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1917 ~青い霧と花冠~ 第4章「空からの打撃」

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 〝ブルフォグ〟と戦うため、そして、ある時に会った少女との、花冠の少女達のように強くなったら腹一杯の天ぷらをご馳走するという約束を果たす為、大江はアフリカ、エル・アラメインで戦う。
 その戦いの中で、大江は機転を利かして活躍し、日本軍の窮地を救う。
 その活躍を見ていた者によって、大江は花冠の少女達を支援する直掩隊へと抜擢される事となった。
 第二小隊の直掩隊として、エジプト戦線で戦う大江。その判断力で小隊を支援する傍ら、天ぷらの約束を果たすべく、天ぷらの用意や情報収集を続ける。
 第一小隊の隊長、アリアナ・フォーグがかつて日本にいたことがあるという噂を聞くが、あの時の少女とアリアナの姿は一致しない物であり、少女であるかは分からないままだった。
 直掩隊として着実に戦いを続ける大江、彼らは次は何処で戦うのか。
 新たに戦線を生成する事で、〝ブルフォグ〟への打撃を高めようとする連合軍。
 その先鋒として、第二小隊と大江は潜水艦を用いた奇襲攻撃によって、カサブランカへの上陸を成功に導く。
 アリアナは日本と天ぷらに興味を持っている事を知り、やはりあの時の少女ではないかと確信を強めるが、アリアナからは彼女の面影を感じられず困惑する。
 新たな舞台、カサブランカで大江達はどのように戦うのか、そして、少女の正体とは。

 
 

「出撃が多すぎるわよ!」
 カサブランカ郊外、新たに新設された花冠の少女達の為の前線基地で、軽食が並べられた机を前にエレは大きな声で叫んだ。机を囲む第二小隊のメンバーは特にリルンが大声に驚きつつも、机の軽食に手を伸ばす。大江はその傍らで大声に驚きつつも油の中に浮かぶ天ぷらを見守っていた。
「朝だけでもう2回ですからねぇ。お昼を食べたらもう1回でないといけませんし」
 机に並べられているサンドウィッチを手に取り、口の手前に持ってきながらユリアが言う。
「エジプト方面と比べて〝フォガー〟の出現ペースが早すぎる。こちらは長く奴らの支配下だったとはいえ、ここまで圧倒的というのは想定外よ」
 近況の資料に目を通し、その内容を説明しながらもルージュは手を動かしてサンドウィッチを話す合間に口に送り込んでいる。
 〝ブルフォグ〟に長く覆われている所の方が〝フォガー〟は発生しやすい。これは経験則だが、エジプト戦線に於いて〝ブルフォグ〟の支配域に進めば進むほど〝フォガー〟が増えてきた事から確実な物と思われている。
 この理論をあてはめ、砲撃が届かず、変動が無かったカサブランカから奥、つまりサハラ砂漠方面では、〝フォガー〟の出現率が高い事が十分に想定されていた。
 だが、実態は予想以上の〝フォガー〟であった。重装甲のC型が対C型砲の数を上回り、小型で群れる大群のB型は高い密度で配備された歩兵砲でも食い止められなかった。
 こうして、〝フォガー〟による防衛線崩壊の危機に直面するたび、花冠の少女達は出撃しなくてはならなかった。
「姉様、じゃなくて第一小隊が来てくれるって」
 リルンが小さな声で言う。聞き逃しそうなほどの声だが、第二小隊のメンバーはこの声に慣れている。
「代わりに、エジプト方面は新設の第三小隊が担当する。もし彼女たちが支えられなかったら第一小隊はエジプトに逆戻り。私達が楽になるかはわからない」
 さっと食事を食べ終えたクラリッサが冷静な口調で言う。
 第三小隊が不安視されているのは、訓練時間が短いからだ。第二小隊も直掩隊との連携訓練はほぼ出来ず、メンバーの一部はギリギリの訓練しかできない訓練時間であった。第三小隊は急遽第一小隊の代理として前線に投入される事になった結果、それよりも短い訓練となっていたのだ。
「第三小隊は私やエレ、クラリッサみたいに単独での飛行経験が長いメンバーが中心と聞いているからそう簡単にやられたりはしないわ。もっと早くから小隊編成に興味を持ってくれていたらなお、良かったのだけれど」
 ルージュが口元を軽くふきながら少し愚痴をこぼす。第三小隊は第一、二小隊が小隊編成の優位性を示した事で単独飛行を止め、小隊を編成することを決めた花冠の少女達によって編成されている。
 少女とはいえ、長く戦い続けてきた彼女たちはなかなか戦い方を変えられない。軍隊における新戦術はもしそれが誤っていれば多くの死が待っているし、大勢が命令によって動く軍隊では決まった規範、行動基準というのを変えるのは容易ではない。
「まあ、それは隊長達が柔軟なんだとおもいますよー。うちでも農作業に新しい機械を入れるたびに揉めましたから。フォーグさんと一緒に小隊編成を勧められたんですよねー」
 ユリアが言う様に、新しい物事に抵抗があるのは軍人に限られた話ではない。そんな中、アリアナ・フォーグ、現第一小隊長は交渉や実証試験を重ねて小隊編成を認めさせ、小隊による大きな戦果に繋げた。その功績は〝ブルフォグ〟との交戦が続いている現状でも広く知られている事実であり、彼女は英雄視されている。
 リルンがユリアの言葉に大きく頷いている。大江は良い色になった天ぷらを鍋から引き揚げながら、やはり同じイギリス人として誇りなのだろうなと考えていた。
「一応ね、私だって交渉や検証に参加したけど、一番の初動はあの子がいないと始められなかったからね。私の成果と誇るつもりはないわ。飛行技能もあの子の方が高いし」
 少し溜息を混ぜ、少し肩を落としながら言うルージュの肩をエレが叩く。
「現場での判断力は貴方が上って評判よ。実際私達に被弾離脱は無いんだし」
「は、はい。…アリアナさんも本当に素晴らしい人だとルージュ隊長を評価してました」
 エレとリルンの励ましに、ルージュはふぅと一息吐いてから答える。
「ありがと、私も連続出撃で弱気になってるのかもね」
 周りの空気が緩んだところで、大江は皆が囲っている机の中心に揚げたての天ぷらを置く。衣に包まれた一口サイズの天ぷらが山盛りに積まれ、湯気を立てている。
「話が落ち着いた所で、もう一口如何です?」
「あら、ありがとう。軽食だけだとちょっと不安だったから助かるわ」
 エレが感謝を示しながら皿に乗せられた箸で天ぷらを掴む。大江が第二小隊のメンバーに天ぷらを作るときはフォークを用意していたが、一応箸も用意していた。すると最近、何人かのメンバーが箸を使って食べるようになっていた。
「オオエ? これは何かしら。貝のようにも見えるけれど」
 ルージュがフォークの上に乗せ、自分の手元に引き寄せてから聞く。それに対して、大江は少し口ごもりながら答えた。
「タコですね。欧米では食べないと聞きますが、意外と美味しいですよ」
「「タコ!?」」
「ああ、タコね。」
 殆どのメンバーが驚く中、唯一納得した様子でタコの天ぷらを口に運ぶのはエレであった。
「エレ!? あの気持ち悪いにゅるにゅるが食べ物なの?」
「なんか、船を沈める化け物って聞いたんですけど、食べていいんですか?」
 何気なしに口に天ぷらを放り込んだエレに掴みかかるのでは無いのかという勢いでルージュが尋ね、ユリアも疑問を呈する。クラリッサは少し身を引いていたし、リルンはフォークを手に取りながら悩んでいた。
「ええ、化け物なんかじゃなくて美味しい魚、魚? まあいいけど、マルタ騎士団で研修した時によく食べたわ」
 タコはその特徴的な見た目、そしてクラーケンの様な海にいる化け物の一つの原型でもある為、怖がる人も多い。食用のタコは暖かい海に住むが、海と言えば冷たい海でタコのいないイギリス、ドイツ、フランス北部で過ごしていたリルン、クラリッサ、ルージュは大小あるが恐怖に近い物を持っていたし、アメリカの内陸部に住むユリアも同じであった。
 一方、寒暖の海に囲まれた日本の大江はもちろん、暖かい地中海で過ごした経験の長いエレにとっては何でもない食品の一つであったのだ。
 そんなエレの様子を見て、まずリルンが恐る恐る箸で天ぷらを手に取り、勢いよく口に入れる。
 そして、しっかり噛んでから、満足そうに顔をほころばせる。
 その様子を見て、ユリアが、ルージュが続き、最後に手に取ったのはクラリッサだった。
「リルンちゃんって美味しそうに食べますよねぇ。私もこれ好きですー」
「まあ、あまり見たくない生き物ではあるけど、味は美味しいわね」
「確かにおいしい」
 それぞれが口々にタコの天ぷらを評価するのを見て、大江はウンウンと頷き、揚げる為に使った資材の片付けに入った。
 彼女たち、第二小隊が出撃するという事は、大江もその支援の為に前線に立たなくてはならない。片付けはしておかなければ、次戻ってきた時に良い調理が出来なくなってしまう。
 片付けを始めようと、大江が鍋に入った油を保存の為に別の容器に移し替えようとしたとき、何処からか、大きなエンジン音が聞こえる事に気が付いた。
 何事かと思い全員が音の聞こえる方向を見ると、大きな鳥、いや、平行で大きな二枚の翼を持つ複葉の大型飛行機が少女達の基地に向かって飛んでくるのが見えた。
 一機だけではない、二、三。大きくなり数えやすくなった機数を数えると、六機の大型機がどんどんと基地に向かって接近してきている。
「ルージュ、何か聞いてる?」
「第一小隊の移動、にしては数が多いわ。司令部に確認してくる」
 エレの質問にルージュは短く答えると、司令部のあるテントに向かって駆けていく。連絡担当を任される事もある大江にもエレの視線は向かうが、大江が知らないと首を振ると、エレは接近してくる大型機に目を向ける。
「少女達が護衛に付いてる」
 クラリッサの言葉に、大江は目を凝らして大型機の周囲を見る。確かに人の様な物が見え、大型機と速度を合わせて飛んでいる。
「人と並んでるのをみると、あの飛行機大きいですねぇ」
 ユリアの言う通りで、飛行機はかなり大きい。大江達がこれまで目撃してきた飛行機はエンジンが一つの機体であったが、接近してくる大型機はエンジンが二つも付いていて、その翼幅も大きく隣を飛ぶ花冠の少女達がかなり小さく見えていた。
「分かったわ。次の作戦ではあの機体、爆撃機を使うみたい」
 ルージュが皆の元に戻ってきて、報告をする。
「爆撃機?」
 誰かの疑問は、轟音のエンジンによってかき消された。接近してきた大型機達が、高度を落として少女達が着陸しやすいよう整備された開けた地面に向かって降下し、車輪を地面に付けて次々と着陸する。
 その護衛に付いていた少女達も、第二小隊の近くに降りてくる。降りて来たのは五名。小隊編成と同じ数だ。
「ルージュ、久しぶり。驚いたでしょう? 作戦の相談が事前に出来なくて申し訳なかったわね」
 降りてきた中でふるまいが上品かつ気品を感じるというより、カリスマ、という言葉が似合いそうな少女がルージュに声をかけながら手をルージュに伸ばす。
「久しぶりね、アリアナ。今ギリギリで司令部から聞いた。よくもまあ思いつくわね」
 ルージュは伸ばされた手をとり、アリアナと呼ばれた少女としっかりとした握手を交わす。
 そう、彼女こそがアリアナ・フォーグ。花冠の少女達、第一小隊の隊長にして今、最も大江が約束した相手に近いのではないかと思われている人物であった。
「第二小隊のメンバーともゆっくり話したいけれど、新戦術の戦線への影響を早めに評価したいの。今から作戦の説明を初めても構わないかしら?」
 握手が終わってすぐ、アリアナは机を囲む第二小隊のメンバーの一人一人に目を向ける。その中で、大江とも目が合い、大江は軽く会釈を返したが、彼の中でやはりあの時の少女と目の前のアリアナというのは繋がらなかった。来日経験があるのは確かで、日本を好むようなエピソードがあったとは確認しているが、このカリスマあふれる少女が泣いている少女というのはどうにも信じられないというのが大江の正直な感想であった。
「元から出撃の予定よ。概略は聞いたけど、説明してもらっていいかしら」
「ええ、じゃあ、説明を始めるわね」
 ルージュの許可を得たアリアナは第二小隊について来るように示しながら歩き始め、最初にルージュが動き、それに次いで全員がアリアナに続いた。
 アリアナは停止し、エンジンを止めた大型機に近づいて、機体の下を覗ける位置まで移動する。そして、機体の下に吊るされていたドラム缶の様な黒色の円筒を指し示す。
「これが今作戦の要。爆撃用に設計された爆撃機と対〝ブルフォグ〟用の特注爆弾よ」
 人間が気球などで空を飛び始めて以来、空から物、爆弾を落として攻撃するという手法は無いわけでは無かった。それでも、それはコックピットから手で落とすなど、ついでに行うような物であった。
 それに対して目の前にあるのは爆撃の為に設計された爆撃機、乗員が操作するだけで容易に爆弾を投下でき、搭載する爆弾も大型であったり、大量に搭載することが出来ている。その火力は比べるまでもない。飛行機は強力な兵器へと進化しつつあった。
「これを用いて前線の後方に攻撃。前線に流れ込む〝ブルフォグ〟の量を減少させる事で前線の安定化を狙う作戦よ」
 アリアナの説明にエレが手を挙げてから発言する。
「長時間の砲撃で阻止できない〝ブルフォグ〟に数発の爆弾で阻止できるとは思えないのですが」
 エレの指摘に、アリアナは満足そうに頷いて説明を始める。
「いい質問です。まず、私達が使う砲弾は爆発によって生じる破片で大きな破壊力を生み出します。対して、〝ブルフォグ〟はこの破片によって減少する事は殆どありません。〝ブルフォグ〟は爆風にある強力なエネルギーを受けて減少する事が確認されています」
 説明をしながら、アリアナは辺りをキョロキョロと見渡す。何かを探しているのかと大江が聞く前に、横からリルンがボードとペンをアリアナに渡し、アリアナは説明を再開する。「爆風を増やす為に砲弾の火薬量を増やそうとしていますが、砲弾はそれ自体が火薬で撃ちだされる為、ある程度の強度が必要です。強度の制約からあまり火薬量を増やす事は出来ません」
 アリアナはボードに図を描いていく。それは砲弾の断面図で、砲弾の真ん中に塊がありこれが爆薬、それを覆う様に分厚い金属があり、これが砲弾が火薬で撃ちだされる衝撃で砲弾が崩れない様に守っている。
 分厚い金属は砲弾の半分以上を占めていて火薬量が増やせないというのが分かりやすい。
「対して、航空爆弾は飛行機で運んで切り離すだけです。衝撃を意識する必要は少なく、構造はこうなります」
 新たに書き加えられた図は真ん中の塊とそれを覆う様に線が引かれているだけ。爆薬を守る金属が線で書かれるほど薄く同じ大きさなら爆薬量が圧倒的に多い事が視覚的に分かる。「このように、同じ重量なら〝ブルフォグ〟への有効度は航空爆弾の高くなります。そして、もう一つ。〝グランドタワー〟に近づけば近づくほど、〝ブルフォグ〟の濃度は高くなり、爆発の有効度が上がります。今回の攻撃で攻撃する位置は200km程。これはどの重砲よりも長くかなりの有効打が望めると思いませんか?」
 アリアナの説明にエレは納得したようで、説明に礼を言う。大江はなるほど、こういう話術で小隊編成を確立させたのだろうなと納得していた。ただ、こうもハキハキした少女が果たして約束を交わした少女なのだろうか。もし、そうならば、強くなれとは言ったが強くなり過ぎではないだろうかという事も感じていた。
「納得いただいたところで、出撃の予定ですが、第一小隊は休憩が終わり次第前線の援護に入ります。第二小隊は爆撃機の用意が終わり次第出発。それで問題ないですね?」
 アリアナの確認にルージュが頷いた為、会議は終わり、それぞれが出撃の用意を始めた。
 大江は、無線機の搭載された爆撃機に乗り、基地との連絡や少女達が墜落した時の救出の手筈を整える事となっていたが、出撃した先は〝ブルフォグ〟のど真ん中だ。落ちてしまったら残念ながら助かる術は無い。
 その為、大江は無線機の確認というよりは、爆撃機に据え付けられた防護火器の操作方法を学び、危険を回避するための手段を学ぶ事に重きを置いていた。
「これ、姿勢に相当無理が無いか? というより、なんの為に下に向いているんだろうか」
 爆撃機の機内で下に向けられ、中腰で上から押さえつける様にして構えなければならない対C型用の大型のライフルを前に、大江は思わず呟いた。
「それは、D型の攻撃を逸らす為ですよ。あなたがカサブランカでやったように」
 その声を受けて、大江が振り返るとそこにはアリアナがいた。
 アリアナの言葉を受けて、大江は納得する。カサブランカでD型放つ〝ランス〟に砲撃を当てた事で進路を変えたことによって、第二小隊を守る事が出来た。その時の様に、爆撃機や少女達に迫る〝ランス〟をこれで狙い撃って守るための装備なのだと。
「お久しぶりです。オオエ。挨拶を早めにせねばとは思っていたのですが」
 大江が納得し、アリアナに向き直った時、アリアナは恭しく大江にお辞儀をする。久しぶりという事は。
「もしかして、日本でお会いした」
 大江の言葉に、アリアナは一層顔を明るくする。
「ええ、天ぷらで慰めて頂いたあの時に」
 そのエピソードを知っているという事はやはりアリアナがあの時の少女なのか、確認せねばならないと思い、口を開こうとしたその時、アリアナを呼ぶ声が聞こえる。
「あら、残念ですが第一小隊は用意が終わったようです。あの時の話はまた揃った時にでも」
 アリアナはそう言うと、爆撃機からパッと降りて、声を掛けた少女の方へ走っていく。アリアナはあの時の少女ではないという違和感とあの時の少女であるという事を示すような矛盾する情報。大江はそのことを考えている間に、作戦の用意が進んでいき、ルージュが最終の確認に来て、そこでようやく気持ちが切り替わった。考えていても仕方が無い。聞く機会は得られるだろうと。

 

 = = = = =
 
 高い高度を飛んだ時、真っ先に思う感想は何か。空は綺麗だとか、青い霧に覆われた大地をみて〝ブルフォグ〟への恐怖を再確認するとかの感想なのではないかと思っていた大江は後悔していた。
「寒い!」
 そう、寒いのだ。高度2000mを飛ぶ爆撃機、立派な山ほどの高さがあり、地上と比べて大分温度が下がっている。温度だけなら厚着すれば十分に耐えられる温度ではあったが、速度を出して飛ぶ爆撃機には強い風が吹きつけてくる。上半身は外に晒しだしている為、その風をもろに受けてとても寒くなってしまうのだ。
 大江は空を飛び慣れていない。寒さへの対策が少し甘かったのだ。しかし、第二小隊のメンバーも必ずしも万全では無かった。花冠の少女達が通常戦闘する高度は500m以下。1000m以上というのは飛ぶことが珍しい高度だった。それでも、飛行中に寒さを感じた時の対応に慣れているので、大江の様に寒さを嘆く事は無かったが、寒いというのが顔に出るくらいには寒さを感じていた。
「叫ぶ気持ちはわかるけど、下への警戒は怠らないでね。いつ〝ランス〟が飛んできてもおかしくないんだから」
 と突っ込むのはエレだ。大江の隣で爆撃機に掴まりながら飛んでいる。
 なぜ掴まっているのかというと、やはり普段より高い高度を飛ぶと疲れてしまうため、負担を軽くするためにこうしていた。
 目的地に行くまでに一時間。帰るのに一時間。こうやって休憩を挟まねば、パフォーマンスが低下しかねない距離であった。
「それじゃあ、リルンと交代してくるわね。また帰路ではよろしく」
 エレはそう告げると同時に、爆撃機から手を放して、爆撃機の編隊の少し下に位置を取る。
 大江がその姿を目で追うと、その先の地面はかなり濃い青い霧に覆われている。すでにここは敵地であり、エレの言う通りいつ〝ランス〟が飛んできてもおかしくない。
「むしろ、なんで飛んでこないか。だよなぁ」
 〝ブルフォグ〟が覆っているエリアに入ってからすでに五十分は経過している。これまでの遭遇頻度から考えて、D型が飛行経路の何処かにいて、〝ランス〟放たれていてもおかしくないはずなのだが、全くその気配が無い。
 大江の前方に座るパイロットや航法士はここまで届かないのではないかと考察をしていたが、〝サーヴェナ〟は今よりも高い高度を飛んでいた所を撃ち抜かれていたのではないかと思えるような話もある。大江としては安心はできなかった。
「脅威と思ってないのかも…… この高さから光線銃は届かないから」
 下方を警戒していた大江は、爆撃機に捕まりに来たリルンに気づいておらず、いきなり聞こえた声に少し体を震わせ、リルンは申し訳なさそうに頭を下げる。それに軽く手で答えながら、大江はリルンの方を向いて質問する。
「攻撃の気配はしない?」
「はい、何も感じないです」
 リルンは不思議と攻撃の気配を感じられるらしい。その彼女が無いと言っているのだから、〝ブルフォグ〟はこちらを気にしていないのだろう。
 リルンの感覚を信じ、少し気を抜きながら警戒する大江は、どうもリルンが何かを言いたそうにしている事に気が付いたが、彼女が言い出すのを待っていた。そして、ようやく彼女が口を開きそうになった時、ルージュから号令が出た。
「爆撃予定位置よ。全員警戒強化」
 その号令で、リルンは爆撃機から離れ、大江は警戒に戻る。少女達が全員警戒に当たる様になっても、〝ブルフォグ〟は静かであった。
 そして、爆撃が開始される。六機の爆撃機からそれぞれ2発の爆弾がゴンゴンと切り離され、地面に向かって落ちていく。炸薬の量が優先され、安定翼が省かれた爆弾は不規則な軌道を取りながらも確実に地面に向かい、青い霧に吸い込まれてすぐに炸裂する。
 不安定な軌道の結果、いくつかの爆発は範囲が重なってしまっていたが、それでもそれらの爆発は広範囲の〝ブルフォグ〟を持ち上げ、吹き飛ばし、そして隠されていた砂漠を露出させ、その威力の高さを示す。
「これはかなり有効だぞ!」
 照準を担当した爆撃手が大きい声を出す。同じように砲撃で霧が晴れる光景を空から見慣れているはずの少女達も驚いている。爆撃は砲撃よりも有効である。それがはっきりと示された瞬間であった。
「動いてる! 来ます!」
 興奮はリルンの大声で打ち消される。有効であったという事は、〝ブルフォグ〟がこちらを脅威として認識したという事でもあるようだった。
 霧の海から〝ランス〟の先端がまず一つ突き出てきて、それがどんどん続く。
「低空には降りずに〝ランス〟を落として!」
 ルージュの指示の元、第二小隊は爆撃機編隊の下方を維持し、下からの脅威に警戒する。大江も爆撃成功の通信を送信したのち、対Cライフルに飛びつき、飛んでくる〝ランス〟に対して警戒をする。
 そして、ついに攻撃が始まる。青い霧の中から、次々と〝ランス〟が飛び出し、爆撃機に向かう。少女達が光線銃を振るい、次々と撃ち落とすが、それでも爆撃機に何本か向かってくる。
 大江はそれを照準に捉え、落ち着いて引き金を引く。強い反動が肩を襲うが、ボルトを操作して次の弾を込め、再び射撃する。
 それが命中したのか、元から逸れていたのかは分からないが、その〝ランス〟は大江の乗る爆撃機を掠めてそのまま高高度へ消える。
「痛い割にはちゃんと利いてるのか分からん!」
 対C型ライフルは、C型の重装甲を貫通できるように大型化されたライフルだ。ただ大型化しただけ、という設計の為、その反動は恐ろしく強く、一部が爆撃機に固定され支えられていても、射手である大江の肩には痛みが走っていた。
 といっても、撃たない訳にはいかない。大江の視界の端には主翼を貫かれ、そのまま翼が折れたことで激しいスピンに入ってしまった他の爆撃機の姿が目に入っている。
 撃つ、ひたすらに撃つ。大江も少女達も、必死だった。
 次第に〝ランス〟による攻撃はまばらとなり、少女達の攻撃だけで乗り切れるようになり、最終的には〝ブルフォグ〟に覆われた土地から抜ける事が出来た。
 その時には、爆撃機は三機まで減っていて、半分が落とされた。戦果は大きかったが、その損害は非常に大きいと言わざるを得ない状況だった。
 幸いなのは、この高度では散弾型の〝ランス〟は飛んでこず、少女達にとっては危険のない高度である事が確認され、少女達に被害は無かったことだ。
「……これを続けられるのだろうか」
 大江は、自分の乗る爆撃機の右翼を見ながら呟く。そこには、〝ランス〟が掠めた事によって生じた穴が開いており、少し違えば先ほど見た光景のように、墜落していただろう。
 六機のうち三機が失われ、残る三機も大小の損傷を負っている。直ぐに再出撃は出来ない。その間に〝ブルフォグ〟は失った分を補填出来るだろう。
 意味があるのか、と考える大江に驚くべき光景が飛び込んでくる。出発した時には気付かなかったが、前線基地の近くに別の開けた土地があり、数機の爆撃機と飛行機が止まっている。そして、開けた土地を作ろうと作業をしている人々の姿も目に入る。これが完成すれば、数十機の爆撃機がここから飛び立てるようになるのだろう。
 空は少女達の舞台では無く、陸上と同じような消耗戦の舞台になっていく。それを指し示すような光景に大江は少し溜息をつく。
 それでも、大江は失われる命は別にして、〝ブルフォグ〟への爆撃作戦は継続出来る事を理解した。それならば、自分は不安がらず美味しい天ぷらを作って少女達の負担を少しでも軽くしてやることをしなければならない。
 大江の決心と共に、爆撃機は前哨基地に降り立ち、作戦は終了した。
 空爆と同時に、前線に迫る〝フォガー〟〝ブルフォグ〟の勢いが落ちた事が確認され、爆撃の有効性は感覚では無く、事実であると確認された。
 大江の予想通り、花冠の少女達の任務は爆撃作戦の援護を中心になっていく。それは、花冠の少女達も激しい消耗戦に身を置く事を意味していた。
 戦いはまだまだ続く。

 

 To be continued…

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