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塹壕の少女 第3章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

「キュレネ」の街を歩きながら物思いに耽る食べ物の魔女・ニコ。不意に彼女の歩く地面が変容し、ニコは塹壕へと迷い込んだ。
迷い込んだ塹壕で出会った少女に敵対者と勘違いされ、銃を向けられるニコ。
敵対者どころか同じ「魔女」であることを明かし、どうにか信頼を得、誤解を解くことができた。
少女からお詫びとしてチョコレートのレーションをもらうが……?

 
 

 ぴしりと硬直したニコを見て、少女にも緊張が走る。
「…………の……」
「の?」
「いつの時代の話ですか!? レーションが只管不味いなんて!!!!!」
 手をわなわなと震わせながら、ニコが叫んだ。びりびりと空気が震えるくらいに。もしかしたら煙幕で撒いた魔女狩りにすら届く声量だったかもしれない……が、その懸念よりもニコの剣幕がものすごく、少女は詰め寄られるままに、ニコをじっと見つめるしかできなかった。
 ずいずいずい、と先程までの遠慮の一切が消えたようすで少女と距離を詰め、鼻先がつくほどまでに顔を寄せるニコ。そしてがしりと少女の肩を掴む。思ったより華奢な肩だ。
 が、それは情け容赦する理由にはならず、前後に思い切りゆっさゆっさとする。
「軍用チョコレートが不味いのはね、まだいいんですよ! いいんですよ! だって軍用チョコレートはおやつとかで食べ過ぎないようにわざと不味く作ってあるんですもん! それはいいんです。わたしが許せないのはですね? あなたさっきこれが自分の知る中で一番美味しいって言ってたでしょ!? そのことです。これが一番美味しいって、これより不味いものしか食べてないってことですよねえ!? ねえ!?」
「え、あー、ええと……」
 ふいーっと視線を泳がせる少女。その頬を両側から押さえつけるように掴み、自分の方に向かせるニコ。本当に容赦がなくなっている。
「塹壕のことは詳しくないですけど! 食事ってあらゆることの資本なんですよ!? だから戦闘糧食だって、昔から工夫されてきたんです!! 不味すぎると食べられないし、戦いの最中の貴重な食糧が不味いというだけで士気が下がるから、美味しくなるように工夫されてきたんですよ!! これよりくそ不味い食べ物ばかり食べて生きてるっていう、その事実が!! わたしは! とても! 許せません!!」
 貴重な食糧を分け与えてくれたことに感謝はしている。不味くともそれは変わらない。が、これが一番美味しいですって!? というのがニコの主張であった。
 たまらず、魔法を行使する。ニコの「食べ物の魔法」は何もないところから食べ物を生み出す、というのが大まかな概要であるが、そのプロセスとして、ニコは「摂取したカロリーを魔法に変換している」。
 レーションはそもそも少量で大量のカロリーを摂取する目的の食べ物。その点に問題などなく、ニコは手のひらの中に食べ物を出した。
 魔法を目の当たりにして、きょとんとする少女に、ニコがずいっと差し出したのはおむすび。白米が握られ、海苔を巻かれている代表的な日本料理の一つなわけだが、それはただのおむすびではなかった。
 おむすびの三角の頂点に、何かが刺さっている。
「わたしが本当に美味しいと思うものはこれです。天むすって言って、おむすびの具が天ぷらになっているものです。食べてみてください」
「え、あの」
「毒なんて入れてませんから!」
 ニコの押しに、少女が折れた。少し待ってくれ、と告げ、ガスマスクを取る。
 天むすを受け取ると、恐る恐る、三角の頂点をがぶり。海老の尻尾をもしゃもしゃとしながら、首を傾げている。勢いのままに差し出したが、この子、海老の尻尾はイケる口なんだね、とニコは反応を観察。
 天むすはニコの大好物だ。基本、ニコに嫌いな食べ物はない。おむすびの具はなんだってうれしいし、混ぜ込みごはん系統のおむすびも大好きである。が、その中でも天むすは別格というか。
 まずおむすびに天ぷらを入れるという発想。天ぷらが突き刺さっているという絵面のインパクトはもはや語るまでもないが、そのインパクトに見劣りしない美味。ふんわりとした衣を纏う海老天。それを包む白米は通常のおむすび同様塩気もあるわけだが、天ぷらにも纏われているあまじょっぱいタレとの相性たるや、目を見張るものがある。
 それらを更に一体とさせるのは、一番外側で包み込む海苔。その包容力でもってふんわりとおむすびをまとめ上げている立役者だ。
 纏われた海苔がお着物のように見えてきたならば、頂点からぴょこと飛び出る海老の尻尾もチャーミングに見えてくる。おむすびなので、さして大きい海老天ではないが、食感と存在感はじゅうぶんに満足感を与えてくれる。
 てのひらサイズの幸せの食べ物。それがニコにとっての天むすであった。
 それを少女は無言で食べている。一口が大きく、豪快な食べ方に見えるが、音を立てていないので品よく見える。あっという間に平らげたので、口に合わないということはないのだろうが、無言だ。表情もほぼ無。
 顔色を窺っていたため気づいたが、わりと端麗な面差しをしている。秀麗な人物の無表情、無感情はなんとなく怖い。
 天むすは自信を持って大好物だと言えるが、こうも沈黙が続くと気まずい。喉に詰まらせないようにか、味わってくれているのか、しっかり咀嚼しているのはわかるのだが。
 おむすびを食べ終え、たっぷり五分ほどの沈黙。それを経て、ようやっと少女は口を開いた。
「……おいしい」
「!」
 ぱっとニコの表情が明るくなる。
 少女の表情変化は微かなものだったが、それでも口元が緩く笑みを描いているのがわかった。本当にほんのりとだけれど。それに、表情より如実に声色の柔らかさが少女が天むすをおいしいと思ってくれた事実を伝えてくれる。
 やっぱり、大好物を信じてよかった、とニコは胸を撫で下ろす。
「よかった。味わいがゲテモノなやつが好みだとか言われたらどうしようかと」
「そこまで、感覚麻痺は……してない、はず」
「滅茶苦茶自信なさげじゃないですか」
「チョコが一番美味しいと思ってたのは事実だから」
 チョコとは先程のチョコレートレーションのことだろう。ニコの目が据わる。
「あの。さすがにそれは塗り替えられましたか?」
「ああ。天むすの方が美味しい」
 即答が来て、ひとまず安心。これでチョコの方が美味しいと言われた日にはその謎を解明すべくアマゾンの奥地まで冒険に行かねばならないような心持ちにならざるを得ないところだった。
 それにしても、とニコは少女を改めて見る。
 色白といえば聞こえは良いが、あまり血の気が通っているように見えない肌。指の長い手。全体的に細身で手足が長く見えるが、これはもしかして細身というより痩せすぎなのでは? とニコは思った。服の上からで体型を推察するのは早計かもしれないが。
「あのぅ……名前、なんでしたっけ?」
「そういえば名乗っていなかったな。私はメディナだ」
「メディナ。ちゃんとごはん食べてますか? 魔女狩りに追われて大変とは思いますが、食べないと体力保たないですし」
「食べてはいる。あまり多くはないが携行食糧はある」
「……ふかしたじゃがいもより不味い携行食糧ですか」
「う」
 この「ふかしたじゃがいも」云々はチョコレートレーションの味の基準の話に基づいている。いざというときのためのレーションであるため、日常的に食べてしまわないようにチョコレートレーションは「ふかしたじゃがいもよりマシな味」になるよう調整されているのだとか。
 実際問題「ふかしたじゃがいもの方がマシ」な味と感じるものが多いかもしれない。それがメディナの食べていたチョコである。あまりにも味がひどくて食べることすらなく捨てられたエピソードがチョコレーションの歴史にはある。
 だが、それもいつの時代の話か。科学統一政府の邁進により、戦争のなくなる前から、レーション類の味は何度も見直されている。チョコレーションに至っては、レーションのセットの中で一番美味しいかもしれないと言われるほどにまで改善されたのだ。
 レーションはある程度長持ちはするが、それにしたってこんな味のものは、一体いつの時代の話なのか。
「というか。ふかしたじゃがいもは食べたことありますか? これより美味しいものは世の中にごまんとあるはずですが、美味しいものの記憶って、このチョコ以外にありませんか?」
「うーん……」
 悩ましげな声をあげながら、メディナはガスマスクを装着し直す。ニコは慌てた。
「あ。もっと食べたかったら出せますけど、いりません?」
「いい。あまり満腹に近いと、動きも鈍る。魔女狩りはまだ塹壕の中にいるしな」
 冷静である。
 満腹に近いと動きが鈍る、かぁ、とニコは反芻した。そういう親しみやすい感じがこの少女にあるのだなぁ、と。
 魔女狩りに追われているという状況を思えば、しみじみなんてしている場合ではないが。
「魔女狩りのこと、どうするんですか? 魔女狩りを置いて塹壕から出ていったりはしないんですか?」
 塹壕の魔女であるメディナしか構造を把握していない塹壕。どれだけ入り組んでいるかはニコも目の当たりにしている。軽く迷宮だ。そんなところに閉じ込めることができるのなら、放置して自分は逃げ仰せてしまえばいい。これまでもそうしてきたのではないだろうか。
 メディナは首を横に振る。
「私が離れると塹壕は消える。使用する者のない塹壕は必要がない。おそらく私がそう認識しているから、使用者である私が離れると消えるのだろう。試したことがある」
 塹壕から出て、一キロメートルもしないうちに、脳内にあった塹壕の内部構造のデータが消えて、塹壕の魔法が解けたことを察知した。そこからあっという間に追いつかれ、ほどなく再度魔法を発動することとなった。魔法の発動に苦はないが、追われる身として妙な神経を削ったと苦々しく記憶している。
 塹壕戦というのは基本的に塹壕を所有する防衛側が優位になる。防衛側である自身があらゆる優位を捨て去ってまで放棄するということは、戦いを放棄するということ。戦わないのに、塹壕はいらない、とメディナの脳が判断し、その結果、塹壕の魔法が解除されてしまうのだろう。
「じゃあ、結局、魔女狩りはどうしてきたんです? 戦って倒したり?」
「そうだな。探索されて構造を熟知されても困るから。でも、こちらからは探さない。塹壕戦というのは基本的に長期戦、要するに我慢比べだ。根負けして脱出するなり、精神が摩耗して隙が多くなったタイミングで奇襲したりといった感じか」
 簡単に言うが。我慢比べということは、メディナ自身も相当に耐え抜かなければならないことになる。それがこの痩せぎみな体型と蒼白な肌なのだろうか。
 食糧も大量に持ち歩けるわけでない。それなら、少量で多くのカロリーを摂取できるレーションを持ち歩くのも理にかなっている。
 だとしても、あんな味のものを「一番美味しい」という感覚にしているのは、食べ物の魔女として放っておけない。
「メディナ、あなたの大好物ってなんですか? わたしは塹壕に詳しくないですけど、食べ物を出すことはできます。教えてください」
 たまになら、好きなものを食べたり、普段食べられないものを食べたりしても許されるはず。ニコはそう考えた。

 

 To be continued…

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