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花冠の約束 第2話「死神の日常」

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

高校野球の地方大会、決勝戦。
ここぞというところでフライ天ぷらを打ってしまい、負けてしまったことを悔やむ秀明ひであきとそれを慰める臣人おみと
幼馴染の咲希さきにも慰められるが、その平和は突然の爆発によって打ち砕かれた。
「アドベンター」と呼ばれる宇宙からの侵略者を前に、秀明と臣人は軍に入ることを決意する。

 
 

 ――あれから、三年という時間が経過した。
 宇宙からの侵略者と言われたアドベンターは月を拠点としている、ということが突き止められたり、世界中でいくつもの都市が陥落したり、様々な情報が前線にも入ってくる。
 首都圏近郊――首都である東京にほど近い場所にある前線都市を防衛するために築かれた塹壕で、秀明と臣人は戦いに明け暮れる日々を送っていた。
 三年前、突如地球に襲来したアドベンターと人類の戦いは激化していた。
 月から大挙して押し寄せるアドベンターに対し、各国の空軍をはじめとした航空戦力は全力でこれを撃ち落とした。
 その結果、地球の制空権はまだアドベンターに奪われていない。もし制空権が奪われていれば、人の姿で空を飛び、威力の高い光球や光弾を撃って攻撃するアドベンターは次々と都市を壊滅させ、あっという間に地球を支配していただろう。
 幸いなことに、アドベンターは各航空戦力が送り込んだ戦闘機でも容易に撃ち落とせた。地上や海上に配備された各軍は航空戦力が撃ち漏らした残党を排除するという役回りに徹している。
 アドベンターも当初は空中からの攻撃を目的としていたが、航空戦力の抵抗の激しさに作戦を変えることにした。
 人海戦術で大量のアドベンターを地上に向けて降下させ、降下できた戦力で地上を攻撃する――効率は格段に落ちるが、それでも一撃の威力が人類の攻撃に比べて高いアドベンターならできる作戦。
 当然、人類側もアドベンターの都市降下を全力で阻止した。そうなるとアドベンターは都市近郊に降下し、自分たちの攻撃力の高さを活かして都市に向かって進軍する。
 それを防ぐために人類は都市周辺を塹壕で囲み、徹底抗戦の構えを取った。
 侵攻から三年――アドベンターと人類の戦いは膠着状態に陥りつつあった。
 秀明と臣人は入隊後、短い訓練を経てこの塹壕に配備された。野球少年時代に組んだバッテリーをバディという形に置き換え、攻め込んでくるアドベンターと戦い続けている。
 成人はとうに過ぎた。塹壕の仲間がささやかな祝いの席を設けてくれたが、その仲間のほとんどはもういない。激化したアドベンターの攻撃で、死んでしまった。
 この塹壕が守る前線都市は首都を防衛する最後の砦として重要視されている。この都市が陥落すれば、首都は丸裸となる。
 その重要性から、他の前線に比べて比較的多くの兵士が補充要員として送り込まれてきた。しかし、激しい戦闘に補充された兵士は次々と斃れ、新たな兵士が送り込まれるという循環がこの塹壕では行われていた。
 その塹壕で、秀明と臣人は二十歳という若さにも関わらず最古参という立場にいる。
 入れ替わりの激しい塹壕で、ただ二人アドベンターの攻撃に耐え、退け、多くの仲間を見送る――それが今の二人の当たり前の日常。
 かつては目指していた野球のプロという夢はもう持っていない。
 叶わない、ではない。そんな夢は捨てた。
 今の二人にとって、目指すものは――。
 塹壕にアドベンター襲撃の警報が鳴り響く。
 その場にいた全員がそれぞれの武器を手に配置に付く。
 空中から次々と舞い降りる白く輝く人影。対空砲火によりその多くが撃ち落とされるが、それを逃れたアドベンターが着地し、塹壕に向かって進軍する。
「臣人!」
 狙撃銃のボルトを引いて排莢、次弾を装填しながら秀明が叫ぶ。
「そこから十メートル左、撃ってくるぞ!」
 伏せろ、と言わんばかりの臣人の言葉。
 だが、臣人の言葉を回避指示と捉えずに秀明は素早くターゲットに照準を合わせ、引き金を引いた。
 徹甲弾、榴弾、焼夷弾の機能を兼ね備えたHEIAP弾が白い人影の頭を吹き飛ばし、投擲されようとしていた光球が地面に落ちる。
 直後、光球が炸裂し、近くにいた他の人影をいくつか巻き込んで吹き飛ばす。
「相変わらずやるなあ」
 双眼鏡を手にその様子を観測していた臣人が呆れたような声を上げた。
「そこは普通回避行動に移るだろ」
「それだとこっちが無傷じゃ済まない。それにあの距離なら対応できると思った」
 そう言いながらも冷静にボルトを引く秀明の動きは手慣れたもので、敵を殺したという罪悪感や戦闘での過剰な興奮も一切ない。
 臣人も軽口を挟みながらも秀明に優先して排除すべきアドベンターを指示している。
 観測手の臣人の指示に従い、秀明はただ淡々と塹壕に近づこうとするアドベンターを排除していく。
 時折、頭上を光球が通り過ぎ、背後でいくつもの爆発が起こる。いくつもの叫び声が聞こえるが、二人はそれに反応しない。
《三班の反応が消えた! フォローを!》
《二班もやばいぞ!》
 そんな無線を聞き流しつつ、秀明は何度も引き金を引いた。
 スコープの先で、新たな白い人影が霧散していく。
 ――アドベンターは一匹残らず!
「秀明、他の班のフォローを!」
 自分の指示でとはいえ、秀明が他の兵士や班のフォローをせずにひたすらアドベンターを攻撃していることに気づいた臣人が声を上げる。
 だが、秀明はそれに構うことなくボルトを引き、
「次はどいつだ!」
 とスコープを覗き込んでいる。
 臣人も分かっている。それに自分もそのつもりだ。
 この戦い、味方にかまけていれば自分が生き残れない。生き残るには、ただ目の前の敵を撃つしかない。
 それに、二人は味方よりも優先すべき「約束」があった。
 ――アドベンターを一匹残らず排除して、咲希の仇を討つ。
 そこにどれだけの屍が築かれようが構わない。アドベンター一匹殺すのに味方が十人死んでも構わない。ただ、一匹でも多くのアドベンターを排除できるのなら、いかなる犠牲を払おうとその手段を手にするだけ。
 もし、「目の前の相棒を殺すならアドベンターを滅ぼす力を授ける」と取引を持ちかけられたらそれを受け入れる覚悟も二人にはあった。
 アドベンターを滅ぼせるなら、咲希の仇を討てるなら、自分たちが犠牲になっても構わない――その程度にしか自分たちの命の重さを考えていなかった。
 だから、臣人も危機に陥った味方を援護するような指示は出さない。それに、一匹でも多くアドベンターを排除したほうが最終的に味方の生存に繋がる。
 二人の近くで、味方の兵士が撃ち抜かれるが、それに気を留めず二人はただひたすらアドベンターに銃弾を叩き込む。
 咲希の仇を討つ、ただそれだけの思いで。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

航空部隊の活躍もあり、地上に降りた最後のアドベンターが撃ち抜かれて霧散する。
「……終わった……」
 戦闘終了のサイレンを耳にした誰かがポツリと呟き、それを皮切りに生き残っていた兵士たちが次々にその場に座り込む。
「……」
 秀明も射撃がしやすいように設けられた斜面から体を起こし、塹壕の壁に背をつけて座り込む。
「お疲れさん」
 隣に座った臣人が空を見上げ、ため息をついた。
「今日のスコアは二十二――もうすっかりエースだな」
 秀明のアドベンター撃破数は他の兵士に比べてずば抜けて多い。大抵は一度の戦闘で数体倒せればいいほうだが、この塹壕に長く居着いた秀明は常に二桁の撃破数を誇り、塹壕内で最も優秀な兵士として一目置かれていた。
 ――その分、身近な兵士からは――。
「……死神が……」
 そんな囁き声が二人の耳に届く。
「味方を放置してたらそりゃ撃破数くらい」
「しっ、聞かれるぞ」
 風に乗って届くそんな言葉。
「……聞こえてるぞ」
 低く呟き、秀明が狙撃銃の安全装置セイフティ安全オンにして立ち上がる。
 臣人もそれに続いて立ち上がり、二人は並んで歩き出した。
「……死神、か」
 そう言いながら、臣人はちら、と秀明の横顔を見る。
 アドベンターの襲撃、それによる咲希の死から早くも三年。あの頃からすっかり大人びた秀明に、俺もそうなのかな、と思いつつ臣人は話を続ける。
「確かに俺たちは敵にとっても味方にとっても死神だろうな」
「……ああ」
 臣人に言われずとも、秀明も自覚はある。
 負傷した味方を助けることもせず、ただひたすらに敵を撃つ。
 それが最終的に味方の生存率を上げることにつながっていると判断されたから塹壕を指揮する隊長も秀明たちには何も言わない。ただ一度だけ、「お前たちが味方を助けないということはお前たちが負傷しても誰も助けてくれないぞ」と忠告はしてきた。
 それに対し、二人は「当然、そのつもりです」と答えていた。
 自分たちが助けずして助けられるなど、虫のいいことは考えていない。同時に、アドベンターを排除できるなら自分たちが負傷しても構わないでくれ、と思っている。
 重要なのは地球から全てのアドベンターを排除すること、そこに自分たちの命は考慮するに値しない。
 それはこの塹壕に配属してある程度生き残ることができた兵士も理解するところだった。
 この二人は人類の命を重く見ていない。地球の平和にも興味がない。ただ、アドベンターを殺したいだけなのだ、と。
 だから二人を少しでも理解した兵士は誰もが二人を「死神」と呼ぶ。恐怖も尊敬もそんな感情は抜きにして、アドベンターに死をもたらすもの、人類に手を差し伸べないものとして二人から距離を取る。
 それによって二人が孤立しているのも事実だった。
 本来ならこの塹壕にいる誰もが連携し、少しでも多くの兵士が生き残るべく手を組むべきである。実際に他の兵士たちは密に連携をとり、戦闘時でない時も交流して親睦を深め、互いに生き残ろうとしている。
 その輪に一切入ることなく、秀明と臣人はバディを組んで二人だけで戦っていた。
 そのバディという関係も互いに生き残るためというものではない。アドベンターを効率よく殺すための関係。
 友情とかそんなものはどうでもいい、アドベンターが効率よく殺せるなら誰とでも手を組む、逆に言えばその妨げになるものとは手を組まない。
 自分たちが異端児であることは分かっていたが、二人は他の兵士と交流する気はなかった。
 必要なのはアドベンターを殺す力。その力が欲しくて、二人は三年前にまだ未成年にも関わらず入隊を志願した。
 全ては咲希の仇を取るため、アドベンターを滅ぼすため。
 アドベンターに対する憎しみが原動力となっていることも分かっている。
 そんな感情で一生を棒に振るなと言ってきた大人もいたが、そう言った大人は早々と死んでしまった。
 自分たちの感情は自分たちだけのものだ。他の誰かに言われて変えるものではない。
 改めてそう考え、秀明はふと、一つの考えに思い当たった。
 ――もし、アドベンターを駆逐できれば。
 もし、地球上からアドベンターがいなくなれば、自分はどうなるだろうか、と考え、秀明は愕然とした。
 それが実現した先のことは何も考えていない。そもそも自分が生きているうちにそれが実現するのかも分からない。
 それでも、もしそれが実現したら――と考え、秀明はちら、と臣人を見た。
「どうした?」
「いや――別に」
 そう言いつつも、秀明は心の裡を秀明にぶつける。
「もし、アドベンターがいなくなったら、って考えて」
「あー……」
 秀明の言葉に、臣人が小さく声を上げる。
「全然、考えてなかったわ」
「お前でも考えてないことがあるんだ」
「お前、俺をなんだと思ってんだよ」
「優秀な観測者」
「そりゃどーも」
 そんなやりとりの後、二人がぷっと吹き出す。
 宿舎となっているテントに向かって歩きながら、臣人がそうだな、と呟いた。
「ま、実際のところ俺は咲希の仇が討てればいいからその先のことは全然考えてない。それに、この戦争が終わるまで生きてるって自信もないしな」
「それはそうだな。俺も生き残れるとは思っていない」
「秀明はなんだかんだ言って生き残りそうなんだけどなあ」
 そんな会話をする二人に、先ほどの戦闘の緊張は残っていない。
 今や当たり前となった戦いの日々に、二人は完全に馴染みきっていた。
 だからだろう、アドベンターがいなくなったその後のことが考えられない。考えたくもない。
 アドベンターを駆逐するとは誓った。だが、アドベンターがいなくなった世界に自分たちが生きているとは思えない。
 最終的にアドベンターがいなくなるなら、その後の世界に自分たちがいなくてもいい、ただの歯車として使い捨てられて構わない、そう思ってすらいた。
「俺が生き残れるなら臣人も生き残るだろ。俺のバディなんだから」
「おーおー言ってくれますねえ秀明さん。期待してるぜ」
 戦闘に疲れた兵士たちが遠巻きに眺めてくるテント村を抜け、二人は一つのテントに入る。
 銃を棚に立てかけた後戦闘服の泥をざっと落とし、簡易ベッドに腰を下ろす。
「……なあ秀明」
 一息つくために水筒の水を一口飲み、臣人が秀明に問いかけた。
「なんだ?」
「お前……後悔してないか?」
「何を」
 秀明には臣人の質問の意図が分かる。もう何度も繰り返されたその質問に対し、答えることは決まっている。
「咲希が死んで、軍に入って、死神と呼ばれて、お前は後悔してないのか」
 その質問をするということはもしかして臣人には後悔があるのか。
 そう思いながら、秀明は決まった言葉を口にする。
「お前は後悔してるのか」
「後悔――してないと言えば嘘になるかな。まぁ、あの時軍に志願してなくても次の年には徴兵されてたし、一年は考える時間があってもよかったかな、と思う時はある」
 そう答えた臣人の口調に後悔の色はない。
 初めの頃は後悔の色が滲んでいることもあったが、同じ問いを何度も繰り返すうちにそれはだんだんと薄れていった。
「だが、お前に志願を決断させたのは俺だ。そう考えると、お前を巻き込んで申し訳ないって思うことはあるよ」
「別に、お前が志願すると言ったから俺も志願すると言ったわけじゃない。たまたまお前が先に志願を口にしただけだろ」
 それは秀明の本心だった。
 あの葬儀の日、確かに臣人が先に軍に志願すると口にした。
 だが、その時点で秀明も入隊を決意していた。
 だから臣人に唆されたとかそんな思いは微塵もない。
 それこそ、状況によっては秀明が先に入隊を口にしていたかもしれないのだ。
「それに、今俺が生きてるのはお前のおかげだ。お前が先に入隊してたら、とか俺が先に入隊してたりしたら多分咲希の仇も取れずにあっさり死んでたと思う」
「それ、分かるわー。お前とバディ組んでなかったら生き残れてる自信、俺にもない」
「案外、咲希が守ってくれてるのかもな」
 そう言い、秀明が自分の手首を見る。
 泥に汚れた勝利祈願のミサンガに、咲希を思い出す。
 最後まで言い切ることなく吹き飛ばされ、手首だけとなった咲希のミサンガを半分に切り、糸を繋げて二人はお守りとして自分の手首に付けていた。
 死者が守護霊となって守ってくれるというオカルトは信じていない。それでも心のどこかでは咲希が守ってくれているのではないか――そう思ってしまう。
 死神と呼ばれていい。助けてもらえなくてもいい。自分たちの願いが叶うその日までは見守っていてくれ、二人はそう願っていた。
「なあ、臣人」
 ミサンガから視線を外し、秀明が臣人を見た。
「今はこの戦争が終わった後のことは考えられないが――それでも生き残れる間は生き残ろう」
「ああ、もちろんだ。アドベンターをぶっ潰す、二人でそう決めたんだからな」
「だが、もし最後まで生き残れたら――」
 そこまで言って秀明が苦笑する。
 その先のことなど考えられないが、一つだけしてみたいと思っていることはあった。
 臣人に笑われるかもしれないが、それでも思い出してしまったのだから仕方ない。
「甲子園の土、回収しに行こう」
 秀明がそう言った瞬間、臣人があっと言いたそうな顔をした。
 その顔に、まずかったか、と秀明が目を伏せる。
 だが、臣人はその秀明の思いに反して目を輝かせた。
「いいなそれ! やっぱ甲子園の土くらいは触ってみたい!」
 かつて目指した夢で、今ではもう捨て去ったもの。それでも全てが終わってからのことを考えると、かつての夢に手を伸ばすのはいいかもしれない。
 まだ実感は湧かないが、ただアドベンターを殺すことだけを考え続けるのは良くないと心のどこかでは気づいていた。
 無理にでもその先のことを考えて、未来を繋ぐ。
 二人が歯車でいいと思っていても、咲希がそれを望んでいるとは限らない。
 そうやって、二人は時々自分たちの考えを再確認していた。
 仲間はいなくていい。相棒が生きているならそれだけでいい。
 二人がその考えで、二人で話して笑っていることを他の兵士たちは知らなかった。死神と関わっても碌なことはない。二人が生き延びているからそれにあやかって輪に入ろうとしても拒絶されるし助けてもらえることもない。
 それなら遠巻きに眺めて、間接的に守ってもらったほうが生存率は高い。実際に二人のアドベンター撃破率を考えると下手に干渉しないほうがいい。
 夕闇が近づくテントの中から聞こえる二人の声を、他のテントにいる兵士たちは聞き流す。
 それよりも今日も生き延びられた、予報では明日の襲撃はないらしいからただ平和に過ごせればいい、それだけを祈る。
 これが最前線の塹壕の一日。
 いつまで続くとも分からない戦いの日々が、今日も終わっていく。

 

 To be continued…

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