皐月の空、ドラゴンと舞う 第9話「不正の雷光」
突如、太平洋上、ポイント・ネモに出現した「ゲート」と呼ばれる異世界との通路は、「ドラゴン」としか形容できない空飛ぶトカゲ型の魔物を吐き出し始めた。
後に「魔法」と呼ばれることになる技術を用いるドラゴンは、バリアーとでも言うべき壁を周囲に纏っており、見た目に反して通常兵器での撃墜は困難を極めた。
そこでなんとか撃墜したドラゴンを解体研究して発見された「魔法因子」を適性のある子供に移植することで「魔法使い」を人工的に生成することに成功。これをドラゴンとの戦闘に割り振った。
だが、魔法はまだ不完全な技術だ。
そこで、特に魔法に優れた生徒を「生徒会」に所属させ、彼らに特殊任務を与えた。
それが「生存」。戦場に誰より早く駆けつけ、気付かれないように息を潜めて全ての情報を集め、そして帰投する。
ひいては、それが人類全体の魔法技術の発展と魔法戦術の発展に繋がるはずだと信じて。
これはそんな死神と蔑まれる生徒会所属の五番機、
皐月のパイロット、
突如として所属不明機からデータの不正アクセスを受けた皐月は瑞穂の見事な攻撃テクニックにより、所属不明機を撃退した。
憧れの生徒会長・
自衛隊上層部は所属不明機がアメリカ機ではないかと疑っていた。
戦術偵察部隊としていつも通りの戦術偵察をこなす皐月。しかし、帰投した皐月に再出撃が命じられる。生徒会2番機、如月からの更新が途絶えたというのだ。
北方航路上空で皐月が発見したのは、ゴーストラプターという俗称が与えられた所属不明機だった。瑞穂はゴーストラプターと交戦するが、如月の救難信号をキャッチし、保護を優先する。
デブリーフィングを受ける瑞穂。そんな中で、皐月の
自分のせいで、如月のパイロットである
彩花のお見舞いに行った瑞穂は、彩花がもう飛べないかもしれない、という事実と、新型のスーパーラプターであるBlock13に搭載されるオートマニューバモードについての話を聞く。それは操縦者の手を借りずとも自動で飛行するというモード。彩花はその存在をハワイの戦術偵察部隊、アメリア・カーティス少尉(
もう一度彩花が飛べるように、そんなことを考えながら廊下を歩いていると、瑞穂はいきなり背中を叩かれる。
背中を叩いてきたのは、ソーサラー2:
浅子は生徒会はもっと積極的に戦うべきだ、と主張し、それができないのは生徒会が弱いからだ、と挑発する。
瑞穂はこれに真っ向から反論。二人はシミュレータ室で模擬戦をして決着をつけることとした。
模擬戦は白熱したが、浅子渾身の一撃が瑞穂機に命中し、瑞穂機は機体動作が低下してしまう。このままでは海に軟着陸する、という時、視界内のモニターに見覚えのない表示が出現する。
迫るミサイルアラート。ついてこない機体動作。
上昇角を取ろうと操縦桿を引いても、機体はやや下向きに落ちるばかりで、このままでは海面に軟着陸してしまう。
【Starting override by SATSUHI】
「え……?」
視界内のモニターに見覚えのない表示が出る。
皐月によるオーバーライド開始?
困惑する
【> Electronic circuit bypass
そのメッセージが出ると同時、瑞穂機が操縦桿を引く手に応え、急上昇を開始する。
「わわっ」
海面スレスレからの突然の急上昇に焦る瑞穂だが、すぐに自分が操縦桿を引いているからだと気づき、操縦桿を戻す。
直後、
「なんだ、持ち直したぞ!?」
外から聞こえる声が悔しげなのは気のせいではないだろう。
【>
オートマニューバモードをオンにせよ、と文字列が告げている。
「そんなこと言われても、そんな方法知らないよ」
だが、そんな方法を瑞穂は知らない。そもそも彩花から聞く限り、航空自衛隊にはまだそのモードはないのではないか。
【> Copy. Good Luck, Sl.Oi】
了解した。幸運を祈る、
確かにその文字はそう告げていた。
「何なの……」
この文字列の正体は何なのか、瑞穂には検討もつかなかった。皐月を名乗り、かつ自分ではないとなると、
確かに、皐月の統合コンピュータは生徒会の統合コンピュータと繋がっており、そしてこの
つまり、皐月の統合コンピュータとこのFMSは間接的に繋がっているわけで、皐月の
有輝も生徒会機クルーが負けると言う結果を許せなかったのか、とも思うが、だとしたら、オートマニューバモードをオンにするように言ってくる意味が分からない。有輝はWSOであってパイロットではないからだ。
だがそれを調べたり尋ねるのは後だ。
今は、浅子に勝たなければ。
瑞穂は再び操縦桿を倒し、背面飛行で浅子機を正面に捉える。
「皐月、
操縦桿を横に倒してロールして飛行姿勢を正しつつ、
浅子機は左にバンクし、サイドワインダーを回避する機動に入る。
「ぶつけてでも、落とす!」
対して、瑞穂機を右にバンク、浅子機を追跡する。スロットルを押し込んで、
浅子機は後方につかれてなるものかと、
上空へ宙返りするインサイドループに対して、アウトサイドループは海面、陸上に向けて降下することになるので、危険が大きいが、敵がこれを追いかけようとすると同じ危険を負うことになるため、敵はこれを追跡出来なくなる。
まして、今回の敵に当たる瑞穂機は浅子機に追いつくため、アフタバーナーを起動して加速している。戦闘機の旋回半径は速度に比例しており、早ければ早いほど旋回半径は広くなる。当然、そんな状態で海面へをダイブするようなコースをとれば、上昇しきれず海面に激突する危険が高い。だが、果敢にも瑞穂機はスロットルを戻しながら同じくアウトサイドループを敢行。浅子機に続く。
急降下した瑞穂機に合わせ、瑞穂の視界いっぱいに海面が広がる。
「行けるはず!」
必死で操縦桿を倒す瑞穂に機体が応え、海面スレスレをキャノピーが擦りながら、瑞穂機が浅子機を追いかける。
「皐月、
浅子機上昇中の隙を見逃さず、瑞穂機からアムラームが放たれる。
対する浅子機はループを中断して右にバンクし、ミサイルを回避しようと試みる。
「
直後、アムラームから雷が広範囲に放出され、浅子機の機体に襲いかかる。
浅子機の電装系がイカれ、動きが鈍った、と思った次の瞬間。
「
もう一度、アムラームから魔法が放たれた。アムラームが自爆し、そこから石の剣が飛び出す。
浅子機は再度バリアーを展開してこの攻撃を回避、隙を生じぬ二段構えの攻撃にも拘らず、咄嗟に反応出来た浅子の反応速度の速さをこそ驚くべきだろう。
だが、その瞬間には、バリアーを展開した瑞穂機がアフターバーナーを起動して浅子機に突撃を敢行していた。
バリアーとバリアーがぶつかり合い、しかし、先に展開していた浅子機のバリアーが先に根を上げる。そもそもバリアー展開可能時間は瑞穂の方が長いわけだから、先に展開していた浅子のバリアーが先に消えるのは自然な話だった。
バリアーの消失した浅子機とバリアーを展開した瑞穂機が衝突。
そうして、バリアーを展開したままの瑞穂機が浅子機を粉々に粉砕して飛び出す。
【MISSION COMPLETE】
シミュレータが終了する。
「ふぅ」
と瑞穂が脱力して息を吐く。
外はギャラリーで賑わっている。とはいえ、この後の時間にシミュレータを使う者もいるだろうから、出ないわけにもいかない。
瑞穂は扉を開き、フル・フライトシミュレータから出る。
「おい、死神野郎、どんな不正をしやがった!」
想像はしていたが、外に出て最初にかけられた声は侮蔑の声だった。
「お前の機体は電装系がやられて、動きが鈍ってたはずだ、あのアムラームを避けられたはずがない!」
無言でそちらを向いた瑞穂に向けて、男子生徒は続ける。
不正。
それは否定出来ない、と瑞穂は思った。何が起きたのかは自分でも分からないが、あの時、自分の力だけではない何らかの力が働いたのは確かだった。
けれど、それを認めてしまえば、生徒会への悪評となるだろう。それは避けたかった。さりとて、嘘を言うことも出来ず、瑞穂は黙り込むしかなかった。
「おい、何とか言えよ、この死神野郎!」
「そこまでよ」
一歩踏み出した男子生徒に対し、遅れてフル・フライトシミュレータから出てきた浅子が制止の言葉を投げかける。
「なんだよ、
「いいえ。私と瑞穂は正々堂々と戦った。そこにあるのは清々しさだけ。悔しさなど……まぁ全くないとは言わないけど、無視出来る程度よ」
男子生徒が浅子の方へ向くが、浅子は堂々と答える。
「なんだ、死神野郎を下の名前で読んだりして。河原で殴り合ったから友達になったとでも言うつもりか?」
「えぇ、私はもう瑞穂とは友達のつもりよ。で、私の友達に何の用事?」
男子生徒が強くつっかかるが、浅子はやはり毅然と答える。
「何言ってんだ、そいつは死神だぞ。
男子生徒の言葉に瑞穂ははっとなる。瑞穂は彩花を無くさずに済んだが、彼は友達を失っているのだ、と。
それに森といえば、あのグレータータイプ
「そう。でもそれは瑞穂が悪いわけではないでしょう。瑞穂は作戦を全うしただけよ。私たちが享受している戦術データや魔法カリキュラムも、生徒会が生きてデータを持ち帰ってくれればこそでしょう?」
しかし、浅子は恐れずに反論した。模擬戦前の主張と違い、瑞穂の主張に寄り添ったようなものになっている。模擬戦で決着をつける、と言う約束を守ったのだろう。
「けっ。すっかり死神に懐柔されやがって」
面白くねぇ、と男子生徒は踵を返し、シミュレータ室を後にする。
「瑞穂、
その男子生徒を見送った後、浅子が提案する。
「……うん」
浅子が庇ってくれた、それはとても嬉しい。
けれど、心の底に残った「自分は不正したのかもしれない」と言う思いは消えなかった。
有輝に、そして場合によっては凛に、事の次第を確認せねばならない、とそう思った。
To be continued...
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