甘き過去に想いを馳せて
by:蒼井 刹那 Tweet
――そもそも、バレンタイン自体俺には無縁なんだが。
日本人街の商店に並ぶホワイトデー商戦の広告に
アメリカではバレンタインというものは男女関係なくパートナーに感謝や愛を伝える日として広まっており、三月十四日のホワイトデーなどというものは存在しない。
ところが日本人街では「プレゼントをもらった男性が女性にお返しをプレゼントする日」として認識されている。
ホワイトデーという文化自体が匠海のかつての先祖が暮らしていた国、日本の風習であるということは知っている。
だが
どうしてプレゼントにお返しのプレゼントをしなければいけないんだ、と疑問に思いつつ匠海はいつもの通勤路を歩く。
そもそも、匠海はバレンタインデーにプレゼントをもらうことも、ましてや渡すこともなかった。
子供の頃なら「お菓子交換」という名目で実践していたかもしれないが、ハイスクールに上がってからはそんなことをした記憶すらない。
そう、あの
そもそも彼女とは正式に交際、いや、婚約してからバレンタインデーを迎えることはなかった。それどころか彼女の誕生日やクリスマスというビッグイベントですら。
二人でそのような行事を楽しむ前に、彼女は逝ってしまった。
だからもう、無縁だとは思っていたが。
そんなことを考えていた匠海の足が、とある商店の前でふと止まった。
ショーウィンドウの中のお菓子の一つに目が留まる。
――ドミンゴのチョコレートか。しかも新作。
そういえば、和美はチョコレートが好きだったよな、と思い出す。
「最初はアメリカのチョコレートは口に合わないと思っていたけどドミンゴだけはすごくおいしくてハマっちゃった」と言いながら楽しそうに包みを開ける彼女の思い出が昨日のことのように思い出される。
ドミンゴと言えばサンフランシスコでは定番中の定番なチョコレートメーカーである。
かつての工場跡地がドミンゴスクエアとしてショッピングセンターとなっており、一度だけ彼女と行った記憶がある。
あの時の和美のはしゃぎようはすごかったよな、と思いつつ、匠海は一歩踏み出し――
気付けば小さな包みを手に店の外に立っていた。
ドミンゴの新作チョコレート。和美が生きていればきっと喜んで買っていただろう。
包みを手に、匠海は
歩きながら
《仕方ないな
苦笑しながらもとうふは了承し、安心したように匠海はロサンゼルス行きの電車に乗り込んだ。
温かい日差しが墓地を照らしている。
その中の、ある墓の前で匠海が立ち止まった。
「……来たぞ」
呟くそうにそう言い、先に手を合わせる。
『やっほー、元気してるー?』
匠海の左肩のあたりで大人しくしていた妖精がたまらず墓にそう声をかけると、匠海は、
「だから自分を煽るなと」
そう言いながら、つん、と妖精をつついた。
『むぅ』
今のわたしはここにいるんだけどなあ、などとぼやきながら妖精は匠海の行動を見守っている。
匠海はというと跪いて先ほど買ったチョコレートの包みをそっと墓に置いていた。
「……ドミンゴの新作チョコレート、見つけたから」
『もらってもないのにホワイトデーとかどゆこと』
うるさい、と妖精のツッコミに匠海がむくれる。
「バレンタインは結局何もしなかったし新作見つけただけだから!」
『
「配ってないし! あれは撮影だ!!」
妖精の茶々がいちいち頭にくるがかといって削除しようとは全く思っていない匠海。
それでも、バレンタインの一幕、ユグドラシルの理解を深めてもらうためという名目でトップカウンターハッカー達のブロマイドを作るとかいう撮影は自分にとって僅か一ヶ月前の出来事なのに黒歴史すぎて今すぐ記憶から消し去りたい。
『あまり深く考えちゃダメだよタクミ、本人としてもいつまでも自分の事引きずってほしくないんじゃないかなあ』
「……分かってる。だが、俺は」
立ち上がって墓を見ながら匠海が呟く。
――それでも、今はまだお前しか見えない。
たとえ彼女がそれを望んでいなかったとしても。
今はまだ追いかけていたいのだ、と。
『……』
墓の前で佇む匠海を、妖精が今度は黙って眺める。
その横顔は以前ほどの悲痛さはなく、少しは前に進めているのではないかと思わせていた。
「……愛してる。多分、これからも」
――もし、「次」の出会いがあったとしても。
絞り出すように呟き、それから「また来る」と続けて、匠海は踵を返した。
おまけ:バレンタインデーのブロマイド
AWsワンドロで描いたから年が二〇二三年だが
実際は……もっと未来の話
おまけ2:翌日、こうなった
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