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テークリャ・ピルム -妖精狩り- 第2章

[如月アンジェ]……現役大学生討魔師。白い光を放つ強力な能力があるが、本作品中では使用されない

 

[ヒナタ]……イギリスのルーン使い。イギリスや日本どころか世界的に見ても一二を争うルーンのプロフェッショナルだが、本作品中では特に活かされない

 

[虹野にじのカラ]……転移能力を持つ刀使い。欲しいものを手に入れるのには妥協しない性格で、盗みに関しては高いスキルとそして何より強い美学を持つが本作品中では活躍しない

 


 

「参ったな、今からアンジェの分の飛行機を取るんじゃ、一本遅れる事になるよ」
「あの転移は使えないんですか?」
「いやぁ、あれ、転移先にもルーンを刻んでないとダメなんだよね。あの時はたまたま去年イギリスに行った時に、いつかアンジェと、と思って刻んだだけだからさ」
 思ったより難儀な事態のようだ。さらに詳しく聞いてみたところ、刻む順番は転移先→転移元である必要があるらしい。つまりここに刻んでおいて、イギリスに刻む、というわけにはいかないという事だ。
「まぁ、こういう時は、奥の手を使いましょう。大丈夫です。アオイさんがいない分には」
 携帯を開き、元々は別の人の電話番号だった気もする電話番号をアドレス帳から開き、電話をかける。

 

「まさか2017年の10月31日に呼んでくれるなんてなぁ。これは『テークリャ・ピルム』の続きかな。いやぁ読めなかったの、無念だったんだよなぁ」
 何かぶつぶつ言いながらその女性はやってきた。カラ、恐るべし剣士として私達の前に現れ、全力で追い詰める事に成功したと思えば、次には魔術ではない謎の転移能力で、再び私達を脅かした敵。
「や、なんとなく事情は知ってる。コーンウォールに妖精狩りが現れそうだから行くんしょ?」
 説明しようとした矢先、機先を制して向こうから告げてくる。相変わらず妙なところで情報に詳しい人だ。
「当然、私も協力するよ。妖精を狩るなんて許せないしね」
 敵ではあるが、ある一面を除けば、至って普通に近い倫理観を持つ持つ女性だ。だから、こうして、彼女からしても許せない事件であれば、彼女も協力してくれる。
「じゃ、いざ、コーンウォールへ」
 〝裂け目〟と呼ばれる、空間が裂けてるとしか言いようのない、極彩色の穴が出現し、カラが入っていく。ヒナタと私も続く。
「いやー、本当に来ちゃったよ、コーンウォール!! みんな、見てる?」
 相変わらず、誰に言ってるんだろう。

 

「で、そもそもの話なんだけど、妖精狩りって、なにをどうするの? いや、妖精を狩るのは分かるんだけど」
 カラが質問する。
「言われてみると、私も良くはわかりませんね」
「んー、別に私も確証はないよ、テークリャ・ピルムって言葉が妖精狩りを意味する、としか言えないからね。少なくともそういう行為が横行してるってわけではないから、それでどうするのか、というのはちょっと分からない」
「じゃあ、例えば、例えばだよ? ヒナタちゃんが妖精を好きに捕まえていいとしたら、どうする?」
 ヒナタが首を傾げ、カラが話を膨らませようとする。実際、魔術師であるヒナタ以外には分からないことであろうから、悪くないアプローチだ。
「なるほどね。まずは単に珍しいからお金にするって手があるかな。まぁ私はお金に困らないし、神秘をばらまく気はないけど、珍しい生物を捕まえる、と考えれば有り得る手でしょ?」
「確かにね。カラちゃん的にも理解できるよ。なんなら、単にコレクションして、見せびらかすのもいいかも。けど、ちょっと魔術師的じゃない気がするなぁ」
「だね、妖精を広めるなんて、神秘を無作法に広げる行為、神秘に携わるものとしては許されないよ。そんなことしたら神秘が薄くなって消えちゃう」
 私にはよく分からないが、神秘は……特に魔術は隠匿されて初めて強い効果を発するらしい。ヒナタによれば、オカルトという言葉の語源、occulta隠された者という言葉の通り、隠されている必要があるらしい。広める事で効果を発する選択肢もなくは無かったらしいが、この近代に入り、その選択肢は事実上消滅したらしい。
「現代となっては、神秘が過剰の人の目に触れる事はすなわちその神秘の消滅を意味する、でしたっけ」
「そう。偉大な密教僧空海支配者天皇の前でその術を使って信頼を勝ち取った、とか、神の子イエスが人々に奇跡パンとワインを起こして信頼を得た、とか、そんな時代はとっくの昔に終わっててね。今となってはあらゆる神秘は身を切りながら隠匿されてるんだよ。アンジェ、コティングリー妖精事件って知ってる?」
 知らないので首を横に振る。
「あ、カラちゃん知ってるよ。イギリスで出回った偽の妖精写真の騒動だよね? 確か真相が判明するまでは実在の証拠になってたんだっけ? 有名な作家すら信じたとか」
「正解。でも、裏の世界の事情は違う。ほら、これを見て」
 カラの知識に感心しつつ、ヒナタがカラに見せた写真を覗き見る。妖精が二人、並んでこちら(おそらくカメラ)を興味深く眺めている。
「これが捏造なんですか? どう見ても、夏に見た」
「違うよ、アンジェちゃん、これはコティングリー妖精事件の写真じゃないよ、私見たことあるもん」
「でしょ。これはね、差し替えられる前、本当のコティングリー妖精事件の写真なの。かつて、コナン・ドイルが信じたのはこっちの写真を見たからなんだよ」
「つまり、魔術師達が必死でこの写真を隠蔽した、と言う事ですね?」
「そゆこと、結果、妖精の秘密は守られた。まだ当時だからできた事だね。当時の英国の魔女が頑張ったって聞くよ。今はもう無理かもね」
 英国の魔女とは、代々イギリスに仕えてきた襲名制の魔術師達らしい。民主化に伴い廃止となり、その後も裏で動き続けていたらしいが、今ではほとんどいないらしい。
「まぁ、とりあえず、犯人が魔術師である以上、見せびらかし説はありえない、と、じゃ、それ以外だと?」
「シンプルなのは魔力リソースじゃない? 妖精はすごいたくさんの魔力を持ってるからね、たくさん捕まえて小瓶にでも入れておけば、MPたくさん回復できるよ」
 ヒナタらしいRPGの例え話だ。私もカラもRPGは分かるので、この三人の間では適切な例え話と言えた。
「ちなみにMPっていうのは、魔法を使うリソースのことだね」
「誰に向かって言ったんです?」
「MPって言葉の意味がわからない読者さんのために、ね」
「はぁ」
 カラのこういうところはよくわからない。まるで自分が小説か何かの登場人物のように振る舞うのだ。
「それ以外だと、妖精を術式の触媒にしたいとか?」
「それはさっきのとどう違うのですか?」
「うーんとね、魔術師、特に古術使いメイガス呪文スペル文字スクリプト図形シェイプなどを使って魔術を紡ぐ。これらの事を術式って言ったりするわけだけど、この時、その発動に必要な魔力を補うのがさっきの方。一方、術式の一部にしちゃうのが、今回の例。例えば、妖精が得意とする魔術の中に姿消しがあるよね? まぁ、あれは厳密に言うと魔法なんだけど」
 ヒナタの話してる途中だが、自分の中で復習する。魔術と魔法は違うらしい。魔術とは先に説明のあったような方法で、基盤と呼ばれるものを稼働させ、世界の”深層”を操作するらしい。一方魔法はそう言った基盤を使わず、本人の能力だけで世界の”深層”を操作するらしい。改めて考えてみてもピンとこない話だが。
「で、その魔法を意図的に発動させるような内容の術式を組むわけ、その術の中にその妖精を組み込めば、それって姿消しの魔術みたいなものだよね? もちろんこんな簡単な話ばかりでもないけど、まぁ要は魔法を使える存在って言うのは、そうやって術式に組み込めるって話だね」
 なるほど、要は妖精の力を勝手に借りて自分の力にしよう、と言うことか。
「後は単に弱いものいじめが好きとか、妖精が大嫌いとかもあるかもしれないけど」
 それを想定して動くのも妙か。となると、
「基本的には妖精を生け捕りしたい、と考えるべきでしょうね」
 二人も頷く。

 

 妖精丘に入り込んだ時、最初に見えたのは赤い血だった。パステルカラーな妖精丘にあって、それはあまりに異質でリアルな色だった。
「ここで何が……」
「うっ…」
 カラが頭を押さえて、膝から倒れる。
「どうしました?」
「み、見える」

 

■ Third Person Start ■

 

 複数の男達が妖精丘に入り込んでくる。パステルカラーの見事なこの世界にあって、その灰色のスーツは完全な異物であると主張していた。
「トァー・コーリャ・リーヌ・フューフュム」
 それに気付いたピクシーが彼らの前に立ち塞がり、問いかける。何をしに来たのか、と。
「お、早速発見だな」
「アスーリャ・イャ・テー……!」
 その男は即座にそのピクシーを掴む。
「ハァー・アスーリャ・ドーリャ・サート・フューフュム・リーヌ」
 驚いたピクシーは叫ぶが、男は意に介さず、展翅板のように谷間のある板の谷間にピクシーの体を押しつけ、ピクシーの羽に展翅用の針に似たものを刺し固定し、そして、昆虫針に似た針をぶすりと、ピクシーのお腹に突き刺した。
「ハァー・アスーリャ……コーリャ……ルム……ルム」
 赤い血が流れ、地面へと落ちる。
「妖精の血も赤いんだな。続け、こだわりはない。全部の妖精を手持ちの板に貼り付けろ」
 あまりの蛮行に驚き周囲からやってきたピクシー達が他の灰色の服の男達に捕まっていく。
 ポタリ、ポタリと、赤い血が地面を濡らしていった。腹を刺されてすぐに絶命するわけではない。しかし、これだけ血が流れているのだから、やがて来たる彼らの運命は失血による死なのは明白であった。

 

◆ Third Person Out ◆

 

「はぁ……はぁ……」
 青い顔をしたカラが目を見開いて苦しんでいた。
「ありがとうアンジェちゃん、もう、大丈夫だから」
 私の手を払い除けて、立ち上がる。
「この血は、ピクシー達のものだよ。やってきた男達が、まるで蝶の標本でも作るみたいに、ピクシー達を……」
「な、何を言ってるんです、何を根拠にそんな……」
「見えるんだよ。私、時々過去の事とか遠くの事とかが、見えるの。今みたいに。私、見た。灰色のスーツの男達が、ピクシーを捕まえて……」
 先程までの苦しみ方と、今の表情を見て、嘘とも思えなかった。なにより、彼女のこれまでの様々な事情への精通っぷりや知識のアンバランスさの理由にもなると思った。
「だとすると、理由は最初の見せびらかしコレクション?」
「いや、魔術師がそんなことするとは思えないから、単にコレクションか、磔にしたいほどの恨みがあったのか……」
「理由なんてどうでもいいよ。早く探そう。そして同じ目に合わせてやる」
「カラ、殺傷は!」
 言うが早いか、止める言葉を言い終わるより前に、さっさとどこかへ消えてしまった。
「アンジェ、私たちも探そう」
「はい。同じ目に合わせないにしろ、これ以上、妖精を殺させるわけにはいきません」
 それにしても、運良く良いタイミングに訪れることが出来たものだ。早くても遅くても止められなかっただろうから。

 

 幸い、分かりやすい目印があった、ピクシー達の血の跡である。追えば追うほどその犠牲の多さに驚くことになり、どんどん私とヒナタの口数は減っていった。
「あ」
 ヒナタが口を開き、花びらの大地のふちに触れる。
「ここ、焦げてる。ピクシー達が抵抗し始めたんだね」
「え、ここに来るまでは抵抗していなかった?」
「多分。ピクシーってあくまでほとんどは好奇心旺盛な子達だから、最初はその子らが乱獲されたんだよ。で、ここでようやく戦闘が出来る子達が駆けつけてきたんだと思う」
「ヒナタちゃん! こっち、こっちにきて!!」
 真下の方からカラの叫びが聞こえてきた。下のほうにある葉っぱの足場からこちらに向けて叫んでいるようだ。
「行こう、アンジェ」
 ヒナタが私の腕を掴み、飛び降りる。なんらかのルーンの力か、ふんわりと落下する。心臓に悪いので説明なしにそう言うことをするのは本当にやめてほしいと思う。
「ヒナタちゃん、この子、息があるの。治してあげられない?」
「見せて」
 カラの手の中で弱ってるピクシーをヒナタが自身の掌の上に移す。
「これ、銃創だ」
 ヒナタがルーンで傷を癒しながら言う。
「銃で撃たれた、と言う事ですか? とすると、敵は妖精銃の横流しを受けた勢力?」
 銃と聞くと去年起きた妖精銃の横流しがまず浮かんでくる。妖精銃とはイギリスで開発された新たな対霊害兵装、つまり霊害に有効な武器の一つだ。人工妖精と呼ばれる存在の力を借りて使うその武器は誰にとっても使いやすく、かつ、対霊害兵装においてほぼ初の銃と言う事で、世界中で注目された。
 一方でイギリスでの内部抗争により、その一部が横流しされていることが去年発覚した。私の知り合った妖精銃使いの女の子は今もその解決に奔走しているはずだ。
「ううん、違う。エンフィールド小銃リー・エンフィールドの使う弾丸.303 Britishの銃創じゃないよ、これは小火器用弾丸5.56x45mmNATO弾の銃創だよ」
「待って、そうすると、この子は至って普通のNATO弾を撃ち込まれたって事? アサルトライフルで?」
「この銃創を見る限り、そういうことだね」
「アサルトライフル? 魔術師がですか?」
 妖精銃はエンフィールド小銃と呼ばれる銃を基に開発された銃で、エンフィールド小銃と同じくボルトアクションライフルだ。間違ってもアサルトライフルではない。
「信じがたいけど、そういうことだね。敵は現代火器を使うことに躊躇ない現代の魔術師だ」
「現代の魔術師……」
 その概念自体には初めて出会ったわけではない。魔術師の多くは神秘を重んじるため、文明の利器を可能な限り使わないようにしている。 一方でヒナタのように文明の利器を当然のように取り込む魔術師も僅かながら存在する。魔術師は彼らを現代の魔術師、と区別する。
「しかし、現代の魔術師は基本的に合理主義者です。もし現代の魔術師だと言うなら、なぜ妖精狩りなんて……」
「アンジェちゃん、それを特定する意味なんてないよ。大事なのは連中の武器がアサルトライフルである事と、目的がなんであれ、手段は妖精を殺すことである事。目的がなんであれ、手段が受け入れられないなら、否定するのはヒーローの仕事じゃない?」
 それはカラの偏見のような気がしてしまったが、とはいえ、手段が受け入れられない以上、どれだけ目的が同意出来たとしても受け入れるわけにはいかないのは事実だ。
「そうですね。そうでした。目的は打ちのめしてから聞いても遅くありません。いきましょう」
「そうこなくっちゃ」

 

 そして灰色のスーツの男達を見つける。
「上を取ろう。その花で飛ぶ。いくよ、アンジェちゃん」
 空飛ぶ花に摑まり飛んでいくカラ。
「あ、待ちなさい!」
 慌てて飛びつき、それに続く。

 

 カラより早く空中で手を離し、空中から灰色のスーツの男に飛び込んでいく。
「敵だ!」
 スーツの男達がこちらにアサルトライフルFN SCAR-Lを向けて連射してくるが、ヒナタが紡ぎ私に刻んだ防弾のルーンがそれを防ぐ。
 ターゲットを掲げてくれたのは助かる。カラから借り受けたなんでも切れる魔法科学技術の刀、単分子刀を振るい、アサルトライフルを三つに分割、使い物にならなくする。
「よーし、援護するよ! アサルトライフルー!」
 空中のカラが〝裂け目〟からアサルトライフルを取り出す。
「殺傷はダメですよ」
 警告しつつ、次の敵のアサルトライフルを分解する。
「じゃあ、ゴム弾装備のショットガン!」
 青く塗装されたショットガンを取り出す。コッキングして発砲。頭上からの一撃に、一人が昏倒する。さらにコッキング。
 刀の切れ味が鈍ったのか、アサルトライフルを切断しきれず叩き落としてしまう。
「カラ、次!」
「あいよー!」
 アサルトライフルを拾おうとしたその敵を昏倒させつつ、カラが腕を振る。私の左手のそばに〝裂け目〟が出現し、新たな単分子刀が出現する。前の刀は島の淵に向けて捨てる。
「このぉ!?」
 銃弾は効かないと判断したか、銃床での殴打を試みる敵のアサルトライフルを新たな刀で分解し、次の敵に向き直る。
 カラが着地し、複数のアサルトライフル持ちと交戦を始める。まぁ、全ての銃弾を〝裂け目〟で受け止める容赦のない戦術の前にカラを倒せるものはいないだろう。
 やがて、全ての敵が倒される。
「妙ですね、如月一ツ太刀きさらぎひとつのたちを抜く必要なく終わってしまいました」
 如月一ツ太刀は私の本当の愛刀だ。代々如月家で受け継がれてきた大切な刀で、ネーミングは決して私ではない。
「だね。カラちゃんもショットガンだけで終わっちゃったよ」
 カラが同意してくれる。そう、妙なのだ。私にしろカラにしろ、愛刀を抜かずに終わる、などと言うのは。
 確かに単分子刀はなんでも切り裂く、ゴム弾ショットガンは多くの人間を吹き飛ばし意識を奪える。しかし、本来、神秘にそれは通用しないはずだ。霊害の対処に必要だから、私にしろカラにしろ、玉鋼で作られた刀という武器を帯びているのだから。
「でもカラちゃんが見たメンバー全員だよ……」
「ちなみに、一人たりとも魔術師じゃないね」
 後方支援に徹していた……というより結果的に戦闘中は何もする必要がなかったヒナタがやってくる。
「馬鹿な、ならどうやってこの妖精丘に入ったと言うのです」
 妖精丘に入るには、ピクシーに招き入れられたのでない限り、魔術師である必要がある。この魔術師でないもの達には不可能なはずだ。
「だから、ハロウィンだったのかも」
 カラが言う。
「どう言うことです?」
「いや、ハロウィンって元々は日本における盆であり節分であるわけだけど、このとき、悪い妖精たちが家に入ってこないようにドルイドの祭祀から火を貰うよね。そして、この世と霊界の門が開くときでもある。前者は旧正月としての日本における節分と似てるし、後者は日本におけるお盆と似てる。これが本来のケルトのハロウィンだよね?」
 だよね、と言われても詳しくないのでそうなのか、としか思えないが……。とりあえずカラは話を続けるようなので傾聴を続ける。
「でもまさに今日の日本はそのどちらでもない、単に怪異が馬鹿騒ぎするだけ。これは日本においてハロウィンは伝わってもその意味までは十分に伝わってないから、神秘の世界でも日本的に騒がれてるだけなわけだよね。ここイングランドはアイルランドにほど近いけど、でも十分には伝わってない。門が開く、と言うのがもっと曖昧に、あらゆる境界が歪んでいるのかも」
「当然、妖精丘への道も? 魔術的には筋が通るけど、でもじゃあこの人たちはそのためだけにこの日をずっと待ってたって言うの? ピクシー達に予感を感じさせるほどに? なんだってそんなこと……」
「それは、彼らを尋問すれば済むことです」
 私は、彼らを連行するため、アオイさんから持たされている拘束用の札を取り出す。
「おっと、彼らを拘束されるのは具合が悪いなぁ」
 どこからともなく、男女の1組が現れる。片や、むしろこのファンタジーな世界に似つかわしいような服装の長身の男、片や、ゴシックファッションに身を包んだ小柄な女性。
「まさか、『未来トリトリ』に出てきたギルガメスとエンキドゥ?」
「ほうほう、私を知っている人がいる、だと? 何者かな?」
「さぁね、私も名前しか知らないし」
「結構、ならば、続きは叩きのめした後に。エンキドゥ、これを」
 カラがギルガメスと呼んだ男が何かの結晶のようなものを取り出し、エンキドゥと呼ばれた女の子に渡す。
「はい、ギルガメス様」
 少女は躊躇なく、その結晶を飲み込む。
「エンキドゥ、武器化」
「はい、ギルガメス様」
 エンキドゥが武器へと姿を変え、ギルガメスがそれを構える。
「今度こそ、魔術師!」
 どころか、僅かに感じるこの感覚、〝神性〟だ。愛刀を構える。私の白い光が刀に纏わり付き始める。
「ダメだよアンジェ。その力は妖精にまで及んじゃう」
 それはまずい。この力なしか。
「てやぁ!」
 カラの二刀流による攻撃がギルガメスを襲うが、ギルガメスの剣はその二撃を完全に受け止め、弾き返す。
「ふん。そのような弱い神秘では、話にならないな」
「くっ」
 ならばっ!
「はっ!」
 私の刀とギルガメスの武器が拮抗する。
「その伝承効果、そして神秘プライオリティ、驚異的だ。だが通じぬ」
「くっ……。その武器には神性が通ってないのか」
 神性とは何なのかの説明は省くが、通常、神性を持つものはその武器にも神性が自動的に浸透する。そして、私の刀には神を殺す力が宿っている。それによりもたらされるのは、神殺しによる武器破壊のはずなのだが。
「どちらにせよ、神性持ちなら!」
 ヒナタの特技が発揮され、ギルガメスを囲う三方にルーンが出現する。3つのルーンから鎖が飛び出し、ギルガメスを縛める。
「レージング、ドローミ、グレイプニール、神と巨人の血を継ぐ狼を封印する三つの象徴による拘束魔術か」
 その鎖をまじまじと見つめ、ギルガメスが言う。
「今がチャンスだよ、アンジェちゃん、一気に突き崩そう」
 水神切と呼ばれる刀一本に持ち替えたカラが隣に転移してくる。その構えは平晴眼、刀を地面と水平に向けた、突きを殺さぬ必殺の構え。私も頷き、それに倣う。
 同時に一方踏み込む。ギルガメスがこちらに気付く。しかし遅い、今からどんな防御をするにせよ、それが完了する頃にはあの男には都合6箇所の穴が抉れている。
「エンキドゥ」
「はい、ギルガメス様」
 しかし、ギルガメスの動きは想像を超えた速さだった。ただ、その武器を手から離しただけ、それだけでその武器は盾に姿を変え、私とカラの必殺の三段突きを無効化した。

 ギルガメスが一言呟くと同時、ギルガメスの周囲に膨大な炎が溢れ、周囲を焼いていく。
「なっ!」
「いいのかな。私と戦っていては、この妖精丘は全て炭と化してしまうぞ」
「くっ。ヒナタ、消火に回りましょう」
「アンジェちゃん、奴らにピクシーの標本が回収されちゃう、それだけは阻止しないと」
「しかし、妖精丘が燃えれば生き残ったピクシーは皆死んでしまう。それだけは避けねばなりません」
「標本にされたピクシーは見捨てるの!?」
「もう助かりません、ヒナタ」
「分かった。アンジェ、水のルーンをかけるからこっちへ」
 ギルガメスの鎖が解除される。盾が再び姿を変え、今度は鉤爪の付いた紐に変化する。
「では、これは回収させてもらう」

 

■ Third Person Start ■

 

 伸びた鉤爪ロープが標本の入った鞄を回収する。
「どうせこれさえあれば、妖精丘をどう守ろうと無駄だというのに」
 ギルガメスが消えていく。

 

◆ Third Person Out ◆

 

「ダメだぁぁぁぁぁぁぁ!」
 カラが刀を振る。〝裂け目〟が鉤爪より早くカバンを回収していく。
「なに、お前、その力は……。いや、それより何のつもりだ」
「悪いね、カラちゃん、気に入ったものは何でも手に入れないと気が済まないんだよね。この標本は私が貰うよ」

 アンジェちゃんは消火に向かった。ここからは私のターンだ
「それは私達のものだ、返してもらおう」
 エンキドゥが巨大な弓に変化する。人間に使うにはおおよそ巨大すぎる矢が放たれる。
「ふんっ」
 正面に〝裂け目〟を展開し、矢を受け止める。
 さらに、3本。あの大きな弓を引き絞るのは大した剛腕だが、時空を超えて私に届くわけでもない。神が何だ、たかだか単一世界で強い程度で、調子には乗らせない。
「馬鹿な。私の弓を数十本受けて、なお健在だと」
「これを単なる障壁とした解釈出来ない時点で、そっちに勝ち目はないよ」
「なら、近接戦闘はどうかな」
 エンキドゥが斧へと変化する。大した大きさだ。当たればただでは済まないだろう。だがそれも、当たればの話。
 振り下ろされる斧と私の間に〝裂け目〟、私の足元に〝裂け目〟、走ってくるギルガメスの目の前に〝裂け目〟、回避の手段など、無限にある。そしてついに、
「取った!」
 斧そのものを〝裂け目〟の中に取り込む。〝裂け目〟を閉じる。
「馬鹿な、エンキドゥを取り上げたというのか」
「もう防ぐ手段もないでしょ、これで終わりにしよう。他ならないあなた自身の攻撃でね!」
 私の背後に数十の〝裂け目〟を生み出す。その中から姿を表すのは、先ほどまで散々回収したギルガメスの使っていた魔力で編まれた矢。
「馬鹿、な」
「威力はあなたの折り紙付き、回避は不可能の面制圧、防御手段はもはやなし、あなたの負けだ!」
 ギルガメスの矢が〝裂け目〟が放たれ、周囲一帯の大地を土煙が覆う。
「愚かな」
 ギルガメスの声が聞こえた次の瞬間、〝裂け目〟の一つからゴシックファッションの少女が飛び出し、私の首に飛びつく。
「くっ」
 少女の小柄な見た目からは想像できない万力のような力が私の首を絞っていく。
「やれやれ、少しは肝が冷えた。その力は我々では解析出来んらしい、さて、命が惜しくば、その鞄を返すが良い、言っておくが、お前が単に死ぬのでも私に取っては構わないのだぞ」
 まずい、これはまずい、本当に死ぬ。指先を転移させて、あのメッセージを、送らなく、ちゃ。

 

■ Third Person Start ■

 

「ヒナタ、どうにか出来ませんか?」
 消火活動中、絶体絶命のカラに気付くアンジェ。
「転移のルーンであれば逃げる事はできると思うけど、あの位置には……」
「位置は離れていても構いません、要は伝われば、彼女なら触れられます」
「分かった。気付いてよね」
 カラのいる足場に転移のルーンが刻まれる。その位置は”私”にバッチリ見えていた。

 

◆ Third Person Out ◆

 

 ありがとう、アンジェちゃん。
 その言葉は絞られた首からは出なかったけれど、転移させた指先でルーンに触れる事で、きっとアンジェちゃんには伝わったと思う。
 じゃ、主人公の座はアンジェちゃんに返すよ

 カラが消滅する。


「申し訳ありません、逃げられました」
エンキドゥがギルガメスに頭を下げる。
「いや、あの〝裂け目〟からよく脱出し、私の意志に応えた。お前はベストを尽くした、よくやった」
「勿体ない御言葉です」
「これでは、標本を回収出来ないな。帰還する」
二人の姿が消えていく。

 

 それから数日後、なんとか妖精丘は元の姿を取り戻しつつあった。
 カラが回収した標本の中にはなんとか治療が間に合って命を取り留めた者たちも多数おり、少しピクシーという種族の生命力に驚いた。
 死んでしまったピクシーについても返還を求めたのだが。
「これはカラちゃんのお宝だから、それはダメ。じゃね、アンジェちゃん」
 と、さっさと消えていってしまった。
「でも、忘れないで。今回のことはこれで終わった。けどこの話はきっとこれで終わりじゃない。そこにアンジェちゃんがいるかは分からないけど、連中の野望はまだまだ続くんだ」
 と、意味深な言葉を残して。
「ヒナタ、私たちは勝ったんでしょうか、負けたんでしょうか」
 なんとなく釈然としない私はヒナタにそう尋ねた。
「妖精丘は無事、可能な限りの妖精も救った。私たちはベストを尽くしたよ」
 ベストを尽くした、か。
「けれど、救えなかった命もあった。もし次があるのなら、その時は、完全に奴らの陰謀を阻止してやりたいです」
「だね。私も出来るだけ調べてみるよ。そっちも、アオイさんとか、コネは最大限使ってね」
 二人で誓う。次に奴らと対峙する時は、完全勝利、それ一択だ、と。

 

 to be continued to another episode.

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「テークリャ・ピルム -妖精狩り-」の大したことのないあとがきを
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