知らぬが花火

  

 パパパパンと爆発音が響き渡る。といっても銃声や砲声ではなく、それは花火の音であった。
 その美しい光景を士官用食堂のテラスでジュース瓶を片手に眺める男がいた。
「やあ、少尉。皆は上に行っているが、君はここでいいのかい?」
 ジュース瓶を持つ男、少尉よりも豪華な星が付いた階級章を身に着けた男が少尉に話しかける。
「お疲れ様です。中佐。兵舎で多少隠れてしまいますが、欠けていても花火は花火ですから」
 少尉は中佐に対して、敬礼をしながら返事をする。
「折角の和平条約の記念だ。司令部の屋上なら、混んでいないし、欠けずに見えるぞ」
 ポンポンポンと花火は上がり続ける。高度の低い花火であったらしく、テラスからはその輝きしか見られない。
「お気遣いありがとうございます。人込みが嫌な訳では無いのです」
 空の輝きに目を向けながら、少尉はジュースを口に運ぶ。
「ほう、では何故人気の無い所で花火を見ている? 君の事だ、食い気という訳では無いのだろう?」
 テラスに備え付けられているジュース瓶の自販機にお金を投じながら、中佐が尋ねる。
「和平記念という事で、戦争に使わなかった火薬を花火にするという趣旨でしたよね。しかし、我々の使う火薬と花火に使う火薬は異なる物です。黒色火薬なんて、我が軍もそこまで備蓄していないでしょう?」
 パララと空に弾ける閃光は、大量の白煙を辺りに散らしており、基地の照明の筋がはっきりと見える様になっている。
「まあ、マスケット銃や初期のライフル銃位にしか使えないからね」
 自販機に備え付けられた栓抜きで、ジュースの栓を開けながら中佐が回答する。
「と、いう事はあの花火の大半は戦争の為ではなく、元から花火の為に用意されていた物でしょう? それを皆で騒ぐのはちょっと違う気がしまして」
 パンパパンパンと連続して花火が打ち上げられ、空を明るく染める。
「ああ、なるほどね」
 中佐は、納得した顔をした後、ジュースを口に含む。
「それなら心配いらないよ、少尉」
 ジュースを飲みこんだ中佐が笑顔を見せながらそう言う。
「といいますと?」
 ポンポンドドンと激しさを増してきた花火から目を離し、少尉は中佐の顔を見つめる。
「あの花火に使われている火薬は全て、我が軍が戦争の為に備蓄していた物だよ」
 中佐がそう言ったのと同時に少尉は花火の方を見つめる。花火はいまだ轟音を立てて次々と上がり、夜空を輝かせている。
「それはつまり……」
「平和になってよかったな少尉。私は飲み物も飲んだし、また上で花火を見てくるよ」
 その声に少尉が中佐の方を向いた頃には、中佐のジュース瓶は空になっており、中佐は手を振りながら士官用食堂の出口に向けて歩き始めていた。
「ええ、全くですね」
 中佐の背中にそう言いながら、少尉は椅子に深くもたれ掛かる。
 花火はいまだに、空を明るく染めていた。

 

End

 


 

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