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テークリャ・ピルム -妖精狩り- 第1章

[如月きさらぎアンジェ]……かつて復讐のために刀を取った討魔師。現在は大学生としての生活と、討魔師の生活を両立させようとしている

 

[ヒナタ]……英国のルーン使い。訳あって日本で学生生活を営んでいた。現在も相変わらず日本で何かをしているらしい。アンジェとは親友の関係

 


 

 2017年夏。大学生になった私は一月近くある大学生初の夏休みを迎えようとしていた。
「おおーい、アンジェー」
 その帰り道、やけに見覚えのある白い髪の少女が私を待ち受けていた。
「今日から夏休みでしょー。コーンウォールに遊びに行って、妖精達と遊ぼー」
 何を馬鹿なことを、私は日本の霊害に対処するという大切なお勤めが……。何か踏んだ?
「転移式のルーンそこに敷いといたんだー。踏んでくれたって事は来てくれるって事だねー」
「ちょ、そんな家にあげたら同意みたいな……」
 私の反論が言い終わるより前に私は光に包まれて消えた。

 

 目を開けると、蝶のような羽を持った小さな人型の存在がこちらを覗き込んでいた。テントのような建物だ。
「ランラーリャ・ベーロリャ・サート・ヘイリュ・ラム・フューフュム」
 と、何語かもよく分からない言葉を呟いて何処かへ飛んでいく。
「エリン・ヌゥ・サプレ」
 その先にいる誰かに声をかける。
「ベローリャ? ランラーリャ」
 まぁ言うまでもない。そこにいるのは英国の魔女、すなわち、ヒナタだ。
「ヒナタ、これは何事ですか?」
「ごめんね、アンジェ。アンジェの力なら転移くらい打ち消せるかと思って、ちょっとしたお茶目だったんだけど……」
「流石に私を親友とまで呼んでくれる友人が不意打ちを仕掛けてくるとは思っていませんでした。ふっ、やはり魔女は魔女ですね」
「あ、それアオイさんの真似?」
 言い当てられると恥ずかしい。
「で、ここは?」
「ここはイギリスのコーンウォールだよ。この子たちは妖精、いわゆるピクシーだね。ま、目を覚ましてすぐだし、ちょっと休んでなよ、私はルートの確認をしてくる」
 ヒナタが歩き去って行く。
「アスーリャ・イャ・テークリャ・ピルム?」
 何かを尋ねているようだ。だが、妖精の言葉はわからない。
「アスーリャ?」
「ダウートリャ・イャ・テークリャ・ピルム・サート・ヘイリュ・ラム・フューフュム」
「テークリャ・ピルム!」
 ピクシーが集まってくる。私に尋ねていたピクシーがそのピクシーに何事かを説明し、うち一人が私の方に向き直り、驚いたように叫ぶ。
「えっと……」
「ランリャ・ノーキョ・テークリャ・ピルム」
「ランリャ・ノーキョ!」
「え、ええ」
 よく分からないが、何か怒っているようだ。
「ウェートリャ・ナキョ、ウェートリャ・ナキョ」
 怒っているピクシー達と私の間に私が目覚めたのを出迎えてくれたピクシーが割り込む。
「ラリャ・イャ・ナキョ・テークリャ・ピルム・サート・ヘイリュ・ラム・フューフュム」
「アスーリャ?」
 窘めるように話すピクシーに、怒れるピクシーのうち一人が代表して首を傾げる。
「ノーリャ・ランラランリャ・ヘイリュ・ラム・フューフュム・サート・エリン・ヌゥ・サプレ。ノーリャ・ランラランリャ・ノーキョ・テークリャ・ピルム・サート・エリン・ヌゥ・サプレ」
「ノーリャ・ランラランリャ・ノーキョ・テークリャ・ピルム・サート・エリン・ヌゥ・サプレ」
 窘めるピクシーの説得に怒れるピクシー達が納得したように頷く。なんとなく、何度となく話題に上がったテークリャ・ピルムという言葉が気になった。
「よし、お待たせ、アンジェ。早速だけどこの辺を見て回ろう」
 ヒナタが私を立たせ、テントを出る。そこに広がったのは一面緑の丘だった。
「ここは妖精丘に近いって言われてるんだよ。だからこんなに妖精が住んでるの。まぁ妖精丘ってのは本当はアイルランドの妖精の話だからイングランドの妖精に当て嵌めるのはちょっとおかしいんだけどねー」
「ランリャ・サプレ・ヌゥ・ランラ」
「アンジェのこと歓迎してくれるってさ」
「分かるんですか?」
「まぁね。さ、行こ」
 なら、テークリャ・ピルムの意味も……。と言い出すまでにヒナタに腕を引っ張られる。
 その先では、何人ものピクシーがくっついてアーチを作っていた。
「なっ……」
 その先アーチを潜った先に広がっていたのは大地や花が空を飛び、眼下には雲とその先には海が広がる、神秘的すぎる空間だった。
「えへへ、妖精丘にようこそ、アンジェ」
「すごい……、これは、幻覚?」
「さぁね、さ、こっちへ」
 ヒナタが近くを漂っていた空飛ぶ花に掴まる。どうやら、花弁がプロペラのような役割を果たしているらしく、茎に掴まることで一緒に飛べるらしい。私も手近な空飛ぶ花に掴まる。
「さて、何か面白いことはあるかな? タァー・イャ・シュム・ランラーリャ?」
 ヒナタが呼びかけると、一人のピクシーが近づいてくる。
「ランラランリャ・イャ・ヒューック・ウィーチ・ムーリャ」
「すごい、最近、空飛ぶ鯨がやってきたんだって。探してみよう、アンジェ! 先に見つけた方が勝ちね」
 ヒナタが飛んでいく。
「なっ、それ、風を起こすルーンを! それは反則ですよ!」
「グレーリャ!」「グレーリャ!」「グレーリャ!」
 沢山のピクシーが私の体に張り付いて、そして羽ばたいて押し始めた。
「え、ちょっと」
「シガーリャ・エーミ・エリン・ヌゥ・サプレ!」
「シガーリャ・エーミ・エリン・ヌゥ・サプレ!」
 一人が号令し、他の皆が続く。私は押されるがまま、何処かへ連れて行かれる。

 

「いやぁ、ほぼ同時だったねぇ」
 空を飛ぶ鯨の上でヒナタが笑う。
「ピクシー達的には勝った判定みたいですけど」
 ピクシー達は何やらすごく喜んでいた。
「いやぁ、アンジェすごいねぇ、こんなすぐにピクシー達と仲良くなれるなんて」
「向こうから懐かれたような気もしますが……」
「じゃあせっかくだから、ピクシー達と遊ぼうー。ハァー・ラナリャ・ウィーチ?」
「なんと聞いたんですか?」
「普段何をして遊んでるの? って」
「テーファ・ピム・エリィ・ラム・ヌゥ・フューフュム」
 ピクシー達が嬉しそうに答える。
「ははぁ、なるほど。最近はそういうのが流行なんだ」
「なんです?」
「人間の男女をテーファする事だって。あ、テーファってのは、簡単に言えば姿を消してその様子を観察して楽しむ事だねー」
 なるほど、本場のピクシーは大変悪戯好きと聞いていたが、思ったより可愛げのある趣味を持っているようだ。
「じゃあがんばってー」
「へ」
 鯨から突き落とされた。ピクシー達がその周りにくっついてきて、そして、そのさらに向こうでピクシーが作ったアーチを潜り抜ける。


 日本の街? そこは東京であった。
「ランリャ・ノーリャ・ヘイリュ・フュムフュム・サート」
 何か喜んでいるようだが、私にはその意味が分からない。
「イャ・ピム・エリィ・ラム・ヌゥ・フューフュム」
 ピクシーの一人が指差す。先ほどの話からしても、ピム・エリィ・ラム・ヌゥ・フューフュムという言葉が出てきた、恐らく人間の男女という意味だろう。とすると、人間の男女がいた! 程度の意味だろうか。
 ピクシー達に引っ張られながら考える。語幹的にエリィがandの意味だろう。ピムとラムのどちらかが男女、ヌゥがof辺りか、で、フューフュムが人間か。イャは英語で言うthere is構文のような意味だろうか? そう考えると、人間の男女がいる、という意味で通るが、どうだろう。
 見ると男女のカップルがのんびりと歩いていた。男の方がお台場に置かれている1/1スケールのアニメに登場するロボットが別のものに変わるというので、9月になったら見に行こう、と誘っている。女の方はあんまり興味がなさげで素っ気ない。
 映画館に入った。私はピクシーに連れられるまま付いていく。今更だがどうやら透明になっているらしく、受付は自分達が通ったことにすら気付かない様子だ。
 映画は『蜘蛛男の帰郷』というタイトルだった。蜘蛛男は既に数本くらい映画が出ている人気作品だったはずだが、どうもこの作品はそれらとは時間軸が違うらしい、そう言えばヒナタが、「複数のヒーローが同じ世界にいるって設定のシリーズがあるんだよ」と話していた気がする。これはそのシリーズの中での作品、という事か。
 先のロボットの件で興味なさげにしていたので、これも男性側の趣味かと思っていたのだが、むしろ女性側の方がじっくり見ているように思う、男性側は少し首を傾げたりしている。そして、ロマンスシーンでなんと、二人はキスをした。今更だけど私までなんでこんなに二人を眺めていたのか。
「ベラシャ・シャウェア!」
 と口々にピクシーが叫び、きゃーとあう悲鳴の如く喜びの声を上げ舞っている。キスシーンを見る事ができたのがよほど嬉しいらしい。
 無料で映画を見てしまったが、なかなか面白かった。刀を使うヒーロー以外に関心がなかったのであまり見ていなかったが、シリーズを追ってみるのも良いかもしれない。
 ちなみに、映画館を出たところで、男性が「蜘蛛男ってジャーナリストじゃなかった?」と尋ね、女性が「将来的にそうなるわね。けど、今作は復讐者シリーズのためのリブート作だからまた学生からなのよ」と答えていたので、やはりシリーズなのは間違いなさそうだ。
 その後、さらに何人か、ピクシーとともにカップルを見て回った。夜になると、キスシーンを見かける機会も増えてくる。
 そして、
「もう知らない!」
 強いビンタの音が響き、女性が男性から去っていく。
「ベラシャ・シャシュタ!!」
 ピクシー達はその場合でも何やら喜んでいた。

 

「おかえり」
 気がつくと、何やらポンポン跳ねるキノコの上だった。
「アンジェがテーファを楽しんでる間に、私は色んな技を身につけたよ、ほら!」
 トランポリンのようにキノコから跳ね、その空中で動く。ヒナタ本人はそこまで運動が得意ではなくほとんど体に刻んだルーンの力だった気がするが、しかし大したものだ。
「私もそれくらいすぐに身に付けます」
 が、ヒナタに負ける理由はない。すぐに見様見真似でヒナタの技を盗んでいく。

 

 このようにして私は夏休みを全て妖精達の世界で過ごした。

 

 それから、また数ヶ月が経ち、10月。
「なんでぇーなんだー、ーーちゃーん!!」
 ハロウィンは日本の風習ではないが、文化が日本に流入したことにより、怪異が力を増しやすい状態となっている。今日はその最後の日、ハロウィン当日であった。
「なんで、瘴気なんだろうね、ハロウィン関係ないのに」
「しかも俗っぽいですよね」
 ヒナタの発言に頷く。あまりの大量発生に私がヒナタの助けを呼んだのである。
 ハロウィンとは日本で言えばお盆のような季節だが、日本人にとっては何かのイベントでしかない。このため、ハロウィンに起きる怪異は、あまりお盆とは関係がない事が多い。まぁ瘴気は宮内庁の分類だと、一応幽霊系には属するらしいが。
 そして、この瘴気達はとある歌手の名前を叫んでいた。今年の9月20日に引退を発表した歌手の名前だ。
「国民的スターだったんだねぇ」
「ジェネレーションギャップでしょうか、私は全く知りません……」
「まぁ、私も詳しくはないけど。あ、そいえば、アキバ84は歴代CDの総売り上げ枚数が5,100万枚突破だってさー、歴代女性アーティスト1位らしいよー」
 それは凄い。アキバ84の事も私は良く知らないが。

 

「ふぅ、なんとか終わったねぇ」
 ヒナタが息を吐く。これで私の仕事は終わり、以降は次のシフトに……。と、息を吐いたその時、突然、頭の中に疑問が蘇った。「テークリャ・ピルムとはなんだ?」。それが何故なのかは分からない。けれど、大事な問いな気がした。
「ヒナタ!」
 去りゆくヒナタを追いかける。
「どうしたのアンジェ、引き留めてくれるのは嬉しいけど、言ったでしょ? まだイギリスは7時だから、私これから、イギリスの対処に……」
「テークリャ・ピルムって、どういう意味ですか?」
「その言葉、ピクシー達が言ってたの?」
「はい。何故か今、ふと気になったんです」
「ピルムってのはピクシー語でピクシーの事だよ。テークリャってのは、狩り、狩猟って意味。名詞的に使われたのなら、『妖精狩り』……、もしかしてアスーリャ・イャ・テークリャ・ピルム? とでも聞かれた?」
「え、えぇ、そんな感じだったような……」
「それ、ピクシー達が妖精狩りを警戒してたって事だよ。なんてこと、ピクシー達は妖精狩りが現れようとしてる兆候を掴んでたんだ。行かなきゃ」
 妖精狩り、それが良からぬ事であることは分かった。
「私も行きます。手伝わせてください」
「アンジェ、もちろんだよ、ありがとう。行こう!」

 テークリャ・ピルム -妖精狩り-
 2章「トァー・コーリャ・リーヌ・フューフュム」 に続く

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「テークリャ・ピルム -妖精狩り-」の大したことのないあとがきを
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