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花冠の約束 第4話「打ち上げた思い」

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

高校野球の地方大会、決勝戦。
ここぞというところでフライ天ぷらを打ってしまい、負けてしまったことを悔やむ秀明ひであきとそれを慰める臣人おみと
幼馴染の咲希さきにも慰められるが、その平和は突然の爆発によって打ち砕かれた。
「アドベンター」と呼ばれる宇宙からの侵略者を前に、秀明と臣人は軍に入ることを決意する。
3年後、成人した秀明と臣人は最前線の塹壕でアドベンターと戦っていた。
仲間には目もくれず敵を撃ち抜く2人を、仲間は「死神」と呼んで避けるようになっていた。
ある春の日、春の陽気に中てられて秀明と臣人はキャッチボールをする。
いろいろなことを考えているうちに、二人は塹壕の仲間から草野球に誘われる。

 
 

 襲来警報。
 宿舎に鳴り響いたサイレンに、控えの兵士たちが一斉に銃を手に立ち上がる。
「おいでなすったか!」
 双眼鏡を手にした臣人が、スタンドから狙撃銃を取り出す秀明を確認した。
 秀明は無言で狙撃銃の安全装置を解除し、テントから飛び出す。
「予報がずれたか!」
 襲来予報自体はあった。ただ、それが数時間早まっただけだ。
 上空を漂う多数の光に、臣人も秀明も舌打ちをする。
 憎き仇。咲希を殺した、決して許せない、敵。
 上空では航空部隊も出撃しており、激しい戦闘が始まっている。
 航空隊の仕事は一体でも多くのアドベンターを撃破し、地上に降下させないことだ。空中でも圧倒的な力を持つアドベンターではあるが、航空部隊の活躍で思うように侵攻が進まないと判断したか、地上に降下して地上戦力を掃討する戦法を取っている。航空部隊にとっては地上部隊が撃破されれば着陸すらままならなくなるので空中戦の段階で戦力の大半を撃破しておきたいところである。
 そんな、空を飛び交う光弾とミサイル、レーザー光を見ながら秀明は持ち場に走り込んだ。直後、臣人もその隣に並んで双眼鏡を目に当てる。
「今日は多くね!? 本気出したか?」
 航空部隊もかなり頑張ってはいるが押されている。いつもより多い、降下済みのアドベンターに臣人が軽い口調で秀明に報告した。
「いずれにせよ、全て殺すだけだ」
 冷静な口調で答えつつ、秀明がボルトを引いて初弾を装填する。
 アドベンターの姿を見るだけで殺意が湧き上がる。視界に入るアドベンターは全て殺すと心の中で誓う。
 だが、その感情だけで引き金を引けば当たる弾も当たらなくなる、ということは身をもって思い知っていた。
 怒りに任せてはいけない。怒りの感情がある時ほど冷静にならなければいけない。
 殺意が、冷たさとなって秀明の心を冷やしていく。
 スコープにアドベンターの頭部を捉え、引き金を引く。
 その指に躊躇いはない。
 スコープの向こうでアドベンターの頭部が弾け、続いて他の味方の弾が当たりバラバラにはじけ飛ぶ。
 HEIAP弾の威力が高すぎるのか、木っ端みじんと言ってもいい状態で死体が地面に散らばる。
 本来の戦争なら対物弾であるHEIAP弾を人間に撃ち込むのは国際条約で禁止されているが、相手は人間ではなくアドベンターである。そんな相手に人道的配慮など必要ない。
 地面に落ちたアドベンターの手首に、咲希の最期がフラッシュバックする。
 あの時の咲希もアドベンターが放った光弾の炸裂で木っ端みじんに吹き飛び、残されたのはたった一つ――右手首だけ。
 軍に入った直後はそのフラッシュバックに何度も悩まされた。込み上げてくる吐き気は今も変わらないが、あの頃のように吐いたり我を忘れることはない。
 むしろフラッシュバックを起こした方が集中できる。あの時の無力感を怒りに変え、その怒りを燃料に心を冷やし、引き金が引ける。
 臣人の声だけが耳に届く。その声に従って銃口を動かし、引き金を引く。
 風切り音と共に光弾が飛来する。
 音の位置で自分には影響がない、と読んだ秀明は回避行動をとることもなくスコープを覗き込んでいた。
 離れた音で爆発音が響き、いくつかの悲鳴や後方に送れという怒声が風に乗って聞こえてくる。
 あの方向は二班か――そんなことを考えながら、いつもと変わらず「死神」として引き金を引いていた。
 塹壕にいる仲間なんてどうでもいい。どうせすぐ死ぬし、庇ったところでその分アドベンターに対する攻撃の手が止まる。余計な情を掛ければその分戦争が長引く――そう思っていたのに。
 ちり、と顔の産毛が痛むような錯覚を覚える。
 いいのか、と囁く声が聞こえる気がする。
 このまま仲間を見捨てていいの?――そんな咲希の声が聞こえた気がして、秀明は一瞬目を閉じ、首を振った。
「俺はお前の仇を取ると決めた! 他の奴なんて――」
「秀明?」
 いつもなら何が起こっても動じることなくアドベンターを撃ち続ける秀明の異変に臣人が気付かないはずがなかった。
 大丈夫か、そう声を掛けようとしながらも臣人は双眼鏡から目を離さなかった。
「秀明! 来るぞ!」
「っ!」
 臣人の声に、秀明が我に返って引き金を引く。
 かなり近くまで迫っていたアドベンターが弾け飛ぶ。
「どうしたんだ、秀明!」
「分からない。分からないが――」
 ちりちりと痛む胸に、秀明が自分を叱咤する。
 味方のことを考えている暇はない。自分が引き金を引かなければ被害はより大きくなる。
 それなのに周りの味方が気になって仕方がない。
 今まではそんなことは一度もなかったのに、何故、今頃になって。
 そう自問する秀明の脳裏に、一つの記憶が差し込まれた。
 ほんの数日前、塹壕の仲間とプレイした草野球――。
 あの時の仲間の笑顔がよぎり、秀明はもう一度首を振った。
 ――そんなことで!
 あの時は春の陽気に中てられただけだ。だが、そうではなく仲間に絆されたとでもいうのか。
 バカな、あり得ない。今の自分にとって、仲間は足手まといの枷にしかならない――!
 再び光弾が飛来する。
 先ほどよりは近い位置に着弾、炸裂し、いくつもの悲鳴が上がる。
 臣人が言った通り、アドベンターは本気を出したのか。
 光弾の数がいつもより多い。アドベンターの数も多い。
 押される、自分一人では捌き切れない。
 そんな不安が一気に押し寄せてくる。
 いや違う、自分がここで怖気付けばもっと多くの仲間が犠牲になる。
 平静を取り戻さなければ――そう思ったとき、スコープの向こうでアドベンターが光弾を射出する様子が見えた。
 角度的には着弾しても秀明たちには影響がない。しかしその方向は――。
 気が付けば秀明は銃を放り出して駆けだしていた。
「秀明!?」
 秀明の動きに臣人が声を上げる。
 この行動は明らかに異常だ。いつもの秀明なら仲間の損耗など全く気にせずに狙撃に集中する。それなのに何が秀明を駆り立てたのか全く分からない。
 走りながら、秀明は塹壕のメンテナンスに使われてたまま放置されていたスコップを拾い上げた。
 ――間に合え!
 打ち出された光弾はまだ上空だが、放置していればすぐに着弾する。
 そこに自分がいれば確実に巻き込まれるのは分かっていたのに、秀明は光弾の落下地点に向けて走っていた。
 何が自分を駆り立てるのか分からない。
 脳内で咲希がやめてと叫んでいるが、その叫びですら秀明を止められない。
 光弾の落下より早く着弾地点に到着し、秀明は両手でスコップの柄を握りしめた。
 光弾をまっすぐ見据え、足を開き、スコップを頭の高さに上げてわずかに引く。
 背筋は伸ばしすぎず、腰を前に出す感覚で全身の軸を一本にする。
 飛んでくる光弾はプロ野球のピッチャーの弾よりはるかに遅い。スピードが分かれば目をつぶっていても打てる。
 軸足に体重が乗るよう反対の足をわずかに上げ、腰をひねる。
 ばねとなった全身の力の流れがスコップに集中する。
「させる――かよおぉぉぉぉ!!」
 全力で、スコップを振りぬく。
 光弾のスピードと軌道を完全に読んだ打撃の瞬間インパクト
 振りぬいたスコップのヘッドが完璧に光弾を捉える。
 その瞬間、周囲の時間が止まったような錯覚を、その場にいた全員が覚えた。
 秀明が振りぬいたスコップだけがスローモーションで動いていく。
 バットが球を捉えた時のような音はしない。ただ静かに、光弾が歪み、弾き返される。
 弾き返された光弾はこちらに飛んでくるときの運動エネルギーが反転、更に振りぬかれたスコップのエネルギーも吸収し、猛烈な勢いで飛び上がった――秀明の想定に反して。
「天ぷら!? こんな時に!」
 天高く舞い上がる光弾。それは野球で言えば明らかに天ぷらフライと呼ばれる打球だった。
 秀明の計算では撃ち返した光弾はそのまま光弾を放ったアドベンターに返品ピッチャー返しするはずだった。野球ではピッチャー返しは即アウトの可能性もある危険な球だが、アドベンターに対してアウトだのセーフだの言っている余裕はない。ピッチャー返しのもう一つの可能性――ピッチャーに対する強襲で負傷させる可能性に賭けた。
 本来なら意図的にそんなことをするのはスポーツマンシップに反する行為ではあるが、秀明がしているのは戦争であってスポーツではない。勝てば官軍と言われるこの戦いでは、あらゆる手を使ってでも勝たなければいけない。
 しかし、打ち返した光弾は天高く舞い上がった。
 光弾は人類側の榴弾に近いため、着弾した後わずかなタイムラグが発生し、炸裂する。
 ピッチャー返しが成功していればアドベンターを確実に葬れただろうが、天ぷらとなってしまえば――。
 秀明の目にわずかに絶望の色が浮かぶ。
 こんな局面でも俺は「天ぷらの秀明」なのか――そう思った瞬間。
 最高点に到達した光弾は降下に成功し、着陸態勢に入っていたアドベンターの群れの真っただ中で炸裂した。爆風に巻き込まれ、光弾から放たれた無数の光の棘に撃ち抜かれ、爆散するアドベンターたち。
「な――」
 上空を見上げたまま、秀明が掠れた声を上げる。
 秀明が狙っていたアドベンターは一体だけだった。だが、今の一撃で少なくとも五体のアドベンターが吹き飛んでいる。
 予期していなかった戦果に、周囲の仲間もあっけに取られている。
 が、すぐに仲間たちは銃を天に掲げ、雄たけびを上げた。
「田宮がやったぞ! 今のうちに押し返せ!」
「田宮が作ったチャンスを無駄にすんな!」
 そんな叫びに、秀明も我に返る。
「後は任せた!」
 そう叫び、秀明が自分の持ち場に戻る。
「任された! 死神の援護とあっちゃ無駄にできねえからな!」
 そんな声が背中に投げかけられる。だが、不快感はない。
 逆に、体の奥底から新たな熱が湧きあがるような気がした。
 咲希の仇を取るという執念から生まれた冷気ではない。味方を助けることができたという誇らしさから生まれた――必ず勝つという熱。
「すまん!」
 自分の銃を拾い、秀明は即座に伏せ撃ちの体勢に入った。
「やるな! 『天ぷらの秀明』!」
 臣人の軽口に叱咤は含まれていない。むしろ自分の事のように誇らしげに語り掛けてくる。
「正面、来るぞ!」
「応!」
 臣人の指示に、秀明が引き金を引く。
 秀明の天ぷらが最後の一隊を撃破したのか、上空から降りてくるアドベンターの姿はない。
 こうなればもう消化試合だ、と油断はしないが一安心する。
 仲間も秀明の援護に一気に戦意が上昇したか、いつにない勢いでアドベンターに対して銃弾を叩き込んでいる。
 できるなら最初からやれよ――そう苦笑しつつも、秀明も理解していた。
 いつもなら救護すらしてくれない死神が手を貸した。その結果、敵の数は減り、今日の戦闘の終わりが見えた。
 それだけ、とも言えるが、些細なことで人間の戦意は大きく変わる。
 終わりの見えない戦いから終わりが見えた、そのきっかけを死神が作った。
 仲間にとってはこれ以上ないアドレナリンの投与だった。
 一体、また一体とアドベンターが打ち倒されていく。
 結果として、今回の戦闘はいつになく激しかったにもかかわらず早期に決着がついた。
 秀明に撃ち抜かれ、最後の一体が弾け飛ぶ。
 監視塔からも「全てのアドベンターの撃破」が確認され、塹壕全体に戦闘終了のサイレンが響き渡る。
 途端にどっと広がる安堵の空気。
 秀明もふう、と息を一つつき、狙撃銃を塹壕の壁に立てかけた。
「お疲れさん。今日も生き残ったな」
 そんな臣人のねぎらいが、いつもより温かく感じる。
「田宮!」
 力を抜いて壁にもたれかかったところで、仲間たちが秀明を呼びながら駆け寄ってくるのが見えた。
 ああ、あれはさっきの――無事だったか、とほっとするのも束の間、秀明は仲間たちに囲まれていた。
「田宮、さっきのすごかったぞ! さすが元野球部!」
「スコップで打ち返すとか何食ったらそんな考えできるんだよ!」
 次々投げかけられる質問に、秀明が苦笑する。
「いや、たまたまだ。元々は撃ってきた奴だけ狙うはずだった」
「そーそー、こいつ、ここぞという時に天ぷら打つからな!」
 秀明が囲まれたことで輪の外にはじき出されていた臣人が仲間を搔き分けて隣に立つ。
「甲子園は出そびれたからな……。でも知ってる奴は知ってるぞ、こいつは――」
「『天ぷらの秀明』! お前だったのか!」
 臣人の言葉を遮り、仲間の一人が声を上げる。
「……」
 一瞬、臣人が不満そうな顔をするが、すぐに笑顔を浮かべて秀明の肩に腕を回す。
「そーそー! 『天ぷらの秀明』! 俺と秀明でバッテリー組んでたんだぜ?」
「だからお前ら普段からつるんでたのか! 普段から息の合ったバディだとは思ってたが、バッテリー組んでたなら納得だわ……」
 仲間に囲まれて次々質問を投げられ、秀明は一瞬「これでいいのか」と自問した。
 自分の目的はただ一つのはずだ。仲間との交流は目的にはない。
 だが――何だろうか、この心地よさは。
 あの草野球でも、仲間と言葉を交わすことに不快感はなかった。その時以上に、生ぬるい心地よさが全身を包んでいく。
 戦闘の緊張から解放された疲れもあるかもしれない。それでも、秀明は会話を打ち切ろうとしなかった。臣人もなんだかんだ言いながら会話に混ざり、楽しそうに話している。
 ――本当は、俺は――。
 咲希のことを考えずに仲間と交流したかったのだろうか。
 臣人はどうだろうか。
 いや、臣人は「お前が望むなら俺はついていく」と言いかねない。
 臣人に意思がないのではない。秀明が望むのなら同じものを望む。同じ勝利を掴み取る。
 恐らく、道を違えるとしたらそれはどちらが咲希と結ばれるか、ということだけだ。
 咲希がいない今、望んでも仕方のないもの。そうなると自然と二人の道は重なったものになる。
 それでいい、と秀明がちら、と臣人を見る。
「ん? どうした?」
「いや、なんでもない」
 臣人に不満がないのならそれでいい。
 いや、不満がないことはないだろう。秀明が仲間を救った英雄として囲まれているのを臣人がなにも思わず見ているはずがない。
「――嫉妬してるだろ」
「うわこいつ調子乗ってやがる」
 照れくさそうに笑い、臣人がほら、と秀明の腕を掴む。
「とっとと戻るぞ。腹減った」
「図星かよ」
 臣人のことはお見通しだ。伊達に幼いころから一緒にいない。
 もしかしたら、これが呼び水になって臣人も何か変わるかもしれない――。
 そんな期待をかすかに抱えながら、秀明は臣人と並んで歩きだした。
「今日の夕飯は何だ」
「メニューではハヤシハンバーグってあったはずだが?」
「いいな。ハンバーグは好きだ」
 いつもなら戦闘後の食事は砂を噛むように味がしなかったが、今日は何故かおいしく味わえそうな気がする。
 それだけで自分の心がいつになく軽くなっていることに気づき、秀明はちら、と空を見上げた。
 アドベンターが降りてくる忌々しい空。だが、今はそんな感情がなく空を見上げられる。
 戦いが終わったばかりで、空はまだミサイルの煙などが残って汚れているが、それでも煙の隙間から見える青空はきれいだ、と思えた。
 ――いつか、この空を取り戻せるだろうか。
 その時まで、生きているだろうか。
 そんなことを考えながら、秀明と臣人はテントの幕を上げて中に入っていった。

 

 To be continued…

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