはまさにその名前だった! なるほど。じゃあこいつも童話由来か。流石アンティーク趣味アイドルで売ってるあっきー。詳しいな」
「恵比寿さえ知らなかったってのが少し不思議ね。いや、まぁ単に童話由来のピグマリオンって発想が無かったのかもしれないけど」
「じゃあ、千匹皮の姫って何の由来かわかるか?」
「って言うか、調べたらすぐに出てくるんじゃないの? 千匹皮……あった」
「ほんとか!」
「あんた、この情報社会で検索することさえできないの……。調べた上で分からないとか確定出来ないならともかく、どうせ一瞬なんだから単語で検索するくらいしてみなさいよ」
「確かに」
 千晶が呆れ顔に太一は反論出来なかった。
「で、千匹皮だけど、王様から逃げるために千匹の動物の皮と、月と太陽と星のドレスを纏って逃げる話みたい。ドロッセルマイヤーとネズミを使役したハーメルンが対になってるとしたら、もしかしたら、金太郎と千匹皮も金太郎と動物、と言う対なのかもね」
 廊下を曲がり、階段を登り始める。この上の屋上に輸送機が待機しているはずだ。
「なるほどな。ところでさ、俺があいつらにやられたとき、俺を助けてくれたの、如月アンジェじゃないかと思ったんだけど、流石に笑うか?」
「アンジェのガラテアってこと?」
「いや、俺は本人なんじゃないかと思ったけどな……」
「ふぅん……確かに『退魔師アンジェ』は2014年から2016年までが舞台でアンジェは15歳から18歳まで。ってことは、今、2054年には55歳くらいだから、もしいわゆる「現代神秘世界観」が事実を基にしているなら、まだ現役の可能性はあるのかもね」
 何を馬鹿げたことをと笑われると思っていた太一は少し驚いていたが、一方で千晶は、なるほど、と思っていた。
 それは千晶が独自に考察するピグマリオンオーブの正体に関わるのだが、これは本編の然るべきタイミングで語られるだろうから、ここでは触れないことにしよう。
「あ、けど、気をつけて。確証はないんだけど、その四人のピグマリオンオーブにはまだ仕掛けがある可能性が高いと思う」
「そうなのか?」
「うん。ピグマリオンオーブがもし私の考えている通りの役割を果たすものだとしたら、童話由来のオーブというのは不自然なの」
「なるほど。確かにあのオーブ、俺たちの知ってる赤色のオーブじゃなかった。最後まで油断せず、隠し玉を警戒することにする、ありがとう」
 階段を登り終え屋上に到着する。
 太一を到着を見て、輸送機が光学迷彩を解除し姿を表す。
「じゃ」
「必ず返しに来なさいよ」
「もちろん」
 太一がアフロディーネデバイスで強化された身体能力を活かし、大ジャンプして輸送機に乗り込む。
 それを確認すると、輸送機はエンジンの方向を変更し、高速飛行に移った。
 千晶はその輸送機が南の空に消えるまでずっと見つめていた。
 それが終わったところを見計らったようにマーシーがやってきて。
「千晶、こんなところにいたの? 急がないと、午後の部のリハーサルの時間よ」
「わかってる。人手も少ないものね」
「本当にね」
 二人はほほえみ合って、階段を降りはじめる。

 

「ほな、これからの行動を説明するで」
 恵比寿が空中司令室のモニターを操作し、場を仕切る。
「まず敵は四人のガラテア。くるみ割り人形の兵隊を操るドロッセルマイヤー、笛の音でネズミや推定他の生物も操れるハーメルンの笛吹男、ほんで、巨大な斧を使うまさかり担いだ金太郎。最後は防御系の能力を持つと思われとる千匹皮の姫。間違いないな?」
「あぁ、少なくとも現在把握している範囲ではその通りだ」
「断言せぇへんのは嬢ちゃんの警告を念頭に置いとるからやな。ライブって戦場で戦ってるだけあって、肝も据わっとるし、頭も回るのがあの嬢ちゃんや。その嬢ちゃんの警告、警戒しといて損はないで」
「わかってるよ」
 太一が頷くと。今となってはお前のほうがよくわかっとるわな、と頷く恵比寿。
「ほんであいつらの本命なんやがな、奴らの残した2つの数字から、ピッタリと合致するものをみつけたんやわ、これが」
 モニターが検索エンジン「goggleゴーグル」の画面に切り替わる。
 検索内容は「-25.3482961366005 , 131.0379157419216」。
「ウルル=カタ・ジュタ国立公園?」
「せや、そのウルルってでっかい岩の真上や。エアーズロックとも呼ばれとるな。この前、太一が奴らと戦った場所が日本のほぼ中心だったのと同じように、ここはほぼオーストラリアの中心や」
「前回のは予行演習だった、と考えれば今度こそが本命?」
「だが、オーストラリアってことはオセアニア自治連合経済圏の領空に侵入することになるのか? 日本の上空を好き放題飛んでられるのはあっきーの母親が日本国際ネットワーク統合管理局NINJAにコネがあるからで、流石にオセアニア自治連合経済圏には通用しないだろう」
 なんなら、日本の外に出た直後、他の合衆国ステイツ経済圏の国家から攻撃を受ける可能性もある。
「そこについては私が。ちょっとしたコネで、この機体の識別情報はイギリス王室専用機のものに差し替わってる。ほら」
 陽光がスマートフォンを見せる。覗き込むと飛行中の航空機の情報を確認できるアプリらしい。確かに、今自分たちがいるはずの座標にイギリス王室専用機が存在することになっている。
「コールサインや航路情報はパイロットに伝えておいたから、少なくともエアーズロックをの上で降下するまでにボロが出ることはないはず」
「こりゃあ確かにすごいが……。陽光、あんた……」
 何者なんや、という言葉が紡がれるよりさきに陽光が言葉を継ぐ。
「ただのコスプレイヤーだよ。ただ、ヒナタちゃんの姿を借りるからには、ヒナタちゃんと同じようにイギリス王室とのコネと勲章くらいないと、ね」
 狂気とさえ思えるコスプレイヤーの信念を見た一行は二の句を継げず、黙った。
「ただ、この侵入方法の都合上、今回は光学迷彩は使わない。逆に言うと敵の迎撃を必ず受けることになる」
「まぁ、前回は光学迷彩使用中にも関わらず迎撃を受けたしな。アイツラ相手には光学迷彩は効き目が薄いのかもしれないし、そこは仕方ないな」
「けど、それじゃ撃墜されちゃうぞ、どうするんだ?」
「コンバットモードで問題なく回避できるようならそっちで行こうと思ったんだけど、思ったよりロスが多そうだったので、反作用式疑似防御障壁ホログラフィックバリアを採用することにした。まぁ細かい詳細は説明しても意味が薄いと思うから事実だけを言うと、物理法則だけで動いてる物体は例外なく停止する」
「待てや、ほな、神秘的な法則で動いてる攻撃はどうなるんや? ファイヤーボールとか」
「そこで、恵比寿くんにお願いしたい。私が感覚強化のルーンをかける。そうしたらこの機体の外の様子が見えるようになると思う。外に見えている青いあみあみが障壁が動作する位置を示した立体映像ホログラフィックね。で、これを抜けてくる攻撃があったら」
「わいのパドマで守れ、と」
「そういうこと」
 恵比寿の使うピグマリオン:イシャンは分裂したり結合したりする不思議な飛行物体「パドマ」を制御することが出来る。浮遊する盾として防いで良し、空飛ぶ剣として攻撃して良し、何なら乗り物にすら出来る。
「一応、神秘的な攻撃をする対象に対しては、私の古い友人の仲間が排除を手伝ってくれる予定だからそこまで戦闘前に消耗するって事態にはならないと思う」
 また古い友人……。一行はアイコンタクトの末、深く追求しない道を選んだ。
「ほな、次は各敵との対策やな。まず金太郎相手には同じく力勝負の豪士。ハーメルンの笛吹男は動物を操る、となると、動物が怯える火を使える陽光。数で攻めてくるドロッセルマイヤーに対しては太一の風の大太刀。で、消去法でワイが詳細不明の千匹皮の相手、か?」
「それでいいと思う、ただ、相手の能力の全容は不明だ。一対一に固執するのは危険だから、できるだけお互いのピンチをフォロー出来るように、互いを意識して戦うべきだろうな」
 太一の言葉に全員が頷く。チーム結成当初はいざしらず、今となっては豪士ですら、フォローし合う戦いの意味を理解し始めている。
「となると、次の議題は」
 陽光が空中司令室の後ろの壁をくるりと回転させ、サブピグマリオンオーブが置かれている棚を出現させた。
「サブピグマリオンオーブの編成、か」
「メインの相手用の組み合わせと、緊急用に組み替えられる三つを持っていこう。あとお互いがお互いの持っているオーブを把握しておいて、必要に応じて渡しあえるように」
「陽光の提案する戦闘中のオーブパスなぁ、成功すればかっこいいとは思うんだが、練習でさえ成功率低いんだよな、あれ」
「まぁね。でも選択肢としては覚えておこう。それで活路が開けるときだってあるかもしれないんだし」

 

「Adelaide control, Royal force one, Leaving seven thousand five hundred for two hundred.」
「Royal force one, Climb and maintain two hundred fifty.」
「Climb and maintain two hundred fifty, Royal force one.」
 どういう意味があるのかわからないパイロットと交通管制部のやり取りが時折行われている。
「前方より飛翔物ミサイル警告アラート!」
飛翔物ミサイル反作用式疑似防御障壁ホログラフィックバリアにより停止。反作用式疑似防御障壁ホログラフィックバリアは正常に動作中」
「恵比寿」
「おう、任せい」
《名の意味はヴィシュヌ! 一門の果てに誓うは平等! アヴァターラすら束ねし者! ピグマリオン:イシャン。いざ、世界変革!》
 恵比寿の周囲にピンク色のひし形の物体「パドマ」が出現し、そして、輸送機の外に飛んでいく。


 その頃。
「数十年ぶりに我らが英国の魔女が一時的に帰国され、我らに一つの宣託をくださった。そして今、合図の狼煙が上がった」
 そこにいるのは三本の種類の異なる剣とやや古いライフル銃を腰に下げた甲冑の騎士たち。
 オーストラリアは現在こそオセアニア独立自治経済圏の中核として他の大国と覇を競う独立国を謳っているが、未だ国旗にはイギリス王室に連なるものであることを意味する印ユニオンジャックが刻まれている。
 ゆえに、ここは未だにイギリス王室の庇護が及ぶ土地であり、霊害と呼ばれる神秘的な被害に対してはイギリス王室に連なる対霊害組織がこれに応じている。
 即ち、リチャード騎士団。
「我が名はメドラウド二世! この作戦、我が父メドラウドと我が母グラーニアに誓って、必ずや完遂しよう! 我々の目的は首謀者の討滅にあらず、その露払いと心得よ! いざ、若き英雄ヒーロー達に花道を! 筆頭騎士メドラウド二世の名の下に、リチャード騎士団、前進!」
 リチャード騎士団のナンバー2。それが筆頭騎士である。そしてその筆頭騎士が引き連れるエリート部隊こそ筆頭騎士団。いまここに、オーストラリアの北側にて進軍を開始する。
 目指すはウルル。イギリス第二の母とさえ謳われる英国の魔女の命に従い、ヒーローになることを託された青年たちの道を切り開く。

 

 リチャード騎士団により切り開かれた花道を、そうとは知らず輸送機が通過する。
「いくよ!」
 陽光の掛け声に応じて、四人が一斉に飛び降りる。
 南緯25.3482961366005度 東経131.0379157419216度。
 眼下に見えるはウルル。
 標高868m、周囲9.4kmもの大きさを誇る世界で二番目に巨大な岩石。
 現代の人類からも大地のヘソと称されるのみならず、一万年以上前よりアボリジニたちにより精霊の住む場所と信仰された聖なる地。
 2019年に一切の観光客向け登山が禁止されて以来、一部の信仰者以外の立ち入りを絶ってきた。
 今その大地に、四人のヒーローが降り立たんと降下する。
 その冒涜者を阻むように、光の矢の如きミサイル達が噴煙を上げて迫ってくる。
 しかしその程度、もはや問題ではない。
 恵比寿のパドマが、太一の風の太刀が、豪士の振るう大太刀の衝撃波が、陽光の魔術弾が、それらを接近よりも早く撃ち落とす。
「見えてきた!」
「あの黒いクリスタルはなんや?」
 益々接近するウルルのさらに中心あたり、見たことのない巨大な黒い双角錐が見える。
 黒い双角錐が強く黒く染まり、直後、黒い波が一行に迫る。
 それは事前に陽光が施した防御ルーンのほとんどを消し去る。
「いてつくはどうだ!」
「じゃなくて、魔性の波動だよ! 恵比寿!」
「なるほどな」
 陽光の呼び声に恵比寿が答え、パドマを四人それぞれと黒い双角錐の間に配置する。
 豪士が「波動なのはあってたのか」と呟いたのは風の音に紛れて消えた。
 魔性は恵比寿のピグマリオン:イシャンが持つ神性と正反対のエネルギーで、神性と魔性はそれぞれ神性と魔性でしか防げない。
「パラシュート展開!」
 恵比寿の号令に従い、四人が一斉にパラシュートを開く。
「おい、鳥が飛んでくるぞ!」
 豪士が叫ぶ。見るとワシらしき鳥が連れ立ってこちらに飛んでくる。
 おそらく、ハーメルンの笛吹男が操っているのだろう。
「オナガイヌワシや! 低危険種だから、ある程度なら殺しても、多分平気……や、多分!」
「信じるぞ!」
「パラシュート展開中は豪士は攻撃がでけへん、うまくカバーするぞ!」
 風の太刀と炎のルーンがオナガイヌワシを迎撃する。
 直後、太一の落下速度が一気に速くなる。
「パラシュートが!」
「あ、せや、オナガイヌワシは下から気を逸らしつつ、上から攻撃するんやった!」
「先に言え――――!」
《Subunit is weared》
 慌てて事前に用意しておいたサブピグマリオンを取り出す。
《スミス》
《優姫》
《ハインリヒ》
《守る! 攻める! 飛ぶ! 多種多様! パワードスーツ! いいとこ取り! trio combo:パワードスーツ重ねがけ! いざ、人間要塞!》
「フェアリースーツをジェネレート!」
convert the data from data space to data entity expansion space情報実体化します
 太一を宇宙服のようなスーツが纏い、推進機を稼働させて、辛うじて着地する。
 それらにやや遅れて他のメンバーも着地してくる。
 本来ならパラシュートを脱ぎ捨てる手間があるが、その隙を恐れた陽光により着地と同時にパラシュートは全て焼失するようになっている。
「やぁ、しぶといね。討魔組にリチャード騎士団、使えるものはなんでも使うのか、アグバフは」
 降下してきた四人をハーメルンの笛吹男が迎える。
「勘違いしてるところ申し訳ないけど、私達はAGHFアグバフじゃないよ」
「なに?」
「私達はデバイスの悪用を許さない成瀬太一の愉快なその仲間たちだからね!」
 陽光がキメ顔で名乗りを上げる。
 陽光がこの名乗りをするのはもういつもの事なので他の三人も突っ込まらない。
「デバイス? なるほど、これのことか。ファルファレルロなる男に助言をもらった時はこんなに上手い話があるものかと思っていたが、新しく余計な敵を背負い込むリスクがあるとは」
「関係ない。倒すだけだ。何よりこいつの戦力はもう知れている。たいした脅威ではない」
 ドロッセルマイヤーが口を開く。
「確かに。では、我らの悲願のために」
「我らの悲願のために」
「我らの悲願のために」
 姿の見えない千匹皮の姫以外の三人の空気が一気に変わる。先程までのピリピリした空気は消滅し、もはや完全なる"殺気"、それのみとなった。
「いくぞ!」
 戦端を開いたのは豪士。改造バイクに乗って大太刀「太郎太刀」を振り回すという現代の騎馬戦の如き戦い方をする布武姫ふぶきのピグマリオンを使い、原作通りの戦い方をする。しかしその圧倒的な膂力と加速力からなる攻撃力は純粋な脅威である。
 同じくパワータイプであるマサカリ担いだ金太郎がこれを防ぐ。バイクのタイヤが空転する。
 ――フブキのバイクと血の力を防いじゃうとは、クマと相撲する英雄は伊達じゃないな
 救援するか? 一瞬悩む太一。しかし、こちらも目の前の敵に対処しなければならない。
 目を瞑り、真の太刀を抜刀する体制に入る。
 その隙を逃さぬとばかりに、おもちゃの兵隊が襲いかかる。
 陽光は予定通りハーメルンの笛吹男に対し、ケンのルーンで牽制しつつ攻撃を開始。
 恵比寿は千匹皮を警戒しつつ、黒い双角錐の動きに警戒してくれている。
 となれば、目を瞑っている太一は再びくるみ割り人形の噛みつきによって全身骨折の憂き目に遭うのではないか。
 そう思われるのもおかしい事ではない。少なくともドロッセルマイヤーはその展開を確信しただろう。
 しかし、太一に噛み付いた人形達は太一の腕を砕くより先に自身の顎を破損させることになった。
「なに!?」
「相手の手札が割れてんのに、対策しないわけないだろ。パワードスーツコンボで硬さを高めといたのさ」
 そう真の太刀を抜きながら種明かしをする太一。
 横目でフブキが金太郎を突破したのを確認する。
 太一は真の太刀を構え、一気にドロッセルマイヤーに距離を詰める。
 ドロッセルマイヤーは近くの人形のサーベルを抜き太一の真の太刀を受け止める。
「答えろ、何が目的だ!」
「今、世界の中心は北半球にある」
「なに?」
「今、世界の中核はロシア、アメリカ、ヨーロッパ、この三つだ。だが違う。世界の始まりはこのウルル。この大地のヘソから始まった」
「それがなんだ!」
「わからないか。戻すのだよ。南半球。この大地のヘソこそが正しく世界の中心だった頃に」
「……! で、それとあの黒い魔性の石となんの関係が?」
「あれがこの大地のヘソの扉を開ける。このヘソの下に封じ込められた原初の地球を呼び戻し、人間だけの世界にした恐るべき木を切り倒し、精霊たちの満ちる地球へと回帰させる」
 言っている意味の半分も理解できている気もしないが、それはもしかしなくても、今の地球を滅ぼすという意味ではないだろうか。
「そんなことはさせない」
 位置関係は十分。ならば。
 刀を突きに特化した溜めの姿勢、いわゆる霞の構えに構え直す。
「いくぜ! 一の太刀いちのたち極大太刀きわみおおたち美威無びーむ突きつき!」
 霞の構えから突きへと移行し、それが太い緑の光線へと変じる。
「なにっ!?」
 ドロッセルマイヤーを貫通し、黒い双角錐に迫る。が、それは月のベールで防がれる。
「千匹皮の姫か!」
「魔性石を狙うか。ならば、こちらもそちらを模倣しよう」
《ハートの女王》
《赤のクイーン》
《さじから生まれし錫の兵隊》
 サブピグマリオンが挿入される。
《桃から生まれた桃太郎》
《ブレーメンの音楽隊》
《泉の水を飲んだ兄の妹》
 陽光とハーメルンの笛吹き男の方からも。
《13人目の魔法使い》
《白雪姫の継母》
《雪の女王》
 豪士と金太郎の方からも。
《ラ・ベルの夫》
《森ハズレの狐》
《醜いアヒルの子》
 そして、上空にいる恵比寿の方……推定千匹皮の姫の方からも。
「サブピグマリオンもバッチリ準備オッケーってわけか」
 ドロッセルマイヤーの周囲にくるみ割り人形の他に、トランプ兵、赤いチェスのコマ、そして錫の兵隊が姿を表す。
 ――トランプ兵は槍、チェスのコマは……体当たりか? 錫の兵隊は剣。そして、くるみ割り人形は剣と鉄砲と噛みつき。バリエーション豊かでやっかいかもな
 とはいえ、近接戦闘の技術を蓄えてきた太一にとって、ただ単純に攻撃を仕掛けてくる集団は捌ける範疇である。
 くるみ割り人形の牽制射撃をやり過ごし、トランプ兵の槍を二の太刀で防ぎながら、チェスの駒を風の太刀で迎撃し、錫の兵隊と一の太刀で切り結ぶ。
 ――思った通り、射程と攻撃手段の兼ね合いから、攻撃パターンは限られている。防戦一方ではあるが、捌ける。このまま陽光か豪士が決着をつけてくれれば、二対一になってこっちが……
「ぐわぁぁ」
 その太一の算段は豪士の悲鳴で打ち消された。

 

 少しだけ時間を巻き戻す。
 豪士はサブピグマリオンオーブのコンボ効果で筋力をさらに増強し、金太郎という筋力自慢の敵に対し、純粋に上回るという形で戦闘を有利に進めていた。
《13人目の魔法使い》
《白雪姫の継母》
《雪の女王》
 その三つのサブピグマリオンオーブが使われるまでは。
 一見して一切コンボにならず、また筋力やスピードなど、豪士が上を行っているステータスをより上回るようなものでもなさそうだ。
「どうした、力負けしてんのに、力を足さなくていいのかよ?」
 ゆえに豪士は金太郎を煽るだけの余裕があった。
 バイクを反転させて距離を取り、速度を上げていく。
「あめぇよ」
 金太郎が斧を地面に振り下ろすと、地面の裂け目クラックが三叉に分かれつつ前へ前へと突き進んでいき、その裂け目から紫色の煙が溢れ出す。
 思わず少量吸い込んでしまった豪士は激しく咳き込む。
 意識を失いそうになる。
 間違いない。あれは毒だ。
 だが、クラックは三叉に分かれており、しかもところどころ裂け目になっていない場所もある。そこを通り抜けることは、可能!
 加速は止まらない。
 そして、金太郎の第二の罠が発動する。
 豪士がカーブを曲がろうとしたその時、突如バイクが横滑りし、豪士はバイクから飛び降りざるを得なくなる。
 そして飛び降りた直後、地面から荊が生えてきて、豪士を拘束した。
「うわぁぁ」
「確かに力しかないやつに力で上回れば、何も出来ねぇ。けど、僅かでも使える絡め手があれば、上手くすれば力の差なんて覆せるんだぜ」
 単純に力だけを求めた豪士と絡め手を追加した金太郎。
 完全に戦術の差が出た形となった。

 

「豪士!」
 太一は咄嗟に豪士を囲う荊に風の太刀を放つ。されど丈夫な荊は断ち切れず、それどころか、太一に致命的な隙をもたらす。
 その隙は本来なら風の太刀で容易く撃退できていたはずのチェスの駒たちによる体当たりを許してしまう。
 駒の体当たりにバランスを崩した太一に、その隙を見逃さぬと、トランプ兵と錫の兵士とくるみ割り人形が殺到する。
「太一!」
 慌てて恵比寿と陽光が助けるために手を尽くすが、それが戦線を有利に進めていた二人を不利な状況に誘ってしまう。

 

 恵比寿に視点を映そう。恵比寿は千匹皮の姫が姿を表さないのをいいことに、魔性石と呼ぶらしい黒い双角錐からの波動から皆を守りつつ、魔性石の破壊を敢行しようとしていた。
 しかし、それより早く動いた太一のレーザー突きをうけて、千匹皮の姫は魔性石の周囲に防御を構築。
 そして姫自身も羽の生えた恐ろしい怪物の姿で現れる。
「なるほど。千匹皮で動物同然の存在と定義し、美女と野獣の野獣と黄金の鳥の狐……、つまり動物にされてしまった人間と自己定義。最後に醜いアヒルの子でその正体に白鳥を追加したわけか。よくもそこまで正体を隠しはるもんやわ、さぞかし中身は醜いんか?」
 恵比寿は速やかにそのコンボの意味を解析、パドマメリケンサックを装備し、戦闘態勢に入る。
 千匹皮の姫はおそらく防御特化であるところに、獣的攻撃性能を追加したのだろう。
 これまた太一以上に肉弾戦に特化した恵比寿の敵ではなかった。
 サブピグマリオンが出てくるまでの豪士と金太郎の戦いと同じことで、単により肉弾戦に特化している恵比寿に分があるというしごく単純な話。
 そして既にご存知の通り、その有利はあくまで一対一の話。
 太一の不利にパドマを振り分けた、その一瞬の意識の差。
 ミスにより実力が低下すると定義するなら、その瞬間に限り、恵比寿の反応速度は千匹皮の姫のそれを僅かに下回った。
 そして、必殺級の爪が恵比寿の体に食い込む。
 恵比寿はグラップラー。装備は軽装で回避によるダメージ軽減を行う。つまり、突き立てられた爪を防ぐ手立ては、なかった。


 一方陽光はどうだったか。動物は火を恐れるという基本原則に基づき、ケンのルーンをばら撒き動物の使役を妨害し続けていた陽光は、その一方で明確な攻め手にかけた。
 これは決して陽光を他の面々に比べ劣っていると見るべきではない。そもそもルーン刻むことにより魔術を発動するルーン魔術師にとって、基本的な戦術とは自身に有利な戦場に相手を連れ出してこそであり、襲撃戦というこの状況は、そもそも性質的に不利な局面なのである。
 ハーメルンの笛吹男の強化コンセプトはシンプルで動物シリーズで固めることで、周囲の野生動物しか使えなかったところに召喚した野生動物という形で戦力の増強を図り、また、ブレーメンの音楽隊は、ハーメルンの演奏を強化する働きも持っている。
 ただ実のところ、対陽光戦闘に限っていえば、この強化はあまり意味があるという風でもない。
 というのは、そもそも陽光が自身の全力で以って動物たちの接近を阻んでいる限り、いかなる動物をいかなる精密さで使役したところで意味をなさないからだ。
 そしてこれもまた、豪士の脱落から始まる一対一の崩壊により、大きく変化するわけだ。
 陽光は太一を守るため、迎撃のためにケンのルーン、そして防御のためのソーンのルーンを展開した。
 高速記述の能力を持つ陽光。それは本当に僅か一瞬の隙。ここまでの中で最も僅かなその隙を、むしろしっかりと見逃さなかった敵をこそ褒めるべきであろう。
 犬が突進し、陽光の動きを封じ、そして猿がどこからか持ち出した紐で腕を拘束した。
 腕が使えなければルーンは行使できない。その隙を逃さず、更なる動物が殺到する。

 

 こうして他三名の犠牲は払いつつもなんとか生き延びた太一。
 しかし、そこになんの意味があると言えるだろうか。
 味方三人は意識を失い、それは即ちドロッセルマイヤー以外の三人もこちらと対峙するということ。
 お互い一対一で伯仲の戦闘となる者たちが四人。太一に勝ち目などあるはずもない。
 動物とおもちゃ達を辛うじてやり過ごす太一。
 しかしそこに意識の限界、金太郎と千匹皮の姫の一撃が迫る。
 もはや仲間三人は意識を失い、太一を助けるものはない。
 はずだった。
 それは彼らの唯一の誤算。というより、本来、太一らこそが誤算であって、彼らこそがこのような事態に対処に現れるはずの者達だったのだ。

 

 炎を纏った弾丸が千匹皮の姫を吹き飛ばす。
 巨大な光の爪が金太郎の斧を受け止める。
 殺到する動物とおもちゃを白い光が一掃する。
「言ったでしょう。霊害との戦いは私たちの仕事だ、と」
 白い光の主が血を払うように大きく太刀を振るう。
 齢50を超えてなお凛として現役。まるで何かに導かれたように、陽光のすぐそばに姿を見せた。
「彼とは全く縁のない関係でもなくてね、たまにはこちらが守る側になっても、いいだろう」
 光の爪の主が、回し蹴りで金太郎を退かせる。爪が消滅し核となっていた釘のようなものが姿を表す。
 その釘のようなものを左のポーチに放り入れ、右の太ももに巻いたベルトから釘のようなものを抜き、そして再び光の爪へと変化する。
 老成してようやく一人前のように。やはり何かに導かれるように太一のすぐそばに姿を見せた。
「現場なんて退いて結構なものなのに、英国の魔女め、借りがあるからって……」
 カキン、とボルトをオープンさせて薬莢を排出。ボルトを閉じて次弾を薬室に送り込む。
「久々の現場だね! 頑張っておばあちゃん」
「まだ50代だから。まだやれるよ」
 側を飛ぶ妖精が茶化し、本人がムスッと答える。
 かつての幼さはもはやなく。こちらは割と明確にリチャード騎士団の集団から先行して狙撃ポイントに姿を晒す。
「50程度では引退しないのは、私も同じです」
 妖精の言葉に剣士が応じ、
「そう言われるとそれより若いのにすっかり引退してた私は立つ瀬がないな」
 爪使いが肩をすくめる。
「貴様ら、何者だ」
 お約束のように、ドロッセルマイヤーが尋ねる。
「答えましょう。日本討魔組先代、如月きさらぎアンジェ」
「リチャード騎士団、エディンバラ研究所人工妖精研究主任兼妖精装備指南騎士……フェア」
「そしてその相棒、ウェリィ!」
「私は……、ではあえてこう名乗ろう。インクジィターが咎人の一人、《傲慢プライド》」
 名乗ると同時、三人は武器を構えてそれぞれの敵と応対する。
 ――『退魔師アンジェ』のアンジェに、『異邦人の妖精使い』のフェアとウェリィ、『神秘冷戦』のアンミタート……!
 いずれも、太一のよく知る物語の主人公達だった。
 物語で語られるよりも幾分、いや、かなり歳をとった姿のようだが、それが一層、この世界に実在していた、ということを強調するようで。
「何をしているのです、英雄候補。敵は四人いるのですよ」
 アンジェが声を投げかける。それは間違いなく、自分にかけられた言葉だ。
「そうだな」
 立ち上がる。二本の鞘、それぞれに手を当てて、目を瞑り、抜刀する。

 

 千匹皮の姫の爪をエンフィールド小銃リー・エンフィールドの先端についた銃剣で受け止める。
「ねぇ、フェアー? なんでこいつの相手を引き受けたの?」
「獣みたいで、時々行く狩りの気分でやれるかと思ったんだけど」
「こんなすばしっこくてアクティブな獣いないよー」
 ライフル銃は長く、受け止められる場所は先端の銃剣部分のみ。
 当然だ、普通なら槍のように突き刺したりする攻撃用の装備であってこんな野獣の爪を受け止めるのは流石に想定されていないだろう。
 もし万一銃本体に当てられれば下手すれば壊れることすらあり得る。
 そして銃剣で防御するのに集中してる以上、構えて撃つ、というような隙もない。
「話は聞いた、獣相手なら任せろ。お互い相手を怯ませて、交代と行こう」
 後ろから声がする。
「オッケー! ウェリィ、光!」
「あいよ!」
 ウェリィが光の魔法を発動させ、獣の動きを一瞬止める、後ろに下がって妖精弾を装填する。
「エンター、バレットエンチャント」
 ケースからE型人工妖精が飛び出して妖精弾に力を送りこむ。
「いくぞ」
「「「3」」」
「「「2」」」
「「「1」」」
 背中で誰かとぶつかる。引き金を引く。
 E型人工妖精の力で風圧を閉じ込めた妖精弾が放たれ、敵が大きく風の力で吹き飛ばされる。
 そして背中の人物とくるりと回転する。
「おぉ、派手に飛んでるな」
 入れ替わった男、《傲慢》は床に尻餅をついている千匹皮の姫に思わず少し笑ったのち、爪を構えて突撃する。
 爪と爪のぶつかり合い。しかし、神性を帯びた《傲慢》のネイルの方が威力で勝る。
「まだここまでできないときから、妖精猫ケットシーとも戦って勝ったんだ、獣如きに負けられるか」
 さらに爪を巨大化させ、相手の爪を弾き返すパリィ
「取った!」
「後ろ!」
 警告は間に合わず、《傲慢》は背後から飛びかかってきた動物により追撃の機会を逃す。
 だが、せっかく弾き返しを受けてバランスを崩したところを見逃す手はない。それに気付けたのは太一だった。
二の太刀にのたち小太刀こだち麗挫悪レーザー突きつき!」
 腕を狙った正確な一撃が太一から飛び出し、千匹皮の姫のアフロディーネデバイスは機能を停止した。

 

 金太郎の斧を光の爪で受け止める《傲慢》。
「くっ、流石に斧の方が強いな」
 さらに周囲から荊が伸びてくる。
「くそっ」
 バックステップを踏むも、その地面は凍っており、バランスを崩す。
 頭上に斧。
 咄嗟に側面に飛んで避ける。荊の棘を貰うが、斧と比べれば大したものではない。
 ――だが、これでは勝てない
 思案する《傲慢》。後ろから声が聞こえてくる。
「話は聞いた、獣相手なら任せろ。お互い相手を怯ませて、交代と行こう」
 声を上げると、OKと元気のいい声が返ってくる。
「となれば」
 あえて金太郎に向けて突貫する。振り下ろされる斧を爪で滑らせるように回避して、こっそりと釘を地面に置く。
 そのまま再びバックステップ。案の定の氷の床を、しかしあえて利用して、後ろに滑る。
「いくぞ」
「「「3」」」
「「「2」」」
「「「1」」」
 背中と誰かがぶつかる。
「励起!」
 金太郎が釘の一つを踏んだ瞬間。拳を握り込むと、釘が肥大化し、金太郎は思わず転ぶ。
 そして背中の相手とくるりと交代する。
「うわー、派手に転んでるねぇ」
 金太郎の醜態にウェリィが笑う。
「動きを止める。ブルー、バレットエンチャント」
 B型人工妖精を呼び出し、妖精弾に力を込めてもらい、放つ。
 B型人工妖精の持つ氷結の力で金太郎は転んだ状態で凍りつく……かに思われたが。
「あいつ、氷の力を操ってるよ!」
 雪の女王のピグマリオンの力で、すぐに溶かしてして立ち上がる。
「ちっ」
 素早くボルトを操作し、二発の弾丸を発射する。
 しかし、金太郎はそれを確実に斧で防いだ。
「あれは銃剣でも防げなさそうだよ?」
 ウェリィの言葉にフェアも無言で頷く。
「エンター、バレットエンチャント」
 E型人工妖精の魔法を装填した妖精弾に付与しつつ、走って距離をとる。
 当然、金太郎も追ってくる。
「このっ」
 衝撃波で相手を押し込む風圧の弾丸。しかし、金太郎はそれを斧の腹で受け止めて、ほんの少し後ろに下がっただけだ。
「フェア、危ない!」
「エンター!」
 射撃のために足を止めたところを荊が迫る。
 ウェリィの警告のおかげで早期に気付いたフェアはE型人工妖精に命令し、風の刃を放たせる。
「どうするの……?」
「今後ろにいるのはフェアですか? なら交代しましょう、こいつはおそらくあなた向きです」
 背後からアンジェの声。
「分かった」
 とはいえ、いかに交代の隙を作るか。
 視界の端で、太一が千匹皮の姫のデバイスを破壊した。
「これだ。エンター、ガンエンチャント」
「また、衝撃波か? 無意味だよ!」
 浅はかにも金太郎は突撃を敢行する。
 確かにエンチャントしたのはエンターだ。だが、衝撃波弾丸は「バレット」エンチャント、今回は「ガン」エンチャントだ。
 放たれた弾丸は直線ではなく不自然な曲線を描く。
「なっ」
 金太郎も愚かではない。このような弾道の場合、急所を狙うだろうことは容易に想像できた。
 足を止め、弾道を見極め、デバイスに向かう弾丸を確実に斧で防いだ。
 そして、それが完了する頃には、フェアがいた場所はアンジェの場所となっていた。
「はっ、近接戦闘なら」
「こちらが上、ですか?」
 気がつくと、アンジェは金太郎の後ろにいた。
 アンジェが納刀すると、金太郎のアフロディーネデバイスは粉々に弾け飛んだ。

 

 ハーメルンの笛吹男は笛で動物を操る。またサブピグマリオンの力で動物を召喚する。
 神秘により形成された動物は、アンジェの持つ白い光が分解出来る。
 しかし、操られているだけの動物は別。一体一体丁寧に白い光を当てれば、洗脳を解けるだろうが、すぐに音楽を聴いて元に戻ってしまう。
 これでは意味がない。
 となると、対処法はただ一つで速やかに指揮官を倒すことなのだが、向こうもそれは分かっているので防御は高い。
 強引に接近を図っても体当たり戦術で傷付くだけだ。
 とりあえず接近してくる動物を片っ端から峰打ちで意識を奪っていく。幸い、意識のない体を無理矢理動かす能力はないようだ。
 それでもどこからともなく増援がやってくる。峰打ちとはいえ、その怪我が所以で飛べなくなることもあるだろうし、この調子でやっていると、絶滅してしまわないか不安になる。
 太一というらしい彼の方に向かうか、彼の能力なら邪魔な動物ごと本体を倒せそうだ。
 逆に彼の対峙する敵の召喚する存在は全てはこちらの能力で無効化できるはずだ。
 と、後ろの方まで後退してきたフェアの存在に気づく。
 フェアの狙撃でもこれは可能なはず。
「今後ろにいるのはフェアですか? なら交代しましょう、こいつはおそらくあなた向きです」
「分かった」
 あとはタイミングを図るだけ。
 そこで《傲慢》が千匹皮の姫を追い詰めた。
 救うために、ハーメルンの笛吹男がそちらに意識を割いた。
 フェアの方に向き直ると、フェアもアンジェの方に向き直ったところだった。
 頷きあって交代する。
 そしてすぐに状況を理解する。
「アーク、バレットエンチャント。エンター、ガンエンチャント」
 放つ。炎属性の弾丸が動物達を蹴散らし、そして、ハーメルンの笛吹男のデバイスを破壊した。

 

 かくして、戦線は逆転し、太一ら四人と、ドロッセルマイヤー一人となった。
「ええい、まだだ、まだ……」
 そうか、とドロッセルマイヤーが振り向く。
「これ以上の抵抗は無意味です。観念なさい」
 アンジェが勧告するが、ドロッセルマイヤーは笑う。
「抵抗は無意味! それはこちらのセリフだとも!」
 三人の人間の元から、三つのピグマリオンオーブがドロッセルマイヤーの手元に飛んでくる。
《ハーメルンの笛吹男》
《マサカリ担いだ金太郎》
《千匹皮の姫》
 サブユニットに装着する。
 三人を模したくるみ割り人形が姿を表す。
「儀式を行う四人はまだ健在! あきらめる道理なし!」
 背後の魔性石が浮かび上がり、それに合わせて、四人一人と三体も浮かび上がる。
「白き世界で最後の準備を整えるとしよう、貴様らでは来られまい」
 そして、魔性石と四人の姿が消える。
NOTICE通知. I find already converted data entity expansion space形成済みの情報実体空間を確認.》
「あの隔離空間に逃げましたか」
 アンジェが白い光を空中に撒くが、何も起きない。
「くっ、高度が高いから届かないのか体積が広いから行き届かないのか、解除は出来ないようですね」
「彼なら突入できるんでしょ? 頼るしかないんじゃない」
 ウェリィが悔しそうに首を振るアンジェに声をかける。
「そうですね。しかし、苦し紛れとはいえ四対一。送り出すには少々心苦しいものが」
「大丈夫だ。祈れば、奇跡が起きる。みんな、手を組んで、太一の健闘を祈ろう」
《傲慢》が自分なりの見解を述べる。
 太一は彼に、物語の登場人物としてではなく、この現実世界で確かにどこかであったような? という錯覚に陥るが、気付けない。おそらく認識阻害か。
「何もしないよりはマシですね」
 アンジェとフェアと《傲慢》が手を組んで祈る。
 すると、それに呼応するように太一の胸元のネックレスの飾りが光り出した。
「な、なんだ」
 光は三人の胸元を照らし、そして、そこに一つずつのサブピグマリオンオーブを作り出した。
「これは?」
 捻ってみる。
《アンジェ・トラスト》
 トラスト? 信頼とかそういう意味か?
《プライド・トラスト》
《フェア・トラスト》
「使ってください」
 代表してアンジェが言うと、他の二人と妖精一人も頷く。
《復讐を誓いし最後の討魔師、愛を知った傲慢なる咎人、妖精と人間との絆を繋ぎし妖精使い。神秘潜む現代社会の英雄からの信託はここに。trio combo:現代神秘主人公揃い踏み。いざ、信頼に応えよ》
 ジェネレート命令もしていないのに、腰に妖精銃と太刀、太ももに釘のベルトが出現する。
「ありがとう。行ってくるよ」
penetration突入

 

 情報実体空間の中で、太一とドロッセルマイヤーが対峙する。
 ドロッセルマイヤーの量産型くるみ割り人形達が出現し、太一に迫る。
 しかし、もはや今の太一の敵ではない。
 腰に下げられたアンジェの太刀、如月一ツ太刀きさらぎひとつのたちを抜刀する。
 白い光が溢れ、太刀を覆っていく。
一の太刀いちのたち大太刀おおたち那魏那汰なぎなた薙払いなぎはらい!」
 白い光が一気に広がり、周囲の一帯のくるみ割り人形が一掃される。
「足場を実体化! 1秒!」
convert the data from data space to manifestation space only a second1秒だけ実体化します.》
 大きく飛び上がり、空中に1秒だけ白い床を出現させ、それを蹴り、さらに飛び上がる。
 それを阻むように、三体の仲間を模したくるみ割り人形が立ち塞がる。
「千風刃!」
 切断力を持った風が空中に吹き荒れるのに合わせて、太一のベルトから外れて空中に浮かび上がった釘が光の爪に変化して、敵を切り刻む。
 いよいよ、ドロッセルマイヤーと太一の間を阻むものはない。
 左手でフェアの妖精銃を構える。
二の太刀にのたち一槍いっそう砲眠愚ホーミング迦艶かえん麗挫悪レーザー突きつき!!」
 弾丸にA型人工妖精、銃にE型人工妖精の魔法が付与され、放たれる。
「おのれ!」
 その弾丸はレーザーのように、確実にアフロディーネデバイスを破壊した。
 アフロディーネデバイスが破壊されたドロッセルマイヤーは太一が即座に現実空間に戻す。あとはアンジェとかフェアかリチャード騎士団あたりがなんとかしてくれるだろう。
 武器を腰に戻し、魔性石に近づく。すると勝手に体からアンジェの白い光が溢れ出し、魔性石を覆い尽くした。
 やがて魔性石が消え、カランと白い石が地面に落ちる。
「なんだ、これ」
 拾ってみても太一にはよくわからない。
「ま、ともかく一件落着か」
 情報実体空間を解除すると、既にアンジェ達はいなくなっていた。
 いつの間にか自分の体も魔女ムサシ成分のみになっていて、トラストと名のついた不思議なオーブもサブユニットから消失していた。
 ――まるで全部が夢だったみたいだ
 しかし夢ではないことは周りに倒れている仲間達と、手元の白い綺麗な石が証明している。
 予定通り信号弾を打ち上げると、すぐに輸送機が迎えに来る。太一は仲間を抱えて輸送機の中と地面を往復し、全員を収容したのち、輸送機は日本へと帰っていく。

 

 短くも長い地球の危機は去り、いよいよスタッフロールが流れ始める頃合い。
 ほんの少しだけ後日談の断片が語られる。

 

 クリスマスの夜、討魔師達が集まって忘年会が開かれていた。
「久しぶりですね、ヒナタ。いえ……ヒ」
「あぁ、ヒナタでいいよ。どうせどっちも偽名なんだし、慣れた方で呼んで」
「では、ヒナタ、こっちです」
「おや、久しぶりに懐かしい顔ですね、魔女」
「あはは、その呼び方ひさしぶりに聞いたよ、変わらないね」
「変わらないのはあなたでしょう。見てください、当時共に戦ったみんな、もう顔に皺がない人なんていませんよ。それがなんですか、当時のまんま! これだから魔女というのは」
「アオイの主観ではそうかもしれませんが、私から見ると永遠因子エターニアのアオイも十分若く見えますよ」
「うん。アオイさんとヒナタさんだけ当時のままみたい」
「やめてください。もうとっくに代替わりの時期は過ぎています。アンジェもフェアも後任をしっかりと育てています。私もそろそろ次の代を考えないと」
「次の代といえばアンジェ、次の代の英雄君はどうだった?」
「そもそもわたしやフェアが英雄なのかもよくわかりませんが。でも、良い目をしていましたね。まっすぐで。是非彼にはあのまま真っ直ぐな目をしたまま成長して欲しいものです」
「おぉー、みんな聞いた? アンジェが人を品評したよ」
 ヒナタの煽りに「あの時のひよっこが」などとヤジが飛ぶ。
「なっ、私だってもう50になるんですよ、当時の自分より少し年上の人間を少し褒めるくらいしたって許されるでしょう」
 あくまでわいわいと、討魔師の年末の夜は過ぎていく。
 あるいは突如として巨大な脅威が現れることもあるかも知れないが、まぁその時はその時として応対するのだろう。

 

「な、なんでこんなことに……」
 フェアとウェリィはバッキンガム宮殿に呼び出されていた。
「待たせましたね」
 女王が姿を表す。
「は、きょ、恐縮です」
「今来たところだから気にしないで女王」
「ちょ、ウェリィ」
 上下関係を気にしない気さくなウェリィに50になっても振り回されるフェア。
「うむ。聞きたいのはデバイスを取り締まる青年のことだ」
「は」
「アフロディーネデバイス。ほぼ日本に限定的にであるが広がっている、魔道具と似て非なる科学によりもたらされた魔術道具と聞いている。此度のような事態になる前に我々が対処せねばならないのではないか? それとも此度のような大ごとでなければ、その青年に任せてと良いと思うか?」
「え、えーっとそれは」
 フェア個人の見解としてはあの危険な端末は即刻にでも回収、破壊すべきだ。
 だが、その一方で太一たちはその危険性に立ち向かい、その可能性を信じているのだ、と英国の魔女は言っていた。その可能性を奪って良いのか。
「問題ないと思います」
 思案するフェアより先にウェリィが答える。
「ほう、なぜか?」
「あの人からは純粋に希望を信じる心を感じました。危険だからという理由だけでそれを破棄するのは勿体ないです」
「なるほど。フェアはどうだ?」
「あ、えっと。似た意見です。少なくとも経済圏間の関係を悪化させてまで日本に干渉するほどの理由にはなり得ません」
「そうか。なら、しばし静観するとしよう」
 女王は目を細めて微笑み、そして立ち去った。
「気のせいかなー? なんかむしろ、女王からはあの黒い結晶の方に似た感じを感じたよー」
「そう? 流石に気にしすぎじゃない?」
「かなぁー?」

 

「お待たせ」
 千葉新都心のイルミネーションの綺麗な街並みで、太一は待ち合わせの相手をようやく見つけて声をかける。
「遅い」
「そうは言っても、人ばっかりだし」
「人混みの中でもすぐに推しだけは見分けがついてこそのアイドルオタクでしょうが」
「うっ、そう言われると……」
「ふっ、冗談よ。むしろせっかく目立たない格好してるのにオタク達に見つかったら困るわ。太一もよく見つけられたわね、流石よ。じゃ、行きましょ」
「えっと、相談したいことがあるって聞いたんだけど」
「えぇ、でもそれは食事の後にしましょう。美味しいところ知ってるから、紹介するわ」
 千晶が歩き出す。
「あ、そうだ。この前アンジェに会った気がするって話したけど……」
 少しずつ夜が老けていく。
 本当はここでどんなやりとりをしたのか語るべき、そう考えると思うが。
 それはもう少し先。物語がこのタイミングに追いついてからのお楽しみとさせてもらうことにしよう。

 

 そして……。

 

「いやー、まさか同位体アイソトープに技術を盗まれるとは失敗失敗。とはいえ、幸いにも欲しかったデータは揃っちゃったんだなーこれが」
 少女にも似た少年がクルクルと踊りながら、コンピュータを操作する。
 やがて、チンという音と共に、立体プリンターから一枚のコインが飛び出した。
「完成」
 手に取ったコインをコイントスのように上に弾き飛ばし、腕につけた機械の電源を入れる。
《Insert a coin and say a prayer.》
 落ちてきたコインを掴み取る。
「変身」
 機械のスリットに投入する。
《Coins have been inserted.》
《The coin was face up!》
《Positve Person》
 上方にエネルギーが吹き出し、屋根を吹き飛ばす。
「あっちゃー、エネルギーの調整はまだ必要そうだなぁ」
 吹き飛んだ屋根の真上、エネルギーの翼を広げ浮遊する人間が一人。
 その奥に見えるのはサンフランシスコを象徴する赤くて大きな橋。ゴールデンゲートブリッジ。

 

本編に続く

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品
 
 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
 
  アフロディーネロマンス
 本作品の派生前作品。本作と同じく太一や千晶達が繰り広げる物語です。
 本作ではそういうものとして扱われているピグマリオンオーブやアフロディーネデバイスの正体をはじめとした多くの謎とも対峙する事になります。
 まぁ本読み切りが気になったなら、読めば間違いなく楽しめるでしょう。
 
  退魔師アンジェ / 異邦人の妖精使い
 いずれも若干可能性軸の違いはありますが、基本的にはこの物語より過去の物語にあたります。
 退魔師アンジェは名前の通りアンジェの始まりの物語。2014年から2016年が舞台です。
 異邦人の妖精使いは名前の通りフェアとウェリィの物語。2016年が舞台です。
 またもう一人の主人公、《傲慢》の登場する『神秘冷戦』は現時点(2020/12/25現在)ではまだ未公開です。こちらは公開を楽しみにお待ちいただければと思います。
 
  三人の魔女
 本作とはまた違う可能性軸にずれ込んだ世界の物語です。主人公のピグマリオン:魔女ムサシの元ネタが登場する作品でもあります。
 実は、ぶっちゃけましょう。本作(元シリーズ含む)の謎を解き明かすには、『三人の魔女』が助けになります。
 本作とは限られた能力で戦うという点が共通しています。ぜひ読んでみてください
 
 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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