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Vanishing Point Re: Birth 第2章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに越したばかりの三人は医者を呼ぶが、呼ばれてきたのは上町府うえまちふのアライアンスに所属しているはずの八谷やたに なぎさ
もう辞めた方がいいと説得する渚だが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
何故か千歳が気になる辰弥たつや鏡介きょうすけは「一目惚れでもしたか?」と声をかける。
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。

 

  第2章 「Re: Quire -要求-」

 

 ALS治療薬開発のニュースに、辰弥たつや鏡介きょうすけを見る。
 「日翔あきとを治療できるかもしれない」その期待と「でもこの薬ですら効かなかったら」の不安がせめぎ合う。
 しかし、治療薬が開発されたということは筋萎縮性側索硬化症ALSは克服可能な病となった、ということ。この薬が効かない、そんなことがあるはずがない、手に入れればきっと日翔は元気になる、そう、辰弥は自分に言い聞かせた。
 元からALSは治療不可能な病気ではない。しかし、その「治療」とは全身を義体に置き換えるということであり、生身のままで病を克服することは不可能だった。
 ALSの発症原因ははっきりとしていない。それゆえそれを「発症前から予防する」ことはできなかったが運動ニューロンのダメージによるものだとは言われている。今回の新薬も、その運動ニューロンのダメージを抑えるものなのだろうか。
 いずれにせよ、希望は見えた。
 日翔の余命宣告がいつまでかは本人が口を割らないため辰弥も鏡介も知らない。しかし、この薬を入手してしまえば。
「近く、治験をするって?」
 そう、鏡介に問うた辰弥の声は震えていた。
 治験が行われるなら、それに割り込ませたい。治験で効果ありと認められて一般販売に至るにはいくら認可スピードが飛躍的に上がったとはいえ最低でも数ヶ月はかかる。そんなにも待っていられないし日翔がそれまで保つという保証もどこにもない。
 それは鏡介も同じだったようで、既にキーボードスクリーンに指を走らせている。
「……治験は各巨大複合企業メガコープにプロモーションも兼ねて実施するつもりか……どこかに割り込ませられないか? リストは……」
 そんなことを呟きながら鏡介がせわしなく視線を動かしている。
 それを見ていた辰弥がふと口を開く。
「……ねえ、鏡介……」
「どうした?」
 こういう時の辰弥が全く関係のない話を振ってくることはない。
 治験について、何か思うところがあるのかと鏡介は一度手を止めて辰弥を見た。
「……このこと、日翔に伝えた方がいいのかな」
 ぽつりと呟かれた言葉。
 鏡介がはっとする。
 今、日翔は昼寝をしている。当然、このニュースはまだ見ていない。
 当事者である日翔にこそ真っ先に伝えるべきニュースではある。
 しかし。
 伝えていいのか? そんな疑問が鏡介に浮かぶ。
 伝えるべき、それは確かにそうだ。
 だが、治療薬開発の報は確かに大きいが、それが確実に日翔の手に届くとはまだ言えたものではない。「治療薬が開発されたらしい」と希望を持たせるだけ持たせてそれが手に入らないという絶望を、味わせるわけにはいかない。
「……今は、まだ言わない方がいいかもしれない」
 苦しそうに鏡介が答える。
「治療薬の開発は確かに日翔にとって希望の光だ。しかし、それが日翔に間に合うかどうかは別の話だ」
「……それは」
 確かにそうだ、と辰弥も頷く。
 これが近々日翔に確実に手渡せる、というのであればすぐに伝えるべきだろう。逆に、それができないのであれば日翔に伝えるべきではない。
 日翔本人がそのニュースを耳にしてどうしても手に入れたい、と言うのであればその段階で伝えた方がいいかもしれない。
 「今、手配のために奔走している」と。
「……そうだね、日翔には黙っておこう。手に入ることが確実になった時に、日翔に伝えた方がいい」
 ああ、と鏡介が頷き、再びキーボードスクリーンに指を走らせる。
「……辰弥、」
「……何」
 辰弥の黄金きんの瞳が鏡介を見据える。
「俺も自分の伝手を使って打診できそうなところに打診するつもりだが、流石にメガコープに潜り込ませるほどのコネはない。だから、あまり期待しないでほしい」
 俺にできることはこれだけだ、と鏡介が悲痛な面持ちで呟く。
 右腕と左脚は義体化したし、右腕には反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアも搭載はしたがやはり人に銃を向けることには抵抗がある。その点では現場に立っても足手まといにしかならない。
 そんな鏡介ができることと言えばハッキングと、ネットワークの伝手を利用したサポートくらいだろう。
 今回も、正攻法では薬を手に入れることは難しい、と彼は考えていた。非合法に入手するには誰かの死は避けられないだろう。それが嫌なら日翔に死ねというしかない。
 それが嫌だったから、誰よりも日翔を助けたいと思ったから、鏡介は自分が持てる全ての伝手を使って薬の入手を遂行するつもりだった。もし、それができなければ。いや、それでも入手できる可能性は低い。
 そこまで考えてから、俺はどうしてここまで、と考える。
 確かに日翔との付き合いは長い。もう五年――六年近くになるだろうか。
 はじめ、すばるから日翔を「ラファエル・ウィンド」に受け入れると言われたときは反発したものだ。「素人を受け入れるのか」と。
 あの時の日翔は暗殺のあの字も分かっていない、ただ強化内骨格インナースケルトンの出力に任せて、しかも勢いあまって殺してしまうだけの素人だった。
 それを「義体チェックに引っかからないから暗殺者向けだ」と言って受け入れ、鍛え上げたのは昴本人だった。日翔と鏡介は反発しあいながらもそれでは共倒れすると理解し、手を組んでいた。
 その関係が大きく変わったのは日翔を「ラファエル・ウィンド」に受け入れてから一年ほど経過した時だっただろうか。
 梅雨真っ盛りの時期、特に雨が強かった日に日翔は一人の少年ともいえる青年を連れて帰ってきた。
 名前を聞いても分からない、どこから来たと聞いても憶えていないという紅い眼の青年を日翔は放っておけなかった、と言う。
 鏡介は「暗殺者が野良猫を拾うように人を拾ってくるな」と昴に口封じも進言したが当の昴は面白そうに「落ち着くまでは日翔が面倒を見てやれ」と言い、結局日翔の家に住まわせることにした。
 それが現在の辰弥であるが、今思えば日翔も何か気付いていたのかもしれない。
 辰弥名も無き青年がただの人間ではないということを、そして数年のうちに死ぬだろう自分の代わりに「ラファエル・ウィンド」の戦力となるのではないか、と。
 実際、辰弥は暗殺者として申し分ないポテンシャルを秘めていた。早い段階でそれが発覚し、辰弥も「ラファエル・ウィンド」の一員として受け入れられることになった。
 その時から鏡介の、日翔を見る目が変わった。
 実際は考えなしなのかもしれないが何かを嗅ぎ取る勘は人並み以上だと。
 そして、日翔のお人好しが最強のカードを引き当てたのだ、と。
 ただのバカではない、そう思った鏡介は時折忠告は行うものの日翔に一目置き、接するようになった。
 それから四年。
 辰弥は人間ではなくLEBレブと呼ばれる生物兵器であることが判明し、御神楽みかぐら財閥有するPMC「カグラ・コントラクター」に連行されたことで全ての歯車は噛み合い、現在に至る。
 四年の間に昴は狙撃されて生死不明、日翔が勝手にチーム名を「グリム・リーパー」に変更ということもあったが四年も共に過ごせば三人はそれなりに信頼関係を築いていくわけで。
 そんな関係だったからこそ鏡介はいつしか日翔も辰弥も大切な仲間だと認識するようになっていた。そうでなければ辰弥が拘束された際に腕と脚を捨ててまで助けに行くはずがない。
 そこで、鏡介はふと考えた。
 ――俺は辰弥と日翔、どちらのために?
 日翔が助かればいい、それは確かに思っている。本心なのは間違いない。
 しかし、それと同時に「日翔が助かることで辰弥が喜べば」という思いがあることにも気が付いた。
 自分は日翔が助かってほしいために新薬を欲するのか、それとも辰弥に喜んでもらいたいために新薬を欲するのか。
 どちらだろう、と鏡介は考える。
 この二つは同じようで全く違う。
 そこで思い出す。
 ノインに日翔が連れ去られた際。辰弥は「日翔の命か俺の命か選択しろと言われたら俺はどっちを選ぶと思う?」と鏡介に訊いた。
 それは同時に鏡介にその選択を委ねていた。
 あの時、結局答えを出すことはできなかった――いや、最終的に日翔を選んでしまったが、今改めて「辰弥か日翔か」を考えて、鏡介は小さく首を振った。
「……鏡介?」
 不思議そうに辰弥が呼ぶが、鏡介はもう一度首を振る。
 そんなもの、選べない。
 辰弥も日翔も今ではどちらも手放せない仲間だ。
 手放すくらいなら自分は別にどうなってもいい。
 あの時のような選択はもうしたくない。
 あの時、辰弥はもう助からないと諦め、日翔を選んだ。
 あれから、見殺しにしたと思った辰弥が戻ってくるまでの日々は思い出したくもない。
 それほどの思いをしていたのだ。
 だから、どちらかを見捨てるといったことはもう二度としたくない。
 その思いもあるのだろうか、「ALSの治療薬を手に入れたい」と思うのは。
 それが日翔のためなのか辰弥のためなのかは今は考えない方がいい。
 最終的に日翔が快復し、それで辰弥が喜べばいいのだ。
 す、と左手を伸ばし、鏡介が辰弥の頭に手を置く。
 ポンポンと頭を叩き、安心させるように笑う。
「だから子供扱い――」
「必ず、手に入れよう」
 ALSの治療薬を。日翔の未来を。
 うん、と辰弥が頷く。
 こんなところで日翔を死なせるわけにはいかない。本人はもう諦めて自分の運命を受け入れているのかもしれないが、そんな運命を受け入れさせたくない。
「……俺にできること、ある?」
 辰弥の問いに鏡介は少し考え、首を振る。
「今はまだお前の力を借りるときじゃない。第一段階で入手できないとなった時に、お前の力を借りることになる」
 そうならなければいいが、そう呟きつつ、鏡介は辰弥の頭から手を放した。

 

 ALSの治療薬の治験はメガコープへのプロモーションも兼ねて行われる。
 そのため、日翔をその治験に割り込ませるにはメガコープとのつながりが重要となる。
 しかし、鏡介にはメガコープとのコネはない。あるのは師匠とのつながりから広げたハッカーのネットワークのみ。
 そのネットワークの中に、メガコープとつながりを持っている人間、またはメガコープに所属している人間はいないだろうか。
 もし、そんな人間がいれば話は早い。何かしらを餌に交渉すればいいし、いざという時はハッキングで話を付ければいい。当然、リスクは負うがそれくらいの覚悟がなければ日翔を治験に割り込ませることはできない。
 そう思い、ネットワークの海を巡回するがメガコープとつながりがあるハッカーも一部のメガコープの表層のサーバから情報をちょろまかしている程度しか出てこない。
 それはそうだろう。メガコープも自身の企業所属のハッカーを有しており、彼らは一様に企業に忠誠を誓っているが故にそこにいるのだ。ハッカーのコミュニティでおいそれと情報を流すわけもない。
 とすれば、「お抱えハッカーを打ち破ったウィザード級ハッカー」としてメガコープに登用される道はある。その際に登用条件として「日翔を治験に参加させる」を提示してやればいいと言う考え方もあるかもしれない。
 だが、それは無理だろう。先に思案した通り、メガコープのハッカーはその忠誠を信じてこそお抱えにするのである。これまでずっとフリーで活動してメガコープと戦いもした自分を信用するメガコープがいるとは思えない。
 ネットワークの世界で黒騎士シュバルツ・リッターを知らないハッカーがいればそれはモグリか新人ニュービーかと言われるくらいには有名な鏡介故に、登用を狙うのは却って難しかった
 だから、鏡介は自分がメガコープお抱えのハッカーになるという道は最初から捨てていた。母親のようにメガコープに登用されても仲間を捨てろと言われることだってある。そう言われて仲間を捨てるくらいなら自分の脳が焼かれた方がマシだ。
 そう考え、一旦ハッカー仲間の線を捨てて治験の対象者リストを洗ってみよう、と鏡介は生命遺伝子研究所のサーバに侵入した。
 メガコープに属さない中小企業なのでサーバのセキュリティは大したことがない。
 易々と内部に侵入し、鏡介はデータを確認した。
 流石にALS治療薬の開発データはグローバルネットワークに接続していない開発サーバに保管されているのだろうがそれでも治験のスケジュール等は各メガコープに公開する都合上グローバルネットワークに接続されたサーバに保管されている。
 治験のスケジュールに目を通す。
「……」
 治験の日程は第一回が数か月後。日翔の余命宣告があとどれほどかは分からないが間に合ってほしい、という願いが先に立つ。この日程を逃せば日翔は助からない。
「リストは……」
 キーボードに指を走らせ、リストを探し出す。
 GNS電脳経由でハッキングするときに使うキーボードスクリーンよりも使い慣れた物理キーボードの手ごたえ、打鍵音に集中を高めながらより深く、防壁迷路の奥へと突き進んでいく。
 しかし、いくら探してもリストは見つからない。
 どういうことだ、と治験に関する資料を漁る鏡介の視界にとある文言が映り込む。
『治験者リストに関しては漏洩及び改ざん防止のため、口頭で受諾した被験者名を開発室の紙リストに手書きすること』
「な――」
 鏡介が呻く。
 駄目だ、その方法でリスト管理をされてしまうと手も足も出ない。
 「口頭で受諾した」がGNSの通話もOKならまだ発信者を偽装して割り込ませることもできるかもしれないがそんな一回のやり取りで通るはずがない。何度もやり取りすればどこかでボロが出る。それに生命遺伝子研究所側もそれくらいは対策しているだろう。PRも兼ねているのだ、メガコープの社員と直に顔を合わせてのやり取りくらいするはずだ。
 詰んだな、と鏡介は唸った。
 治験に割り込ませるならどうしてもメガコープとのつながりが必要になる。
 しかし、そんなつながりが一介の暗殺者にあるはずがない。
 他に手はないか、と考えつつ鏡介は一度生命遺伝子研究所のサーバから離脱した。
 ふぅ、と息を一つ吐き、傍らに置いていたゼリー飲料のパックを手に取り封を切る。
 パウチに入ったゼリー飲料を一息に流し込み、首を振った。
「……a.n.g.e.l.エンジェル、お前はどう思う?」
『一番確実なのは特殊第四部隊の御神楽 久遠くおんに連絡を取ることだと思いますが』
 鏡介の脳内で声が響く。
 鏡介のGNSに搭載された随行支援AI「a.n.g.e.l.」。
 かつてはカグラ・コントラクター特殊第四部隊、通称「トクヨン」の随行支援AIとして使用されていたそれを鏡介は辰弥救出の際に入手していた。
 現在はトクヨンとのリンクを切断し、独自に情報収集、鏡介の作戦立案を補助するサポーターとして稼働している。
 そのa.n.g.e.l.が単刀直入に一番確実そうな答えを出してきて、鏡介は眉間に皺を寄せる。
 その線は考えていなかったと言えば嘘になる。
 御神楽財閥であればこの新薬の販売権を獲得し、一般販路に乗せることも容易だろう。それに辰弥のことで一度は関わり、一般人になる道も提示されたのだ。
 だが、それだけはできない話だった。
「……今更御神楽に頭を下げろというのか? 日翔を助けたいから俺たちを一般人にしてくれと?」
『それが一番確実な方法です。それに、貴方も裏社会から足を洗うことができる、「グリム・リーパー」にとってはメリットしかない話だと思いますが』
 a.n.g.e.l.の提案に鏡介が首を振る。
 それはできない。
 確かに久遠は辰弥を一般人にする条件の一つとして日翔と鏡介も一般人にすると提示した。それを蹴ったのは日翔と鏡介である。今更「日翔のために一般人にしてください」と頼むわけにもいかない。第一――。
「……御神楽に辰弥の生存を知られるわけにはいかない」
 日翔と鏡介が今こうやって自由に生きているのは御神楽が「辰弥エルステは死亡した」と認識し、その遺志を継ぐためにも御神楽は二人を敢えて見逃した。
 辰弥もそれを知っている。その上で、辰弥が「日翔のために」自分を御神楽に捧げるという選択肢を取るかどうか。
 ……いや、辰弥にそんな選択肢を選ばせたくない。確かに彼を一般人として生活させるのは鏡介も望むところではある。しかし、その条件が「御神楽の監視下で」となるなら、それは本当に自由だといえるのか。
 そう考えつつも、鏡介は辰弥にこの話をすれば迷うことなく御神楽の庇護を乞うのではないかという確信があった。
 元々辰弥はそういう奴だ。仲間のためであれば自分の幸福などいとも簡単に手放してしまう。
 折角御神楽の監視からも離れて自由になった辰弥にその選択をさせるのか、と鏡介は自問した。同時に、この可能性だけは辰弥に示唆できない、と考える。
 やはりa.n.g.e.l.が提案する「御神楽に庇護を求める」案だけは受け入れられない。それにいくら御神楽が最大規模のメガコープであっても必ず新薬の販売権を得られるとは限らない。実際、他のメガコープに利権を奪われたと思しき案件も過去に存在する。
 だが、それでも御神楽が販売権を得られる可能性が高いのは、やはりその資本力を使った買収力だろう。
「ん、買収?」
 同じことを考えるメガコープは御神楽だけではないはずだな、と鏡介は気付いた。
 それなら、と鏡介は再度治療薬開発のニュース周りを調べ始めた。
 ALSの治療薬という大きな餌に食いつかないメガコープはあまりないだろう。御神楽をはじめとして多くのメガコープがその治療薬の独占販売権を得るために動くはず。
 実際、数多くのメガコープが治療薬の販売権を得るために水面下で動き始めていた。既に企業の買収交渉が始まっており、複数企業からかなりの金額が提示されている。
 現時点では鏡介の予想通り御神楽財閥が最高額を提示しているが、履歴を見る限り他にも複数のメガコープがその金額を更新している。
 場合によってはメガコープ同士手を組んでの入札も行われているだろう、単独で入札している御神楽には少々不利な状況のように見える。
「最有力候補は……」
 提示額を一つずつ確認する。いくつものメガコープの名前が連なる中、その中でもかなりの額を提示しているのが「サイバボーン・テクノロジー」と「榎田えのきだ製薬」の二社。積極的に近い額を提示しているメガコープへ企業間紛争コンフリクトを仕掛けている様子で、御神楽と並び三強に近い状態になっている
 現時点ではまだ初期段階、まだ臥龍が存在する可能性も否めない。しかし「サイバボーン・テクノロジー」は軍需産業上位とはいえ他の企業を買収して医薬品販売にも手を出している。対する「榎田製薬」は桜花最大手の医薬系企業。単純な医薬品の販売だけを見れば「サイバボーン・テクノロジー」はもちろんのこと、「御神楽財閥」ですら上回っている。
 ハッカーとしてメガコープに所属するのが難しいのであれば暗殺者として取り入るのはどうだ、と鏡介は考えた。
 上町府うえまちふ暗殺連盟アライアンスはメガコープの依頼を受けることに危機感を覚えていたためかつながりは薄かったが武陽都ぶようとのアライアンスはそうではないらしい。転属当初、まとめ役から「メガコープからの依頼を受けることもある、上町府よりは危険なことになるから覚悟はしておくように」と言われている。
 逆に考えると、アライアンスをうまく利用すればどこかのメガコープとの繋がりを作ることもできる。あわよくばメガコープお抱えの暗殺者になることも可能だろう。
 そうすれば依頼難易度は跳ね上がるがその分報酬はいい。ある程度稼いだところで暗殺家業から足を洗い、一般人として生きることもできると言われている。
 それを利用し、メガコープにうまく恩を売ることができれば、もしかすると治験のリストに割り込ませてもらえるかもしれない。
 そもそもALSは国指定難病ではあるが患者がべらぼうに多い病気ではない。確かに最近の統計を見れば約一億人余りいる桜花の人口に対して一万人程度らしいがその全てがメガコープと繋がりを持っている人間とは限らない。もちろん、治験への参加権利を持つメガコープの社員の家族がALSだった場合、優先的に治験への参加を認められるのだろうがそれでもメガコープによっては空席もあるかもしれないしその空席を買い取る企業もあるかもしれない。
 そう考えればどこかのメガコープと繋がりを持ち恩を売ることでその空席に日翔を割り込ませることは不可能ではないだろう。尤も、自分たちもそれ相応の働きを見せる必要はあるだろうが。
 分かっている、御神楽を利用した方が確実だということくらいは。
 しかしそれでも辰弥の生存を報せ、その自由を奪わせるわけにはいかなかった。
 それではまた日翔を選んでしまうことになる。
 もちろん、メガコープに恩を売って治験の権利を譲ってもらうことがリスキーで、確実ではないということも理解している。治験に割り込ませることができなかった場合、自分の選択が辰弥一人を選んでしまうことになるということは鏡介も理解していた。
 それでも、確実にどちらか一方を選ぶのではなく、全員が幸せになるかもしれない方法に鏡介は賭けたかった。
 御神楽に助けを求めない、と選択した時点で鏡介はここからは独断で決めるわけにはいかない、と考えていた。
 自分にできることは可能性の高い選択肢を見つけ出し、辰弥と話し合うこと。
 現時点で見えた選択肢は「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田製薬」に取り入って治験の権利を得ること。
 鏡介は回線を開いた。
(……辰弥、)
 今の時間、辰弥は自室でレシピ本でも読んでいるだろう。日翔は昼寝をしているはずだ。
 最近の日翔は昼寝の時間が増えた。それがALSの進行によるものかどうか、と考えると実際そうなのだろう。強化内骨格インナースケルトンで健常者と変わらない動きができるといっても肉体自体はもうかなり弱っているはずである。
 日翔が昼寝をしているなら都合がいい。話を知られずに済む。
《どうしたの?》
 辰弥が応答する。
(治験について、今話せるか?)
《大丈夫、話せる》
 辰弥の言葉に、鏡介は最初に「すまない」と謝罪した。
(やはり、俺のコネだけでは日翔を治験に割り込ませることは難しい。そうなるとお前の力を借りることになる)
 鏡介のその言葉は辰弥の想定の範囲内だったのか、たった一言「そう」とだけ返ってくる。
《大丈夫だよ。鏡介一人に負担をかけたくなかったし》
(すまないな。そこで相談だ。日翔に治験を受けさせるためには正規の手段でどこかのメガコープの力を借りる必要がある)
《でも、そんなコネは俺たちにはないよ?》
 辰弥の言う通り、現時点で自分たちにメガコープとのコネはない。
 そこでだ、と鏡介が言う。
(現在買収交渉で企業間紛争中のメガコープに取り入り、治療薬の独占販売権の獲得を協力する代わりに治験への参加を要求する)
《なるほど》
 それなら確実性が高いかもしれない、と辰弥が頷く。
 時間はあまりない。なぎさがあの時自分たちを退席させたことを考えると日翔に残された時間は一年もないかもしれない。
 鏡介から送られた治験のスケジュールを見ながら、辰弥が「それで」と尋ねる。
《どの企業に取り入るつもり?》
(最有力候補は『サイバボーン・テクノロジー』か『榎田製薬』だ)
《御神楽じゃないんだ》
 辰弥としては最有力候補は「御神楽財閥」だと思っていたらしい。
 鏡介がそうだな、と頷く。
(今回、御神楽は狙い目ではないと判断した。いくら御神楽が最強の企業であったとしても『サイバボーン』か『榎田』がかなり深くまで食らいついている、狙うとしたらこのどちらかに取り入って治療薬の専売権を入手させた方がいい)
《なるほど》
 御神楽が最有力候補から外れていることに何か気付いたのか、それとも鏡介の判断を信じたのか、辰弥が納得したように頷く。
《鏡介が御神楽を候補から外したならそれに従う。もし御神楽が最有力候補だと言うならそれに従ったつもりだけど》
(……)
 鏡介が一瞬、口を閉ざす。
 辰弥はどこまで察しているのだろうか。
 それでも鏡介が御神楽を選ばなかったことに疑問を呈することもなく従う、という。
 それに感謝の念を抱きつつも、鏡介は内心「すまない」と謝罪していた。
 自分が誰かと繋がることなく一人でいたばかりに。
 こんな状況で、人との繋がりの大切さを思い知ってしまうとは。
 思考が逸れかけて、鏡介は首を振って意識を戻す。
(で、どちらがいいと思う?)
《『サイバボーン』か『榎田』か……》
 俺にはどちらがいいかよく分からない、と辰弥がこぼす。
《だから、鏡介の意見をまず聞かせてほしい》
(そうだな……)
 辰弥に言われて、鏡介も考える。
 「サイバボーン・テクノロジー」は軍需産業の大手。対する「榎田製薬」は桜花での医薬品シェア一位。
 ぱっと考えるだけなら「榎田製薬」が新薬の専売権を得る可能性はかなり高い。敵対的買収ではなくあくまで合意の上での買収が行われる場合、生命遺伝子研究所も販売実績の高い企業を選ぶ可能性が高いからだ。
 だがメガコープの買収合戦はそんな簡単ではない。他社に買収される前にその他社を攻撃するのは日常的な光景だ。
 とすると、そこに自分たち暗殺者が割り込む余地は、と考えて企業のパワーバランスを見る。
 「サイバボーン・テクノロジー」は軍需産業大手だけあって独自の装備を備えたPMCを有しており、実力行使にあたってはかなりの力を持っている。
 反面、「榎田製薬」は独自の軍事勢力は持っていないが桜花での活動に関してはその資金力に物を言わせて外部のPMCを雇うかアライアンスなどを利用し、「榎田製薬による犯行」と分からないように暗躍している。実際、メガコープが絡んでいるらしいがどのメガコープの仕業か分からない、という事件も多発している。「榎田製薬」のように外部の戦力を利用しているメガコープは一定数存在するため、暗躍するにはうってつけの手段である。
 それを辰弥に説明すると、彼は「うーん」と低く唸った。
《単純に考えて『榎田製薬』の方が取り入りやすいとは思うけど、取り入りやすいってことはその分使い捨てられやすい、とも言えない?》
(それはそうだな)
 辰弥の指摘通り、独自の戦力を持つ「サイバボーン・テクノロジー」よりも「榎田製薬」に取り入る方が難易度が低い。
 しかし、同時に外部戦力に頼る「榎田製薬」は使えないと思ったチームは即座に切ることも、用済みだと判断したチームを切ることも考えられる。
 それこそ、「自分たちに擦り寄ってくるチーム」と認識して空約束だけして最終的に切り捨てられる可能性が非常に高い。
 そう考えると独自の戦力を持っているが「サイバボーン・テクノロジー」に取り入った方が約束を守ってもらえる可能性が高い。また、企業規模だけで言えば「サイバボーン・テクノロジー」の方が大きいため今回の競争に勝てる可能性が高い。
(……お前の言うことを考慮すれば、『サイバボーン』に賭けたほうが分は良さそうだな。しかし、『サイバボーン』は独自で戦力を持っている、俺たちが割り込むには難しいぞ)
《でも、『サイバボーン』だって独自の戦力では不都合な場合もあるんじゃないの? 前だって『ワタナベ』は独自の戦力を持ってるのにアライアンスを利用したじゃん。それと同じことを『サイバボーン』がしてないとは思わない》
(……なるほど)
 鏡介が上町府にいた時のことを思い出す。
 あの時は「サイバボーン・テクノロジー」を妨害すべく「ワタナベ」がアライアンスと契約してその戦力を利用した。しかも、上町府のアライアンスはメガコープとのつながりを忌避していたにもかかわらず依頼人を偽装する、という形で。
 独自の戦力を持つメガコープであっても、その戦力を使うことに不都合を感じることもある。それは「サイバボーン・テクノロジー」も同じだろう。
 つまり、それを利用して「サイバボーン・テクノロジー」お抱えのフリーランスになれば、そして治療薬の独占販売権を得る手伝いをすれば。
 分かった、と鏡介は頷いた。
(それなら『サイバボーン・テクノロジー』に取り入る方向で行こう。――なに、心当たりは一つある)
《……真奈美まなみさん?》
 「その名前」が出た瞬間、鏡介は一瞬苦そうな面持ちになった。
 覚えてやがったのか、という悪態が口をついて出かかるが事実なので黙っておく。
(……ああ、母ならまだ口添えしてくれる可能性はある)
《『母さん』か……》
 何やら思案気に辰弥が呟く。
 三人の中で、唯一生存が確認されている肉親。
 日翔の両親は彼にインナースケルトンを埋め込んだことが原因で殺されているし辰弥にはそもそも親が存在しない。鏡介だけ、母親の生存が確認されていたし、何ならその命を救っている。
 そんな鏡介の母親、木更津きさらづ 真奈美は都合のいいことに「サイバボーン・テクノロジー」のCEOの秘書という立場にいた。
 真奈美は鏡介がまだ幼いころに彼を捨てて「サイバボーン・テクノロジー」に入社したという過去があったが彼女はずっと鏡介を探し続けていた。見つかった暁には一緒に暮らしたいという希望も口にしていたがそれを聞いた鏡介はその手を取らず、辰弥と日翔を選択した。
 だから鏡介としてはあまり関わりたくない人間ではあったがそれでも使える手は使った方がいい。
(とりあえず、母に連絡は取ってみる。)
 了解、と辰弥が返し、鏡介が「話はこれだけだ」と通話を切ろうとし――
(しかし、『サイバボーン』に取り入るとなるとお前にもかなりの危険を強いることになるぞ。秋葉原あきはばらにも黙っておかないと後々面倒なことになりそうだな)
《そうだね。俺の負担は考えないで。日翔のためなら、俺は……》
(『日翔のためなら死ねる』とは言うなよ。日翔を助けるためにお前が死んだら本末転倒だ)
 辰弥の言葉を遮る。辰弥がバツの悪そうな顔をする。
(俺も、お前を喪いたくない。日翔もそうだ。俺たち三人で生きると決めただろう。だから、死んでもいいとは絶対に言うな)
《……うん》
 ごめん、と辰弥が謝った。
(三人で生き残って、薬を入手しよう)
 その言葉で、鏡介が通信を閉じる。
 通話画面を閉じ、目の前のディスプレイに虚ろな視線を投げ、鏡介はぽつり、と呟いた。
「……三人で、は嘘だな」
 鏡介としては日翔と辰弥が助かるのなら自分は死んでもいいと思っていた。
 二人と違って現場に出ることはほぼない鏡介だが、GNSを利用したハッキングの場合は一つのミスが致命傷になる。そんなへまをするほど中途半端な腕ではないという自負があったが今回の治療薬の調達に関しては恐らく裏で色々工作することもあるだろう。
 その途中で不測の事態が起こったら。
 それでも、鏡介は二人に生きてもらいたいと思った。
 せめて、日翔に薬は届けたい。
 それができるのなら、自分の命くらい安いものだ。
 元々幼いころに死んでいた命、師匠に拾われたから助かったようなものだ。今更惜しくもなんともない。
 ――日翔は必ず助ける。
 そう、口にせず呟いた鏡介の視線はいつもの鋭さを取り戻していた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 真奈美のGNSに着信が入る。
 発信者は――黒騎士シュバルツ・リッター
 あら、と彼女は呟きつつも回線を開いた。
(貴方が連絡してくるなんて、珍しいわね。水城みずき君)
 鏡介から連絡が来るということはよほどの何かがあったということだろう。
 視界に鏡介の顔が映り込む。
《ああ、真奈美さん、久しぶり》
(久しぶりね、水城君。何かあったの?)
 鏡介が自分から真奈美に連絡したのは以前、辰弥がトクヨンに拘束されたときが最後である。その後、真奈美から連絡することはあったがそれでも軽く近況を話す程度だったしその頻度も高くない。
 だから鏡介からの連絡はよほどの緊急事態である、と判断できるだろう。
 鏡介がああ、と頷く。
《あんたもCEO直属の秘書なら情報は入っているはずだ。生命遺伝子研究所がALSの治療薬を開発したというニュース、聞いているよな?》
(ええ、『サイバボーン・テクノロジー』も専売権を得るために動いているわ。『榎田製薬』が今のところの最大の障害みたいだけど)
 おいおい、そんな内部事情をペラペラ話して大丈夫か、と思う鏡介だが真奈美としても鏡介が秘匿回線で繋いできていることくらいは把握している。盗聴の可能性はないと信じているのと、彼に対して大きな信頼を寄せている、ということだろう。
(……で、このニュースを持ち出してきたということは――『グリム・リーパー』も治験に興味があるの?)
《興味がないと言えば嘘になるな――治験の席を一つ、確保したい》
 単刀直入に鏡介が言う。
 なるほど、と真奈美は頷いた。
(誰かがALSに?)
《ああ、日翔が実はALSで……もう長くない。だから、今回の新薬に頼るしかない》
天辻あまつじ君、ALSだったの!?!? あれで、あの動き? 嘘でしょ!?!?
 思わず声に出しかけて真奈美が言葉を飲み込む。
 真奈美は「グリム・リーパー」の事情など全く知らない。鏡介が探し求めている自分の息子、正義まさあきであることすら気付いていない。
 そんな状態だから日翔がALSだと聞かされたのも驚きだった。
 同時に、仲間を助けたい一心で自分に声をかけてきた鏡介に「ああ、この子も優しいのね」と思う。
 しかし、いくらCEO直属の秘書である真奈美であっても治験に日翔を割り込ませる提案ができるほどの権限は持ち合わせていなかった。
 確かに現時点でプロモーションのための治験に誰を選抜するかの会議は行われている。候補は複数いて、そこに「サイバボーン・テクノロジー」と無関係の日翔を割り込ませるのは難しいだろう。
 一瞬沈黙した真奈美に、鏡介が「分かっている」と返してくる。
《あんたに、治験のリストに日翔を割り込ませろとは言わない。いや、言いたいが無償タダでやれとは言わない。ただ、頼みがある》
(頼みとは?)
 鏡介としても最初からただで割り込ませろと言うつもりはなかった。
 等価交換が当たり前の世の中、命を買うなら命を売るくらいのことはする必要がある。
《『グリム・リーパー』に『サイバボーン・テクノロジー』の仕事を受注させてほしい》
(……『サイバボーン・テクノロジー』には独自の戦力があるのよ? わざわざ外注することがあると?)
 ああ、と鏡介が頷く。
《いくら独自戦力があったとしても『サイバボーン・テクノロジー』が動いたという証拠を掴まれたくない裏の案件もあるはずだ。そういう仕事を、受注したい》
(それで実績を積んで、見返りとして治験の権利をもらいたい、と)
 再び鏡介が頷く。
《CEO付きの秘書であるあんたならそういった仕事の手配もやっているはずだ。だから、それを『グリム・リーパー』に回してもらいたい》
 鏡介の言葉に真奈美はため息を吐いた。
 確かに、自分は秘書でありながら社内に潜む企業スパイのあぶり出しや鏡介の言う通りCEOや専務の指示を受けて裏の案件を手配することも行っている。それゆえ命を狙われたのがあの時の依頼である。
 それを思い出し、「グリム・リーパー」の実力は本物だと思った真奈美は分かったわ、と頷いた。
(CEOに声をかけてみるわ。それでCEOが興味を持ったならそちらに依頼は回るはず。ところで……引っ越したって言ってたわよね? 武陽都だったかしら?)
《ああ、今は武陽都のアライアンスに所属している》
(分かった、依頼を出すときは『グリム・リーパー』指定で出すようにするわ。でもあまり期待しないで)
《できればいい返事が欲しいものだがな……》
 そう言い、鏡介が通話を切る。
 視界から消えた通話ウィンドウから視線を外し、真奈美はクスリと笑った。
「……私に頼って来るとは、可愛いところあるじゃない」
 もう十年以上も昔に捨てた息子が生きていれば鏡介くらいの歳だろう。いや、水城君が正義だったらいいのにと思いつつ真奈美は視界に映るウィンドウを操作した。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

「『グリム・リーパー』指定で依頼が入っています」
 そう、声をかけてきたのは武陽都アライアンスの連絡員だった。
 玄関先で鏡介がデータチップを受け取り、リビングに戻る。
「日翔、辰弥、依頼が入った。まず確認してくる」
 そう言いながら鏡介が自室に戻り、PCのスロットにデータチップを差し込む。
 ロードしたデータの中に動画ファイルがあったため再生する。
 映し出されたのは「サイバボーン・テクノロジー」のCEOでも真奈美でもない、神経質そうな男。
 せわしなさそうに手を揉みながら男が口を開く。
『これは「サイバボーン・テクノロジー」から「グリム・リーパー」諸君に向けての依頼です。全く、たかだか秘書の一人を守ったからといって仕事を寄越せとは強欲にも程がある』
 そんなことを言いながら男はまず自己紹介する。
『私は「サイバボーン・テクノロジー」医薬品販路担当部門の専務を務めるジェームズ・アンダーソンと申します。本来ならアライアンスの野良犬ごときに、しかも名指しで依頼を出すことなどあり得ないのですがね……ありがたく思ってください』
 そう、慇懃無礼な様子で話すジェームズ。
『まあいいでしょう、「グリム・リーパー」の諸君。今回は試験的に一つ依頼を出させていただきます。これを完遂したならその後も諸君名指しで依頼してもいいでしょう。まぁ、治験の権利を得たいのであれば頑張ることです』
 俺たちを下に見やがって、と苛立った鏡介だが実際自分たちの方が立場は下。下手に怒らせて治験の話を反故にされたくない。
『最終的に「サイバボーン・テクノロジー」が独占販売の権利を得た暁にはそちらの要求通り、諸君の仲間を治験のリストに追加してあげましょう。今の状況を鑑みるに、第一回の治験までには独占販売の権利は確定しているでしょうし』
 真奈美はどこまで話したのか。しかし、こちらの状況を把握しているのなら話は早い。
 ただの口約束でこのようなことを言うとも思えない。まず、今回の依頼を完遂して今後につなげることができたなら契約書でも取り交せばいい。
『今回の依頼は「生命遺伝子研究所」の研究主任の暗殺、そして研究データの破棄をしてもらいたい。ただし、それ以外のデータは決して削除しないように』
 「生命遺伝子研究所」の研究主任を? と鏡介が呟く。
 「生命遺伝子研究所」と言えばALS治療薬を開発した企業であるしその利権を巡って企業間紛争コンフリクトが起こっている最中ではないか。
 それなのにその研究主任を排除? どういうことだと考えるが深入りは禁物、と自分に言い聞かせる。
 深入りしていいことはない、何も考えず依頼を受けるだけだ、と映像に集中する。
『暗殺ターゲットの詳細は添付の資料を読むこと。まぁ、あまり期待はしていませんが――いい働きをしてくれることを期待していますよ』
 そこで映像は途切れ、資料が格納されたフォルダが表示される。
 フォルダの中身を確認し、ターゲットと「生命遺伝子研究所」の見取り図を見る。
(……仕事内容としてはそこまで難易度は高くないな。まぁ――厄介なものがあるとすれば巡回が武装しているらしい、ということと、当該施設は様々なメガコープの監視下にあることか……)
 そんなことを考えながら侵入ルート等の暗殺プランを立てる。
 一通り組みあがったところで鏡介は辰弥、日翔、千歳の三人に連絡を入れた。
(依頼が来た。今夜、打ち合わせをする)
《了解》
《おう》
《分かりました》
 三人が返答し、それから鏡介は辰弥に個別回線を開く。
(辰弥、)
《何、》
(「サイバボーン」から「グリム・リーパー」指定の依頼だ)
 辰弥にだけは報告しておいた方がいいだろう、と鏡介が説明すると辰弥はああ、と頷く。
《意外と早かったね。でも、見込みはあるの?》
(ああ、今回はまだテストみたいなものだがこれをクリアしたら他にも依頼を回す、独占販売権を得ることができれば日翔に治験の席を用意する、と)
 鏡介の言葉に、辰弥が安堵の息を吐く。
《鏡介、俺、頑張るから。絶対に、日翔に……》
(ああ、頑張ろう)
 鏡介も頷き、通話を閉じる。
 ――母さん、すまない。
 本来なら巻き込むべきではなかったかもしれない。
 しかし、日翔を助けるためにはこれしか方法はなかった。
 まず、第一段階は通過した。次はこの依頼をクリアして、さらにその次へとつなげること。それには辰弥の力はどうしても必要になる。
 ――辰弥、お前にも無理をさせるが耐えてくれ。
 日翔を助けたいと思うのなら。
 そう思いつつ、鏡介は目を閉じた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 当日。
 辰弥が「生命遺伝子研究所」の建屋の近くに身を潜め、いつもの癖でニュースチャンネルを開く。
《先日、逮捕された『ワタナベ・アームズ』の前社長の初公判が――》
 あの、辰弥が「カグラ・コントラクター」に拘束されるきっかけともなった「ワタナベ・アームズ」。
 「グリム・リーパー」の面々は詳しくは知らなかったが「ワタナベ」の中でも軍需産業に参入しようとした「ワタナベ・アームズ」の独断によりノインが捜索され、その結果辰弥をノインと誤認した特殊第四部隊が彼を拘束した。
 もし、この拘束がなければ御神楽は辰弥エルステの生存には気づかなかっただろうし拘束されることも、「グリム・リーパー」の面々が武陽都へ移住することもなかった。
 その点では「余計なことをした」企業ではあるが、今更どうでもいい。
 ざっくりニュースを聞き流してから辰弥は「生命遺伝子研究所」の建屋を見て、それから隣の日翔と千歳を見る。
 二人には今回の依頼について、自分たちから「サイバボーン・テクノロジー」に声をかけて融通してもらったものであるとは伝えていない。
 日翔に期待を持たせてはいけない、千歳を巻き込んだことに罪悪感は覚えるが黙って巻き込まない限り「個人の感情で危険な橋を渡るのですか」と反対されそうである。
 愛用のハンドガンTWE Two-tWo-threEを握り、辰弥が一度目を閉じる。
辰弥BB、大丈夫か?》
 日翔が心配そうに辰弥の顔を覗き込む。
「……大丈夫だよ、日翔Gene
 日翔に心配をかけまいと辰弥が目を開け、黄金きんの瞳で彼を見る。
《……やっぱ、慣れないな、金の目って》
 ふと、そんなことをぼやき、日翔もネリ39Rを握り締めた。
「無駄話している暇はありませんよ。時間です」
 時計を確認した千歳が二人に声をかける。
 分かってる、と辰弥は頷いた。
《時間だ。セキュリティを落とせる時間は三十分、それまでに離脱しろ》
 鏡介の言葉と共に三人に視界にタイマーが表示される。
 物陰から飛び出し、三人は建屋に向かった。
 鏡介がロックは解除しているので侵入自体は容易。
 確かに建屋内部には新薬の専売権を得るために提供したのだろう、複数のメガコープの武装兵が巡回している。
 その排除も鏡介が辰弥のGNS経由でデータリンク切断のウィルスとHASHハッシュを送り込み、弱体化したところで辰弥と千歳が行う。
《BB、俺だって》
 俺だって戦える、と前に出ようとする日翔を辰弥が片手で制する。
(Gene、君は体力を温存してて。今よりも多分離脱の方が難しいから)
 侵入が察知されない限り自分たちに危険はない。
 しかし、対象を排除しての離脱はこれだけの警備を考えると、いや、ターゲットの死亡やデータの削除を察知するシステムくらいは構築してある可能性を考慮すると離脱の方がはるかに危険。
 それを考えると日翔は温存しておいて離脱で戦闘になった際に投入するのが無難。
 そう、説明すると日翔は不承不承ながらも頷いた。
《分かった、だが後方は警戒しておくからな》
 その言葉に辰弥が頷き、さらに奥へと進む。
《……Bloody BlueBBさん?》
 警戒しながら奥へ進む途中で、不意に千歳が個別通話を繋いでくる。
秋葉原Snow、どうしたの?)
 「仕事」中に千歳が個別通話を繋いで来たことに疑問を覚え、辰弥が応答する。
《どうしてGeneさんを連れてきたのですか》
 これくらい、私とBBさんの二人でも大丈夫でしょう、と言う千歳に辰弥が一瞬沈黙した。
 どうして日翔を連れてきたのか。
 それは彼がまだ動けるからに決まっている。借金が残っている以上、完済までは働く必要がある。
 確かに日翔の借金を辰弥と鏡介が肩代わりする、ということも何度か話し合った。
 しかし、それでも日翔は言ったのだ。「自分で完済したい」と。
 その完済がどうしても間に合わず、動けなくなった時に限り、お前たちが望むなら肩代わりしてくれ、という日翔の希望で辰弥も鏡介も今回の「仕事」に日翔を連れてきた。
《はっきり言って、Geneさんは今はまだ動けるかもしれませんが近々足手まといになります》
(Snow、言葉を選んで)
 足手まとい、それは事実だ。
 今はまだ問題ないかもしれないが、いずれは「仕事」中に壊してはいけないものを壊したり倒れたりするかもしれない。そうなれば確実に足手まといだ。
 それでも、日翔が望む限りは現場に出したい、日翔がミスをしても俺がカバーする、と辰弥は考えていた。
 千歳の言うことも分かる。暗殺の仕事にミスは許されない、ミスは致命的だということも。
 それでも、辰弥は日翔を「仕事」から外すことはできなかった。
 ふと、ここ数巡を思い出す。
 上町府にいた頃よりも日翔は倒れることが多くなった。
 別に意識を失うわけではなく、ほんの一瞬、力が入らなくなってよろめく程度のものだったがそれが「仕事」中に起きれば問題である。
 まだ何事もない移動中ならいいが戦闘中に起こった場合、辰弥は本当に日翔をカバーできるのか。
《Geneさんを外すべきです。BBさんだって仲間のミスで死にたくないでしょう?》
 千歳の言葉の一つ一つが辰弥に突き刺さる。
 いや、最後の言葉だけは同意できなかった。
 日翔のミスで死ぬならそれは自分の責任だ。日翔の希望を聞いて現場に立たせたという。
 それにいくら「二人でできる」と言われても辰弥は千歳と二人きりで現場に立ちたくなかった。
 何故かは言語化できない。ただ、漠然とした不安が千歳との二人での仕事を拒絶する。
 取り返しのつかないことが起きた時、自分は千歳に対してどういう感情を抱くのか、それが純粋に怖い。
(……Geneは外さない。動けるなら、動けなくなるまで働かせる)
《どうして》
(それが本人の希望だから)
 きっぱりと言い切り、辰弥が通路の先の巡回を射殺する。
(今は雑談してる時じゃない、集中して)
《……分かりました》
 不服そうな声で千歳が答えるものの、辰弥の言う通りなので素直に引き下がる。
 そのまま無言で三人は研究室の一室にたどり着いた。
 鏡介のハッキングでロックを解除、内部に侵入する。
 「サイバボーン・テクノロジー」からの資料通り、そこでターゲットがコンソールを前に座っていた。
 資料では今日のこの時間、ターゲットは当直で、研究室にいる、と記されていた。本当にその通り、ターゲットがいる。
 素早く周りを見るが夜日の深夜、ターゲットは一人だけで護衛がいる気配もない。ちら、と天井に視線を投げると侵入者を検知して発砲する据え置き銃座タレットが目についたが館内のセキュリティは既に鏡介が沈黙させていたためうんともすんとも言わない。
 室内に侵入し、千歳がデザートホークをターゲットの頭に向ける。
 ターゲットは報告書の作成か何かに集中しているようで、辰弥たちの侵入に気づいていない。
 そのまま、千歳は引鉄を引いた。
 銃声と共にターゲットの頭が弾け、頭部を失った死体がコンソールに倒れ込む。
 無言でその死体をどけ、辰弥がうなじのGNSボードからケーブルを伸ばした。
 ケーブルの先端をポートに差し、鏡介に連絡する。
《了解した、少しだけ待ってくれ》
 鏡介が辰弥経由でサーバに侵入、該当データを削除する。
 以前グローバルネットワークに接続されているサーバに接続した時と変わらないセキュリティをあっさりと突破し、鏡介はちら、と削除されるデータを見た。
 別に鏡介は医学に通じているわけではないので消しているデータが何なのかは分からない。それでも時折見える病名にALSとは無関係のものらしい、と判断する。
 「サイバボーン・テクノロジー」がALS治療薬の専売権を得られないからその妨害工作でデータを削除するわけではない、と判断し、鏡介が息を吐く。
 これで治療薬のデータを削除していた場合、「サイバボーン・テクノロジー」は約束を反故にするどころか自分たちの希望を打ち砕くことになる。
 流石にそのような不義理は働かないか、と思いつつ、念のため今回のターゲットの担当範囲を見る。
 この研究主任はALSの治療薬開発には携わっていなかったようだが、研究データのログを見る限り「榎田製薬」と何らかのつながりがあるように見える。
 ――なるほど、「榎田製薬」に対しての妨害工作か。
 「サイバボーン・テクノロジー」と「榎田製薬」はALS治療薬を巡っての企業間紛争コンフリクトで「御神楽財閥」としのぎを削っている最有力候補だと考えると納得できる話である。こうやって新薬開発の妨害をして、「榎田製薬」の評判を落とそう、ということなのか。
 大体分かった、というタイミングでデータの削除が終わり、鏡介がサーバから離脱する。
 辰弥に「終わった、離脱しろ」と指示を出すと辰弥もポートからケーブルを引き抜きボードに戻す。
「Gene、Snow、離脱しよう」
 辰弥が二人に声をかけ、研究室を出る。
《BB、顔色悪いな》
 ふと、日翔が声をかけてくる。
(大丈夫)
 個別回線を開き、日翔に返す。
(ただ――研究所はやっぱり嫌だな、って)
 研究所内に漂う清潔感、そして医薬品開発機関ならではの薬品の匂い。
 かすかに聞こえる鳴き声は実験用の動物のものだろうか。
 ああ、なるほどと日翔が納得する。
 「原初のLEB」として研究所にいたころの数々の「実験」を思い出したのか、と考え、そっと辰弥の肩を叩く。
《忘れろとは言わねえ。だが、お前はもう実験体モルモットじゃねえ》
(日翔……)
 思わず本名で呼んでしまい、辰弥が顔をしかめる。
(ごめん)
《どうせ鏡介Rainを通さない個別回線だ、気にすんな》
 じゃあ、行くぞと日翔が小走りで走り出す。
 それに合わせて辰弥と千歳も走り出した。
 視界に映るナビに合わせて通路を駆ける。
 警備兵は鏡介が前もって教えてくれるため、気付かれる前に排除する。
 しかし、建屋を出た直後、三人はサーチライトの光を浴びせられる。
「どこの武装勢力だ、直ちに武装解除して投降せよ」
 声が聞こえてきたのは上空から、見上げるとサーチライトを照らしたティルトジェット機が一機。そこから数人の武装兵が降下してくる。
 三人は咄嗟に花壇の陰で遮蔽を取り、銃を構える。
「Rain、どういうこと!?!?
 鏡介から建屋を出る直前に誰かがいるという情報は貰っていなかった。ましてや航空戦力がいるなど情報にない。
《分からない、突然音速匍匐飛行NOEで飛び出してきたんだ。クソッ、どこで気付かれた》
《おい、あのティルトジェット機のエンブレム、カグコンだ!》
 日翔の声を聞いて辰弥も見上げると、そこには桜とアサルトライフルの意匠を組み合わせたカグラ・コントラクターのエンブレム。
《そうか、あの時と同じ、俺達の知らない未知の手段で研究所内をモニターしていたのか》
 高い技術力を誇る御神楽。そのほとんどは社是に則り世界中に開示されているが、たった一つ例外とされる技術がある。それが軍事。
 恐らく、かつて鏡介と日翔がサーバールームで発見されたのと同じ技術だろう。
 隙を見ては応戦しつつ辰弥が声を上げる。
 しかし、空中のティルトジェット機からのガトリング砲による弾丸の雨に晒されている三人は遮蔽物に釘付けにされており、簡単には反撃できない。
 また、ティルトジェット機の主翼に添えつけられたハードポイントにはロケットポッドが装着されており、今は建屋を背後にしているために撃てないのだろうが、強硬に突破しようとすれば、ロケット弾の雨に晒されるだろう。
 これだけ派手に戦闘をしてしまえばすぐに警備に派遣されている他のメガコープの兵士が駆け付けるだろう。それまでに排除、もしくは離脱しなければ。
「Rain、HASH送って!」
 一瞬でも動きを止めれば俺が排除するから、と辰弥が鏡介に指示を出す。
《バカか、相手はカグコンだぞ? HASHが送れるならもう送ってる!》
 GNSをハッキングするには接続サーバを特定、サーバ経由でデータを送り込むことが主流だがその対策としてグローバルネットワークには接続せず、独自のローカルネットワークでデータリンクを構築することが多い。それでもそのデータリンクはGNS同士の短波通信で行われるため、そこに割り込んでハッキングを行う。
 しかし「カグラ・コントラクター」はそのローカルネットワークですら構築せず、各部隊をまとめる量子コンピュータターミナルからのネットワークで、そこに割り込むことは鏡介でも不可能だった。
 以前、辰弥を救出する際に第三研究所の戦力全てにHASHを送りつけはしたが、その時はまだ研究所のサーバルームにあった中央端末が量子コンピュータではなかったこと、そしてそれを経由することができたから鏡介はハッキングをすることができた。
 何はともあれ、敵をハッキングできない鏡介が今できることはほとんどない。
《すまない、なんとかしてあいつを撃墜してくれ!》
「無茶言うよ、どうすれば……」
 花壇の陰で辰弥がぼやく。
 そうしている間にもティルトジェット機から降下した武装兵はこちらに迫ってきている。
「行きます!」
「え!?!?
 突然、千歳が声を上げる。
 彼女の言葉に辰弥が思わず声を上げるが、その時既に彼女は花壇から飛び出していた。
「Snow!」《おい、死ぬぞ!》
 辰弥と日翔が同時に声を上げるが千歳は動体視力と素早い身のこなしで銃撃の射線を把握、回避し武装兵に肉薄する。
 流石にティルトジェット機も味方を巻き込む可能性のある形ではガトリング砲は撃てないため、敵に近接射撃戦闘を挑んだ千歳は却ってガトリング砲の雨から脱却出来ていた。
《どうすんだよ!》
 上空のティルトジェット機からレーザービームの如く放たれ続けるガトリング砲の曳光弾に釘付けにされつつ、日翔が歯ぎしりする。
「Rainの言う通り撃墜するしかない」
《でもどうやって》
 今の自分たちの装備じゃ無理だろ、と日翔がぼやく横で辰弥が左腕をティルトジェット機に向ける。
 その手が、対物狙撃ライフルT200 Arbitrationにトランスする。
《おいBB!》
 Snowの目の前だぞ、と日翔が慌てる。
「大丈夫、こっち見てない」
 千歳は降下した武装兵と交戦してる、と状況を確認しながら辰弥が右手を握って弾を生成、装填する。
「いくらティルトジェット機でもパイロットを撃てば操縦不能になるから墜ちるはず……」
 そう呟きながら辰弥はスコープを覗き込んだ。
 普段の狙撃なら軍事用の観測衛星を利用して各種データを取得するが今はそれどころではないしこれくらいの距離ならその必要はない。
 ティルトジェット機の機首がこちらを向いたところで、辰弥は即座にパイロットに狙いを定め、引鉄を引いた。
 .408弾が放たれ、狙い違わずティルトジェット機のパイロットに突き――
「っ!」
 刺さらなかった。
 ティルトジェット機を包むように複雑な幾何学模様を描く青い光の壁が出現、弾丸を受け止める。
反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリア!」
 反作用のエネルギーウェーブを放出して運動エネルギーを相殺する「カグラ・コントラクター」の標準装備。
 やばい、失念していた、と辰弥が唸る。
 パイロットさえ無力化してしまえばなんとかなると思っていたが実弾であのティルトジェット機を墜とすことは不可能。いや、エネルギーウェーブを放出するためのエネルギープールを枯渇させることができればホログラフィックバリアも無効化できるがそれができるほどの波状攻撃を仕掛けることなどいくら辰弥が「血液がある限り銃弾を生成できる」と言えども不可能。
 次の手を、と考える間にもティルトジェット機は遮蔽物から顔を出した辰弥を見逃さず、ガトリング砲の照準を僅かに上にずらす。
 慌てて体を引っ込ませることで回避するもののいつまでもそれを繰り返すわけにもいかない。花壇も無限にはガトリング砲を受け止められないはずだ。
 ――どうする。
 ホログラフィックバリア搭載のティルトジェット機であっても無敵というわけではない。ホログラフィックバリアは「運動エネルギー」を相殺するだけであって運動エネルギーによらない攻撃までも無効化するわけではない。つまり――
 ――やるしかないか。
 あまり使いたい手ではなかったが手がないわけではない。
 ただ、あまりトランスを多用すると千歳に勘付かれてしまう。
 元々、辰弥に備わっていなかったトランス能力。
 あのノインとの戦いで辰弥は生き延びるためにノインからその能力をコピーした。
 「原初」のLEBである辰弥エルステにのみ備わっていた「生物の特性をコピーする」能力が役立った結果だが、辰弥本人としてはあまり使いたいものではない。
 自分が「人間ではない」とはっきり認識できてしまう行為であるし第一疲れる。
 だから極力使いたくなかったが今はそんなことを言っている場合ではないだろう。
「Gene、Snowは?」
 念のため、確認する。
《あと三人ってところだな。あいつ、一人でかなり暴れてるぞ》
 言われて辰弥も千歳の方を見る。
 彼女は両手のデザートホークを器用に使って立ち回り、降下してきた武装兵を確実に排除している。舞うような動きで銃弾を回避し戦っているが余裕があるわけでもなさそうで、こちらに注意を払っていない。
 よし、と辰弥は軽く自分の頬を叩いた。
「Gene、戦術高エネルギーレーザー砲MTHEL作るから撃って」
《え、あれやるの》
 ノインとの戦いで生成したMTHEL。
 ノインには有効だから、と設計図を借り受け、実際に有効打となったものではあるがあれは高出力のエネルギーを必要とする。あの時も現場に転がっていた死体の血を辰弥が自分の支配下に置いてジェネレータを生成して初めて使用可能になっていた。
 しかし、今ここに素材となる血液はない。MTHELも含めて全て自分の血で賄うことになるが、大丈夫なのか。
「あの時よりは小規模だしトランス使うから消費血液量コストは低いよ。ただ、流石に消耗してるから体力が残ってる君が撃つ方が確実だ」
《……そう言うなら……》
 分かった、と日翔が頷く。
「よし、なら射点に移動しよう。ここからじゃ必要な仰角が高すぎる。……あの給水塔だ」
 その返事を聞いて、花壇から飛び出した。日翔もそれに続く。それにさらに遅れてガトリング砲の曳光弾による軌跡が続く。
 さらに続いて放たれるのはロケットポッドからのロケット弾。こちらが建屋を離れたことで、向こうにロケット弾を使わない理由が消失したのだ。
「うわっ!」
 走る二人を旋回で追いながらの射撃のため、直撃することはなかったが、至近弾で爆発したロケット弾は派手に二人を吹き飛ばす。
《いてて……派手に撃ってきやがって!》
「そんなこと言ってる暇はない、行くよ!」
 だが、止まってはいられない。吹っ飛んだ二人を攻撃せんと、ガトリング砲の曳光弾による軌跡が近づいている。
「給水塔はもうすぐだ、急ごう」
 二人は給水塔に取り付き、梯子を上る。
 ティルトジェット機もそちらに接近し、ガトリング砲を向けるが、給水塔に射撃すると破壊の危険性があるためか、一瞬射撃を躊躇する様子を見せる。パイロットは何か通信をとっているが、二人は分からないことだ。
 その間隙をついて、二人は給水塔を登り終える。
 直後、「給水塔程度なら賠償可能」との通信を受けたパイロットがガトリング砲の射撃を再開する。
 それを一瞥し、辰弥は目を閉じた。
 意識を集中させ、全身の造鋼器官に命令を行き渡らせる。
 今回は自分の血をコストにはしない。
 自分の身体そのものに語り掛ける。
 「作り変えろ」と。
 ガトリング砲の射撃が迫り、給水塔のタンクに無数の穴を作り、無数の穴から水が飛び出す。
 辰弥の腕がどろり、と変形し、MTHELを形作る。勿論、見た目だけではなくて機構もシステムも全て模倣したもの。
 同時にレーザー砲が発射できる程度の小型のジェネレータにもトランス、MTHELに直結させる。
 ジェネレータを稼働させるための燃料は自分の血で生成、投入することでジェネレータは低く唸りを上げて稼働し始めた。
「Gene、お願い」
 くらり、と覚えた目眩に耐えながら辰弥は日翔に声をかける。
《ああ、任せろ》
 日翔がMTHELを構え、砲身をティルトジェット機に向ける。
 GNSと連携し、日翔の視界にレティクルが表示される。
 MTHELを向けられたことで、危機感を感じたパイロットが給水塔の根本に狙いを変え、操縦桿のロケットリリースボタンを押す。
 直後、ロケットポッドからロケット弾が放たれる。
 同時、レティクルがティルトジェット機に重なり、ロックオンマーカーが表示され、日翔は迷いなく引鉄を引いた。
 高出力のレーザーがティルトジェット機に向かって放たれる。
 レーザーは狙い違わず主翼のジェットエンジンに突き刺さり、エンジンが爆発した。
 片方のエンジンを失ったティルトジェット機は姿勢も出力も維持することができず、きりもみ回転して急激に高度を落とす。
 そして、地面に激突、機体そのものが爆発した。
 その一方で、ロケット弾が給水塔の根本に迫る。
「――っ!」
 武装兵の最後の一人を沈めた千歳が息を吐く暇もなく放たれたロケット弾に気づき、片方のデザートホークのマガジンをリリース、もう片手のデザートホークをホルスターに戻し、マガジンリリースしたデザートホークに新しいマガジンを入れながらデザートホークをそちらに向ける。
 ほとんど狙いを定めることもできなかったがほんの一瞬の判断でロケット弾の動きを割り出し、引鉄を引く。
 次の瞬間、銃弾により、ロケット弾が弾かれ、空中へ軌道を変えて、飛び去っていく。
 そのまま空中のロケット弾にホルスターに収めていたもう片方のデザートホークの弾丸が突き刺さり、爆発した。
 十分に距離を取っての爆発だったが、僅かな爆風と破片が二人に迫る。
「――ぐっ」
 咄嗟に辰弥を庇った日翔が低く呻く。
 ロケット弾そのものの直撃は受けていないが爆風だけはしっかり二人に届いている。
「Gene!」
 辰弥が即座にトランスを解除、日翔に声をかける。
「大丈夫!?!?
《大丈夫だ、いてて……》
 怪我自体はないが爆風に少し吹き飛ばされて打撲くらいはある。
 だが、動きには支障がないので日翔も辰弥もすぐに身体を起こした。
「大丈夫ですか?」
 敵はすべて排除できたため、千歳が二人に駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫」
 そう辰弥が答えるが、その顔面は蒼白で立っているのもやっとの状態。
「何やったんですか。っていうか、どうしてティルトジェット機が墜ちたんですか」
 何が起こったのか飲み込めず、千歳が辰弥に詰め寄る。
「……いや、なんかMTHELが落ちてたからそれ使った」
「落ちてたって……」
 そんな軍用のものが落ちてるものなんですか、と半信半疑の千歳。
《……おい、疑われてるぞ》
 どうすんだよこれ、と日翔が辰弥に訊ねる。
「落ちてた。誰が何と言おうとも落ちてた」
「……はぁ」
 納得いかない顔で、千歳がため息を吐く。
「……何か信じられないんですが、それのおかげで助かった、と」
「うん」
 即答する辰弥に、千歳が再びため息を吐く。
「……分かりました。そういうことにしておきます」
《そうしておいてくれると助かる》
 日翔もそう言い、それから千歳を見た。
《そう言うお前も無茶するよなあ……》
 まさか一人で飛び出すとは思わなかった、と日翔がぼやく。
「だって、降りてきた人たちを排除しないと殺されるのはこちらですから」
 それはそうだ、と日翔は頷いた。
 そんな日翔に、千歳が冷たい目を向ける。
「……そんなすぐ動けない身体で、まだ『仕事』、するんですか」
 千歳の冷たい声が日翔に投げかけられる。
「Snow、それは――」
 言いすぎ、という言葉を辰弥が呑み込む。
 分かっている、日翔はこれ以上現場に立たせるわけにはいかないのだと。
 それでも、辰弥は日翔に寄り添っていたかった。
 日翔が現場に立ちたいというのであれば、彼が動ける限りは側にいたい。
 しかし、暗殺者という立場である以上そんな甘いことは言っていられない。
 千歳の言いたいことも分かるのだ。それでも、日翔の希望には添いたい。
 千歳が辰弥を見る。
「BBさんも甘すぎます。どうしてそこまでGeneさんを」
「……君には関係ないよ」
 ぽつり、と辰弥が呟く。
「俺はGeneが現場に立ちたいと言うならそれに応えたい。それにさっきも話したよね、この話題。何度言っても俺は同じ考えだよ。本人が降りると言わない限り、現場に立たせる」
「……そんな下らない理由で私は死にたくありません」
「だったら『グリム・リーパー』を抜ければ?」
 千歳に劣らず冷たい声で辰弥が言う。
 沈黙が辺りを満たす。
《BB……》
 たまらず日翔が声をかけるが二人はそれを無視する。
「本気で言ってます? 私が抜けるなら『グリム・リーパー』はGeneさんの借金を即時一括返済という条件がありますよね?」
「……分かってる。だから君に抜けろという権利は俺たちにはない。だけど、いや、だから俺はGeneを現場に立たせる」
 はっきりと、辰弥は言い切った。
「Gene本人が『自分で借金を返済する』と言い続ける限り、俺はGeneを現場に立たせる。君は不本意かもしれないけど『グリム・リーパー』のリーダーはRainだ。どうしてもGeneを外したいならRainを説得して」
 辰弥がそこまで言うと、千歳は小さくため息を吐いた。
「……あの人、私の言うこと聞く人じゃないですよね」
「まぁ、それはそう」
 鏡介のことはそれなりに理解している辰弥、ため息交じりにそう答える。
 そんな辰弥を見て、千歳がふっと笑った。
「冗談ですよ。BBさんがGeneさんをどうしても現場に立たせたいというのは分かっています。ですが……これだけは分かっててください。Geneさんも、もう限界に近いんですよ」
「それは……」
 分かっている、と辰弥が俯く。
「Geneさんが現場に立てる間はそれに付き合います。BBさんがGeneさんを守るというのなら、私はBBさんを守りますよ」
「Snow……」
 微笑む千歳に辰弥が軽く目眩を覚える。
 千歳の考えが分からない。同時に千歳の手を煩わせたくない、と思う。
 どうしてここまで気にしてしまうのか、そんなことを考えていると千歳はぐるりと周りを見回した。
「とにかく、長居は無用です。早く帰りましょう」
「……うん」
 辰弥が頷き、日翔を見る。
 日翔も小さく頷き、三人は「生命遺伝子研究所」の敷地から離脱した。

 

 千歳が運転する車の後部座席で日翔は考える。
 「本当にこのままでいいのか」と。
 彼女が言いたいことはよく分かった。暗殺者という緻密な仕事ではわずかなミスが命取りになる。末期のALS患者ができる仕事ではないということくらいは当事者だからはっきり認識している。
 それでも、まだこの仕事を辞めるわけにはいかなかった。
 自分がわがままを言っていることはよく分かっている。辰弥と鏡介に甘えて二人に借金の返済を引き継いでもらった方が誰も不幸にならないということはよく分かっている。
 それでも、日翔はどうしても現場に立ちたかった。
 「もう戦えないんだから」という同情の眼差しで見られたくない。自分の借金くらいは自分で返済して「俺はやり切ったんだ」と胸を張って死にたい。
 あと少し。あと少しなのである。あと数回、現場に立てば、返済は終わる。
 だからその数回だけはわがままを聞いてもらいたい。
 そのわがままを聞いてくれたのが辰弥と鏡介だ。しかし、千歳は違う。
 「足手まといになるからもう辞めろ」と言う。
 第三者の視点で冷静に辰弥を説得する彼女に、日翔は「その通りだ」と思った。
 自分は現場に立つべきではない。二人に全てを任せるべきだと。
 自分のわがままを受け入れてくれた辰弥と鏡介は客観的に事態を見ることができていない。見ることができないからこそ、わがままを受け入れてくれている。
 どうする、と日翔は自問した。
 やはり、もう辞めるべきなのかと。
(なあ、辰弥……)
 個別通話を開き、そう声をかけ。
《日翔、秋葉原の言葉は気にしないで》
 辰弥に先手を打たれた。
《分かってるよ、もう辞めようかとか考えてることくらい。だけど君が自分で借金を返すというのなら、それを貫きたいと思ってるなら、俺は君を支えるよ。たとえ君が動けなくなっても》
(辰弥……)
 辰弥の気遣いが心に沁みる。
 すまん、と日翔が謝罪する。
《謝らないで。俺が、やりたいと思ったことだから》
 そう言い、辰弥は助手席から振り返って日翔を見た。
「疲れてるでしょ、帰るまでは休んでて」
 その言葉に、日翔はああ、と頷いた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 帰宅後、暫くの休息を挟んで反省会デブリーフィングを始める。
《お前らが返ってくる前に「サイバボーン・テクノロジー」クライアントには報告済みだ。そうしたら即動画を送ってきてな。とりあえず共有しておく》
 いささか疲れたような鏡介が三人に動画を転送する。
 三人の視界に映し出されたのは「サイバボーン・テクノロジー」のジェームズ。
 依頼人クライアントが顔を出すのは珍しいことなので辰弥が驚いたような顔をする。
『今回の依頼の遂行、お疲れ様でした。アライアンスの野良犬でも意外と仕事をしてくれることが分かりました。「グリム・リーパー」、諸君のことは覚えておきましょう』
「うわあ、なんかこの人偉そう」
 辰弥がやや引いたような声を上げる。
「確か、『サイバボーン・テクノロジー』からの依頼だったよね?」
《打ち合わせによると、そうだったよな》
 辰弥と日翔がそんなやり取りを交わす。
『まあ、大口叩いただけあってアライアンスの野良犬がやる時はやってくれると分かりました。この調子で、また依頼させていただきましょう。期待していますよ』
 用件だけで、映像が途切れる。
「……」
 あまりの言いように辰弥が沈黙する。
 その隣で日翔が首を傾げた。
《大口叩いた……?》
 日翔が何か勘づいたのか。
《辰弥、鏡介が『サイバボーン』に依頼を回すよう言ったのか?》
 鋭いな、と辰弥が内心唸る。
 日翔は鈍いようで案外鋭いところがある。
 こんなところで発揮しなくても、と思いつつも辰弥は頷いた。
「……鏡介と話して日翔が少しでも早く完済できるように金払いのいいメガコープ案件を優先して回すように頼んだ」
《そんな理由で私をアレに巻き込んだんですか?》
 やや苛立ったような千歳の言葉。
《……まあ、報酬がいいので我慢しますけど》
《そうだな、金払いがいいなら文句も言えねえか》
 日翔も納得したように頷く。
《しかしだ。お前ら、無茶しすぎ》
 カグコンの航空戦力は完全に想定外だったがそれでも降下兵に突撃した千歳も何も知らない彼女の目の前でトランスした辰弥も無謀すぎる。
 結局千歳は辰弥のトランスには気付いていないようだが、それでも充分怪しんでいる。
 千歳は元々「カタストロフ」の所属。現在はフリーランスとして活動しているようだがそれでも「カタストロフ」とつながりがあったという事実は脅威である。
 もし、辰弥がLEBだということが知られ、千歳がそれを「カタストロフ」に連絡したら。
《辰弥、お前も行動に気を付けろ。何が命取りになるか分からん》
「ごめん」
 辰弥が素直に謝る。
 ならいい、と鏡介が呟き、それから千歳に話を振る。
《秋葉原もあれはなんだったんだ》
《何のことですか?》
 とぼけているつもりではないが、鏡介が具体的に話さないため千歳が首をかしげる。
《あのロケット弾を撃った時、一発目は貫通せずに軌道を変えただけだった。何をした?》
 ああ、あれですかと千歳が頷く。
《ゴム弾ですよ。一応、持ち歩いているんですよ。目撃者を気絶させたりとか今回のようにロケット弾程度なら軌道を変えることもできますし》
「そもそも高速で飛んでる物体に当てるのがすごいんだけど」
 そうは言ったものの辰弥もそれくらいの芸当はできる。
 ただ、千歳のデザートホークという大型拳銃でろくに狙いを定めず当てたことに驚いただけだ。
《私だって鍛えてますから》
 だから、安心して私を頼ってください、と千歳が辰弥に笑いかける。
「……」
 千歳の笑顔に辰弥が思わず黙り込み、それを見た鏡介がふむ、と低く唸る。
《とりあえず、今回は以上だ。また『サイバボーン・テクノロジー』から依頼が来るかもしれないが、日翔の返済のために頑張れよ》
 そう言い、鏡介は反省会を締めた。

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

エルステ観察レポート

 

 生命遺伝子研究所にて、エルステ以下「グリム・リーパー」の面々がカグラ・コントラクターの通常軍一空挺部隊と交戦。
 カグラ・コントラクターのKC AV-80はガトリング砲三、ロケットポッド四、ホログラフィックバリア装備のフル装備仕様で、面々は苦戦。
 エルステは三度トランスを使用。
 一度目はT200をトランスし、AV-80を攻撃、ホログラフィックバリアに阻まれ失敗。カグラ・コントラクター正規軍の装備にホログラフィックバリアがないはずがないため、判断力に疑問の余地あり。あるいは知識不足か?
 二度目及び三度目はMTHELとそのジェネレータをトランス。AV-80を撃墜した。ホログラフィックバリアの判明後の判断としては素早く、やはりT200の件は知識不足と思われる。
 ただし、MTHEL生成時、防御手段を講じなかったために、命の危険に晒された。
 
 以上のように、エルステはノインから引き継いだトランス能力を遺憾無く発揮している模様。
 その後、強い貧血の様子もなく、永江博士の発明したトランスという技術の効率の良さと、第一世代ゆえの造血能力が複合し、より高い継戦能力を得ているものと思われる。
 引き続き、観察を続ける。

 

――― ――

 

to be continued……

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おまけ
ばにしんぐ☆ぽいんと り:ばーす 第2章
「おねだ☆り:ばーす」

 


 

「Vanishing Point Re: Birth 第2章」のあとがきを
以下で楽しむ(有料)ことができます。
OFUSE  クロスフォリオ

 


 

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