• 塹壕の街の海老天うどん
  • 第1章
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塹壕の街の海老天うどん 第1章「〝幻のうどん屋〟の噂」

 
 

 強く息を吸い込む。
 頭に装着した花冠の香りが僅かに鼻腔をくすぐる。
「しっ」
 その香りの力を頭から手の先へ伝えるように意識しながら、息を吐く。
 掌の先に炎が出現し、一点に収束。
「いけっ!」
 炎がまるで矢の如く放たれる。
 放たれた先にあるのは一つの的。炎の矢はそこへと寸分違わず命中し、その的を焼き尽くした。
「さっすが、アマエル様ですわ。純人間でここまでの魔法を扱えるなんて」
 そこへ大きな狐の尻尾が特徴的な黒髪の少女が近づいてくる。
「わ、マリーヌさん……、む、胸が当たってるから……」
 体をすり寄せてくる黒髪の少女、マリーヌの行動にアマエルが驚く。マリーヌの大きな胸がアマエルの体にあたっている。
「ちょっと、マリーヌ! 何を私のアマエルに擦り寄ってるのよ! アマエルもデレデレしないの!」
 そこへピンと張った猫尻尾が特徴的な金髪の少女が駆け寄ってきて、二人を引き剥がす。
「イレタ、別に僕は、デレデレしてたわけじゃ……」
「いいえ、してたわ。全く、マリーヌの色仕掛けはいつものことなんだから、いい加減慣れなさいよね」
 金髪の少女、イレタに対し、アマエルは抗議するが、イレタは聞き入れない。
「ご、ごめん」
 アマエルは思わず謝罪する。
「ふっ、そこで謝るとは、やはりデレデレしていたのだね。全く純人間は、混血種に好かれるからと、すぐにころころと相手を変える。イレタ君、どうだね、こんな男より私を……」
「……」
 尖った牙のような歯が特徴的な色白な男が声をかけてくるが、イレタは無視する。
「はいはい、みんな、純人間が珍しいのは分かるが、そろそろ次の人の試験をしなきゃならんからな。アマエル君は、次の人に花冠を渡すように」
「あ、すみません。はい、グエルシェン君」
 鳥の嘴のような口をした先生がそう言うと、アマエルは素早く謝罪して、花冠を次の人である、色白の男、グエルシェンに渡す。
「ふっ、見ていてくれたまえ、イレタ君。私の魔法を」
 そう言って、グエルシェンが花冠を頭に被せてから、右手を構える。
「いけ、炎の矢だ!」
 グエルシェンの生成した炎はアマエルのそれより大きな火球となって的に命中する。
「ふっ、見たかな、イレタ君」
「はいはい、すごいすごい」
 その様子に、呆れた様子で、イレタが応じる。
「先生、このテスト、終わったら帰っていいんですよね?」
「ん? あぁ、時間がかかるからね、終わった人から帰って構わないよ」
「だって、行こう、アマエル」
「う、うん」
 イレタに導かれ、アマエルがそれに続く。
「あぁ、待って下さいまし、アマエル様〜」
「マリーヌさんはテストまだでしょう」

 

 様々な種の人類が世界に版図を広げてから長い時が過ぎていた。
 種の異なる人類は種の違いを乗り越え混血していき、今では純人間と呼ばれる純血の人間の方が少ないほどである。
 しかし、それだけ種の違いを乗り越えた彼らも国家の違いまでは乗り越えられなかった。
 時にHuman EraHE2018C14年7月28日。世界の中心地たるフラジスタンの国家間で戦争が起きた。
 対魔物用を想定して開発された技術である「魔法花冠技術」さえも投入され、激しい塹壕戦の形を成したその戦いには、数々の新兵器が投入されたという。
 海の向こうのインディアス合衆国や東洋のヤーパンまでも戦いに介入したその戦争は「魔法世界大戦」と呼ばれ、世界中を恐怖に陥れた。
 そして、Human EraHE2018C18年11月11日。終戦。
 激しい戦争は五十カ国もの国家を巻き込み、多くの人類を犠牲にして進み、やがて終わった。
 
 これは、そんな大戦が過ぎた後、世界の中心たるフラジスタンのガリア国に存在する塹壕に囲まれた街「トランシェヴィル」を舞台にしたとある幼馴染男女、純人間のアマエル・ブリーと、ケット・シー混血のイレタ・ベルランの物語である。

 

「うーん、魚が食べたい! それも海魚が!!」
 トランシェヴィルの街中を歩きながら、尻尾をピンと立てて、イレタが叫ぶ。。
「そうは言っても、まだ戦争の名残で魔物も多いし、僕らだけで海まで行くのは無理だよ」
 それに対し、アマエルはまぁまぁ、と宥める。
 魔物と呼ばれる存在が正確にはなんなのかはよく分かっていない。
 確かな事は魔法を操り、人類を襲うという事であり、そして、人類は魔法を介して彼らをある程度操れるという事であった。
 魔法世界大戦では多くの国が魔物を制御して操り兵器として活用した。
 現在はその頃の名残で、魔物がフラジスタン中に散らばっているのが現状で、塹壕に囲まれた街の中はともかく、外は危険で一杯であった。
「そうは言っても、そのせいで、海魚がこっちまで来ないんじゃない!」
 イレタの尻尾がふにゃりと地面に落ちる。そう。移動が困難なのは何もティーンであるアマエルとイレタだけではない。物運を担う人々も同じだった。
 幸い、トランシェヴィルの人々は単独で最低限の自給自足が出来ているので、生活に困ってはいなかったが、イレタが海魚を欲しがるように、嗜好品の一種としての食料は不足している状況にあった。
 そこでふと、話し声が聞こえてくる。
「ねぇ、もう行った?」
「あぁ、前に話してた幻のうどん屋ね? まだ行けてないのよねぇ、なかなか見かけなくって」
「あらそうなの? あそこの海老天うどんは絶品よ、ぜひ行ってみて」
 などという話し声に、イレタの猫耳と猫尻尾がピンと立つ。
「今の聞いた!?」
「う、うん、聞こえたけど」
「海老天うどんですって! うどんってあれよね、ヤーパンの麺類よね。海老天ってのも海老の天ぷらのことだわ!」
 そう言うと、イレタはすぐに方向転換、先ほどから井戸端会議をしている主婦二人に声をかける。
「すみませーん、今話していた幻のうどん屋について聞きたいんですけどー」
「ちょ、ちょっとイレタ……」
「あら、ベルランさんのところの子ね? どうしたの?」
 イレタの強引な話の割り込み方に、アマエルは慌てるが、主婦達は嫌な顔ひとつせず応じてくれる。
「今話していた、幻のうどん屋の話が聞きたいんです、海老天うどんが美味しいって」
「あら、気になる? そうよ、幻のうどん屋の海老天うどんは絶品よ」
「私も食べてみたいです。どこにあるんですか?」
「その質問には答えられないから幻なのよ」
「? どう言うことです?」
 うふふ、と笑う主婦にイレタが首を傾げる。
「幻のうどん屋さんはね、屋台なの」
「屋台? 移動式の露店ってことですか?」
「そうよ。だからいつどこに現れるかは分からないの」
「なるほど……」
 いつどこに現れるか分からない、故に幻。その説明には納得出来た。
「でも、なんでそんなことを?」
「さぁ、そこまでは私も……」
 絶品を提供出来るなら、固定の店を持った方が良いはずだ。店舗を確保するのが大変だとしても、定点に店の場所を決めた方が絶対人の入りが良いだろう。なのになんのためにそんな売り方をするのかは謎だった。
「それで、それで、その海老天の海老ってのは何海老ですか?」
「えぇ。赤海老よ」
「やった! 決めたわよ、アマエル」
「な、何を?」
 ピンと尻尾を張って宣言するイレタに、アマエルは嫌な予感がしたが、それでも、イレタの言うことだ、聞き返さないわけにもいかない。
「勿論、探すのよ! 幻のうどん屋を! それで、二人で海老天うどんを食べましょう!」
 イレタはそう堂々と宣言したのだった。

 

 To be continued…

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