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太平洋の世界樹 第3章

by:メリーさんのアモル 

 八人を影で見つめる男が一人。
「面白くなってきた。これが終わるときが、黄昏の序章だ」
 ふふふ、と笑う若く見える男。
「楽しくなってきたぞ」
 本当に楽しそうに、何らかの作業に気を取られて彼に気付かない八人に背中を向けて去っていく。

 

 * * *

 

 空を飛ぶドヴェルグが順番に放った槍をデックアールヴの女はその剣ですべて払いのける。
「その程度の攻撃、私にとっては大したことではない」
 デックアールヴの女が大地を蹴って、地上のドヴェルグに接近する。ドヴェルグは警戒して槍を構えるが間に合わない。女はその剣で真ん中のドヴェルグを両断し、そのドヴェルグの持っていた槍を左手で逆手につかみ左のドヴェルグに突き刺す。右足で右のドヴェルグの槍に蹴りをくわえて槍を落とさせる。開き直ってその牙を突き立てようと突進するドヴェルグ。しかし、その頭はあっさりと、女によって切り落とされた。
「武器なしの羽根つきよ、まだ続けるか?」
 槍を投げてしまい武器なしの空を飛ぶドヴェルグに呼び掛けるデックアールヴの女。
 理性ではなく本能で危険を理解したドヴェルグは羽音を響かせ逃走した。
「ふぅ。大丈夫か、二人とも」
「う、うん」
 デックアールヴも黒妖精。緊張しながらドライアドの少女が答える。
「私達デックアールヴは誇りのない闘争はしない。戦う意思のない君たちと戦うつもりはないよ」
「そ、そうですか」
「ん、君は人間か?」
 返事をした人間の少年に気付き、デックアールヴの女が視線を向ける。
「え、はい。そうですけど」
「ならばなおのこと丁度良い!」
「へ」
「君たち、我ら世界樹連合に加わってはくれないか!」
 二人の手を取るデックアールヴの女。
「世界樹、連合?」
「あぁ。我ら世界樹連合は世界樹の機能を復活させ、世界を元あった姿に戻すのが目的だ」
「元あった姿に、戻す?」
「あぁ。……そうか、人間は知らないのだな。世界樹は分かるな? ここからでは見えないが、あちらの海の向こうにある大きな樹だ」
 デックアールヴの女が人間の少年の質問に答え、一つの方向を指さす。
「パシフィックツリーのこと?」
「パシフィックツリー?」
「人間たちはそう呼んでるみたいですよ。あの海を太平洋パシフィックと呼んでいるからのようです」
「なるほど。そう、それが世界樹だ。そして、世界樹は単なる樹木ではない。あれは非常に高度な技術で作られた……あー、塔、とでも言えばいいか。うむ、塔なのだ」
「塔?」
 思いがけない言葉に首をかしげる少年。
「あぁ。……ん?」
 続きを話そうとした女がふと動きを止める。とがった耳がピクピクと動く。
「奴ら、数を増やして戻ってきたか。私一人ならともかく君らを守りながら数を相手するのは厳しい。とりあえず私達の本拠地に来てくれないか?」
「どうする?」
 女の言葉に少年は少女を伺う。
「私は宿り木に入ってれば襲われないけど、人間はパートナーにならない限り光合成できないからそんなわけにはいかないし……。ここにはいられないからね、適当に逃げるくらいなら、ついていったほうがいいかも」
「よし、なら急ごう。こっちだ!」
 光の壁を抜け、再び特異空間の外へと出る三人。
「奴らの音に惑わされるな、あれは意図的に特定の方向に追い込もうとしているんだ。幸い、奴らは自分の住処からまっすぐにさっきまでいた空間へ向かっているらしい。しばらく追立は始まらないはずだ。できるだけ、急いで進もう」
 女が先導し、二人が続く。森に慣れていない少年が真ん中で、少女が後ろだ。
「GiGiGiGiGi」
「しま、」
 女が通り過ぎた物陰からドヴェルグが、少年に迫る。女も咄嗟に振り返るが間に合わない。
Alfheim >> Midgard, skógr [Gleipnir] Dvergr白妖精の世界 から 人間の世界へ 木々に願う 拘束せよ ドヴェルグを!
 少女が何事かをつぶやき、周囲の木から蔦が伸びてドヴェルグを拘束する。
「助かった!」
「ありがとう」
 拘束されたドヴェルグは仲間を呼ぶために牙を鳴らそうとするが、そこにさらに蔦が絡まっていく。それを横目に女に続く少年。
「殺さないでね」
 と、木に、あるいは蔦に話しかけながらそれに続く少女。

 

 しばらく走ると、牙の音は聞こえなくなった。
「うおぉっと」
「あ、大丈夫?」
 少年は何度か根などに足を取られて転びかけたが、そのたびに後ろから少女が支えた。
「ありがとう」
「うん」

 さて、そうして歩いているとあるものが見えてきた。初めに気付いたのは少年だった。
「あ、」
「っと」
「ありがと」
 もはや短いやり取りで済ませるようになりつつある二人。バランスを崩した少年が再び元の姿勢に戻ろうとしたとき、偶然、森の木々の葉と枝の間から少年は見た。
「特異空間?」
「へ?」

「ん?」
 少年のつぶやきに二人が同時に少年を見る。
「特異空間って私の住処を見たときにも言ってたよね?」
「そうなのか? 私たちの世界が限定的に露出している世界を、人間はそう呼んでいるんだな」
「私たちの世界?」
 女の言葉に少年が首をかしげる。
「あー、その話は本拠地についてからでいいか? やや、長くなる。お前が見た光の壁で覆われた場所……お前の言うところの特異空間が、私達の本拠地だ」
 初めて特異空間に入った時からなんとなく察していたことだが、どうやら人間たちが考える「特異空間は〝化け物”達の巣」というのは、間違いのようだ。……いや、デックアールヴはドヴェルグと同じ黒妖精だし、ドライアドも妖精というくくりでは同じだし、”化け物〟というのを妖精のことだと考えれば間違ってはいないのだけれど。少年はそうは思いたくはなかった。ドライアドの少女も、デックアールヴの女も、別に人を襲って傷つけたりはしないはずだし、と。

 

 そして、光の壁を抜ける。そこに広がっていたのは白と黄色の中間くらいの明るい世界だった。まぶしくはないけれど、そこは確かに光の世界だった。
「神族の世界?」
「あぁ、そうらしい。とはいえ、私たちがここにたどり着いた時点で既にもぬけの殻で、神族らしき姿は見当たらなかったがな」
 妖精二人が自分たちだけわかる単語で会話している。シンゾク? 親族? 両親とか? と、文字でわからない少年はややズレたことを考える。
「とにかく、中に入ろう」
 女は空間の中央に大きくそびえ立つ木を指さした。パシフィックツリーほどではないけれど、大きな樹。その根元に人間の10倍以上はある大きな穴が開いていた。
 中に入った三人の下に非常に多種多様な見た目の人々(?)が駆けよってくる。
「新顔? まさか、人間!」
 一番最初に駆け寄ってきたのは、人間よりもとても小さい男だった。小人のグラスランナーである。一緒に後ろからついてきたのは、同じく小人のホビット。
「人間、何しに来た」
 壁をすり抜けて出てきた半透明の人間は死霊のゴーストだ。
「お前ら、騒ぎすぎだぞ」
 と言いながらあとからやってきたのが人間より一回り大きい角のある男が鬼のオーガと、そしておそらく入口があれだけ大きい理由であろう、人間の10倍はある巨大な男が、巨人のヨトゥンだ。

 

 ……と、長々と説明を少年は食堂で聞かされていた。まとめると、この世界には白妖精、黒妖精、巨人、鬼、死霊、精霊、小人、人間、神族と9つの大種族が存在していて、この世界樹連合には神族と人間以外の大種族の存在が最低一種はいる、ということらしい。
 この世界にはそんなにたくさんの知的生命体がいたのか。でもどうして今までそれを知らなかったんだろう。そんな少年の疑問に。さらに彼らは答えた。
「そもそも、昔はみんなうすうす知ってたんだよ。君も私みたいなドライアドの伝承を知ってたでしょ?」
 まずは少女がそう声をかけた。
「だが、やがて異種族同士は争い始めたのだ。そもそも、神族と俺たち巨人は仲が悪かったし、黒妖精の中にはドヴェルグみたいに仲よくしようがない奴らもいたしな」
 とヨトゥンの男が説明を引き継ぐ。
「そして、人間以外の8つの大種族の者たちが集まり、ある巨大な塔を作った」
「それが、世界樹?」
「左様。そしてその塔は世界を9つに分かつ膜を世界に生成した。それにより世界は9つに分けられ、異なる大種族同士が交流することはなくなった、というわけよ」
 少年のつぶやきに、アールヴの少女が答える。
「じゃあ、それが今は機能不全を起こしてて、みんながまた一緒になってしまった……ってこと?」
「そういうことらしい」
 少年の質問にデックアールヴの女が答える。
「そういうわけで、私達は再び世界樹に乗り込み、機能を復元しようと考えているというわけだ」
「そんなことができるのか?」
「できる。……らしい。8種族が揃えば、世界樹の中の機械をreboot再起動できるらしくてな。そして、7種族しかいなくて困っていたが、お前が協力してくれるなら問題は解決だ。どうだ?」
 デックアールヴが握手を求めるように手を差し出す。
「します! もう一度、この世界を平和に戻すことができるなら」
 少年は迷わずに手を取った。
 その時、警報音が鳴り響いた。
「人間の軍隊だ! 人間の軍隊が来たぞ!!」

 

「エセックスより各機、これより特異空間に突入する。突入と同時に各機は敵に対し攻撃を開始せよ。特異空間騎兵部隊魂を見せつけてやれ!!」
 特異空間爆撃機が光の壁を通り抜ける。空間の中をターボプロップエンジンの音が響く。
 グルングルン、と機体の下部から特異空間戦闘機が放たれる。

 

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