砂上の
ガタガタとした揺れを感じながら、一人の男が座席の背もたれに身を任せ、眠りについていた。
といっても、本当に完全な眠りではない、いつでも起きられるように、と考えての浅い眠り。いわゆる仮眠、という奴だ。
その証拠に。
「起きろ、アレックス。仕事の時間のようだ」
その言葉が耳に直接聞こえてくると同時、アレックスと呼ばれたその男は目を覚まし、即座に座席へ座り直す。
そのまま胸ポケットに入れていたUSBメモリのような鍵を目の前の端末に差し込む。
すると目の前の端末の三面モニタに明かりが灯り、アレックスのいる場所が、前方三方がモニタに覆われ、それ以外は壁に覆われた狭い空間の中にいると分かる。
【Eurasia Union】
正面のモニタに、そんな文字の表示と国旗らしきエンブレムが出現する。
文字とエンブレムが消え、正面と左右のモニタが真っ黒い背景に緑色の図形と幾つかの文字列が表示される状態に変化する。
「アレックス、レイAC、正常に起動した」
「了解。扉を開放及び、リフトアップする」
直後、正面のモニタの暗闇が左右に開き、青空が覗く。
青空が上から下へ流れていく事から、今、このモニタが写している風景は高速で移動中だと分かる。
アレックスが操縦桿と呼ばれている二つの横向きの棒を軽く握ると、それに合わせて、視界が少しずつ地面が見えるように変化し始める。
「リフトアップ完了、サンドボード装着。アレックス、発進を許可する」
「了解。アレックス、レイAC、発進する」
両足の先にそれぞれ存在するペダルをグッと踏み込む。
一瞬、モニタの風景と座席自体が揺れてから、一気にモニタの風景が前へ前へと変化し始める。
アレックスから少しカメラを離すと、そこには主に灰色に着色された装甲で覆われたロボットが装甲車が牽引しているトレーラーから飛び出したところだった。
レイ
飛び出したレイACはそのまま前進しつつ、頭部パーツを展開、その奥に格納された「
様々なセンサを複合したセンサアレイである「EoT」は、ごく僅かな痕跡も逃さず様々なデータを収集する事ができるが、同時に極めてデリケートであり、また、使用中の電力消費も激しい。
故に普段はダミーフェイスと呼ばれる光学センサと僅かな音響センサのみを搭載した偽物の顔でEoTを隠しているのが、コマンドギアの通例だ。
第三次世界大戦の折、ユーラシア連合の主力コマンドギアとして使われたレイシリーズもその例外ではない。
「音響センサに感。サンドボード搭載の
「あぁ、こっちでも捉えてる。おそらく標的の盗賊団だろう、行ってこい、アレックス」
「了解。目標に向かい、任務を遂行する」
レイACのEoTが閉じられる。
アレックスが両足のペダルを強く踏み込むと、そのままレイACは前進を開始。
そのままペダルを操作し、音響センサに反応があった方向に転換しつつ、サンドボードの推進力を活かして一気に進んで行った。
第三次世界大戦の最中、異星種「イレギュラー」の襲撃を受けた人類は、「イレギュラー」により無数の小集落に分断。
「イレギュラー」の侵略により、地球の多くは砂漠へと変化した。
新暦131年。
人類は分断され、砂漠の中にぽつんと存在する小集落に隠れ住むのが当たり前の生活となって30年の月日が流れていた。
それでも人類は争いを辞めなかった。
人類が開発した戦争のために人型ロボット兵器「コマンドギア」、通称「CG」を人間達は、イレギュラーと、ではなく、人間と戦うために用いた。
小集落から小集落への略奪は当然のこと。
何かしらの理由で小集落から追い出された惨めな者たちが徒党を組んで集落を略奪に現れるなんてこともある。
今回、流れの傭兵であるアレックスがある小集落から引き受けた依頼は後者。徒党を組んでCGを操り略奪に現れる盗賊団を倒して欲しい、というものだ。
まぁ、アレックスとて、彼らを笑えない。
アレックス達流れの傭兵も、結局は小集落にいられなくなって今に至る存在なのだから。
そして何よりも、人と争う事で口に糊している身なのだから。
「敵のEoT展開音を確認」
ダミーフェイスの僅かな音響センサが進行方向から、僅かな機械音を拾う。
それを敵がダミーフェイスを開き、EoTを露出した音だと見抜いたアレックスは、自身も再びEoTを露出させ、敵の配置を確認する。
EoTの高性能センサが敵の配置を捉え、左のモニタのレーダーに表示する。
「これで、お互いに位置は割れたか」
敵もEoTを展開している以上、同じようにこちらの位置を認識したはずだ。
前進を続けていると、緑の塗装が施された赤いセンサアイのロボットが正面のモニタに表示される。
「情報通りだな、CG-01ノーマルか」
それは世界で初めて開発された人型ロボット兵器「コマンドギア」の名前だった。
レイが開発された第三次世界大戦の時点ではとっくに旧式化している兵器だが、レイACが本来のレイよりカスタムされているのと同じように、何かしらのカスタムが施されている可能性は高い。
だとすると、正面から無策に挑むのは危険だ。アレックスはペダルから足を離し、レイACを停止させる。
「うひょー、レイじゃねーか!」
正面のノーマルに据え付けられた質の悪いスピーカーからそんな声が聞こえてくる。
「おい、お前、今すぐそのCGから降りれば、命だけは見逃してやるぜー、貴重なCGを傷つけたくはないからな」
「そうだそうだ、降伏しちまえ」
「命は惜しいだろ!」
こちらの位置を確認した時点で包囲するために動いていたのだろう、レイACの左右を取り囲むように、ノーマルが一機ずつ、姿を表す。
アレックスは右手を操縦桿から離し、端末についているトグルスイッチの一つを切り替える。
「断る。これは父上から譲り受けた大切な機体なのでな」
そう言い終えると、トグルスイッチを元に戻す。
「んだと!?」
周囲のノーマルが一斉に両手をレイACに向ける。
ノーマルの主武装は手の甲に取り付けられたベアリングショットガンだ。
アレックスは右手の操縦桿小指のボタンを押し、再びEoTを露出させる。
直後、三方から一斉にベアリング弾が放たれる。
「一斉に撃ったか、愚かな」
アレックスは左足のペダルを僅かに先に踏み込んでから、右足のペダルも踏み込む。
レイACが斜めに旋回し、一気に前進を始める。
急加速したレイACは全てのベアリング弾を回避し、リーダー機と思われる正面のノーマルに迫る。
「へっ、近接戦闘か!」
リーダー機と思われるノーマルの手の甲についているカバーが稼働し、拳を覆う。アイアンパンチと呼ばれるノーマルの武装の一つだ。
「遅い」
アレックスは右手の操縦桿小指のボタンを押してEoTを格納しつつ、右手人差し指のボタンを二回押し、そのまま長押しする。
【right arm active : Laser Blade】
レイAC右腕の甲側手首に装着された棒状の装置が180度回転する。
そのままレイACの右腕が迫るリーダー機ノーマルの右腕を払うように伸び、直後、リーダー機ノーマルの右腕が切断される。
「なっ、レイのエース機にのみ搭載されていたっていう、光刃か!? だが、青くないぞ」
スピーカーを切り忘れているのか、あえてそのままなのか、質の悪いスピーカーからノイズまみれのそんな声が聞こえてくる。
「いずれにせよ、相当なレア機だ! ありがたくいただくぜ!」
リーダー機ノーマルがサンドボードを逆向きにして一気に後方に移動、ベアリング弾を連射してくる。
「ちぃっ」
アレックスも操縦桿左右の親指のトラックボールボタンを同時押ししつつ手前に引きながら、左右のペダルを踏んで離してする事で、後方に大きく跳躍する。
ベアリングショットガンがより分散し回避しやすい位置を取るためだが、しかし。
「今だ!」
飛んだ先が部下と思われるノーマルに左右に挟まれる場所だと気付いていなかった。
左右のノーマルが一斉に右腕をレイACに向ける。
部下ノーマルの手のひら側手首から一斉に有線の杭が放たれる。
「しまっ!?」
杭がレイACに突き刺さると同時、強烈な電流がノーマルから有線を経由して、レイACへと流れる。
「ぐあああああああああああ!」
その電流は、アレックスへと伝わり、アレックスを感電させる。
サンダーランス、と呼ばれるノーマルが装備する武装の一つである。
「っ……旧式の盗賊団相手と……侮ったか」
アレックスは感電し硬直する筋肉に鞭打ち、両手で操縦桿の全てのボタンを同時押しする。
【CAUTION! Blue Ray Mode】
レイACの周囲の装甲に隙間が生じ、隙間から蒼い光が覗く。
【3】
「この……機能を……」
感電が筋肉をピクピクと動かそうとするが、アレックスは鋼の意志で全ボタンの同時押しを継続する。
【2】
「盗賊団……相手に……」
座席のロックがより強固に固定される。
【1】
「使う……とはな……」
アレックスが両足のペダルを強く踏み込む。
【Ouranos Drive Limited Boot】
「ナルセ・ドライブ、全開」
直後、青白い光に包まれレイACの姿が消える。
「消えた!?」
「ブルー・レイの噂を知っていたようだが……」
直後、左右の部下が両断される。
「ブルー・レイの本質は塗装が青いことでも」
リーダー機ノーマルの前に姿を表す。
「光刃を装備していることでもない」
「な、なんなんだ、その速度は!?」
リーダー機ノーマルが慌てて後方に下がりながら、左腕を持ち上げるが、それより早く、レイACが再び青白い光に覆われ、その姿を消す。
と思った直後、リーダー機ノーマルの左腕が吹き飛ぶ。
「ど、どこだ!?」
リーダー機ノーマルがダミーフェイスを稼働させてEoTを展開する。
「後ろ!?」
慌ててリーダー機ノーマルが振り向くが、それより早くレイACの右腕が稼働し、リーダー機ノーマルの首を刎ねる。
「投降しろ。依頼主はリーダーの生捕を命じている」
「……っ」
人型ロボットの常ではあるが、ノーマルの武装は両腕に集中している。両腕を破壊され、センサが集中している顔面を潰された今、リーダー機に抵抗する術はない。
「……分かった」
リーダー機がそのまま膝をつく。
アレックスは操縦桿の親指トラックボールを同時にダブルタップすると、レイACは装甲からプシューという排熱の音を発する。
「こちらアレックス、任務完了。回収を頼む」
「なーにが、回収を頼む、だ! その程度の敵に油断した挙句、ブルー・レイモードなんぞ使いやがって!! そいつの整備にどれだけ時間かかると思ってんだ!」
「すまない」
ともあれ、任務は完了。
流れの傭兵団「砂上のハウンド団」の今回の仕事は終わりとなったのだった。
To Be Continued…
「砂上の
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