砂上の
男はいつものように、レイ
今日の仕事は男、アレックスにとっては正直不満なものだった。
「今回の任務は近隣の集落の交易網を妨げている巨大サンドワームの撃破だ」
アレックスの相棒であり、営業担当兼整備士兼管制官であるヘルはそう言った。
「サンドワーム? おいおい、レイで害獣退治か?」
サンドワームは異星種「イレギュラー」が地球に到来して以来、地球上に現れるようになった「イレギュラーズペット」と呼ばれる害獣の一種である。
イレギュラー襲来時の当初こそイレギュラーが連れてきた怪生物という説が地球上を席巻し、
「なんだ、あの堅物父みたいに、
「妄言、だろ。わかってるよ兄さん」
「分かってるならいいがな」
そう、アレックスとヘルは兄弟であった。父からCG「レイ」を預かって以来、二人はずっと旅を続けているのだった。
「なら、話を続けるが、依頼主の集落連合はサンドワームを撃破して得られる成果物のすべてを譲るように言っている」
「まぁ、妥当なところだな。今の人類には資源を無駄にしている余裕はない」
「そういうことだ。当然、金属汚染された肉なんて誰も食いたくない。ということで、今回は実弾の使用は不可、だ」
「はぁ?」
思わぬ言葉にアレックスが思わず立ち上がる。
「馬鹿なのか? クーラー代を節約しようとして砂漠の高熱におかしくなったか? 交易網を破壊するほどの巨大サンドワーム相手に光刃だけで立ち向かえって?」
「至って正気だ。あと、クーラー代を節約する羽目になっているのはお前がやたらとブルー・レイモードを使うからで、それさえなければもっと報酬を手元に残せて快適に過ごせるんだがなぁ?」
「ぐっ……、それは悪いと思ってるが。だからって、サンドワーム相手に光刃だけでってのは……」
ブルー・レイモードはレイACに搭載された「奥の手」だ。その行使後にはオーバーホールに近い整備が必要であり、そう乱発出来るものではない。
にも関わらず、アレックスはこの機能を戦闘の度に使っている。
故に彼ら「砂上のハウンド団」はいつも自転車操業を余儀なくされているのだった。
「そう言うな、アレックス。これでも実弾不使用の条件を提示することでやっと他から奪って得た仕事なんだぞ。この仕事を断れば、俺達は餓死だ。今の経済状況が分からない訳じゃないだろ?」
故に、ヘルに両肩をぽんと叩かれながらこう言われてはアレックスとしては返す言葉がない。
自分の不甲斐なさが生んだ結果でもあるからだ。
「くそ、何が実弾の使用は不可、だ」
仮眠から目を覚ますと同時にそう呟き、アレックスはレイACの起動キーを差し込む。
【Eurasia Union】
正面のモニタに、そんな文字の表示と国旗らしきエンブレムが出現する。
もはやこの世に存在しないユーラシア連合の軍旗にはぁ、とアレックスはため息を付きながら、起動の完了を確認すると、耳につけたインカムに声をかける。
「アレックス、レイAC、正常に起動した」
「起きたか、ちょうど、こちらもサンドワームのものと思われる地中移動音を感知したところだ」
現在アレックスが乗っているレイACが乗っているトレーラーを牽引している装甲車――指揮車、と兄弟は呼んでいる――にはコマンドギアに搭載された高性能センサアレイ「
故に、ヘルには音感センサーにより敵の位置が見えていた。
「扉を開放及び、リフトアップする」
トレーラーの扉が開き、横倒しにされている灰色の塗装をされたCG、レイACが起き上がる。
「リフトアップ完了、サンドボード装着。アレックス、発進を許可する」
「了解。アレックス、レイAC、発進する」
アレックスが両足の先にそれぞれ存在するペダルをグッと踏み込む。
それに合わせて、レイACのサンドボードが推力を発し、砂上を滑るように進み始める。
「アレックス、サンドワームと思われる音源は方位
「了解、方位1−3−0に転身する」
モニタ上部に表示されている方位表示を参考に、アレックスは進路を変更、やがて、それは見えてくる。
「おい、一匹じゃないのかよ!」
見えたのは砂の上から砂の中へ、砂の中から砂の上へ、と進む三匹のサンドワームだった。ミミズと芋虫の中間のような生物であるサンドワームは砂を食いながら地中を進みつつ、芋虫のように地上と地中を縦に蛇行移動する。
CGと同程度のサイズのそれはつまり全長6mもの巨体だ。
「なに? こちらからは一塊の大きな反応に見えていたが……」
意外なヘルのミスにアレックスは思わずフッと笑ったあと、冗談じゃない、と思い直す。
アレックスは右手人差し指のボタンを二回押し、そのまま長押しする。
【right arm active : Laser Blade】
レイAC右腕の甲側手首に装着された棒状の装置が180度回転し、モニタ上に斜めの線の見た目をした
アレックスは左ペダルの踏み込みを弱め、右ペダルだけを強く踏み込み、右へカーブ、今度は逆に踏み込み左へカーブ。
前進を続けるサンドワームの左側面に回り込んだ。
「まずは、一匹!」
レイACの接近に気付き、方向転換して肉薄してきたサンドワームに対し、斜め線のレティクルを合わせ、右手人差し指ボタンを押す。レイACはその指示に従い、サンドワームを光刃で両断する。
胴体を真っ二つにされたサンドワームが緑色の体液を撒き散らしながら絶命する。
味方がやられた事に気付いたか、あるいは何らかの本能的な反応か、残り二匹のサンドワームはレイACから距離を取るように移動しつつ、口から緑色の体液を吐き出す。
「溶解液を喰らうわけには……!」
アレックスは左のペダルの踏み込みを弱め、右のペダルを強く踏み込んだ後、両足のペダルを一瞬離して再度踏み込むと、レイACは左に大きく跳躍し、溶解液を回避する。
レイACの後方に着弾した溶解液が一瞬にして砂を溶かす。
「くそ、相手が遠距離戦を選んだとなると厄介だぞ」
離脱しながらの遠距離戦を選んだ相手に近接攻撃を叩き込もうと思うと、当然離脱しようとする相手より早い速度を出す必要がある。
だが、レイACは既に十分加速しており、これ以上の速度を出すのは難しい。
「どうする、ブルー・レイモードを使うか?」
唯一の例外がブルー・レイモードだ。
ブルー・レイモードを使えば、目の前の逃げ続けるサンドワームに追いつく事など容易いだろう。
だが……。
「いや、この程度でブルー・レイモードは使えないな」
誰彼構わずブルー・レイモードを使っていると言われるアレックスにもプライドがあった。あくまで、ブルー・レイモードを使うのはピンチの時だけ。今は違う。
ペダルを小刻みに操作し、左右にジャンプして攻撃を回避しつつ、アレックスは考える。
「実弾禁止さえなければアサルトライフルで撃ち抜いて終わりだというのに!」
今手元にない装備の事を考えながら愚痴るアレックス。
「ちっ、兄さんにはまだ使うなと言われていたが……」
アレックスが左手人差し指のボタンを二回押し、更に二回押し、更に二回押しし、そのまま長押しする。
【left arm active : thunder lance】
画面上に新しいレティクルが出現する。今度は中央にドットとその上、右下、左下にとんがったアイコンの付いたレティクルだ。
「おい、アレックス、それはまだ調整中で……!」
「実弾禁止なんて無茶を言う兄さんが悪いんだからな!」
アレックスは左操縦桿を操作し、レティクルの位置を調整、左手人差し指ボタンを押すと、レイACの左腕手のひら側の手首から有線の槍が飛び出す。
以前に「ノーマル」という管理帝国製CGと戦った際に鹵獲したノーマルの標準装備「サンダーランス」だ。突き刺した相手に電撃を流し込む対CG戦を想定した装備である。
飛び出した有線の槍がサンドワームの一体に突き刺さる。
「取った」
アレックスは親指のアナログスティックを押し込み、電撃を流すと同時、中指のボタンを押す。
すると、突き刺さった槍の返しが伸び、より強くサンドワームを捕らえる。
もう一度人差し指ボタンを押すと、サンダーランスが巻き戻り始める。
強力なモーターにより実現されたその巻き戻り機構は突き刺さったままのサンドワームを軽々と半分地中に埋まった状態から地上へと引きずり出し、レイACの手元まで引き寄せる。
それを素早く光刃で切り裂くレイAC。
「あと一匹!」
ところが、目の前でその異常は起きた。
突如として、レイACの視界に影がさしたのだ。
「なっ!」
思わず咄嗟にペダルから足を離し、減速するアレックス。
そのレイAC頭上を、巨大なサンドワームが通り過ぎ、目の前のサンドワームを飲み込んだ。
「まさか、さっきからサンドワームはこいつから逃げていたのか?」
「全長1kmはあるな、こいつがターゲットだ」
「さっきまでのはターゲットじゃなかったのかよ」
「最初に言ったぞ、巨大サンドワームがターゲットだ、ぞ」
そういえば言っていた気がする。
巨大サンドワームがレイACの方を向く。
「こりゃあ、たくさん肉と骨が取れそうだな、おい」
アレックスは半ばヤケクソになりながら一気に加速、巨大サンドワームに肉薄する。
「喰らえ!」
光刃を振りかざし、巨大サンドワームに斬りかかる。
それは、確実に巨大サンドワームに傷をつけ、緑色の体液を流させたが、全体を見れば僅かな傷にしかならない。
「くそ、でかすぎる!」
そのまま何度も斬撃を放つが、効いている気がしない。
怒ったのか、単に目の前に捕食対象がいるというだけか、巨大サンドワームがレイACに向けて口を向けて前進を始める。
「冗談じゃない。レイごと丸呑みにされる」
アレックスはペダルを操作し、レイACを斜めに走行させて、巨大サンドワームの突撃を回避する。
直後、巨大サンドワームの側面に無数のフジツボのような出っ張りから緑色の体液が飛び出し始めた。
「まさか、溶解液か!?!?」
アレックスは慌ててペダルを複雑に操作し、レイACをランダムに蛇行させるが、それだけでは回避しきれず、腕や胴体に溶解液が付着し、急速に溶解が始まる。
「っ! まずい」
アレックスが自機の負傷に気を取られた直後、溶解液が作り出した砂漠の落とし穴に、レイACがハマる。
そこに迫りくる巨大サンドワームの口。
「これは……やむなしか……」
両手で操縦桿の全てのボタンを同時押しする。
【CAUTION! Blue Ray Mode】
レイACの周囲の装甲に隙間が生じ、隙間から蒼い光が覗く。
【3】
「すまない、兄さん」
目前まで巨大サンドワームが迫る。
【2】
「だが、やつに食われるくらいなら……」
座席のロックがより強固に固定される。
【1】
「こうするしかないんだ!」
アレックスが両足のペダルを強く踏み込む。
【Ouranos Drive Limited Boot】
「ナルセ・ドライブ、全開」
直後、青白い光に包まれレイACの姿が消える。
巨大サンドワームの口が空を切る。
気がつくと、レイACは巨大サンドワームの背後に立っていた。
「ふぅ、ふぅ」
巨大サンドワームが突然、倒れ、悶え苦しむ。
「心の蔵を奪わせてもらった。どれだけの巨体だろうと血液ポンプなしでは動けまい」
その言葉の通り、その左腕にはこれまた巨大な心臓が拍動していた。
アレックスは操縦桿の親指トラックボールを同時にダブルタップすると、レイACは装甲からプシューという排熱の音を発する。
「こちらアレックス、任務完了。回収を頼む」
「なーにが、回収を頼む、だ! またブルー・レイモードを使いやがって!!!! そいつの整備にどれだけ時間かかると思ってんだ!」
「すまない」
ともあれ、任務は完了。
流れの傭兵団「砂上のハウンド団」の今回の仕事は終わりとなったのだった。
To Be Continued…
第3章へ!a>
「砂上の
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