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太平洋の世界樹 最終章

by:メリーさんのアモル 

 
 

「特異空間騎兵部隊、こんな時に……」
 出航した世界樹連合の前に立ちはだかるドヴェルグの大部隊、そして後ろから光の壁を抜けて出現した特異空間爆撃機。
「クズネツォフより、各機、発艦準備」
「ホーク1、準備よしスタンディングバイ
「ホーク2、準備よしスタンディングバイ
「ホーク3、準備よしスタンディングバイ
「ホーク4、準備よしスタンディングバイ
 その声は世界樹連合に所属している特異空間騎兵部隊の無線機から聞こえてきた。
「私たちが所属していた頃の周波数を使ってる? 周波数は変えたはずなのに……」
 特異空間騎兵部隊から裏切り者(つまり、少尉たち世界樹連合に所属する特異空間騎兵部隊のことだ)が出て以来、彼らに特異空間騎兵部隊の作戦情報が渡らないよう、特異空間騎兵部隊たちは使用する周波数を変更していた。このため、世界樹連合に所属する彼らの無線機から今この特異空間に突入してきた彼らの通信が聞こえる事は奇妙であった。
「流石にこれではここで全滅してしまう! マキン・アイランドの艦載機だけでも降ろせ、マキン・アイランドの艦載機と艦載砲で足止めする! 全滅するよりはいい」
「マキン・アイランドの艦載機要因、及び砲撃要因は直ちに配置に着け!」
 世界樹連合が出した決断は、ユッグのうち1隻をここで足止めに使う、という事であった。
飛翔物警告ミサイルアラート!」
 ユッグの1隻にドヴェルグの槍が迫る。しかし、その高速の一撃は、Rat-Tat-Tat!という音と共にユッグにたどり着く前に阻まれた。
「特異空間爆撃機の……近接防御火器システムCIWS?」
「ホーク隊、発艦及び交戦を許可する」
 特異空間爆撃機から4機の特異空間戦闘機が回転しながら放たれる。
「ホーク1、交戦エンゲージ
「ホーク2、交戦エンゲージ
「ホーク3、交戦エンゲージ
「ホーク4、交戦エンゲージ
 放たれたホーク隊は6隻のユッグを追い抜いてドヴェルグに向かってミサイルを放つ。
「ホーク1より各機、突破後は予定通り散開、〝花道〟を譲れ」
 特異空間爆撃機からも一気にミサイルが発射される。それはホーク隊のレーダー観測を元に誘導され、確実にドヴェルグの黒い壁に穴を開ける。
「シルフィード・スカーフ、フルセイル! 一気にあの穴を突破しろ!」
「一気に行くぞ、フルセイルだ!」
 ユッグのシルフィード・スカーフと呼ばれる帆が高々と広げられる。
 しかし、穴を安全に抜けられたのは2隻まで、3隻目にドヴェルグが殺到しようとする。しかし、それは特異空間爆撃機によって正確に放たれたミサイルによって生じた炎の壁によって阻まれる。
「特異空間爆撃機の中でも一番の火薬庫として作られたクズネツォフを侮ってもらっては困る。次弾装填を急げ」
「ホーク2、先行している特異空間強襲揚陸艦の援護につきます」
「ホーク3、2隻目の特異空間強襲揚陸艦を援護します」
「ホーク4、敵群を突破した3隻目の露払いを引き受けます」
 ホーク隊がそれぞれユッグの側面まで並走し、機体下部と翼からスラスタを吹かして反転する。

 

「全特異空間強襲揚陸艦の突破を確認。クズネツォフ、全速前進。あの化け物どもをここで足止めするぞ」
 特異空間爆撃機のターボプロップエンジンがひときわ高く音を立てて空気を震わせる。
「ホーク隊、全機健在、戦闘を続行します」
 4機の特異空間戦闘機はその特異空間爆撃機に追従し、再びドヴェルグに向き直る。

 

「見えてきた。あれが……世界樹」
 太平洋上、高々とその幹を伸ばし、空へ大きく枝を広げ、葉を広げ、人間たちがパシフィックツリーと呼んだそれが、遠くに見える。
「あ、いたいた、少年!」
 そこへ走ってきたのは特異空間騎兵部隊の少尉だ。
「なんですか、少尉さん」
「ちょっとお願いがあるんだよね……」
 言いにくそうに少尉さんが笑う。
「世界樹の機能復活には8つに種族がいる。神様が私たちに協力してくれてない以上、人間が一人はいるんだ。けど、私達特異空間騎兵部隊は皆このユッグと特異空間戦闘機キャットでやらなきゃいけない事がある。だから、世界樹の中には君に行ってほしいんだ」
「そんな、危険です!」
 少年をかばうように声をあげたのがそばにいたドライアドの少女だ。
「それはその通りだ。だが、それはお前も例外ではないぞ?」
 横から現れたのはデックアールヴの女だ。
「白妖精は非戦闘員が多いからね、このユッグに乗る事が出来た白妖精は少ない。シルフィード・スカーフやサラマンダー・カノンの操作にも白妖精がいる事を考えると、世界樹に突入する白妖精は君の仕事になる」
 申し訳なさそうに少尉さんが言う。
「私が君を推薦したんだ。人間が少年しか行けないなら、一緒に行く白妖精は、君の方がいいだろ?」
 少尉さんが少女に笑いかける。
「それは……そうですけど」
「安心しろ、私も一緒だ。世界樹連合に入る前3人で少し旅をしていただろう、あの時と同じさ」
 デックアールヴの女が笑う。
「少年、これを」
 少尉さんが真顔で拳銃を少年に差し出す。
「え……」
「使ってほしくはない。でも、必要になるかもしれない」
「でも……」
「持っていて。いざって時、彼女を守れないのは、嫌だろ?」
 少尉さんが笑う。
「安心して、気化銃じゃない。でも、逆に言えば傷つけるのがせいぜいだ、本当に、身を護るための武器だ。なんなら、お守りだと思えばいい。いざって時は相手に向けな。それだけで身を守れる」
 気化銃はまだ人間が世界を闊歩していた頃に普及しつつあった新型の銃だ。強力な熱線銃であり、命中させた相手を気化させるだけの威力がある。拳銃サイズでありながら相手を一撃で沈黙させられる、新しく戦争の形を変えようとしていた兵器である。安全性が十分ではないため、積極的に使う事は推奨されないが、ドヴェルグにもある程度の効果が見込まれるため、特異空間騎兵部隊では緊急時用に皆持たされている。
「それとも、気化銃の方がいい? 撃つ覚悟はある?」
「いえ……こちらを、お借りします」
 少年が少尉から拳銃を受け取る。
「前方にドヴェルグ!」
「そんな、まだいるっての?」
 さっきの群れはドヴェルグの中のかなりの戦力のはずだ。それなのに、まだいるというのか。
「じゃ、私は特異空間戦闘機キャットに行く。少年、幸運をグッドラック
 少尉さんがサムズアップして去っていく。

 

「出来る限り距離を詰めるぞ」
 帆をはためかせ、ユッグは進む。
「まもなく、ドヴェルグの槍射程内です」
「よし、艦載機を発艦させろ!」
 ユッグの側面に張り付いていた特異空間戦闘機が切り離される。
「艦載機は一度、艦より後方へ下がれ、P砲弾で一度敵を一掃する。全艦、フォーメーション・インディア!」
 横一列にユッグが並ぶ。
「行くぞ!」
 横一列に並んだユッグが一斉に左に向き、ドヴェルグ群れに側面を向ける。
「P砲弾、一斉射!!」
 横一列から縦一列になったユッグの側面の全ての砲から緑の熱線が放たれる。ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!!!!!
 P砲弾とは、巨大なジェネレータである。これを装填した状態で、砲に発射信号を送ると、通常の砲弾ではなく、巨大な気化銃のような熱線攻撃を実行出来るという訳だ。拳銃サイズのソレが掠っただけで人間を気化させるというのに、それの何倍にもなる熱線が何重にもなって緑の光の奔流としてドヴェルグに襲い掛かる。
「やった! ドヴェルグ、一気に減りました!」
「いや、まだ出てくる! 世界樹から!?」
 世界樹から、まるで蝙蝠の群れのように黒い何かが飛び出してくる。
「世界樹に奴らの巣があるのか!」
「また、P砲弾で!」
「だめです。ジェネレータ冷却に時間がかかります」
「仕方ない、艦載機隊は前へ! 艦隊はフォーメーション・ヤンキー。全兵装自由オールウェポン・フリー。なんとしても世界樹までたどり着くぞ」
 特異空間戦闘機がユッグを追い抜いてドヴェルグに接敵する。
「ウィザード1、交戦エンゲージ
「ウィザード2、交戦エンゲージ
「ウィザード3、交戦エンゲージ
「ウィザード4、交戦エンゲージ
「ウィザード5、交戦エンゲージ
「ウィザード6、交戦エンゲージ
「ウィザード7、交戦エンゲージ
「ソーサラー1、交戦エンゲージ
「ソーサラー2、交戦エンゲージ
「ソーサラー3、交戦エンゲージ
「ソーサラー4、交戦エンゲージ
「ソーサラー5、交戦エンゲージ
「ソーサラー6、交戦エンゲージ
「ソーサラー7、交戦エンゲージ
 ドヴェルグと接敵した各機が独自に戦闘を開始する。
 ユッグは、前方3隻はドヴェルグ群を迂回するように右に旋回しつつ世界樹へ。後方4隻は反転し、同じくドヴェルグ群を迂回するように左へ旋回しつつ世界樹へ。
「サラマンダー・カノン、通常砲弾を装填、片舷斉射!」
 Bam! Bam! Bam! Bam! ユッグに搭載された砲、サラマンダー・カノンは冷却の必要なP砲弾を取り外し、実弾を装填、発射を開始する。Bam! Bam! Bam! Bam!
「ドヴェルグの接近を許すな、イフリート・ガンを使え!」
 Rat-Tat-Tat! イフリート・ガンはユッグの艦後方に取り付けられたパックルガン型の連射銃である。自動では稼働しないが、クズネツォフと呼ばれた特異空間爆撃機のCIWSのように、近づく飛翔物を打ち落とし、ドヴェルグを追い返すのには十分だ。Rat-Tat-Tat!
「牽制でいい、撃ち続けろ! 絶対に槍を放たせるな!」
「私達も行きます!」
 エンジェル達が光の剣を携えてユッグから飛び立つ。シルフィード・スカーフはその帆で空を飛ぶ素晴らしい装備だが、この帆が破られればその魔法の力は即座に失われる。補助の帆が複数ついているため即座に墜落するような心配はないが、ドヴェルグの槍はシルフィード・スカーフを破壊し、ユッグを墜落させるのに十分な武器であると言えるのだった。
 Whizz! Swish! 恐ろしい速度で接近する槍をエンジェルが光の剣で迎撃する。Whizz! Swish!
 Bam! Bam! Rat-Tat-Tat! Whizz! Swish! Rat-Tat-tat! Bam! Bam! Bam! Rat-Tat-Tat! Whizz! Rat-Tat-Tat! Bam! Bam! Whizz! Swish!
 様々な音が空を満たす。
「艦隊、フォーメーション・エックスレイ! 発射を中断し、態勢を整えろ」
「フォーメーション・エックスレイだ! 速度を落とせ、ハーフセイル! 取り舵急げ!」
「速度を落とせ、ハーフセイル! 面舵だ!!」
 二手に別れていたユッグがそれぞれお互い交差するようなコースに切り替える。
「まだ、試作段階だが拡散P砲弾を装填! 一気に切り抜けるぞ!」
「拡散P砲弾を装填!」
「装填作業急げ!!」
 Rat-Tat-Tat! Rat-Tat-Tat! Whizz! Whizz! Whizz! Swish! Swish! Rat-Tat-Tat!
「装填完了!」
 Rat-Tat-Tat! Rat-Tat-Tat! Rat-Tat-Tat! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Swish! Swish! Rat-Tat-Tat! Swish! Rat-Tat-Tat!
「よし、よく引き付けろ!! エンジェルは一度艦に戻れ」
 Rat-Tat-Tat! Rat-Tat-Tat! Rat-Tat-Tat! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Rat-Tat-Tat-Tat-Tat-Tat-Tat-Tat-Tat!! Rat-Tat-Tat-Tat-Tat-Tat-Tat!!!
「今だ! 拡散P砲弾斉射!!」
ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!!
ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!!
 7隻のユッグから四方八方へ緑の奔流が放たれる。
「こちらキアサージ! 一部サラマンダー・カノンが融解!」
「こちら、イオー・ジマ、同じく、一部サラマンダー・カノンが融解!」
「ボノム・リシャール、同じだ」
「マキン・アイランド、同じくです」
「バターン、同じく」
「ボクサー、同じくです」
「……本艦、ワスプも同じだ……」
 その恐ろしい緑の奔流は確かに殺到するほぼ全てのドヴェルグを〝消滅〟させたが、その代償は大きかった。その制御しきれていない熱量は、サラマンダー・カノンすら溶かし、使用不可能に追い込んだ。
「使用不可能なサラマンダー・カノンは放棄! その穴は埋めろ! その分軽くなる!」
「了解」
「あいよ」
「ドヴェルグ、第3波、来ます!」
「一気に突っ込むぞ! フルセイルだ! ダメ押しで、追加ブースターを点火させろ! アフターバーナー!」
「フルセイルだ! ブースターもアフターバーナーにしろ! 戦時緊急出力WEPR!」
 世界樹から際限なくドヴェルグが湧き出してくる。
 そのドヴェルグの群れに向かって一直線にユッグが飛ぶ。
「こちらウィザード1、敵の数が多すぎる。あれと正面からやりあうのは厳しすぎる」
「メイデイメイデイメイデイ、こちらウィザード3、被弾した。エンジンの出力が上がらない」
「こちらソーサラー5、ウィザード3を目視で確認。マイクロジェネレータが火を噴いてる。あれじゃイオンエンジンは動かせない」
「こちらウィザード1。ウィザード3、脱出しろ、その高度で座席射出ベイルアウトすれば、イオー・ジマがお前を拾えるはずだ」
「こちらイオー・ジマ、了解。舵修正、取り舵20」
「これじゃ、世界樹に近づけないぞ……」
 当然、世界樹に接近すればするほど、ドヴェルグの密度は激しくなる。特異空間戦闘機とドヴェルグは遠距離の撃ちあいか、1対1の格闘戦ドッグファイトであれば特異空間戦闘機が勝るが、敵が無数に存在している場合、常にどこから飛んでくるかもわからない槍を警戒しながら戦闘せねばならず、一気に局面はドヴェルグ有利となる。
「ソーサラー5が落ちたぞ!」
 Woosh! Whoosh! イオンスラスタを吹かせて急旋回、機首の25mmガトリング砲が火を噴く。Rat-Tat-Tat!!
「このままではじり貧になり、最終的に艦載機隊が全滅する。最もサラマンダー・カノンを失った艦は?」
「ボノム・リシャールだ」
「よし、ボノム・リシャールは世界樹に何としても取り付け。それ以外の艦はフォーメーション・インディアにて、ボノム・リシャールの道を切り開くぞ」
 このままでは全滅する。そうして出た結論は、戦闘能力が低下した1隻を他の戦力で集中的に援護し、確実に世界樹に人員を送り込む、というものであった。しかし、その作戦には1つ問題があった。
「だめです、ボノム・リシャールには人間がいません」
「ボノム・リシャールに最も近くの人間を載せた艦は?」
「ボクサーです。あの最初の少年が乗っています」
「ボクサー、ボノム・リシャールに接近しろ、なんとしても少年をボノム・リシャールに移動させる」
「ボクサー、了解。ハーフセイル、面舵50」
 少年の乗るユッグが極端に右に曲がる。
「どうしたんだろう?」
 砲弾運びを手伝っていた少年が首をかしげる。
「大変だ」
 そこへデックアールヴの女。
「どうしたんですか?」
「ユッグの1隻を突っ込ませて他で援護するつもりらしい。だが、その船には人間が乗っていない、つまり」
「え、移動しろってことですか? 飛んでる船同士の間を?」
「そうだ。エンジェルが移動させてくれる」
「そんな! 危険すぎます! この船で行けばいいじゃないですか?」
 横で聞いていたドライアドの少女が抗議の声をあげる。
「それは無理だ」
 デックアールヴの女が首を振る。
「そんな、どうして?」
「この船は、サラマンダー・カノンが最も多く残っている。片舷に寄せれば片舷斉射出来る船を放棄する事は出来ない」
「だったら、せめて私もついていかせてください」
「…………」
 少女の提案に思わず黙る女。
「だめなんですか?」
「いや、大丈夫だ。甲板に上がるぞ、来い」
 デックアールヴの女が階段を上がっていく。少年と少女が続く
 甲板に出ると、右側面にもう1隻のユッグが見える。空へ広く枝を伸ばす世界樹の枝と葉は既に上空を覆い、甲板に大きな影を落としている。
「急いで、つかまって!」
 2人のエンジェルが翼を広げて少年と少女に手を伸ばす。
 エンジェルにつかまって2隻の間を飛ぶ2人。しかし、せっかくユッグが固まっているところを、ドヴェルグが逃しはしなかった。
「取り舵90! 完了次第、右舷一斉射!」
 少年と少女が甲板から離れてすぐ、それを見越してボクサーは左で旋回、ドヴェルグの群に砲を向け、かつボノム・リシャールから距離を取ろうとした。
飛翔物警告ミサイルアラート!」
「スカーフを右へ!」
 一方、ボノム・リシャールの艦長は少し失敗をした。咄嗟に回避すべく、帆の向きを変え、右に平行移動して槍を回避しようとしたのだ。方法論自体は正しい。それによってボノム・リシャールは全ての槍を回避したのだから。
 問題は、空中を移動する2人である。ボノム・リシャールへ移動する途中であった彼らの下にボノム・リシャールを狙って放たれた槍が殺到する。Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Whizz!
 Thuck! 風が吹いたと思った次の瞬間、槍が突きささる鈍い音がする。
「うわぁっ」
「うそっ!?」
 槍が突きささったのは少年を連れていたエンジェルだった。それも羽根に、恐ろしく正確なクリティカルヒット。飛ぶ力を失ったエンジェルはそのまま落下する。当然、少年も一緒に。
「だめっ!!」
 少女が叫ぶ。その想いの力はまた別の言葉として口をついて放たれる。
Alfheim妖精の世界 >>から  Yggdrasill世界樹へ, skógr木々に願う [greiða]助けて elska愛するあの人を
 それは白妖精の持つ力ある言葉。木々に願う、ドライアドの力。しかしそれは無駄な事だ。ここに彼女が語り掛けられる木々などありはしない。あるのはそう、もはやその問いかけに答える事の出来ない死んだ木々だけ。違う。彼女の呼びかけに答えられる木々が1つだけ存在する、それは……。
 大きな蔓が伸びて、優しく少年を捕まえる。
「世界樹……」
 その蔓は世界樹の蔓だった。少女の強い想いに答えて、世界樹は少年と、そして少女を助けたのだ。蔓は優しく2人を導く。世界樹の中へと。
「2人に続くぞ。P砲弾装填! 道を切り開く!」
 ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAP! ZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAP!!!
 緑の奔流がドヴェルグ達を飲み込み、彼らの最後の希望、ボノム・リシャールの道を作る。

 

 そして、世界樹の中。そこにはようやく2人っきりになれた、少年と少女がいた。
「2人っきりなんて、久しぶりだね?」
 ドライアドの少女が話しかける。
「そうだっけ?」
 少年がとぼける。
「そうだよ。……ずっと、私のこと、避けてた……」
「……ごめん」
 拗ねるような少女の口調に思わず謝る少年。
「……嫌われてる、わけじゃないんだよね?」
 縋るような目で少年を見る少女。
「…………」
 一瞬悩む少年。それでも、少年は深呼吸したのち、口を開く。
「怖かったんだ」
「怖い? ……妖精が?」
 思いがけない言葉に驚く少女。
「違う。君が、これ以上大切な存在になるのが……」
「え……?」
「世界樹を起動させたら、君とは別れなければならなくなる。君が大切であればあるほど、君と別れるのが辛くなる。だから、君と……」
 でも、それは無意味だった。距離を取れば距離を取るほど、愛おしくなるだけだった。だって、こうしてまた2人きりに少年はそれがたまらなく嬉しかったのだから。それは、特異空間騎兵部隊の基地を脱出して再会した時、その抱きしめた時以上のもので。距離を置き続けていた間にいかに自分の中の彼女が大きくなっているかを感じる。
「あっ」
 だから、気が付いたら少年は少女を抱きしめていた。あの時よりもずっとずっと強く。気が付いたら少女もそれに応えていて、お互いがお互いの存在を確かめ合うように、お互いの肌にお互いの指と腕が食い込むんじゃないかと思うくらい強く、抱きしめあう。
 お互いの吐息と鼓動がシンクロして。まるで1つになったかのよう。
「好き」
 その言葉がどっちから発されたのかは分からない。だって2人は1つだったから。

 

「ドライアドって、別れについてはどう考えるの?」
 それから長いような一瞬のような時間が経って。2人はまた2人になっていた。そして、少年は聞く。
「……ドライアドって、基本的にずっと一緒にいるから、あんまり別れってないんだ」
「そうなの?」
「ドライアドって宿り木に住んでるからね。宿り木から離れる事って珍しいんだよ」
「それでも、何かの理由で別れる事とか、例えば恋人が迷子になるとか」
「そうだね。でも、ドライアドはきっと、また会えるって思うよ」
「どうして?」
「だって、ドライアドと恋人は宿り木で繋がってるからね。離れ離れになってしまった恋人も、いつかは宿り木に導かれる。きっとね」
「そう、なんだ」
 楽しそうに話す少女に対し、まだ暗い少年。
「……ふふ。君も同じだよ。だって、一緒に宿り木に入った。君だって私の宿り木と縁があるんだよ。恋人がもってるそれと比べたら、弱いものだけど。だから、きっといつか会えるよ」
 笑いかける少女。
「あ、あぁ」
「じゃ、行こ」
 そして2人は歩き出す。

 

「おぉ、2人とも無事だったか」
 合流した2人に声をかけたのはよく少年と作業をしていた鬼だった。
「……手をつないでる」
 と、ボソッとつぶやくキューピット。それが耳に入った突入メンバーによって、しばらくからかわれながら進む。
 世界樹の中は巨人でも歩ける広い空間で、ドヴェルグも行動出来そうだが、どうやらみんな外に出払っているのか、それとも世界樹の中には入ってこられないのか、少なくとも、ドヴェルグはいないようで、突入メンバーは驚くほどスムーズに進んでいた。
「もうすぐ、中枢だな」
 と鬼が言った直後。
「突入班、気をつけろ! ドヴェルグが世界樹に入っていった!」
「急ごう」
 駆け出す。もちろん、少年は少女の手を引いて。
「WhirWhirWhirWhirWhir」
羽根の音が壁で反響しここまで聞こえてくる。
「各種族は1人だけ残れ。戦闘出来る奴はここで押さえるぞ!」
 鬼の1人が声をあげ、立ち止まる。光の剣を持ったエンジェルや勇敢なホビット、白銀の剣を構えるデックアールヴ、水で出来た弓を構えるウンディーネ。
「俺たちは行くぞ」
 残った鬼が、少年と少女と、そして他のみんなに声をかけて、また走り出す。
「GiTGiTGiTGiTGiTGiTGiTGiTGiT」
 後ろから、ドヴェルグ達の牙を鳴らす音が聞こえる。
 Whizz! Whizz! Whizz! Whizz! Swish! Swish! Whizz! そして、始まる戦いの音。
「とりあえず、走れるだけ走って。奴らから距離を取らないと!」
 Whizz! 少年のすぐ真横を槍が通過する。次に風を感じた時、少年は咄嗟に銃を後ろに向けていた。
【Ready for Interceptor-mode】
 Bang! Clash! Ding-dong! 聞こえたのは3つの音だった。銃声、槍がはじかれる音、槍が地面ではねる音。飛翔物警告ミサイルアラートを受け取った少年の銃が自動的に槍を撃ち落としたのだ。
「お、お守りってこういう事だったのか」
 Whizz! Bang! Clash! Ding-dong!
「こいつはいい。そのまま走るぞ」
 Whizz! Bang! Clash! Ding-dong!
 Whizz! Bang! Clash! Ding-dong!
 Whizz! Bang! Clash! Ding-dong!
 Whizz! Bang! Clash! Ding-dong!
「そこを右だ!」
 Whizz! Bang! Clash! Ding-dong!
 全員が角を曲がり切る。
 WhirWhirWhirWhir!!!!!!!! 大きな羽音と風を立てて、1匹のドヴェルグが突っ込んでくる。咄嗟に銃を構える少年。
【missile searching…】
 撃つ覚悟が出来ず、その場で一瞬晒したその隙をドヴェルグが逃しはしなかった。
Alfheim妖精の世界 >>から  Yggdrasill世界樹へ, skógr木々に願う [Gleipnir]拘束せよ Dvergrドヴェルグを [greiða]お願い助けて elska愛するあの人を
 しかし、ドヴェルグのその槍が少年に到達するより早く、世界樹の蔓がドヴェルグの動きを止める。それは通路そのものを塞ぎ、これ以上のドヴェルグの侵入を妨げた。
「みんなは大丈夫でしょうか?」
「分からん、信じるしかない」
 そして、中枢の扉を開ける、次の瞬間。Whizz!! 風が動いて、槍が飛んでくる。Bang! Clash! Ding-dong! 少年の銃が自動的にそれを迎撃し、被害はなかったが、中枢の装置があるその場所には、大きなドヴェルグが鎮座していた。
 大きなドヴェルグは地面に突き刺してあった槍を抜き、構える。
「!」
 その前に何としてでも撃って倒さないと! と少年が銃を構える。
【Ready Attack-mode】
 引き金に指をかける。そして、意を決して引き金を引く。
【Empty】
「え?」
 ドヴェルグが槍を投擲する。思わず目をつぶる少年。その直後、風を感じた。Clash! Ding-dong!
「え?」
 目を開ける。そこに立っていたのは、エルフの男だった。
「やぁ、諸君。なんとか間に合ったようだ」
 男の手には杖とも剣とも取れる赤い武器。ドヴェルグは懲りずに次の槍を抜く。
「残念だが、君の役目は終わりだ」
 なんだか、ついさっき、この中枢に入るより前に感じたような風の動きが発されて、エルフの男が一気に前進する。
「災厄の杖よ」
 男の武器が剣のように振るわれる。それはドヴェルグに命中する直前に炎を発し、本体より先に炎の剣としてドヴェルグを焼き切り、両断する。
「ふぅ」
 切っ先を上に向け先端辺りを撫でるように触ってから、鞘へと武器をしまう。
「それで……英雄君」
 男が少年に近づき、耳元に口を近づける。
「本当にいいのかい? 愛しい彼女と別れる事になるんだよ?」
「はい。もう決めましたから」
 少年が即答すると、男はつまらなさそうにため息をついて。
「そうかい、それじゃ、やるべき事をやりたまえ」
「おい、あんた、どこに」
「ん? そうだな……、足止め部隊の援護さ」
 男はいつものごとく帽子を押さえると、風と共にふっと消えた。

 

 そうして、みんなが機械の前に立つ。それは8つのレバー。異なる8つの種族がこのレバーを一斉に下げれば、システムが起動する。
 少年が横を見ると、少女と目が合った。微笑みあう。
「よし、行くぞ。1,2,3で下げるぞ」
「1」
「2」
 頷きあう2人。
「3」
「またね」
 そして、世界が白く包まれた。

 

 世界樹の葉という葉から真っ白い光が周囲に放たれる。それに合わせて、世界樹の幹から特異空間を覆うのと同じオーロラのような光のカーテンが何重にも出現する。光のカーテンは大きく広がって、やがて世界になじむように消えていく。

 

「おい、おい、しっかりしろ」
「ん……?」
 目を覚ますと、きれいな青空が見えた。
「ふぅ、生きてたか。少尉! 少尉!」
 少年に声をかけていた軍服を着た男……特異空間騎兵部隊の1人が誰かを呼びに走っていく。少年は体を起こす。
 そこは甲板だった。船は空ではなく、海の上を浮かんでいた。
「おはよ、少年。無事でよかったよ」
「少尉さん……」
「世界はまた9つに戻った。だから魔法の力を失ったみたいでね。シルフィード・スカーフはもうただの帆だ」
 船は風を受けて進む。全てが終わって、魔法は消え。ここは人間たちの世界。

 

《数十年後》

 

「今時こんな普通の森に見るモノなんてあるんですかねぇ?」
 2人の男が森を歩いていた。若い方の男がそんなことを言った。
「普通の森なんてない。どんな森にも見るべきものはある。そう教えたはずだが?」
「そりゃ、博士はそう言いますけど……」
 彼らは博士とその助手だった。
「ほら見ろ、このキノコ。どこにでも生えてるキノコに見えるかもしれないが、この森のキノコは……」
「はいはい。記録取りますよ」
「よし、任せた。私は向こうを見てくる」
 Murmur. Murmur. Murmur. 木の葉が音を立てる。
「あれ? 博士?」
 Murmur. Murmur. Murmur.
「博士? どこに行ったんですか? 博士?」
 Murmur. Murmur. Murmur.
 Murmur. Murmur. Murmur.
 Murmur. Murmur. Murmur.
 Flutter. どこからか飛んできた花びらが舞って、ただ、地面に落ちる。

 

[■■博士、森で行方不明]
 文明大崩壊の影響を受けて大きく変化した環境を調べていた■■博士が、本日未明、▼▼近郊の森でフィールドワーク中に行方不明になった。博士は文明大崩壊のさなか、化け物たちと通じていたという噂もあり、一部の過激派からの批難も絶えない。当局は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いとして調査を進めている。

 

「よかったの?」
「僕の居場所は、君のいるところだから」
「……そっか」
「もう、ずっと一緒にいられるんだろう?」
「……うん。この宿り木の中で、ずっと……」

 

The End

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[あとがき]
 
 プリヴィエート! この度は太平洋の世界樹を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 太平洋の世界樹にはいくつかのコンセプトがありました。その最たるものが、「この物語は少年と少女がその絆とか愛といったものを育む物語である」というものです。少年と少女はドヴェルグに追われたり、特異空間騎兵部隊につかまったり、エルフの男にいらんちょっかいをかけられたり、最後には世界を救いに行ったりしますが、それは全部、二人が愛を育むついでであり、言うなれば「試練」だったのです。
 などと偉そうなことを語ってみましたが、それをちゃんと実現できたかはあまり自信がありません。私には恋愛ものは難しいのかもしれませんね。皆さんの眼にはちゃんと素敵な恋愛ものが見えましたでしょうか? もし見えていたら嬉しいです。
 そういえば、オチについてはとても悩みました。結果的に今公開されているのを基準にお話しすると、《数十年後》以下をいれるかどうか悩んでいました。結果はご覧の通り、いれることにしました。もしここ無かったらどう感じますか? その辺の意見も気になるところですね。あ、『山椒魚』みたいなことするつもりはないんで、安心してください。
 既に皆さんも感じられているかもしれませんが、この世界の物語はこれで終わりではありません。でも、少年と少女の物語は終わりです。強く強く結ばれた二人はこれから幸せに暮らしていくのです。
 だから、この物語は終わり、また別の新しい物語が始まるのです。もしかしたら、その一端は『Welcome_to_TRI-World_』で感じられるかもしれせんね。もうお読みになりましたか?
 それでは、またどこかの世界の物語でお会いいたしましょう。

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。

  Welcome_to_TRI-World_
 本作のずっと未来、という位置付けのクロスオーバー小説です。本作以外のキーワード小説2作を先に読んでおく必要がありますが、今回の事件とも関係がある事件が動き出します。

   テークリャ・ピルム -妖精狩り-
 この世界とは違い、神秘が残る世界での物語です。
 本作に登場した白妖精や黒妖精とはまた違う存在、妖精ピクシーが登場します。

   アント・ウォー(2021年AWs新連載選考会候補作品)
 この後の世界はどうなったのでしょうか。
 それを描いた作品もまた存在します。
 文明大崩壊後の荒廃したアメリカ、その物語です。

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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