常に死亡フラグ~Desperately Harbinger~ 第1章
海岸沿いの道を歩く私の上空を二機の戦闘機が通り過ぎる。
ダースター海軍で運用されているトルネード戦闘攻撃機で、片方は二発の大きめのミサイルを抱えている。
大型のミサイルを抱えているのは対艦攻撃装備で、もう片方はその護衛。ダースター海軍航空隊で用いられる最小の対艦任務編成で、何かあったという事は無く、おそらく単純に訓練だろう。
二機の機影は直進し続け、海岸からどんどん離れて行っている。残念ながら戦闘機動は見る事は出来なさそうだ。
と、いけないいけない。コロンス海軍の戦闘機パイロット〝イーグルネスト〟という立場は封印して折角の海外旅行を楽しもうというのに、早速仕事に関係ある事を考えてしまっていた。
所属艦であるペガサス級航空母艦〝ユニコーン〟があの編成に襲撃されたらどう対応するか、僚機に対艦攻撃機を任せて、自分は護衛を叩くか、等を考えていては勿体ない。
そこのお店で売っていた、このアテルト自治領の名物であるらしい南国コーヒーを口に含み、もう点になってしまった戦闘機の事は忘れる。
この南国コーヒー、〝ユニコーン〟の所々に置いてあるコーヒーマシンのコーヒーと何が違うのだろうか。あれは実は南国コーヒーだったのだろうか。
調べてみようかとポケットからスマートフォンを取り出すと丁度メールが届いたらしく、スマホがバイブレーションを立てている。
見ると、上司、〝ユニコーン〟の航空隊指揮官であるジェネラル大佐からのメールで、私の代わりに楽しめているか? という短い内容のメールであった。
乗艦である〝ユニコーン〟が長期整備に入る際に、ジェネラル大佐からいきなり呼びつけられ、押し付けられる様にアテルト行のチケットを渡されたのが今回の旅行の経緯だ。
「お前はまったく纏まった休みを取らないな。折角だから懸賞で当たったが予定が合わず行けないチケットをお前が使え。残念ながら閑散期で店はほとんど開いていないだろうがな」
その言葉に、行けないのではなくて行きたくなかったのではと、少し釈然としないまま休暇申請を書き、こうして旅行にやって来た訳だが、現在の所不満はないし、異国情緒は感じられ、気分転換になっている。店がほとんど閉まっていて、閑散とし、人がいないのも、パーソナルスペースが少ない〝ユニコーン〟での生活と真逆で癒される。
楽しめています。ありがとうございました。とこちらも短いメールを送り、スマートフォンをポケットに戻す。
南国コーヒーについて調べてなかったなと気付くが、まあいい。些細な事を調べる機会なんていくらでもある。気にせず海岸沿いの散歩を続けようと歩みを再開させようとした時、少し異質な風を感じた。
異質な風というのは、表現するのは難しいが、戦闘機乗りとしての勘が告げる不自然な風の流れの様な物の事だ。
まあ、ここは見知らぬ土地だ、知らない自然現象や影響する様な構造物があるのかもしれない。しかし、違和感があったのに確認しないというのは航空機の事故原因として最たるものだ。
踏み出した足を止め、周囲を見渡す。
私が歩いている海沿いの道を向いているシャッターの降りた店舗の奥、こちらに背を向けている建物の室外機がかなり不安定に揺れているのを発見する。
あれは落ちるな。さっきの風は強くは無かったのだが、点検をサボっていて、耐えられなかったのだろう。
アテルト自治領に住む者の多くは怠惰だと聞いている。偏見だとばかり思っていたがこうやって見ると事実かもしれないと思えてくる。
そんな事に思いを馳せた直後、予想通り、室外機を支えていた金具の一部が落下し、続いて室外機も落ちていく。店舗と室外機が付いていた建物の間、つまり路地裏に落ちていったそれはガジャっと大きな音を周囲に響かせる。
お前が何かしたんじゃないかとトラブルに巻き込まれるのは御免だし、観光客が対応しなくとも近所の住民が対応するかもしれない。
とは言っても、誰かがするだろう、という思考は事故そのものや被害を拡大させる原因でもある。誰かが負傷していたりする場合、応急処置や通報が早い方が良い。通報の為にスマートフォンの位置を再確認しながら、立ち並ぶ店舗の隙間を通り、路地裏に向かって進む。
怠惰と言っても、衛生観念はしっかりしているのか、はたまた閑散期であるから物が無いだけなのか、路地裏に出た段階でバラバラに砕け散った室外機が目に入る。
付近に倒れている人はいない。巻き込まれた人はいない様だ。まあ、表通りに人がいないのに、路地裏には人がいるという事もなかなか無いだろう。
室外機の金具を見てみると、かなりさび付いている。これでは風で落ちてしまうのも無理はないか。周りを見ると、店舗で使っているのだろうガスボンベも建物に伸びるホースと接続器具が痛んでおり、何処か不安を感じる。もしガスが漏れていたら落下の衝撃で火災でも起きていたかもしれない。こんなに恐ろしい国だったと知っていたら来たくなかった。
この室外機が設置されてからどれだけ時間が経っていたのかが気になり、型番を示すプレート等が無いかを探していたら、後ろに気配を感じる。ゆっくりと近づいてきているが、足音を忍ばせている訳では無い、敵意は無さそうなので、驚かせない様にゆっくりと振り返る。
「あの」
後ろから近づいて来ていたのは少女だった。子どもというだけなら、近所の子かと思うだけだ。
しかし、彼女の衣服は病院の検査着の様に、シンプルで脱ぎ着のしやすい物で、全体的にごちゃっとしている路地裏だとかなり浮いている。
何かあった時の為に、周辺のランドマークはある程度覚えているが、付近に病院があった記憶は無い。
「どうしたんだい。お嬢ちゃん?」
何か訳ありなのは察しが付くが、話しかけてきてくれたのに無視して逃げるという事は出来ない。少女に目線を合わせて、優しい口調を意識して彼女に話しかける。
少女が口を開こうとした直後、聞きたくなかった鉄と鉄がぶつかる音、具体的に言うと、銃のチャージングハンドルが引かれ、初弾が薬室に送り込まれた音が少女の後ろの方から聞こえる。
「そいつから離れろ」
感情を感じ取れない声だ、素人ではなさそうだし、素人だとしても、こういう声を出せる奴が人を撃つのを躊躇するとは思えない。こういう感じの訳ありだったか。
少女の顔を見ると、怯えた様な表情も見られるが、私の事を真っ直ぐと見ている。
「助けて」
小さく、短い言葉だったが、はっきりを聞き取れた。少女の背中に手を回し、抱きかかえる様にして立ち上がる。少女も私の背中に手を回してくれる。
「おい」
その声と共に、銃がこちらに向けられる。リーゲン連邦で使用されているタイプのアサルトライフル。所謂AK系のアサルトライフルだが、紛争地や犯罪で使われる様な木製では無く、樹脂製の物で、フラッシュライトとドットサイトが取り付けられている。銃を持つ男もほつれや傷の無いボディーアーマーにヘルメットと装備品も充実している。確実にただのギャングとか犯罪者ではない。軍関係者か、あるいは軍隊並みの装備を得られるだけの組織力を持った組織の戦闘員だろう。
「この子はお前なんかに付いて行きたくないって思ってるみたいだぞ!」
少女の背中に回した手の力を少し強めながら、相手にそう言い放ち、先ほどの所々が痛んでいるガスボンベを少女を抱いていない手を使って引っ張る。
ガスボンベは倒れ始め、傷んだ器具とホースは直ぐに外れ、ガスが放出される音が響く。これでガスへの引火を恐れて銃は使えない。
完全に横になったガスボンベを相手に向かって蹴り、相手がこちらに近づくのを妨害しながら、元々いた海沿いの道に向けて走りだす。
簡単に動かせそうな物は動かしたり倒したりして、少しでも時間を稼げる様にしながら路地裏を走る。少女の身なりがシンプルであった為、十分に食事もしていないかもと心配したが、偶に抱っこする同じ位の背丈の子と重さに変わりは感じない。栄養状態は良い様だ。
路地裏から海沿いの道に出た。どちらに逃げようかと左右を素早く確認する。
元々の進行方向には、黒色のバンが停車し、さっきの男と同じ装備をした数名が、この道を歩行者専用道にしている車止めを引き抜こうとしているのが見える。あっちに逃げても駄目だし、逆側に逃げても車で追いつかれる。
そういえば、さっき歩いている時に下水か河川なのかは分からないが、トンネルから海に向けて流れる水路の上を歩いた。そこなら車は入って来れない。
そちらを目指して、南国コーヒーを飲みながら歩いた道を走る。振り返って追手の動きを見たいが、速度が落ちれば追いつかれるリスクや撃たれる確率が高まる。そこに行ったら逃げきれるという確証は無いが、ひたすらにトンネルに向かって走る。
水路へ降りられない様にする為か、フェンスが目に入る。所々破れているが、少女を抱えながら潜れる隙間は無い。
降りられないか、ともう一度見渡すと、フェンスゲートに鍵がかかっていない。ゲートを蹴りつける様にしてこじ開けると、水路へ降りる。幸いにも水路の左右に二人位が並んで歩ける程の道がある。濡れずに済むというのは良い。
「止まれ!」
トンネルまであと少しという所で、後ろから張り上げられた声が聞こえる。最初の相手が追いついてきたらしい。声の位置的に、この水路を渡る為の橋の上に立っている様だ。
言われた通りに止まる訳にもいかない。幸いにもトンネルは入口から先は曲がっていて、中に入れば外から銃撃する事は出来なくなる。それまでに敵が撃ってきて、それに当たらない事を祈る。
タタッと二発の連続した銃声が響く。ずいぶん間隔が短い銃声だった。以前、銃に詳しい同僚がリーゲン連邦では一発目の反動が来る前に二発目を飛ばすという設計思想の二連バーストの銃があると言っていたが、それだろうか。相当コストが高いという話もしていた。やはり、相手は装備にかなりの金を掛けている様だ。
二発の銃弾は私の右足のすぐ横に着弾し、コンクリートを抉る。単に外したと言うのなら幸運なのだが、おそらく威嚇の為にあえて横を撃ったというのは正解だろう。次は当ててくる。良い装備と同じ位、訓練を積んでいるのか、射撃の腕は良い様だ。単純にジグザグに動くだけでは動きを読まれて当てられてしまう。
一か八か、勘に任せて大きく右に足を踏み出す。丁度発砲音が響き、左側を銃弾が抜けていく感触があった。
今度は踏み込む素振りを見せながらそのまま直進する。踏み込むであろう場所を狙ってくれたらしい。発砲音は聞こえたが体に痛みは無い。
トンネルの中に入った。相手が撃てる機会はあと一回だけ。この予想を当てれば今の危機からは脱する。
ラストスパートに入る様に、前傾姿勢になって、減速しながらさらに姿勢を下げる。ラストスパートを掛けると読んでくれたのか、前方を銃弾が通り過ぎる。
そして、前傾姿勢を戻す反動で一気に加速し、トンネルの奥へ奥へと突き進む。発砲音が響いたが着弾は後ろの方だ。一旦射線を切る事が出来たらしい。
トンネルの中は悪臭という程の臭いは無い。地下化された河川に汚水も流しているのだろう。
当然の様に、整備以外で人が入る事を想定されていないらしく。明かりは無く真っ暗だ。壁にランプらしき物はある為、非常灯かなにかしらの光源が設置されていたらしいが、やはり整備されていないらしい。この国のいい加減さももう慣れてきた。
この水路に接続されている水路がいくつかある様で、その中には濡れずに歩ける通路がある水路もある。参考に出来る物が無く、ほぼ勘であるが繁華街の地下の方向だろう水路を選び、移動する。
しかし、敵が追ってくる気配が無い。暗闇に備えた装備を整えているのだろうか。だとすれば、ここの構造等も把握してくるだろうし、何か考えないといけない。
「あのぅ……」
なぜ彼らから逃げているのかを忘れていた。少女が声を出した事で、抱いているのがいつものウォーターサーバーのタンクなどでは無く少女である事を思い出した。
〝ユニコーン〟では、対抗訓練で負けたり、演習で失敗したりした航空隊の隊員は、ウォーターサーバーのタンクを持って立ちっぱなしになったり、飛行甲板を走り回ったりする文化がある。
そのおかげで少女を抱きかかえて逃げる事が出来た訳だが、重い物を持っていても何も感じないという弊害があったとは気付かなかった。
「ああ、ごめんなお嬢ちゃん。怪我は無いかい?」
ゆっくりと少女を地面に下し、目線を合わせる為に片膝を地面に付く。
「えっと、痛い所は無いです。お兄さんは大丈夫ですか?」
この状況で他人の心配も出来るとは、優しい子だ。私も特に痛い所は無いが、必死に走った直後だ。興奮で痛みに気付いていないだけかもしれない。目を凝らしたり、体を触ったりして何処にも異常が無い事を確認する。
「ああ、私も大丈夫だよ」
そう答えながら、少女の姿も確認する。暗くてはっきりとは言えないが、大きな傷や出血は無さそうだ。
「えっと、お兄さんは、わ、私を助けてくれるんですか?」
少し震えた声で少女が尋ねてくる。一緒に銃撃をかいくぐって逃げ回ったとはいえ、この子から見て私は得体のしれない人物だろう。怖がられるのも無理はない。
「もちろん、君がさっきの男達の所へ戻らない様に精一杯やらせてもらうよ。まず、君の名前を教えてくれるかい?」
コロンス合衆国軍人が他国で大騒動を起こすというのは国際的な問題になるだろうが、人に向かって躊躇いなく撃ってくる様な連中から助けてほしいという少女を見捨てる訳にはいかない。
コロンス軍人だというのはバレていない筈だし、今の程度の騒動なら緊急避難とかで何とかならないだろうか。
「私はアリーチェ・シャンナ」
名前の響きはコレスチア系に聞こえる。アテルトは歴史からダースター系の名前が多い筈だ。珍しいかもしれない。まあ、グローバル化と言われる現代社会において、何処系の名前か、という事はあまり重要な情報では無いかもしれないが。
「ありがとう、シャンナ。いい名前だね」
「お兄さんは?」
素直に本名を名乗ろうと思ったが、万が一彼女が相手の手に渡ってしまった時、そこからコロンス軍人である事がバレると良くない。
「今は追われているからあだ名でいいかい? イーグルネストと呼んでくれ」
結局何処にいてもこの名前で行動する事になるのだなぁ、と天井を見つめる。
「鷲の……巣?」
意味を考えて疑問に思っている様だ。首を傾げている。このイーグルネストはコールサイン。無線で呼びやすくする為に戦闘機パイロット等が持つもう一つの名前の様な物で、普通のあだ名と違って、必ずしもエピソードや本名から取られる訳では無い。
だから、彼女の様に意味を考え出すと答えにたどり着くのは難しい。ちなみにイーグルネスト、というのは響きで決めたらしい。
「特に意味は無いよ。ところでシャンナ。君はなぜあの男達に追われているんだい?」
考え続けてもらうのも申し訳ないと、気になっていた事を尋ねると、シャンナは一度頭を下げ、暫く俯く。そして、覚悟を決めた様に顔を上げ、私を真っ直ぐと見つめてから口を開く。
「えっと、信じてもらえないと思うんですけど、私、神の力を使えるんです」
はい? 神の力? 相当な現代的装備を備えた戦闘員に追われている少女から出てくるとは思えない程ファンタジーな単語だ。
一体、シャンナは何を抱えているのだろうか。そして、相手は何者なのだろうか。
この水路からどう脱出するかも含めて、考える事は多い。私は、シャンナを無事に彼らから逃がす事が出来るだろうか。
水路を流れる水の音が、先ほどよりも大きく感じた。
第1章 End
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