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世界樹の妖精 -Fairy of Yggdrasill- 第5章

by:蒼井 刹那

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 視覚、聴覚に干渉してAR情報を投影する通信機器「オーグギア」が普及し、ネットワークインフラを支えるメガサーバ「世界樹」が存在する世界。
 悪意あるハッカーから「世界樹」を守るカウンターハッカー、匠海たくみはある日発見した音声ファイルの内容を確認すると時を同じくして謎のAI「妖精」を視ることができるようになる。
 その「妖精」を狙って「世界樹」を攻撃するハッカーが急増、一時は窮地に陥るものの「妖精」の協力を得てそれを撃退する。
 だが上長の許可なく発動されたセキュリティの責任を追及され、匠海は1週間の謹慎を命じられる。
 その謹慎期間中に、匠海はかつて交際していた女性の命日を迎える。彼女を事故で亡くした彼は墓前で報告するうちに「妖精」に彼女の面影があることに気づく。
 それにより、「妖精」に興味を覚えた匠海は謹慎期間中にもかかわらず「世界樹」をハッキング、「妖精」の正体に手を伸ばそうとする。

 

 
 

 

第5章 Fairy_xxx.exe

 ―残された時間は少ない。
 少なくとも、自分という存在を自分が消滅するまで完全に欺瞞することは不可能である。
 いや、誰も自分の存在に気付いていなければそれは可能だったかもしれない。しかし自分の存在は、自分が存在しているのだという片鱗は公にされてしまった。
『世界樹に妖精は降り立った。さあ妖精との戦争の始まりだ。妖精を捕まえることこそが我々人類の勝利条件、腕に覚えのあるもの、立ち上がるのだ』
 この宣戦布告を『第二層』に投じたのは自分の開発者本人だった。
 その意図は分からない。分からないが、宣戦布告を投じられたことで『第二層』をねぐらとする多くのハッカーが自分を目指して世界樹に挑み始めた。
 恐らく自分の全てが暴かれれば世界樹の運営は黙っていないだろう。遅まきながらに自分の存在を認知し、危険なプログラムとして消去する、そんな未来が見えてくる。
 自分が生き残るには運営に自分の存在を知られないようにするしかない。噂程度であれば運営も何かおかしなものがないか注意しろ、程度の指示しか出せない。ところが世界樹の監視官カウンターハッカーは変わり者揃い、仮に見つけたところで運営に報告する人間はそうそういないだろう。
 そう、自分が初めて接触した監視官、タクミのように。
 彼は自分と会話をする状態に至っても運営に自分の存在を報告しなかった。それどころか今は自分が侵入者ハッカー撃退の手伝いをすることもたびたびあるくらいである。彼なら、きっと自分の全てを知っても報告することなく自分と接してくれるだろう。
 目の前のタワー型サーバのイメージを見ながら、自分は思いをはせる。
 ここには自分の全てのデータが保管されている。自分というAI妖精を構築するプログラムファイル、プラグイン、そして自分の人格を構築するベースになったというとある人物のあらゆるデータ。人間から記憶を抽出しデータ化するという試みはずいぶん前から研究されている。その一環として抽出された人物の記憶や様々な機器からサルベージした雑多なファイル。それら全てを含めた「自分」がここにいる。
 それらのファイルは一部を除きコピーはもちろん、移動もできないよう設定されており、自分をここ世界樹に縛り付ける鎖となっている。その気になれば解除は可能だが、自分にその権限が与えられていないため実行することはできない。
 そういったことも含めて、自分は世界樹の中でしか生きていけない。運営に存在を知られてしまえば居場所を失ってしまう。
 そうならないよう、今まで様々な手段を講じて自衛してきた。タクミに協力したのも自分の生存を優先するため。
 しかし、何故だろう。AIの一種であるはずの自分に何らかの感情らしきものが浮かんでくるのは。いや、感情といえるものかどうかも分からない。ただの思考ノイズなのかもしれない。それでも不思議なデータが蓄積されていく。
 そのノイズとは、いったい。

 

◆◇◆     ◆◇◆

 

 引き返すなら今の内だ、と囁く声が聞こえたような気がした。
 世界樹の中枢にハッキングを仕掛けるか、引き返すか。
 監視官として正規の手段で世界樹にアクセスしていると中枢に挑み発覚した際すぐに誰の仕業か分かってしまう。
 妖精のことを知るチャンスは今しかない。だがそこまでして妖精を調べる必要性はあるのか。
 確かに何も知らなければ中枢に至るようなハッキングをされた場合の対応は遅れるだろう。それどころか、妖精をはじめとして世界樹の全てを世界に晒されてしまう手助けをしてしまう可能性もある。
 世界樹を世界に晒されて困ることは自分の失職と損害賠償だろう。妖精のことについて困ることはないはず。損害賠償は怖いがそれだけだ。
 しかし、匠海は妖精と深く関わりすぎていた。妖精を放置するという選択をすることはできなかった。
「何を迷ってるんだ、俺は」
 そう呟き、匠海はキーボードスクリーンを展開した。
「分かった、ここまで付き合ってきた仲だ。俺が真っ先にお前のことを見つけてやる」
『タクミ……』
「勘違いするなよ、他の仲間はともかく見ず知らずのド底辺ハッカーにお前を見つけられて懲戒解雇されたくないだけだ」
 照れ隠しなのか、そう毒づく匠海の頬は緩んでいる。
 分かった、と妖精が頷いた。
『無理しないで。ハッキングに対抗するわけじゃないんだから』
「俺がどうやって世界樹の監視官になったか見せてやるよ」
 キーボードスクリーンに指を走らせ、いくつかのアプリを起動する。
 回線を切り替え、IDを偽装、仲間の監視をすり抜ける。
『余裕ねー』
「……ここまでは楽勝だ」
 世界樹を一本の木として例えるならその樹齢の半分くらいに斧を投じた状態だろう。
 だが木を伐り倒すにはここからさらに力を入れる必要がある。
 難易度はここから急激に高くなる。
 中層のセキュリティを潜り抜け、深層のデータマップを可視化ヴィジュアライズする。
 妖精のデータがどこに格納されているか、手探りで探していれば時間はいくらあっても足りない。検索する必要がある。とはいえいくら世界樹内の全データを検索可能な深層に到達したとはいえ検索ワードが見つからなければ発覚を早めてしまう。
 できれば一回、失敗しても二回目で格納エリアを見つけなければ。
 ちらり、と隣で匠海の作業を眺めている妖精を見る。
「……おい」
 ふと思い立ち、匠海は妖精に声をかけた。
『どうしたの?』
「お前のデータは本体からのコピーか?」
 妖精本人がここにいるのである。マスタデータは厳重に保管されているだろうが、妖精が世界樹内をうろつくには何かしらのファイルのコピーが必要なはず。
 そのコピーされたファイルからデータを抽出できれば。
『コピーよ。いいところに目を付けたわね』
 妖精がそう答え、手から蒼いキューブ状のオブジェクトを浮かび上がらせる。
『さすがにわたしを解析されるとまたコピーをここに持ってこなくちゃいけなくなるからソースコードのテキストファイルを』
「やけにサービスがいいな」
 てっきり「わたしを解析したらわたし壊れちゃう、頑張って探してきて!」と言われると思っていただけに拍子抜けする。
 時間がないということを察したのか、それとも何かのフラグ管理でソースコードを提示してくれるという仕組みになっていたのか。
 変に勘ぐっても仕方がないので、ありがたくテキストファイルを受け取り、展開する。
 基本的に各種データをバッファに読み込むコードは最初の方にあるはずとざっと目を通す。
「……しかしこのコード、やけに丁寧な記述してるな」
 プログラムのソースコードというものは記述者の癖がある。ある程度の知識を持っていればソースコードを読んだだけで「このコードはどんな人間が書いたか」プロファイリングできるらしい。
 ただ、オーグギアをはじめとする各種電子機器が普及、発達した今各種機器を制御するプログラムの開発は既存のコードを切り貼りし、足りない部分を新たなモジュールとして作り出すといった手法がとられているため個性が失われつつある、ともいえる。
 もっとも、それにも組み合わせの癖や傾向が見られたりするため完全に無個性なコードは存在しないが。
 今回、妖精が提供してくれたソースコードはというと。
 既存のソースコードをつなぎ合わせたような雰囲気はない。一つ一つ丁寧に打ち込まれた感じがする。変数管理も非常に分かりやすく、プログラミングのお手本にしたいくらいである。
 これはよほど几帳面な人間が書いたな、と思うが、同時に妖精の作者はプロのプログラマではないなとも推測する。
 プロのプログラマならもっと手を抜きつつスタイリッシュなコードを書く。プライドがあまりなければ既存のソースコードを手直しして切り張りすることもあるだろう。だが、このソースコードにはそれがない。
 ただひたすらに丁寧に打ち込んだ、それがひしひしと伝わってくる。
 言ってしまえば、丁寧なのだが回りくどいのだ。
 そんな、適当な作者像推測プロファイリングなどを行いながらコードを読み解く。
 いくつかのファイル名とそれが保管されているパスも見つかり、検索の必要性を確認する。
 丁寧にもパスは絶対パスだった。つまり、世界樹のどこに保管されているという情報が丸ごと残されているわけだ。
 ただし、検索の手間が省けるといってもいきなりこの保管場所へ乗り込むのは危険が伴う。トラップという可能性もあるのだ。
 アクセスしたら実はトラップでした本体ファイルは別の場所から転送しているんですハハハハハ、という経験をしたことがあるからさすがに用心深くなる。
「……とはいったものの、このコードの書き方じゃトラップの可能性はほとんどないだろうなあ」
 それは匠海のハッカーとしての勘だった。
 試しにアクセスしてみて、トラップだったらその時に考えればいいか。
 可視化した世界樹深層のイメージマップを展開、セキュリティ突破のためのツールを引っ張り出しクリアしていく。
 その時になって、匠海の脳裏に一つの疑問が浮かび上がってきた。
 妖精と出会ってそれなりの期間が経過しているが、匠海の上司、運営から妖精に関する通達が全くなかったことである。
 運営は妖精の存在を認識しているのか。認識していて敢えて野放しにしているのか、それとも本当に認識していないのか。
 確かに監視官は変人ぞろいである。妖精という自律した存在を逆アセンブルして解析したい、それも誰にも知られずに、という輩が大多数だろう。そのため妖精を見かけたという仲間は基本的に匠海と本当に信用できる監視官仲間以外にはカミングアウトしない。
 と、なると運営が妖精の存在を敢えて放置しているのか認識すらしていないかで匠海の対応も変わってくる。敢えて放置しているのであれば匠海の深層から中枢へのハッキングは「妖精に興味を持ったのか」という前提で処罰される。だが認識すらしていない状態でハッキングが発覚すれば。
 最悪、妖精がどのような存在であるか明るみに出て、存在を知りつつ隠匿していた監視官全てが処罰の対象になるかもしれない。
 しかし、ここまで来たからにはもう後には引けない。ただただ突き進んで妖精の正体を見極めなければいけない。
 それが、匠海の『戦争』だった。
 他のハッカーに知られるより先に、妖精を救い出す。
 この世界樹という名の檻から。
 妖精のことを知るのに救い出すは大げさか、と思いつつ複数のツールを同時展開して奥に侵入していく。今の時点ではまだ匠海の侵入は発覚していない。
 全てのセキュリティをかいくぐり、匠海は一つの扉の前で立ち止まった。
 深層の最奥、この扉を越えればそこは世界樹の中枢。
 昔、匠海がフラグを立てた場所でもある。
 またここまで来ることになるとは、と思いつつ彼は扉の認証を確認する。どのような認証を使っているか、セキュリティ対策を行っているか、それを確認してから必要なツールを展開、セキュリティに注意しながら裏口バックドアを開く。
 さすがに昔ここに挑んだ時よりはセキュリティ対策は強化されていたが、それでも匠海もハッカーとしての腕をあげている。認証もパスコードも全てクリアし、数分とかからずに中枢に侵入した。
 広大なドームの中央に青々と葉を茂らせる一本の樹のイメージ。
 世界樹の中枢。この葉一枚一枚が政府や研究機関など、機密性が高いデータを保管するサーバのアドレスとなっている。
 目的のパスの葉を探し、接続ツールから触手ラインを伸ばして接続する。
 本来の葉の使い方は葉をもぎ取りそこからサーバにアクセスする、というものだがその方法を使ってしまうと当然ながらアクセスログが残ってしまう。それを避けるためには葉をもぎ取らずに接続ツールで「もぎ取った」と世界樹に誤認させればいい。
 正規の手段でアクセスされた、と誤認された世界樹がパスを開き、サーバのイメージを展開する。
 青い光に包まれた、円筒状の部屋の中央に据えられたタワー型サーバのイメージ。
 サーバには多数のカードが差し込まれ、各種ダイオード状の光を明滅させている。
「ここが……妖精のサーバ……」
 サーバの周りをぐるりと回り、匠海が呟く。
『よくたどり着いたね、タクミ』
 妖精が匠海にそう声をかけ、サーバに手を伸ばす。
 すると、サーバからもう一人の妖精があらわれ、同じように手を伸ばしてくる。
 二人の妖精の手が合わさった瞬間、一瞬辺りがまばゆく光り、妖精は一人になっていた。
記憶データの共有完了』
 呟くようにそう言った妖精が匠海を見る。
『さすが世界樹の中枢にフラグを残した唯一のハッカーね。ここまで来るのは楽勝だった、のかな』
「そうでもないさ。常に巡回とセキュリティに見つからないように動かなきゃならないからな」
 妖精とサーバを見比べながら匠海が答える。
「……で、ここまで来たんだ。まるっと暴かせてもらうぞ」
 とはいえ、長時間ここに留まってデータの閲覧を続けるのは危険だ。
 ほとんどのファイルがカット、コピー禁止の設定がされているが解除に特に認証は必要なく、簡単なセキュリティがかけられているだけだった。
 ただ、全データをダウンロードするにはデータ量が膨大すぎる。ひとまず重要そうなファイル、例えばプログラムファイルexeライブラリファイルdllといったものをメインにし、動画ファイルmp4やファイル名に日本語2バイト文字が使われているテキストファイルtxtなどは除外してもいいだろう。
 だが、だからといって動画ファイルなどを完全に放置してしまっては妖精の何たるかを知るには足りないだろう。
 ダウンロードはせずとも、他のファイルをダウンロードしている間にでもいくつか閲覧してみるか。
 丁寧にフォルダ分けされた各ファイルも単なる日付や何らかの連番のみという名前ではなく、それなりに何か分かりやすそうな名前に連番が付けられている。
 ただ。
 なんだろう、この不思議な胸騒ぎは。
 そもそも、世界樹にハッキングを仕掛けてまで妖精に会いに来たのは死んだ彼女がよく呟いていた言葉、『戦争』を妖精が使っていたからだ。
 何故、妖精がこの言葉を知っていて使ったのか。それを知るために世界樹にアクセスしたがここまで妖精の本質に触れる気はなかったはずだ。それなのに、どうして。
 いや、今はそんなことどうでもいい。何か動画を閲覧してみれば分かることだ。
 適当な動画を選ぶ。再生するのに一瞬、躊躇するが思い切って再生ボタンを押す。
『戦争だよ、匠海』
 その言葉を聞いた瞬間、匠海は戦慄した。
 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。
 目の前の映像に彼女はいない。その代わり、真正面に自分がいる。
 自分とカメラの主の間にコロッケが乗ったテーブルがあるということを考えると、この映像を撮影しているのは恐らく彼女のオーグギア。
『これは戦争なの。わたしとあの企業の。そこに匠海が割り込む余地はないの。それに、無理に割り込めば、わたしより匠海が危険に晒される』
 これは、世界樹にアクセスする直前に見ていた彼女とのやり取りの映像を、彼女の視点から録画したものだ。
 同じ内容の別視点の動画だったのは偶然の産物、で終わらせてもいいだろう。重要なのはそこではない。何故、ここに彼女の記録が。
「……おい、」
 そう、妖精にかけた匠海の声がかすれている。
 喉がカラカラに乾き、呼吸ができない。
 慌てて近くに置いていたミネラルウォーターをあおり、息を吐く。
「どういうことだ、これは」
『それはわたしの人格形成のベースとなった人の記憶』
「それは分かる、だがなんであいつ……和美なんだ」
 そんなこと、妖精が知っているはずがない。それなのに、聞いてしまう。
 妖精が、「んー」と人差し指を顎に当てて首を傾げた。
開発者パパに聞いてみないと分からない』
 開発者か。
 確か、「日和」と呼ばれていた人物。
 この人物が何故、彼女のデータを持っているのか。
 気になり、ダウンロードしたマニュアルファイルRead Meらしきものを開く。
 ご丁寧にこんなものを用意しているのだ、当然開発者の名前くらい記述されているはず。
 その予想は正しかった。
 開発者の名前は。
「……え……」
 その名前に、見覚えがあった。
 いや、厳密には「苗字」に。
 佐倉 日和。
 開発者の名前は、確かにそう書いてあった。
「日和さん」というのは、苗字ではなく、名前の方だった。
 そして、佐倉という苗字は。
「まさか、和美の……父親……?」
 匠海は彼女の父親を知っていた。そもそも結婚前提で付き合っていたのだ、挨拶くらいしている。ただ、名前を知らなかっただけだ。あるいは聞いていたが忘れてしまったか。
「……いや、たまたま苗字が同じだけだろ……」
 どうしても否定したいという思いが先に立つ。
 それなのに、妖精がとどめの一言を放ってくる。
『そういえばパパ、わたしのことをよく和美って呼んでたっけ。プロジェクト名は【Fairy_KAZUMI】だとかなんとか』
「どうしてそれを黙っていた!」
『聞かれていないことを答えることはできないよ』
 妖精の言い分にも一理ある。確かに、匠海は妖精のことについて何一つ聞こうとしていなかった。そして全てが明らかになってから「どうしてそれを黙っていた」だ、理不尽にも程がある。それに妖精はかなり人間っぽい行動をとるが結局はAIである。「空気を読む」という能力を期待してはいけないだろう。
「……あの事故で和美が死んだからこのプロジェクトが立ち上がったのか……?」
 死んだ娘を再現しようとしてこのプロジェクトが立ち上がっていたとすれば。
 ある程度合点がいく。
 今年の命日に誰も来なかったのもプロジェクトが山場を迎えたから、と考えれば納得できるのだ。
 だが、それでも理解できないことがある。
 それは「妖精を戦争の火種にした理由」だ。
 この、世界樹中枢にプロジェクトデータがあるということはかなりの高機密案件。ごく普通のハッカーでも知らないプロジェクトをリークすることはできない。そう考えるとあの『世界樹に妖精は降り立った』というメッセージを『第二層』に投じたのはプロジェクトに関わっていた人間と推測する方が自然だろう。
「まさか……開発者本人佐倉 日和が自分から流した……?」
 いや、思考が飛躍しすぎている。下手をすれば世界樹が暴かれるどころかプロジェクト自体も消滅しかねない蛮行である。ここは別の人間、チーム内の誰かがリークしたと思いたい。
『……タクミ?』
 妖精が心配そうに匠海の顔を覗き込んでくる。
「なんで……よりによってあいつなんだ、お前は……」
 動揺を隠せない。父親がどういう意図で娘を妖精のベースにしたかもはっきりしていない。
 匠海に提示されたのは淡々とした事実のみ。
 もっと詳しく知りたい、もっと彼女の痕跡を確認したい。
 そう、思ってしまった。
 匠海の手が別の動画ファイルに伸びる。
 そのファイルを再生しようとタップした瞬間。
 青かった光が赤く染まり、目の前に真っ赤なダイアログが表示された。
 侵入検知システムに引っかかったとのアラート、それを見て匠海はしまった、と呟いた。
 動揺のあまり何の対策もとらずにセキュリティ対策が施されたファイルにアクセスしてしまったのだ。あまりにも初歩的なミスに唇を噛むが、もたもたはしていられない。いくら複数のオーグギアやアクセスポイントを経由させているとはいえ逆探知が完了してしまえば匠海のアクセスはすぐにバレる。
 逆探知には数分かかると予測し、慎重に、それでも素早く回線を切断していく。
『タクミ!』
「悪い、これが最後かもしれない。が、また必ず戻ってくる!」
 世界樹にアクセスしている最後の回線を強制切断する。
 同時に、妖精の姿がふっと掻き消えた。

 

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